和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

5月16日(木)のつぶやき

2013年05月17日 01時36分26秒 | 広島カープ

      小説「新・人間革命」

【「聖教新聞」 2013年 (平成25年)5月16日(木)より転載】

seikyoonline.jp/index.html


橋下大阪市長、風俗業界の事を、何も知りもしないのに、黙れと言いたい!


@ura_bot
対話と圧力で、前に進まなかったら、何も解決しません。


言っている意味分からぬ…菅長官、韓国に不快感(読売新聞) - goo ニュース news.goo.ne.jp/article/yomiur…


菅官房長官の記者会見のとうり、韓国からとやかく言われる筋合いのものではない。



奮迅11/小説「新 ・人間革命」

2013年05月16日 09時09分18秒 | 今日の俳句
      小説「新・人間革命」

【「聖教新聞」 2013年 (平成25年)5月16日(木)より転載】

http://www.seikyoonline.jp/index.html


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奮迅11(5/16)
 山本伸一は、この方南支部結成大会の会場から、全国の支部長、支部婦人部長、そして全同志に訴える思いで話を続けた。

 「次に、功徳を受ける信心について話をしておきます。

 一言すれば、真面目な信心の人には、必ず功徳があります。
一方、外面は、一生懸命に信心に励んでいるように見せながら、実際には怠惰で、真剣に仏道修行に励もうとしない人には、功徳はありません。
他人の目はごまかせたとしても、仏法の因果の理法は、決してごまかすことはできないからです。

 また、恐るべきは、すぐに人を批判したり、ねたんだりする習性です。
それは、自分がこつこつと積み上げてきた福運を消すだけでなく、心を暗くし、生命を重くします。
さらには、広宣流布の団結を破壊することになっていく。
つまり、自分で自分を、不幸の淵へと追い込んでいってしまう。

 反対に、人びとに対して、善意と賞讃と応援の姿勢で臨み、仏道修行に励んでいくならば、感激があり、感謝があり、人生すべてを楽しいものと実感していくことができる。

 実は、そこに人間革命の姿があり、幸福の実像もあるんです。
立場や役職のいかんが、幸・不幸を決するのではありません。

 人生の勝負は、一年や二年では決まらないものです。
一生です。
したがって、決して背伸びをすることもないし、見栄を張る必要もありません。
平凡でいいんです。
どこまでも自分らしく、“折伏精神”をたぎらせ、地道に、淡々と、わが使命を果たし、所願満足の境涯を築き上げていくことです。

 特に、支部長、支部婦人部長は、指導部の先輩と共に、丹念に一人ひとりと会い、励ましていってください。
それが最大の仏道修行と思ってください。
人を動かそうなどと考えるのではなく、まず自分が動くことです」

 仏法のため、同志のために、汗を流し、時には共に涙して語り合っていくなかにこそ、最高の歓喜と充実と生命の躍動がある。
人生の最大の生きがいと幸福がある。

桜の実/今日の俳句 第1285号

2013年05月16日 06時29分46秒 | 今日の俳句
    ◇桜の実/今日の俳句◇

    ◇※第1285号※◇


 2013年(平成25年)5月16日(木)


       ■


    ※今日の記念日※


※5月16日※
■ 旅の日
 日本旅のペンクラブ(旅ペン)が1988年に制定。
 元禄2年3月27日(新暦1689年5月16日)、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅へ旅立った。
 せわしない現代生活の中で「旅の心」を大切にし、旅のあり方を考え直す日。

【「ウィキペディアフリー百科事典」より転載】


       ■


   ■※今日の俳句※■


 桜の実紅経てむらさき吾子生る
      中村草田男

 午後よりの雲うごかざり桜の実
      杉山岳陽

 老桜あまた実を生みやすらへり
      小熊一人

【季語の解説】
※ 桜の実→実桜・桜実となる。
 花が終わると桜は願みられないが、よく見ると茂った葉陰に青い実ができ、育つに従って薄紅に変わり、熟すと黒褐色になる。大きさは小豆粒ぐらい。
 サクランボとちがい、酸っぱくて渋いのでおいしくはないが、子供たちは木に登って食べたり、果汁で紙に絵を描いて遊ぶ。
 一般に実桜と呼ばれているのは中国渡来のシナ実桜「唐実桜」で、これは粒が大きい。
 地味な桜の実に華麗な花を偲ぶのも風情のうちであろう。


