玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

「代理出産」依頼者の本質

2008年08月16日 | 代理出産問題
「代理出産」に対する読売新聞のスタンスがよく分からない。
単に考えが浅いのか、それとも容認と否定の間で揺れているのか。
とはいえ、インドの事件を単なるハプニングではなく「代理出産」の是非について考えるきっかけとするのは結構なことだ。

想定外の代理出産 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
父「独身」 インド「野放し」 子は無国籍

 日本人男性医師が、インドで現地の女性と代理出産契約を結び女児が生まれた問題では、独身者が実施し、女児の国籍が不明確になるなど想定外の事態が次々と明らかになっている。代理出産のあやうさが、浮き彫りになった形だ。(イスラマバード支局 佐藤昌宏、科学部 長谷部耕二、大阪地方部 山村英隆)

法制化遅れる対応
 「想定外のことが起きてしまった。同じようなことが起きないよう、対応を急ぐべきだ」。鴨下重彦・東大名誉教授は、危機感を募らせる。自身が委員長を務めた日本学術会議の検討委員会で今年4月、法律による代理出産の原則禁止を求めた報告書をまとめたばかりだったからだ。

 検討委では、比較的自由に代理出産の契約ができる途上国へ出向く「代理出産ツアー」が問題視されていた。しかし、配偶者のいない男性が外国の女性に依頼して子供を持つことまでは想定していなかった。

 このため、今回の問題の発覚を受けて、早急に法制化の議論を始めるよう訴える声があがっている。

 日本学術会議の金沢一郎会長は15日、「国をあげて問題解決に向けて動き出してほしい」との異例の談話を発表した。談話では、水面下の代理出産で生まれてくる子供たちの福祉が懸念されるとして、法整備を急ぐべきだと訴えた。

 しかし、今回の事例後も、政府の動きは鈍い。保岡法相は同日、代理出産の是非について「しかるべき所(国会)で検討されることだ」と述べ、ただちに法整備に着手する姿勢は見せなかった。

 国会では「代理出産の法整備を進める超党派勉強会」が「早ければ臨時国会で、限定的に代理出産を認める法案の提出を目指す」というが、国会議員全体では関心は薄いのが現実だ。

 一方、海外での代理出産を防ぐには、国内での実施を容易にするべきだとの声も強まっている。

 国内で代理出産の実施を唯一公表している、長野県の根津八紘医師は9日、自身のホームページ上で、「国内で禁止しても海外に活路を求め、今回のようなケースはいくらでも起こり得る」と指摘。その上で、「一定のルールのもとに代理出産を認めるべきだ」と主張する。

 代理出産は、病気などで子宮を失った女性を妻に持つ夫婦にとって、実子を得る最後の手段だ。厚生労働省が昨年行った調査でも、国民の54%が代理出産の容認の意向を示している。代理出産の是非について社会的合意をした上で、一刻も早い法制化が必要だ。

印での代理出産費用 米の5分の1
 インド政府は、初めて代理出産が行われた翌年の2005年、代理出産に関する指針を示した。指針は代理母の年齢制限や依頼者の費用負担などに触れているが、事実上野放し状態だ。

 このため、貧富の差が激しいインドでは、貧しい女性らの間で代理出産が商業化している。現地の雑誌や新聞などには「健康で容姿端麗な30歳未満の代理母を募集中」といった広告が、堂々と載る。代理出産の現状を調べた厚生労働省研究班の報告書によると、インドでの費用は1万~1万2000ドル(110万~133万円)で済み、米国のわずか約5分の1だという。

 研究班は昨年、米、英、仏、韓国、台湾の代理出産をめぐる現状を調べた。それによると、5か国・地域のうち最も規制が厳しいのは仏だ。94年の「人体尊重法」で民法典に「代理出産禁止」、刑法典に「仲介禁止」の条項を追加した。

 米国では、連邦法はなく首都と18州が法律を設けて対応している。うちネバダ州など14州が代理出産を容認。首都と3州で、金銭授受を伴う代理出産が処罰の対象だ。英国は代理出産は禁じていないが、85年に法律で仲介や広告・宣伝に罰則を設けた。

