玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

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「刑事弁護というのは辛いもの」

2007年11月16日 | 光市母子殺害事件
「光市事件の弁護団けしからん!」派の総本山、「たかじん委員会」大会議室(掲示板)で刑事弁護人への誤解と敵意を解くため孤軍奮闘している女性弁護士「すちゅわーです」さんのことは以前にも書いた。

  煽る弁護士、勇気ある弁護士

一ヶ月以上たっても議論は続き、継続スレッドが立てられた。そこから「すちゅわーです」さんの最近の発言を引用する。

 橋下弁護士が光市母子殺害事件弁護士から提訴 2

Re:橋下弁護士が光市母子殺害事件弁護士から提訴 2 2007/11/13 (Tue) 01:26
  名前:すちゅわーです

  この会議室で議論を重ねてきましたが、理屈ではわかるけど、完全な納得が得られないという人も多いのではないかと思います。だから、誰かが責任を取るべきだ、となりがちで、1審、2審の弁護人が悪いのではないか、とか、弁護士会が悪いのではないか、というふうな議論になってしまうのだと思います。

しかし、発想を変えてみられてはどうでしょうか。刑事弁護というものは、どこまで行っても納得が得られるものではないと。納得が得られないことが本質である、ということで納得していただくしかないのではないかと感じるようになりました。それが刑事弁護というものであり、そういうものとして捉えるしかないのではないかと思います。普段の日常ではありえない、異常な世界のことなのです。

なぜ、裁判の結果を待つしかないとしても、罪を犯したことがほぼ確実な被告人(日本の刑事裁判での有罪率は99%以上です)が守られなければならないのか。近代国家の基本原則であり、歴史から人類が学んだこととは言え、自然な人間の感情からすれば、完全な納得を得ることは簡単なことではないでしょう。

私たち弁護士だって、刑事被疑者、被告人のことは信用できないことの方が多いです。嘘をつかれた、裏切られた、という経験は枚挙に暇がありません。犯行に争いがない場合、目を覆いたくなるような悲惨なことをやった被告人をどうやって弁護したらいいのか、よい情状をどう引き出したらいいのか、正直、頭を悩ますことも多いです。自分の生理的な感情が嫌悪感を持つこともしばしばです。それでも、それを抑えて、被告人のために活動してあげないといけない。

誰かが、被告人の利益を最大限確保するよう弁護してあげないといけない。それをやると、世間からは嫌われ、被害者を前にして何を言っていいのかわからず、悪の味方のように思われて罵られる。金銭面で正当な対価が得られるのならまだしも、凶悪事件になればなるほど持ち出しを強いられる。それなのに利権を確保しようとしているなどと言われる。

弁護士でなくても、刑事司法の精神をきちんと理解した人が、きちんとした弁護ができるのなら、喜んでそのような人に刑事弁護の職をお譲りしたいですよ。難しい試験を通って、何年もの実務経験を経て、一人前の刑事弁護人になっても、こんな処遇しか受けないのでは、やりきれなく思います。この会議室にいる一般人の方で、どなたが、進んでこのような仕事を引き受けるというのでしょう。

私たち普通の弁護士が、橋下弁護士に腹を立てるのは、このような刑事弁護人の辛さがわかるからです。本当に崇高な自己犠牲の精神がなければ、あのような事件を担当することはできないのです。

国連の「弁護士の役割に関する基本原則」は、第1条において、人権と基本的自由を連切に保障するため、「すべて人は、自己の権利を保護、確立し、刑事手続のあらゆる段階で自己を防御するために、自ら選任した弁護士の援助を受ける権利を有する」と定め、第16条において「政府は、弁護士が脅迫、妨害、困惑、あるいは不当な干渉を受けることなく、その専門的職務をすべて果たし得ること、自国内及び国外において、自由に移動し、依頼者と相談し得ること、確立された職務上の義務、基準、倫理に則った行為について、弁護士が、起訴、あるいは行政的、経済的その他の制裁を受けたり、そのような脅威にさらされないことを保障するものとする」と定めています。

刑事弁護人が迫害に遭いやすいのは、世界各国共通です。でも、日本よりは歴史の長い欧米の方がずっとましでしょう。

一般市民の方にお願いしたいのは、完全な納得は得られなくても、せめて、刑事弁護というのは辛いものだ、ということは理解していただいた上で、その活動を見守っていただくことです。

「刑事弁護というものは、どこまで行っても納得が得られるものではない」
「被告人のことは信用できないことの方が多いです」
「自分の生理的な感情が嫌悪感を持つこともしばしばです。それでも、それを抑えて、被告人のために活動してあげないといけない」
「金銭面で正当な対価が得られるのならまだしも、凶悪事件になればなるほど持ち出しを強いられる」
「刑事弁護というのは辛いものだ」

「すちゅわーです」さんの言葉は率直だ。理想主義的だけど「きれいごと」じゃない。
多数派の感情に迎合せず理性を信頼する。完全に納得を得ることは難しいと知りつつ、それでも自分たちの仕事の必要性を訴える。自分のいらだちとやりきれなさに向き合って流されない。
「すちゅわーです」さんこそ本当に誠実な、信頼に値する弁護士だと思う。いや、弁護士としてのみならずひとりの人間として尊敬できる。原理原則があり、覚悟があり、ガッツがある。おためごかしの優しい言葉は使わないが思いやりがある。

