新年明けましておめでとうございます。
昨年暮れのNHKEテレの番組「100分de名著」は「平和論」をテーマにして、4冊の本を紹介しながら「平和」をどう実現していくかを、4人の識者(斉藤環、高橋源一郎、田中優子、水野和夫)が話してました。
4冊の本というのは、S・フロイト『人間はなぜ戦争をするのか』、ブローデル『地中海』、井原西鶴『日本永代蔵』、ヴォルテール『寛容論』です。
そしてそれぞれの本から平和を実現するための条件が導き出されてきました。それは次の4つの項目です。
1.対話、 2.よりゆっくりと、より近く、より少なく、 3.信用 4.寛容(怨まない)
要するに、倫理の問題なんですね。倫理をどう立て直していくかということに行き着くのだと思います。
倫理なんていう言葉を出すと胡散臭く感じられるのであまり使いたがらない人も多いかと思います。
私自身は、現代は倫理が成立しなくなったというふうに考えてきたので、倫理ということに正面から向き合うということをして来ませんでした。
「倫理の困難」という位相で今の社会と人間を見ようとしてきたところがあります。
私の考えでは、困難なのは倫理だけではなく、「信」や「品」の成立も困難だと考えてきました。(それは「平和の不困難」につながっています。言い換えれば、「我々はいつでも戦争状態に入れる精神状況を生きている」ということです。)
「倫・信・品」は人間の根源にかかわる問題であることには違いありません。
「倫・信・品の困難」ということは、これらの問題にどうアプローチしていけばいいかについての手がかりがつかめないでいた、ということを意味しています。
しかし、そういうスタンスをいつまでも取り続けるわけにもいかないなということも思わないでもありあません。
一昨年に出版した拙著『現代工芸論』で、「工芸の役割は〈いいもの〉を作ることである」という命題を提示しましたが、実は「〈いいもの〉とは何か」という問題には触れないでいたのです。
この命題は次のように言い換えることができます。
「工芸の役割は“善きもの”と“美しいもの”が一致する事態を作り出すことである。」
ここで“善きもの”という言葉が出てきます。すなわち「倫理」ですね。
私が考える「工芸」あるいは工芸を含めたアートが、今、この時代に立ち向かうべき課題は「倫・信・品の取り戻し」ということではないかという気持ちを、「工芸の役割は〈いいもの〉を作ることである」という命題に込めた、というわけです。
では、どのようにして「倫・信・品」の問題に立ち向かっていくか。
とりあえず「根源へ」と名付けた思考と創作の空間(掲示板)を開設しました。
この掲示板は、『現代工芸論』を共感をもって読んでもらえる人たちに開放しているつもりです。
興味が持てるようでしたら覗いてみてください。
書き込みも自由です。「今、あなたがしていること」の報告を待っています。
それこそが「根源へ」の入口にほかなりません。
「根源へ」掲示板へ