「うつせみ和尚」のお説教

『うつせみ和尚の日記』二件の事故が元で『(複雑性)PTSD/鬱』になって
闘病、障害当事者として活動している者です。

この前の通院

2008年04月12日 02時52分44秒 | 日々是佛滅
この前の通院の事です。

私『うつの治療に経緯とか関係あるんでしょうか』

医師『うん、関係ないね。今の症状に対処する事だからね。』

医師『経緯にこだわってるのならそんなに治癒は進んでないといえるかもね』

私『あぁ・・・

医師『まだ、こだわってるところがあったり、思い出したりする?』

私『はい、調子の悪いときに多いみたいです

医師『そっかぁ』

てな具合でした。千里の道も一歩からですな。

(何所まで行かなあかんのやろ



桜に思う。

2008年04月12日 02時40分06秒 | 「うつせみ和尚」のお説教


桜の季節であります

で、思うのであります。何故、桜は咲くのだろう?何故、人間は生きているのだろう?

とね。一時期流行った問答でありますがね。再考です。

流行の時期の答えはこうでした。

『桜は、見せるために咲いているのではない。咲きたいから咲いているのだ。』と、

翻って人間に置き換えると、

『生まれる為に生まれたのではない。生きる為に生まれてきたのだ』と、

こういう具合。だから、『生きろ』と、『死ぬまで生きろ』と。

今に限らず、生きるのが大変難しいこの世の中(俺だけか)、どう生きるか。

どのような考えで難局を乗り切るか、乗り切る事ができるか?

正に難題ドロップアウトしてしまいそうな心とどう向き合うか?

おそらく誰も答えを持ち合わせておらんでしょう。俺もね。

ですから、考える。生きる意義を意味を。

それも答えのような気がします一つのね。考える意義に人生の意味を見出すこと。

私の場合、これではちょっと心許無い。貪欲なんですな。飢えておるんですかね?



あぁ、春なのにぃ~。