【「現代俳句歳時記(夏)/角川春樹編」(角川春樹事務所)より転載】

■※中村草田男 (なかむらくさたお )※■
「1901-1983(明治34年‐昭和58年)」 
 清国(現・中国)福建省廈門にて清国領事・修の長男として生まれる。1904年(明治37年)数え年4歳の時、母とともに中村家の本籍地・愛媛県伊予郡松前町に帰国。
2年後松山市に転居。小学校時代の大半を東京で過ごし、赤坂区青南尋常小学校(のち港区立青南小学校)に通学する。
 中学時代は再び松山に戻り、松山中学、松山高等学校を経て、1925年(大正14年)東京帝国大学文学部独文科に入学。しかし中途で国文科に転じた。
 1929年(昭和4年)高浜虚子に師事し俳句を学ぶ。また東大俳句会に入門。水原秋桜子の勧めで『ホトトギス』に投句。
大学時代に久しぶりに母校の青南小学校を訪ねた。この時の感慨を詠んだ「降る雪や明治は遠くなりにけり」は、現在、句碑として当小学校内に建っている。
 1933年(昭和8年)大学を卒業し、成蹊学園に就職。現代俳句の中心的存在として、1946年(昭和21年)月刊俳誌『萬緑(ばんりょく)』を主宰した。
 1963年と1975年には、それぞれ同人や会員の作品を収録した『萬緑合同句集』『萬緑合同句集2』が発行されている。
 1960年(昭和35年)に現代俳句協会幹事長となる。翌1961年(昭和36年)現代俳句協会賞を巡って協会内で分裂し、俳人協会を設立して初代会長に就任した。
 成蹊高校の教諭の後、成蹊大学政経学部教授として通算33年間教鞭を執り1967年(昭和42年)に定年で退職。1978年(昭和53年)、『風船の使者』で芸術選奨文部大臣賞受賞。
 1983年(昭和58年)8月5日、急性肺炎のため82歳で死去。死の前日洗礼を受け、洗礼名をヨハネ・マリア・ヴィアンネ・中村清一郎と名乗る。墓は東京都あきる野市の五日市霊園にある。
 娘はお茶の水女子大学教授(フランス哲学)の中村弓子。孫は遠山一行の長男公一と結婚した。

【「ウィキペディア・フリー百科事典」より転載】



       ■


※わが友に贈る/寸鉄※
【「聖教新聞」2013年(平成25年)5月16日(木)より転載】
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     ※わが友に贈る※


  昼夜の温度差など

  季節の変わり目での

  体調管理に注意!

  油断・過信を排し

  聡明で健康な生活を!

 
      ◇5月16日◇



       ■



    ◇※寸 鉄※◇


 学会員の強き平和連帯は会長(SGI)の指導の賜ー市長(アルゼンチン)。師と共に!これ団結の要

       ◇

 東京・杉並の「女性の日」。婦女一体で勇気の対話。地域に幸福の花園は爛漫

       ◇

 我らの誇りは世界最高の教学をもつことー恩師。戦いの中で御書を拝せ!

