モノ・語り

現代のクラフトの作り手と作品を主役とするライフストーリーを綴ります。

李禹煥の「見る力」

2019年03月18日 | 「‶見ること″の優位」

「“見る”ことの創造性」は、「“作る”ことの創造性」に対峙することとして考えられるわけではなくて、
むしろ、“見る”ことなしに“作る”ことはありえない、というか、
“見る”ことが“作る”ことの土台をなしているということを言おうとしています。
“見る”という土台なしに“作る”ことの優位に浸ろうとしている人の創るものは、
経験的に言って、浅薄ですぐに見飽きてしまうものが多いように思います。
逆に言えば、そのように感じられる作品に対すると、この作者はものを見てないな、と思ってしまうということです。

その意味では、優れた作品を作る人は“見る”ことにおいても一級の洞察力を持っている人が多いということが言えます。
今回は、創作者としての活動を「見る力」という観点から捉えてみることを試みてみます。
サンプルとして、日本における戦後のアヴァンギャルド美術界でひとつのムーブメントを起こした「モノ派」という一群のアーチストの中から、
その運動の先頭に立って牽引していったと目されている李禹煥(リー・ウーハン)の場合を取り上げることにします。

「モノ派」というのは、1960年代後半あたりから登場してきた一群の若手アーチストたちの創作活動をひっくるめて称したムーブメントです。
その名称から想像されるように、「モノ」をそのまま提示するような表現方法を特徴としていました。
グローバルな視野の中に置くと、世界の現代美術界で当時ミニマル・アートと称された潮流の日本版という見方もできます。
ミニマル・アートは一般的に、「造形の材料として採り上げられたモノを極力手を加えることなく、色や形も最小限にまで切り詰めて、“ひとつの物体”として提示するような表現方法」というふうに説明されます。
モノ派はしかしミニマル・アートの単なる亜流ではなくて、日本というローカルな場においての必然性を伴った造形表現として、オリジナルな特徴を有した活動であったと評価してよいでしょう。



その独自性というのは、ミニマル・アートのイディオム(idiom)やマナー(manner)を日本の美術表現の風土の中にどう取り込みえているか、というところで判断できます。
そこのところで李禹煥のものの見方というものが重要な役割を果たしています。
このことを李独自の「見る力」の特性の観点から見ておきましょう。

李の「見る力」の特性は、次のような彼自身の文章に端的に表明されています。
「…高度なテクニックによる部分的な筆のタッチで、白いカンヴァスの空間がバイブレーションを起こす時、人はそこにリアリティのある絵画性を見るのだ。そしてさらにフレームのないタブローは、壁とも関係を保ち、絵画性の余韻は周りの空間に広がる。
 この傾向は、彫刻において、いっそう鮮明である。たとえば、自然石やニュートラルな鉄板を組み合わせて空間に強いアクセントを与えると、作品自体というより、あたりまで空気が密度を持ち、そこの場所が開かれた世界として鮮やかに見えてくる。」(「余白の芸術」より)
このような空間受容感覚の表明に東アジア的な造形表現の伝統を感じ取ることは極く自然なことです。

しかし李の「見る力」の創造性はこの先にあるわけで、そうでなければ同時代のアーチストたちを巻き込んでいったラジカル性が説明できません。
それは、以下のような文に書き表されています。
「…見ることの神話と表現のトリッキーな仕組みを知る。その具体例が高松次郎や関根信夫らの作品である。そういうものから影響され、メビウスの輪を平面化したような試みを1年ほど続けた。それをやっているうちに、視覚のズレの現象に気づく。ゴムのメジャーをつくって、それを引張り重い石で圧さえておくと、距離にズレ感が生じるというような、こうして美学的見地よりも、認識論的構造性を重視する態度を強めた。
 トリックからズレへの過程で、作品の反復性や関係性を見出し、さらに表現の非対象的世界としての場の問題に進んだ。石と綿の組み合わせから、石とクッションとライトと空間との対応関係にいたり、その一方「点より」「線より」の差異と反復の絵画を試みながら、次第に無限としての場所的な展開を探っていった。」(「起源、またはモノ派のこと」より)

