モノ・語り

現代のクラフトの作り手と作品を主役とするライフストーリーを綴ります。

企業家のコレクションに基づいた主な美術館——「見ることの優位」近代日本編[4]

2019年05月25日 | 「‶見ること″の優位」

明治期以降、日本の書画工芸の文化財の海外流出に抗して行われた財界人によるコレクションは、戦前から戦後にかけて美術館を創設して収蔵管理し、一般の人たちにも目に目に触れられるようなシステムがとられるようになりました。
戦後から始められたコレクションを収蔵する美術館も次々と新設されてきましたが、
ここでは、その中から比較的長い歴史を有して、我が国の代表的な美術館に数え入れられている施設を紹介しておきます。

データは、館名、所在地、コレクター(美術館開設者)名、母体となる企業名、おおよその収蔵点数、代表的な所蔵作品名、の順番で記載しています。

《戦前から》
根津美術館/東京都港区/(青山)根津嘉一郎/東武鉄道㈱/約1万件/「那智滝図」(国宝)・尾形光琳画「燕子花図」(国宝)
静嘉堂文庫/東京都世田谷区/岩崎弥太郎/三菱財閥/和漢の古典籍約20万冊・古美術品約6500件/俵屋宗達筆「源氏物語関屋及澪標図」(国宝)・曜変天目茶碗(国宝) 
大倉集古館/東京都港区/大倉喜八郎/大倉財閥(大倉組、帝国ホテル)/約2500件/「随身庭騎絵巻」(国宝)・書蹟「古今和歌序集」(国宝)
藤田美術館/大阪市都島区/藤田伝三郎/藤田組/約2000件/「紫式部日記絵詞」(国宝)・曜変天目茶碗(国宝)
五島美術館/東京都世田谷区/(古経楼)五島慶太/東京急行電鉄(東急)/約5000件/「源氏物語絵巻」(国宝)・古伊賀水指銘「破袋」
畠山記念館/東京都港区/(即翁)畠山一清/荏原製作所/約1300件/伝牧谿筆墨「紙本画煙寺晩鐘図」(国宝)・志野芦絵水指「古岸」
出光美術館/東京都千代田区/出光佐三/出光興産㈱/約1万件/「伴大納言絵詞」(国宝)・野々村仁清作「色絵鳳凰文壺」
逸翁美術館・小林一三記念館/大阪府池田市/阪急阪神東宝グループ/約5000件/佐竹本「三十六歌仙切」・与謝蕪村筆「紙本淡彩奥の細道図」
滴翠美術館/兵庫県芦屋市/(滴翠)山口吉兵衛/旧山口銀行/約2500件/本阿弥光悦作「扇面鳥兜螺鈿蒔絵料紙箱」・「天正かるた」
白鶴美術館/神戸市東灘区/(鶴庵)嘉納治兵衛/白鶴酒造(旧嘉納財閥)/約1300件/「賢愚経残巻(大聖武)」(国宝)・「とうてつ文方卣」(伝河南省安陽殷墟出土)
細見美術館/京都市左京区/(古香庵)細見亮市/細見商事㈱/「金銅春日鹿御正体」・「絹本著色愛染明王像」
大原美術館/岡山県倉敷市/大原孫三郎・総一郎/倉敷紡績㈱(現 クラレ)・旧大原財閥/モネ「睡蓮」、小出楢重「Nの家族」他、国内外の近代絵画の優品
旧石橋美術館/福岡県久留米市/石橋正二郎/旧ブリジストンタイヤ㈱)(現 ㈱)ブリジストン)/青木繁「海の幸」・モネ「黄昏、ヴェネツィア」
(2020年より東京を本拠地とする新体制となり、名称も「アーティゾン美術館」と変えて中央区京橋に新規開館の予定)
山種美術館/東京都渋谷区/山崎種二/山種証券/近代日本画約1800件/速水御舟「炎舞」・竹内栖鳳「斑猫」



《戦後》
足立美術館/島根県安来市全/足立康/新大阪土地㈱・東宝産業㈱/数百件/横山大観「無我」他130点
大和文華館/奈良市/八代幸雄(コレクター)・種田虎雄(設立者)/近畿日本鉄道/約2000件/李迪筆「絹本著色帰牧図」(国宝)・「絹本著色寝覚物語絵巻」(国宝)
サントリー美術館/東京都港区/佐治敬三/サントリー/「浮線稜螺鈿蒔絵手箱」(国宝)・狩野探幽筆「桐鳳凰図」


参考文献:『美術品移動史―近代日本のコレクターたち』(田中日佐夫著 日本経済新聞社刊 1981年初版)



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冊子「かたち—人は日々」No.03を発行しました。

2019年05月21日 | 「‶見ること″の優位」

冊子「かたち—人は日々」No.03を発行しました。

B5版全16頁カラー。




取り上げているアーチストは以下の4人です。

玉田恭子(ガラス造形)  
MEIMI(アクリル絵画)  
谷本由子(陶造形)  
吉田麻未(ミクストメディア)

