玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

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ちくわぶ

2008年05月28日 | ネタとか
今回はなすのつぼやき、いや謎のつぶやきモードでお送りします。

数日前に私が実際に体験したことをお話します。
いえ、実体験とはいっても、状況や単語やその他もろもろの9割を変えたり曲げたり丸めたりしてあります。なんというかその、ジャガイモから作っても片栗粉、みたいな話です。


このあいだ関西から来た女性とお話しました。
彼女は昨夜初めて関東のおでんを食べたそうです。

 「関東の関東炊き、じゃなくて『おでん』って変なもの入ってますね」
 「変なもの?それはどんなものですか」
 「ちくわに似てるけど、食べてみたら粉っぽくてねっちりしてまずいの!」
 「ああ、それは『ちくわぶ』ですね」


[東京ちくわぶ 製造販売 川口屋]

 「何ですか、その『ちくわぶ』って?」
 「ちくわの形をした生麩みたいなものです」
 「なんでそんなもの入れるんですか?まぎらわしいじゃないですか」
 「別にまぎらわしいってことは…」
 「ああ、わかった。ちくわのニセモノですね。材料費をケチるために入れてるんだ」
 「いえ、そうじゃありません」
 「それならなんであんなまずいもの入れるの?おかしいじゃないですか!(怒)」
 「えーと、関西では食べないようですが、関東ではあれがおでん種のなかで一番好きだという人が結構います」
 「信じられない!舌がおかしいとしか思えません」
 「まあ好みはいろいろですから」
 「だってあんなにまずいのに!まずいという事実は動かせません」
 「あなたにとってはそれが事実でしょうが、関東では長年親しまれた食材なんです」
 「関東の食文化なんて知りません。だいたい料理の味の話をするのにそんな話をする必要ありません」
 「えーと、そういう考え方もありますが、料理を語るなら食文化とか材料とか作り方とか歴史とか知ったほうが深く理解できるんじゃないでしょうか」
 「私は料理の『味』そのものについて話してるんです(怒)」
 「はあ」
 「材料とか作り方とか歴史を気にしないと味が語れないなんて、そっちのほうが変です」
 「うーん、困ったな。別にあなたの味覚を否定しているわけじゃありません」
 「じゃあ何なんですか」
 「ちくわぶのことをご存じなかったようなので、親切心というか何というか、つい説明を…」
 「余計なお世話です」
 「はあ」
 「だいたいあなたは何なんですか?そんなにちくわぶにこだわるのは異常です。ちくわぶ業者の人ですか?」
 「いえ、そうじゃありません。ただ私は知ってることを」
 「ああ、しつこい。そこまでしてちくわぶを庇うちくわぶマニアの動機が理解できません」
 「えーと、ごめんなさい。そろそろ失礼します」

ほうほうの態で逃げ出す羽目になりました。
考えてみれば、彼女がちくわぶのことをどれほど誤解しようと、私はぜんぜん損をしないのでした。余計なおせっかいを焼いて怒られたのでは割に合いません。相手にも不快な思いをさせてしまいました。二度とこんなことはするまい、と固く心に誓いました。
…半年後には忘れてるんだろうなあ。

ちなみに、私はちくわぶのことが好きでも嫌いでもありません。
おでんに入っていれば食べますが、なくてもぜんぜん気付きません。

参考記事
ちくわぶ - Wikipedia
ちくわぶは、小麦粉に水と塩を加えて捏ね、棒などに巻きつけ成形、その後蒸して作る食材。漢字では「竹輪麩」と書く。生麩の一種であるとされるが、グルテンのみから作られる本来の生麩よりかなり粉っぽく、だんごやすいとんに近い食味となる。外側に歯車のようなギザギザが付き、竹輪のように、芯が無く穴が開いているのが特徴である。

そのものにはほとんど味が無いため、煮込んで味を付けて食べる。きな粉をまぶしたり、しるこなどの具として用いられることもある。東京発祥といわれ、関東地方では人気の高いおでん種として知られるが、それ以外の地方では存在自体が知られていないことも多い。(TV番組『秘密のケンミンSHOW』(ytv製作・日本テレビ系)の企画で大阪府民がはんぺんと一緒に試食した際は、はんぺんが好評を得たのに対し、ちくわぶはほとんど不評であった。

『ちくわぶ倶楽部』ホール
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「私闘」という言葉

2008年05月26日 | 日々思うことなど
ひとつの言葉をめぐっていくつかのブログで論争が起きている。

十数年前を見ているようだ :: 事象の地平線::---Event Horizon---
「私闘」でけっこう、「私闘」でなにがわるい? - 遠方からの手紙
「私闘」についてのメモ - PledgeCrewの日記
きまぐれな日々 「水からの伝言」騒動は「共感対論理」?、「私闘対公論」?
「私闘」宣言 - nagonaguの日記

「私闘」という言葉の意味について二つの意見がある。
ひとつは「多くの辞書に『個人的な恨みよる争い』に類した説明がある、これこそが正しい解釈だ」とするもの。
もうひとつは、「恨み以外の個人的理由による争いも『私闘』と呼んでいい、辞書の解釈は偏っている」とするもの。
私は後者の意見だ。「私闘」を「恨みによる争い」に限定するのは不自然としか思えない。

そう思うのには理由がある。
「私+○」という形の単語は多いが、ほぼすべてが漢字をそのまま開いて読めば理解できる。字面にない意味(「恨み」など)が含まれるのはたいへん特殊である。
具体的に例を挙げる。
「私+○」の単語は3種類に分けられる。「『私』を公・官・国などに入れ替えて反対語を作るもの」「入れ替えられないもの」そして「略語」だ。

■A 「私」を公・官・国などに入れ替えられるもの
  私費 <> 公費
  私服 <> 制服
  私益 <> 公益
  私有 <> 公有・共有
  私物 <> 官物
  私邸 <> 公邸
  私的 <> 公的
  私党 <> 公党
  私道 <> 公道・国道
  私憤 <> 公憤
  私法 <> 公法
  私立 <> 公立・国立

