玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

信濃毎日新聞の「代理出産」批判社説

2008年08月23日 | 代理出産問題
新聞の社説で「代理出産」(私は寄生出産と呼ぶ)をこれだけ明確に否定したのを初めて見た。
「代理出産」依頼者ばかりに肩入れした感傷的なマスコミ論調とは雲泥の差だ。信濃毎日新聞よくやった。

信濃毎日新聞[信毎web]|社説=代理出産 法による禁止を急げ
 日本人男性がインドで依頼した代理出産をめぐり、トラブルが表面化した。代理出産で7月に誕生した赤ちゃんが、無国籍状態となり、インドを出国できなくなっている。

 体外受精には第三者の卵子が使われ、インド人の代理母の子宮に移植された。インドの貧しい女性を産む道具にした、とみられても仕方ない。

 生まれた子どもの「親子関係」は複雑だ。将来、この事実をどう受け止めるのか、心配になる。

 今回の事例は、代理出産が想定を超えた形で広がっている一端を示している。

 妊娠と出産には、命の危険が伴う。そのリスクを第三者に負わせる代理出産は、問題が多い。

 代理母となる女性の心身の負担は相当なものだ。危険を承知で引き受けたとしても、それが自発的な意思とは言いきれないケースも想定される。

 経済的な理由や、親族が家族関係の中で断れないでいる可能性も排除できない。

 日本では、学会の指針で代理出産を禁止している。実際は、海外で日本人夫婦の代理出産が広がっている。国内でも、下諏訪町の根津八紘医師らの手で実施している現実がある。

 新しい法律を定めて、禁止するほかない。その上で、限定的に道を開くかどうかを検討すべきだ。

 日本学術会議の検討委員会も今春、法律による代理出産の原則禁止を求める報告書をまとめた。

 政府と国会の動きは鈍い。代理出産の是非は与党内でも意見が分かれる。

 その間にも代理出産の“実績”は積み重ねられていく。論議を急ぐ必要がある。

 代理出産をどう考えるかは、個人の生命倫理観や、家族観とも深くかかわる。法制化の作業と並行して、この問題をめぐり、社会の中で幅広い議論がされていくことが重要だ。その際、子どもの福祉を最優先に考えることを忘れてはならない。

 生殖補助医療の進歩は著しい。ビジネスとして行われている面もある。経済的な余裕があれば、今や独身者でも子どもを持てる。娘に代わって50代や60代の母親が、「孫」を代理出産した事例も国内で公表されている。

 子どもにとって、親とは何か。どんな家族のかたちが望ましいのか。子どもを持ちたいという願いのために、第三者に犠牲を強いることは許されるのか-。立ち止まり、問い返す時に来ている。


「代理母」の人権と健康を特に問題視する私が大いにうなずいたのは以下の部分。

「インドの貧しい女性を産む道具にした、とみられても仕方ない。」
「妊娠と出産には、命の危険が伴う。そのリスクを第三者に負わせる代理出産は、問題が多い。」
「代理母となる女性の心身の負担は相当なものだ。危険を承知で引き受けたとしても、それが自発的な意思とは言いきれないケースも想定される。
 経済的な理由や、親族が家族関係の中で断れないでいる可能性も排除できない。」
「新しい法律を定めて、禁止するほかない。その上で、限定的に道を開くかどうかを検討すべきだ。」

よくぞこれだけはっきりと書いてくれました。ありがとう信濃毎日新聞。
明確に「代理出産」を批判する社説を長野県の新聞社が書いたことにも意味がある。長野県といえば、日本産婦人科学会が禁止した「代理出産」を強行する「諏訪マタニティークリニック」(根津八紘院長)の所在地だ。もしかしたら地元では「学会の無理解にめげず、先進的な医療を実行する立派な先生」というイメージなのかと思っていたが、今回の社説でそうでないことがわかった。信濃毎日社説を読んだ根津院長はいったいどんな顔をしただろうか。

冷静に考えれば、「代理出産」という医療技術には倫理的・社会的に大きな問題があることは明らかだ。だが、これまでのマスコミ論調では「依頼者の心情が…」とか「国民世論が…」といった情緒ばかりに気を使って問題点を指摘するのに及び腰だった。
仮に日本が「代理出産」を認めるにしても、国民が「代理出産」によってどんな問題が起きるかを知り、それについて充分に対策し、それでも起きてしまう問題を引き受ける覚悟が必要だ。ところが、マスコミのほとんどは冷静に問題点を指摘することよりも世論(という名の情緒)に迎合した生温い報道に明け暮れていた。これではダメである。
ローンで買い物をする時には、売り手は支払方法や総支払額についてはっきり説明し、買い手はちゃんと理解したうえでハンコを押す。売り手が説明をごまかしていたら周囲の人間が買い手に注意してあげるべきだ。ところが、「代理出産」をめぐるこれまでの報道のほとんどは「売り手」のごまかしに目をつぶり、ひどいものだと詐欺の手助けまがいの提灯持ちをしていた。これではどうしようもない。

向井・高田夫妻の「代理出産」が注目を集めてから5年、ようやくまともな「代理出産」批判記事が出た。本来なら日本学術会議の答申が出る前に「代理出産」の問題点を知らしめるのがマスコミの役割のはずで、遅すぎる印象は否めない。それでもお気楽な「代理出産」肯定・容認が過半数を占める世論に冷水を浴びせる社説を書いた信濃毎日新聞は立派である。これが風穴になって「代理出産」の危うさを指摘する論調が広がることを望む。


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1 コメント

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いい文章だと思います (安部奈亮)
2008-08-24 10:06:49
頷ける主旨であると同時に、論点が整理されており、完結で、起承転結も完璧です。現代国語の教材にしてもいいくらいです。

追記:この前はブログで使っているHNの方で投稿してしまいました。失礼しました。