玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

田母神かあさんの家庭教育

2008年11月28日 | 日々思うことなど
この人がいったい何をやりたかったのかわからない。

【田母神前空幕長インタビュー】「自国を悪く言う外国人将校に会ったことはありません」 (1/6ページ) - MSN産経ニュース

「北朝鮮と同じ」「村山談話に疑問」田母神前空幕長が記者会見で - MSN産経ニュース

田母神氏は「自衛隊の士気を高めるには日本への悪口をやめることが必要」とか主張してたのに、「論文」問題が明らかになってからというもの日本の悪口を言いまくりである。「民主主義国家とはいえない」とか「北朝鮮と同じだ」というのはそれこそ最大級の悪口だ。右のほうの人たちが好む言葉を使えばまさに「反日」「侮日」以外の何物でもない。元幕僚長のそんな言葉を聞かされて士気が高まる自衛隊員がいるのだろうか。国民の自衛隊に対する信頼が増すのか。
まったくもって謎である。これもコミンテルンの陰謀だろう。

子供たちがちゃんと勉強しないので困っている母親がいるとする。
みのもんたに相談したら「子供が父親を尊敬できるようにしなさい」「そうすればシャキッとするよ」と教えられた。
さて、母親は子供たちに何と言えばいいのか。

(A)
「あなたたちのお父さんは昔はすごい人だったのよ」
「盛り場を肩で風切って歩いてたんだから」
「あまりカッコいいから妬まれハメられて袋叩きにされちゃった」
「今は冴えないうすらハゲのおじさんだけどね」
「悪口を言われても言い返せない弱虫でみっともないったらありゃしない」
「でも昔のお父さんは本当にステキだったんだから尊敬してあげてね」


(B)
「お父さんも昔はちょっとしたワルで町の鼻つまみ者と呼ばれたこともあったの」
「調子に乗って乱暴なことをして人様に迷惑をかけたし自分も痛い目にあった」
「でも今は真面目な仕事ぶりで誰からも認められている」
「ときどき気弱に見えて歯がゆくなるけどそれは昔の自分を反省しているから」
「お父さんの過去を悪く言う人がいるけど、そんなときは『今のお父さんは優しくて真面目な人です』と答えなさい」
「過去のことを気にするより今のお父さんを誇りに思いましょう」

田母神氏とその応援団は(A)の母親が正しいと言っているようなものだ。
私には「子供たち」の現在の父親への経緯を失わせ勉強する気をなくさせる愚策としか思えないのだが。


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「わかるわかる」がわからない

2008年11月26日 | 日々思うことなど
厚生労働省元次官連続殺傷事件について、というかその報道について思ったことを書く。
単なる印象批評なので読者に有益な情報は何もありません。

それほど熱心にフォローしているわけではないけれど、テレビニュースや新聞などでは犯人の動機について「理解できない」「もっと他の理由があるのではないか」という疑問・否定モードが基調のようである。
たしかに「子供のころ愛犬を殺処分された恨み」という動機は奇態なもので、多くの人が首をひねるのは無理もない。私だって本当にK氏(あまり意味はないがとりあえず仮名)の気持がわかるかといえばわからないと答えるほかない。

だが、秋葉原無差別殺傷事件のときの報道を思い出すと「ずいぶん違うものだな」と違和感を抱いてしまう。
あの事件も理不尽で正当化しようのない卑劣な犯行だったけれど、マスコミが伝える「識者」の声には「格差社会」「新自由主義」「派遣労働」「ワーキングプア」といったキーワードをちりばめて勝手に動機を想像しうなずいてみせるものが少なくなかったように思う。
私はその手の「わかったふりで個人的な暴力犯罪を社会化する」たぐいの言説が嫌いなのである。右派が体罰を正当化するのも嫌い、左派が通り魔を社会や政治のせいにしたがるのも嫌い。どちらも同じくらい最低だと思う。

秋葉原事件のときの「わかったふりでうなずいてみせる」よりは今回の「わからないと素直に首を振る」態度のほうがマシだ。だが、マスコミが暴力犯罪を社会化して理解してみせることの危険性とグロテスクさを反省したとは思えない。むしろ、そうできないことへの苛立ちが「首を振る」姿の奥に透けて見える。仮にK氏が「本当は年金行政のデタラメさに腹を立ててやった、これは年金テロだ!」と主張すれば、喜んで「やっぱりそうだったのか!」と納得し全力で首を縦に振りまくるだろう。