■B 入れ替えられないもの
  私案 
  私怨
  私刑
  私語
  私財
  私宅
  私利

以上の二種類はすべて「私+○」を「個人の○」「個人に関わる○」と読み替えて何の問題もない。
私費は個人の支払う費用であり、私案は個人的な考えであり、以下同様だ。

もうひとつ、略語としての「私+○」という系統がある。

■C 略語としての「私+○」
  私学 「私立学校」の略
  私大 「私立大学」の略
  私鉄 「私有鉄道」の略

こちらは「個人的な○」と解釈するとおかしなことになる。
私学は個人的な学校ではないし、私鉄は個人的な鉄道ではない。

それでは「私闘」という言葉はどうかといえば、その中のどれにも当てはまらないのである。
A群・B群のように素直に漢字を開いて「個人的なたたかい」と理解すれば辞書の説明と違ってしまう。
どこからか「恨み」を探してきてはめ込まなければならない。なんとも不自然だ。

C群のような略語だとしたらどうだろう。
私闘とは「私怨による闘争」の略であれば、「恨み」の出どころについて悩まずにすむ。
しかしそれも妙なのである。
私学・私大・私鉄はまず正式な呼び方があり、便宜として略語が作られた。
「私闘」の場合はその元となるべき正式な呼び方が見つからない。
仮にあるとすれば「私怨闘争」だろうが、私がこれまで見たことのない言葉だ。

はっきりした結論は出ないが、私の意見は変わらなかった。
「私+○」の形の単語は「個人的な○」「個人に関わる○」と理解するのが一般的であり、「私闘」だけを特別に「私怨によるたたかい」とする多くの辞書の説明にはかえって無理がある。「私怨闘争」の略語だとすれば納得できるが、そのような言葉は存在しない。
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幻の謝罪要求(3)  あるいはネアンデルタール人の子孫

2008年05月25日 | 「水からの伝言」
「幻」はすべてが幻というわけではなかった。

「水伝騒動」において
「たんぽぽさんが執拗に謝罪を要求したという認識には事実の裏づけがなく、まさに『幻の謝罪要求』である」
というのがこれまでの認識だった。

幻の謝罪要求
幻の謝罪要求(2)

ぶいっちゃん氏と水葉氏の以下のコメントこそ「幻の謝罪要求」の火元であり、責任のほとんどはこの二人にあると思っていた。

らんきーブログ 色々な人に支えられて・・・ 【感謝と反省】

01.11 01:15 ぶいっちゃん 「例え、私が100正しくとも、子供に頭ごなしに言っても素直に
                  聞かないこともある。無理強いして「わかったか!謝れ!」と
                  言っても反発心だけが残るかもしれません。」
01.11 08:06 水葉      「何年も前に書いたものに対しても全てに責任を持ち、釈明や
                  謝罪の義務を課せられるのなら、もうブログに戻らなくても
                  いいや、という気持ちにさえなったり・・・。」

その認識を修正する必要があることがわかった。
akikoさんという方が情報を教えてくれた。私が見逃していた1月7日のたんぽぽさんのコメントだ。

わんばらんす 敵は本能寺にあり!・・・「大同小異」でいきませんか? 

ココロさん、こんばんは~。
私も「内ゲバは嫌だな~」という気持ちがあります。
これは自戒の念を込めて言うのですが、気にくわない人がいたとしても、いちいち構わないで放置しておけばいいですよ。
それに、ぶいっちゃんをイヂメても世の中はちっとも良くならないですからね(笑)。
そんなことをしているヒマがあったら、政治家や官僚を正面から批判して、自分の記事から、きっちりリンクを張ったり、トラックバックを送ったりするといいんじゃないですかね~。
これ、結構効果があると思います。
(ココロさんにはお勧めしませんが 笑)
そういうこともやらないで、ぶいっちゃんをやいのやいのと責め立てるのは本末転倒だと思います。

2008.01.07 21:03 URL | 喜八 #WE/hy34. [ 編集 ]


喜八さま、こんにちは。
たんぽぽです。

自分たちのまちがいを、無視黙殺しようとする、
ぶいっちゃんとその賛同者たちに非があるのに、
わたしが悪いかのように、責め立てるほうこそ本末転倒ですよ。
こんなところで、わたしの批判をしている時間があったら、
ぶいっちゃんとその賛同者に、自分たちの非を認めて、
おわびするよう、説得してはいかがかな...?

2008.01.07 22:00 URL | たんぽぽ #ZiqE0vWU [ 編集 ]


1月7日の時点で「ぶいっちゃんとその賛同者に、自分たちの非を認めて、/おわびするよう、説得してはいかがかな...?」と発言している。これを謝罪要求である、と見る人は少なくないだろう。
歯切れの悪い言い方をしたが、私自身はこれを謝罪「要求」だとは思わないのである。それでは何かといえば、喜八氏のお気楽な認識への「切り返し」だ。
言い換えると「そんなに呑気にしてていいんですか?自分たちの非をはっきり認めないと『ぶいっちゃんと愉快な仲間たち』はますます信用をなくしますよ」ということだ。皮肉五割、怒りが三割、忠告が二割。たんぽぽさん自身には自分が謝罪を要求しているという意識はほとんどなかったと思う。「自分たちの非を認めて、/おわびするよう、説得してはいかがかな...?」という言葉はレトリック(修辞)として使われている。

もちろん私はテレパスではないので、たんぽぽさんの真意はわからない。もしかしたら「本気で謝罪を要求していた」のかもしれない。だがここでは推定無罪の原則に従って、「謝罪要求の意図はなかった」としよう。
それでも「自分たちの非を認めて、/おわびするよう、説得してはいかがかな...?」という言葉が「謝罪要求に見える」のは確かだ。アンケートをとったわけではないが、10人いれば5人から8人くらいは「謝罪要求だ」と思うだろう。
たんぽぽ不利、である。

