ビストロ レアール

石川県小松市にある「ビストロ レアール」のシェフがつづるあんなことこんなこと

味の記憶

2006年04月19日 | シェフのコラム
私に残る

とてもまずい味の思い出です

私が幼い頃 母は町内の婦人会で鉄製の鍋の講習に出かけました

厚手の鍋で逆さにして蓋も浅手の鍋として使え

いわゆる万能鍋 

たぶんかなりの家庭に残っているかと思われます

焼く 煮る 蒸す 揚げる ローストする

主婦なら魅力的な鍋です

その鍋の使い方をたぶんデモンストレーションしたのを見て

そして今で言う レシピまで付けて とくれば

母が買ったのもうなずけます

その鍋でスポンジケーキのスポンジまで焼けるといった具合で

教わった通り 

一度目母は上手く焼いてくれました

それで作ったローストチキンといったら

何度もせがんだものです

ある日 母は機嫌がよく 

またケーキ焼いてあげようか と 言うので

うん と答えた私と弟

今で思えば生地にバニラエッセンスを加えなければ

美味しくならないものだったと思います

母は最初に上手く行ったので また上手く焼けるとおもったのでしょう

また 材料の一部が足りなくても何とかなると

たかをくくっていたのかもしれません

また私と同じ いえ あの親にしてこの子ありで

肝心な所で気を抜いて 

火加減をあやまったか 焼く時間が長すぎ

底の方が焼き色を通り越して 焦げに近く苦い味に

母は私達を呼び 3時のおやつの時間に

はいどうぞ と 出されたスポンジが 最初のものとは

香りも色もちょっと違いました

が そこは幼かった私と弟は

いただきますと手を伸ばし 口に運び

言ってはいけない言葉を!

母自身も解っていたはず それでも母は 

「一生懸命作ったんだから食べなさい!」と

食べないんだったらもう作ってあげないと 捨て台詞まで言う始末で

真っ赤な顔をして 食べかけになったスポンジをサッサと下げられました

今 不味かった味を思い出すたび

今は亡き母を思い出せるのです

美味しかった記憶も大切ですが

不味かった記憶もまた大切にしたいと思います

なぜなら

美味しくても不味くても その味でその時の事を思い出せるのですから

あの親にしてこの子あり

母さん 

俺もスポンジ作るの今でも苦手です