2016/06/12 申命記二七章(1~15節)「生け贄とセレモニーと歌で」
1.言葉だけでなく
今日の箇所に出て来ます「エバル山とゲリジム山」は、カナンの地、ヨルダン川の西側で、シェケムの谷を挟んで向かい合っていた二つの山です[1]。
エバル山はシェケムの谷からは472m。谷を挟んだゲリジム山は60mほど低い、写真を見るとよく分かるように、似たような山でした。この辺りだと妙見山は61m、眉山は280m。大麻山が538mが近いでしょう。モーセとイスラエルの民はまだ、ヨルダン川の東に宿営しています。これからヨルダンを渡って、カナンの地に入ったら、このシェケムの谷に行くのです。そして、大きな石を立てて石灰を塗り、神の教えられた言葉を書きしるす[2]。また自然のままの石を積み上げた祭壇を造り[3]、全焼のいけにえを捧げ、和解のいけにえの肉での宴会をするのです。更に、11節以下では、民の十二部族が、半分の六部族ずつに分かれて、ゲリジム山側とエバル山側に立つ。そして、15節以下26節まで、宣言と民の
「アーメン」
を十二回、応唱するように、というのです。[4]
何が言いたいかと言うと、1節でも10節でも26節でも言われているように、
「神である主の下さった教えをすべて守りなさい」
という事なのですね。申命記では、ずっとこれをくり返して来たのです。そういう手取り足取りの教えが、二六章まで書かれて来ました。そして、この二七章では、それを批准する段階に入るのです[5]。その結びに当たって、面白い事に、大きな石の碑を建てるとか、自然の石の祭壇を築いて生け贄を捧げたり、お祝いを食べたり、山のこちら側とあちら側に分かれて、確認をするセレモニーをしなさいと言っているわけです。ただ、神のことばを守らなければいけない、違反したら呪いだ、とか言うだけではないのです。石碑や祭壇を造ったり、生け贄の儀式を見て、その焼かれる肉の香りを嗅いで、食べたり、山に向かって立って、アーメンと答えたり。そういう「参加型」の礼拝です。大事なのは主の教えを守り、神以外のものを神とせず、神を愛し、人を愛し、誠実に生きることです。でも、それはもう分かっているとしても、あえてここで立ち上がり、体を動かし、声を出して、主との約束を体に染み込ませるのです。申命記の三一から三三章では、長い歌も与えられます。歌に載せて、神の恵みを思い出し、神に従って生きる大切さ、神に背く生き方の呪わしさが、民に刻まれるようにと配慮されるのですね[6]。ただ聞くだけでない、からだや頭や口を動かして、神の言葉が生活に根差すよう、神は御配慮されます。私たちの礼拝も、ただ聴くだけではありません。立って讃美歌を歌ったり、献金を捧げたりします。跪き、手を上げ、十字を切る教会もあります。普段も聖書の言葉を読み、声に出して唱えたり、見える所に掲げたりする。それは「魔除け」とか「神を宥める」ためではなく、私たち自身にとって必要なことなのです。
2.ひそかなことこそ
ところで、この15節以下の十二の宣言はちょっと意外な気がします。十誡をくり返すでもなく、もっと大事な戒めもあるだろうにとも思いますし、男女関係の逸脱が多かったりして、非常にアンバランスですね[7]。「こんなこと普通しないだろう」と思うのですね。でも、そういう、言われなくても分かりそうなことをやらかしてしまうのが、私たちなのです。
ここで15節でも24節でも
「ひそかに」
と繰り返されています。これがキーワードです。18節の
「盲人にまちがった道を教える」
もバレにくい意地悪な行為です。20節から23節の獣姦や近親相姦も秘かになされるでしょう。私たちは、誰も見ていない時、隠れた時、「魔が差した」と言われるような間違った行動を取ってしまいやすい。秘かに、ごまかしたり横柄になったり、欲望や感情だけで行動したりしかねないのです。神も見ていないとか、誤魔化せるとか思ってしまうのです。大声では言えない秘かな楽しみで、幸せになれるかのように思う。自分のしたことには必ず結果と責任が伴う現実から目を背け、周りが見えなくなるのです。けれども、ここでは「のろわれる」と繰り返されています。幸せは、神が下さることをここまで十分体験して、約束されているのに、人目を憚るような選択で幸せになれるというのは勘違いでしかない。そっちに行ってはいけない。その先にあるのは呪いだ。そう気づかせてくれる[8]。