だが、言葉は文脈・会話の流れの中で理解すべきものだ。「たんぽぽ発言」のあとのコメントを見てみよう。

2008.01.07 23:03 ココロ
2008.01.07 23:32 三介
2008.01.08 08:43 喜八
2008.01.08 17:53 ニケ
2008.01.08 21:42 たんぽぽ
2008.01.09 00:02 ココロ
2008.01.09 00:27 ココロ
2008.01.09 23:23 (管理人のみ閲覧)
2008.01.10 00:56 ココロ
2008.01.12 15:16 三介
2008.01.14 17:51 ココロ
2008.01.15 16:12 ニケ
2008.01.16 20:38 suyap
2008.01.17 16:12 ココロ
2008.01.18 15:11 (管理人のみ閲覧)

15個のコメントが続いているが、一つとして「謝罪」を話題にした発言はない(「管理人のみ閲覧」については不明)。
このことから、「わんばらんす」では「たんぽぽさんが謝罪要求した」という認識は生じなかったのだと推定できる。おそらくたんぽぽさんには謝罪を要求する意思がなかったし、たぶんそれがその場にいた全員の共通認識だった。


急に話は変わるが、生物の進化の過程は決して一本道ではない。
たとえば人類にしても、太古に生きていた多様な化石人類(アウストラロピテクス・北京原人・ネアンデルタール人等)の系統がすべて現代人につながっているわけではない。

ネアンデルタール人 - Wikipedia
ネアンデルタール人類は55万年から69万年前にホモ・サピエンスの祖先から分岐した別種で、現生人類とのつながりは無い

ネアンデルタール人は進化の袋小路に入り込み子孫を残せなかった。
現在生きている人間の誰も「ネアンデルタール人の曽曽曽曽曽曽曽曽(略)祖父母を持たない。
私は「わんばらんす」における「1月7日のたんぽぽ発言」もそのような存在だと思う。
だれも「謝罪要求があった」とは認識せず覚えていなかった。それは、私が「幻の謝罪要求」を書いた4月19日から今まで約一ヶ月の間、誰も「1月7日のたんぽぽ発言」に気付かなかったことからも明らかだ。
1月7日のたんぽぽ発言は「子孫」を残さなかったのである。

だが、それを証明することは不可能だ。
「わんばらんす」でコメントを残さなかった読者が「たんぽぽ発言」をどのように受け止めたか知ることは難しい。もしかしたら誰かが「謝罪要求があった」と信じて、そのような「真実」を広めたかもしれない。その可能性は否定できない。

「1月7日のたんぽぽ発言」に対する心証は明るいグレーだ。
ほとんど白だが、絶対に白だとは言い切れない。
たんぽぽ発言を前提として「幻の謝罪要求」が生まれた原因を考えると、私の判断はこうなる(敬称略)。

 ぶいっちゃん = 40%
 水葉 = 40%


 たんぽぽ = 20%

実際以上にたんぽぽさんの責任を重く見たつもりだが、そう思わない人もいることだろう。
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最近の「水伝騒動」

2008年05月24日 | 「水からの伝言」
このブログで何度か取り上げた「水伝騒動」についての現状報告です。


このごろあちこちのブログとそのコメント欄で「水伝騒動」についての議論が再燃している。
私もときには自ら、ときには行きがかり上やむを得ず議論に加わった。
自分の意見が何らかの実を加えているのか、それとも足を引っ張っているだけなのかわからない。
冷静な第三者からは「なんというエネルギーの浪費」「いい年して大人気ない」と思われるだろう。それでも一度議論に加わるとそれをやめるのは難しい。人間の本性、いや、私自身の性格がそういうものであるらしい。自分でも難儀している。
ご迷惑をかけてしまった方にはお詫びします。本当にごめんなさい。

さすがにちょっと:Chromeplated Rat

話が進まない - PledgeCrewの日記
「私闘」についてのメモ - PledgeCrewの日記

十数年前を見ているようだ :: 事象の地平線::---Event Horizon---

「私闘」でけっこう、「私闘」でなにがわるい? - 遠方からの手紙

ときどき振り返る(追記あり) - nagonaguの日記

たんぽぽのなみだ~運営日誌: 議論が再燃した(16)
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グリーンピースの「鯨肉横領」告発は「善光寺聖火リレー辞退」より注目されているらしい

2008年05月20日 | 日々思うことなど
グリーンピースの鯨肉「窃盗」・「横領」告発問題についての世論が気になる。

鯨肉「窃盗」疑惑 反捕鯨団体が西濃運輸に謝罪 - MSN産経ニュース
 日本の調査捕鯨船「日新丸」の乗組員が鯨肉を横領した“証拠品”として、環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」が西濃運輸の青森支店から配達中の荷物を無断で抜き取っていた問題で、同団体が19日、東京都内で取材に応じ、「ご迷惑をおかけしたことはお詫びしたい」と西濃運輸側に謝罪したことを明らかにした。

 一方、荷物を持ち出したことが窃盗罪にあたるとの批判については、「違法性については私たちの判断することではない。警察、検察の捜査には協力していきたい」と述べるにとどめた。

 荷物の持ち出しを巡っては今月16日、西濃運輸が青森県警に被害届を提出。青森署が窃盗容疑で捜査している。


はてなブックマーク - 鯨肉「窃盗」疑惑 反捕鯨団体が西濃運輸に謝罪 - MSN産経ニュース
「鯨肉 西濃」の検索結果 - Yahoo!ブログ検索
窃盗集団グリーンピース :: 事象の地平線::---Event Horizon---

「はてなブックマーク」やあちこちのブログを見ると、今回の事件ではグリーンピースの「窃盗」に対する批判がほとんどで「横領」告発についての反応は薄いようだ。
「人のものを盗んではいけない」というのは基本的な道徳である。それを確信的に無視したグリーンピースが嫌悪されるのは当然だ。
だが、グリーンピースが告発した「横領」疑惑にしても「調査捕鯨の費用」に充てられるべき鯨肉(売却代金)を関係者が私したということだから事実だとすれば問題である。関係機関はしっかり調査して実態を明らかにしてほしい。

