flow Trip -archive-

「漂い紀行 振り返り版」…私の過去のノートから…
 言い伝えに秘められた歴史を訪ねて

旧明治用水土功事務所

2018-02-17 00:00:00 | 木のたてもの
(愛知県知立市西町神田 2005年8月28日)
 明治18年(1885)西三河を潤す明治用水の管理が愛知県から土功会に移管され、その際に碧海郡役所に隣接して同会事務所として築造された木造2階の建物である。明治23年(1890)陸軍大演習が行われた際には、明治天皇の休憩所として使用された。明治41年(1908)明治用水水利組合となり、大正3年(1914)安城町(1952-安城市)に移転、代わって愛知工芸学校として利用され、大正13年(1924)岡崎工業高校として移転、知立縫製女学校となったが、昭和6年(1931)廃校となった。昭和9年(1934)知立神社境内に移築され、以降は養生館として利用されている。
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旧奥津郵便局

2018-02-15 00:00:00 | 木のたてもの

(三重県一志郡美杉村奥津 2005年7月11日)
 山あいの木造洋風建築物。(解体済)

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平野家長屋門

2018-02-09 00:00:00 | 木のたてもの

(#森岡の家 静岡県浜北市貴布祢 2005年6月8日)
 江戸時代の豪農平野家の長屋門は江戸末期のものと推定されている。明治に入り林幹造が平野家に養子に入り、又十郎を名乗って静岡銀行の前身を築いた。平野家は平成5年に浜北市に土地家屋を寄贈し、以後市が管理しているようだが、有効活用されていないように感じる。近隣駅前に先頃開設された「なゆた浜北」に入る図書室や郷土資料室をこの敷地内で展開した方が自然の流れと感じるのだが。

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旧高山町役場

2017-07-30 00:00:00 | 木のたてもの

(岐阜県高山市神明町 市指定文化財 2003年9月14日)
 明治28年(1895)に築造された、総檜造二階建、折曲格天井、高山初硝子障子使用の建築面積500m2の庁舎である。市制施行の昭和11年(1936)からは市役所となり、昭和43年(1968)市役所移転新築後は公民館として利用され、昭和61年(1986)市政記念館として開館した。

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無風庵

2017-05-15 00:00:00 | 木のたてもの

(愛知県瀬戸市仲切町 2002年3月3日)
 西加茂郡小原村から昭和27年(1952)に移築された、工芸家藤井達吉の工房である。

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名和昆虫研究所標本収蔵庫

2017-05-07 00:00:00 | 木のたてもの

(岐阜市大宮町 2002年1月14日)
 岐阜公園内に存在する昆虫の標本を展示する施設の収蔵庫である。明治40年(1907)建築家武田五一によって設計された建物は、木造煉瓦造平屋建、ドーマー窓(屋根窓)のハーフティンバー様式建築である。

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旧朝倉家住宅

2016-11-03 00:00:00 | 木のたてもの

(東京都渋谷区猿楽町 国指定重要文化財)
 東京府議会議長や渋谷区議会議長を歴任した朝倉虎治郎氏によって、大正8年(1919)目黒川の河岸段丘端に建てられた邸宅である。昭和22年(1947)相続により社団法人中央馬事会へ売却され、更に農林水産省に譲渡された。昭和39年(1964)からは経済企画庁渋谷会議所として利用されたが、取り壊しの動きがあったため保存運動が起き、平成16年の重文指定を機に復原作業が成され、渋谷区が管理のもと一般開放された。現在の敷地は約1,600坪であるが、かつては隣接する山手通りや代官山ヒルサイドテラスも邸宅の敷地であった。そのヒルサイドテラスは朝倉家が法人所有する不動産である。
  
 木製レール
                             

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旧安保小児科医院

2016-07-20 00:00:00 | 木のたてもの

(神奈川県鎌倉市御成町 景観重要建築物等指定第16号)
 御成通りに北欧ハーフティンバー様式を取り入れた小さな洋館がある。大正13年(1924)に建造された、木造2階建、延床面積115m2の医療施設である。平成7年に役目を終え、その後は鎌倉風致委員会の事務所として使われたが、現在は閉鎖されている。
  

