玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

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カストロ議長、WBC日本チームを祝福(こちらは本物)

2009年03月26日 | 日々思うことなど
前の記事のコメント欄で教えていただきました(ありがとうございます)が、カストロ議長が実際にWBC決勝戦について語った本物のメッセージが報道された。

【WBC】カストロ氏「イチローは世界最高の打者」 原采配も絶賛 - MSN産経ニュース
 キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長は24日、政府系のウェブサイトに掲載したコラムで、日本が韓国を破って優勝した野球の第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決勝について「(日韓)両チームの質を証明するかのように、想像できる限り最も緊迫した試合の一つとなった」と振り返った。

 前議長は「韓国は、日本に2回勝利した投手を使う誘惑に抵抗できなかった」と指摘。しかし同投手は「日本の専門家や打者に研究されてしまっていた」と、韓国の敗因を分析した。これに対し「日本の監督は投手の選択を間違えなかった」と評価した。

 また決勝打を放ったイチローを「世界最高の打者」とたたえた。

 一方、前日の米国戦についても、松坂大輔投手の後に登板した選手を「わずかの危険でも感じると何のためらいもなく交代させた」として原辰徳監督を評価した。(共同)


カストロ前議長、キューバチームよりも「侍」絶賛(スポーツ報知) - Yahoo!ニュース
カストロ前議長もイチローを激賞「間違いなく世界最高」 : WBC : スポーツ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
カストロ氏、イチロー絶賛「世界最高の打者」 - 野球 - SANSPO.COM
カストロ前議長も日韓決戦を評価「最も緊迫した試合」(野球) ― スポニチ Sponichi Annex ニュース

どの記事も共同通信がソースなので内容はほとんど同じ。共同が捏造あるいは誤訳した可能性もゼロではないだろうが、いまのところ考える必要はなさそうだ。
本物のカストロ発言が出たことで、2ちゃんねる発のあやしげな「世界一の日本に負けたことを誇りに思う。」コピペの存在価値はほとんどなくなった。本物のカストロ発言と「世界一の日本」コピペは野球というスポーツの見方そのものから違っており、同一人物が書いたとは思えない。「コピペは捏造だった」と断言してもいいだろう。


本物のカストロ発言
  「(日韓)両チームの質を証明するかのように、想像できる限り最も緊迫した試合の一つとなった」
  「韓国は、日本に2回勝利した投手を使う誘惑に抵抗できなかった」
  「日本の監督は投手の選択を間違えなかった」
  (イチローは)「世界最高の打者」

 ・ マニアックな知識
 ・ 野球への熱烈な愛
 ・ 個別のプレー・選手の活躍・監督の采配に注目して賞賛(批判)
 ・ 興味の的はあくまでも「選手・監督と試合内容」
 ・ 日本チームと韓国チームを公平に分析


「世界一の日本に負けたことを誇りに思う。」コピペ

  「我がキューバを2度も破った日本国のWBC連覇を心から祝福する。
  我がキューバは予選で敗退したが、世界一のチームに負けての敗退だ。
  世界一の日本に負けたことを誇りに思う。
  永遠の友、日本国民の皆様心からおめでとう。」

 ・ 野球の知識がなくても書けるような社交辞令(おべっか)
 ・ 野球というスポーツ自体へのこだわりが感じられない
 ・ 試合内容・選手・監督への言及なし
 ・ 称えられているのは「日本国」「日本国民」(プレーヤーと試合内容は二の次)
 ・ 韓国チームの存在を無視


もちろん人間というのは気分や状況しだいで矛盾したことを言うものだけれど、フィデルの野球好きは病膏肓というかまさに血肉となっているので、あれほど熱かったWBC決勝戦の感想が「世界一の日本に負けたことを誇りに思う。」コピペのように「薄い」内容で済むはずがない。なにしろ(元気だったころの)カストロの演説の激しさと長さは伝説的である。
本物のカストロ発言は相撲中継にゲスト出演したデーモン小暮閣下なみの濃さなのに対して、捏造コピペは相撲ファンじゃないタレントが「朝青龍って強いですねー、日本人力士にもがんばって欲しいですねー」程度のことを言って興味を装うのと変わらない。まさに月とスッポンだ。

"世界一の日本に負けたことを誇りに思う"で検索すると約678件ヒットする。ざっと眺めてみても「これおかしいんじゃないか、あのカストロがこんな『薄い』社交辞令を言うかな?」と疑問に感じる人はあまりいないようである。
カストロの野球マニアぶりを知らない人が「祝福メッセージ」を無邪気に信じてしまうのは無理もないが、知っていて疑わないというのはちょっとどうなんだ、と思ってしまう。なんというか、マニアの生理をわかってないというか甘く見ているというか。
私自身は特に何かのマニアじゃないけれど、マニアに専門分野の話を振ることの恐ろしさは知っている。ちょっとした説明を聞きたいだけなのに、素人にはチンプンカンプンな専門知識とこだわりが噴出してとまらなくなる。炭酸飲料を振り回してから栓を開けるようなもので、おもしろいけれどうかつにやるのは危険だ。くわばらくわばら。
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カストロ議長、WBC日本チームを祝福     …?

2009年03月24日 | 日々思うことなど
WBC日本チーム優勝おめでとうございます。
不景気な日本に活気をもたらすような素晴らしいニュースだ。
私は特に野球ファンじゃないし、正直言ってこれまでのWBC報道(NHKニュースウォッチ9では連日トップニュースだった)は過剰だと眉をひそめてきたが、なにしろ世界一になったのだからケチのつけようがない。
原監督、選手のみなさん、本当におめでとうございます。

世界中の野球ファンが日本チームの優勝を祝福してくれているらしい。

(cache) 【実況】 WBC'09 日本vs韓国 ★51【日本優勝!】
70 :Ψ:2009/03/24(火) 16:34:56 ID:KDm1pQUX0
原文(スパニッシュ)
Bendigo WBC la victoria recta de Jap?n que derrot? dos veces sinceramente nuestra Cuba.
Nuestra Cuba se derrot? en un preliminar, pero es derrota que es derrotado por el equipo mejor del mundo.
Estoy orgulloso que fui derrotado por el Jap?n mejor de mundo.
Felicitaciones en un amigo eterno, los ciudadanos japoneses sinceramente.