日本では「泥棒グリーンピースけしからん!」という批判が圧倒的だが、海外ではどう見られているのか。

greenpeace japanese stole whale meat - Google 検索

「greenpeace japanese stole whale meat の検索結果 約 67,300 件」である。
このあいだネットで「海外で善光寺の聖火リレー辞退が大いに賞賛されている」という怪情報が流れた(Red Fox 「善光寺が発した静かな怒り?」2ちゃん発の怪文書)が、「zenkoji relay Olympic」で検索すると約 26,400 件のヒット数だ。
「善光寺聖火リレー辞退」よりも「グリーンピース鯨肉『窃盗』・『横領』告発」事件のほうが海外では三倍ちかく注目されている。これは最低限の数字と見ていいだろう。グリーンピースの行動に共感する人たちは「stole」(盗む)という言葉は使わないだろうから。
「greenpeace japanese complain whale meat」で検索すると約 9,050 件ヒットした。「greenpeace japanese stole whale meat」とどれくらい重複しているかはわからない。

私は英語が読めないのでウェブ翻訳で眺めてみたが、海外メディアは基本的に事実を淡々と伝えているようだ。一般人の反応が知りたくて「greenpeace japanese complain whale meat blog」などで検索してみたがよくわからなかった。こういうとき「ちゃんと英語を勉強しておけばよかった」と後悔する。

情報がないので、以下は私の単なる想像である。
日本の捕鯨は海外の人々から快く思われていない。むしろ動物虐待・環境破壊行為として嫌悪され、調査捕鯨の目的と実態は疑いの目で見られている。特に各国の上流・中流階層は環境保護意識が強く捕鯨に反対している。
そんな状況で日本のグリーンピースが鯨肉「横領」疑惑を告発した。海外の捕鯨反対派は「調査方法には問題があるかもしれないが、告発は正義に適っている」と考えるだろう。日本の当局者があいまいな調査でごまかすようなことがあれば決して納得しないだろう。
日本人(の捕鯨存続派)にとって「捕鯨は行われて当然、鯨肉を食べて当然」だが、海外の捕鯨反対派は「捕鯨なんてとんでもない!」と思っている。日本人が納得する調査結果でも、海外の疑いと怒りを静めることができない可能性は高い。

自分がたとえばオーストラリア人の捕鯨反対派だと想像してみる。
今回のグリーンピースの行動は英雄的で立派なものだと思うはずだ。例えるなら「危険な化学工場から市民活動家が不正の証拠を持ち出してきた」場合と同じくらい拍手喝采する。「危険な化学工場」が適当な言い逃れをするのを決して認めないだろう。

私は何もグリーンピースの行動に問題がない、あるいは免責されるべきだとは言わない。彼らの行為は窃盗罪なり何らかの罪に相当すると思う。それは当然批判を受け責任を負うべきだ。私が心配しているのは、この事件が日本国内での解決だけでは収まらないだろうという恐れである。日本人の納得する結論が海外でさらに疑いを強めてしまうことだってありうる。
今回の事件で日本国内の世論が「グリーンピースけしからん」で固まっているのを見た外国人は、チベット紛争問題で中国人が「ダライラマけしからん」で団結しているのを見るのと同じような薄気味悪さを感じるかもしれない。
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無意味な質問

2008年05月13日 | 「水からの伝言」
とあるブログで、というか別に隠すこともないのではっきりさせるが、NewsOLさんという方のブログでこんな質問をされた。

世の中を騒がすニュースとOLの妄想 : 【想像力を働かせるということ】について考える

言葉の使い方の難しさ、コミュニケーションの難しさについて、
私のブログのコメントのやり取りを通じて、
共に考え・その考察を互いに深めてきたと私は思っていたのですが、
玄倉川さん、あなたにとってはそうではなかったのでしょうか…?

私はこう答えた。

無意味な質問ですね。
「そうだ」と答えても「そうではない」と答えても私にとっては同じです。
NewsOLさんの好きなようにお考えください。

「不親切な奴だな、ちゃんとまじめに答えてあげればいいのに」とお思いになる方もいるだろう。
なぜ私が無意味だと切り捨てたのか書いてみる。
書いてはみるが、これを無意味な質問と思わない人が世の中にたくさんいるのだろうとも思う。


「共に考え・その考察を互いに深めてきたと私は思っていたのですが、
 玄倉川さん、あなたにとってはそうではなかったのでしょうか…?」

という問いを私は「あなたはコミュニケーションの相手として信じられる人なのか」という意味に捉えた。
そんなことを相手に聞いてどうするのだろう。
私が「はい」と答えれば信用して「考察を互いに深め」るのか。
「いいえ」と言えば信用できない奴だと思ってあきらめるのか。
安直と呼ぶのにも値しない無意味な質問だ。

ここに「友人面したインチキ野郎」と「口の悪い友人」がいるとする。
二人に「私が困ったときに助けてくれますか、信用していいですか」と聞いてみよう。
友人面したインチキ野郎は「もちろんです、あなたは大事なお友達です」と言う。
口の悪い友人は「お前みたいなバカのために指一本動かす気はないよ」と答える。
さて、私はどちらを信用したらいいだろうか。
どちらを信用するか決めるのに「質問」は何の役にも立たない(インチキ野郎がカモを引っ掛けるのには役立つ)。
口の悪い友人は憎まれ口を叩いたが、まじめな友人ならインチキ野郎と同じ答えを返す。賢いインチキ野郎なら口の悪い友人の真似をするだろう。どちらの答えを得ても相手の正体は明らかにならない。
無意味な質問をして得られる答えはゴミであり、混乱を深めるだけだ。

しばらく前に数学・科学関係の本を何冊か読んだ。
「フェルマーの最終定理」か「ガリレオの指」「ポアンカレ予想を解いた数学者」のどれかだと思うけれど、「優れた質問をすることは答えを得るのと同じくらい価値がある」という言葉があった。私は「無意味な質問をされるのは答えを見失うのと同じくらい情けない」と思う。
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らんきー百貨店の没落