       ◇

 「わざはひも転じて幸(さいわい)となる」御聖訓。絶対勝利の妙法だ。信深く、祈り強く

       ◇

 5月は自転車月間。車道の左側通行を。傘や携帯使用も厳禁。規則を守れ
 


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 「和井弘希の文芸政談」に掲載した俳句集
 http://u-736632kazui.hatenadiary.com/

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5月15日(水)のつぶやき

2013年05月16日 01時36分12秒 | 広島カープ

      小説「新・人間革命」

【「聖教新聞」 2013年 (平成25年)5月15日(水)より転載】

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奮迅10/小説「新 ・人間革命」

2013年05月15日 09時51分32秒 | 今日の俳句
      小説「新・人間革命」

【「聖教新聞」 2013年 (平成25年)5月15日(水)より転載】

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奮迅10(5/15)
 山本伸一は、皆の心が笑いによってほぐれたところで、「御義口伝」の一節を拝した。

 「仏法では、『我等が頭は妙なり喉は法なり胸は蓮なり胎は華なり足は経なり此の五尺の身妙法蓮華経の五字なり』(御書七一六頁)と説かれております。

 私ども自体が、妙法蓮華経の当体であります。
また、『足は経』とありますが、敷衍すれば、それは行動を意味するといえましょう。
私たちは、今いる地を、深い因縁で結ばれた本有常住の国土ととらえ、“必ずこの地域を広宣流布するのだ!
 幸せの花園にするのだ!”と決めて、勇んで行動を起こしていこうではありませんか。

 その決意と実践がなければ、何十年と、そこに住んでいても、広宣流布は進みません。
草創の同志は、学会に対する地域の見方や評価が厳しければ厳しいほど、闘魂を燃え上がらせてきました。
迫害にも動ずることなく、何があろうが、体当たりするかのように、必死になって弘教していった。

 だから、広宣流布の道が切り開かれたんです。
だから、皆が大きな功徳を受けてきたんです。
だから、歓喜と希望に満ちあふれていたんです。

 広布第二章の今、さらに新しい、その心意気を、その気概を、その決意を、燃え上がらせていくための『支部制』なんです。
名称や形式の問題ではありません」

 誰もが、決意に燃えた目で、伸一を見ていた。
彼の言葉は、皆の心に、深く、深く、染み渡っていった。

 「広宣流布といっても、どこか遠い、別のところにあると思うのは間違いです。
自分自身のなかにあるんです。
家庭のなかにあるんです。
近隣の人びととの絆のなかにあるんです。
創価の法友の輪のなかにあるんです。
そこに、模範の広布像をつくるんです。

 自身の足元を固めよう――これが、最も強調しておきたいことです。
足元を固めなければ、いかに組織が立派そうに見えても、結局、砂上の楼閣となってしまうからです」

葉桜/今日の俳句 第1284号

2013年05月15日 06時08分08秒 | 今日の俳句
    ◇葉桜/今日の俳句◇

    ◇※第1284号※◇


 2013年(平成25年)5月15日(水)


       ■


    ※今日の記念日※


※5月15日※
■ 沖縄復帰記念日
 1971年6月17日に宇宙中継によって東京とワシントンで結ばれた「沖縄返還協定」が1972年5月15日午前0時をもって発効し、沖縄の施政権がアメリカから日本に返還され、沖縄県が誕生した。
 日本政府側は「本土並み」の復帰を目指したが、実際には30以上の米軍基地や弾薬庫、演習場等が残され、その面積は全県の12%にも上った。

■ ストッキングの日
 1940年5月15日、アメリカのデュポン社がナイロン・ストッキングを全米で発売した。
 それまでアメリカのストッキング市場は日本の絹製のもので独占されていたが、これ以降、ナイロン製のものに王座を明け渡した。

■ ヨーグルトの日
 ヨーグルトを研究したロシアのメチニコフ博士の誕生日。
 明治乳業が制定したが、現在では特にイベントは行っていない。
 メチニコフ博士はブルガリアに長寿者が多いのはヨーグルトに含まれる乳酸菌のためであることを突き止めた。また、免疫に関する研究によりノーベル生理学・医学賞を受賞した。

