玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

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ポジショントークはお好きですか?

2005年02月27日 | ネット・ブログ論
懐かしい、いや、古臭くて聞く気にもなれない歌を聞かされた。
小倉弁護士が新しいエントリで、クラシックな匿名言論批判を行っている。
ITに強いと自称されている弁護士先生がこういう認識なのは不思議でもあり残念だ。

ネットにおける実名至上論というのはすでに事実上絶滅したものと思っていた。
その証拠に、2ちゃんねる、yahoo掲示板、そしてブロガーのほとんどは(私を含めて)匿名である。調査したわけではないが、匿名派と実名派の割合は9:1、あるいはもっと匿名派の比率は高いだろう。すでに匿名による言論はネットのデファクトスタンダードである。
去年、西尾幹二氏のブログにおいて「空白の十分間」事件なるものが起きた(goriさんによるまとめ)。
多くの批判的コメントが寄せられ、それに憤慨した西尾氏は「私を批判するものは実名を名乗るように」(褒めるときは匿名でもいいのだろうか?)というサイトポリシーを掲げられた。
西尾氏の場合、お年がお年なのでネット界の常識になじめない、また自らの権威を守りたい気持が強いのは良くわかる。同意はしないが同情はする。だが、小倉弁護士の場合はまだ40前であり、柔軟な思考ができるだけの若さを期待したのだが。

ネットにおける匿名/実名論についてはすでにあちこちで散々論じつくされているので、今さら私が付け加えるべきものは何もない。
ネットで読ませてもらった匿名/実名論のうち、特に感銘を受けたのは
小泉総理は運が強すぎる まとめページ
の管理人、ヤスツさんによる実名と匿名の意義についてITビギナーと対話してみるだった。
ヤスツ氏はここで懇切丁寧な議論で実名至上主義の誤りを説いている。ヤスツ氏は匿名、対するN.I.さんは実名(ヤスツ氏の配慮により伏せられている)だが、二人の議論を見ればほとんどの人が「実名の発言者は匿名の発言者よりも質が高い」とする前提は間違っていると思うことだろう。

一点だけ実名論の問題点を書くならば、それはつまり、自由であるべきネット界の言論人にポジショントークを強要するものになりかねないのだ。
リアル世界での序列や権威をネット界で再現することに一体どんなメリットがあるのだろうか。高い社会的地位を得ている人(たとえば高名な弁護士さん)ならば、自らの権威を最大限利用して名もなき批判者たちを蹴散らしたいと願うだろうが、ネットの利用者のほとんどは市井の一般人であり、権威に押さえつけられることはあっても、プライバシーを全世界に晒すかわりに権威という武器を利用することはできないのだ。ネットにおける実名至上論は強者の論理であり、自由な言論を抑圧したい人々が好む説である。
小倉弁護士が「NHKに対する政治家の『圧力』問題」であれほどまでに報道の自由を神聖視しているのに、ネット界では統制を強めようとする側に立つことは一見不思議に思える。
だが考えてみれば既成マスコミもまたすでに「体制」「権威」であり、エスタブリッシュメントの一員(ちょっと大げさか?)であられるところの小倉弁護士が朝日新聞にシンパシーを感じ、朝日を批判する一般人(小倉氏には「ネット右翼」に見えるのかもしれないが)を好まないのは当然なのだろう。

私は自由な言論を愛する、質の高い言論を望む。だが、権威主義によってそれが可能になるとは信じない。
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「ほりえもん=ヒーロー」ならばヒロインは? 

2005年02月26日 | ネタとか
前回の続きです。
これまでTVでほりえもんのインタビューを見ているとなんとなく不愉快になるので(やはりアンチ寄りかな)途中でチャンネルを変えるのが常だったが、今日は「ほりえもん≒キムタク」論を検証すべく真面目に見た。
もっとも、彼の話し方や表情ばかり気にしていたので、話の内容はほとんど覚えていない。これではとても真面目なほりえもんウォッチャーとはいえない。別にそんなものになりたいわけではないが。
さて。
長文を書いたため思い込みが強まったせいなのか、似てる、似てますよ。
ほりえもん氏はキムタクに実に良く似ている。
画面から5メートル離れて、思いっきり細目にして、声をキムタクのぼそぼそ声だと思い込めば、誰でも納得するはず。
ちょっと条件が多すぎるような気もするが気にしない。私としては「ほりえもんはキムタクに似ている」ということで確定。