2008年05月11日 | 「水からの伝言」
ブログ更新を停止したはずのぶいっちゃん氏が「水伝騒動」について新たな記事を書いた。

らんきーブログ 言葉の決着
ごめんなさい。 まず、謝ります。

私の対応の拙さは今読み返してみると、確かにあります。(コメント欄も含めて)
私が自身でどのように感じて、ああいう拙さになったのかは私にしかわからない。
そう考えると、私の内部を知る事の出来ない他の方々には言い訳はできない。
私の対応の拙さ(それに尽きる)で不快な気持ちになられた全ての方に謝ります。
2年前の「言葉の結晶」という記事が発端の、今年の元旦からの、このブログの話です。

いや、水伝騒動でぶいっちゃん氏を批判した人たちは(たぶん)誰も謝罪なんて求めてないから。
いったいどこから「決着」をめざす記事の冒頭で謝罪するという発想が出てきたのか。
たぶん彼は「幻の謝罪要求」を読んでいないのだろう。読んだうえでなお「謝罪」なのだとしたらよほどおめでたい頭の持ち主だ。
一行目の「謝罪」は勘違い男のプロポーズと同じくらい滑っているのだが、ご本人と「らんきー」ファンは誠実さと率直さを余すところなく表した名文と思っていそうだ。そんな「謝罪」は自慰でしかない。

たとえ話をする。
とある地方都市に「らんきー百貨店」というデパートがあった。いつも人があふれる人気店だ。
この町に斉藤さんたんぽぽさんという消費者活動に熱心な主婦がやってくる。偶然に「らんきー百貨店」で「水伝」というインチキ商品がお勧めの逸品として売られていることを知る。
たんぽぽさんは友人に「あれはインチキだから買ってはいけない、あんなものを置いている『らんきー百貨店』には問題がある」と話す。それを知った「らんきー」社長のぶいっちゃん氏が「お話を聞かせてほしい」とたんぽぽさんを会社に呼び出す。
ところが、ぶいっちゃん社長はたんぽぽさんの話をまじめに聞こうとしない。ヤクザめいた連中が「インネン付ける気か」「金目当てだろう」と中傷して小突き回す。それをぶいっちゃん社長は「よくやってくれた」とほめ、たんぽぽさんに「もう来ないでくれ」と告げて追い出す。

「らんきー百貨店」のひどい対応が世に知られるようになり、批判の声が高まる。
「らんきー」関係者は「ぶいっちゃんを応援します」「共闘します」と宣言するが、彼らには仲間のためという「利」はあっても「理」がないので外部からの支持は得られない。形勢不利と悟った彼らは沈黙するか批判派に擦り寄ろうとする。

いちばん熱心に「らんきー百貨店」を擁護するのは常連客(「らんきー」ファン)だ。
彼らはこれまでデタラメな店のインチキ商品を賞賛していたことを認めたくない。
事実はどうであれ、自分が恥をかかないためにはぶいっちゃん氏の「誠実さ」を賞賛し「らんきー百貨店」の名誉を守ることが必要だ。だが彼らの主張は為にするものでしかなく、説得力に欠けている。無理な「らんきー」擁護とたんぽぽ批判を繰り返すたびに彼らの信用は失われる。

このような状況が4ヶ月ほど続き、「らんきー百貨店」のデタラメさはほぼ誰の目にも明らかとなった。
彼らが名誉を回復したければ、自分たちのやったことを直視するほかない。
「なぜインチキ商品を仕入れてしまったのか」
「なぜそれをお勧めしてしまったのか」
「なぜ問題を指摘してくれた人に不当な対応をしたのか」
二度と同じことが起きないよう真剣に考えて対策しなければならない。

ところがぶいっちゃん社長は今頃になって「言葉の決着」なる声明を出して「謝罪」した。
その内容はといえば、具体的な問題については語らず、ひたすら低姿勢を演じて同情を引こうとするものだ。こんなやり方で信用を得られると思っているのならそれこそ消費者(読者)を甘く見ている。「船場吉兆」の女将だってもう少しうまくやるだろう。

ぶいっちゃん社長は自分にひたすら甘い人である。「言葉の決着」の言葉選びに表れている。
「それは、奇しくも「言葉の結晶」になったかも?」とか「私の過ちもムダには終らなかったのかも?」とか「自分の身を守る為とはいえ」とか「間違ってもやり直せる。 失敗しても次がある。」とか、とても真剣に謝罪している人の言葉とは思えない。こういう助け舟は第三者がとりなすために使うものである。彼は謝罪文の形を借りて「自分で自分を許している」だけだ。本当に呆れてしまう。

「らんきー百貨店」は無期限の営業停止をするそうだから、ぶいっちゃん社長がどれほど恥の上塗りをしようとどうでもいいことではある。問題なのは「らんきー」商法を賞賛し擁護する人たちだ。
好き嫌いは個人の勝手だから私がとやかく言うことではないが、「らんきー百貨店」デパ地下で糖分と脂肪分たっぷりの食品を買い込み食べ続けて「精神的メタボ」になっているとしか思えない。
彼ら自身の健康が損なわれるのはもちろん、他者にも感情的で不毛な議論というコストを強いている。ダイエットして運動したほうがいい。
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絶対無理な犯人

2008年05月10日 | テレビ鑑賞記
暇なので、いや怠け者なのでテレビばかり見ている。

■ 絶対彼氏 火曜9時 フジテレビ系
今期ではいちばん面白い。
もこロボが機械らしく素直でかわいい。
だんだん人間的になっていくのだろうけど、私はロボットらしいもこロボでいてほしい。
そういえば「鹿男あをによし」でもロボ鹿がチャーミングだった。
夏クールにフジがロボット出演ドラマを作ればきっと見る。ロボ萌え。
お話のほうはたわいなくてスイーツでたいへん結構である。
主人公の考えのなさと身勝手さにムカつくが、相武紗季がかわいいので許す。
シュークリーム話はつまらないので早く片付けてくれ。人間同士の好いた腫れたよりもこロボの活躍が見たい。
主人公の友達(悪女)役の上野なつひが美人だ。
瓜実顔で色白、目は切れ長でみどりの黒髪。せっかくの和風美人なのだから温泉行きの回で浴衣姿をもっと見たかった。