                                 Fidel Castro

日本語訳
我がキューバを2度も破った日本国のWBC連覇を心から祝福する。
我がキューバは予選で敗退したが、世界一のチームに負けての敗退だ。
世界一の日本に負けたことを誇りに思う。
永遠の友、日本国民の皆様心からおめでとう。
                                 フィデル・カストロ

2ちゃんねるで見かけたカストロ議長からのメッセージ。
いやー、さすがカストロ、潔く負けを認めるなんて男らしいぜ!
フィデルもシャッポを脱いだ(死語)世界最強の日本チームは誇らしいですね!!!!!

…でも、これって本物だろうか?
スペイン語は読めないけれど、私のカンでは99%ネタに違いないと思う。
誇り高いカストロが特に必要もないのに日本チームのヨイショをするとは思えないし、Googleの言語設定をスペイン語・英語にして検索してもソースが見つからない。
なによりも全体的な発想(「世界が認めた日本の強さ・正しさ」を誇る)が一年前ちょっとした話題になった「善光寺が発した静かな怒り」コピペとそっくりだ。特に気になるのが「日本国のWBC連覇」という言いかた。野球を心から愛するカストロ議長なら「日本チーム」が主語になるはずで、いきなり「日本国」が出てくるのは変だ。「国家」を「野球」の上に置く非野球ファンの発想のように思える。
私はF1レースが好きなのでF1に置き換えると、仮にオーストラリアGP(29日開幕)でトヨタのトゥルーリが優勝したとして、「日本の勝利だ」などと抜かす奴がいたら「こいつは本当のF1ファンじゃないな」と思う。なによりも「トゥルーリおめでとう、トヨタチームおめでとう」とがんばった人を称えるのが本物のファンであり、「日本国の名誉」などお呼びじゃないのである。

「善光寺が発した静かな怒り」 …? - 玄倉川の岸辺
「善光寺が発した静かな怒りは、世界の全仏教徒のみならず宗派を超えた
 宗教指導者が身を切るほどの警告となった」@CNN(アメリカ)

「ZENKOUJIは一滴の血も流さず、一個の石(投石?)も用いずに最大級の
 デモンストレーションを成し遂げた」@NBC(アメリカ)

「日本の対中外交の勝利をもたらしたのは、政治家ではなく若き僧侶だった」@F2

「2000年の時を越えて、遠い東の国にBuddismの精神が変わらず受け継がれている
 ことをZenkojiはこれ以上にない方法で示した。我々は、我々と同じ価値観を
 共有する日本国民と日本の仏教界に強い尊敬と親しみの念を覚える。」@IDN(インド)

「物静かで政治的な主張をしないことで知られる日本が動いた。拡声器もプラカードも
 用いないその静かな抗議の声はしかし、どんな喧騒よりも深く強く世界の人々の心に
 届くに違いない。」@BBC(イギリス)

「聖火リレーのボイコットを表明したその日も、Zenkojiは静かだった。その日、
 Zenkojiの境内で取材を続ける私は、全身にしみこむ鐘楼の深く低い音に思わず
 立ち尽くした。憎しみや悲しみを洗い流すこの聖なる音色が1300年にわたり
 受け継がれていることは世界の奇跡である。」@AE通信(オーストラリア)

「聖火リレーは皆で楽しんでやるものだと思うんですけど…残念ですね」@福田康夫(日本)

Red Fox 「善光寺が発した静かな怒り?」2ちゃん発の怪文書
Red Fox 善光寺絶賛の海外メディア報道の「ソース」?

「Red Fox」さんの検証は水も漏らさぬ丁寧さで頭が下がる。「スゴブロ2009」のベスト20に選ばれたすばらしい記事なので、読んでいない方はこの機会にぜひお読みください。

「善光寺が発した静かな怒り」コピペはCNNとかBBCとかソース(捏造)を出していたので検証できたけれど、今回の「カストロ議長の祝福」が嘘だと証明するのは難しいかもしれない。たとえば「短波ラジオでキューバ放送を聞いていたらたしかにそういうニュースがあった」「どの番組で誰が言ったか覚えていない」とか言われるとほとんどお手上げだ。どうしたものか。
いや、仮にも「カストロ議長の発言」とされているのだから、オフィシャルな形で確認するのはむしろ簡単かもしれない。キューバ大使館に「ネットで『カストロ議長の祝福メッセージ』と称するものが流れてますが、これは本物ですか?」と聞いてみれば白黒はっきりつくだろう。
今のところ「我がキューバは予選で敗退したが」で検索しても10件しかヒットしない。この程度なら放っておいてもいいが、仮に100件とか1000件とか広まりそうであれば真偽を確認する必要があるだろう。
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陰謀論と「回転寿司のイクラ」

2009年03月22日 | 日々思うことなど
「陰謀論」という言葉がある。基本的に批判・悪口として使われる。陰謀論で何が悪い、と開き直る人はあまりいない。

「それは陰謀論だ」「お前は陰謀論者だ」と呼ばれるとたいてい信用が下がる。
陰謀論(者)と呼ばれたほうは「レッテル貼りだ」と怒ったり「真実は我にあり」とますます自信(思い込み)を強めたりする。残念ながらというか当然というか、陰謀論批判が陰謀論者の考えを変えた例をほとんど見たことがない。ニセ科学批判にも通じる問題だ。

