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事件記者のページ

遠い昔のTV番組を再現しようというムチャな試み

4000アクセス達成

2012-04-10 10:52:21 | 事件記者の物語

昨夜気がついたが「事件記者非公式ファンサイト」(左欄から飛べます)のカウンターが4100を越していた、3000達成から15ヶ月と10日、1日平均2.5行ってないとは言え、全く更新してない(更新のやり方も忘れた)、ついにグーグルからも見放された(ちょっと前まで5位ぐらいにはつけてたのだが)ことを思えばそれほど悪い数値でもないのじゃあるまいか
ともあれわざわざ訪問してくださいました皆様、ありがとうございます、当方は今も皆様からの情報をお待ちしております、今後ともよろしく 早々

追記-よーく見ればグーグルの7位にちゃんと表示されてるのであった、天晴れなり(何がだ?)


男が死ぬ時

2011-11-14 23:55:55 | 事件記者の物語

新潮12月号
津島佑子ヒグマの静かな海」-動物のオスは突然死ぬことがある・・・

1912年初夏一頭のヒグマが利尻島へ泳ぎ着いた、1962年冬一人の男が自殺し男の妻も2年後に病死した、男は早く死んだ父の戦友だった、残された小学生の子供が心配だったが当時17歳の私にできることはなかった、ある時地震後の避難所に中年の男性と奥さんと子供たちがいるのをTVで見てあの子だ、元気だったんだと思った、利尻のヒグマは野生動物を敵視する島民に惨殺された、2012年の今ならそんな野蛮なことはすまい、私は65歳、母を見送って一人で生きて来た、あちらへ行く日が近いと思う・・・

これは本作の要約ではなく私流のデフォルメ、こうすれば100年前の若い雄グマ、50年前の中年男、そして現在の老人(というにはちょっと早いか)がそれぞれに死を選ぶ(クマは殺されたのだが海を渡ること自体自殺行為だった)お話として理に落ちるんじゃないかと思ったので

よけいなことすなって?まあその通り、だが作中でヒグマさんと呼ばれてる男とその妻が死んだのは高度成長真っ最中の昭和40年代前半(なぜわざわざ50年を微妙にハズれる?)、TVでヒグマさんに似た男性が家族といっしょにいるのを見たとは書いてるが「あの子」ではなくヒグマさんをみつけたと思う(なわけないじゃん)、そも主人公は男の「私」ではなく「元女の子で今は若くない女」、これ作者が女性だから当然とは言えない、年齢も違うし全く無個性に描かれてるんだから性別だってどっちでもよいハズ、孤独で明らかに自分の死を予感してる、この立場には男の方がハマるのじゃなかろうか(女が自殺しないと決まってはいないが)

以下は私の妄想、ヒグマさんのモデルは「事件記者のアラさん」、そしてヒグマさんの子供を心配する元女の子は「事件記者非公式ファンサイト」の管理人=「この私」なのである、アラさんが亡くなったのは昭和41年の2月でお子さんは当時5歳だった、奥さんも数年後に亡くなった、作者の津島さんは私のことを年齢と性別以外ご存知ないのでヒロインの性格も環境も書きようがなかったのだ・・・・
気は確かかって?まあいいじゃない、勝手に妄想するのもお金をもらわない読者の特権だと思うよ、こうして「二次創作」なんてものができるのかな?


消えるにゃ消えるわけがある

2011-08-26 12:02:32 | 事件記者の物語
榧の木祭り
価格:¥ 945(税込)
発売日:1978-01

一応健在なんだね、このヒト、小説は書いてないみたいだけど、それ言ったら庄治薫だって書いてないし
前にこの作品を芥川賞受賞作の中で一番の傑作だと思うと書いた、だけど古書をゲトできたので読み直したらやっぱかなり問題ありだと思った、確かにドラマチックなストーリーだがこのアイディアはどう考えてもパクリなのだ、誰もつっこまなかったのがフシギ

悪魔の収穫祭 (1976年)
価格:¥ 1,260(税込)
発売日:1976

で元ネタはこれ、やっぱ古書しかないね、もう一回買う気はないんで記憶だけで書くけど、メインテーマは「豊作を祈る祭りで一人の男が生贄にされ選ばれた女がその子供を産む」
「榧の木」のテーマはまさにそれ、ただあちらのトウモロコシ畑をこちらの榧の木山に置き換えたせいで設定に微妙なムリがかかってるし(木の根元に穴を掘って死体を埋めるってそう簡単じゃないと思うよ)、元ネタは明らかに20世紀のUSAを舞台にしてるところが、こちらはいつの日本なのか全くわからない(だからかどうか服装の記述が全くない)、どこの地方という具体的な土地を決められないせいか、登場人物のしゃべり方もどこか不自然(語尾がほとんど「だぞ」、たまに「やんす」、ヒトの呼び方が「へーあん」、「きーあん」、「姉あん」・・・どこの言葉だよ?)、さらに重要な役を果たす二人の男の子は向こうがジャスティンとラージー、こちらはガシンとコウジ、わざわざ日本人の名前としては不自然なガシン(餓死の意味らしい)って・・・・