【「ウィキペディアフリー百科事典」より転載】



       ■


   ■※今日の俳句※■


 瀬の音して葉桜の山泊り
      神原栄ニ

 葉桜や発つときめたるときの雨
      久保田万太郎

 葉桜の下帰り来て魚に塩
      細見綾子


【季語の解説】
※ 葉桜。
 花時の桜は連日人を集め、その美しさを賞でられる。
 しかし花時を過ぎ余花となるころから、もとの静けさが戻り、訪れる人がなくなる。
 花が終り、サクラしべを地面がうす赤くみえるほど落とした後の桜は、なにかふっきれたかのようになり、こんもりとおびただしい数の葉をつける。
 枝垂桜の古木などは葉の重みで枝が地面についてしまうほどである。
 新緑の萌えたつ五月の桜並木ウを歩くと、青葉、若葉のトンネルとなり、吹きぬける風に一斉に葉を騒がわせる。
 あたりには桜餅の葉と同じ桜の葉の香りがほんおりとただよう。 

【「現代俳句歳時記(夏)/角川春樹編」(角川春樹事務所)より転載】

■※細見綾子 (ほそみ-あやこ )※■
(1907-1997) 昭和-平成時代の俳人。
 明治40年3月31日生まれ。昭和4年松瀬青々の「倦鳥(けんちょう)」に入会。21年「風」創刊に同人として参加し,翌年主宰の沢木欣一と結婚。
 50年「伎芸天」で芸術選奨,54年「曼陀羅(まんだら)」で蛇笏(だこつ)賞。感性の美しさ,情感の豊かさに特色があった。
 平成9年9月6日死去。90歳。兵庫県出身。日本女子大卒。
【格言など】野の花にまじるさびしさ吾亦紅(われもこう)(「倦鳥」の初入選作)

【「【「デジタル版・日本人名大辞典」より転載】



       ■


※わが友に贈る/寸鉄※
【「聖教新聞」2013年(平成25年)5月15日(水)より転載】
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     ※わが友に贈る※


  信心の成長は

  善知識にあり。

  一人で悩みを抱えず

  勇気を出して相談を!

  それが境涯を開く力に!

 
      ◇5月15日◇



       ■



    ◇※寸 鉄※◇


 会長(SGI)は共生と融和という法華経の心を世界に宣揚ー博士(スペイン)。平和世紀の光源

       ◇

 きょう福島県婦人部の日。貴女の幸福が皆の幸福。希望広げる新生の太陽に

       ◇

 善人とは善くなる方向へ行動する人間だー哲人(デューイ)。自他共の幸福へ勇み進め

       ◇

 振り込め新名称「母さん助けて詐欺」。被害額は依然最悪。声掛けで撲滅

       ◇

 公明には民意を政治に反映させる仕組みがー教授。3千人の議員網(ネットワーク)に期待大


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 「和井弘希の文芸政談」に掲載した俳句集
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奮迅9/小説「新 ・人間革命」

2013年05月14日 09時26分54秒 | 今日の俳句
      小説「新・人間革命」

【「聖教新聞」 2013年 (平成25年)5月14日(火)より転載】

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奮迅9(5/14)
 いよいよ会長・山本伸一の話である。

 彼は、冒頭、支部歌を合唱したメンバーに視線を注ぎながら言った。

 「私がつけている胸章を、合唱団の方に差し上げたいと思います」

 会場を揺るがさんばかりの大拍手が響いた。伸一の側にいた幹部が、その胸章を手に合唱団のところへ向かった。

 拍手が収まると、彼は、「今日は、一切、拍手はなしで結構です」と述べ、方南支部の結成を祝福した。

 「千里の道も一歩から始まり、大海の水も一滴から始まります。
本日の、この支部結成大会も、広宣流布の新しい一歩を印すものであると、私は強く確信いたしております。

 皆さんの一生成仏をめざしての功徳あふれる前進が頼もしく、十年後の姿が、まことに楽しみであります」

 次いで支部組織の意義に言及していった。

 「多くの団体に本部があるし、企業にも、本社や本店があり、それが中枢機能を担っています。
そして、いわば、その出先機関として、支社、支店等がある。

 しかし、学会の支部は本部の出先機関ではなく、その地域のために、そこで信心に励む人たちのために、本部と同等の責任と使命を担っていると、私は考えております。
組織体という観点では、全国的には学会本部が中心かもしれませんが、自覚のうえでは、支部は地域における学会本部であると決めて、各人が地域に仏法を打ち立て、展開していただきたいと思っております。賛成の方?」