紹介したスレッドでは「すちゅわーです」さんの努力のおかげで最初の頃のような誤解やあからさまな敵意は減っているが、それでもまだがんばっている人たちがいる。名前を挙げると「プログラマー」「右大臣」「DareDaro」の三氏である。
彼らにも彼らなりの原理原則がありそれを守っているのだろうが、残念ながら一般的な法理・常識と異なった「オレ理論」に凝り固まっている。論理の穴を見つけるパズルとして以外、彼らの主張を読む価値はない。時間と労力の無駄であり、奇妙な思い込みに付き合わされて頭が悪くなる。

三氏とは違った意味で問題なのは「ファブヨン」氏で、凝り固まっているわけではないが何だかズレている。私には典型的な半可通に見える。分かったつもりなのだろうが全然分かってない。そのくせプロの横から「通」気取りで口を出す。たしなめられても蛙の面に小便だ。

橋下弁護士が光市母子殺害事件弁護士から提訴
Re:橋下弁護士が光市母子殺害事件弁護士から提訴 2007/10/15 (Mon) 17:29
  名前:すちゅわーです
  「ファブヨン」さん

>横レスですが、・・・裁判員制度とは・・・自然な感情の赴くままに受け答えすることが望まれてます。

本当に横レスですね。
被害者が気の毒だからとして、どれだけ無罪を示す証拠があっても、自然な感情の赴くまま死刑相当の意見を言う裁判員・・。
私は、自分が被告人だったら、こんな裁判員のいる裁判だけは受けたくないですね。少なくとも事実認定と量刑の区別くらいはできる裁判員、そして事実認定については感情を入れない裁判員、量刑については他の同種事件との均衡を重視する裁判員を望みます。「ファブヨン」さんはそうでなくても良いみたいですけど。ご自身の命はあまり重要ではないらしい。殆どの人はそうは思わないのじゃないですか。

これまで積み重ねてきた議論も、少なくとも「ファブヨン」さんに対しては全く意味がなかったようです。徒労感が募ります。

「すちゅわーです」さんを呆れさせ、その後も反省の色が見えない「ファブヨン」氏のような人が一番の難物かもしれない。
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蛇足と僅かな後悔

2007年11月12日 | ネット・ブログ論
「あるブログの終焉」の続き。
いくつかのブログが言及してくださり(ありがとうございます)トラックバックを送ってくれた。それらを読むと前の記事は言葉が足りないような気がしてきた。もしかしたら、いや多分蛇足になるが書くことにする。


私が腹を立てたのは「幸せを見せ付けるのはけしからん」とか「hashigotanを傷つけたのはひどい」といったことが理由ではない。
たしかに私は「ある個人史の終焉」に共感も感動もしなかったけれど、それは小綺麗な文章とそれを書くような人が嫌いという個人的な好みからだ。あくまでも文体の問題である。小市民的幸福とさまざまな感慨それ自体を否定するつもりはない。

hashigotanについて私は特に同情しているわけではない。hasigotanが痛みに耐えているのは分かるが、どれほど痛いのか、どれほど不幸なのかを「わかる」感じがしない。hashigotanにいくらか共感し、幸福になってほしいとは思うが、それが同情や応援に直結するわけではない。hashigotan問題について私は中立、というと聞こえはいいがとばっちりを避けようとする傍観者である。

「呆れた、信用できない、消えてせいせいした」と罵倒したのはあくまでもidiotape氏の「トラブルに遭遇した後の対応」についてである。原理原則がない、覚悟がない、ガッツがない。そのかわり「誠実な」言い訳にあふれている。私は「言い訳するな」と批判しているわけではない。どうせ言い訳するなら堂々と、ぬけぬけと、聞かされたものが笑ってしまうような言い訳をしろ、ということだ。ぐじぐじ思い悩んでみせて「僕って誠実でしょ?わかってくれるよね?」と上目遣いで見上げるような言い訳は下の下である。媚びている、汚らわしい。

極論すれば、原理原則(白洲次郎の言うところのプリンシプル)さえあれば、わかりやすくあざとい「誠実さ」などいらないのである。プリンシプルのある人間は信用できるがそれを持たない「誠実な」人間は信用できない。

idiotape氏の例で言えば、多くの人が賞賛する「名文」を書いたら理不尽なことにいきなりhashigotanから石を投げられた。完全な被害者といっていい。そこでぶち切れてもよかったのだ。「俺は妻と子供を守るのが第一だ、お前の不幸など知ったことじゃない」と言い放っていれば私は痺れたかもしれない。
あるいは、「意図せずにhashigotanを傷つけてしまってごめんなさい、責任を痛感しています、ブログをやめます」でもよかった。ガッツはないけれど「人を傷つけたくない」という原理原則は認められる。「なんと心優しい人だろう」と感心したかもしれない。
もちろん無視してもよかった。hashigotanの痛みは本物なのだろうが怒りをidiotape氏にぶつけるのは理不尽である。idiotape氏がなまじ気を使うとかえってお互いの傷を深める、そういう判断をしても不適切とはいえない。
だがidiotape氏が実際に取った対応は中途半端なものだった。一度消した記事を「読者のご要望にお答えして」復活させ、「誠実に」悩んでみせ、無責任な批判に憤慨し、心優しい読者(その中に私は含まれない)の同情をたっぷり集めた上で予告なしにブログを消した。いったい何がやりたかったのか分からない。こういう態度を人間的と見る向きもあるが、私はただ呆れるばかりだ。

