flow Trip -archive-

「漂い紀行 振り返り版」…私の過去の踏査ノートから… 言い伝えに秘められた歴史を訪ねて

三遠南信八楽

2019-09-18 00:00:00 | 国境いの村

(愛知県新城市乗本 2006年12月8日)
 平安時代に宝飯郡より分離した設楽郡は、周智郡、磐田郡、伊那郡と接し、三河国、遠江国、南信濃の国境いの交流が盛んであった。設楽郡は明治に入ると南北に分かれ、八名郡と合わせて八楽地域と呼ばれた。その八名郡も昭和の大合併により消滅し、南設楽郡も平成の大合併により消滅した。乗本は、設楽と八名の境にあった集落である。

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三遠南信本郷

2018-04-22 00:00:00 | 国境いの村

(別所街道 愛知県北設楽郡東栄町本郷 2005年7月21日)
 国境いの東栄町中心地である本郷。

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三遠南信浦川 大千瀬川

2017-04-17 00:00:00 | 国境いの村

(静岡県磐田郡佐久間町浦川 2001年11月11日)
 四年前、浦川地区西側の上市場を訪れて以来である。東栄町から流れ天竜川に合流する大千瀬川に相川が合流する浦川河内地区は、平地が少ない山間盆地「国境いの村」の中でも比較的広さを感じる場所である。
  

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三遠南信上市場

2016-12-08 00:00:00 | 国境いの村

(秋葉街道 静岡県磐田郡佐久間町浦川 1997年11月8日)
 奥三河東栄町から流れ大千瀬川へ注ぐ天竜川水系相川の斜面に面したこの地区は、典型的な“国境いの村”の様相を呈していた。川の辺を沿って歩いてみると、山間に彩りを見せる季節だけに、静の中に華やかさを見せていた。山の木々が映る水面。それを透して動く魚を見ていると、川に対しての思いを意識し始めた頃に戻った思いがした。
 日に乗降客が20人の上市場駅
 熊野神社
 相川

この後は出馬

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三輪 吉沢

2016-03-17 00:00:00 | 国境いの村

(#三遠南信 愛知県北設楽郡東栄町三輪/静岡県磐田郡佐久間町浦川字吉沢 1998年7月19日の日記から)
 東栄に降り立つのは昭和56年以来3度目である。今回は中心部の本郷地区へは向かわずに、旧三輪村周辺を散策した。以前訪れたときは古い駅舎であった東栄駅も、「ふるさと文化交流館」として生まれ変わり、デザインも「花祭り」を強調したまちを印象づけるものとなっていた。往時は難所であった池場坂に通じる別所街道沿いには、「従是左本郷信濃道・従是右水久保遠山道」と刻まれた道標が立つ。「三輪」を西から東へ歩くと、やがて相川静愛橋を越え、愛知県から静岡県佐久間町旧吉沢村へと差し掛かった。相川上流の風土に暫く浸りながら、再び「三信三輪」へと戻り、帰路についた。
  

(関連記事:鷲の渕の滝 浦川出馬 三河川合 三輪平成二十五年

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水窪

2016-02-20 00:00:00 | 国境いの村

(#三遠南信 みさくぼ 静岡県磐田郡水窪町 2000年1月4日)
 北遠州の山あい、塩の道(秋葉街道)の宿場である水窪を訪ねた。今まで、隣接する天龍村佐久間町へは訪れているが、この地は通過するだけであった。佐久間ダム築造による飯田線の付け替えによって鉄道が通るようになり、他所に比べて過疎化の進行も緩やかなようだが、「国境いの村」という面持ちは失われずにあるようである。付近は「みさくぼ」というだけあって、水音のしないところはないほど清水が流れ出ていて、この辺りでは「井水」と称し、生活用水として使われている。また、山の斜面に貼り付くようにして昭和以前の民家が残されている。
 塩の道大原地区
 飯田線最長の大原トンネル
  竜谷
 押沢橋
 ふれあい橋
   
 水窪発電所送水管
 飯田線水窪駅
 水窪川と翁川の合流するところで土地の人と出会った。地頭方という集落に住んでいる人で、途中、急坂を一緒に上って行ったのだが、さすが土地柄、足腰は丈夫そうであった。「昨日も鹿を捕まえとったよ」と、自然の豊かさを語ってくれた。ただでさえ標高が高いのに、更に見上げるように民家が点在している。まるで、中世の城塞のようであった。

(関連記事:旧大嵐駅跡 夏焼トンネル 地頭方 高根城 水窪の崖崩れ 向市場遺跡 奥領家 富山村 富山村平成二十五年 北遠春野

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佐久間 平成十三年

2015-01-31 00:00:00 | 国境いの村

(静岡県磐田郡佐久間町 2001年8月15日)
 踏査順:飯田線佐久間・佐久間町立図書館・佐久間遺跡・殿島橋・歴史と民話の郷会館・佐久間町役場・天竜川土木事務所佐久間支所・天竜川橋梁・三信鉄道建設工事殉職碑・佐久間レールパーク
 約二年ぶりの佐久間町。然し、佐久間駅に降り立つのは初めてである。町の図書館と兼ねている駅を後にし、付近の一番家が建て込んでいる辺りが、縄文時代からの人の営みが続いているところである。思いのほか商店が多くみられたが、役場がある地区のためか、僅かではあるが中部天竜より栄えているように感じた。その役場であるが、人気のない建物だけがあり、何処かへ移転したものと思い川の方へ向かう。天竜川と河内川の合流点に新しい建物を発見、歴史と民話の郷会館を併設し移転した模様である。そこから佐久間中学校を横切り、天竜川鉄橋を渡って中部(なかべ)地区へ向かった。

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水窪の崖崩れ

2013-07-13 00:00:00 | 国境いの村

(浜松市天竜区水窪町地頭方)
 林道を歩いていると、至るところで小規模な崖崩れが起きていた。水が豊富なところ故に、大雨の度に山肌が洗われるのであろう。

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津具村

2005-12-20 00:03:40 | 国境いの村
 閉村して一ヶ月余りの奥三河津具村。
天竜川、矢作川、豊川水系の三つの水源を有するこの村は、人口1600人の過疎地域である。
先ず「役場前」の停留所で降りたが、役場の建物は、がらんどうとなっていた。
盆地の、どこからでも見える新しい建物が旧津具村役場新庁舎の、設楽町津具支所のようであった。そこへ向かって歩き始めた。
受付で案内資料等を頂き、その足で少し離れたところにある民俗資料館にも立ち寄った。
他の職員の人に携帯電話で聞きながら、資料館の鍵を開け、電源のコードを挿し込む。「私は初めて入りますねぇ…」と どうやら合併後、私が最初の来観者のようであった。
館内は、懐かしい展示方法、展示物が並ぶ。少しの時間ながらも、縄文時代から戦時中頃までの村の営みが垣間見えた。
津具の里を見下ろす、八十八ヶ所の弘法山に登り、その北方にある、縄文前期の竪穴住居が復元された鞍船遺跡にも訪れた。
最後に天竜川水系大入川の水に触れ、次の目的地、設楽町田口へ向かった。
  (2005/11/22)
コメント (2)
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