李は自らの創作を「あるがままをアルガママにズラす」という言い方で象徴的に表現しますが、
一見シンプルなこの言表の中に、「制度化した視覚をズラす」というような批評性が秘められていて、
それが1970年代以降の現代美術の一ステージを切り開いていったのでした。
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岡倉天心と柳宗悦の「見る力」

2019年03月08日 | 「‶見ること″の優位」

目を日本に転じましょう。
とりあえず明治期以降の日本の美術シーンで、「見る力」が新しい造形表現の創造に寄与した出来事としては、
日本画、岡倉天心が創設した日本美術院の活動と、昭和初期に柳宗悦が提唱し実践化していった民藝運動が見過ごせません。

岡倉天心は英語で書いた『茶の本』の著者としてよく知られています。
ほかに『東洋の理想』『日本の目覚め』といった著書があります。
1890(明治23)年から1898(明治31)年の間、東京美術学校(現・東京藝術大学)の初代校長を務め、辞めた年に日本美術院を発足しています。
日本美術院の中軸をなしたのは横山大観、菱田春草、下村観山、木村武山の東京美術学校を卒業した新進画家たちです。

彼らは天心の指導のものとで、日本画の革新に挑んでいきます。
新しい表現方法としては、「朦朧体」と呼ばれたものがよく知られています。
ものの形を表す輪郭線を消す、あるいは極力少なくして、朦朧とした雰囲気で空間を表現する方法です。
言うならば、日本画の最大の特徴というべき線描を否定した描法なので、
当時の画壇では顰蹙を買ったり悪評をこうむったりしていました。

天心のヴィジョンにおいては、日本画表現を近代化するために洋画的な表現
(西洋のリアリズムでは、自然界には線は存在しないとされる)を取り入れていこうとしたわけです。
しかしそれだけではない。
空間の朦朧とした表現は、実は東アジア絵画の古典(たとえば中国の南宋時代の水墨画が代表的)にもその名作が多数認められるように、
伝統が踏まえられているわけです。
天心が志したのは東洋と西洋を融合させた造形表現であり、そこに日本画の未来を見据えていたのでした。
それが天心の「見る力」の内実でした。



柳宗悦が民藝を発見するのは20世紀初頭、日本軍部に統治されていた朝鮮半島で李朝時代の陶磁器や漆器、家具などの工芸品に出会うことによってです。
それは、柳の中ではそれまでの西洋近代のロマン主義や個人主義的な芸術観からの一大転換でありました。
しかし単に柳とその周辺の関係者、あるいは日本という国の中だけのローカルな現象に留まるものではなく、
グローバルな視野においても、造形表現分野のまったく新しい――西洋近代の芸術観一辺倒を否定する――発見であったわけです。
民藝的作物の特徴を柳は、「無欲、無名、雑器」などといった言葉で表しますが、
そこには実は、人間が成しうる造形表現の普遍的な美しさというものが見透されていたのだと私は思います。
それが柳の「見る力」であり、「見ることの優位」を裏付けるものと言えるでしょう。

柳宗悦をリーダーとして民藝運動を推進していったのは、河井寛次郎、浜田庄司、バーナード・リーチ、芹澤銈介といった人たちが中心でした。
後には人間国宝に指定されるほどの業績を残したこれらの人たちを引っ張っていった力はどういうものだったでしょうか。
ただ単に「個人的な欲望に汚されず、いいものを作っていきましょう」だけでは人はついていかなかったと思います。

柳は河井寛次郎に向けてこんなことを書いています。
「真に美しい作物の殆ど凡ては作者が知れない。(無名の工人たちは)何かに頼る他力の道を歩んでいたに違ひない。安泰な易行の道を選んだからこそ、あんなにも無造作に美しい品々が出来たのである。ここで吾々は問題にぶつかる。自力の吾々と他力の品物とが向ひ合ふ。何か是を結ぶ道はないものか。此のことをもっと君と話し合ひたいのだ。」

民藝的精神の造形を実現する条件を「自力の吾々と他力の品物とが向ひ合ふ。何か是を結ぶ道」に求めていく、
ものを創る人々にこのことを呼びかけていったことが、彼らに使命感を自覚させることになったようです。
この使命感をものづくりの指標として設定することで、民藝運動を実現することができました。
柳の「見る力」はそういうところまでフォローしているわけです。





