1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。
以下に掲載の本日分は、第1期30点の13枚目です。
【日本盤規格番号】CRCB-6023
【曲目】ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73
悲劇的序曲 作品81
大学祝典序曲 作品80
【演奏】ジョン・プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団
【録音日】1981年9月3日、1983年5月19日、1983年3月22日
■このCDの演奏についてのメモ
プリッチャード指揮、BBC交響楽団によるブラームスの「交響曲第2番」は、奇跡的と呼んでも差し支えないほどの充実した演奏だ。こうした演奏について語らねばならない時は、本当に言葉の無力さを感じてしまう。まずは、ともかく、このCDを聴いていただきたいと思う。おそらく最初のフレーズから、この音楽の深く大きなふところに優しく抱かれる感覚に包まれるに違いない。思わせぶりなところが何ひとつない自然な息づかいで、のびのびと、しなやかに聴こえるブラームスが心に沁みてくるはずだ。
このプリッチャードの演奏は、この上もなく幸福な田園詩として、理想的な歌心とテンポ感を持っている。これほどの名演奏の行われたその日、ロイヤル・アルバート・ホールに居合わせた聴衆は、さぞかし幸福だったろう。終楽章のフィナーレ、最後の1音が鳴り終わらない内に沸き上がる拍手に込められているのは、音楽を聴く喜びに対する、率直な感謝の表明であるだろう。私も今、CDとなってこの演奏に接することが出来たことに感謝している。たくさんのCDのなかには、時に、こうした〈空前絶後〉といって良い演奏があるのだ。
この演奏が、ブラームスの悔渋な精神から自由に羽ばたいて、なおかつ全体の構成原理の安定感を見失わないのは、イギリスの演奏家や聴衆が育んできた音楽の、極めて良質な部分の成果だと思うし、また、プリッチャードのオペラ・ハウスでの長い経験も生きているだろう。日本での知名度はあまり高くないプリッチャードだが、戦後に登場した世代では、イギリスで最も愛されていた指揮者だというのも頷ける。
1921年にロンドンに生まれたプリッチャードは、47年に名指揮者フリッツ・ブッシュの助手としてグラインドボーン音楽祭に参加。49年には急病のブッシュの代役でデビュー。その後はロイヤル・リヴァプール・フィル、ロンドン・フィルなどの首席指揮者、グラインドボーン音楽祭の音楽監督、ケルン歌劇場の首席指揮者などを歴任。BBC響の首席指揮者には、このブラームスの第2交響曲の演奏会の翌年の1982年から、1989年の死の年まで着任している。(1995.7.22 執筆)