また今回仰天したのは「四斗籠を背負う」こと、おいおい四斗ってば72リッターだぜ、ヒト一人が余裕で入る、そんなの女に背負えるか、その籠に木の実を20杯も集めるって、いったい何年分だよ?(お米なら四斗=一俵=60キロはまあ4ヶ月分って見当?)、さらに榧の種は主食にならないらしい、結局よそで採れるお米と交換するのだ、それだったら飢饉でお米がとれなくなれば一蓮托生ではないか、特にこの里の暮らしが米作農家より有利とは思えんけど-とまあ、パクリでない設定はかなり破綻してるわけで、ホント誰もつっこまなかったのがフシギだよ、選考委員ってマジに読んでないんじゃないか(明らかに読んでない選評がまちがいなくあったな)

で、もう面倒だから書かないけど、この本に収録されてるもう一作「鏡の栖」がまたそうとうにヒドい、これ受賞第一作じゃない普通の第二作だったらしいんだよな、まさしく「補助輪なしで走れる」ことを確かめてから授賞しても遅くなかった(佐藤亜紀さんの言)と思うよ

で、これいったい何をやったんだって、34年目の決着、当時の選考委員が生きてるかどうかは知らんが・・・

追記-大江健三郎(当時約40歳)はまだ生きてる、その他皆様の選評もあり(こちら)、絶対読んでないのは瀧井孝作(岐阜県出身)だけど、歳が歳だったからしゃーない、つかそんな年寄りに選考委員やらせる方が悪いよな

もう一つ追記-井上靖いわく「こうした土俗的世界を取り扱う場合、こうした世界を取り扱わざるを得ない作者の心の落款のようなものが捺されてなければならないが、それは感じられなかった」、これってすごく鋭くない?元ネタ知らなくても何となくわかったんだよね、パクリだって

というわけ、今さらだけど文句あるならいつでも言ってちょ、高城修三殿?

と書いてから気がついた(ウソ)、今日までこの名前を記憶してたのはたまたま浦瀬キャップと同姓だったからかもね


二代の后

2011-08-01 15:42:37 | 事件記者の物語

角田文衛氏のこの本、昭和49年初版で60年に選書入りしたとのことだが今も入手可能、めでたいことである、というか一般読者にも元ネタを読めることがわかってて堂々とパクるとは渡辺淳一もいい度胸だ、確かに学術書らしく退屈なところも多い(仏教行事の羅列、建物の構造についての考察、事件に関わったさして有名でない人名の羅列と考察etc)、非常におもしろい(興味深いという意味)ヒトと時代と事件であれば枝葉を削って自分のフィクションを書きたくなるのは小説家の業かもわからんし、また渡辺なればこその医学的考察なんかも入れたくなるだろうしとは思うものの(こうなりゃ意地でも買わんからな)
思い起こせば確か丸谷才一が感心してたのじゃなかろうか、待賢門院と白河院の動向はかなりよく記録されてて、これを見る限り崇徳院の父は白河院の可能性が非常に高いってクダリ、なるほど学者ってのはこういうことまで調べるんだって(違ったらゴメン)
角田氏は吉川新平家をご存知だったかどうかわからないが平清盛(崇徳院より一年上)が白河院の落胤だろうとは認めておられる(もっとも母は祇園女御と呼ばれた女性ではない)

私が個人的に一番惹かれたのは関白近衛忠通の扱いだった、「一見温厚篤実でかつ有能、つけいるスキがない」にもかかわらず只の人格者なんかではない、政治家なら当たり前のウラオモテありあり、それもかなりドギツイ
ここが吉川英治のフィクションとは違うんだな、吉川の価値判断は実にはっきりしてて「とにかく勝った方が正しい」というそんだけ、「勝てば官軍」という言い方には「勝ったから官軍になっただけ、官軍だから正しいってことじゃなかろう」というイヤミの意味があるが、吉川の場合は「勝ったから正しい」んじゃなくて「正しいから勝つ」のだ、平清盛を評価したからとて斬新な見方と言われることもあるが、何のことはない保元平治の乱で勝ったから偉いと言ってるだけのこと、その後20年間ほぼ独裁権力を揮った上で平家が都落ちする前に死んじゃったし
というわけで忠通も保元の乱の勝ち方だから正しい、異母弟の頼長が悪い、この判断が大河ドラマの原保美、成田三樹夫って配役に現れてるわけで-って言っても今の若いものにゃわからんよなあ(年代的にはほぼあってるところが何ともオカシイんだが・・・・・)