ここに挙げられているのは具体的な行動です。でもそれが言いたいのは、そういう具体的な禁止事項を全部守ってさえいればいい、という型にはまった表面的なことではありません。今までとは違う具体例を変化球のように投げながら、一番大事なことを思い出させるのです。神が私たちの秘かな生き方、全ての行動までも見ておられる。私たちが本当に心から神を信頼し、隠し立てのない、真実な生き方をすることが、呪いから離れ、祝福に生きることなのです。神は私たちが秘かに何をしているかも全部ご存じですし、その更に奥にある深い闇や弱さもすべてご存じです。その上で私たちを見放すことなく、むしろそこから出て来るように強く命じられます。いいえ、言葉で命じるだけでなく、二つの山の間に立たせたり、焼き肉の匂いを嗅がせたり、歌を作って歌わせながら覚えさせたりなさいます。遂には、神が御自身のひとり子イエス・キリストをこの世に送られ、十字架にかけられ、闇の中で死なれました[9]。そこからよみがえられたキリストは何とかして私たちに、コソコソしなければならない生き方から、喜び歌い恥じることのない生き方へと、踏み出させようとしてくださるのですね。[10]
3.祝福の民として生きる
明治から大正に生きたキリスト者の詩人、八木重吉がこんな詩を詠みました。
愛のことばを言おう
ふかくして、みにくきは
あさくして、うつくしきにおよばない
しだいに深くみちびいていただこう
まずひとつ愛のことばを言いきってみよう」[11]
人の心には、こんな大声で言うのも憚られるはずの行動をしかねないドロドロとした闇があります。私たちには深い醜さがあるとしても、だからこそ、まだ理解の出来ない美しい言葉、愛の言葉を口にしていこう。次第に深く導いていただこう。今日の箇所と重なります。
9静まりなさい。イスラエルよ。聞きなさい。きょう、あなたは、あなたの神、主の民となった。[12]
10あなたの神、主の御声に聞き従い、私が、きょう、あなたに命じる主の命令とおきてとを行いなさい。
あなたは、あなたの神、主の民となった。でもその心にはまだとんでもない衝動が秘かにありました。将来、確実に大きな間違いをしでかすに違いないことは、申命記でもハッキリ言われます。聖書全体がそういう人間の危うさを見据えています[13]。でも、そういう人間の闇やダメさ加減を百も承知の上で、神が私たちを御自身の民としてくださいました。私たちに、強く、でも手を替え品を替える心遣いでもって、行くべき道を示してくださるのです。
私たちに与えられているのは言葉だけではありません。いのちも食べ物も与えられています。山や鳥や花も、主が私たちに、それを見て、主の教えを思い出すようにと置いて下さったものです。教会も、讃美歌も、多くのキリスト者の友人や歴史や世界に生きている方々も、私たちを囲んでいる雲のような証しです。
同時に、それとは反対のメッセージもたくさん入って来ますね。そういう声に流されて、覚醒剤や不倫に手を出したり、公私混同してお金を使い込んだり、ヘイトスピーチや暴言をしたり、家族を歪めてしまう例は枚挙に暇がないのです。でも私たちはそれを対岸の火事とか、あの人たちは呪われて、私たちはそんな馬鹿はしないとは言いません。私たちもそんな馬鹿をしかねません。どんな大失態をした人も、もう自分を貶める事をやめて、新しく生きるようにと呼びかけられるのです[14]。そこまでなさるキリストを、私たちは信じているのです。だから私たちは、この方を喜び、この方を歌い続けるのです。
「主よ。私たちをあなたの民として、祝福へと導きたもう幸いを感謝します。私たちの心はどんなに危うく、のろいさえ厭わないかもあなた様はご存じで、私たちに深く、強く、語り掛け、働き続けてくださいます。私たちも秘かな所でこそ主と交わり、いつも主の掟に目も足も向かわせ、賛美の歌を、愛の言葉を口にして、あなたの限りない恵みの証しとならせてください」