idiotape氏のことはもうどうでもいい、存分に罵倒してネガティブな感情は吐き出してしまった。もし彼がブログを復活させたとしても腹を立てる気力は残ってない。小沢一郎に対してと同じように「あなたに期待し信じている人を裏切らないようにお願いします」と言うだけだ。

今回の件で少しだけ後悔していることがある。といっても「idiotape氏を批判しすぎた、気の毒だ」なんてことではない。
存在感と影響力のあるブログ、たとえば「週刊オブイェクト」とか「極東ブログ」とか「世に倦む日日」が閉鎖されたとしたら、多くの読者が惜しむとともに少なからぬ人が「やっと閉鎖したか、あいつが消えてせいせいした」と快哉を叫ぶだろう。強いアンチの存在は逆説的にそのブログの価値を裏書きしている。
私がidiotape氏を罵倒したことがかえって消えたブログの価値を高めたのではないか、そう思うと悔しくなる。なんだかハメられたような気がしてくる。なんと狡猾な策略だろう!…とつぶやいてみても説得力が無くてむなしい。もしかしたら私はidiotape氏の手の内で踊らされたのかもしれない。
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星新一のショートショートをNHKが映像化

2007年11月10日 | テレビ鑑賞記
星新一の名作をNHKが映像化。
放送は11月10日、つまり今日の深夜だ。

星新一 ショートショート劇場

チャンネル :総合/デジタル総合
放送日 :2007年11月10日(土)
放送時間 :翌日午前0:35~翌日午前0:50(15分)

「ショートショートの神様」とよばれる、作家・星新一。生涯に残した作品は1000話を越え、奇抜な発想、ウィットとユーモアに富んだ作品は、今もなお絶大な人気を誇る。時代を超えて新鮮な輝きを放つ膨大なショートショートのなかから、5つの作品を厳選。多彩な演出手法を用いて、不安や恐怖ばかりでなく、ときには温かさや安らぎを感じる近未来の不思議な寓(ぐう)話集として映像化する。

うれしい!このあいだ星さんのことを書いたので特に期待してしまう。

尊敬する星さんのショートショートを映像化するのがNHKでよかったと思う。私は基本的にNHKの番組の「ほどのよさ」が好きなのである。星作品の上品なユーモアと残酷さを生かしてくれたらうれしい。
「世にも奇妙な物語」などで何度か映像化されているけれど、アレンジや演出が過剰で納得できないことが多かった。今回の映像化は「一人芝居や朗読、アニメなどさまざまな演出で映像化」するそうで楽しみだ。

ちょっと残念なのは告知が少ないことと再放送の予定がないこと。15分のミニ番組だから告知が少ないのは仕方ないが、幅広い世代で星さんのファンは多いのだから深夜に一回だけ放送して終わりではもったいない。ぜひ何度か再放送してほしい。
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あるブログの終焉

2007年11月09日 | ネット・ブログ論
ネットの片隅での小事件。

はてなブックマーク - ある個人史の終焉 - after game over

heartbreaking. 「子供が産まれて感動した」「おめでとう!」…がどんだけの男女を無気力にさせているか少しは考えろ
はてなブックマーク - heartbreaking. 「子供が産まれて感動した」「おめでとう!」…がどんだけの男女を無気力にさせているか少しは考えろ

はてなブックマーク - hello goodbye - after game over
はてなブックマーク - ブログログ復元 - after game over
はてなブックマーク - ログ復元に関して実際にはまだうだうだと悩んでいる話 - after game over
はてなブックマーク - 今のもんもんを、正直に書いてみる - after game over

書き手に「読者に読ませない権利」はあるのか - TERRAZINE
「自分の痛み」を「みんなの痛み」に置き換えて罵倒しても「自分の痛み」は消せやしないよ - NC-15



発端となった「ある個人史の終焉」を含めて「after game over」ブログは削除されている。「はてなブックマーク」のコメントや関係記事からどんなものだったか想像してもらうしかない。

「ある個人史の終焉」について特に感想はない。
どうしても何か言えといわれれば「おめでとうございます、お子さんと奥さんを幸せにしてあげてください」くらいか。文章を書いたご本人、つまりidiotape氏について特に幸せを願うことはない。私はこの手の村上春樹もどきの小綺麗な文章が嫌いなのである。「名文だ」「感動した」と涙を流さんばかりの読者の反応には異様なものを感じた。「鏡の法則」とそれに感動する人たちを思い出してしまった。
みんなそんなに「いい話」が好きなのか?
どれだけ甘いものに飢えてるんだ?
本当はカロリー過剰で糖尿病気味じゃないのか?