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旧豊川牛久保郵便局

2014-11-15 00:00:00 | 木のたてもの

(愛知県豊川市牛久保町常盤)
 昭和7年(1932)旧伊那街道沿いに築造された、木造2階建(局舎ファサード部分のみスクラッチタイル張り)の郵便局舎である。

 

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旧清水医院

2014-11-14 00:00:00 | 木のたてもの

(愛知県犬山市明治村 旧所在地:長野県木曽郡大桑村須原 国登録有形文化財)
 明治30年代に築造された、木造(土蔵造)2階建、延床面積96m2の医療施設である。昭和48年(1973)明治村に移築されている。
  
 須原 清水医院跡

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旧東山梨郡役所

2014-11-07 00:00:00 | 木のたてもの

(愛知県犬山市明治村 旧所在地:山梨市日下部町 国指定重要文化財)
 明治18年(1885)に築造された、木造中央棟2階建、左右翼棟平屋建、延床面積472m2の庁舎建築である。大正12年(1923)郡制廃止によって日下部警察署に転用され、昭和37年(1962)まで使用された。昭和40年(1965)明治村に移築されている。

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関の孫六苑

2014-10-03 00:00:00 | 木のたてもの

(岐阜県関市池尻 2003年4月28日)
 この地には、長良川の風光明媚な立地を利用して開業した料理旅館(結婚式場・遊園地併設)の孫六苑があったが、平成2年に廃業してしまった。残されている建物には、大正11年(1922)織物業後藤恕作(じょさく)の長良川別荘として中国、秦の始皇帝の宮殿を模して造られたという阿房宮がある。昭和7年(1932)後藤毛織が倒産したため、別荘を市営長良川ホテルとして開業。進駐軍の接収を経て、同ホテルの別館として利用されていたが、昭和45年(1970)ホテルを近鉄に事業譲渡するのを機に、当地に移築、同苑の結婚式場となった。文化財指定レベルの建造物ながら、今は廃屋同然の有様となってしまっている。現役時代の昭和53年(1978)には、北側に離れ及び茶室も建てられた。廃業後、辺りは共同住宅や自然公園として再開発する計画があったが、その後は進展していないようである。 
  

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旧中島襄吉住宅

2014-09-28 00:00:00 | 木のたてもの

(猫の家 森鴎外・夏目漱石住宅 愛知県犬山市明治村 旧所在地:東京都文京区千駄木町)
 明治23年(1890)医学士中島襄吉の住宅として築造された、木造平屋建 、130m2の建物である。実業家中島利吉が子息襄吉のために建替えたものであるが、殆ど使われなかったため鴎外に貸している。明治27年(1894)斎藤家が買い取り、明治36年から39年にかけて、住人の留学中に漱石が借り、「我輩は猫である」の連載を始めている。斎藤家は後に日本医大に売却。昭和46年(1971)明治村に移築された。
  

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旧西郷從道邸

2014-09-21 00:00:00 | 木のたてもの

(愛知県犬山市明治村 旧所在地:東京都目黒区上目黒 重要文化財)
 海軍大臣・政治家であった西郷從道の住宅であり、明治10年代(1877-1886)フランス人建築家レスカスによって設計された、木造2階建、延床面積505m2の洋館である。
   
 瀬戸焼磁製染付暖炉 左:宮島 上:天橋立 右:松島
    
 

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旧学習院長官舎

2014-09-14 00:00:00 | 木のたてもの

(愛知県犬山市明治村 旧所在地:東京都豊島区目白 国登録有形文化財)
 明治42年(1909)学習院が旧所在地(東京市四谷区尾張町)から移転する際に築造された木造2階建、建築面積180m2の建物である。竣工時の学習院長は乃木希典。

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