 韓国は、「営利目的以外は認める」「全面的に認めない」とする二つの法案の審議を予定。台湾は、代理出産を禁じていたが、容認に向けて動き出している。

 また調査では、仏をのぞく各国で、代理出産を希望してインドや東南アジアに渡航する例が、明らかになっている。女児が生まれたクリニックでは、依頼者の2割が外国人という。

卵子提供者と代理母は別々のインド人
 日本人男性は昨年春から米国の医療機関に照会するなど、代理出産で子供をもうける準備を始めた。昨秋に結婚し、11月にインドに渡って、代理母と契約した。卵子の提供者は代理母とは別のインド人だった。

 その後、男性は先月上旬に離婚、女児は同25日に誕生した。同国グジャラート州内の市役所は出生届を受理したものの、出生証明書には、男性の名前が記されているだけだ。

 インド市民権法は、両親の一方がインド人ならインド国籍を取得できるとしている。だが、インドPTI通信によると、代理母は女児の母親になることを望んでいないという。女児がいったん代理母の娘となって国籍を取得するのは容易ではなさそうだ。

 日本の国籍法では、出生時に結婚している父か母が日本人なら、日本国籍となる。結婚していない場合、母が外国人でも、父が出生前に認知届を居住地の市区町村に出していれば、日本国籍が得られるが、男性はその手続きをしなかった。

 インド国籍がない女児は、パスポートが発給されない。インド政府が「渡航証明書」を出せば、出国は可能とみられる。ただし日本への入国には、日本のビザが必要だ。保岡法相は、15日の閣議後の記者会見で、「入国を認める方向で対応したい」と前向きだが、新たな問題も持ち上がった。

 女児が現在いる西部ラジャスタン州の高等裁判所は12日、インド政府や州政府に対し、4週間以内に女児の状況を裁判所に報告するよう命じた。地元の福祉関係団体が今回の代理出産を「人身売買だ」として、女児の人身保護請求を出したからだ。少なくとも審理終了まで、女児は国外に出られない可能性がある。



読売の記事には矛盾がある。
書き出しで「代理出産のあやうさが、浮き彫りになった形だ。」と警告しながら中段で「国民の54%が代理出産の容認の意向を示している。代理出産の是非について社会的合意をした上で、一刻も早い法制化が必要だ。」とするのは「危ないのは分かってるけど国民が容認してるんだから合法化しろ」と煽っているようにも読める。まさかそんなつもりではないだろうと信じたい。

「海外での代理出産を防ぐには、国内での実施を容易にするべき」という一部の意見は「代理出産」解禁の為にするものでしかない。記事中にも「代理出産の現状を調べた厚生労働省研究班の報告書によると、インドでの費用は1万~1万2000ドル(110万~133万円)で済み、米国のわずか約5分の1」「仏をのぞく各国で、代理出産を希望してインドや東南アジアに渡航する例が、明らかになっている。女児が生まれたクリニックでは、依頼者の2割が外国人」という現実が書かれている。
日本国内で「代理出産」を認めれば、社会が依頼希望者を後押しし、彼らの望みを肯定することになる。国内で「代理母」を見つけられなかったり、あるいは費用の負担に耐えられない依頼希望者が海外の「安価な代理母」に飛びつくのは間違いない。
国内での「代理出産」容認は海外における「代理母」利用を減らすのではなくむしろ増やすだろう。本当に海外での代理出産を防ぎたければ、フランスのように国外犯を含めて厳しく禁じるしかない。

逆に言えば、日本国内で「代理出産」を認めるのであれば、日本人が海外で「代理母」を買うこと、外国人が日本に来て「代理出産」サービスを利用することも認めなければならない。
「代理出産」容認派は「自分の子供をほしいと思う気持ちは我慢できない」「誰にでも(他者の子宮を借りて)自分の子供を持つ権利がある」といった優しげなことを言う。それならば依頼者や「代理母」を国籍や経済状態で差別すべきではない。
公共自転車を無料で気楽に借りるように、自分たちの受精卵を誰かに生みつけて「すばらしい新世界」を作り上げよう。妊娠・出産という危険な仕事は健康だけがとりえのお人よしか貧乏人、いや失礼、「ボランティア」にアウトソーシングすればいい。子宮は天下の回りものだ。