「heartbreaking. 「子供が産まれて感動した」「おめでとう!」…がどんだけの男女を無気力にさせているか少しは考えろ」についてはいろいろ思うところもあるけれどうまく書けない。私は hashigotan には幸せになってほしいと願う。muffdivingさんがぶっきらぼうだけど温かい言葉を書いてくれている。

hashigotanの悲鳴(批判と呼ぶには悲痛すぎる)を聞かされた後のidiotape氏の対処は立派だった。あるいはたいへん醜悪だった。
どちらの見方をとるかはその人の考え方による。私は言うまでもなく後者である。
小沢一郎じゃあるまいし、「消します」「みなさんが惜しんでくれたから戻しました」「でも本当は悩んでます」そして結局はブログ削除というのはどうなのか。ブログを書くのも消すのも本人の勝手だが、正直言って呆れた。どれだけ自意識過剰なのか、「誠実で傷つきやすい自分」を演じるのが好きなのか。私はこういう人を信用しない。

文章がとんでもなく上手で、「誠実」な「いい人」の俗物がネットから消えて私はせいせいしている。
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民主党の真髄

2007年11月08日 | 政治・外交
民主党のドタバタ騒ぎは結局小沢代表の続投という形で決着した。
早期決着はとりあえず結構なことだ。これ以上の政治リソースの浪費は防がれた。
事態収拾のため努力した党幹部、そして日本と民主党のために恥をかく決断をした小沢代表には「お疲れ様でした」と言いたい。
これはあくまでも「事態を収拾したこと」についての労いであり、小沢氏続投の評価はきのう書いた通りである。

菅代表代行がNHKニュース9に出演し今回の経緯について説明していた。
伊藤キャスターの「国民に分かりにくいのでは」という問いに対し菅氏は「議員懇談会と記者会見での小沢代表の発言を聞いてもらえればご理解いただけるはずだ」と反論していた。私は菅氏の言うとおりだと思う。
ここ数日の小沢代表・民主党幹部・所属議員たちの言葉と行動を見れば有権者はさまざまなことを知ることができる。小沢氏がどういう人物か、民主党はどんな党なのか、安心して政権を任せられるのか、それとも愚かで恥知らずな無能者たちの集まりなのか、判断するのに充分である。個人的には「小沢氏と民主党の真髄を見せてもらった、実によく分かった」と感謝している。

各局のニュース番組に出演した民主党議員たちは「小沢氏の続投はまったく正当なことだ」「党内の意見は一致している」「『雨降って地固まる』だ」「次の総選挙で勝って政権を獲得する」「悪いのは小沢氏を謀略にはめた自民党とナベツネだ」といったことを一生懸命主張していた。本気なのかお仕事なのか知らないがまったくご苦労様である。
熱弁する民主党議員を見るキャスターやコメンテーターたちの表情が印象的だった。基本的に半笑いである。2ちゃんねるで言われるところの「生暖かい視線」というやつだ。有権者の多くが今の民主党を見る目も多分そんなものだろう。
続投を決めた小沢代表はこれからあちこちで嘲笑や憫笑に出迎えられるだろう。プライドの高い小沢氏にとっては辛いことだろうが、ご自身で選んだ道なのだから今度こそ投げ出さずにがんばってください。
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党首の謀反

2007年11月06日 | 政治・外交
小沢氏は今頃ほくそえんでいることだろう。
どうやら民主党幹部は本気で小沢氏を慰留するつもりのようだ。
いやはや、なんというか。

asahi.com:小沢代表、慰留を留保 民主幹部の要請に
 民主党の鳩山由紀夫幹事長ら党執行部は5日の役員会で、辞職願を出した小沢代表を慰留する方針を確認した。岡田克也、前原誠司両副代表らを含む副代表会議の了承もとりつけ、辞意を撤回するよう小沢氏に促した。これに対し小沢氏は「昨日けじめだという思いで辞職願を出したばかりでまだ心の整理に時間がかかるので、それを待ってほしい」と即答しなかった。一呼吸置いて政治情勢を見極める構えとみられており、党内では辞任を前提にした動きはいったん沈静化し、小沢氏の判断を見守る空気が広がっている。


四日の記事で「このままでは「代表が党を裏切った」と引きずりおろされるのが目に見えている。/そうなる前に小沢氏は逃げることを選んだ。」と書いたが、どうやら私は小沢氏と民主党幹部を見誤っていたようだ。

小沢氏については過小評価だった。
「行き当たりばったりで動くとは小沢も衰えたな」と思っていたが、どうやら民主党幹部たちの軟弱さを見切って「党首による辞任クーデター」を仕掛けたらしい。人の弱みに付け込むようなやり方だが、「豪腕」らしいことは間違いない。