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グリーンバーグ――20世紀のアメリカ絵画から

2019年02月26日 | 「‶見ること″の優位」

今回は時代を現代の方に近づけて、20世紀の現代美術の展開の中で活動したアメリカの美術評論家クレメント・グリーンバーグの場合を取り上げます。
グリーンバーグは、ジャクソン・ポロックほか、20世紀前半から中ごろにかけて
アメリカの絵画シーンに登場してきた抽象表現主義の潮流に注目し、評価を与えた評論家として知られています。
抽象表現主義のあと、アメリカの現代美術はポップ・アートが主流になっていくのですが、
そういう流れにおいても、60年代には“ポスト・ペインタリー・アブストラクション”とグリーンバーグ自ら名づけたムーブメントを起こし、
20世紀後半のアメリカ絵画の新しいムーブメントを興していきます。

抽象表現主義の代表的な画家を挙げておきますと、ポロック、バーネット・ニューマン、クリフォード・スティル、マーク・ロスコといった人たちがいます。
“ポスト・ペインタリー・アブストラクション”ではエルズワース・ケリー、フランク・ステラ、サム・フランシス、ヘレン・フランケンサーラー、モーリス・ルイスといった人たちが代表的なところです。
「抽象表現主義以降」と題されたテキストでは、来るべき絵画芸術のヴィジョンを次のように“予見”しています。
「危険を承知で言うのだが、ニューマン、ロスコ、スティルの絵画における新しい開放性が、近い将来の高度な絵画芸術にとって唯一の方向への道を示しているとわたしは考えている‥‥。」



グリーンバーグも“見る立場”で現代美術の動向のひとつの局面を先導していった人であったといえるでしょう。
彼の場合は、直観的とか実践的とか創作論的に来るべき時代を予見したのではなく、
彼なりの“絵画の発展史観”とでもいうべき考え方(見方と言ってもいい)があって、その理論的展開の結果として次代の絵画表現のイメージが導き出されてきた趣きがあります。
その“絵画の発展史観”というのは、概略を言えば、
何世紀にもわたって絵画が表現してきたイリュージョンを取り払っていくと、
“平面性”と“空間の枠付け”(いわゆる額縁のこと)が絵画的表現の本質をなすものとして露呈されてきて、現代の抽象絵画に至っている、というような捉え方(見方)です。
その流れは「16世紀のイタリアはヴェネツィアに始まり、17世紀のスペイン、ベルギー、オランダに引き継がれながら」やがて19世紀の印象派を経て、20世紀にはピカソやブラックによるキュビズムの運動を始発として、カンディンスキー、クレー、モンドリアンを経由して、ポロックを代表とする抽象表現主義に至ったとしています。

グリーンバーグの視覚は、現代絵画の前衛性を西洋近代絵画の発展史観を描き出すヴィジョンの中で形成されているわけですね。
そこにグリーンバーグにおける“見ることの優位”の裏づけが認められます。
ポスト抽象表現主義として彼が提唱した“ポスト・ペインタリー・アブストラクション”も、彼自身の言に拠れば抽象表現主義の否定ではなく、
むしろそれを継承して絵画の発展を推進するものとして意義付けられる動きです。
その特徴については次のように書いています。
「そして私がまさに主張するのは、他のどんな表現手法の性質よりも開放性と明澄さが、抽象絵画における新鮮さに貢献しているということなのである。」

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LIVE講義「現代工芸論」の全記録が視聴できます。

2019年02月20日 | 公開講義「現代工芸論」

投稿専門サイトnoteに「現代工芸論」のLIVE講義の全記録を投稿しました。
昨年の初夏から秋にかけて10回にわたって公開制で開催したものです。
視聴は有料ですが、聴いてもらえるとうれしいです。
アクセスはこちらからどうぞ。

「工芸」というと「伝統工芸」のことかと思う人が多いかと思いますが、
「現代工芸」というジャンルもあるんですね。
その特徴を列挙するならば、以下のようなことが言えます。
1. 用途のあるなしにこだわらない。(もしくは“用途”の意味を拡大して、たとえば用途を否定するものと見られてきたオブジェも、“鑑賞”という用途を有するとみなす。)
2. 創作物のオリジナリティを重視する。
3. 現代の技術を活用する(機械やコンピュータなど)。
4. 素材は主として複製素材を使う。
などです。
このような特徴から、「工芸」の現代における意義を考え、創作の現場に提言することが「現代工芸論」の課題と言えるでしょうか。