ちょっと話がそれるが、K氏の話している(と警察が発表した)犯行の動機は、秋葉原事件のそれよりは私にとって理解しやすいものだった。私も子供のとき家で犬を飼っていて、「犬は家族の一員」という気持はわかる。愛犬が保健所で殺処分されたら強いトラウマになるだろう。それが動機の全てだとはさすがに思えないけれど、K氏の鬱積させた不満や怒りが子供のときのトラウマというひび割れに沿って噴き出したというのはそれほど無理な想像ではない。
むしろ秋葉原事件のほうがわからない。加藤容疑者は特に秋葉原やオタクに思い入れがあったわけではない。むしろ自分の容姿とか彼女がいないことに強いこだわりを持っていた。であれば、たとえば人気のデートスポットに乱入して暴れるほうが鬱憤晴らしになったはずだ。なぜ加藤容疑者がそうしなかったのかというと、「人気のデートスポット」が頭にひとつも思い浮かばずリアリティが感じられなかったからだろう。それだけ恋愛市場から疎外されていた(自己疎外していた)のだ。
実は私自身もその点では加藤容疑者のことを笑えなかったりする。桑原桑原。

話をもとに戻すと、K氏の動機が「わからない」と首を振るのも、加藤容疑者の動機を勝手に想像してうなずいてみせるのも、結局はマスコミや識者が「あらかじめ頭に描いた構図」にあてはまるかどうかの違いでしかない。事実を追究し真実を明らかにするよりも「やっぱりそうだよね」と世界観の正しさを再確認することが目的になっているようだ。
一般人の世間話やブログならともかく、マスコミがそういう姿勢だと本当は困るのである。現実と常識に立脚してハリボテの通念を叩き壊すのではなく、池に張った氷のように危なっかしい通念に足場を置いて常識を忘れている。それがマスコミの作り出す「空気」というものなのかもしれない。
私が物心ついてからずっと、日本のマスコミ「報道」とはそういうものだった。いまさら嘆いてみても仕方ないのか、それとも変わるとか変えられるとかいう期待を持たずそれでも違和感を捨ててはいけないのか。
考えるといろいろ面倒くさいので、このへんで適当に放り出して終わりにする。

無能な働き者

2008年11月12日 | 政治・外交
田母神前空幕長の件について、国会やマスコミ(産経を除く)ではほぼ批判一色である。
私はこの状況に不満がある。

といっても、「田母神氏の主張は正しい」「批判するほうが間違っている」と言いたいわけじゃない。
逆に、「まだまだ批判が足りない」「自衛隊幹部の政治的発言に対してもっと警戒心を持つべきだ」「世論がアレルギー反応を起こしてもいいくらいだ」と思っているのである。
私がどれほど田母神氏のようなタイプの「軍人」を忌み嫌っているかといえば、酔っ払い運転常習者を見るのと同じだといえばわかってもらえるだろうか。酔っ払い運転常習者に対して「運転する資格なし」と罵倒するのと同じく、田母神氏には「国防の要職にある資格なし」と批判せずにはいられない。

以下、この稿では自衛隊のことを「軍隊」、自衛官(いわゆる制服組)のことを「軍人」と呼ぶことがある。私自身は憲法9条2項を改正して自衛隊を軍隊として認めるべきだと考えており、「軍隊」「軍人」という言葉に蔑視や非難の意図はまったくない。
それならなぜ軍隊・軍人という言葉を使うのかといえば、国防をつかさどる唯一の武力集団である自衛隊の本質を簡潔に表しているからである。政治家やマスコミは「自衛隊は軍隊ではない」とするお約束(フィクション)を守らなければならないが、私のような一般人が言うには問題ないだろう。