 「はい!」と、皆が手を挙げた。

 「ありがとうございます。でも、無理に、おつきあいで手を挙げる必要はありません」

 笑いが広がった。

 「しかし、じっとしていると、肩が凝ってしまうので、体のためには、たまには手を挙げることもいいんです」

 笑いが弾けた。伸一は、ともすれば緊張しがちな皆の心を、少しでも和ませたかった。
小さな配慮が、大きな前進の潤滑油となる。

余花/今日の俳句 第1283号

2013年05月14日 06時13分08秒 | 今日の俳句
    ◇余花/今日の俳句◇

    ◇※第1283号※◇


 2013年(平成25年)5月14日(火)


       ■


    ※今日の記念日※


※5月14日※
■ 種痘記念日
 1796年5月14日、イギリスの外科医ジェンナーが初めて種痘の接種に成功した。
 種痘の登場以前は、天然痘は最も恐ろしい病気の一つだった。発症すると、高熱に引き続いて、全身に化膿性の発疹ができるため、運良く治った人もあばた面になった。
 以前より、一度天然痘にかかった人は、二度とこの病気にならないことが知られていた。また、ジェンナーは、乳絞りの女性から牛痘にかかると天然痘には罹からないことを聞いた。
そこで、牛痘にかかった乳絞りの女性サラ・ネルムズの手の水疱からとった膿を、近所に住んでいた8歳の男児フィップスの腕に接種した。
10日後に発症したがすぐに治癒し、その後天然痘を接種しても感染しなかった。この実験は、学会には認められなかったが、ジェンナーは貧しい人たちに無料で種痘の接種を行い、次第に認められるようになった。
 天然痘による死亡者は劇的に減少し、1979(昭和54)年10月末に世界保健機構(WHO)によって根絶が確認された。

■ 温度計の日
 水銀温度計を発明し、華氏温度目盛り(°F)に名前を残すドイツの物理学者ファーレンハイトの、1686年の誕生日。なお、この日附はユリウス暦によるものであるが、ファーレンハイトの生地ダンツィヒ(グダニスク)では既にグレゴリオ暦に改暦しており、それによれば5月24日となる。
華氏温度は、塩化アンモニウムを寒剤として得られる当時人間が作り出せた最低温度を0度、人間の平均体温を96度とし、その間を等分して得られる。この温度目盛りによると、水が凍る温度は32度、沸騰する温度は212度となる。ファーレンハイトが1724年に発表し、現在では主にアメリカ・カナダ・イギリスで用いられている。
中国では、ファーレンハイトに華倫海の字を当てたことから、「華氏」と呼ばれるようになった。

【「デジタル版・日本人名大辞典」より転載】



       ■


   ■※今日の俳句※■


 余花白し若狭の旅のはじまりに
      加藤三七子

 仔馬には里初めてや余花白き
      大須賀乙字

 余花の雨旅のベットに足垂れて
      高橋沐石


【季語の解説】
※ 余花→夏桜。
 算かは春の終わりごろ咲き残った花をいい、余花は初夏になっても咲くサクラの花をいう。
 余花には残花とはひと味違う趣が宿り、北国を旅する人の心を捉える。
 山の奥に分け入って、ふと見かける山桜にも心が通う。
 俳句では残花を春、余花を夏の季語として定着させている。

【「現代俳句歳時記(夏)/角川春樹編」(角川春樹事務所)より転載】


       ■


※わが友に贈る/寸鉄※
【「聖教新聞」2013年(平成25年)5月14日(火)より転載】
http://www.seikyoonline.jp/


     ※わが友に贈る※


  「進まざるは退転」

  前進の中に成長がある。

  行動の中に歓喜がある。

  勇気を胸に前へ!

  自身の壁を破れ!