「工芸」というジャンルの主軸を成す原理として“手仕事”ということがあります。
“手仕事”の今日的な意味を考えていくということは、
現代においては、ある意味で反時代的な構えを取らざるを得ないところがあります。
しかしそのような構えを取ることで、「現代工芸論」は現代人の生き方に深くコミットする言説ともなりえます。
「工芸」は決して「結構な趣味」の世界のものではなく、
人間の生存の条件とリアルに切り結んでいるものなのです。


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ディドロ――美術批評の始まりのあたりで

2019年02月16日 | 「‶見ること″の優位」

西洋の近世・近代美術の評価の基点と目されたフランスの公的美術展サロン・ド・パリは1737年(日本では江戸中期)に創立されました。
初期のサロン(ボードレールよりほぼ100年前)を舞台にして美術批評を実践したのは、百科全書派の哲学者として知られるディドロです。
サロンの入選作品に対するディドロの批評は、美術批評の始まりと言われています。

18世紀のフランス美術は、ルネッサンスやバロック、あるいはネーデルランド(オランダ)の美術と比べると、私たち日本人には馴染みが少ないようです。
私見では、17世紀あたりまでは光をめぐる表現にさまざまな探求的試みが見られて、さまざまな関心を呼び起こさてくれていたのですが、
18世紀にはいると光の絵画的処理がマニュアル化して、一般人の好奇心を触発するような面白さには不足していたように感じられます。
逆に言えば、技巧的には非常に安定しており、また空間や心理の陰影の微妙で繊細な表現を得意とするグレードに達していたとも言えます。
その代表的な画家として、シャルダンがいます。




ディドロの美術批評から私が一番強く印象に残るのは、“光の量”ということに関して言及している箇所です。たとえばこんなふうに――
「友よ、影にもまたそれなりの色がある。白い物体の影の輪郭あたりを、そして影の本体をも注意深く見てもらいたい。そこに無数の黒と白の点の入り交じっていることがわかるだろう。赤い物体の影は赤みを帯びる。光が緋色にぶつかって、その粒子を剥離させ、反射の際にその粒子をもち去るもののように思われる。皮膚越しに血肉の見える肉体の影は、かすかに黄色味を帯びる。青い物体の影は、青い陰影をとる。そして影と物体とは照らしあう。この影と物体との間に交わされる無数の反射こそ、君の机の上に調和を生み出すものである。仕事とひらめきにまかせて冊子を書物の傍らに、その書物をインク壺のわきに、そのインク壺を性質も形もまちまちな多くのものの中に投げ出してきたきみの机の上にさえ。…」(『絵画論』岩波文庫 より)

引用文は、18世紀フランス絵画の潮流を方向付けているような空気を感じさせています。
あるいはシャルダンの静物画がそこはかとなく思い浮かんでくるような気になりますが、
実際にもディドロはシャルダンを同時代のトップアーチストとして高く評価していました。

そのシャルダンに、20世紀イタリアの静物画家モランディが深い関心を寄せています。
モランディの静物画を成り立たせているのは、“光の量”であると私は考えています。
ディドロの“見る力”は、シャルダンと同時代的な響鳴を介して、20世紀絵画にまで影を落としているのですね。

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ボードレールとマネおよび印象派の美術

2019年02月08日 | 「‶見ること″の優位」

美術の世界では、未見の世界を切り開くような創造的な画像が制作者によって生み出されると信じ込んでいる人が多いかと思いますが、
そのお膳立ては見る立場に在る人によってなされているというのが真相ではないかと思います。
西洋の近・現代美術史のなかで今即座に思いつく例を挙げるならば、
18世紀フランスの百科全書派のディドロ、19世紀半ばにパリの“サロン”に発表される美術作品を対象に美術批評を展開した詩人ボードレール、
イギリスではボードレールとほぼ同世代の哲学者ラスキンが、ラファエル前派の美術家たちやウィリアム・モリスのアート&クラフト運動を支持し、
彼らの活動にインスピレーションを与えていました。
20世紀に入ると、シュールレアリズム運動の中心的リーダーであったアンドレ・ブルトンや、
中葉の現代美術界を席巻した抽象表現主義の主導的役割を果たした評論家のグリーンバーグなどが思い当たります。

