みっちゃんのブログ

今日のありがとう

紅白を聴きながら!

2008-12-31 23:13:55 | 日記・エッセイ・コラム

 歌っていいなって、思う。 ポニョ、かわいいね。歌詞に、メロディに伝えたい思いを込める。やっぱり、年末は紅白! お正月の用意もほぼ予定どおり、

教会所のご神前のお供え、自宅のご神前のお供えが整い、なんだか嬉しい。後 少しで新しい年を迎える。平成21年はどんな出会いがあるだろうか?とても、楽しみだ

わくわくしてきた。そして、また、自分らしく頑張ろうと、決意もあたらにしている。この心の穏やかなこと・・・ 私の心は、ころころ変わる。生きているから・・・ 教祖神のお導きあればこその人生をこれからも一歩ずつ、歩いていこう。

焦らず、決して諦めず・・・、

今年一年、おつかいいただいて、有難うございました。


年の瀬に思う

2008-12-29 21:42:28 | 日記・エッセイ・コラム

 今年の年末ほど、心が多忙なことはないように感じる。明日は親友のお母様の告別式がある。押し迫ってのご不幸に、彼女のこれからを案じる。

また、私自身、先日、実家の帰りに交差点の入り口で車をぶつけられてしまった。幸い、双方に怪我はなく、後は保険でお世話になる。知り合いも車の修理が必要になったとか、・・・・・、よくないことを列記すると、心が沈みがちになるけれど、今日はまた私の大切な方が家に中で転んで骨折、入院中と聞かされた。こちらもまた心配、今年もあと3日だけど、まだ、なにか起こるかもしれないと、思ってしまう。

こんなとき、どんな心の持ち方をすればいい? そんな中でも、変わらず、息をさせていただいて、美味しいご飯をいただいてと、当たり前の生活がある。

今日、ウエルサンピアに石臼と杵を貸し出した。元旦にイベントで餅つきをするそうだ。どうして、そうなったのかを話せば長くなるが、2日前、私は家族や友人たちと、12名くらいで餅つきをした。楽しかった。町内会長さん宅にお餅を差し上げた。その家の娘さんがそこにおつとめしていて、今日の運びとなった。どこで、どんなふうにつながっていくか、人と人のつながりは、案外何気ない心配りの中から、うまれてくるのではないでしょうか?  実は、この町内会長さんから、私の孫につかわなくなったお孫さんの自転車を頂いた。そのお礼をさせてもらっただけ・・・

いろんなことが起きて当たり前、その当たり前に感謝を忘れずにいたい。

このブログに「今日のありがとう」と付けたのは、私自身が、一日を反省して、どんなことにも、ありがとうといえる私になりたいから・・・。

022 013


クリスマス会

2008-12-26 09:13:59 | 日記・エッセイ・コラム

 昨日は、学校の終業式。 これにあわせて、神崎の書道教室のクリスマス会をした。楽しいひとときを子どもたちと過ごせて、幸せ! 子どもたちの笑顔が私の何よりのクリスマスプレゼント!  

有難う!  来年のよろしくね。

夜、エミフル教室の「暮らしの実用書道講座」、同年代の方々との会話も楽しみのひとつ・・・

今朝、灘町愛護班のこどもたちが、教会所の境内のお掃除をしてくれた。

お礼に、「明後日、ここでお餅つきをするから、お昼頃、付きたてのお餅を取りにおいで。」と声をかけた。今日から、冬休みなんだ。

今年は、母の病気もあり、お餅つきだできないかも?と思っていたが、できる運びになってうれしい。

来年は、この餅つきの輪をひろげようと考えている。


今日は天皇誕生日

2008-12-23 17:55:27 | 日記・エッセイ・コラム

 久しぶりの休日、 天皇誕生日! あっ 忘れてた。 国旗を外に出しました。がしかし、国鉄どおりのお店はどこも、出しておりません。そんな時代ですかね? 国旗にお目にかかれるのはオリンピックのメダルを取ったとき、表彰台からみるぐらいでしょうか? これでいいのでしょうか?

今日は、どこも出かけず、ひたすら、家事をしておりました。昨日、複合機を購入したので、取り付けました。完了です。これでまた便利になります。

先日、傾聴ボランティアのおじいちゃんが「わしの親父は身体が弱かったので、兵隊にはなれず、お国のために生めよ、増やせよ。で子作りに精出して、わしは10人兄妹よ。」笑って話してくれた。

お国のために『天皇陛下、万歳!』と言って、戦場に散っていった命、

どちらもお国、日本のために・・・愛国心・・・ 

天皇陛下の「雅子さまのご病気について」のコメントをお聞きして、感動しました。

皆で支えていかねば・・・という内容でした。

なんてお優しいお心なのでしょう。人は皆、お互いに支え合っていきたいですね。


感動しました。

2008-12-20 22:44:38 | 日記・エッセイ・コラム

 今日は、教会所の冬至大祭、あるご婦人の体験発表がありました。

嫁・姑といえば、大なり小なり、摩擦があり、お互いに葛藤がありますが、

彼女の場合、お姑さんの最期のお世話をしなかったことが心の重荷になっていたらしく、お葬式の日、お姑さんの息子さんたちにそのことを謝ったそうだ。自然に心から、素直になって「お世話をしなくてすみませんでした。」すると、ご主人のお兄さんが「もう、済んだことだよ。」を言ってくれて、とても嬉しかった・・・

なさぬ仲のお姑さんのお陰で信仰の道に入らせてもらえたと感謝している。

と締めくくられた。信仰があったから、素直に謝ることができたんです。・・・

きっと、この話はお姑さんの魂に届いています。そして、あの世で喜んで

いらっしゃいますよ。人の死は、目に見えない何かで、残された家族を導いて

くれます。いつも、そばにいて下さる気がします。