江古田の森公園に上るところに架かるのが江古田憩い橋です。そこから舌状台地の先端に架かる北江古田橋まで、台地と江古田川に挟まれた三日月状の低湿地が広がり、かっては寺山下と呼ばれる水田地帯でした。そこを台地先端の洲崎堰で分岐し、寺山沿いを南下する田用水が灌漑していましたが、昭和46年(1971年)に北江古田公園として開園しました。平成19年に台上まで含めた江古田の森公園が完成して以降は、北江古田公園の名称はなくなり、江古田の森公園内の多目的広場兼調節池という扱いです。
- ・ 江古田憩い橋 台上の江古田の森公園を見通しています。なお、→ 「江古田村絵図」にも、同じようなところに橋が描かれていますが、昭和10年代の川の改修によって廃止されたため、現在の橋とはつながりません。
- ・ 江古田川 江古田憩い橋から上流方向です。ここから先、右岸段丘は後退し江古田川との間に三日月状の低地が広がり、縄文時代の低湿地遺跡(北江古田遺跡)も発掘されています。
- ・ 江古田の森公園 江古田憩い橋から百数十メートルの台上です。東京市療養所(のち国立療養所)のあった名残で、公園と医療、福祉関係機関が併存しています。