今回はボードレールの話をしておきましょう。
ボードレールの美術批評はのちに印象派の潮流を築いた若手美術家たちに影響を与えたとされています。
特に印象派への扉を開いたマネは、ボードレールに私淑して直接の影響を受けています。
この文脈で必ず引き合いに出されるのは、1863年に『フィガロ』紙に掲載された「現代生活の画家」というタイトルの評論文で、
コンスタンタン・ギースという無名に近い画家の、ペンと水彩で描かれた作品を取り上げて、来るべき絵画について論じたものです。

話をわかりやすくするために現在の私たちが抱いている限りでの当時のパリ画壇のイメージを言えば、
ドラクロア、アングル、クールベ、コロー、ミレー他のバルビゾン派、といった画家たちがもてはやされていた時代です。
彼らの精密な描写力が達成したハイブローな絵画に対して、ギースの作画は荒いタッチの風俗画のように見られたので、評価が低かったわけです。



ボードレールはそのギースの作画に託して“現代”を語ったのですが、
ギースを、産業革命後の工業都市化にともなって大衆文化を醸成しつつあったパリの喧騒の中に身を浸す画家として捉え、
その特質を、たとえば次のように描写しています。
「そこで彼は出かける。そして見つめるのだ、かくも壮麗でかくも輝かしい大河をなして、生命力が流れるのを。もろもろの首都における生活の、永遠の美しさと驚くべき調和、人間の自由の喧騒のうちにかくも摂理的に維持される調和を、彼は賛嘆する。…」
ここに、自らの詩作の舞台とも重ね合わせて、来るべき時代の新しい視覚が予見されていると読むことは容易いことでしょう。

マネはボードレールのこの予見を胚胎して新たな絵画の世界を切り開いていきます。
日本におけるボードレール研究の第一人者阿部良雄は、ボードレールによって先導されマネを経て印象派の画家たちへと発展させられていくこの新しい視覚について、次のように書いています。
「歴史的というのに近い意味での時間的な情報の切り捨てを、マネおよび印象派絵画の特徴として捉えてみてはどうだろうか。」
絵画の真実は二次元の空間であるということであり、在るのはただ“現在”という瞬時性だけである、と宣言したのがボードレールおよびマネ、そして印象派のスピリットであるということでしょう。
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時代を切り開いていくのは「見る力」

2019年01月30日 | 「‶見ること″の優位」

「見ることの優位」とは、古典ギリシャ的観念においては、精神的活動の境位として
“実践(活動)”や“制作(創作)”よりも“観照”の方がより上位であるという意味であり、
物事の本質を探究し、真実を人々の目(感覚や知性)に顕らかなものとしていくはたらきとして最上位のものであるということを意味しています。
歴史上におけるその現れは、美術や文学、哲学などの分野で顕著に見ることができます。

これまで、時代を画するような新たなものの見方や思想的なヴィジョンの提示が
独創的な“実践(活動)”家や“制作(創作)”者によってなされてきたというふうにわれわれは教えられてきましたが、
そういった事態の裏側あるいは土台には「見ることの優位」ということが常に控えているということに、思いを致す必要があると私は思います。

この観点から言えば、新たなビジョンを提示したり次の時代の方向性を指し示したりすることを促したのは「見るはたらき」に依るのであり、
個人レベルにおいてはパトロンや批評家といった優れた“観照”者によって、
集団レベルにおいては、“実践(活動)”や“制作(創作)”の合間に過ごす余暇的時間や遊戯的逸楽の享受の中から胚胎していったものと考えられれます。



“創作”ということそれ自体が、そもそも「見ること」の蓄積や成熟の中から生まれてくるものと考えることができるでしょう。
その意味では、見る力の裏付けのない創作は内容的に貧相であったり虚弱であったりすることが多いということを、私は経験的に実感しています。
今日の創造力養成の教育カリキュラムは個性や自己表現力の養成に重点を置くという名目で、
「見ること」を受身の非創造的な行為としか意味づけていないようで、
ものを正確に観察することがないがしろにされる傾向があるようです。
しかし、「見ること」は創作力を養成するための必修的な要素であることを強くアピールしたく思います。