■ 無理な恋愛 火曜10時 フジテレビ系
夏川結衣さん目当てで見ている。
夏川さんが柳眉を逆立てて怒る姿が大好きだ。
「菊亭八百善」でも「結婚できない男」でも「夏川さんに叱られたい!」と思っていた。俺はマゾか。
最初のうちは堺正章が夏川さんの相手役ってキツいな、それこそ視聴者に無理を強いてるという印象だったが、堺の役がいやらしくならず善良な狂言回しなので気の毒になってきた。
チュートリアルの徳井は演技も顔もいい感じで無味無臭だ。ダメ男ぶりに嫌味がない。
もっとダメになって夏川さんを怒らせてほしい。ラブシーンは無しの方向でお願いします。

■ キミ犯人じゃないよね? 金曜11時15分 テレビ朝日系
金曜ナイトドラマ枠はなんとなく見てしまう。
「トリック」のオマージュというか焼き直しというか、特異な能力を持つ貧乏少女と間抜けなエリートの大男が組んで怪事件を解決するお話。正直言ってあまり面白くない。

■ トップセールス 土曜9時NHK総合
やっぱりこれも夏川さん目当てで。
なんというか惜しい。いくら夏川さんでも20代の役はきつい。
椎名桔平や石田ひかり(髪型がすごい)と若者の恋愛群像を演じられても目のやり場に困る。
いっそ恋愛関係はカットして全6話にしたほうが良かった。
舞台は昭和40年代のカーディーラー。懐かしい車がたくさん出てくるのはちょっと楽しい。
残念ながらストーリーがどんより重くてカタルシスが足りない。
上司役の蟹江敬三はカッコいいけど、どうやら死んでしまうらしい。

■ ごくせん 土曜9時 日本テレビ系
仲間ちゃんのために。
水戸黄門のように「ごくせん」フォーマットを固めて面白さのレベルは下がっていない、はず。
だがあまりにも代わり映えがしなくて再放送を見ているような錯覚に陥る。
仲間ちゃんはもうこれで「ごくせん」から卒業すべきだ、と思ったら映画化されるのか。
お仕事ご苦労様です、という感想のみ。
「トリック」の映画はお金を出して見たけれど、こちらは見たいと思わない。
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「陰謀論系ニセ科学批判」の可能性について

2008年05月05日 | 日々思うことなど
日本の「平和運動」「護憲派」が911陰謀論に汚染されているそうだ。
私は左翼系の空想的な「平和運動」を支持しないし、できれば9条を含めて現行憲法を手直しすべきだと思う。だが真剣に平和を願っているはずの人たちが陰謀論の落とし穴にはまるのを見ると本当に情けなくなる。しっかりしてくれよ頼むから。

憲法9条と911陰謀論、または安斎先生はどう考えておられるのだろう(追記あり5/2)

安斎育郎先生が代表をしておられる「憲法9条メッセージ・プロジェクト」が出しているブックレットの中に「9,11 マスターキーから何が見える?」というのがあります。これが実は2006/10に開かれた「9 ・11 真相究明国際会議 in 東京」の講演録なのです。成澤宗男・ベンジャミンフルフォード・きくちゆみといった陰謀論肯定派のみなさんが語った記録で、奥菜秀次が大略「結局、肯定派は誰も公式報告を読んでいないことが明らかになった」と書いたあの会議です。

9条護憲派はオトモダチごっこを早く卒業しないと - 『digital ひえたろう』 編集長の日記★雑記★備忘録

 現在、9条護憲派の内部では、「9条護憲」というスローガンさえ一致すればそれ以上はあえて問わないという、ちょいと困ったことになっている。

実のところ、きくちゆみさんが現れる前から平和運動(平和学)なんかとっくに自滅していたんですよ、菊池誠先生 - 躁うつ病高齢ニートの映画・TV・床屋政談日誌

「9.11陰謀論を仲間に引き入れるべきではない」については、きくちさんを怪しいと分かる程度の頭がある人は、今の平和運動(平和学)にはとっくを見切りをつけて関わっていないと思います。もうあの界隈には怪しい人しか残っていません。

9.11陰謀論はカンベンしてくださいよ - good2nd

憲法9条の堅持はいいのだけれど、頼むからそこで一緒に9.11陰謀論みたいなトンデモを並べないでほしいものです。主催者がどのような考えなのかわかりませんが、菊池誠さんがおっしゃるように、9.11陰謀論の肯定は、あきらかに9条堅持の立場にとってマイナスです。9.11陰謀論のトンデモぶりをもって、これと9条堅持を一緒くたにされてしまってはたまらない。まさに9条改正派に「お花畑」と言わせる材料を与えるだけです。プラスなど何もない。


「平和運動」「護憲派」と911陰謀論を引き合わせたのは国際コーディネーター(って何?)のきくちゆみであるらしい。彼女の影響力について亀@渋研Xさんのコメントを引用する。

憲法9条と911陰謀論、または安斎先生はどう考えておられるのだろう(追記あり5/2) コメント欄

124. 亀@渋研X — May 3, 2008 @06:52:39

>まこさん
「きくちゆみが、なぜ影響力をもつのか」ですが、彼女のブログとかでプロフィールを見て、しごく当然な気がしました。
一部の方々にとっては「夢の体現者」ですよね。アイドルとして機能できる、重要な要件を満たしているというか。
なんか、今さら言わずもがなのことのような気がするのだけど、まあ、誰かにとっては役に立つかもしれないので一応書いてみますね。「いや、それはわかってるんだけど」とか「そうじゃなくて」とかいうことでしたら、突っ込んで下さい。