何をもって陰謀論(者)と呼ばれるかというと、陰謀について・あるいは陰謀を前提にして「論じる」ことが肝心だ。
逆に言うと、「陰謀じゃないか」と心の中で疑うだけで「論じ」なければ陰謀論(者)とは呼ばれない。仮に私が「世の中の災いのほとんどはゴルゴムの仕業だ」と信じていても、黙っていれば誰も気付ず陰謀論者とは呼ばれない。
「論じる」という言葉は明確な根拠と一貫した論理で何事かを語ることを意味する。根拠も論理もなく「~じゃないかという気がする」という情緒だけでは「論じている」とみなされない。「なんとなく」の意見を並べて本人は大いに論じているつもりでも、相手から「それは論理じゃないよ」「気分でものを言う人とは議論ができない」と言われたりする。
陰謀論の場合も同じで、根拠も論理もなく「あいつは怪しい」「~は信用できない」と主張するだけなら単に「疑り深い人」であり、陰謀論(者)未満である。陰謀論と呼ばれたくなければ、誰もが納得するような客観的な根拠を積み上げる(上に行く)か、直感として「なんとなく怪しい」と言うのに留める(下に行く)かのどちらかだ。中途半端がいちばんいけない。
たとえば遺伝子組み換え食品に反対するとしよう。
賛成派に「なるほど、一理ある」と言わせるような根拠を集めて公平に論じるのが「上に行く」やり方。立派だけれど簡単に真似できない。
「理屈はわからないけれど、なんとなく嫌だ」と言い続けるのが「下に行く」やり方。真似しやすいけれど尊敬してはもらえない。
その中間、つまり中途半端な根拠で理論もどきをでっち上げ、それを補強するために「闇の力」がどうしたこうしたと言いたがるのが陰謀論である。真似しやすいし、本人とお仲間は気持いいのだろうが、「本当にわかっている人」から見ると勘違いした半可通でしかない。


陰謀論に傾きがちな人は「論理的に考えるのが苦手だから万能の説明である陰謀論に飛びつく」という見方がある。一理はあるが、私はむしろ陰謀論者はそうじゃない人よりも論理的でありたい気持が強いのだろうと思っている。
なんとなく変だ、怪しい、納得できない。日常生活でそんなふうにモヤモヤすることがけっこうある。普通の人は突き詰めて考えず適当に違和感を流してしまうが、陰謀論好きな人は一貫した論理的説明を求めずにいられない。古典的なドラマのように、起承転結・首尾結構が整わないと気持が悪い。すべての出来事にはしかるべき理由があり、嫌な事件の裏には必ず誰かの悪意が隠れているのだ。「偶然」とか「なんとなく」で片付けるのは逃げでありごまかしに過ぎない。
昔の人は「すべての説明となる大きな力」のことを神とか悪魔とか運命と呼んだのだろうが、現代の日本人はそれほど素朴ではない。現実に存在する「力」、たとえば国家権力(日本政府・アメリカ政府・中国政府…)とか政治勢力(自民党・民主党・共産党…)とか企業や団体(大企業・宗教団体・民族団体…)について想像の翼をはばたかせる。お気に入りの対象に狙いを定め怪しい事件の黒幕として論理を組み立てれば、めでたく陰謀論デビューだ。自分で考えなくても、ネットを見て回れば(阿修羅とかきっことか新風とか)できあいの「論理的な説明」をすぐに見つけられる。まったく便利な世の中である。


このごろ世間で「それは陰謀論じゃないか」「いやそうじゃない」という議論が盛んなのは、いうまでもなく民主党代表・小沢一郎氏の第一秘書が逮捕された事件についてである。不確実な情報(検察のリーク?)とそれに対する反発が入り乱れてわけのわからないことになっている。
私は小沢氏の「疑惑」自体についてそれほど関心がなく、野次馬的に「検察も小沢氏もがんばれ、赤勝て白勝て」という程度なのだが、小沢氏を擁護し検察を批判する人たちに見られる陰謀論的傾向については気になる。はっきり言えば不気味でおっかない。検察の横暴よりも陰謀論のほうが怖い、と言えばバカにする人もいるだろうが、私の正直な実感である。久間知毅さんのブログで行われている検察陰謀論への批判に共感するところが多い。

自由帳で数学とか物理とか | 国策捜査だ、陰謀だっていう暇があったら本職に集中してくれ
自由帳で数学とか物理とか | 【西松献金問題】いい加減陰謀論に終始するのはやめないか?
自由帳で数学とか物理とか | 根拠なしに陰謀まくし立てておいて「陰謀論批判」批判なんてするもんじゃない
自由帳で数学とか物理とか | 根拠が無ければ「証拠」とやらがいくらあっても無駄
自由帳で数学とか物理とか | 自分が問題とされていることを認識できてないだけ(今度はDr-Seton氏に対して)
自由帳で数学とか物理とか | 冷静さを欠いていました。申し訳ありません

「小沢氏擁護の陰謀論」のなかで特に気になるのが、某政府高官こと漆間官房副長官の失言問題(問題というより空騒ぎと呼びたい)だ。このことについては以前にも書いた。
漆間失言を「陰謀が存在する有力な証拠」のように言う人が少なからずいて、お仲間の中から「それは違う」という批判が出ないことがたいへん気持悪い。
単なる失言(オッカムの剃刀的に)をやたらと重要視するのは確証バイアスの表れにすぎない。要するに思い込みの積み重ねである。漆間氏を怪しんでいる人にとっては「いよいよ狐が尻尾を出した」一大事なのだろうが、狐が化けると信じない者にとっては「あれくらいの予想は誰でも言う」「秘密の暴露がない、証拠価値がない」傍観者的なうっかり発言にすぎない。油揚げが好物だからといって正体が狐であるという証拠にはならない。

