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中島啓江が歌う「ソング・オブ・ジ・アース」=「大地の歌」

2009年08月21日 16時06分47秒 | ライナーノート(日本クラウン編)



 以下は、2004年9月29日に発売されたCDアルバムのために書き下ろしたライナーノートです。中島啓江がクラシック音楽のメロディに自由に日本語の歌詞を付けて歌った歌を中心にしたアルバムで、「東西の出会い」を基本テーマに、バックミュージシャンにアジアの様々な楽器を奏でるアーティストを配するという、とても個性的なコンセプトのアルバムでした。相当に広範囲にわたって選曲されていて、しかもアレンジのスタイルも、使用楽器も、民族性も、何もかもが様々でしたから、曲目解説にかなり神経を使いましたが、興味深い仕事でした。他のアーテイストによる、クラシック音楽のポピュラー音楽への転用例も、一応は押さえて執筆したつもりです。
 なかなか面白いアルバムです。まだ廃盤にはなっていないと思いますので、ご興味を持たれた方は「アマゾン」などで、ぜひご購入ください。
 
 なお、このアルバムのクラシック曲7曲は、全部を中島の作詞で歌う予定でしたが、ヴェルディの「行け、金色の翼に乗って」と、マーラー「大地の歌」の歌詞が、担当ディレクター氏の納得いくものにならず、ヴェルディは改作、マーラーは全く新しい歌詞を私が書きました。私が時折使っているペンネーム、久坂圭(くさか・けい)の名前で掲載し、JASRACにも登録してあります。


■『ソング・オブ・ジ・アース
  ――ビューティフル・ミュージック・フロム・クラシック』

《収録曲》
1.ソング・フォー・ユー
~「悲愴ソナタ」 第2楽章(ベートーヴェン)より
2.子守歌
~「≪カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲(マスカーニ)より
3.フォーリン・ラブ
~「ダッタン人の踊り」(ボロディン)より
4.亡き王女のためのパヴァーヌ
~(ラヴェル)より
5.愛燦々
(作詩、作曲:小椋 佳)
6.恋の病
~「私を泣かせてください」(ヘンデル)より
7.友よ、乾杯
~「行け、わが思いよ、金色の翼にのって」(ヴェルディ)より
8.貝殻節
(鳥取県民謡)
9.ソング・オブ・ジ・アース
~「大地の歌」(マーラー)より
10.この地球(ほし)に生まれて
(作詩、作曲:田中洋太)

《ゲスト・ミュージシャン》
・孟(モン)仲(ジュン)芳(ファン)(中国琵琶)…4
・中川博志(バーンスリ)…8 ・チェン・ミン(二胡)…2
・藤原道山(尺八)…9
・伊藤多喜雄(民謡)…8
・山中信人(津軽三味線)…3,6
・宮西希(二十絃箏)…5
・菅野朝子(ヴァイオリン)…1,7
・平野知種(チェロ)…10

■以下は《ライナーノート》です。

《中島啓江の〈ワイドな〉世界の魅力》

 ミュージカル界のトップスターの一人として大活躍の中島啓江は、そのスタートがオペラ歌手だったことは、広く知られています。ジャンルにとらわれず、ワイドに多くの歌に挑戦し、もう10年以上も続いている銀座博品館劇場でのリサイタルでも、オペラの有名曲から、ポップスのナンバー、日本の流行歌、童謡まで、幅広く披露して客席を沸かせています。
 今回のCDアルバムは、そんな中島啓江が、「ほんとうにワイドな世界はこれだ!」とばかりに聴かせてくれるもので、彼女の音楽が、ただ単純に、いろいろのジャンルを歌いこなせるといったものでないことを、理屈抜きで納得させてくれる傑作です。
 コンセプトは〈イースト・ミーツ・ウエスト〉ですが、東洋と西洋の出会いが、こんな形に融けあって音楽的に表現されるのは初めてのことでしょう。今話題のアジアの民族楽器を駆使する豪華なゲストミュージシャンが加わり、サウンド的にもリズム的にも様々の試みがなされ、クラシックの名曲には新しくオリジナルの歌詞が与えられるといった具合で、どこか聞き覚えのあるそれぞれのメロディが、啓江ワールドの中で大変身を遂げています。
 「音楽に国境はない」とはよく言われる言葉ですが、ほんとうは〈国境がある〉のです。国としての境はなくても、民族の違いは、しっかりとそれぞれの音楽世界となって、独自のものを培っています。けれど、それを、自由自在に交流させて大きくひとつに包んで新たな命を生み出す――。そんな大それた挑戦を可能にしたのが、中島啓江の〈ワイドな〉音楽性なのです。