…強引すぎますか、やはりそうですね。
結局、未だに私には多くの人を惹き付けるほりえもんの魅力が理解できないのだ。
「キムタクは人気がある」「ほりえもんはキムタクに似ている」「だから人気がある」という三段論法を無理やりつなげようとしている。
しかし、そもそも私にはなぜキムタクにあれほどの人気があるのかぜんぜん判っていないのだ。
「物はなぜ落ちるのか」「それは重力があるからだ」
という説明に納得できなくて
「重力は空間を曲げる。だから物体は曲げられた空間に沿って移動する=落ちるのだ」と言い換えるようなもの。
やはり私にとっては謎だ。重力の正体もほりえもんの人気も。

意識に高性能フィルターを何重にもかぶせれば「ほりえもん≒キムタク」と思い込むのは不可能ではないが、日枝会長を見てキムタクの相手役のヒロインを思い浮かべるのは誰にとっても不可能であろう。
そこで、私としてはフジの美人アナウンサーをあてはめることにした。一番のご贔屓は滝川クリステルさんなのだが、心優しい彼女にはほりえもん氏の強引な口説きを撥ね退けるのは難しそうだ。人気の高い内田恭子さんも同様。
というわけで、知性と芯の強さを兼ね備えるベテランの田代尚子さんならばいい感じだ。彼女ならキムタクに迫られても動じまい。そもそも人妻だし。
それにしても公式写真の田代アナは戸田恵子に似てるな。
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ほりえもんの「六本木ラブストーリー」主演キムタク

2005年02月25日 | ネタとか
堀江氏はもしかしたら自分が木村拓哉になったつもりなのだろうか?
いや、堀江氏のような大富豪の気持が自分のような貧民に推し量れると考えるのはあまりにも僭越だろう。
「身の程を知れ!この下賎な貧乏人が!!」(←誰?)
はい、どうも申し訳ありません。
だが、堀江氏を支持する一般人の中には、彼のサクセスストーリーをキムタクがドラマで活躍するのを見るような気持で応援している善良な人がかなりいるはずだと私はにらんでいる。
例によって何の根拠もない思い付きである。

そこで風呂に入りながら妄想してみた
「ほりえもんの六本木ラブストーリー」

富士山恵子(ふじさん・けいこ=黒木瞳)は中堅CM製作会社で働くクリエーター。
最近世間で言われるところの「負け犬女」だが、堅実な仕事ぶりで周囲の評価は高い。
現在恋人はいないが、とくに淋しさを感じているわけでもなく充実した日々を送っている。
ある日、恵子が長年取り組んできた大物クライアントのCM撮影を指揮してると、突然一人の男が挨拶もなくスタジオに入ってきた。そして、恵子の存在を完全に無視してスタッフに勝手な指示を出しはじめる。自信に満ち溢れた態度に気圧されるスタッフ。恵子だけが男を問い詰める。
恵子 「こんなことしてどういうつもり?出て行きなさい!」
男  「いや、出て行くのはあんたのほう」
恵子 「何ですって!?あなたいったい誰?」
男  「あんたの雇い主。いや、正確にはまだだけど」
恵子 「…それってどういうこと?」
男  「今度、俺があんたの会社を買収することになったのさ」
男は気鋭の青年実業家、堀江紋次郎(ほりえ・もんじろう=木村拓哉)だった。
堀江はさんざん現場を混乱させたあと、
「俺が社長になればこれまでのやり方は通用しない、覚えておくように」

と言い残して去ってゆく。
恵子 「…最っ低の男!!」


以上、第一話「最悪の出会い」
その後いろいろあって、いつものキムタクドラマなら主人公の二人は反目しつつお互いを異性として意識していくのだが、このドラマでは堀江(キムタク)がいくら既成の権力に歯向かうカッコイイ姿を見せても、事業について抜群の才能を示しても、恵子は堀江への嫌悪感を強めるばかり。
今週放送分の第十話「支配されない女」では、無理に唇を奪おうとした(古っ)堀江を平手打ちした恵子が、堀江から離れるために職を捨てマンションを売り海外へ留学することを決意して終わった。
視聴率は高いものの、善良なるキムタクファンが多くを占める視聴者からの評判は
「キムタクがあれだけ口説いてるのになびかない恵子は変」
「恵子は意地っ張りというより根性悪の最低女」
「キムタクかわいそう、脚本家は無能」
など、批判的なものばかり。
週刊誌によれば、キムタク自身も「まさか俺が振られるわけ?ぶっちゃけありえない」と戸惑っているという。
残すのは最終回のみ。さて、ドラマの結末はどうなるのだろうか?

