といえば、宮沢賢治ですが、先日の第21回五色姫復活祭は、雨にも負けず、風にも負けず、皆で頑張りました。昨日、反省会・慰労会がありました。昨年、初めて参加して、今回で2回目ですが、「雨にも負けず、風にも負けず・・」の心意気で、一人でも多くの方に足を運んでいただいて、創意・工夫を積み重ねて、これからも伊予市の名物行事となるようにと思いました。そのためにも、一人の住民として、積極的に参加させていただくことが大切だなと思いました。ありがとうございました。
丹下匡先生へ
昨日、先生とのお別れでしたね。葬儀場への車の中、いろんなことが思い出されました。私にとって、先生と奥様は理想のご夫妻でした。お互いがお互いを思いやり、二人で共通の趣味をお持ちでした。奥様が先に始められたお習字を始められて、奥様より先に8段位を取得されました。日本習字の創設者の原田観峰先生との出会いのお話や講習会の様子など、とても嬉しそうに話してくださいました。
私が先生にお習字を教えていただいたのは昭和62年の春でした。娘についていって、「私も字が上手になりたい」の一心で一生けんめいでした。
先生はなかなか誉めて下さらず、一度でいいから、先生をうならせるくらいの字を書いてみたいと思って精進したものです。
日曜日に先生のお宅で仲間と条幅課題を仕上げるのがとても楽しかったですよ。
先生の書かれるお手本の筆運びをじっと目をこらせて見つめていました。作品を仕上げると、奥様がお茶とお菓子を出して下さり、またおしゃべりをして、本当に心休まる憩いの一日でした。
時折、奥様が外出されていて、帰りが遅くなっていたら、何度も外に出られて、奥様の帰りを待たれていましたね。そんな時、私はよく思ったものでした。私も年老いたら、こんな夫婦になりたいなと・・・
私のお習字教室の看板を2つ書いていただきましたね。教室にもご案内してみていただきました。それが、今から6年前の事でした。そして、最後に先生をお会いしたのは、たぶん2年前・・・ 私を見ながら、にこにこされてお元気でした。
その後、施設に入られて、お会いすることはありませんでした。奥様が一人になって寂しいと仰っていましたよ。奥様が愛媛新聞に投稿される俳句にその心情が読み取れて、先生への愛情が溢れていましたよ。
もう、先生には教えていただけないんですね。先生との出会いがなければ、こんなにお習字(書道)を続けていなかったかもしれない。
書を通して、つながりは永遠です。また、いつかどこかで出会って、私に教えて下さいね。奥様,、アヤ子先生を御護り、家族を御護り、そして、私たちをお導き下さい。
たくさんの人々から、愛されてた先生、どうぞ、安らかにお眠り下さい。
「何事も天のなすのと思いなば 苦にも世話にもならぬものなり」
身の回りでおこることを、全てありのままに自分の心に受け入れて、受け止めることができたら・・・ 躊躇なく自然にすっと入ってきたら・・・
そんな広い心になれたらいいなと思う。
母の介護・看護日記をつけ始めてから、2ヶ月・・・
徐々に衰えてゆく母の様子がよくわかる。
近頃 食事の量がまた減った。
ご飯130gが80gになり、ごはんいらんといって、3食が2食になることも増えてきた。家では、ほとんど寝たきり状態・・・ いつもしんどい しんどいと言う。
今年の桜が最期になるかもしれない・・・と4月1日に父のデイサービスのお花見に合わせて、私たち娘も母を連れて便乗することにした。
これから母の身体に、どんなことが起こるかわからない。
ふと、不安が心をよぎる。
長くて一年がもうそこまで来ている。
それを信じているわけでもないし、願っているわけでもないけれど
今日もこんなにいい天気
さあ、 しっかり今日も頑張ろう!
私の心に言い聞かす。
今日は、伊予市の大イベント「五色姫復活祭} 今、お知らせの花火があがりました。しかし、天気予報では全国的に雨模様なんです。当たらないで予報、昨日はあんなに良いお天気だったのに・・・
朝から、カラオケ会場になっている(当所に)音響の業者が室内で準備を始めています。昨晩遅く、イベントの役員さんたちが、イスなど運んできました。「雨の場合は室内を使わせて下さい。と仰っていましたが、現実をなるのでしょうか?
神様にご無理なお願いはいけませんが、ちょっとだけ、雨の時間帯をずらして下さいよ。お願い、お願いです。天まで届け、みんなの祈り!