「うつせみ和尚」のお説教

『うつせみ和尚の日記』二件の事故が元で『(複雑性)PTSD/鬱』になって
闘病、障害当事者として活動している者です。

闘病記 『この時期・・・と大人な事情で寝込む』

2019年05月30日 09時59分33秒 | 日々是佛滅

この時期4月~7月、克服したと思った「フラッシュバック」の

『どえらいヤツ』を見てしまって、すっかり調子は左前・・・

幻聴や平衡感覚、頭重などが乗っかってきて踏んだり蹴ったりの日々を送っております。

仕事に影響しないわけがなく、今月最近では最大の四日休んでしまいました。

一昨年のほぼ一ヶ月休んでしまったことから言えば軽減と言えるのかも知れませんが

健常者からからいえば「休みは休み」で同情の余地はないようです。

睡眠の質が悪くなり、そのあとは「不眠状態」になって

結果、休まざるを得なくなります。

自意識過剰なのかも知れませんが、欠勤明けに出勤するとなんだか周囲の視線が

びしびし刺さる様な気がしてなりません・・・

これも「病み」のひとつの症状なのかも知れませんが・・・

今日は私の仕事はお休みの日なのですが昨日は休んでしまい

ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと寝てしまいました。

今日は幾分良いみたいで、今月最後になる明日は出勤できそうです。

最近、「出勤表」を自分でつけていて、「一日出勤すると¥〇〇〇」とはじき出されるのを

Excelで作りまして、カンフル剤になっているのかなぁ、と思っております。

生活保護を卒業した私にとっては給与は糊口をしのぐ大事な収入源。

「一日一日を大事に過ごさねば!」とは思っているのいるのですが、

なかなか病に屈してしまう事からは完全に脱することは難しいようです・・・

 

 

 

 

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読まずに死ねるか! (書評)『殺人者はいかに誕生したか』

2019年05月24日 23時08分33秒 | 読まずに死ねるか!(書籍紹介)

著者は「臨床心理士」で裁判所から鑑定を依頼されるほどで大学の教授である。

この薄い文庫の中には10件の事件が収められている。

深掘りできた事件もあり、判決が早々に確定してしまい面会できずに浅堀に

終わったものもありで全編にわたって満足できるものではありませんが、

「臨床心理士」ならではの洞察もあって後半になるにつれ読み応えが増してきます!

取り上げられている事件はどれも読むと「あ~、あの事件ね」と、

思い起こすことが出来る事件ばかりです。

ひとつ、ふたつ挙げますと・・・

『東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件 宮崎勤』

『秋田連続児童殺人事件 畠山鈴香』

『奈良小一女児殺害事件 小林薫』・・・。

いわゆる朝やお昼のワイドショーでは「極悪人」というレッテルを貼られてしまった

受刑者ばかりであるが、本書を読むと「ずさんな捜査と裁判で人の運命を決定して良いのか?」

このように思ってしまうのは私だけではないはずだ。

薄さの割に体調不良で三日で読了。

 

 

ん~、この本読まずに死ねるか!

 

 

 

 

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読まずに死ねるか!(書評)『人殺しの息子と呼ばれて』

2019年05月19日 17時11分22秒 | 読まずに死ねるか!(書籍紹介)

