以下は、名古屋フィルハーモニーのライブ音源から発売されたCDのライナーノートの一部です。2005年3月に発売されたものと記憶しています。原稿の執筆完了日は、2005年1月13日です。この時、CDアルバムは4点制作され、いずれも私がライナーノートを書きました。どれも、素晴らしい演奏の記録ですので、ご興味のある方は、名古屋フィルハーモニーのホームページをご覧ください。まだ、購入できるはずです。
◎ライナーノート本文◎
《「プラハの春」での名フィル》
――名古屋フィルハーモニー四態(その1)
2004年の「プラハの春・国際音楽祭」に、名古屋フィルハーモニー交響楽団は正式招待された。ドヴォルザーク没後100年というメモリアル・イヤーにあたり、メイン会場である「スメタナホール」ではドヴォルザークの交響曲全9曲の連続演奏会が企画されたが、その内の「第2番」「第8番」が名フィルの演奏曲目であった。指揮はチェコの新進トマーシュ・ハヌスが「第2」を担当し、「第8」は名フィルとは客演指揮で馴染み深い武藤英明。いずれの演奏も、ドヴォルザークの音楽に精通しているプラハの聴衆を熱狂させた名演で、改めて名フィルの実力の高さを遠くヨーロッパの音楽ファンに示すものとなった。このCDは、その2日間の演奏会のライヴ録音から、メイン曲である交響曲と、それに続けて演奏されたアンコール曲を収録したものである。
■全交響曲ツィクルスの全貌
2004年の「プラハの春・国際音楽祭」でのドヴォルザークの交響曲全9曲の演奏は、チェコ内外の6つのオーケストラ、9人の指揮者に依頼された。これを日程順に記すと、以下のようになる。
・5月20日「第6番」(レナート・スラットキン指揮BBC交響楽団)
・5月21日「第5番」(セルジュ・ボド指揮プラハ交響楽団)
・5月23日「第8番」(武藤英明指揮名古屋フィルハーモニー交響楽団)
・5月24日「第2番」(トマーシュ・ハヌス指揮名古屋フィルハーモニー交響楽団)
・5月26日「第4番」(ロベルト・モンテネグロ指揮プラハ放送交響楽団)
・5月28日「第3番」(クリストファー・ホグウッド指揮チェコ・フィルハーモニー)
・5月29日「第7番」(ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプチッヒ・ゲバントハウス管弦楽団)
・5月31日「第1番」(リチャード・ヒコックス指揮プラハ交響楽団)
・6月2日/3日「第9番」(ズデニェク・マーカル指揮チェコ・フィルハーモニー)
なかなかの陣容に名古屋フィルが肩を並べているだけでなく、複数曲を担当するオーケストラとして、地元のチェコ・フィルとプラハ響のほか、名古屋フィルの名前が上がっているのが目を引く。また、「第9番《新世界より》」と並んでドヴォルザークの交響曲の中でも傑作とされ、演奏される機会も多い「第8番」が日本の武藤~名フィルに任されたということも、注目すべきことだ。
■名フィルが演奏したコンサートの詳細
「プラハの春・国際音楽祭」で名フィルが演奏した2回のコンサートの詳細を記そう。
●5月23日(日)8:00pm スメタナ・ホール
・新実徳英:二十弦箏とオーケストラのための《宇宙樹――魂の路》(独奏:野坂恵子)
・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64(独奏:漆原啓子)
・ドヴォルザーク:交響曲第8番ト長調 作品88(指揮:武藤英明)
●5月24日(月)8:00pm スメタナ・ホール
・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番ニ短調 作品30(独奏:カレル・コシャーレク)
・ドヴォルザーク:交響曲第2番変ロ長調 作品4(指揮:トマーシュ・ハヌス)
また、23日にはアンコール曲としてドヴォルザークの「スラブ舞曲」第9番および第15番、24日には「同」第13番が演奏されている。今回のCDに、いずれも収録されている。
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この2つのコンサートと同一のプログラムを、名フィルはプラハでの演奏前に、4月22日の第302回と5月5日の第303回の定期演奏会で取り上げている。第302回が「第2番」ほかでハヌスの指揮、第303回が「第8番」ほかで武藤の指揮。303回では、ヴァイオリン独奏も、プラハでのコンサートと同じ漆原啓子が担当した。正に、入念な準備を行なった上で臨んだ演奏だったと言えよう。