●それぞれの曲目について
1)「ソング・フォー・ユー」
 軽やかなピアノの旋律とヴァイオリンに導かれた後、ゆるやかに歌い出される優しいメロディは、大作曲家ベートーヴェンが残した青春時代の傑作「ピアノ・ソナタ第8番《悲愴》」の第2楽章です。このメロディにビリー・ジョエルも英語で歌詞を付けて、「今宵はフォー・エヴァー」(原題:This night)という曲名で歌ってヒットしました。このCDアルバムの歌詞は、もちろんそれとは別の中島啓江のオリジナルです。優しさの中にどこか力強さがあるのは、やはりベートーヴェンの作曲だからでしょうか? 菅野朝子のヴァイオリンも、豊かに雰囲気を盛り上げています。

2)「子守歌」
 長く静かな前奏が続きます。チェン・ミンが中国の楽器、二胡でメロディをひととおり奏でた後、中島啓江が歌詞を付けて歌います。これは、イタリアの作曲家マスカーニの有名なオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ(田舎の騎士道)』の間奏曲のメロディです。「間奏曲」とは、幕と幕の間にオーケストラだけで演奏される音楽ですが、あまりの美しさに、今では、この部分だけがコンサートで取り上げられたり、映画や演劇でも、場面を盛り上げるメロディとして、しばしば使われています。

3)「フォーリン・ラブ」
 原曲は『イーゴリ公』というオペラの中の「ダッタン人の踊り」という舞踏場面の音楽で、ロシアの作曲家ボロディンの作品です。合唱も加わる壮大な曲で、後半は荒々しく情熱的な踊りが繰り広げられますが、前半部分のエキゾチックなメロディが特に親しまれて、多くのアーティストが演奏しています。エレキギターサウンズの元祖ベンチャーズも「パラダイス・ア・ゴーゴー」(原題:Ten seconds to Heaven)という曲名で演奏しましたが、このメロディが多くのポップスファンにも親しまれるようになったのは、何といってもトニー・ベネットが歌った「ストレンジャー・イン・パラダイス」からでしょう。このCDアルバムでは、それが中島啓江の斬新な詞と独自のリズムですっかり姿を変えています。曲の冒頭から印象的な音色を聴かせる、中川博志によるインド・ネパールの管楽器バーンスリも聞きものです。

4)「亡き王女のためのパヴァーヌ」
 ドビュッシーと並ぶフランス近代の大作曲家ラヴェルは「ボレロ」が有名ですが、この「亡き王女のためのパヴァーヌ」も、人気曲のひとつです。「パヴァーヌ」とは古代の舞曲のひとつ。誰か特定の王女のために作曲されたわけではなく、気品のある静かなメロディに似合うものとして、作曲者自身が命名した題名と言われています。原曲はピアノ・ソロですが、ラヴェルが自分で編曲したオーケストラ曲も広く知られています。ここでは、歌詞のない中島啓江の歌と、孟仲芳の弾く中国琵琶の音色でじっくりと聴かせます。

5)「愛燦燦」
 シンガーソングライター、小椋佳が、戦後日本を代表する歌手、美空ひばりの〈芸能生活40周年記念曲〉として作詞作曲した作品です。当時、ひばりは私生活の面で多くの不幸を抱えていましたが、この曲を自身への人生讃歌として歌い上げたと言われ、大ヒットとなりました。その後、小椋自身もこの曲をレコーディングしましたが、ここでは、中島が自身の人生を顧みての共感からか、ひときわ光る歌唱を聴かせ、宮西希が十二弦箏で彩りを添えています。

6)「恋の病」
「ハレルヤコーラス」で有名なヘンデルは、CMソングにもなった「オンブラ・マイ・フ」が歌われる『セルセ』など、古典オペラをたくさん残していますが、中川博志のバーンスリを加え、「恋の病」というタイトルを付けて中島啓江が一新したこの曲も、ヘンデルの作品です。『リナルド』というオペラの中で歌われるもので、原曲のタイトルは「私を泣かせてください」(「わが泣くままに」)です。つい先頃、人気テレビドラマの主題歌としても、松本隆作詞で「涙のアリア」とタイトルを付けられて歌われています。