[1] シェケムの歴史的意味も重要。Wikipediaより「シェケム(Shechem,ヘブライ語: שְׁכֶםまたは文字列שְׁכָם )は旧約聖書に登場する地名である。パレスチナの中央に位置し、今日のヨルダン川西岸地区におけるナーブルス(英語 Nablus,アラビア語: نابلس) )附近のテル・エル・バラータ(Tell Balata,アラビア語: تل بلاطة)であるとされている。新約聖書時代のスカルであると言われる。シェケムが最初に登場するのは、アブラハムがカランを出発してカナンに入ったときに、最初に滞在した場所の近くとしてである。モレ(Moreh)の樫の木がある場所で、主がアブラハムに現れて契約を更新された。アブラハムはそこに祭壇を築いて、そこから32km南のベテルに移動した。ヤコブはパダン・アラムからの帰途の途上で、シェケムの前で宿営をした、ハモルの息子たちから土地を買って、祭壇を築き、エル・エロヘ・イスラエルと名付けた。ユダヤ人の伝承によるとその時にヤコブが井戸を掘り、それが、「ヤコブの泉」と呼ばれていると言われ、ヨハネの福音書第4章に登場する。ヨセフの遺体はエジプトから運び出されてシェケムに葬られた。イスラエルのカナン占領後に、ヨシュアは民をシェケムに招集して集会を開いた。民の歴史を回顧して、神とイスラエルの契約の証として、主の聖所のある樫の木の下に大きな石を立てた。シェケムは後に、エフライム族とマナセ族の境界線になり、逃れの町、レビ人の町としてケハテの子らに与えられた。ヤロブアム1世がシェケムにおいて北イスラエル王国を建国した。その後、しばらく北イスラエル王国の首都になった。しかし、南ユダ王国の攻撃を防ぐためにヤロブアム1世は首都をペヌエル、ティルツァに移した。ホセアやエレミヤの時代もシェケムは重要な町であった。しかし、バビロン捕囚以降サマリアの中心的な町になったが、前108年ヨハネ・ヒルカノス1世によって破壊された。」参考文献「新聖書辞典」いのちのことば社、1985年
[2] 3節「すべてのことば」とはあるが、申命記全部はとうてい書けません。恐らく、十の言葉のこと。
[3] 石に手を加えないことは、人間の技巧で、大きく立派な祭壇を造ることに思いが行かないように、との理由です。祭壇や祭壇制作そのものが偶像や誇りになってはならないのでした。
[4] このことは、既に十一章29節では「あなたが、入って行って、所有しようとしている地に、あなたの神、主があなたを導き入れたなら、あなたはゲリジム山には祝福を、エバル山にはのろいを置かなければならない。」と言われていました。そして実際に、ヨシュア記八章30節以下で、この命令は実行されています。そこでの言葉を見ていると、それぞれの山に向かって、つまり、お互いには背中合わせになってだと分かります。ヨシュア記九章33節以下で実行。「それからヨシュアは、エバル山に、イスラエルの神、主のために、一つの祭壇を築いた。31それは、主のしもべモーセがイスラエルの人々に命じたとおりであり、モーセの律法の書にしるされているとおりに、鉄の道具を当てない自然のままの石の祭壇であった。彼らはその上で、主に全焼のいけにえをささげ、和解のいけにえをささげた。32その所で、ヨシュアは、モーセが書いた律法の写しをイスラエルの人々の前で、石の上に書いた。33全イスラエルは、その長老たち、つかさたち、さばきつかさたちとともに、それに在留異国人もこの国に生まれた者も同様に、主の契約の箱をかつぐレビ人の祭司たちの前で、箱のこちら側と向こう側とに分かれ、その半分はゲリジム山の前に、あとの半分はエバル山の前に立った。それは、主のしもべモーセが先に命じたように、イスラエルの民を祝福するためであった。34それから後、ヨシュアは律法の書にしるされているとおりに、祝福とのろいについての律法のことばを、ことごとく読み上げた。35モーセが命じたすべてのことばの中で、ヨシュアがイスラエルの全集会、および女と子どもたち、ならびに彼らの間に来る在留異国人の前で読み上げなかったことばは、一つもなかった。」しかしこのヨシュア記八章も、しかし、ヨシュア記八章のこの直後に、イスラエルはギブオンの住民と契約を結んでしまう。八章の前の七章ではアカンの秘かな盗みがあり、その処理をしたのが八章。破綻の中で、なお赦され、回復が示される言葉として聞いたのが、このシェケムでの宣言なのです。