ともあれこのブログでは、これから当面、「見ることの優位」の様々な事例を歴史的序章の中に探り、言及していく予定です。
主な舞台は、古今東西の美術・工芸・文学などに探っていきたいと考えています。


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古代ギリシャの ‟観照”

2019年01月23日 | 「‶見ること″の優位」

「見ることの優位」というフレーズの出処は、私の場合、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが著した『形而上学』という文献です。
それは次のような文章で書き始められています。
「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する。その証拠としては感官知覚〔感覚〕への愛好があげられる。というのは、感覚は、その効用をぬきにしても、すでに感覚することそれ自らのゆえにさえ愛好されるものだからである。しかし、ことにそのうちでも、最も愛好されるのは、眼によるそれ〔すなわち視覚〕である。けだし我々は、ただ単に行為しようとしてだけでなく、全くなにごとを行為しようとしてない場合にも、見ることを、言わば他のすべての感覚にまさって選び好むものである。その理由は、この見ることが、他のいずれの感覚よりも最もよく我々に物事を認知させ、その種々の差別相を明らかにしてくれるからである。」(第一巻第一章)

アリストテレスは人間の知的活動を大きく、観照(見るはたらき)、実践(行いのはたらき)、制作(作るはたらき)の3つの部門に分け、形而上学(哲学)は観照の分野に分類して論じていきます。
この3つの部門は優位の順番が付けられているのですが、その内容は岩波文庫のテキストの「訳者注」に簡潔に要約されているので、紹介しておきましょう。
「アリストテレスは、人間の知能の働きを「見ること」(テオリア、観照、考察、研究、理論)と、「おこなうこと」(プラクシス、行動、行為、実践)と「作ること」(ポイエーシス、生産、制作)とに大別し、見ることをおこなうことより優位に、おこなうことを作ることより優位にありとした。そしてこれに応じて、諸学諸技術を理論的の学(理論学または理論哲学)と実践的の学(実践学または人間のことに関する哲学=政治学・倫理学)と制作的の技術とに分け、さらに理論学を自然学(第二の哲学)と数学と神学(または第一の哲学)とに大別した。」




古代のギリシャ哲学界においては、アリストテレスの師匠にあたるプラトンの時代から、
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「見ることが苦痛」である人

2019年01月15日 | 「‶見ること″の優位」

「見ることの優位」の本題に入る前に、見ることを苦手としている人の話に触れておきます(ここでの「見ることの苦手」は美術品鑑賞の場合に限定しての話です)。


私の知人に、本を読んだり音楽を聴いたり映画を見たりするのは大好きだが、美術品鑑賞は苦手という人がいます。
その理由を聞いたところ、「鑑賞時の力の入れ方がわからない」という答えでした。
「力の入れ方」という表現が面白いですねえ。
読書や音楽であれば、感動的なシーンではその感動に浸って時間を過ごすことができますが、
美術鑑賞の場合は、感動する時間が向こうからは与えられないので、自分でそういう時間を作らないといけないというような、そういう意味でしょうか?

そのあたりのことを考えてみると、読書や音楽鑑賞や映画鑑賞はと美術鑑賞の一番大きな違いとして、
前者は時間の流れに身をゆだねているうちに感動的な場面が向こうからやってくるのに対して、
美術鑑賞の場合は、ただ待ち受けているだけでは何も起こらない、ということがあります。
つまり、美術鑑賞の場合は、こちら(鑑賞者)サイドから作品に向けての能動的なはたらきかけが不可欠であるということです。
これは、慣れない人にとってはかなり面倒なことであり、作品にはたらきかけるといったって、どうすればいいのか、当初はとまどってしまうようなこともあるのでしょう。



だから美術鑑賞は、コツを掴むまでは集中力とかエネルギーとかをかなり消費していかないといけないので、これは確かに疲れることであり、また面倒臭く感じられる類いの作業であるかと思われます。
したがって、美術鑑賞の時間を愉しむことができるようになるまでには、いくばくかの訓練の時間が必要であるということにもなるのですが、
しかし慣れてくればそれなりの逸楽の時間を過ごすことができるようになりますし、
また「見えてくる」世界の奥深さということが感じ取れて、新たな世界に常に触れていくような日常を送ることも可能となってくるのです。
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「‶見ること″の優位」について