 
      ◇※5月14日※◇



       ■



    ◇※寸 鉄※◇


 後継の友に善の心伝える会長(SGI)の思想は千年先までー議長(ブラジル)。弟子よ総立ちに

       ◇

 あす沖縄本土復帰の日。最も苦しんだ地こそ最も幸福に。永遠の平和島へ

       ◇

 福岡・筑豊総県が友好月間を勇進。九州の先駆と光れ。全国牽引(リード)の拡大を

       ◇

 青年は誰よりも早く出勤する気概を持てー恩師。朝が勝負。信頼は財産だ

       ◇

 軽装化(クールビズ)、各地でスタート。身近な省エネ。賢く推進。寒暖差に注意し健康生活


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 「和井弘希の文芸政談」に掲載した俳句集
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5月13日(月)のつぶやき

2013年05月14日 01時32分40秒 | 広島カープ

奮迅8/小説「新 ・人間革命」

2013年05月13日 08時05分49秒 | 今日の俳句
      小説「新・人間革命」

【「聖教新聞」 2013年 (平成25年)5月13日(月)より転載】
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奮迅8(5/13)

 方南支部結成大会は、婦人部の代表抱負などに続いて、副会長の秋月英介のあいさつとなった。
彼は草創の杉並支部の出身である。

 秋月は、草創の支部の強さは、各人が“一人立つ精神”に貫かれ、勇気ある実践を展開してきたことにあったと述べた。

 「草創の同志たちは、一人立って、友に仏法を教え、その人がまた、次の人へと弘教していった。
そして、座談会が開かれるようになり、『組』が生まれ、『班』がつくられ、『地区』に発展して、新しい『支部』が結成されていった。
これが、草創期の創価学会の歴史であります」

 組織は、出来上がっていたものではなく、自分たちが必死に動き、汗を流し、涙を拭いながらつくり出していったものだ。
そこには、皆に広布開拓の主体者の自覚があった。

 主体者となるのか、受け身の姿勢でいるのか――実は、この見えざる一念のいかんが、広宣流布の一切を決していくのである。

 秋月は、さらに話を続けた。

 「また、当時の会員は、皆、無名の庶民でありました。
病気や貧乏に悩み、誰も助けてくれないなかで仏法を教えられ、藁にもすがる思いで信心を始めました。

 先輩たちは、そうした方々を人材に育て上げようと、一生懸命に面倒をみた。その熱意と確信に打たれ、新入会の友は信心に励み、広宣流布の闘士となっていきました。

 そして、自分と同じように、悩み苦しむ人たちを、次々と折伏していった。
それらの友が、見事に蘇生していく姿を見て、ますます歓喜し、仏法に対する確信を強め、さらに功徳の実証を示していったのであります。

 この草創の精神を踏まえ、支部長、支部婦人部長をはじめ、幹部の方々は、今まで以上に、支部員一人ひとりをよく知り、親身になって相談にのってあげてください。
皆を幸福にし、人材へと育てるために、労苦の汗を流してまいろうではありませんか!」

 皆のことを懸命に願い祈る時、最も成長を遂げ、幸福を獲得するのは自己自身である。

山椒魚/今日の俳句 第1282号

2013年05月13日 05時56分05秒 | 今日の俳句
    ◇山椒魚/今日の俳句◇

    ◇※第1282号※◇


 2013年(平成25年)5月13日(月)


       ■


    ※今日の記念日※


※5月13日
■ カクテルの日
 アメリカの雑誌『バランス』の1806年5月13日号に、「カクテル」という名称が初めて登場した。
 カクテルとは、酒(種類は何でも良い)に砂糖と水とビターを混ぜた興奮飲料で、俗に『ビタースリング』と呼ばれ、選挙運動の妙薬ということになっていると紹介されている。

■ 愛犬の日,FCI(国際畜犬連盟)デー
 ジャパンケンネルクラブ(JKC)が1994年に制定。
 1949年5月13日、同クラブの前身である全日本警備犬協会が創立された。