ちなみに、私自身は今だかつて一度もキムタクをカッコイイと思ったことはない。
黒木瞳は以前はちょっといいなと思ってたが、最近は食傷気味。
というわけで、こんなドラマが放送されることがあったとしても見ることはないだろうが、もし無理に見せられたなら、このドラマは「ラブストーリーを作ろうとして失敗した」というよりも「ただのストーカードラマ」と思うことだろう。
その気がない、それどころか明らかに嫌がっている女を無理に口説く、というのは私の趣味ではない。
大富豪であり相手を幸せにする絶対的自信があるからといって許されるというものでもないだろう。

私には経済や法律についての知識は全く無いので、経済の常識からほりえもんとフジのどちらが外れているのか、あるいは法律的に見てどうなのか、といったことは全然わからない。
わからないことに口出しするのは愚かだから、現実の存在であるほりえもんやフジを批判するのはやめておく。
今回書いたのは、あくまで「もしキムタク主演のドラマだったら」という風呂の中での妄想にすぎない。
長湯しすぎて風呂を出たとき立ちくらみをおこしたのは妄想を懲らしめる天罰だったのかもしれない。

私がよく見せてもらっていて共感を覚えることの多いブロガーの人たちは、期せずしてほりえもん批判が多い。
「若隠居の徒然日記」さん、「できるだけごまかさないで考えてみる」さん、「雪斎の随想録」さん、「isaの同時代フィールド・ノート」さん、「★きみとぼく☆」さんなど。
積極的ほりえもん支持は定期巡回しているブログには見つからなかった。
私と考え方が似ている(と、勝手に思っている)人たちがほりえもんを批判しているのだから、よくわからないけど私も彼らの後について批判の声を上げたほうがいいのだろうか?
いや、やっぱりやめておこう。
わからないことはわからないと素直に認めること、これこそが愚かさへと続く道を避ける第一歩なのだろうから。

(追記)このエントリには続きがあります。
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愚か者への報い

2005年02月24日 | ネット・ブログ論
2ちゃんねるに「母校の生徒を皆殺し」仙台の大学生逮捕

不謹慎ながら、こういう記事を見るとちょっぴりうれしくなる。
このブログのテーマである「悪行に報いがあるとは限らないが、愚行の報いから逃れるのは難しい」を身を張って実証してくれたようなものだから。
不謹慎でなく喜ばしいのは、この犯人が実際誰かの身に危害を加える前に逮捕されたこと。
事件を未然に防いだわけで、警察はもちろん、2ちゃんねるの管理人そして2ちゃんねらーたちのお手柄であろう。

…が、なぜかフジテレビ系「ニュースジャパン」では「2ちゃんねるのトラブル」として、英検の問題漏洩(?)事件と絡めて紹介されていた。
え!?それは違うんじゃないの?
この犯人のように、自己顕示欲が強くその割に頭の弱い人が犯行予告をしたのは、誰にでも気軽に書き込めるインターネットの掲示板が存在したからだろう。
もし犯人がネットをやらない人間で、また実際に事を起こすほど暴力傾向の強い人間だとしたら、何の予告もなしに犯行におよび悲惨な結果を招いていただろう。まあ、これは仮定を2つ重ねたあまり意味のない推測だけど。

これを2ちゃんねるの問題として考える人は、「2ちゃんねるが犯人の暴力的傾向を促進した」とでも思っているのだろうか。
私にはそういう考え方は同意できない。2ちゃんねらーの多くは、あびる優事件などでも明らかなように意外なほど素朴な正義感にあふれ、犯罪行為を憎む善良な人々である(褒め殺しか?)。2ちゃんねる、そして2ちゃんねらーたちが犯行をそそのかしたとは考えられない。