検察陰謀論(国策捜査論)のほかの根拠については、正直言ってよくわからない。事件そのもの(捜査状況の報道・小沢氏の弁明)と同じく「ふーん」と思うだけだ。だが、それらしい根拠の中に「漆間失言」のような価値のないものがまぎれこんでいると全体的な印象が悪くなる。永田メール騒動のとき河村たかしが唱えた「エルメス理論」(メール〔紙袋〕は偽物でも情報〔バッグ〕は本物なのだという香具師の口上めいた理論)に習って「回転寿司のイクラ理論」と呼ぼう。つまりこういうことだ。
「本物のネタをそろえている、代用魚なんて使わない」と宣伝する回転寿司があるとする。うまい魚が食べられると期待して店を訪れる。ところが、回ってきたイクラがどう見ても人工である。店員に「これおかしいんじゃないの?」と聞いてみても「いや、本物に間違いありません」「言いがかりつける気ですか」と逆切れされる。そんなときは「この店はネタを見る目がない、客に対する誠意もない」と怒るのが普通だ。「イクラを取り違えただけ、たいした問題じゃない」「他のネタは本物だろう」と善意に取るのはよほどのお人よしだけだ。
漆間失言を「本物のネタ」だと言い張る陰謀論者は私にとっていい加減な回転寿司と同じであり、信用に値しない。

人工イクラを強引に本物だと言い張るから「ダメな店だ、信用できない」と言われてしまう。客に指摘されたとき「失礼しました、手違いがあったようです」とすばやく引っ込めれば「たまには間違いもあるよね」と同情してもらえたのに。
同じように漆間失言のような証拠価値ゼロ(確証バイアス効果はあるけれど)の情報をガチだと主張すると、「思い込みにとらわれてる、判断能力が疑われる、信用できない」ということになる。永田メール事件のとき突っ張り続けた永田議員や前原代表は結局その地位を失なった。怪しげなネタに固執するのは危険なのである。
もちろん「回転寿司のイクラ理論」は検察にも適用できる。「おかしな捜査や情報リークをしているから事件全体がうさんくさい」と思うのも自由だ。私は小沢氏とゼネコンへの捜査はこれまでの検察の行動原理(独善的な正義感・マスコミ操作)と何も変わらないと思うけれど。


検察批判は説明責任を果たさない検察が悪い、陰謀論もどきの国策捜査説は権力批判なのだから何を言ってもいい、という意見もあるが同意できない。たしかに権力が暴走しないように監視し、行き過ぎがあれば批判するのは大事だが、だからといってトンデモな批判まで認められるわけじゃない。たとえば血液型性格診断に基づいた麻生総理批判は無意味で有害だ。まともな批判までとばっちりを食ってトンデモの同類に見られてしまう。
陰謀論風味の権力批判は食えたものじゃない。なぜか「居酒屋でから揚げに勝手にレモンをかける人」を連想してしまった。酸っぱい味が好きな人は「何が悪いの?」というが、レモンが苦手な人は激怒する。私自身はから揚げにはレモンをかけたいほうだけれど、「大皿のから揚げに勝手にレモンをかける」のはマナー違反だと断言する。
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余は如何にしてオムレツ名人となりし乎

2009年03月20日 | 日々思うことなど
18日のNHK「ためしてガッテン」でいろいろな料理の秘訣をやっていた。

ためしてガッテン:過去の放送:食の?にお答えします ~夢の新レシピ大公開~

途中から、というか終わりのところだけしか見られなかったけれど「夢のようなぶ厚い「ホットケーキ」を焼くには? 」のテーマが面白かった。何を隠そう(別に隠すことじゃないけど)、自分は子供の頃からホットケーキが好きで何百枚と焼いている。たぶん子供の頃インスタントラーメンの次に作った二番目の料理(お菓子)がホットケーキだ。そんな自他ともに認めるホットケーキ通(大きく出たなオイ)の私から見ても「ためしてガッテン」の教える秘訣に間違いはないのだけれど、残念ながらひとつ大きなコツが抜けている。

それは「ホットケーキを焼くタネの温度」。
冷蔵庫から出したばかりの牛乳と卵を使ってタネを作ると、当然ながらタネも冷たい。冷たいタネを適温のフライパンに落としても、フライパンの温度は下がってしまうしタネの温度もなかなか上がらない。タネの温度が上がらないとベーキングパウダーがうまく発泡せず、出来上がったホットケーキがべったりどっしりした「重い」ものになってしまう。
それを防ぐ方法は簡単で、要するにタネの温度を人肌よりちょっと暖かいくらい(40度くらい?)にしておけばいい。牛乳と卵を数時間前に冷蔵庫から出して室温に戻しておけばエコだけれど、私はいきあたりばったり無計画なので準備は苦手だ。簡単に牛乳をガラスのボウルに入れて電子レンジでチンしてしまう。もちろん鍋に入れて暖めてもいい。指を入れて「ちょっと熱いかな」くらいの温度(ホットミルクとしては飲むにはぬるい)にすると、冷たい卵とホットケーキミックスを入れてかきまぜた後で適温になる。
「過ぎたるは何とやら」で、牛乳を温めすぎて熱くするとよくない。タネの温度が高すぎると焼くときに発泡しすぎてスカスカのパサパサになる。ふんわり感(発泡)としっとり感(水分)のバランスを取るのがおいしいホットケーキを作る秘訣だ。

「焼いたり揚げたりする前の材料の温度に気を配る」のはいろいろな料理(ステーキとかから揚げとか)で役に立つ。
特に卵料理の場合は大事だ。ホットケーキでも発泡が食感と味を決めたけれど、卵にもやはり発泡する性質(水分が多く、加熱すると固まる)がある。充分熱したフライパンにたっぷり油を入れて目玉焼きを焼いてみよう。ジュン!という音とともに、割り入れた卵の縁が泡だつのを見ることができる。