きくちゆみという人の経歴は、受け入れている人には、こんなふうに見えているはずです。
かつて、ふつうのOL(金融業界にお勤めしてたのだそうで)だったのに、アースデイで『ボーイングを探せ』に出会い、そこで「行動すること」に目覚めて、個人でも大きな影響力が行使できることを示しつつある(示した)人。
おまけに(というか、アースデイに足を運ぶぐらいだから当然ですが)、反戦でエコなので、いいことづくめ。

ご承知のように、環境問題や南北問題、人権問題などに心を痛め、だけど、このちっぽけな私にはなにもできないと考えている人はたくさんいるわけです。「できることからすればいいんだ」「だけど、そうは言っても」と常に不安定な気持ちになります。
そういう人にはアイドルになり得ますよね。手始めに、彼女の講演会を企画すると来てくれるから、ありがたい人だし。
京都の郊外で、ダンナさんといっしょにエコな生活しているっていうのも、ポイントが高そうです。配偶者が理解を示してくれるケースばかりではないので。

イベントを企画する人にすれば、上記の条件は、ふつうの人にアピールできる広告塔になりうる要素をたくさん持っている、ってことになります。
もちろん過去から学習しているので、「連帯重視」「細かい揚げ足取りで排除しない」なんていうことは当然の行動原理になっているでしょう。最近のことばで「ゆるい」という方がぴったりかもしれません。
だから、「国家が『平和希求』を隠れ蓑に戦争を作る(ことがある)」というメッセージそのものに同意できれば、あとは細かいことは言わないという判断もありそうです。

私自身アイドル好きなので、「きくちゆみはアイドルなので全部オッケーにされてしまう」という見方に納得する。
私のアイドルは南野陽子なのだが、彼女がおかしなことを言っても「もともと変な人だし」「そこがナンノの魅力なんだよ」と肯定してしまう。仮に911陰謀論や水伝のようなトンデモにはまったら批判するが、微妙なレベル(「オーラの泉」出演とか)だと見すごしてしまう。
思えば小泉純一郎もアイドル性を武器にずいぶん無茶をやった。私は彼のファンだけれど、非ファンの人たちが全否定する勢いで批判するのも理解できる。アイドルって実は怖い。

アイドル論はともかく、陰謀論がまじめな考えや運動を汚染するメカニズムは「平和運動」だけの問題ではない。
ニセ科学批判にさえ入り込む余地はある。再び亀@渋研Xさんのコメントから。

ご承知のように、環境問題や南北問題、人権問題などに心を痛め、だけど、このちっぽけな私にはなにもできないと考えている人はたくさんいるわけです。「できることからすればいいんだ」「だけど、そうは言っても」と常に不安定な気持ちになります。

ニセ科学問題についても「蔓延に心を痛め、このちっぽけな私にはなにもできないと考えている人」はいるはずだ。「『できることからすればいいんだ』『だけど、そうは言っても』と常に不安定な気持ち」に陥るニセ科学批判者もいるだろう。

ニセ科学批判者は科学の有効性を認め、ニセ科学をニセモノだと批判する。それは合理的で正しい態度なのだけれど、その「正しさ」に危険が潜んでいる。
ニセ科学批判は「事実を踏まえてまともな論理を用いるから正しい」のだが、それが人の心の中で「ニセ科学批判は正しく、自分は賢い」「だから自分は正しい」というふうにすりかわるおそれがある。勘違いしたニセ科学批判者が論理を忘れて「自分がニセ科学を批判しているかぎり何を言っても正しいのだ」と思い込むようになれば陰謀論はすぐそこだ。

「賢い」自分の「正しい」ニセ科学批判が世の中で受け入れられず、水伝やらオーラやら血液型性格診断がのさばっているのは「悪い連中」が陰謀をめぐらせているせいだ、と思い込むのはとても簡単だ。練習しなくても誰でもできる。
「悪い連中」はアメリカでも自民党でも大企業でもマスコミでも創価学会でも何でもいい。さすがにニャントロ星人まで持ち出すと「どこがニセ科学批判だよ」と突っ込まれるのでやめたほうがいいけれど。
試しに自分が「陰謀論系ニセ科学批判者」になったつもりで叫んでみる。

「ニセ科学が蔓延するのは日本人愚民化をたくらむユダヤ資本の陰謀だ!!!!!!」

…あ、ヤバイ。あくまでもネタなのに5%くらい信じそうになった。
私も「できることからすればいいんだ」「だけど、そうは言っても」と常に不安定な気持ちになる心の弱い人間である。
陰謀論は不安な気持、心のヒビ割れに染み込む。安直な「真実」と「正義」で真面目な考えを毒する。道に迷う人を「すべてわかったぞ!」と喜ばせて暗闇に引きずり込む。
陰謀論は古い木造家屋で見つかるシロアリと同じくらい危険だ。「たいした問題じゃない」「共存できる」と思う人がいたら甘すぎる。
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幻の謝罪要求(2)

2008年05月01日 | 「水からの伝言」
Lightさん、ブログデビューおめでとうございます。

乗りかかった小舟

当ブログの記事「幻の謝罪要求」たんぽぽのなみだ~運営日誌: 騒動が再燃した(4)のコメント欄で対話していただいたLightさんがブログを開設された。
自分のブログを持ち、自分の考えをまとめ、自分の責任で世の中に発信するのは自分自身を知るのに役立つ。いろいろ問題が起きて嫌になることもあるだろうが、どうかくじけず、無理せずにブログを続けてくださるようにと願う。

お祝いはしたけれど、だからといってLightさんのブログを簡単に褒めるつもりはない。
いや、正直に言って納得できないことばかりなので遠慮なく批判させてもらう。

乗りかかった小舟 謝罪

Lightさんが感想を聞かせてくれとおっしゃったので心して読みましたが、私にはわからないことばかりでした。
「謝罪」は、基本的には
・何かの実害があったときや、
・その可能性がある程度大きいとき、
・人に不快感を与えたとき
に、行われるべきものであって、
「間違ったことを言った」という、それだけの事象に対しては必要ないと思う。
(そんなことを言っていたら、間違った論文を発表した科学者たちによる謝罪の山が築かれることになってしまう。)