…と、ここまで書いてきたけど、実際2ちゃんには無責任な馬鹿もいて、面白半分に炊きつけたりすることがあるんだよなあ。そういった輩は多くの2ちゃんねらーから蔑まれるけど、犯人は自らも一人の馬鹿として同類である馬鹿2ちゃんねらーの誘導に乗っていったのかもしれない。知らんけど。
ああ、なんだか論旨がグダグダになってきた。私が馬鹿だからだ。読者のかたどうもすみません。
とりあえず強引にまとめると、「馬鹿は馬鹿とつるみたがる。馬鹿が馬鹿な方向に進むのをやめさせるのは困難だ」といったところか。

あともうひとつ、「文章はちゃんと構成を考えてから書くべきである」これはただの自戒の言葉です。
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セントレアンな精神

2005年02月23日 | ネタとか
前のエントリの続き。
新しいテクニカルタームの創出にご賛同いただきありがとうございます。
ご提案の通り、語源から考えれば「南セントレアン」のほうが正確でしょうね。
しかし、私には美浜町長や小倉弁護士のような微妙な言語感覚の持ち主は東西南北を問わず世界のあらゆる場所に居るものだという確信的推測がありますので、南と限定するのはいかがなものかと思い、ただの「セントレアン」としてみました。

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googleで検索してみると、「セントレアン」という言葉はすでにかなり使われている。だが残念なことに南セントレア市(予定)住民を指している用法ばかり。これではセントレアンな精神を一地域に押し込めてしまうことになる。
世界のどこに住んでいようと、セントレアンな心を持った人はセントレアンと呼ばれるべきである。
子供に誰も読めないような名前を付ける親、新製品にインパクトだけのあほらしいネーミングをする会社、自らの党を「野党ではなく『政権準備政党』だ」と主張する岡田克也、みんなみんなセントレアンなのだ。もちろん小倉弁護士も栄えあるセントレアンの一員だ。
万国のセントレアンよ。団結せよ!

団結したとたん、どこかの孤島に集団隔離されるかもしれないが、私は結果には関知しません。
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セントレアンな小倉弁護士

2005年02月23日 | ネタとか
このブログは小倉弁護士ブログをウォッチするために始めたわけではないのですが、あまりにも面白すぎる展開が続いているのでどうしても書きたくなってしまった。
小倉弁護士は天性の自爆系エンターティナーなのだろうか?
受けを狙って計算ずくでやっているのならたいしたものだ。だが、あまりやりすぎると嫌われますよ。
私の敬愛するタモさん(タモリ)が、「笑っていいとも!」などで状況を無視して際限なくボケ続けることがある。
他の出演者が突っ込むのに疲れ、おいしいところを持っていかれるのにも嫌気がさしてきて「いいかげんにしなさい!」と大御所にダメ出しするシーンが頭に浮かぶ。

・・・・・・・・・・最新の小倉氏の発言を批判しようと長文を書きかけたけど、途中でアホらしくなってしまった。
自分が書こうとしたことはみなコメント欄で先を越されてるし。
懇切丁寧に「小倉さん、あなたのネットについての認識と言葉のセンスはおかしいですよ」と指摘し続けている人たちはなんて親切なんだろう。これは、「電車男」に匹敵する「善意の名無しからのアドバイスのプレゼント」だな。
まあ、電車男の場合はヤラセ疑惑が持ち上がっているわけだが,もし小倉氏が同じように「自分を批判するコメント」を自作自演していたなら大したものではある。

最後に一言。
「特定の思想集団」「コメントスクラム」「ネット右翼」といった「新しいテクニカルタームの創出」にこだわり続ける小倉弁護士の姿は、「南セントレア市」の名前に執念を燃やす美浜町の町長さんに似ている。
こういう微妙な言語センスの持ち主をこれからは「セントレアン」と呼ぶことにしたい。
これこそまさに、必要とされているテクニカルタームの創出であろう。
われながら惚れ惚れするほど素晴らしいアイデアだ。
これに反対する特定の思想集団のコメントスクラムはお断りします。

(追記)このエントリには続きがあります。
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今さらながら、小倉弁護士ブログ炎上について