■ 竹酔日
 竹を移植するのは旧暦5月13日に行うと良いと言われている。これは、この日は竹が酔っていて、移植されてもわからないからだということである。

【「ウィキペディアフリー百科事典」より転載】

■ 花袋忌
 小説家・田山花袋の1930年の忌日。
 たやまかたい【田山花袋】 1871‐1930(明治4‐昭和5)
 作家。群馬県生れ。本名録弥。父■十郎は館林藩の下級藩士であったが,維新後東京に出て警視庁の巡査になり,西南戦争で戦死,一家は館林に帰り,花袋は一時,東京京橋南伝馬町の有隣書店の丁稚になった。
 1886年兄の実弥登が修史局の書記になったのを機に,一家をあげて東京牛込富久町に移り住んだ。
 旧館林藩士で当時大学予備門学生であった野島金八郎から英語を学び,西洋文学に関心を持つようになった。
 小学校時代から《穎才(えいさい)新誌》に漢詩文を投稿していたが,兄の世話で桂園派の歌人松浦辰男(萩坪)の指導をうけ,松浦主宰の〈紅葉会〉で松岡(柳田)国男と知り合った。

【「デジタル版・日本人名大辞典」より転載】



       ■


   ■※今日の俳句※■


 はんざきの世捨ての貌が水の底
      豊長みのる

 山椒魚うつつの顔も雲の中
      山上樹実雄

 岩風呂にはんざきとなりひそみをり
      末永雅子


【季語の解説】
※ 山椒魚→はんざき。
 サンショウウオ科の淡水産の動物で、魚ではない。
 色や匂いが山椒に似ているからというが確かではなく、また、半裂きにしても生きているから「はんざき」の名があるといわれている。 
 現在、十種類ほどの山椒魚がいるが、絶滅を防ぐため保護している地方もある。

【「現代俳句歳時記(夏)/角川春樹編」(角川春樹事務所)より転載】


       ■


※わが友に贈る/寸鉄※
【「聖教新聞」2013年(平成25年)5月13日(月)より転載】
http://www.seikyoonline.jp/


     ※わが友に贈る※


  自分に勝つことが

  最大の勝利だ。

  若師子のヤング男子部よ

  挑戦また挑戦で

  わが栄光の金字塔を!

 
      ◇※5月13日※◇



       ■



    ◇※寸 鉄※◇ 


高い精神性を社会に開き連帯を強める学会に注目ー教授(ハーバード)。日本変革の旗手と

       ◇

「いよいよ・はりあげてせむべし」折伏精神こそ仏法の真髄。強気で挑め

       ◇

厳しい闘いが私たちを鋼(はがね)のように強くしたー賭士(マンデラ)。青年よ苦労を喜ぶ勇者に

       ◇

号令や押しつけで人は動かぬ。共に祈り共に行動を。心の機微(きび)知る名将に

       ◇

震災関連死、新たに107人認定ー調査。被災者の生活と生命守る政治を急げ


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 「和井弘希の文芸政談」に掲載した俳句集
 http://u-736632kazui.hatenadiary.com/

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5月12日(日)のつぶやき

2013年05月13日 01時31分43秒 | 広島カープ

    ◇蟇(ひきがえる)/今日の俳句◇

    ◇※第1281号※◇

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蟇(ひきがえる)/今日の俳句 第1281号

2013年05月12日 06時19分00秒 | 今日の俳句
    ◇蟇(ひきがえる)/今日の俳句◇

    ◇※第1281号※◇


 2013年(平成25年)5月12日(日)


       ■


    ※今日の記念日※


※5月12日
■ ナイチンゲールデー
 赤十字社が、1820年のナイチンゲールの誕生日に因んで制定。

■ 国際看護師の日
 国際看護師協会(ICN)が1965年に制定。
2002年3月に「看護婦」の呼称が「看護師」に変更されたのにあわせて、この記念日も「国際看護師の日」に改称された。

■ 看護の日
 厚生省(現在の厚生労働省)・日本看護協会等が1991年に制定。
1990年8月、文化人・学識者による「看護の日制定を願う会」が厚生大臣に要望書を提出し、12月に厚生省が5月12日を「看護の日」と定めた。