かつて司馬遼太郎は何度も愛国心を酒精(アルコール)にたとえている。
日本においては「正しい歴史」「美しい過去」を求める情熱が特にアルコール度数が高いようだ。戦前には「南北朝正閏論」が大問題だった。足利尊氏は大逆賊で、楠木正成は大忠臣で、それに疑問を持つ人々は皇室に不忠な乱臣賊子とされた。
今から見ればなぜそんなことに血道をあげて大騒ぎしたのか理解しがたいが、現実と離れた「美しい過去」にはそれだけ純粋な甘さがあり人の心を乱す魔力があるのだろう。
成人なら誰でも酒を飲むことができる。体を壊していても、アルコール中毒だったとしても法律で酒を飲むのを禁じることはできない(今のところは)。また18歳以上で資格と能力を満たしていれば誰でも運転免許を取得できる。これもまた国民の権利だ。
だが、酒を飲み同時に運転することはできない。法律で禁じられている以前に「ダメなものはダメ」である。どんなに理屈をこねても、「自分は酒に強いから」「一杯引っ掛けたほうが上手く運転できるくらいだ」と熱心に主張しても認めるわけにはいかない。
私にとっては田母神氏のような制服軍人が政府の基本的認識をひっくりかえそうとするのも酒酔い運転と同じく「ありえないこと」である。高位の軍人に好き勝手を言う自由などあるはずがない。正気でそんなことを主張する人間がいることがまず信じられないし、それを応援する人たちについては何をかいわんや、である。田母神氏が「航空幕僚長にも言論の自由がある」と力説すればするほど「この人はトンデモだ」と思わずにはいられない。

私にとって田母神氏の歴史認識自体はまったくどうでもいいことである。
どんな歴史認識でも内心にとどめている限り、「大日本帝国の戦争は全て正義だった」と思おうが「日中戦争はコミンテルンの陰謀」と考えようがとりあえず問題ない(あくまでも「とりあえず」であり本当は困ったことだが)。邪馬台国が九州にあったのか大和にあったのか、それとも東北とか沖縄にあったのか、という問題が現実の国防とは無関係であるのと同じ程度にどうでもいい。
だが、航空幕僚長の要職にある軍人が自らの歴史認識を公表することで政府に余計な手間をかけさせる、国政を混乱させる、任務に支障をきたすのは全く愚かなことだ。余計なことをして自軍に損害を与えるのはフォン・ゼークト言うところの「無能な働き者」である。関西弁で言えば「いらんことしい」だ。幸い日本は平和なので、最悪の「無能な働き者」もゼークト式に射殺されることはない。更迭と定年退職という処分で退職金を受け取る田母神氏は恵まれている。要職にあるものの無能はそれだけで罪だ。田母神氏の更迭は歴史認識を議論するまでもなく必然である。

あたりまえのことだが、航空幕僚長の任務は「国を憂えて『正しい歴史認識』を広めようとする」ことではない。敵対する航空機やミサイルを日本の上空から排除して国を守るのが仕事だ。そのために必要な装備を整え訓練して有事に備えるのが何より大事である。
「自衛隊員が誇りを持てる『正しい歴史認識』がないと国が守れない」と田母神氏は主張しているそうだが、「馬鹿じゃなかろうか」としか思えない。誇りの持てる歴史がないと国が守れないならドイツはどうなんだろう。ナチを賞賛することは法律で禁じられているけれど、ドイツの将軍が「第三帝国の栄光がないと国が守れない」と泣き言を並べたなどという話を聞いたことがない。
自衛隊に入ったことのない私には言う資格がないかもしれないが、「そもそも歴史ロマンチシズムに頼らないと士気を維持できないようでは軍人としてたるんでる、腕立て百回!」という感じだ。現在の日本は大日本帝国の正義をことさら持ち出すまでもなく「いい国」ではないのか。周辺諸国のどれと比べても豊かで、自由で、安全で、娯楽にあふれ、国民は世界で最も長生きしている。こういう国を守るのに「正しい歴史認識」とやらのドーピングは必要ない。

田母神氏のような「国を憂える」タイプの軍人(自衛官)が私は大嫌いなのである。どうしても昭和初期の政治的軍人たちを思い出してしまう。軍縮に抵抗し統帥権干犯問題の火種となった加藤寛治、ヒトラーに心酔し三国同盟締結の原動力となった大島浩といった人たちだ。
「軍人が憂国の士を気取るとろくなことがない」というのが数百万人の犠牲を払って得た歴史の教訓である。国会の証人喚問で田母神氏が自らの正しさを主張し愛国心を強調すればするほど嫌悪感が募る。「お前はもう黙れ!」と叫んで口にガムテープを張ってやりたいくらいだ。もちろん田母神氏は今はただの民間人だから、そんなことを思う私のほうが間違っているのだが。