2005年02月22日 | ネタとか
何だか小倉氏は意地になってしまっているみたいに見える。
もともとそういう性格なのか、弁護士としての職業意識が彼に自らの過ちを認めさせないのか。
「過ちを認め」と書いたけれど、彼に持論を撤回せよと押し付けるつもりはない。
たが、もし彼が
「コンセンサスの得られない言葉(「特定の思想集団」「ネット右翼」など)を用いたせいで多くの人に誤解を与えてしまったのは残念です、以後気をつけたいと思います」
くらいのことを書けば、小倉氏のプライドを損なわずに「コメントスクラム」(←ナニソレ?)を鎮めることができそうに見える。
ほんの少しでも「しおらしい」態度を見せれば、攻撃的コメントを付けている人もいいかげん飽きてきているころだから「全く話の通じない相手じゃない」「それならまあいいか」と宥和的になる可能性は高い。
…が、逆におためごかしと取られて更なる炎上を招く可能性も否定できないw
その違いは小倉氏の人格が「コメントスクラム」(←ナニソレ?)をかけている人々にどのように評価されるかにかかっているのだろう。
論理はもちろん大事だけれど、人間は論理だけで動くものではないということを小倉弁護士はご理解なさったほうがよろしいでしょう。残念ながら小倉氏の場合は論理もいささか独善的で、多くの人を納得させられないようですが。
ああ、小倉氏の影響なのか文章がどんどん嫌味っぽくなる…

以上に書いた「とりあえずしおらしいフリをしたら?」はしょせん感情に訴える対症療法で、一度は鎮火しても火種は残り続ける。なにかあればまたすぐに火の手が上がるだろう。
結局は小倉氏が自らの論理や方法論のどこが多くの人の反感を呼んだのか理解する必要がある。
なにも頭のいい弁護士先生様にご忠告申し上げるつもりはない。
私にとってはしょせん他人事、彼のブログがどうなろうとどうでもいいことではある。
つまりは他山の石。ってなんだか偉そうだな。小倉さんごめんなさい。

まず、「レッテル貼りは人を怒らせる」「怒った人は誤解する可能性が高い」ということ。
「特定の思想集団」「ネット右翼」「コメントスクラム」
これらの用語は、小倉氏は新しいテクニカルタームとして適切なものだと自画自賛しておられるようだが、私にはむしろそのような言葉を使いたがる人の偏見を垣間見せる言葉であるように思われる。
「ある種の思想傾向を持った人たち」「アンチリベラルのネットワーカー」「コメントラッシュ(by色瀬さん)」
といった中立的な(私にはそう思える)言葉を用いていたならよほど状況はましだったろうに。

次に、「文章は明快簡潔に」
小倉氏の文章は正直いって読みにくい、わかりにくい。これでは「誤読」されるのも無理からぬこと。
さらに、もって回った嫌味やあてこすり、そこはかとない脅迫などが巧みに織り込まれている。
煽りのための文章としてはなかなか上出来だが、弁護士先生が対話のため(なんでしょうね、本来は…)ブログのコメント欄を開けているのだから、怒らせたり誤解されやすい文章はまずいでしょう。

最後に「説得できない相手と見たら論破にこだわらない」
これは自分でも本当に正しい対処なのか良くわからない。トコトン議論を突き詰める、というほうが立派だし、その方法でよい結果が得られるのなら何よりである。
だが、残念ながらすべての人に自分の話が通じるわけではない。自分がすべての人の意見を受け入れられないのに、他の人すべてに自分の意見が受け入れられるのを期待するのは無理ではないか。
小泉首相じゃないけど、人生いろいろ、意見もいろいろ。これでいいのだ。

小倉氏は、「政治家がNHKに公平中立を言うのは圧力だ」「特定の思想集団であるネット右翼がコメントスクラムを起こしたり個人情報を暴いたりしているのはけしからん」という意見を述べた。そしたら、それに同意できない人がたくさんやってきて批判的なコメントを書いた。
小倉氏は自説の正しさを疑わないので(これにも問題があるような気がするが…)、同じ論旨で説得力をさらに高めたエントリを書いて人々を説得しようとした…
…のではなく、コメントをつけた人たちを「ネット右翼」と当てこすり馬鹿にすることで自説を守ろうとした。
無駄なことです。小倉氏がすべきことは、自説を虚心に再検討し、正しいと思うならより説得力を高める工夫をする、間違っていたなら改める、そういうことのはず。
「名無しさん」相手の論争で勝利を収めようとするなら、相手を攻撃することよりも自らの隙を減らしたほうがずっと効果的です。
まさにnomadさんの書かれたとおり。
「のびのびと議論するために、思ったことをやろう。相手を説得できるよう、自分の考えを整理し、相手に向けよう。そして相手の意見が聞くに値したら、自分の意見を変えよう。」

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