オムレツを作るときはそれこそ「卵の発泡こそ命」である。
好みにもよるけれど、冷たい卵から作ったオムレツは「外はかっちり、中はどろどろ」した仕上がりでどうも陰気だ。軽さと明るさがなくてつまらない。適度に発泡させた「外はふんわり、中はトロトロ」のオムレツのほうがずっと楽しくておいしい。
ホットケーキの場合と同じように、オムレツも「タネ(卵液)の温度を人肌にしておく」のがコツだ。さすがに生卵を電子レンジで温めるわけにもいかないから(爆発の危険!)、私はお湯を使う。ボウルかどんぶりに卵を3つ4つ入れてポットのお湯を注ぐ。ひたひたにして5分ほど放っておけば人肌になっている。やったことはないけれど、沸騰したお湯を使うと卵が割れたりしてよくないだろう。
適温にした卵をボウルに割り入れ、塩とコショウを振って手早くかき混ぜる。フライパンを火にかけ強火で熱する。煙が出てきたらバターをごっそり入れる。フライパンを持ち上げて前後左右に傾け、バターを溶かしながらなじませる。半分ほど溶けたらふたたびコンロに戻し、バターが焦げ始めた瞬間、一気に卵を流し込む。
ここでいきなりかき回さず「一瞬待つ」のがふわふわのオムレツを作るコツだ。いきなり混ぜてしまうと卵が発泡しない。一瞬待つことでフライパンと接する(バターの海で泳いでいる)部分の卵がぶわっ!と膨らむ。そのままだと固まってしまうから、菜箸を突っ込んで「発泡しつつ半熟」の状態でかき混ぜる。左手でフライパンを前後左右に激しく揺らしつつ、右手の菜箸は天動説の周転円のごとく二重の回転運動で卵を操る。
適度に固まってきたらぐじゃぐじゃの半熟卵をフライパンの向こう側にまとめる。火を止めてフライパンを皿の上に移し、45度に傾けつつトントンと柄を叩くと魔法の如くクルン!とひっくり返って着地し、見事に木の葉型のオムレツが出来上がる。
…はずなのだが、実際はなかなかうまくいかない。一回転のはずが半回転しかせず、オムレツとスクランブルエッグの中間みたいになってしまうことが多い。なーに、形はどうあれ、食べてしまえば同じことである。要するにうまければいいのだ。

外側が適度に発泡し、中が半熟のオムレツはまさに「ふわふわでトロトロ」だ。冷たい卵から作った「カチカチでどろどろ」のオムレツとは別物である。だまされたと思ってどうかお試しあれ。
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「漆間発言問題」の空騒ぎ

2009年03月16日 | 日々思うことなど
小沢一郎氏の西松建設迂回献金問題について、いまだに陰謀論で吹き上がっている人がいる。
はじめのうちは「小沢ファンや民主党支持者が取り乱しておかしなことを言ってしまうのも無理はない」と生暖かい目で見ていたけれど、一週間以上経っても相変わらずなので、「ああ、この人たちは結局のところ陰謀論的世界観の持ち主なんだ」と思わずにはいられない。軽蔑と恐怖が入り混じった不快感に襲われる。
かの田母神元航空幕僚長の「論文」も「日本はコミンテルンの陰謀に嵌められて日中戦争・太平洋戦争へと引きずり込まれた」という「歴史観」を披瀝して失笑を買った。「国策捜査説」にすがりつく小沢ファンや政権交代論者のありさまは、私の目には田母神ファンと同じく現実から目をそむけた醜態にしか見えない。
特にバカバカしいのは、「政府高官」がオフレコの懇談でなにやらおかしなことを言ってそれが「国策捜査」の証拠だ、という意見。とても正気とは思えない。

asahi.com(朝日新聞社):「自民党側は立件できない」発言は漆間官房副長官
 西松建設の違法献金事件で「自民党側は立件できない」と発言した政府高官について、河村官房長官は8日朝のフジテレビの報道番組で、この政府高官が元警察庁長官で官僚トップの漆間巌官房副長官だと明らかにした。


捜査が行われている問題について官房副長官が「自民党側は立件できない(だろう)」と発言すること自体に問題がないとは言わない。オフレコとはいえ慣例的に「名前を伏せれば発言内容を書いてもいい」ことになっているのだから、高官がみだりに疑いを招くようなことを言うべきではなかった。だが、「自民党側は立件できない」発言が「国策捜査」の証拠のように言われると驚いてしまう。

そもそも漆間氏の発言は意図的なものなのか失言なのか。
「国策捜査」論者の中でも「意図的だ」とする人は少ないようだが、仮に意図的だとしたらその目的は何なのか。
私には「『自民党に手を出すなよ』と検察に圧力をかける」ことくらいしか思いつかないが、だとしてもオフレコの懇談でそんなことを言う意味がわからない。圧力をかけるならしかるべき裏のルートを使えばいいのであって、疑惑を起こし批判を浴びるリスクをおかしてマスコミに書かせる理由などない。

計算された発言ではなく失言だとして、それが「国策捜査」の証拠になるのか。なるわけがない。
容疑者の自白によって「クロ」だと確信するためには、その自白に「秘密の暴露」が含まれていることが必要だ。真犯人でなければ知りえない秘密(凶器を捨てた場所など)を明らかにして、実際にそれが確認されたときはじめて「こいつが犯人に違いない」と認められる。
ところが、漆間発言にはこれっぽっちも「秘密の暴露」がない。「小沢氏に比べて自民党議員は金額が少ないから立件されないんじゃないか」くらいのことは誰だって言える。私だって何度か言った。居酒屋にでも行けばいくらでも似たような意見が聞けたはずだ。そんなことで陰謀の一味だと決め付けられてはたまらない。
たとえば、火事が起きて野次馬が集まったとする。「あっちに燃え広がるんじゃないか」「こっちは向かい風だから燃えないだろう」とか口々に好き勝手な予想をするものだ。そのなかに放火犯じゃないかと疑われる人がいて、後になって「お前は『隣家には燃え移らないだろう』と言ったな!お前が火を付けたに違いない!」などと追及されても困ってしまう。思い込みと決め付け以外なんの意味もなく、つまり証拠価値ゼロである。