民主党の幹部たちについては過大評価していた。
以前から「小沢氏以外の民主党政治家は二流ばかり」と思っていたが、今回のドタバタを見て「三流以下だ」と確信した。
民主党が本当に「豪腕なしには夜も日も明けぬ」小沢頼りの政党であれば、党首会談後の役員会で小沢氏の提案をすげなく却下してはならなかった。「これまでの党の方針とは異なるが、ほかならぬ代表のおっしゃることであれば真剣に考えなければ」とじっくり検討する、あるいは所属議員・党員の意見を集めるといった対応をすべきだった。
一般家庭にたとえれば、一家の大黒柱のお母さんが家族会儀で「もう一度大学にいきたい」と言い出したのをお父さんと子どもが適当にあしらって却下し、臍を曲げたお母さんが翌日「離婚します」と宣言して大騒ぎ、といったところである。
お昼のホームドラマなら他愛もないが、これが政権獲得を宣言した政治家たちが大真面目に演じるドラマなのか。実に情けない。こんなものを見せられる視聴者は呆れるばかりだ。

小沢氏は「連立にはこだわらない」としつつ「選挙に勝てる体制が必要」と言っているそうである。

TBS NEWSi:小沢氏、辞意撤回要請に回答留保
 午前中に菅氏が小沢氏と会談した際には、「自分は連立にこだわっているわけではない」「選挙で勝つ体制をいかに作ることが出来るか」と述べたということで、執行部は続投に希望を見出していますが、党内には、小沢氏が会見で次の衆院選の勝利は厳しいなどと発言したことに不快感を示す議員も多く、今後、小沢氏が代表にとどまることになるかは依然不透明です。(05日21:58)

小沢氏の言う「選挙で勝つ体制を作る」とは具体的にどういうことか。
私には「政策・人事・候補者選びのフリーハンドをよこせ」という意味にしか理解できない。
つまりは「俺をとるか、それとも民主党のアイデンティティーをとるか」という選択だ。これが「党首による辞任クーデター」の意味である。
それなのに鳩山氏や菅氏など民主党幹部の言葉や表情には緊張感が見られない。今何が起きているのかわかっていないのではないか。小沢氏に頭を下げて辞意を撤回して「いただく」とはどういうことか。豊臣秀吉の没後、徳川家康を大坂城の西の丸に入れるようなものだ。

私が民主党幹部を買いかぶっていたというのは、小沢氏の「辞任クーデター」にオロオロするばかりで毅然とした態度をとるものが一人もいないからだ。小沢氏と比べるとまるで大人と子供である。
もし誰かが「小沢さんお疲れさまでした、あとのことはご心配なく」「われわれの党は『民主党』であって『小沢党』ではありません」と言ったなら私も感心するけれど、「どうすれば辞意を撤回していただけるか」と小沢氏の機嫌をとろうとするばかりである。なんと卑屈な人たちだろう。軽蔑に値する。大連立とか政策協定の是非とは別に、政治家としての肝が据わっていない。三流以下と呼ぶほかない。
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テコと支点

2007年11月05日 | 政治・外交
民主党って何なのだろう。
政権交代を目指す野党第一党のはずだが、やっていることはどう見ても素人以下のドタバタだ。

民主・鳩山幹事長、党役員会の総意で小沢氏を慰留:NIKKEI NET(日経ネット)
 民主党の鳩山由紀夫幹事長は5日午後、4日に辞意表明した小沢一郎代表の去就問題を協議した党役員会の結果について「役員会の総意として、小沢代表にこれからも続投していただきたいということで、慰留のお願いをしてくる」と説明した。小沢氏が慰留に応じる可能性については「執行部に辞職願を出された後の身の処し方に関しては我々に委ねるということもおっしゃった訳だから、私たちはそのような思いを役員会として決めたということだ」と述べた。

 今後の自民党との協議に関しては「政治とカネの話とか人道的な話とか、必要に応じて与野党協議しなければ法律にならないことがあった。政策を議論することはあっていいが、その先に連立があるぞという話ではない」と語り、大連立論を認めない考えを示した。〔NQN〕(15:51)

ここ数日で小沢氏のやったことはこうだ。

 ・ 自分で決めた党の方針を裏切って勝手に連立話に乗ろうとする
 ・ 独断が役員会で認められないと真意を説明せず拗ねる
 ・ ぶち切れて代表の座を放り出す
 ・ 辞意表明会見で「選挙に勝てない」「政権担当能力がない」と党を批判

民主党議員・支持者は本当にこんな人が「代表にふさわしい」「余人をもって代えられない」と信じているのか。手を合わせて「どうかやめないでください」と懇願する必要があるのか。もしそうなら(こういう言い方はしたくないが)あまりにも卑屈だし、党内に人材がなさすぎではないか。こんなことで国民の信頼が得られるのか。

精神論はともかく、本当に「民主党には小沢代表が不可欠」であれば、示威 自慰 辞意を撤回して「いただく」ためには民主党を小沢党に作り変えるくらいの覚悟がいる。具体的には「不信任を受けたに等しい」とまで言われた役員会のメンバーは恭順を誓うか進退伺いを出す必要があるはずだ。小沢氏は身を捨ててギリギリの勝負をかけたのに、民主党幹部はそれが分かってないように見える。甘い、甘すぎる。
今回の事件で小沢氏と民主党幹部たちのあいだに大きな意識のズレがあることが明らかになった。もし慰留に成功したとしても巨大なクレバスをなかったことにはできない。小沢氏はテコでも動かない構えのようだから(例によって気が変わるかもしれないけれど)、ヒビを埋めるには民主党が変わるほかない。