2019年01月08日 | 「‶見ること″の優位」

音楽家の坂本龍一さんの音楽活動を追った映画『CODA』がこのお正月にNHKEテレで放映されたのを、たまたま観ることができた。
『CODA』というのは最新のアルバムのタイトルらしいけれど、その制作のための最近の5年間のドキュメントで構成された映画です。
東日本大震災をめぐっての思いとか、反原発とか、2014年からの癌との闘病生活とか、いろいろ盛り込まれてますが、
私が一番興味を覚えたのは、新しい音楽を創るためにいろいろな音を試したり聴いたりしている姿を通して、
「音を聴く力」というものが創作の前提としてあるんだな、ということがすごく感じられたことです。
作曲する・創るということよりももっと根源的な想像力としての「音を聴く力」ということが、坂本隆一の音楽を支えているように思われました。
そういうことに気が付いてみると、私が好きな音楽は、一般論としてどちらかというと、未知の音に聴き入ってそれを我われに伝えようとするようなモチベーションで創られたものが多いことに思い至りました。

同じことは、美術や工芸などのビジュアル表現系の創作物についても言えると思います。
この世界でも、創造的とかクリエイティブといったことが尊重され、“見ること”は受身で非主体的で非創造的な行為のように思われがちですが、
実はそうではなくて、“見る力”なしには新しいものを創り出すこともできないのではないか、
その意味では、創造的な行為においては“見ること”のほうが“創ること(制作)”よりもより根源的な行為であると考えられます。

          

実は私は数年ほど前から、“創ること”に対しての“見ることの優位”ということを考えるようになってきました。
長い間ヴィジュアル表現系の世界で仕事をしてきて、猫も杓子も“創造的”“オリジナリティ”といった神話の中で“見ること”の本意がないがしろにされていたことを強く感じてきました。
しかしいかにアーチストぶっていても、“見ること”を軽んじていたり、“見る力”の弱い作家の創るものは、力がなくて凡庸であるということをつくづくと感じてきたものでもあります。
一級の創作をなしているアーチストは“見ること”においても一級であり、且つ“見ること”において謙虚である(傲慢でない)ということも、私の心に深く刻み込まれてきました。

そんなわけで、“見ることの優位”ということについて思うところを、これからいろいろと書いていこうと思ってます。
“見ること”もまた、ひとつの創造的な行為にほかなりません。



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レクチャー「床の間奪回」のお知らせ

2018年09月05日 | 床の間奪回
終了しました。会の様子はHPをご覧ください。


新しい企画として「床の間奪回」というレクチャーを開催します。
テーマは「床の間は心の置き場所」というものです。



日時:2018年9月17日(月)2:00p.m~5:30p.m.(1:30開場)
会場:土日画廊 中野区上高田3-15-2 (最寄り駅/西武新宿線新井薬師前駅)
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定員は8名です。 ※キャンセル待ち 
参加お申し込みは早めにお願いします。


[趣向]
・ 西村陽平、井上まさじの平面作品を軸に見立てて、床にオブジェ作品や生花を据えます。
現時点で、兒嶋画廊の兒嶋俊郎さんの制作になるオブジェや、ガラス作家大村俊二さんの花器なども用意しています。
・ 鑑賞会を兼ねて、取り合わせの意図を解説し、またフリートークにより、各作品に対する感想や批評を語り合います。
・ 取り合わせのヴァリエーションを様々試みながら、「心地よい」あるいは「刺激的な」現代床の間飾りの可能性を探ります。

詳細、参加のお申込みはこちらをご覧ください。

「床の間奪回」の趣旨については、2010年から11年にかけて当ブログで一度提案しています。
こちらも参照してください。



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「人は日々」のVIDEO版のライブラリーを「かたち21」HP]内に開設しました。