というわけでやっと本題、左大臣頼長は徳大寺実能(待賢門院の実兄)の孫に当たる多子(マサルコと読むらしい)を養女として近衛帝に入内させた、彼女はまだ子供だったが容貌性格共に優れたお后にふさわしい女性と衆人が認めるところだった(らしい)、一方関白(いや摂政か、天皇が子供だから)忠通は遠縁のイトコにあたる呈子(シメコ)を養女にして入内させた、こちらの方がちょっと年上だった(ここで吉川英治は「鳥羽院に頼まれてしかたなくやった」などといらざる言い訳、よけいなこと言わにゃまだ信用されるのに-とか言って20歳の私はしっかりゴマかされてたけど)、モメたあげく多子が皇后、呈子が中宮ということになった、これがちょっとしたワナで皇后というのは名目だけの地位、ホントのお后は中宮だったらしいのである、その後も忠通はあらゆる手段を使って多子を帝から遠ざけようとした(なんてことを吉川は一言も言わないのである)

近衛帝に皇子が生まれてたらまたややこしいことになったろうけどこの帝は虚弱で鳥羽院より先に亡くなってしまい、鳥羽院は後継に自分の子ではない崇徳院の皇子より実子であることが確実な後白河院を選ぶ-かくして内乱が始まったのであった・・・・(一部省略)

後白河院は皇子二条帝に譲位して院政を敷いた、多子は太皇太后(先々代の皇后)と呼ばれていたが帝に強く望まれてその后になった、世にも珍しい「二代の后」である、でも皇子は生まれなかったので、そうでなくてもややこしい世の中がそれ以上はややこしくならずにすんだのだった

これだけ書いたら院政時代を今までより多少ともよく理解できたように思う、改めて角田氏に感謝-というか結局のところは渡辺淳一と週刊読書人に感謝、これまでの悪口雑言平に許されたし、最敬礼


吉屋信子

2011-06-10 11:23:01 | 事件記者の物語

またまた意外ネタ(と思ってるのは自分だけだが)、近代文学館で川崎賢子氏が講演されるとのことで久々に思い出した(こちら)、田辺聖子さんの評伝もあるけど今は絶版らしい(イカにもタコにもデータ多すぎ、田辺さんらしくもないとか、それほど入れあげてたんだね)
いや、実を言えば私は好きじゃないんだよな、このヒト、最晩年の作品「女人平家」しか読んでないから(連載を追っかけてたのだ)、他の本読めば気が変わるかもわからんのだが・・・

「女人平家」はTV化もされた(こちら)、なかなかの豪華キャスト、ほんの一部だが見たと思う、清盛が佐藤慶だったとは知ってたハズだが忘れてた(いや適役だと思うけど)、私の記憶にあるのは坊門信隆(信清=荻島真一のオヤジさん)だけでね、ホントは佐竹明夫だったと今始めて知った、なぜか中原成男(鶴岡キャップ)だと思い込んでたのだ(ちょっと似てると思わない?)、主演吉永小百合、これも知ってたと思うけど(積極的に)忘れてた

さて吉屋の原作、主人公は吉永演じる「冷泉隆房の室(奥方のこと)」である(隆房=高城丈二というのはちょっと意外な人選、とんでもない最低男に描かれてるんで二枚目役者はあんましやりたくないだろうと思ったんだが、TVでは多少マシに扱われてたんだろか)、清盛の娘に白河殿盛子という女性がいて9歳で関白近衛忠通の息子基実と結婚した、吉屋の設定によれば吉永=祐子はその双子の姉、それまでは尼寺で養われてたのを時子が引き取った(二人の母は時子ではない)、ハンパでない美人な上にメッチャ賢くて心ばえも優れてて、高倉帝(当時10歳)に気に入られたのもホントは彼女だったのに時子がゴリ押しで実子の徳子を入内させた-と言いたい放題、家庭教師に選ばれた大江広元と恋仲になったが、好色で品がなくて乱暴な冷泉隆房を亭主に押し付けられてしまった、男の子が生まれて授乳したいと思っても夫は「そんなことをしたら容姿が崩れる」と・・・・・いい加減にせい、このアホが!!

つまりこの作者は徹底的な男ギライで、美人で賢くて健気な主人公は必ず横暴な亭主に泣かされなくてはいけないと思い込んでんだよな、不美人でアホな上に性格も悪いほとんどの読者はついて来んだろう-なんて考えもせなんだんだろなあ

とこれだけ書いたらちょっと気が晴れたが話はまだ半分なのである