小沢氏も他の民主党幹部も、「現在の自民党体制をひっくり返す」という最終的な目標は同じはずだ。だがそのやり方がまったく違っていた。

 民主党の考え方
  ・ 民意をテコに
  ・ 小沢代表を支点として
  ・ 「民主党が」自民党をひっくり返す


 小沢氏の考え方
  ・ 大連立をテコに
  ・ 民主党を支点として
  ・ 「小沢一郎が」自民党をひっくり返す

(私の想像する)小沢氏の発想では民主党は「テコの支点として使い捨てされる石」でしかない。一切の妥協を廃して党をガチガチの強硬路線で固めたのも、テコの支点としてそのほうが使いやすいからだ。
個人的には小沢氏の描いた構図や鮮やかな(唐突な)行動にある種の魅力を感じるけれど、民主党議員・支持者が反発するのはよくわかる。私が民主党支持者なら「小沢のために使い捨てにされてたまるか」と怒る。

小沢氏の辞意表明とその後の慰留劇を見て、この間の大河ドラマ「風林火山」を思い出した。

大河ドラマ「風林火山」 第42回 「軍師と軍神」
 一方、長尾景虎(Gackt:ガクト)の下で統一された越後では、長く戦乱が続いた名残りで豪族同士の領地争いが絶え間なかった。いがみ合う家臣たちに失望し、景虎は突如出奔してしまう。

長尾家の家臣たちは驚きあわてて景虎を探し出し、恭順の誓紙を差し出して帰国を願う。
越後に戻った景虎はやがて「毘沙門天の化身」と呼ばれるカリスマ・上杉謙信となる。

はたして民主党幹部は「誓紙を差し出す」のかどうか、小沢氏が「毘沙門天の化身」になれるのか。
たぶん無理だろう。
なぜなら、小沢氏はちっともGacktに似てないから。 (…!?)


参考記事
 forrestal@回顧録: 小沢代表:連立から辞任へ
 雪斎の随想録: 幻の連立
 はなさんのポリログ:民主党幹部のお粗末さ
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「大連立」に散る

2007年11月04日 | 政治・外交
なんと、このオヤジノリノリである。民主党幹部もびっくり。
「ドッキリじゃないのか」と疑って隠しカメラを探す議員も出るありさま(嘘)。

大連立:民主党混乱 小沢代表の進退に波及する可能性も - 毎日jp(毎日新聞)
 「政策協議には入っていいんじゃないか」。高揚した表情で切り出した小沢氏に、真っ先に挙手したのは赤松広隆選対委員長だった。「選挙で民意を経ないで連立を組むのはおかしい。今すぐ断るべきだ」と声をあげた赤松氏に、小沢氏は即座に「自社さ政権の例もある」と切り返した。

 自社さ政権は94年6月、当時野党だった自民党が、旧社会党、さきがけと組み、社会党の村山富市首相のもとで政権与党に復帰した。小沢氏は自由党党首時代も衆院選による審判を経ず自自連立に歩み寄ったが、赤松氏がかつて身を置いた旧社会党の「自社さ」になぞらえて反論したのだ。小沢氏の「前のめり」を象徴する場面だったが、他役員から続くのは連立反対論ばかりだった。

一人で突っ走った小沢氏の後に続く者はなく、このままでは「代表が党を裏切った」と引きずりおろされるのが目に見えている。
そうなる前に小沢氏は逃げることを選んだ。

中日新聞:民主・小沢代表が辞任表明 「党内混乱の責任取る」:政治(CHUNICHI Web)
 民主党の小沢一郎代表は4日午後、党本部で緊急記者会見し、辞任の意向を表明した。党関係者によると、小沢氏は会見に先立ち辞任理由について「党内混乱の責任を取る」と伝えた。

果たしてこれで済むのかどうか。小沢氏とその同志(旧自由党議員)は石もて追われる前に離党したほうがいいかも。

きのう私は「小沢氏は清河八郎になる」と書いたが、こんなに早く実現するとは思わなかった。
こうなると「大連立」を仕掛けた福田総理の凄腕に感嘆するほかない。大連立を言い出したのは小沢氏だといわれるが、結果的にはそれを利用されて民主党はガタガタになった。小沢氏は策士策に溺れ、福田氏は後の先を取った。

そういえば大連立を「福田氏の政局感の無さが表れている」と酷評したブログもあったが、この状況をどう見ているのだろう。

産経、大逆転する。 - 黙然日記
 安倍という人がアレだったのは今更言うまでもないのですが、福田という人もじつはなかなかアレだったようです。物心ついたころから政治の世界の中枢を見てきたはずなのですが*1、この政局観のなさは、いったいなんなんでしょうね。今回の連立申し入れで、自民党内での福田総裁の求心力低下が危ぶまれるところです。

私がこの事件で学んだ教訓は三つ。

 ・ 政局は一筋縄ではいかない。
 ・ 政治家とは「朝には紅顔ありて夕べには白骨となれる身」なり。
 ・ 福田康夫を甘く見ると痛い目にあう。
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ある切れ者の最期