2018年07月20日 | 「人は日々」



作家の個展会場で展示されている作品を撮影させてもらい、質問に答えてもらう形の取材をさせてもらいました。

ぶっつけ本番の取材で、個展会場の臨場感と作家の「素(日々)の語り」を聴いていただくことを主眼としています。

「ライブラリー」からアクセスしてください。
「人は日々」のVIDEO版のライブラリー
現在、5本作成しています。
縄文、江戸切子、伊賀焼、ファイバーワーク、曜変天目がテーマです。


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第5回公開講義「現代工芸論」のお知らせ

2018年07月07日 | 公開講義「現代工芸論」

第5回の公開講義は

日時 7月13日(金)5:00p.m.~66:30p.m.
会場 狩野グラススタジオ(港区元麻布)

タイトルは「そもそも工芸とは?」です。


このテーマは次の第6回目まで2回にわたってお話します。
今回は“工芸”という言葉をめぐっての話で、
前半は、「概念としての“工芸”と、分野を表す言葉としての“工芸”」
後半は、、「“工芸”という言葉は厳密には外国語に翻訳不可能」
をテーマとします。

前半は、“工芸”という言葉は明治になってから使われ始めたこと、
その時期は“工業”や “美術”という言葉が使われ始めるのとほぼ同時期ですが、
“工業”や “美術”が翻訳語であるのに対して、“工芸”は翻訳語ではない、ということを話します。

後半は、19世紀後半から20世紀前半にかけての国際社会の中で、
日本が置かれていた状況の特殊性というところから説き起こしていく予定です。

毎度のことですが、他では聴けない内容になると思っています。
聴講に来られるのをお待ちしています。


その他詳細はこちらでご覧ください。
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‟現代工芸”とは?

2018年06月27日 | 公開講義「現代工芸論」

第4回公開講義「現代工芸論」のテーマは“現代工芸とは?”です。
現代工芸の“現代”たる所以はどこにあるでしょうか?

一つの考え方として、現代の技術と素材を使うということがあります。
素材は主として複製素材(工業的に製造された材料)が使われることが多いので、
この点は条件を満たしていると言えます。

現代の技術ということで言えば、IT技術や3D、AIの技術が代表的です。
たとえばコンピュータを導入して工芸作品を作っている例は多く見られるようになりました。
3Dやロボットなど、積極的に取り入れていけばよいかと思います。

しかしそう考えたときに、伝統的な技術(たとえば、手作りそのもの)の上に成り立っている工芸制作は、
現代工芸と言えるのか、という問題が他方で発生してきます。
用途を否定したオブジェ作品が、手作りで成立している場合というのがこれですが、
厳密には、こういうのはむしろ伝統工芸の延長上に成り立っているものと考えるべきではないでしょうか?
(伝統工芸の定義の中には、「伝統的な技術と素材を使っている」ということが含まれている、
ということを、前回はお話ししました。
伝統工芸の中にも、直接の用途のない置物がたくさん制作されています。
オブジェ作品というのは、それが手作りなどの伝統的技術を主体として制作されている場合は、
伝統工芸の範疇で見るべきではないかという気がします。

今回はその辺の問題提起もしたいと思います。

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第4回公開講義「現代工芸論」開催のお知らせ

2018年06月20日 | 公開講義「現代工芸論」

公開講義「現代工芸論」音声版の3回目(第5講、第6講)をアップしました。

テーマ:❝伝統工芸”とは?

第5講 日本伝統工芸展と(財) 伝統工芸品産業振興協会の各々の“伝統工芸”の定義
第6講 “伝統”と“工芸”はなぜ結びつきやすいのか。

こちらからアクセスできます。


第4回の公開講義は
日時 6月30日(土)3:00p.m.~4:30p.m.
会場 狩野グラススタジオ(港区元麻布

です。

テーマは「現代工芸とは?」です。
伝統工芸が一般に浸透しているのに対して、現代工芸というとほとんどの人は、“なんのこっちゃ”という感じで受け止めます。
でも、伝統工芸という言葉ができる前に“近代工芸”という言葉があって、近代工芸から現代工芸への言葉のつながりがあるのです。

前半は近代(現代)工芸の成り立ちを、その歴史的経緯を追って解説します。
後半は、現代工芸の特徴をいくつか挙げながら、その問題点についても言及したいと思ってます。

その他詳細はこちらでご覧ください。
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