7)「友よ乾杯」
 『アイーダ』や『椿姫』など数々のイタリアオペラの傑作を残したヴェルディですが、オペラ『ナブッコ』の終幕で歌われる合唱曲「行け、わが思いよ、金色の翼に乗って」は、その歌詞が愛国的に解釈されて、第二のイタリア国歌とまで言われ、愛唱されています。ここでは、それに独自の歌詞を与えて中島が歌っています。ヴェルディ自身は、オペラ『椿姫』の中の「乾杯の歌」が有名ですが、まさか、この「行け、わが思いよ……」が乾杯の歌になってしまったなんて、ヴェルディが知ったら、さぞ驚くことでしょう。菅野朝子のヴァイオリンも、軽やかに踊るように加わります。

8)「貝殻節」
 鳥取県を代表する民謡「貝殻節」は、数ある日本の民謡の中でも、ことさらに様々の音楽ジャンルのミュージシャンに取り上げられ、アレンジされています。ロックギターやジャズピアノ、パラパラの人気曲にまでなっていますが、ここでは民謡歌手伊藤多喜雄の歌唱に、ピアノがリズムを刻み、山中信人の津軽三味線が加わり、さらに中島が即興的に声で加わるという形で、独自のサウンド世界を実現しています。様々な歌詞が与えられて日本海沿岸の各地で歌われていましたが、浜村温泉のために昭和7年に虚子門下の俳人松本穣葉子が作詞した歌詞で広く全国に知られるようになりました。このCDでは、賀露方面で歌われている歌詞を元にしています。

9)「ソング・オブ・ジ・アース」
 19世紀末のウィーンで活躍した大作曲家マーラーは、当時のヨーロッパに広まっていた東洋思想ブームと、自らの人生観との接点として、中国の詩人、李太白、孟浩然、王維らの詩のドイツ語訳詩を取り入れた特異な交響曲『大地の歌』を晩年に書きました。その最終楽章「告別」の主要旋律を編曲したものが、この「ソング・オブ・ジ・アース(大地の歌)」です。久坂圭の詞は、このアルバムのために新たに書かれたもの。藤原道山の尺八が加わり、中島の歌唱力で原詩の東洋的な諦念の思想が歌い上げられています。

10)「この地球(ほし)に生まれて」
 星空のコンサートともいうべき魅惑のサウンドで人気のポップスオーケストラ、銀河管弦楽団の主宰者、田中洋太の作詞作曲によるこの曲は、異色の沖縄出身シンガー、普天間かおりが歌って、インディーズ・ポップスの名曲として知られています。〈イースト・ミーツ・ウェスト〉をコンセプトにしたこのアルバムの最後を飾るに相応しい曲です。平野知種の弾くチェロとの語らいで、大らかな心を持って遥かな宇宙の彼方から地球を眺めるような、豊かな気分に浸れることでしょう。


●演奏者プロフィール

・中島啓江(なかじま けいこ)
 鹿児島県出身。昭和音楽短期大学声楽科卒業。ディプロマコース・オペラ専攻科修了後、藤原歌劇団に入団。春平紀美、故砂原美智子、マルチェラ・ゴヴォーニ各女史らに師事。
 1979年以降、多数のオペラに出演したが、1985年に「マック・ザ・ナイフ」でミュージカルに初挑戦。1986年には、初のソロ・コンサート「天高くオペラ肥ゆる秋」を青山円形劇場にて行う。1987年、宮本亜門演出の「アイ・ガット・マーマン(I GOT MERMAN)」で一躍、脚光を浴び、以後、ジャンルにとらわれない幅広い活動が続いている。1994年3月30日~4月10日、銀座博品館劇場でリサイタル「夢であいましょう/第1回」開催。同リサイタルは今年3月に11回目を迎えている。
 テレビではNHK教育にて2003年よりスタートした「夢りんりん丸」にキャラクター『ビッグママ』としてレギュラー出演中。子供を対象に歌・踊り・朗読と楽しいパフォーマンスは中島の新しい一面を覗かせている。
 CD、著書多数。

・孟 仲芳(モン・ジュンファン)
 中国琵琶奏者。中国音楽家協会会員。天津音楽大学助教授。中国で今までに行われた唯一の全国ビーパ(中国琵琶)コンクールである「上海之春」で国家文化省演奏優秀賞を受賞。「ART CUP」国際民族楽器コンクール入賞。1991年 国費研究員として来日、宮内庁式部職楽部楽師のもとで日本雅楽を研究。95年から千葉大学客員研究員。97年から紀尾井ホール、銀座王子ホール、東京文化会館などで定期リサイタルを開催。97年、2000年 文化庁芸術祭に出演。新人賞を受賞。フランス、イタリア、ベルギ-、オランダ他各地の音楽祭やコンサ-トでも国際的な活躍を続けている。