繰り返すが、田母神氏の歴史認識自体はまったくどうでもいい。
「どうでもいい」には「そもそも論じる価値がない」という意味が多分に含まれる。田母神氏は体系的に歴史を学んだわけでもなく、一次資料を入念に調べたわけでもない。彼の書いた「論文」なるものは要するに素人の作文である。論文としての体裁も整わず、せいぜい大学のゼミのレジュメになるかどうかといったところ。いや、レジュメとしても教授に鼻で笑われ学生に馬鹿にされるレベルだろう。
そんな作文をまともに取り上げて議論するのは時間の無駄だ。ちゃんとした歴史学者の本を読んだほうがずっといい。
私の知る限り田母神氏の「論文」を評価するのは素人(右寄りの評論家・ジャーナリスト・ネット世論)ばかりで、本職の歴史学者はおしなべて酷評している。私にとって田母神「論文」の評価はそれだけで充分だ。

田母神氏がどうしても「正しい歴史認識こそが国防の基本だ」と信じるのであれば、装備や人事、予算や計画といった雑事は人に任せて全力を挙げて歴史研究に取り組めばよかった。幕僚長を辞して防衛省防衛研究所戦史部に移動を申し出るとか、あるいは制服を脱いで近代史研究に情熱を捧げるとか。そこまでやるのであれば私とて「ああこの人は本気なんだな」と敬意を抱くこともできる。
だが田母神氏が実際にしたことは、仕事の片手間に資料もろくに調べず(本人談)、そこらの本から都合のいいところばかりつまみ食いしたような数ページの「論文」を書き、かねてより親しかった会社社長の主催する懸賞に応募して300万の賞金を得る、ということだ。
みみっちく、薄汚く、潔さのかけらも感じられない。こういう軍人が自衛隊の高位にあり、愛国者を自称し、そしてそれに喝采する人が少なからずいる、という現実は私の想像力を超えている。もう笑うしかない。

田母神氏のような憂国の士を気取る軍人、略して国士軍人は日本にとって有害無益だ。
昭和の戦争の時代はもちろん、平成の現在でも国士軍人が日本をよくする役に立つとは思えない。右であれ左であれおしなべて「無能な働き者」と認定して制服を脱いでもらうのが本人にとっても国のためにも一番だろう。その意味で田母神氏の退任は見本を示してくれたともいえる。
民主国家の軍人は、民意を代表する政府の有能な道具であることに満足と誇りを見出すべきだ。自分たちが先頭に立って民意を動かそうとか、政府の基本的な方針を変えてやろう、などというのはとんでもない思い上がりだ。
軍人が憂国の士である必要はまったくない。なによりもまず有能な戦士として自らを鍛えるのが義務だ。「戦士」というと実際に戦争しなければいけないと勘違いする人もいそうなので、「戦闘のプロ」「兵器を操る職人」と言ったほうがいいかもしれない。
イデオロギーや「正しい歴史認識」のアルコールに酔っていては戦闘のプロたりえない。悲憤慷慨して顧客に説教するのは勘違いした職人もどきのやることだ。ちゃんとした職人なら、ストイックに仕事を愛し、技を磨き、世間の評判に惑わされず、売名も利得も望まず、ロマンチックなフィクションに耽溺することなく、常に平常心を保って任務を遂行するものである。
もちろんこれは理想であり、現実の自衛隊員にそこまで高い基準を求めるつもりはない。「無事これ名馬」でトラブルを起こさずに国の守りを固めてくれればそれで充分だ。逆に田母神氏のように「よけいなことしい」で無駄な混乱を引き起こし、自衛隊と政府に迷惑をかけ、国民の信頼を失わせるような国士軍人は論外である。

かの「真の近現代史観懸賞論文募集」には多くの自衛隊員が応募していたそうである。田母神氏のような「国士軍人」が無視できないほどたくさんいるようだ。まったく困ったものである。これまで自衛隊員はきつい任務と社会の冷遇に耐えて本当によくがんばっていると感心していたのだが、これからは「自衛隊の教育と人事評価はどうなっているんだ」と寒心することになるのだろうか。本当に情けない。
「正しい歴史認識」とやらには興味がないが、結果的に自衛隊の教育問題を明らかにした点で田母神氏の行動を評価すべきなのかもしれない。たぶんご本人にとっては不本意だろうけれど。


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うぃらぶあめりか、うぃらぶおばま!