これはわかります。ですが、「間違ったことを言った」のが故意であれば騙したことになり、指摘された間違いを認めなければ傲慢です。そのような行いをした人の評価は下がるのが当然です。

私の最初の違和感は、今思うに
たんぽぽさんの用いられている「謝罪」という言葉への違和感だった。

どこがどうおかしいのか具体的に書いてくれないとわかりません。
私はたんぽぽさんの「謝罪」という言葉の使い方に違和感を覚えたことはありません。

このケースは、私の知る限り、何かの実害を引き起こしたわけではない。
また
>「化学的には証明はされていない
ということらしいですが・・
・・・の記述が「最初から」あったところを見ると、世間に実害を及ぼす可能性も低いと思われる。

水伝批判をらんきーブログだけの問題だとお考えなのでしょうか。
甘いです。甘すぎます。
私の考えでは、「水からの伝言」のようなニセ科学を肯定的に紹介することは、ニセ札を「これはいいものですよ、何でも買えますw」と紹介するのと同じくらい反社会的で不道徳な行為です。放置しておけば実害が生じるのは目に見えています。
ニセ科学には健康や医療に関わる怪しい商売が多いのです。「水からの伝言」で水という物質の神秘的な能力を肯定するようになった人が、自分や家族・友人が病気になったとき科学的な医療を二の次にして(あるいは拒否して)ニセ科学医療(ホメオパシー等)にのめりこむのは「実害」そのものです。

追記:
もしも「世間に実害を及ぼすことを懸念している」のであれば、矛盾が生じる。
その指摘方法では、肝心の(実害を被るかもしれない?)当該ブログを読みに来た人たちには、全然伝わらないではないか。」

たんぽぽさんは水伝の問題を「自分のブログ読者に対して」伝えたのです。ぶいっちゃん氏とらんきーブログ読者に対しては想定していませんでした(この点は批判の余地があります)。
批判されていることを知ったぶいっちゃん氏が「たんぽぽのなみだ」に出向いて対話を求めました(たんぽぽのなみだ~運営日誌: 水からの伝言 コメント欄2008年01月01日 01:53)。
それに応えたたんぽぽさんが「らんきーブログ」に出向いて批判の理由を説明しました(らんきーブログ 明けましておめでとうございます コメント欄2008.01.02 22:57)。
ところがぶいっちゃん氏は「はいはい、よくわかりました」(2008.01.02 23:48)と誠意のない対応をします。
さらに「らんきーブログ」常連のニケ氏がたんぽぽさんに対して中傷します(01.03 04:34)。
私のしたことは正しいのじゃ~!ギャー!!!」と言っておられることは良く分かりました。
(略)
これは言い訳にしか受け取れませんね。言い訳を言わねばならない批判をあえてするのは、この言い訳に隠した「悪意」があるとしか思えませんね。謝罪することをお勧めします。

ぶいっちゃん氏はニケ氏をたしなめるどころか歓迎します(01.03 12:03)。
読んでくださる皆さんにとって、新年早々なんだかよくわからないコメント欄をわかりやすくしてくださり有難うございます。(笑)

実際の経緯はこの通りです。
これを踏まえたうえで、なお「らんきー一派」の不誠実よりもたんぽぽさんの「指摘方法」に問題があるとお考えでしょうか。Lightさんがこれほどまでに誠実さを欠いた人たちに対する正しい「指摘方法」をご存知であれば具体的に教えてください。できればそのやりかたでうまくいった実例を見せてください。

個々人が被った「不快感情」に対しては、謝罪の必要はあるかもしれない。
不快感があったなら、あったと表明すればいいだけの話。しかし、不快感に関してのたんぽぽさんの記述は
>べつにわたし、気に障ってもいないですよ。
のみである。
そういわれたなら、普通「不快感を理由にした謝罪の必要性」には結びつかないだろう。

ニケ氏らがしきりに「謝罪」と言っているのは、おそらく不快感からではないかと思う。
しかし、たんぽぽさんが言及した「謝罪」という言葉は、一体どこからきたのだろうか。

なんだか頭が痛くなってきました。
「たんぽぽさんは誰にも謝罪を要求していない」というのが事実であり、それは私の記事で具体的に(これが重要です)説明しています(幻の謝罪要求 - 玄倉川の岸辺)。Lightさんもお読みになったはずです。
しかし、たんぽぽさんが言及した「謝罪」という言葉は、一体どこからきたのだろうか。

私のほうこそLightさんがなぜ今ごろこんなことを言い出したのか知りたいです。
ちなみに余談だが・・・
「(謝罪は)期待していないけれど」という言葉を受けて、本当に文字通り「自分は謝罪しなくていいのだな」と受け取る人間って、いるのだろうか?
「お礼は期待していません」と言われたら、「お礼をしたほうがいいのだろうか・・・?」と動揺するのが人間だと思っていたのだが。

いますよ。私がそうです。
私は(ネットでは)自分が謝罪する必要があると思うときしか謝罪しません。相手が謝罪を期待していようといまいとそれはどうでもいいことです。自分勝手だと思われることはわかっていますが、私は自分自身の誇りのために謝罪するのであり、相手のご機嫌をとるためではありません。

ここで食い違ったら、何も共有できるものはなくなってしまいそうだ。

共有できるものはたくさんあります。まずLightさんと私は日本語を共有しています。
それはともかく、Lightさんのお考えはいろいろな点で「甘い」です。
善良さと真面目さは認めますが(でなければわざわざ長文で批判しません)、自他の区別、事実と心情の区別に厳しさが足りません。それを「優しさ」と思う人もいるでしょうが(もしかしたら日本では多数派かも)、私はそういう「優しさ」はごまかしでしかないと考えます。
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