2007年11月03日 | 政治・外交
このあいだ「興味がもてない」と書いた自民・民主党首会談が意外な展開に。

福田首相が党首会談で連立参加を打診、民主は拒否決定 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 福田首相は2日午後、民主党の小沢代表と国会内で会談し、連立政権への参加を申し入れた。

 小沢氏は「党内で協議する」として持ち帰ったが、民主党は同日夜の役員会で連立参加を拒否することを決めた。

大連立構想の噂は聞いていたけれど、慎重な福田氏が就任してすぐ大技を繰り出すとは思わなかった。福田康夫は過小評価されていると思ってた自分が一番福田氏を甘く見ていた。

「大連立」自体について特に意見はない。ぜひやるべきだとは言わないが絶対やっちゃいけないとも思わない。どの政党が政権をとろうが、どの党とどの党がくっつこうが離れようが要は国のため国民のため役に立つ政治ができればそれでいい。
現在のねじれ国会、それも野党第一党が対決路線を堅持して(固執して)いる状況で効率的な政治決定は不可能だ。さりとて衆院解散は政治的コストもリスクも高い。福田総裁が小沢代表に大連立を持ちかけたのは充分理解できる。

理解しにくいのは小沢氏の行動のほうだ。
民主党代表に就任してからの小沢氏の強硬路線を思うと、連立提案をその場で蹴らず「党に持ち帰って検討」するのはいかにも不思議だ。小沢氏の意図はどこにあるのだろう。

可能性のひとつは、小沢氏の強硬路線はうわべだけのことで実は連立の誘いを待っていたというもの。
自民党側からそんな情報が流れているが、あるいは民主党の混乱を狙う謀略かもしれない。もし本当に小沢氏が大連立に前向きなら党内で何の根回しもしていないらしいのは奇妙だ。

民主・小沢氏、早い段階から連立に前向き…自民関係者 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 民主党の小沢代表が、首相から連立の打診を受ければ、民主党内を説得する考えを首相に伝えていたことが2日、明らかになった。

 自民党関係者によると、小沢氏は早い段階から自民党との連立に前向きで、民主党内を説得する考えだったという。

 今回は説得に失敗した形だが、小沢氏はなおも連立参加を模索する意向だ。小沢氏は、最終的に連立を断念した場合は、代表を辞任する考えも周辺に漏らしており、成否によっては小沢氏の進退問題が浮上する可能性もある。

もうひとつは、民主党内の軟弱な妥協派をあぶりだすために仕掛けた罠という可能性。
毛沢東が百花斉放・百家争鳴を「右派」粛清のため利用したような狡猾なやり方である。
だが、今のところ民主党内で大連立に前向きな妥協派はあらわれず、むしろ小沢氏の暴走が顰蹙を買っている。

民主「大連立」に衝撃、小沢氏に批判「なぜ持ち帰った」 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 2日に行われた福田首相(自民党総裁)と民主党の小沢代表との党首会談で、首相から連立政権樹立の打診があったことで、民主党に大きな衝撃が走った。

 同党は同日夜、緊急の役員会などを開き、打診を断ることを決めたが、党内では、小沢氏の対応に不満が募っている。

 民主党は7月の参院選で参院第1党となり、次期衆院選で政権交代につなげようと、臨時国会では政府・与党と対決する路線をとってきた。小沢氏自身も1日の記者会見では「(大連立は)今は考えていない。何としても今度の衆院選で過半数を取ることが当面の最大の目標だ」と大連立構想を強く否定した。

 それだけに、民主党内には小沢氏が大連立構想の打診を党首会談で拒否しなかったことについて「参院選で民意を得て、その公約を実現しようとしている最中に自民党との連立政権を組めば『野合だ』との世論の批判を受け、衆院選にマイナスとなる。小沢氏はなぜ、こんな話を党内に持ち帰ったのか」と指摘する声が出ている。

 枝野幸男・元政調会長は2日夜、記者団に「(大連立は)あり得ない。大政翼賛会になってしまう」と述べた。

 小沢氏は党首会談で、自衛隊の海外派遣を可能にするための恒久法制定の実現を求めた。その際、国連決議があれば、武力行使を容認するよう憲法解釈を変更するよう迫ったと見られる。これは、小沢氏の持論だが、自衛隊の海外派遣に慎重な旧社会党系グループなどからは「大連立が実現すれば、我々は切り捨てられるのでないか」との疑心暗鬼が出ている。

小沢氏の真意がどこにあるのか知らないが、今のところ大連立を検討するそぶりを見せたことが成功したようには見えない。一般国民の目から見て行動に明快さがない。これでは支持のしようがない。



かつて鵺(ヌエ)のような表裏定まらぬ行動で信望を失い、やがて悲惨な最期を遂げた「天下の切れ者」がいた。
幕末の志士、清河八郎である。

清河八郎 - Wikipedia

幕末維新人物名鑑・清河八郎
清河は松平春嶽に「急務三策」を建言する。
これが受け入れられ過去の罪状を許された清河は浪士組の結成を建言する。
これが幕府の意に適い、採用され、上洛を控えた将軍・家茂警護のため浪士が募集された。