2008年11月06日 | 日々思うことなど
ここ何日か田母神元航空幕僚長問題を書こうとしているのだが、どうにもうんざりすることばかりで筆が進まない。お気楽な話題で気持をリセットすることにした。
あらかじめ言っておくと、私は田母神氏は無能であり危険人物なので更迭は当然、できれば懲戒免職にしておくべきだった、という考えである。自称「愛国者」が田母神論文を「正論」ともてはやすのは論外であり、言論の自由の観点から更迭に疑問を呈する一部のリベラルは「武力」の管理について意識が甘すぎる。
田母神論文問題で私が大いに同感した批判記事を紹介する。

 石破茂(いしばしげる)ブログ: 田母神・前空幕長の論文から思うこと
 KY空幕長の国益空爆:NBonline(日経ビジネス オンライン)
 雪斎の随想録: 田母神論稿の「正しさ」と「愚かさ」
 雪斎の随想録: 世論に惑わず政治に拘わらず

田母神氏の「憂国の情」や「正しい歴史認識」とやらよりも、これらのリアリズムのほうがずっと役に立つ。いや、往々にして強いパッションは問題を混乱させるだけで、解決を目指すリアリストの足を引っ張るだけだ。無能な働き者はせめて昼寝でもしていてほしい(それができないから無能な「働き者」なのだが)。



…さて。
田母神氏に負けず劣らずパッショネートだけれど、こちらは目くじら立てる必要のない話である。

痛いニュース(ノ∀`):小浜市長、オバマ氏に「特別名誉市民」の称号を贈ることを検討
1 名前: キス(北海道) 投稿日:2008/11/05(水) 16:43:13.58 ID:882oEUtG ?PLT
「特別名誉市民」を検討=オバマ氏に祝福メール-福井・小浜市長 
オバマ氏が米国の次期大統領に決まったことを受け、福井県小浜市の松崎晃治市長は5日、記者会見し、同氏に「特別名誉市民」の称号を贈ることを検討する意向を示した。

松崎市長は「心の中で応援していた。大変うれしい」と喜びを表現。「市としての『オバマ』も世界に発信していきたい」と述べた。

会見後、市長はワシントンの同氏事務所あてに、祝福の言葉とともに
「訪日される際には、ぜひ小浜市にもお立ち寄りいただきたい」と添えた電子メールを送った。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081105-00000099-jij-soci

2 名前: 山椒(長屋)[] 投稿日:2008/11/05(水) 16:43:28.35 ID:sVecPSGy
もうやめて><

3 名前: カマス(アラバマ州)[] 投稿日:2008/11/05(水) 16:43:48.16 ID:5ndBxhb3
ほんといい迷惑だとおもう

6 名前: すだち(愛知県)[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 16:43:51.71 ID:CHiA4LWJ
酷すぎる

10 名前: マイワシ(長屋)[] 投稿日:2008/11/05(水) 16:44:12.22 ID:YBhrD2IV
くだらん・・

12 名前: 桃(アラバマ州)[] 投稿日:2008/11/05(水) 16:44:38.91 ID:2Im+Q58B
なんと恥ずかしい

14 名前: ゆず(大阪府)[] 投稿日:2008/11/05(水) 16:44:55.22 ID:MYs0PiKO
福井県民いい加減止めろよ

17 名前: エシャロット(西日本)[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 16:44:58.48 ID:0z13qlTZ
いい加減、誰か小浜市につっこめよw

20 名前: アンコウ(福井県)[] 投稿日:2008/11/05(水) 16:45:26.91 ID:f9bBtTr0
もうやだこの市民><

はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`):小浜市長、オバマ氏に「特別名誉市民」の称号を贈ることを検討
「これはひどい」「見てていたたまれなくなった……」「日本人のこういうところが恥ずかしいと思う」「とりあえず泰葉と一緒に病院へ行け小浜市民w」「こういうときの民度の低さは日本のよくわからないとこの一つだと思う。」