今回の本は「北九州一家殺人事件」の被告夫婦の子供へのインタビューである。

以前に紹介した、この『消された一家~北九州・連続監禁殺人事件』新潮文庫、

この本は「裁判記録」や傍聴を通して書かれた本であるで、

今回の本は被告夫婦の息子として25年間の歩み、そしてその苦労を切実に

生々しく語ったことの記録である。

著者は別で今回の本は元NHKディレクターで後にフジテレビに入社しプロデューサーを

つとめていて、番組『ノンフィクション』を担当している。

事の起こりは、他の番組で事件を取り上げて番組に対する「クレーム」を

「彼」がプロデューサーに電話してきたことから始まる。

なんどか、電話や直接インタビューするにつれ信頼され

「彼」の妻や親代わりになっている男性を紹介されるまでに親密になる。

それ故に親が「特殊」なまでの監禁・殺人事件を起こして

父親に至っては法廷で傍聴席から笑いが漏れるほど饒舌に面白おかしく

事件を解説するなど、法廷を劇場化するかの様に振る舞った人物だ。

母親は夫から虐待を受けながら言いなりになって殺人を繰り返していったのである。

なお、主犯とされる父は自らに手で殺人はしていない。

今で言う『マインドコントロール』を掛けて被害者が被害者を殺し、

その繰り返しで最後に残ったのは子供達と主犯夫婦のみ・・・

身の毛もよだつ様な異常な世界の中で「彼」は、その後どのような人生を送ってきたのか?

 

 

ん~、読まずに死ねるか!

 

 

 

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読まずに死ねるか!(書評) 『「BC級裁判」を読む』

2019年05月09日 19時40分47秒 | 読まずに死ねるか!(書籍紹介)

