『空蝉・現身・現人=うつせみ日記』

『空蝉・現身・現人=うつせみ日記』二件の事故が元で『複雑性PTSD・鬱』になって闘病している者の日記です。

闘病記『暴露療法自爆』

2018年05月24日 14時55分57秒 | 複雑性PTSD・鬱闘病記

先週、無理を承知でこの調子が悪い時に暴露療法をいたしまして、

しばらくは、「(調子)いいかな?」と思っていたのですが、

今週の火曜にまんまと『フラッシュバック!』を起こしてしまい

火曜・水曜とお休み・・・(汗)

今日、木曜も午前中は調子が悪く、薬を飲んだところ、

まあまあ動ける程度まで持ち直しました。

今年はこんな事で暴露療法をやっていますのでブログも滞りがちです(いい訳)。

ずーっと、頭が重くて床から這い出して出勤も至難の業です。

恐るべしPTSD!

 

 

 

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やって来ました、絶不調期!!-PTSD闘病記

2018年05月11日 01時20分42秒 | 複雑性PTSD・鬱闘病記

4月に帰省・5月の「記念日」と、その度に「フラッシュバック」に

悩まされ、「自宅入院」をやむなくされております。

今年の「記念日」当日はこころ穏やかに過ごしたのですが、

8日から細かく言うと7日の就寝時から「フラッシュバック」が

6回程来まして、さすがに8日はダウンしてしまいました。

未だに頭が重くて、「薬」を気休めに飲んでいる状態です。

この絶不調期では薬も効かないため、せめて眠剤で浅い眠りを

求める程度ですが、寝ると「フラッシュバック」という『生き地獄』が

待っているため、半分は「自殺行為」です。

この時期はこんな感じの日々を過ごすので、自暴自棄になりがちです。

どんなことにもこころ踊らないので、まさに「廃人」の様です。

てなわけで、今週は一日しか出勤できませんでした、お終い。

 

 

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京都十二薬師霊場巡礼ー終了!

2018年05月06日 22時51分37秒 | 新・バッタモン百寺巡礼

↑「国分寺・薬師如来」

平成24年に80年振りに復興した「京都・十二薬師霊場」を

なにかを切っ掛けにして知りまして、まぁ病人ですし、一つ回ってみようと思い

年末から回り始めましたが、一月から体調を崩してそれっきりになってました。

このGWを活かして、5月3・4日で十二箇寺終わりました。

これをどうするかと申しますと、掛け軸にしてもらったり、

屏風にしてみたりとするのですが、お金がね・・・

資金が貯まったらしましょうか(いつになるやら・・・)

で、5・6日と『記念日』やら疲れやらで寝たきりでした。

4日の朝に「ペインクリニック」に行って、

足裏の骨折の古傷にブロック注射を打ってもらったのですが、

その足で残り七箇寺くらい回ったら、二つ目あたりから歩行に困るほど痛くなって、

「薬師巡礼」で足を痛めてちゃなんのこっちゃなんですが、

帰ってからアイシングをして寝てました(笑)

その後からは『記念日障害』というやつで、引き籠もってました。

まずは、巡り終えたのでヤレヤレです。

 

 

 


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『反戦・差別』と向き合った政治家ー野中広務さん・没

2018年04月24日 00時00分58秒 | 奇論、迷論人物批評

野中さんは、「町議・町長・府議会議員・副知事・国会議員」というたたき上げの政治家だ。

近隣の「部落差別」を幼い頃から接していた、そして「戦争体験」。

小泉内閣から「右傾化」し始めた「安部第一次内閣」、「麻生内閣」に対して

徹底して抗してこられた。

今、この反戦、反右傾化は若者に受け継がれていると思う。

私が思うに野中さんが思い描いていたのは「反戦・中立」の思想ではなかったかと思う。

さかのぼると、「反岸信介派」・「親吉田茂派」と言うスタンスではなかったかと・・・。

私も姿勢を正し、「反戦・中立」を叫ばなければならないと思った。

たとえそれが無理難題だとしても。

南無三・・・

 

 

 

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入院生活での思い出 『お母ちゃん、なんで・・・』

2018年04月12日 18時01分59秒 | 「うつせみ和尚」の説教

これは以前にもこのブログで述べたことですが、私の最後の入院となった

平成25年、初めて「統合失調症」の患者が多い病棟に入院したことがあった。

最初の晩は忘れもしませんが、消灯時間に突然に病室の壁に向かい

「法華経」を唱える男性がいて、さすがに私も眠れなかった。

翌日、担当ナースを呼んで苦情を言った。

それから数日して、その男性がこれまた就寝時に床に仰向けに寝そべったまま

言い放った言葉は、「お母ちゃん、なんで僕を捨てたんや!」と、

ささやくような、しかし、力強く訴えるような声で言っていたのを聞いた私は、

同室のベッドの中で涙ぐんだ。

『これが、障害者を持つ家族の実態なんや』ということである。

私の知るいわゆる「精神障害者を家族に持った人々」の多くにみられて、

私が勤めているような施設へ「お任せ」することが多く、

まだ良い家族で「月一度」、断絶したいが致し方なく来る家族は「半年に一度」や

中には「施設側の求めに応じて、数年ぶり」に来る家族はざらである。

いわば、「障害を負った家族は『お荷物』」なのである。

しかし、私自身障害者であるが思うに「なんで、家族が責められようか」ということである。

障害者の血族は、身内に精神障害者がいると、家族を持っていれば当事者家族は

自分の築いた家族に迷惑を掛けまいと気を遣うのは当然であろう。

しかし、障害者/当事者の心の中は悲しみでいっぱいになる。

それが私の最後の入院になった同室の方の夜中の嘆きである。

「お母ちゃん、何で僕を捨てたんや」という心の声である。

近親者に障害者の有無を問わず、一度考えてみていただきたい。

「その時になったら、私はどうするだろうか?」と。

 

