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神奈川県の西部にある「小さな町」で暮らす私777>日々の生活の様子、見たこと、感じたこと、思ったことを綴っていきます。

会津若松への旅~その②

2024-05-25 | 日記・エッセイ・コラム
夫は、ここ1年程で「足の筋力の衰え」がかなり・・・(( ;∀;))。
特に坂道や階段は、「肺気腫」による息苦しさもあって「勘弁して・・・」という感じです。
ですから、今回の旅は平らな場所をゆっくり~というスケジュールです(苦笑)

昼食のあとは「飯盛山」へ。
      

駅から徒歩で30分程らしいのですが、夫は絶対に無理!
「タクシ一にしようかしら・・・」と思っていたら、ちょうど、ゆるキャラの「あかべぇ」という可愛い名前がついた周遊バスがあったので、そちらを利用しました。
     
           (写真は会津バスさんのHPより拝借)

観光案内所で頂いた地図をみると、「飯森山は古墳であり神社仏閣の境内です。正真正銘の霊山です」と書かれていて、「正式参拝ルート」の表示もあります。
が・・・、なだらかな坂道が続きます。ご年配者や足腰が不自由な方は「動く歩道スロープコンベア」が便利ですとも書かれていたので・・・、夫のためにそちらを利用しました。
       
(写真右側がスロープ、私は、この階段(190段位らしいのですが)を歩いて上ってみたかった=笑)

スロープコンベアの入り口~、かなりの勾配です!
     
わぁっ~、しっかり踏ん張らないと後ろに倒れそう! (苦笑)
     
左側の階段を上がっている方たちが何人もいましたが、途中で暑くなって上着を脱いだり、一休みしたりしていました(笑)

     
長いスロープを降りても、そこが即境内ではありません(苦笑)
少しですが(30段くらいかな)、階段があります!
     
夫は、これくらいでもふぅっ・・・らしいです((-_-;))
↓左手奥に白虎隊のお墓がある場所です。
    

ここには、「ドイツ記念碑」「イタリア記念碑」「白虎隊観音」「白虎隊碑」「少年武士慰霊碑」「会津藩殉難烈婦の碑」「三十一士の墓碑」とか、慰霊のための様々な碑があります。

私は、白虎隊のお墓参りの前に彼らの「自刃の地」である場所を訪れたいと思い夫に話したら・・・「行っておいで。僕はここで待っているよ」と、境内のベンチに座ってしまいました(笑)

私は一人で境内右手の階段を下ってみました~。
             
飯盛山に落ち延びた少年たちは、山の中腹で「城を覆い隠す黒煙」を見て、「戻って生恥をさらすよりは・・・」と、潔く死を選んだという場所です。
慰霊の碑の他に、手を額にかざしながら「遠く鶴ヶ城の方を眺める姿」の像もあります。

鶴ヶ城は、↓の写真で青い〇で囲んだところです。茶色のビルの左に天守閣が小さくみえますよね?
      

14歳から17歳という彼らの思い・・・どんなだったんだろう・・・と、しばし合掌・・・。

境内に戻ってから、夫と「白虎隊」のお墓参りをしました。
    
19名のお墓がありますが、全部がいっしょに同じ場所で亡くなったのではなく、いろいろの理由や出来事があったようですが、ここでは省略(苦笑)
でも、結果としてこうして、全員が一緒の場所に眠り、今なお多くの人たちに手を合わせてもらえることの幸せを、天国から感謝していることでしょうね。
    

ということで、気になっていた友人のHさんとの約束をようやく果たすことができて、ほっ~。

この後は少し下った場所にある、これも私の念願だった「さざえ堂」です!
        

なんだか、古くて壊れてしまいそうなお堂・・・。(国の重要文化財です)

「不思議な二重構造のらせん階段」を体験できるというので楽しみに行きました。 夫は、ここもパス(苦笑) お堂の前のベンチで座って待っていてくれました。

1796年に建立されたそうです。
高さは16.5mで、六角三層で独特のスロープに沿って「西国三十三観音」が配置されていて参拝者はこのお堂をお参りすることで三十三観音参りをすることができたとか~。

上りと下りが全く別の通路になっている一方通行での構造ですので、たくさんの参拝者がいてもすれ違うことなく、安全にお参りできるという世界でも珍しい建築様式が採用されています。
       
一段一段は、幅がせまく歩きにくい(苦笑)足を横にするような感じで歩きますので、恐々の感じの人も多い・・・。(手すりはあります)
       
上りの階段から、下りの階段へはどんな風に行くのか・・・と、興味津々だった私(笑)。
         こうでした~!↓
       
右手が上り階段、三角の形の階段は、下り階段へ移るものです。
太鼓橋のような形を想像して下さい。ちょっと急で怖いのですが・・・ゆっくり行けば大丈夫(笑)