[5] 十一26-37とともに、十二-二六章の規定部分を挟んで、対照的な構造になっています。:
十一 26-37:祝福とのろいがモアブで宣言
29-31:ゲリジムとエベルでの祝福と呪いの儀式
32: 戒めに従えとの呼びかけ
二六 16-19:戒めに従えとの呼びかけ
二七章 ゲリジムとエベルでの(祝福と呪いの)儀式
二八章 祝福と呪いがモアブで宣言 McConvile, p.387
[6] 申命記三一19以下「今、次の歌を書きしるし、それをイスラエル人に教え、彼らの口にそれを置け。この歌をイスラエル人に対するわたしのあかしとするためである。20わたしが、彼らの先祖に誓った乳と蜜の流れる地に、彼らを導き入れるなら、彼らは食べて満ち足り、肥え太り、そして、ほかの神々のほうに向かい、これに仕えて、わたしを侮り、わたしの契約を破る。21多くのわざわいと苦難が彼に降りかかるとき、この歌が彼らに対してあかしをする。彼らの子孫の口からそれが忘れられることはないからである。わたしが誓った地に彼らを導き入れる以前から、彼らが今たくらんでいる計画を、わたしは知っているからである。」
[7] 15-26のリストは、部分的には既出の律法と対応している。(15-四16、五8;16-二一18-21;17-十九14;18-十九14;19-十18、二四17;20-二二30;21-出二二19、レビ十八23、二〇15;22?レビ十八9、二〇17;23?レビ十八17、二〇14;24?出二一12;25-一17、十六19)。一見して、極めてアンバランス。ちゃんとしたまとめや抜粋と言うよりも、律法の精神をまた新たな変化球で示すのです。
[8] ここには祝福よりものろいが強調されていますが、祝福を求める以上に、のろいに傾く人間の性質がある以上、のろわしいことをしない、という態度こそが、大きな意味を持つのは当然です。主の聖なる民として生きるという強い決心が、のろいを強調して、聖く生きる決意表明となっているのです。
[9] イエスの教えは、罪ある者には情け深く、自分の罪を隠して他者に対して思い上がる者には手厳しい。
[10] 聖書に書かれている沢山の記事は、それを教えています。私たちを愛される神は、私たちが上辺で立派に生きることよりも、私たちの心の底にある隠れた思いや秘かな思いに触れなさるのです。人間が失敗や悲しみや喪失を経ながら、神と深く出会って、神の恵みに信頼していくように、長い時間を掛けて働きかけてくださる。神はそういうお方なのだと思います。
[11] 八木重吉『神を呼ぼう』新教出版社、1961年
[12] 今までは違った、という意味ではなく、これが「モアブ契約」とも言われる、新たな契約締結(契約の更新)であるということです。「きょう」は申命記においては、現在の強調というニュアンスで多用されます。
[13] 26節は、ガラテヤ三10-14で、パウロが引用しています。「というのは、律法の行ないによる人々はすべて、のろいのもとにあるからです。こう書いてあります。「律法の書に書いてある、すべてのことを堅く守って実行しなければ、だれでもみな、のろわれる。」11ところが、律法によって神の前に義と認められる者が、だれもいないということは明らかです。「義人は信仰によって生きる」のだからです。12しかし律法は、「信仰による」のではありません。「律法を行なう者はこの律法によって生きる」のです。13キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。14このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。」
[14] 不倫や近親相姦がダメだと言いつつ、それをこっそりやってしまおうというような衝動が私たちの中にある。だから、人様の前に出すことを憚られるような思いをあえて大声で言うことが、私たちを少しでも守ることになる。それをコソコソとやろう、黙っていれば分からない、というような言い方をする者には信頼を置いてはならない。