モノ・語り

現代のクラフトの作り手と作品を主役とするライフストーリーを綴ります。

日本的りべらりずむⅨ上田秋成 日本文芸の始原へ③『春雨物語』から 「1.歴史語り」の3篇

2022年06月04日 | 日本的りべらりずむ

ここでは小学館の「日本古典文学全集78巻」に収められた『春雨物語』をテキストとします。

テキストの冒頭は「1.歴史語り」の3篇が配されています。
「血かたびら」「天津処女」「海賊」の順番で、時代は「血かたびら」「天津処女」が平安時代初期の約40年間(806-848)、
天皇の代で言えば、桓武天皇亡き後の平城天皇から嵯峨・淳和・仁明と続く時代です。

「海賊」は仁明天皇の最期から90年ほど経った935年に飛びます。
『古今和歌集』の掲載和歌の選上にかかわり、後半生には土佐守として四国に赴任したあと、『土佐日記』を著わした紀貫之が、土佐から帰京する船の中の出来事を語るものです。

「血かたびら」は平城天皇在位の期間に起こった「藤原薬子の乱」に材をとっています。
平城帝の性質を「善柔」と規定して、性格穏和なため本人自身も政治を司るのは不向きという自覚を持っていました。
優柔不断とも言え、それが因となって寵愛していた藤原薬子に謀反の心を起こさせ、遂には次代の嵯峨帝によって罰せられ、蟄居中に自刃して果てる。
物語の題「血かたびら」は薬子自刃のときの血が几帳の薄絹(かたびら)に「飛び走りそそぎて、ぬれぬれと乾かず」からきています。
このとき平城上皇は「つゆ知られぬことであったが、ただ、「自分が間違っていた」と仰せられて出家」あそばされた、ということです。


続いての「天津処女」は嵯峨・淳和・仁明の3代にわたる時代です。
主人公をここでは良峯宗貞(のちの遍照僧正 六歌仙の一人)としておきます。
桓武天皇の孫に当たる血筋の人で、淳和帝の近臣として仕え帝からの厚い信認を得ていました。
帝から政治に関するご下問を受けたりもしましたが、一切答えず、もっぱら遊びに関することだけを昔の例などを引いてアドバイスしてさし上げたとされています。

「天津処女」というタイトルは、毎年11月の新嘗祭の翌日に宮中で行われた豊明の宴で4人の天女が舞い降りてきて舞うという趣向に、宗貞が一人増やして5人にすることを進言したことからきています。
その話は作者秋成の創作によるものですが、百人一首に遍照僧正の「天津風雲のかよひ路吹きとぢよおとめの姿しばしとどめむ」という歌があることから、発想されたかと思います。

宗貞は和歌の作者としても六歌仙の一人に名を連ねていて、古今集には作者名遍照で17首が選上されています。
色好みとしても知られ、小野小町と歌を贈答したエピソードや、女郎花をモチーフにしたちょっと色っぽい歌なども残しています。
「天津処女」では政争に巻き込まれたりしながら、その行動がいささか戯画的に表現されていますが、晩年に僧正の位まで進めたのは、「仏が授けた福運のせいにちがいない」と秋成は総括しています。


「海賊」は、古今和歌集が編まれた時代の代表的な歌人であった紀貫之が、国司として赴任していた四国の土佐の国から、任期を終えて帰京する海路の船の中で起こった出来事をかたったものです。
一人の海賊が貫之の船に乗り込んできて、主として「古今和歌集」批判をとうとうと述べていくという話です。
批判の眼目は、1.古今集の序文に「和歌は人の心を種にして、無数の言の葉」と言ってるのは、古来の語彙・語法にのっとらない誤りである、2。「歌に六義あり」は偽りの説である。人の喜怒哀楽の情はあまたあってどれほどの数になるかわからない、3.儒教の道徳下、人妻に心を寄せるような恋の歌は不謹慎である。その種の歌が古今集にたくさん集められていて政令に違反するものである。4.その他、菅原道真や三善清行といった賢臣・忠臣を政治の中枢から疎外した、時の朝廷政治への批判が述べられています。



この3篇は、平安時代の初期100年ほどの時代をモチーフにしています。

その100年間はどういう時代であったかと言いますと、万葉時代(平安遷都以前)が終焉してから、「古今和歌集」が天皇の宣旨によって編纂され新たな和歌文化が始まっていく時代です。

100年の間の前半は中国文化を直輸入したような漢風文化が席巻しますが、後半は和歌の世界に才人が輩出して国風が盛り返していきます。

「血かたびら」における平城帝の「善柔の性」は万葉時代の「直き心」(歌を詠む対象と素直に向き合う心)を受け継ぐものと受け取れば、「自分が間違っていた」という感慨は万葉の心の終焉を告げると解されます。

「天津処女」における遍照僧正は、色好みと歌人と仏教の聖人をミックのした文化イメージを体現し、それが現実の政治的世界に絡め取られていく歴史的過程を形象化していると言えるでしょうか。

「海賊」における「古今和歌集」批判は、和歌という文化ジャンルが政治的世界に絡まれて頽落していくことを伝えようとしています。


かくして、上田秋成が語る日本の古代史は“天上のまつりごと”の過程としての歴史を終焉して、“地上の出来事”としての歴史へと転換していき、その経緯の中に「歌の心」の在りどころが探られていくと、ここでは読んでおきましょう。


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