痛いニュース(ノ∀`):小浜市民、オバマ氏就任式に米ホワイトハウスの前で「フラダンス」を予定
1 名前: にんじん(京都府) 投稿日:2008/11/05(水) 22:26:10.11 ID:cLQysM95 ?PLT
「本国で直接お祝いを」盛り上がる小浜市
「次は本国でお祝いを」。名前の発音が同じという縁で、米大統領選の民主党オバマ候補への応援で盛り上がる福井県小浜市。5日の開票で同氏が圧勝、次期大統領就任を決めると、
市内は祝福ムード一色に染まった。

祝勝会を開いた市民の有志「オバマ候補を勝手に応援する会」はこの日、来年1月の
大統領就任式に“出席”する方針を表明。フラダンスチーム「おばまガールズ」が
ホワイトハウスの前で踊りを披露する予定という。

同会の藤原清次さん(56)は「世界の変革期にかじ取りを任せられるのはオバマさん
しかいない。アメリカを訪れ、新大統領にお会いしたい」と訪米に意欲を見せた。
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20081105-426509.html

小浜市役所にはオバマ氏の父の故郷ケニアのデニス・アウォリ駐日大使が訪れ、
松崎晃治市長と面会。
「アメリカ大使館での祝賀会に誘われたが、皆さんと勝利を祝いたくてやって来た」
と笑顔の大使に、市長は小浜名産の塗りばしを贈り喜びを分かち合った。

松崎市長は「オバマ氏に特別名誉市民になっていただくことも検討したい」と話し
一層の友好関係構築への期待を表明。

西川一誠・福井県知事は「思いがけないご縁で県民はあなたに強い親しみを持ち、
リーダーシップに期待している。いつの日か福井をご訪問いただきたい」との祝福の
親書をオバマ氏に送った。(共同)
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20081105-426509.html


5 名前: れんこん(東日本)[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 22:28:17.06 ID:YFEEDUSy

  ま  じ  や  め  て  く  れ

7 名前: みつば(大阪府)[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 22:28:19.78 ID:nmxDF1o6
マジでもうやめろ

8 名前: やまのいも(東京都)[] 投稿日:2008/11/05(水) 22:28:39.28 ID:9KK37yb/
全員逮捕しろ

12 名前: きゅうり(千葉県)[] 投稿日:2008/11/05(水) 22:29:23.17 ID:wd+ySnYX
福井の恥。日本の恥

13 名前: トマト(宮崎県)[] 投稿日:2008/11/05(水) 22:29:49.28 ID:113o203t
一国の大統領に向かってなんてことを・・・
やめろよいい加減・・・

20 名前: アンコウ(京都府)[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 22:30:29.61 ID:EZ6ux25r
気が狂っとる

22 名前: かいわれ(アラバマ州)[] 投稿日:2008/11/05(水) 22:30:37.10 ID:iqwCySt5
出国前に止めろよ
これは命令だ

28 名前: クルマエビ(京都府)[] 投稿日:2008/11/05(水) 22:31:39.12 ID:MxScX4Vp
これ以上恥をさらさないでください

29 名前: 柿(コネチカット州)[] 投稿日:2008/11/05(水) 22:31:44.08 ID:Vi9TuFa2
なにやってんの
恥ずかしくないのか福井は

はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`):小浜市民、オバマ氏就任式に米ホワイトハウスの前で「フラダンス」を予定
「駄目だこの市・・・はやくなんとかしないと・・・」「中の人たちが反米で、全力でおちょくっているんじゃと思うくらい酷い」「ぎゃああああああ」「マジでもうやめろ 福井の恥。日本の恥 もう洒落の範疇を超えてる なんでここまで厚かましくなれるの不思議 小浜市だけは子々孫々まで観光に行かない。」


2ちゃんねるでもはてなブックマークでもたいへん不評である。
だが、私にはオバマ新大統領を祝福する小浜市民がなぜこんなに叩かれるのかわからない。
恥をかかないように神経を使うのも結構だが、世の中には図太く押し通したほうが結果的に恥をかかずに済むことだってある。