・中川博志(なかがわ ひろし)
 バーンスリ奏者。1950年、山形生まれ。インドのバナーラス・ヒンドゥー大学音楽学部音楽理論学科に留学。帰国後、バーンスリ演奏家として内外で演奏活動を行っている。これまで、ソロCD『The Breeze of the Day』、『January 17, 1995』を出している。

・チェン・ミン
 二胡奏者。中国蘇州生まれ。上海にて音楽教育家の父と越劇女優の母のもとに育ち、6歳の頃より父親から二胡を教わる。その後上海越劇院オーケストラでメインの二胡奏者として活躍。1991年来日。97年に共立女子大学を卒業し、日本での本格的な演奏活動を始める。東芝EMIよりCDを多数発売。一連の中国音楽、二胡ブームの火付け役となり、「第17回日本ゴールドディスク大賞」特別賞受賞。

・藤原道山(ふじわら どうざん)
 10歳より尺八を始める。人間国宝 山本邦山に師事。東京芸術大学音楽学部邦楽科卒業、同大学院音楽研究科終了。在学中には安宅賞受賞、御前演奏を務める。2001年コロムビアより「UTA」でCDデビュー。現在、都山流尺八楽会師範。都山流邦山会、竹の会、日本三曲協会会員、胡弓の会「韻」、「曠の会」同人。既成の尺八イメージを変える自由な発想でジャンルを超えた音楽活動を展開中。

・伊藤多喜雄(いとう たきお)
 北海道苫小牧出身。民謡界の枠にとらわれず「民謡」の復活へ向けて、独自に活動の場を切り開いてきた。TAKIOBANDを結成、活動し、一方、坂田明(サックス奏者)、小室等(シンガー・ソングライター)など様々なジャンルのミュージシャンとも共演し、積極的にライブ活動を展開。傍ら「唄さがしの旅」を重ね、生活に基づく唄を訪ね歩く。海外での公演もイギリス、イスラエル、トルコ、エジプト、パラグアイ、チリ、アルゼンチンなど世界各地で行っている。<東京の夏>音楽祭をはじめ、国内外で音楽祭の出演およびプロデュースも多数。(財)日本民謡協会の民謡功労賞を受賞。

・山中信人(やまなか のぶと)
 1974年茨城県生まれ。13歳のときに、母の影響を受け、津軽三味線を始める。その後、斯界の第一人者の山田千里に師事。津軽三味線全国大会で入賞、優賞する。伊藤多喜雄&TAKIOBANDのメンバーとして国内外で活躍。

・宮西 希(みやにし のぞみ)
 母の手ほどきを受けて筝を始め、3歳で初舞台を踏む。東京芸術大学を卒業後、日本、中国、韓国の3カ国の伝統楽器奏者によって構成される楽団「オーケストラ・アジア」の正式メンバーとして海外公演等を行う。現在、主に用いている二十絃箏に出会ってから、和音階と西洋音階との隔たりをなくして、ジャズ、ロック、ポップスなどポピュラー・ミュージックとの融合を表現。音楽的にもグローバルな活動を展開している。2002年秋にデビューアルバム「Steps to the Moon」、2003年夏に2ndアルバム「ちょっとひとりKOTO」を発売。ライブ活動のほか、ラジオのパーソナリティーまで、幅広い音楽活動を精力的に行っている。

・菅野朝子(かんの あさこ)
 ヴァイオリン奏者。京都府出身。全日本学生音楽コンクール大阪大会第2位、日本演奏家コンクール入選、YBP国際音楽コンクール一般の部第3位。2002年東京文化会館新進音楽家オーディション弦楽部門合格、同デビューコンサート出演(大ホール)。国内・海外での講習会に積極的に毎年参加、研鑚を積み、2003年東京芸術大学を卒業、その後フリーで活動。

・平野知種(ひらの ちぐさ)
 チェロ奏者。桐朋学園附属「子供のための音楽教室」にて3歳よりピアノを、9歳より、チェロを始める。早稲田大学理工学部卒業、桐朋学園大学音楽学部研究科修了。室内楽で蓼科音楽祭賞受賞。新アドニス弦楽四重奏団メンバー。ソロ、室内楽で活動する他、チェロの曲を中心にした「ちいさな音楽会」、ポピュラーな曲を含めた「おしゃれコンサート」など、楽しく親しみ易いクラシック・コンサートを数多く企画している。






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