もちろんこれは反語である。
私自身はいわゆる「代理出産」(個人的には寄生出産と呼ぶ)には倫理的・社会的に大きな問題があり、原則として禁止すべきだと考えている。
いったん容認・解禁してしまうとさまざまな問題が頻発することが目に見えている。インドの事件は「想定外」と言われているけれど、「これくらいのことを想定しないで代理出産を議論するなんてちゃんちゃらおかしい」のである。車を買うときに車両本体価格だけ考えて税金やガソリン代、保険料や駐車場利用費を忘れているようなものだ。

インドの事件に驚きあわてる人たちを見ると、「代理出産」の本質についてわかってる人はほとんどいないのだなと痛感する。
なんだかえらそうなことを言ってしまったが、そういう自分自身も本当は代理出産の現実をよく知っているわけではない。SF好きの習慣で「代理出産が認められた社会では何が起こるか」考えてみたら「トラブル続出」という答えしか出てこなかっただけのことだ。必要なのはむしろ想像力なのかもしれない。だが、多くの「代理出産」容認派は依頼者側ばかりに同情して想像力を使い果たしているので「想像力が足りないのは依頼者の心情を無視する反対派のほうだ」と言われそうだ。

多くの「代理出産」容認派は依頼者側の心情(主観)は理解しても「代理出産を依頼するのは実際のところどういう人たちなのか」知っているとは思えない。むしろ美しいイメージを守るために現実から目をそむけているのではないか。
マスコミのお涙頂戴報道や感動的な再現ドラマによって「代理出産」依頼者のイメージが作られている。「不幸な境遇にある、愛情豊かで責任感の強い人たち」というのが世間一般のイメージだろう。
インドの事件で明らかになったように、代理出産依頼者に対するポジティブなイメージには実は何の根拠もない。不幸でなくても、愛情が薄くても、責任感が無くても「代理出産」を依頼することはできる。いや、むしろそのほうが「代理出産」依頼へのハードルを乗り越えやすい。

「代理出産」依頼者の本質、「代理出産」を依頼するものとそうでないものとを分けるのは欲望である。
強い欲望さえあれば、不幸を装い、愛情豊かなフリをし、責任感ありげな様子を繕うことができる。あとは充分な資金と協力してくれる「代理母」・医師・コーディネーターを見つければいい。
逆に、どれほど子供がいなくて不幸でも、本当に愛情豊かでも、責任感が人一倍強くても、「代理出産」を欲望しなければ依頼者になれない。誕生日のサプライズパーティーなどと違って、周囲の人間が善意で勝手に「代理出産」を依頼することはありえない。
愛情や責任感はむしろ「代理出産」依頼を思いとどまらせる。心優しい人なら「代理母」から赤ん坊を引き離すのを残酷だと思う。生まれた子供に「代理出産」の悪影響が出ないか心配する。「代理母」の健康が損なわれないか、もしそうなったら責任が取れるのかと悩む。
愛情や責任感は「代理出産」依頼へのブレーキであってアクセルではない。アクセルは「欲望」そのものだ。
「代理出産」を利用する・利用したがる人たちはただ「自分の遺伝子を継いだ子供を持ちたいという欲望」が特別に強いだけだ。「愛情豊か」だの「責任感が強い」といったイメージはただの思い込み、根拠のない幻想である。


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1 コメント

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商行為として成立しない (べっちゃん)
2008-08-21 22:36:42
せめて商行為として成立する報酬を払うべきだと思うのですがそれは実現していませんよね。良家の子女が手を挙げたくなるほどの報酬を払うことがまず最低条件であると思います。

人間を一年拘束する、しかも生命の危険があるわけですので、一千万円はくだらないはずです。

倫理的に問題である以前に依頼者が金をケチっていることが私には気に入りません。

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