どこかで「田舎のかーちゃんが出てきたのを恥ずかしがってるみたいだ」という書き込みを見たが、まあ大体そんなものだろう。
地方で生まれ育った若者は母親の田舎臭さが恥ずかしくてならないが、都会の人たちは「素朴でいいお母さんじゃないか」くらいで特に気にしないものである。かえって、むやみに母親を恥ずかしがる若者の姿のほうが奇異で田舎臭く見えたりする。
こういうときは、恥ずかしさをぐっとこらえて「私の母です。息子(娘)が世話になっている人たちにどうしてもお礼が言いたいと20年ぶりに上京してきました。どうか聞いてやってください」とやるほうがスマートだ。
会社や学校で「お母さん、恥ずかしいからやめてよ!」と大騒ぎするほうがみっともない。泰然自若、静かな微笑みを浮かべて恥ずかしさをこらえるほうが大人っぽい。男は(女も)度胸、である。
小浜市の場合も、「日ごろ世話になっている同盟国のアメリカさんにどうしてもお礼が言いたくて」純朴な田舎の人たちがワシントンに上京した、と思えば何も恥ずかしくない。いや、恥ずかしくてもそれをぐっとこらえる。顔で笑って心で冷や汗をかく。そういうやせ我慢こそ日本人の伝統的美学なのだ。…と無理にでも思い込む。

実をいえば私も「特別名誉市民はともかく、フラダンスはちょっとどうかな」と思わないこともない。大勢が行って勝手に踊ったらそれこそあちらさんの迷惑になりかねない。そのあたりは日本人らしく気を配り、やりすぎて嫌われないようにしてほしい。
逆に言えば、フラダンスだってやりすぎなければ全然問題ないのである。
私はアメリカの政治と文化についてよく知らないが、テレビで見る限り大統領選挙には「4年に一度のお祭り」という面が多分にある(参考)。民主党と共和党の大統領候補指名全国大会など、色とりどりのバルーンが飛んでお祭りそのものだ。たぶん会場の外では踊り狂ったり花火を上げたりする人たちだっているに違いない。
一月の新大統領誕生のときも、全米で(特にハワイあたりで)はしゃいで大騒ぎをするアメリカ人がいるはずだ。ニューヨーカーやボストンっ子は鼻で笑うかもしれないが、アメリカという国は基本的に巨大な田舎である。small town(田舎町)に住む典型的アメリカ人は洗練を気取るよりもとにかく明るく楽しいことが好きだ。小浜市のフラダンサーたちがノリノリで「うぃらぶあめりか!うぃらぶおばま!」と叫べば、テレビで見た気のいい人たちはきっと大喜びしてくれる。

アメリカが嫌いだったり、アメリカに「媚びる」日本の姿が嫌いだったりする人たちは他愛もないエール交換を見て嫌悪感を抱くのだろうか。気持はわからなくもないが、あまり目くじら立てないでほしいものだ。
小浜市民の熱烈なオバマ新大統領祝福が、たとえば日本政府や自民党の差し金だとしたらそれは本当に恥ずかしいことである。私だって「そこまでしてアメリカのご機嫌取りするのか」としらけるし、怒る。だが今回はそうではなく、オバマ新大統領との縁(?)に地域おこしの願いをかけた小浜市民の熱意の表れ(暴走)である。だったら好きにやらせておけばいい。アメリカ人は、そしてほとんどの国の人たちも、「田舎の人ってのはどこでもそんなものだね」とわかってくれるはずだ。

麻生政権が誕生したときどこかの国の"Asou"地方の人たちが祝福に駆けつけてくれたとしたらどうだろう。自民党を支持する人もしない人も彼らの善意に戸惑いながらとりあえず感謝するはずだ。"Asou"の住民たちがしゃもじを手に博多どんたく踊りでもしようものなら大ウケである。
それを白い目で見る日本人がいたら了見が狭すぎる。麻生氏が大嫌いであっても、外国人の無邪気な善意に笑顔を見せられないようでは国民の風格がない。

日本の気のいい庶民が、同盟国の民主的に選ばれた新大統領を無邪気に祝福する。
何も悪いことじゃない。やたらに恥ずかしがるほうがかえってみっともない。