官房副長官が捜査中の事件について傍観者的に論評する、というのはたしかに不謹慎なことだ。「けしからん、たるんでる、辞任しろ」と要求する人がいても不思議ではない(私の意見とは違うけれど)。だが、単なる失言(今のところはそうとしか思えない)に陰謀のカゲを見出して戦慄したり怒ったりする人には困ってしまう。小沢氏の味方をしたければいくらでもすればいいけれど、少しは頭を冷やしてくれないと話にならない。

いつも冷静な福島記者(産経新聞)が漆間発言問題について書いている。
いちいちうなずくことばかりで、特に「現場でも、『検察からの情報をもとにしての発言ではない』という感触は多くの社が共有していて」という部分には「さもあらん」という感じだ。マスコミは本心では「こんな失言が国策捜査の証拠になる訳ないだろ」と思いつつ、民主党支持者に媚び読者を煽るために空騒ぎしたのだろう。
ああ、くだらない!


雑談:オフ懇と匿名取材:北京・官邸趣聞博客(ぺきん・かんていこねたぶろぐ)
■さて、漆間懇談の例の発言だが、あれは本当にそんなに問題発言だったのだろうか。現場にいた記者にあとで聞くと、どうも、そうじゃない気がする。私が出席していない懇談の場の出来事なので、なんともいいがたいが。

■5日夜、共同通信がこの発言をニュースとして流したのを受けて、同僚が他社から確認のためにもらったメモをみたら、「自民党に及ぶことは絶対ない。額が違う」と漆間副長官の発言として書かれていた。

■本当にこの発言をそのまま言ったのなら、高官のオフ懇発言としては失言、だろうが、翌日に各社の漆間番からよくよく話をつきあわせてみると、「『絶対』っていってないような」「漆間さんの性格だと絶対なんていわないんじゃない?」「いや絶対という言葉は記憶にのこっている」「別の発言のところで絶対っていったのが、交じったのでは」「自民党といったのは質問のなかで」「こっちにはこないと思いますよ、とかいう言い方だったか」…と記者の方も記憶があやふや。

■共同が記事を流したから、あわてて記憶を掘り起こした、という社もあるようだ。おそらく、私が懇談会に出席しても気にもとめなかったかもしれない。で、共同の配信記事をみて、デスクかキャップにいわれて、あわてるんだろうな。

■ただその現場でも、「検察からの情報をもとにしての発言ではない」という感触は多くの社が共有していて、漆間さんの性格上、情報を持っていれば、その話題は「それは知っている知っていないふくめていえません」「インテリジェンスですから」と話題を打ち切ってしまうだろうと、私も思う。

■具体的な情報はもっていなくても、前警察庁長官としては、こういう捜査のやり方は知っている。だから、常識、あるいは一般論として、たとえば「二階さんもあぶないんじゃないですかぁ?」ときけば、「それは大丈夫なんじゃないですかぁ。違法性の認識の立証って難しいんですよ。請求書みたなものあっても難しいですよ」と答えるような、そういう雑談風のヤリトリはあったかと思う。失言といえば失言だが、それをもとに、国策捜査だとかいえる類のものではないと思うよ、私がそのオフ懇出ていないから負け惜しみいうわけではなくて。

■この高官発言のおかげで、いまや漆間巌の名前が記事にふくまれていれば、他の新聞が先に報道した記事の焼き直しであっても一面の左肩にのってしまうくらいの時の人となってしまった。週刊誌なんかをよむと、漆間さん、すごい陰謀家に見えるな。いや、そりゃロシア、北朝鮮相手に諜報戦やってきた人なんだから、見た目は人当りのよい柔和なおじいさん(首相よりは若いけど)でも実はすごい策略家なんだろう。だが漆間さんはともかく、夫人の中傷まで週刊誌に掲載されて、夫人の人柄を知る者としては気の毒でしかたがない。

■初めての警察官僚出身の副長官で異例の抜擢。あいつがいなければ、おれがあのポストに、なんて思う人はいくらでもいるし、結構、ねたまれるポジション? 高官問題発言がでたとき、「辞任すればいい」と言っている人が与党内にも官邸内にもいたことに、私は正直、恐れをなした。そういう背景も、漆間批判記事の扱いの大きさに関係しているかも。

■民主党サイドには、問題の漆間懇に出席した記者リストとかも流れていて、オフ懇の秘密録音があるという噂をもとに、そのICレコーダーのありかを探しているらしい?自宅の懇談での夫人の立ち場とか、オフ懇の記者リストだとか、番記者でしか知りえない情報が週刊誌や野党側に流れているとなると、番記者も心穏やかではない。番記者同士で、「私たちが上にあげたメモを週刊誌とか野党議員に売っている人が同僚や上司にいるってことだよね」「某社に一か月60万円くらいで、官邸内のオフ懇メモのすべてを民主党議員に譲渡する契約をしていた人がいたらしい」とかいう噂話もでて、いやあ、政治部って本当にいやな世界なんだね。

■個人的には、漆間さんのような北朝鮮やロシアの手ごわさを肌で知っている人間が政府の中枢にいることは、一国民としては心強いと思っている。韓国が李明博政権になって、拉致問題については、これまで封印されてきた韓国在住の脱北者からの情報提供も増えるだろうし、北朝鮮も政権交代が近付きつつあるせいか、ミサイルぶちあげるといってみたり、緊張感がただよう。ひょっとしたら何かが動くかもしれない。そういう中で漆間さんが抜擢されたのは、麻生政権が対北朝鮮政策について慎重に考えているからだと勝手に解釈している。