対談と歴史的資料が紹介してあります。

「A級裁判」や「A級戦犯」などは「東京裁判」などでよく知っているのかも知れません。

「A級戦犯」でいうと東条英機さんなどです。

また、ちょっと知っている方なら「マレーの虎」と

二つ名があった山下奉文などはB級戦犯になります。

何を持ってA・B・C級戦犯というのかと言いますと、

「罪の重さ」ではなく、「罪状の違い」なのです。

ではでは・・・本書の「解説」に書いてあるのですが、

「A級戦犯」・・・平和に対する罪

「B級戦犯」・・・通例の戦争犯罪

「C級戦犯」・・・人道に対する罪

「A級戦犯」は東京裁判で裁かれ、またB・C級戦犯も証人として出廷しております。

「B・C級戦犯」はアジア各地で裁判され、ところによってはろくな弁護士も付かず

証拠もなかったり、証拠も伝聞・噂で裁決に持ち込まれることも多々であったといいます。

私が思うに「感情裁判」であったところが多かった、と言わざるを得ません。

戦後裁判で日本が一矢報いたと言われているのは

『東海軍司令部B29搭乗員処刑事件』は、ここで裁判に掛けられているのは

岡田資(タスク)中将でこの裁判を作家 大岡昇平が緻密に取材をして

『ながい旅』、映画化され『明日への遺言』となって、「やや偶像化されている」と

著者は記している。

裁判の内容というと、名古屋の守備に当たっていた「第十三方面軍 東海軍管区司令官」の

前述した岡田 資中将は当時、軍需工場が集中していた名古屋地域は

1944年12月13日から空襲を本格化し、45年3月絨毯(じゅうたん)爆撃が始まり

特に5月14日の大空襲では約450機のB29が来襲、名古屋城も焼失、

名古屋市内は壊滅的被害を受けた。

全焼戸 2200戸、死者約300人だった。

この空襲の際、11人の米軍人がB29から脱出して捕獲された。

東海軍はこの11人のB29搭乗者を無差別殺人の戦争犯罪人として軍律会議で

「全員死刑」とし処刑された。

また、大阪・神戸を爆撃して帰途途中で墜落した同じくB29搭乗員27人を捕らえ

これは裁判を行わず、略式で済まして全員処刑された。

これに対して戦後米軍を始めとする連合国軍は、感情的な裁判を繰り広げるが

岡田 中将は「この責任はすべて自分にある」としながらも

捕らえた搭乗者を「今までの俘虜とは異質のもの」と訴える。

すなわち、「名古屋・大阪・神戸での大空襲という大罪を犯した犯罪者」と言う位置づけから

「死刑に処しても致し方なし」と言うことで対抗した。

戦後の戦犯裁判の多くは上司が下司、多くは現地の隊長などに罪を着せるという

なんとも「武士道」とは遠く外れたお恥ずかしい裁判が繰り広げられたという・・・

てなもんで、岡田 中将が「異質」として出てくるのである。

なんだか逆な話しですが・・・。

ここで問題になっているのは、「俘虜に関する取り扱い」である。

まずは、軍律会議は百歩譲って裁判が行われたといえども以後は「略式」で済ましていること。

また、処刑の仕方が「斬首」であること。

そして、処刑後遺体を埋葬していたのを戦後、

証拠隠滅のために燃やして遺骨を散逸させたこと。

戦争犯罪人については、「絞首刑」もしくは「銃殺刑」である。

裁判が「略式」というのは前例が死刑だったことや大阪・神戸の大空襲をした搭乗員を

感情的に死刑にしてしまったこと。

この様な状況から私が思ったには米軍が日本列島の各都市を絨毯爆撃で蹂躙し

語るまでもないかと思うが沖縄での殲滅戦、広島・長崎の原爆投下。

また、連合国内でも違法に裁かれ、もしくは裁判無しに

銃殺刑などにされていることなどをされていることを思えば、

連合国に裁く権利があるのか?と首をかしげてしまう。

裁くのならば、全ての軍人・軍属を裁かなければならないだろうし、

それらを裁く権利があるのは、中立な国の裁判官でなければならない。

本書の終わりには「連合国の戦争犯罪」も記してある。

また、戦場で異常な精神状態での「人肉食」も記してあり、

思わず目を背けたくなるが、戦場で繰り広げられる「狂気の沙汰」を直視しなければならないし

愚かさや「戦争に聖者なし」と感じてしまうのは決して間違った見解ではないと信じる。

詳しくは本読んで!

 

 

この本、読まずに死ねるか!

 

 

 

 

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日々是仏滅 『ピア(当事者)スタッフの就労実態』に接して

2019年05月06日 19時19分29秒 | 日々是佛滅

○はじめに

ピアスタッフが精神科病院及びその付随施設、また当事者支援施設等で就労して

ずいいぶん時が経ちました。私自身も精神科の病院で働き出して6年目になっています。

また様々な研修等でPSW(精神保健福祉士)・CSW(社会福祉士)を

取得しているピアスタッフの話しも聞いたこともありますが、

障害が軽度と思われるピアスタッフの場合、独立して施設を開設したり、

団体を立ち上げたりして活躍している方も見られるのは確かですが、

往々にして病院を始め、施設に所属して働いている方が大半だと思われます。

その中でよく聞かれる話が「健常者で有資格者とピアで有資格者の働き方の違い」です。

精神医療で重要な「相談業務」に関わっている人はさほど多くいないというのが私の印象で、

「健常者で有資格者」よりも業務の幅が狭いのが現状だと思われます。

平たく言うと「当てにされていない」と言うことです。

病院や施設の立場で言えば、「スケジュールが入っているのに

突然体調が悪くなって休まれると困るので重要な相談業務には向かない」という言い分には

ピアスタッフとして「二の句も出ない」ところです。

また、当事者で施設を利用している側でも

「○○さん(ピアで有資格者)には、(制度的なこと)は相談できない。」

という利用者さんもいて、職員からも利用者さんからも資格に関する

業務はあてにされていないようで、しかし利用者さん側からは、

疾患を抱えていることへの生きづらさに関する相談事は健常者職員でなく、

ピアの有資格者に相談するということもみられるようだが、

それであれば資格を持つ必要性というのが薄れているのではないかと思うし、

ピアの有資格者は『資格を取ることによって健常者職員と同等に扱われる。』という望みも

泡沫に消えてしまうのではないかと思ってしまい、

自分自身ではPSW・CSWという資格については、

以上のようなさまざまなピア有資格者の受難ともいうべき現状から、

『純粋に資格を有していることへの意義』を考えると、

私にとって魅力は感じず、それならば『ピア』と言うことを

全面に出して『ピア相談員』としての資格を取り、

病院や施設に『ピア相談員』の業務を確立してもらった方が良いのではないかと思う。

 

 

 

 

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