文久3年2月、集まった浪士組234名と役員30名を率い上洛した。
京にへ到着すると、清河は壬生新徳寺へ集め
「我らの目的は将軍警護ではなく、攘夷の魁となるためである。」
とかねてよりの策某を宣言し浪士たちのに血判を求めた。
清河は朝廷に働き掛け浪士組の攘夷運動に許しを得た。
反対した近藤勇らが清河暗殺を目論んだが未遂に終わった。
清河の動向に危惧した幕府により浪士組は江戸に呼び戻される。

「将軍警護のため」幕府の資金で集めた浪士を自分の手駒とし、倒幕含みの「尊皇攘夷」のために使う。切れ者らしく鮮やかな策略だが、残念ながら理解する同志ばかりではなかった。将軍警護のためと信じて京都までついてきた浪士にすれば、清川に騙され手品の種にされたようなものである。不信感が募るのは当然だ。
やがて清川は倒幕の志半ばに倒れ、近藤勇らは新撰組として幕府の盾となるのはご存知のとおり。

はたして小沢氏は清河八郎のように「策士策に溺れる」のだろうか。
不謹慎だが来週の政局がどうなっているか楽しみである。
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パーフェクトより凄い

2007年11月02日 | 日々思うことなど
私は野球に興味がない。
なにしろ最後に印象に残ってるのは原の引退セレモニーである。特にファンじゃなかったけど(というか悪口ばかり言ってた)彼が引退したのは寂しかった。
そんな私でも日本シリーズでパーフェクトゲームが達成されそうだったと聞けばちょっと興味を引かれる。打たれて記録が途切れたのなら仕方ないが、大記録が幻になったのは継投のためと知れば大変もったいない感じがする。
山井投手の「幻のパーフェクトゲーム」について書かれた記事をいくつか読んだ。

肯定派

  中日山井大介投手交替について - [重]塾講師のつぶやき

  不倒城: 皆さん、山井の希望も聞いてあげてください(><)

  やくみつると佐々木信也はいますぐ首を吊って死んでください。 - How Does It Feel To Feel ?

  にわか日ハムファンのブログ 敗軍のファン、用兵を語る


批判派

  404 Blog Not Found:君たちは野球の何を見ているんだい?

  落合博満の“オレ流”完全試合潰しに抗議する / ハチシロ(ハチミツとシロツメクサ)

  落合采配に玉木氏も激怒「中日新聞への寄稿やめる」 - MSN産経ニュース


どちらかといえば自分は肯定派に入る。肯定・否定の割合で言えば6:4くらい。
仮に中日が三勝三敗の状況であれば「交代は当然」、三勝二敗なら「交代やむなし」。今回は三勝一敗なので悩むところだが、目の前に「53年ぶりの日本一」が手の届く状況で自分だったらどうするだろうか。簡単には決められない。だから当事者の決断を尊重する。
昔から落合を尊敬して、というとちょっと大げさだが、孤高の域に達した人と認めていたから「オレ流(非情の・非常識な)采配」にも納得してしまう。
もちろん山井投手の決断も凄い。

中日スポーツ:山井にナゴヤ心酔! 圧投24アウト:ドラニュース(CHUNICHI Web)
 胴上げ、そして前人未到の快挙まであと3人。異様な緊張感が覆うナゴヤドームの一塁側ベンチ。山井は決断した。「代わります」。8回までパーフェクト。ベンチに戻り、森バッテリーチーフコーチに「体力的にどうだ」と聞かれ、降板を申し出た。

 日本シリーズの胴上げ完全試合。未来永劫(えいごう)現れることのなさそうな大記録も、欲はなかった。「個人の記録とかは、この試合に限ってはどうでもいいと思っていた。4回にマメがつぶれたのもあったし、握力的にも落ちていた。それに最後は岩瀬さんに投げてほしいという気持ちがあったので、代わりますと言いました」


本当の気持は彼自身にしかわからない。
この場面で「最後まで投げます」と言えば投げられただろうし、仮に打たれたとしても誰も責めなかっただろう。
それでもチームの勝利のため総合的に判断し自ら降板を決意したのだとすれば本当に凄い。「立派だ」とか「見習いたい」とか簡単には言えないけどとにかく凄い。私心を捨てる見事さというかファンの期待を裏切る小心さというか、あまりにも常人離れしている。ドイツで三億円の宝くじに当たったのに受け取りを拒否した男性がいたが、山井投手と対談したら気が合いそうである。

「パーフェクトを見たかったのに!」と怒っているファンの方々に対しては、気持は分かるけれどもうすこし落ち着いたらどうかと言いたい。
野球ファンでない私がこの「事件」に興味を持ったのは「目の前のパーフェクトをを幻にする決断」の凄さに感嘆したからである。もし単なるパーフェクトゲーム(というと語弊があるが完全試合の価値を貶めるつもりはない)であればそれこそ「単なる記録」として聞き流しただろう。
世の中には「パーフェクトゲームはすばらしい」と思うだけではなく「パーフェクトゲームを幻にする決断ができる人間がいることが凄い」「それほどまでに日本シリーズ優勝に価値があるとは」「野球というのは表層的なお祭り騒ぎじゃなくて奥深いスポーツなんだ」と感心する私のような人間もいる。
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