■ 民生委員・児童委員の日
全国民生委員児童委員連合会が1977年に制定。
1917年5月12日、民生委員・児童委員制度の前身とされる岡山県の済世顧問制度が発足した。
民生委員とは、福祉の増進の為に、地域住民の生活状況の把握、生活困窮者の保護指導、福祉事務所が行う業務への協力等を行う人のことで、厚生労働大臣の委嘱により市町村に置かれる。
また、「児童福祉法」により児童委員を兼務することとなっている。

■ 海上保安の日
 海上保安庁が1948年に「開庁記念日」として制定。2000年より「海上保安の日」に改称。
 1948年5月12日、海上保安庁が運輸省(現在の国土交通省)の外局として開庁し、初代長官の手により庁舎屋上に庁旗が掲揚された。
アメリカのコースト・ガード(沿岸警備隊)に倣い、日本国の沿岸水域における海上の安全確保、法律違反の予防・捜査・鎮圧等の海上保安業務を一元的に担当する機関として発足した。

【「ウィキペディアフリー百科事典」より転載】



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   ■※今日の俳句※■


 蟇一瞥くれて向き変へる
      中村初枝

 蟇歩くさみしきときはさみしと言へ
      大野林火

 蟇闇のつづきの山負うて
      桂信子


【季語の解説】
※ 蟇(ひきがえる・ひきがへる)→蟾蜍(ひきがへる)・蟇(ひき)・ 蝦蟇(がま)・がまがへる。
 蛙の一種で体長約12センチの大型。暗褐色や黒灰色の背中に疣をつけた醜怪な姿をして動作も鈍く、また、目の後方の耳線から乳状の有毒な分泌液を出すので嫌われる。
 昼は草叢や床下に隠れ、夕方になるとのそのそと歩きまわり、蚊や害虫などを捕らえて食べる有益動物でもある。
 冬眠の途中春先に覚めて産卵し再び冬眠に入り、5月ごろ土の中から出てくる。
 外形は気味が悪いがどことなく愛嬌があり、声は陰鬱でもの侘しい。

【「現代俳句歳時記(夏)/角川春樹編」(角川春樹事務所)より転載】

■※大野林火(おおの-りんか)※■
  (1904-1982) 大正-昭和時代の俳人。
 明治37年3月25日生まれ。臼田亜浪(うすだ-あろう)に師事し,「石楠(しゃくなげ)」に俳句,評論を発表。
 昭和21年「浜」を創刊し主宰,野沢節子らをそだてた。「俳句」などの編集にあたった。53年俳人協会会長。
 昭和57年8月21日死去。78歳。神奈川県出身。東京帝大卒。本名は正(まさし)。著作に「高浜虚子」,句集に「海門」など。
【格言など】萩明り師のふところにゐるごとく(辞世)

【「デジタル版・日本人名大辞典」より転載】


       ■


※わが友に贈る/寸鉄※
【「聖教新聞」2013年(平成25年)5月12日(日)より転載】
http://www.seikyoonline.jp/


     ※わが友に贈る※


  広布の勝利の峰へ

  新たな決意で出発!

  学会歌を高らかに

  大生命力を燃やし

  威風堂々の快進撃を!

 
      ◇※5月12日※◇



       ■



    ◇※寸 鉄※◇ 


青年を先頭に異体同心の本部幹部会。歴史を開くときは今。若き力を総結集

       ◇

勇気の「静岡男子部の日」。富士の如く堂々と。師弟不二の心で拡大に挑戦を

       ◇

攻めよ!怯むな!広布の戦に自ら切り込めー恩師。一人立つ本格派の人材に

       ◇

きょう「国際看護師の日」。白樺の友の献身に最敬礼。創価の薬王菩薩に幸あれ

       ◇

公明は都議会から汚職を一掃。正義の柱ー評論家。庶民の為の政治を断じて




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 「和井弘希の文芸政談」に掲載した俳句集
 http://u-736632kazui.hatenadiary.com/

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5月11日(土)のつぶやき

2013年05月12日 01時32分14秒 | 広島カープ