 

 

 

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うつせみ和尚の説教 『先進国民に問う』

2018年03月31日 21時34分11秒 | 「うつせみ和尚」の説教

                                      

歴史は繰り返す。

物質文明が発展すれば、「人文科学不要論」が隆盛してきて、

人間の哲学・歴史・倫理等を考える人間の知能は退廃し、

生命の元さえも滅ぼしてしまう。

人間は何度も同じ事を繰り返しながらも学習せず、

またすぐに物質文明の崩壊をさせてしまう。

それに人間は心底気付かない。

銭勘定や物質の発展で人間の心は発展しない。

心は進化しない。

人間を発展させるには、人間の域を出なければならないのだが、

今まで発展させてきた哲学の域をルーティーンしかしておらず、

すなわちこれは人間の後進でしかない。

SNSがコミュニケーションツールとして発展しているが、

中身は至って未熟者のやり取りだけである。

人間は常に内観し、人間の域を超える努力にこそ力を注がなければならない。


駄文で失礼。

 

 

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精神世界への誘い 『春は「イライラ」の季節?』

2018年03月29日 00時34分11秒 | 空蝉の精神世界への誘い

とあるSNS上のお付き合いであった青年が精神疾患と判定されて、

私なりに心配していました(相変わらず勝手な心配ですが・・・)。

その青年は家業なのか、いろいろ忙しくて立ち回っていることがTwitterで書いてあった。

当事者の先達として「休暇をとれば?」といったのが、

本人の事情を知らずにアドバイスをした私に腹を立てたようで、

「一週間ブロックします。」だと。

負けじと私の方からもブロックしましたが・・・(無期限で)。

思うのですが、精神疾患になったことをTwitterで公表し、

毎日忙しく立ち働いている自分もアップしている。

本人曰く、お家(の商売)が大変だとかで自分も忙しくしているとのことでしたが、

単に病識がなく自分を粗末に扱っているだけのように

先達である私には思うのですが、

彼にとっては「明日の一万円より、今日の四千五百円」の方がだいじなようです。

もっと、自分を大切に扱って欲しいものです。

 

 

 

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和尚の説教 『宗教とは、「肉体的」なものか「精神性」のものか?』

2018年03月22日 23時03分28秒 | 「うつせみ和尚」の説教

前にも書きましたが、ゴータマ(ブッダ)は、王族に生まれたことによって

毎日のように宴会をやっているような生活をしていた(らしい)。

ある時、そんな生活に疑問を感じた青年ゴータマは悩み王城を飛び出してしまった。

当時のインドでは修行と言えば「苦行」であったので、ゴータマは師について

「苦行」を行って、そのことにも疑問を感じ、ただただ「瞑想」に耽った。

幼少~青年期の「享楽の日々」と王城を飛び出し、師について「苦行三昧」をした日々。

様々な経験をしたゴータマは「苦・楽中道」というのを見いだしたのですが、

いわば「内観」をひたすらするのではないかと思うのです。

「内観」をする手段として「苦行」はいらないという決断だったのでしょう。

私もそう思うのです。

いくら肉体をいじめても少しの間隔を空けただけで人間は今までの到達点から

転げ落ちやすいものです。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という言葉が端的に表しているでしょう。

私の方法は、様々な事象から自分の中で消化しながら、

自分と相照らすということです。

そして、自分がずれていると気付けば「軌道修正」をする。

それを一生涯を通じて行う。

偶像崇拝は要らないけれど、自分は弱い人間なので

時々内観の助けとして手を合わす・・・

でも、でもドップリ崇拝は嫌だね。

ゴータマもそんなことは望んではいない。

 

 

 

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平昌パラ 『開催初日からメダルラッシュ!』 もはや「障害者」ではなく「超人」!

2018年03月10日 22時37分59秒 | 日々是仏滅

アルペン滑降座位、村岡と森井が銀=平昌パラ、日本勢がメダル〔パラリンピック〕

まぁ~、初日からメダルラッシュですね。

私はあまり時事ネタで褒めることはないのですが、

なんですか、この方々は!?

スゴいですよねぇ~!

もはや「障害者」ではなく「超越者」と言えるでしょうね。

ぜひ、どなたかに「国民栄誉賞」を!

 

 

 

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闘病記 『バイクの頃』

2018年03月04日 13時18分46秒 | 複雑性PTSD・鬱闘病記

え~、4~5年前まで私は125ccのスクーターを乗り回しておりました。

その頃は「うつ」がずいぶん酷くて、「清水五条」の不気味なトンネルがあるのですが、

車でギュウギュウのトンネルの中を「ひくなら、ひけ!」と車が走行中なのに

縫うように走り抜けておりました。

あの時を思うと、「よく死ななかったな。」と思います。

「うつの希死念慮」というのは怖いものです。

今は希死念慮はずいぶん弱くなって、ほとんど意識の上には上ってきておりません。

バイクを売る手前に時期には、よく追突事故を起こしておりました。

薬でボーッとしていたんですよね。

それが直接の原因でDr.stop!がかかって、入院中に売りました・・・(T_T)

まぁ、命には代えられませんしね。

車かバイク欲しいなぁ~。

 

 

 

 

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