こうして、下り階段を降りながら下を見下ろしたら~、夫がベンチに座っているのがみえました(笑)
       

ベンチで待つ夫へ「お待たせ~面白かったわよ~♪」という私。
「それは良かった。harusanが楽しければそれが一番」と、夫~(笑)。

そこからは緑の木立の中を流れるせせらぎの音を聞きながら、ゆっくり~下ってきました。
       

途中には「厳島神社」という名前の小さな神社もありました。
     
ここでも合掌。
     

帰り道は、陽ざしがきつかったので、日陰を選んで5分ほど歩きバス停へ。
あまり待たずにバスが来てラッキ~♪

夫が疲れたみたいなので、今日の観光はここで終わり。ホテルへ直行しました。
夕食は、ホテル内のレストランを予約をしてありましたので、それまで夫はしばし「夕方寝」~(笑)

その夕食のことは、明日の分とまとめて後程UPします。

会津若松への旅~その①

2024-05-25 | 旅行記
22日~24日の二泊三日で「会津若松」を楽しんできました~♪
三日間とも、晴天で朝晩の涼しさは気持ちが良かったのですが、日中の陽ざしはちょっときつくて・・・日焼けしました(苦笑)。

では初日(22日)から順に~。


朝7時半過ぎに、長男が駅まで車で送ってくれました。
まずは在来線で小田原へ。小田原駅から東海道新幹線で東京へ。
    

東京からは東北新幹線に乗り換えましたが、今回初めての郡山行きの「なすの」号です。
         
(「はやぶさ」とか「やまびこ」にも使われている車両ですが=笑)

そして、郡山駅で「磐越西線」に乗り換え~。
10年前に、この磐越西線は利用しましたが、今回は「ワンマンカー」になっていました!
    
でも、相変わらず運行は1時間に一本・・・(苦笑)
前回は「五色沼」「猪苗代湖」へ遊びに行くために「猪苗代駅」を利用したのですが、今回はもっと遠くまで乗りました。
    

磐越西線は不便ですが、車窓の風景はすばらしい~♪
ちょうど今は新緑の美しい今ですから、たくさんの緑に囲まれて、のんびり電車の旅は最高!
    
  (ガラス超しでの撮影ですのでちょっと色がおかしいのはご容赦を)

今は田植えの時期とあって「田んぼ」では、田植えの最中~、こんな風景を見ることは久しぶり~🎵
田植えの終わった「田んぼ」は、水を張った中に小さな緑の苗がきれいに並ぶ様子をみると、秋のたくさんの実りを願います。
    
ただ・・・「後継者のいない田んぼ」でしょうか・・・荒廃地と思われる田んぼの多いこと! 
雑草が茂り・・・ちょっと寂しい風景です。

1時間20分ほどで「会津若松」駅に到着~♪
家を出てから5時間弱~~長い電車の旅でしたが、駅前にある可愛い「赤べこ」が大歓迎してくれてニッコリ~(笑)
         

赤べこは、会津地方の郷土玩具で、首を振る張子です。ベコって、東北地方の方言で「牛」のこと~、たくさんの人が知っていますよね。

この赤べこをモチーフにした「あかべぇ」が、ゆるキャラとして会津地方の魅力を伝えるために頑張っているんですって!(笑)
         

そういえば、市内周遊バスにも「あかべぇ」という名前がついているのがありました~♪
           

会津若松駅前には、忘れてはならない「白虎隊」の像もあります!
    
「鶴ヶ城」が有名な市ですから、駅舎も「お城」のイメージ、そして、地下道へ入り口のこんな感じ!
          

まずは、駅から徒歩3分のホテルに荷物を預けてから「お昼」。
夫は「ここまで来たんだから、せっかくなので喜多方ラーメンを食べよう」と、楽しみにしていましたので(笑)、ホテルで教えて下さった「喜多方ラーメン」のお店へ向かいました。
    

喜多方ラーメンの特徴は、「醤油味のスープ、太めの縮れ麺」なんだそうです。このお店の一番の売りは「チャーシュー大盛」だということでしたから、そちらを一つと普通のを一つ注文してみました(笑)。
      
運ばれてきた器には、たくさんのチャーシューでビックリ!(苦笑)。
チャーシューは、二人で半分づつにしました(笑)

スープは、薄味ですし、チャーシューもあまり油が強くありませんでした。
    
私は、ラーメンは年に数度しか食べませんし(苦笑)、そんな時も細い麺の「つけ麺」にしますが、この「喜多方ラーメン」は案外あっさりした味で美味しく食べました~♪
お店も結構混み合っていました。多分有名なんでしょうね。

お腹がいっぱいになったので~、さぁ~いよいよ観光に出発!(笑)