なお、名フィルは、この5月5日の定期演奏会の直後にヨーロッパ・ツアーに出発。デュッセルドルフ、グラーツ、クラーゲンフルト、ウィーン、インスブルックの各都市で、武満徹「セレモニアル」とメシアン「トゥランガリラ交響曲」を演奏してのプラハ入り。かなりハードなスケジュールだったが、旅の疲れを感じさせない充実した演奏だったことは、このCDでも充分に感じられる。
■このCDの演奏について
武藤英明指揮の「交響曲第8番」は、曲の冒頭から、大きな抑揚を伴った豊かな表情に特筆すべきものがある。名フィルの第3代音楽監督兼常任指揮者として、今日の名フィル発展に大きく貢献した外山雄三は、名フィルの美質を「演奏の密度、精度、そして何より表情の積極性と濃密さ」にあると語っているが、正に、そうした名フィルの本領発揮というべき名演が、ドヴォルザーク音楽の故郷、プラハの「スメタナ・ホール」に響き渡ったのだ。
この演奏からは、指揮者もオーケストラも完全に曲を手中に収めているのが、よく伝わってくる。こまやかな表情づけが、どのパートを聴いても借り物の感がなく、最初からそのようにそこにあるかのように淀みなく音楽が流れてゆく。しかも生き生きとして開放的で、喜びにあふれている。
第2楽章の入りの抑揚の深さ、それに続く細心の注意を払ったかのような秘やかな進行には、思わず息を呑んでしまう。このあたりは日本人ならではの感性とも言えようが、鎮まりかえった会場の緊迫感が、聴衆の共感をよく伝えている。全曲でも白眉の楽章だ。
第3楽章では弦楽アンサンブルの精緻さが素晴らしく、終楽章での骨太の足どりと長大で執拗な展開へと連なってゆく。
指揮の武藤は、名古屋フィルハーモニーの客演指揮者として名フィルの聴衆に馴染み深い指揮者のひとりだが、同じくらいチェコの聴衆にも知られている日本人指揮者だ。桐朋学園で斎藤秀雄に師事した後、渡欧、ズデニェク・コシュラーに師事。1977年国際バルトーク・セミナーで最優秀指揮者に輝き、プラハ響、プラハ放送響、スロヴァキア・フィル、ブラティスラヴァ放送響などを客演した後、1986年にはプラハ放送響の客演常任指揮者に就任し、翌87年には早くも「プラハの春・国際音楽祭」で手腕を発揮し評価され、現在に至っている。しばしば、チェコ語で寝言をいうなどとも言われるほどチェコに親しんでいる武藤だが、それでも、ここにあるのは紛れもなく日本人の語法による音楽だと思う。
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「交響曲第2番」は、ドヴォルザークの交響曲の中では演奏される機会の少ない作品のひとつだが、「第8」に連なるボヘミア的な自然描写の原型も聴かれ、習作期の作品としては重要な作品だ。トマーシュ・ハヌスの指揮は、若々しさの横溢した隅々まで生き生きとした音楽がまず魅力だが、それでいて、楽譜の細部がよく透けて聞こえてくる演奏で、初期のドヴォルザークの苦心の書法が明快に伝わってくる。
ハヌスは、先にも触れたように、名フィルとは、1ヵ月ほど前の定期演奏会で初客演し、このプラハでの演奏が2度目だったが、ハヌスの共感と愛情に包まれた棒に、オーケストラもよく応えている。
トマーシュ・ハヌスは、1970年生まれのチェコ期待の新進指揮者。チェコが生んだ20世紀の偉大な作曲家ヤナーチェクの生家からわずか200メートルのところで育ったという。ブルノ音楽院で学び、後に指揮をビエロフラーヴェク、ロジェストヴェンスキーに師事した。22歳でプロ・デビュー。プラハ室内フィルの前身であるニュー・チェコ室内管弦楽団を創立。チェコ・フィル、プラハ響、プラハ・フィル、ブルノ・フィルなどを指揮。その後、ドイツ、スロヴァキア、ポーランド、イタリア、スイス、スペインでも活動し、2003年からはスロヴァキア・フィルの指揮者に就任している。これまで、「プラハの春・国際音楽祭」にもしばしば出演しているが、国外のオーケストラを指揮しての登場は、この名フィルとが初めてとなる。チェコ・オペラ・フェスティバルのオープニングとクロージングを担当するなど、オペラにも精力的に取り組んでいる。
(以下、収録曲の解説、演奏者プロフィールが続いていますが、当ブログでは省略しました。)