廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

あり得ない共演を夢想させる作品

2016年01月31日 | Jazz LP (Riverside)

Thelonious Monk / Brilliant Corners  ( Riverside RLP 12-226 )


オーネットの音楽は確かに変わった音楽で、聴く人を議論に巻き込むようなところがありますが、変わった音楽の代表であるモンクの場合はそういう
ところは別にないし、それどころか積極的に褒める人がどこからともなく自然に現れてくるくらいで、賛否両論という票の割れ方はしません。 

モンクの音楽はいつも調性の内に留まっていて、ただメロディーがいつも半音ズレたスケールで弾かれているみたいで、その様子がどこか可愛らしく、
攻撃的なところもないから、こちらを不安にさせることがない。 ピアノのフレーズのブレ幅は大きくて一定のスイング感はないのに、リズム感そのものは
凄まじいくらいに力強くヒップだと感じる。 鳴らされるコードも、ここで何でそのコード? と思うような音選びをしているにも関わらず、不協和の度合いは
ソフトでマイルド。 調性の重力圏外に振り飛ばされそうでいて決してそうはならず、きちんとテーマ部に戻ってくる。 つまり、ぶっきらぼうに演奏されて
いるようでいて、実は細心の注意を払って音楽が構成されているのがよくわかります。

このブリリアント・コーナーズは昔からモンクの最高傑作と言われているけれど、それは共演している他のミュージシャンの演奏がこれが一番優れている
からであって、モンク自身は他のアルバムとさほど変わったところはありません。 やはりロリンズの演奏の出来が圧倒的で、ここまでモンクの音楽に
親和性を発揮できている人は他には見当たらない。 アーニー・ヘンリーのとにかく苦戦してどうにも覚束ないアルトやクラーク・テリーの全く曲想を
活かせないトランペットや線が細くて迫力に欠けるマックス・ローチのドラムがあっても、アルバムを通して聴かれるロリンズのテナーが音楽の骨格を作り、
屋台骨として支えている様は素晴らしく、彼がいなければこのアルバムが最高傑作と言われることはなかったのは間違いない。 表題曲などはまるで
ロリンズのために書かれたかのようなはまり具合で、この曲はモンクの他の曲ほどポピュラーにはならなかったけど、それはロリンズ抜きでこの曲を
やるのはどうもなあ、とみんなが思うからかもしれません。 この作品が示すように、モンクの音楽はソロやトリオで演るのもいいですが、彼の音楽を
理解することができる管楽器奏者を加えた編成のほうが楽曲が元々持っている多重性をより上手く引き出せるんじゃないかと思います。

モンクはモーネットのことをまったく評価していなかったし、オーネットも他人の曲を演るのを拒んでいた人なので、これはあり得ない話でしょうが、
それでも、もしこの2人が共演していたらどうなっていたかなあ、と想像せずにはいられません。 根本的なところでは似た者同士だったと思いますが、
片方は変わることを拒み続け、片方は同じところに留まることを拒み続けた。 その結果、モンクは環境の変化について行けず、自ら演奏から身を引いて
しまいます。 これほどの巨大な才能ですら最後まで生き残ることが難しかったのですから、ジャズという音楽が持つ波の荒さは想像を絶するものだった
んだなあと改めて思うのです。


コメント (4)
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