巻末に「床の間奪回作例集」


詳細は「工芸評論かたち」のHPをご覧ください。
バックナンバー   掲載作家の紹介



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大川栄二(大川美術館)——「見ることの優位」近代日本編[3]

2019年05月13日 | 「‶見ること″の優位」

西洋・日本の近代美術をメインにコレクションした人物としては、大原孫三郎・総一郎父子(大原美術館・倉敷市)、石橋正二郎(石橋美術館[現 久留米市美術館]・福岡県久留米市、ブリヂストン美術館・東京)、山崎種二(山種美術館・東京)といった人たちがよく知られていますが、
ここでは、私のお気に入りの美術館を紹介しておきます。
大川美術館といって、群馬県桐生市にある美術館です。1988年に開館、初代館長の大川栄二がコレクションした絵画、彫刻など約6500点を収蔵しています。

大川栄二(1924-2008)は桐生市の生まれの実業家で、20世紀後半の流通業界の覇者ダイエーの副社長やマルエツの社長を務めた人です。
若い頃から美術に興味を持ち、株などで増やした資産で自分の気に入った作品をコレクションしていきました。
実業界の前線を退いたあと、64歳のときに、桐生市の水道山の中腹にあった第一勧業社員寮を改築して大川美術館を開設しました。
美術館の喫茶室からは桐生市市街が眺望され、山の自然環境を利用した庭園も楽しめます。
元々が社員寮として建てられたものなので、部屋が細かく区分けされたギャラリーの集合体のようでもあり、
しかもスキップフロア方式なので、部屋から部屋を巡っていくのにも高低の変化もあって、
館内を散策していくような気分を味わえます。

収蔵されている作品は、昭和の戦前から戦後にかけて東京で活動した松本俊介、アメリカ生まれで晩年の数年を日本で過ごした夭折の画家野田英夫、知る人ぞ知る英才 清水登之の作品を中心に、戦前、戦後の日本の抽象絵画や、ピカソ、ミロ、ベン・シャ-ンなどの海外作家の作品も含まれています。
収蔵点数は地方の私設美術館としては無類の充実度を誇ると評価されていますが、
私はそのこと以上に、コレクションの内容の質の高さを特筆したいと思います。
ある意味では、日本の近代洋画のもっとも良質な部分がセレクトされているように感じられます。
特に松本俊介、靉光との交流経験を通して、戦後には油絵表現の最深部まで錘をおろしていった麻生三郎へと展開していく一つの道筋と、
それを座標軸として現代絵画の創作模様を描き出すアーチスト群が、この美術館に一堂に会している観があります。
館内を散策しつつそれをじっくりと観ていく時間というのは、なかなかに得がたい体験であって、この場所にいつまでもとどまっていたいという気持ちになります。



大川栄二のコレクションは、その初期に松本俊介の作品と出会うことによってはずみがついたとのことです。
そのとき、俊介の絵からはそれまでに自分の部屋に掲げていた鑑賞絵画とはまったく違った感銘を受けたことを、大川は次のように書いています。

「「静かな透明感と厳しいフォルムの寂しいような絵」で、何か人の温りを感ずるポエジーに凝視させられている自分、それも日一日とそれが鮮明となって、その焦点に絞られてか他の絵が消えて行くのに驚かされたのである。」

とは言いながら、続けて次のように書き継いでいきます。

「そしてそのことが、さらに俊介絵画の周辺にある人達への興味となり、俊介に影響を与えたと思われるアーチストたちが私のコレクションの肉付けとなり、正に「俊介とその人派コレクション」という形となってしまったのである。
 そこで不思議なことは、これらの作品にはフォーヴあり、印象あり、キューブあり、アブストラクトあり、その他諸々の異質な絵肌であり乍ら、我が画壁に一同並べると、決して殺し合うことなく、自然と交響楽の如くハーモニーに合うのは何故だろう。わたしは、絵に向かう画家のスタンスと言うか、人間が求め続ける同じロマンの周波が、その画家達の性格や技術を超えて存在するし、絵は人格であり、人間そのものであること、真の本物とは何かを痛感させられる。」

美術の愛好家やコレクターの中には、一人のアーチストに入れ込むとその一人にしか愛情を注ごうとしない人をよく見かけますが、
本来、“見ることの愉楽”というものは、大川が言うように、「さらに俊介絵画の周辺にある人達への興味」へと展開していくことを含んでいる、それが“見る”ということの本質をなしています。
引用文の後半は、さらにさまざまな様式や絵肌の違いを超えて作品と作品が「自然と交響楽の如くハーモニーに合う」ということを報告してます。
優れた作品というのは、実は決して唯我独尊的であったり、他を排除したりすることはないということを言ってるのです。
このような鑑賞の仕方の根底には、「絵は人格であり、人間そのものである」という認識が控えています。
“見る”ことのその視線の先端は「人格」や「人間そのもの」に触れている。
“見ることの愉楽”とはまさにこういうことなのですが、大川美術館での美術鑑賞の享受は、このことこそを学ばせてもらえる経験にほかなりません。


※ 引用文はいずれも『美術館の窓より』(大川栄二著 芸術新聞刊)より




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