■だから、オフの懇談のいわば双方わざと曖昧なところ残して発言や報道の責任をぼんやり回避するような場からでた記事を理由に、議員宿舎に女性を一晩泊らせても辞職しなくていい程度の副長官職を更迭されたとしたら、それこそ国益に反するんじゃないか。西松建設の不正献金問題により小沢代表が辞任しようが続投しようが、正直、そんなに国民生活に打撃になる気がしないけれど、政府が北朝鮮情勢の分析を誤れば、国民の生命と財産の安全を確実に脅かすことになる。

■オフ懇を通じて、番記者が政府高官と信頼関係築こうとするのは、本来、そういう重大局面での情報収集、情報確認をより素早く行うためで、いわゆる政局ゲームに興じるのは二の次でいいんじゃないか。

■というわけで、まだまだ政治部のいろんなシステムに慣れないとういか反感をおぼえてしまう福島だった。



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陰謀論とかダブルスタンダードとか

2009年03月06日 | 政治・外交
小沢氏と西松建設の政治献金問題について。
捜査中であり、そもそも私には法律のことも政界の裏事情も知らないので「誰が悪い」「いや悪くない」といった話をするつもりはない。
一般論として言えば、これが若手議員なら「秘書にぜんぶ任せてました、企業の迂回献金だなんて気付きませんでした」と弁解しても「そうかもね」と思うが、政治の裏も表も知り尽くし、カネの問題でとかくの噂のあるベテラン政治家が「知らなかった、気付かなかった」と言っても生暖かい気分になるばかりだ。とはいえ、これも見方しだいで「海千山千だからこそ本当に危ない橋は避けるはず」と言うことだってできる。本当のところはやっぱりわからない。


カネの問題とは別にして、事件の周りで騒いでいる人たちの浅はかさ見苦しさにはあきれる。
小沢氏秘書逮捕が明らかになった直後の、鳩山幹事長をはじめとする民主党幹部の発言。いきなり「国策捜査じゃないか」とか陰謀論を並べたのには唖然とした。
政治家としてどうこうという以前に、まともな社会人の言葉とは思えない。どこの会社でも団体でも、身内に捜査の手が伸びたときいきなり「陰謀の臭いが」なんて言い出したら正気を疑われるはずだ。民主党議員が小沢氏の無実を信じるのは結構だけど、責任ある立場にある政治家なら「何かの間違いではないか。小沢氏みずから潔白を証明すると信じる。党としても調査して国民の前に事実を明らかにする」くらいの無難なことを言っておくものだろう。「検察の横暴、国策捜査だ」とか「なぜこの時期に、陰謀の臭いが」とか騒ぐのは血気盛んな若手の役割で、幹部は本来なら「気持はわかるが根拠もなしに騒いではいけない」と抑える立場のはずだ。
ところが民主党では幹部が率先して陰謀論をたれながし、若手のほうがむしろ冷静に事態の推移を見ているようである。前から民主党っておかしな政党だと思っていたが、今回の騒ぎで単に「変」というよりも「非常識で不気味な」党だという恐怖さえ感じた。

仮に民主党幹部が冷静な姿を見せて、その一方で裏から手を回して評論家やコメンテーター(勝谷氏あたり)に陰謀論を叫ばせる、といった芸を見せてくれたら私も「民主党もなかなかやるね」と評価しただろう。ところが実際は党幹部がそろいもそろって「国策捜査ではないか」「なぜ今なのか、政治的意図を感じる」といったたわごとを並べるばかり。もうね、アホかとバカかと。本当にがっかりした。
テレビカメラの前で恥ずかしげもなく陰謀論を並べる鳩山幹事長の姿を見て、かの田母神元幕僚長を思い出してしまった。田母神氏の国会証人喚問のとき民主党の追及がどうもピント外れだと思ったけれど、陰謀論的発想への親和性という点で「似たもの同志」だったのかもしれない。そういえば国会を揺るがした「永田メール騒動」なんていうのもあった。そのときの主役の一人、前代表の前原氏が「国民に検察の在り方というものに疑義を持たれるような物の言い方は、一般論として、あまりすべきではないのではないか」と冷静さを見せたのが一抹の救いである。


小沢氏の資金問題についてはどこまでが合法的でどこからが「けしからんゾーン」なのか私にはよくわからないが、つまるところ昔ながらの「政治家とカネ」の問題であり、それぞれの人が一貫した基準で判断すべきことである。だが、正直言って私には小沢氏を擁護しようとする人たちの一貫性が信じられない。
民主党を支持し小沢氏を擁護するテレビのコメンテーターやブロガーの多くが「なぜこの時期に」「国策捜査じゃないか、陰謀の臭いがする」とはいうけれど、小沢氏と西松建設の「方法」自体についての判断、「政治とカネ」が一線を越える基準を明確にしていない。私が知りたいのは要するに、「自民党の政治家が小沢氏と同じやり方で資金集めしても『問題ない』と言えるのか」ということである。「小沢氏の行動には何の問題もない。もちろん、自民党の政治家が同じことをしても批判する気はない」と明言できる小沢擁護者はどれくらいいるだろう。たぶんほとんどいないんじゃなかろうか。一貫した基準のもとに「小沢氏の行動は問題ない」と言える人なら立場や考えの違いはあっても信頼できるが、「小沢氏がやるのはOK」「だけど自民党の政治家がやったら許せない」というダブルスタンダードは卑怯だ。
ちなみに、かの「世に倦む日日」テサロニケ大先生は「松岡利勝や赤城徳彦を批判する者は、同じ論理と立場で小沢一郎を批判しなければならないのが当然だろう。」と言っている。さすがの見識である。


逮捕された小沢氏の「現秘書」大久保氏ではなく「元秘書」の高橋氏がキーマンではないか、という話もある。

「西松」献金、元秘書の要求発端…小沢代表参考人聴取へ : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 小沢一郎・民主党代表の資金管理団体「陸山会」を巡る政治資金規正法違反事件で、準大手ゼネコン「西松建設」(東京都)がダミーの政治団体を使うなどした一連の献金を始めたのは、逮捕された同会の会計責任者・大久保隆規容疑者(47)の前任者にあたる元秘書から、献金の要求を受けたことがきっかけだったことが、西松建設関係者の話で分かった。


留守番の備忘録:ひねもす国士サマ脳の検事と判事
この秘書というのは、高橋嘉信という人物で、ではいまは何をしているのかというと、自民党岩手第4区の支部長!なのでございます。つまり、このまま次の衆院選をやれば、小沢さんと真正面から戦う人な訳です。


仮に小沢氏が元秘書に「ハメられた」のだとしても、多少の同情は集まるだろうが小沢氏の評判が守られるわけではない。「(元)腹心に裏切られるなんて人徳がない」「人を見る目が疑われる」「総理になる資格があるのか」と批判されるのは間違いなく、小沢氏にとって「元秘書陰謀説」はメリットがない。小沢氏を擁護したい人はあまり言わないほうがいいと思う。どうせなら「国家権力(検察)に刺された」とか、「なりふりかまわない自民党の悪あがきだ」とか、「巨大な敵に立ち向かう小沢氏と民主党」という構図のほうがよほど絵になる。
いっそのこと「コミンテルンの陰謀だ」とか「CIAとユダヤ資本の(略)」と叫んでもいい。バカバカしさが突き抜けていて爽快である。


参考記事
 陰謀論 - おおやにき
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愚劣な空騒ぎ

2009年03月03日 | 政治・外交
腹が立つので新聞もテレビニュースもリードしか見てないけど、麻生総理が定額給付金を受け取ることを明らかにしたそうだ。
昨夜のNHKニュースウォッチ9でも大きく取り上げていたようだし(すぐチャンネルを変えたので内容は知らない)、BSニュースではなんとトップニュースである。いまだにマスコミ的には大問題らしい。

定額給付金:麻生首相「受け取る」 発言迷走、ツケ大きく - 毎日jp(毎日新聞)


ああ、くだらない!!!
こんなことで大騒ぎするマスコミおよび政治家連中と、それを真に受ける国民ははっきり言ってバカだ。
麻生総理にも「もうちょっとスマートにやれよ」と思うけれど、くだらないことで空騒ぎして政治と報道のリソースを無駄使いする手合いのほうに腹が立つ。彼らが麻生政権と自民党に泥を塗る「ためにする批判」だと自覚してるのか、それとも本気で大事な問題だと思いこんでいるのかどうかは定かでない。前者だとしたら卑しいし、後者であれば物事の軽重をわきまえない愚か者だ。どちらにしてもまったく尊敬できない。

前に何度も書いたけど、麻生総理(と与野党政治家)の個人的な「定額給付金受け取り問題」なんて国の行方にも国民生活にもぜんぜん関係がない。本来は単なるゴシップである。食べ物の好みとかファッションセンスの話題と変わらない。いや、味覚やファッションセンスは外交の場などで印象を左右することもあるけれど、「1万2千円を受け取るかどうか」なんて完全にどうでもいいことだ。
そもそも定額給付金というのは、国が国民に提供するする便宜であって、政治家に対して国民が「自分が決めた便宜だから利用しろ」と要求するものじゃない。麻生総理が受け取らなければ地方自治体の収入になるのだから、お金が無駄になるわけでもない。まったくいらぬお節介である。

仮にこれが「定額徴収金」つまり収入の多少にかかわらず国民すべて一人当たり1万2千円政府に支払ってください、という話であれば、与党政治家が「私は払いません」と言ったら指弾されて当然だ。だがもちろん定額給付金は支払いではなく国民がお金を受け取ることだ。お金がほしい(普通の)人、必要な人は悪びれず受け取ればいいし、ほしくない(奇特な)人、必要のない人はもらわなくてもかまわない。
マスコミがどうしても政治家個人への給付金支給が気になって仕方ないのなら、給付金の「受け取り」じゃなくて「給付金の趣旨、目的にあった行動をするのかどうか」にこだわるほうがまともだ。
給付金の目的の半ばは「低所得者の援助」だが、麻生総理をはじめ与党政治家に低所得者はいないから関係ない。であれば、給付金のもう一つの目的、つまり「消費拡大・景気刺激について政治家が個人的にどう貢献するのか」を問題にすべきだ。

「麻生総理が1万2千円ぽっちの給付金を受け取ろうと受け取るまいとどうでもいい。だが、麻生総理には給付金政策の責任者として身銭を切って消費拡大の模範を示す責任がある。麻生さん、あなたは金融危機以前と比べて特別に・意識して消費(個人的支出)を増やしているのか。今後の予定も含めてはっきりさせてほしい」という批判であれば筋が通っている。人様の財布を詮索するのは卑しいことだけれど、経済危機が叫ばれる今の世の中で「麻生総理のような大金持ちは地位に伴う責任(ノブレス・オブリージュ)を果たせ」と要求するのは間違っていない。
ところが、マスコミは「麻生総理(のような金持ち)はどんどん金を使え」ではなくて「1万2千円受け取るのかどうか」ばかりにこだわっている。本当に何を考えてるのか理解できない。何も考えていないのか、あるいはどうしようもなくバカなのか、あるいは麻生総理を引きずりおろすためなら景気などどうでもいいのか。とても正気の沙汰とは思えない。


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