モノ・語り

現代のクラフトの作り手と作品を主役とするライフストーリーを綴ります。

民話の中の「女わざ」――森田珪子さんが朗読会

2009年05月31日 | 展覧会・イベント
「かたち21」のHP



7日の日曜日、可喜庵で、岩手から森田珪子さんをゲストに迎えて、東北の民話の朗読会を開きます。
森田さんが解説を交えながら民話を読んでいく趣向ですが、
4編の民話を用意してくださっています。タイトルを挙げておきますと、
「喰わず嫁ご」「猿に嫁入りした話」「首なし地蔵」「母の目玉」となっています。

「母の目玉」という話は、蛇と人間の間に生まれた子供を、蛇である母親が自分の目玉をくり抜き、
それを子供にしゃぶらせて育てるという話です。
蛇は両眼を失いますが、子供は立派な若者に成長し、父から母親のことを聞きます。
そして山の中の沼に母親(蛇)を訪ねて再会を果たすのですが、
若者の目から流れ出た涙で蛇の目があき、もとの女の姿に戻ります。
「それがらは親子三人幸せに暮らすたどいうごっだ。ハイ、どんどはれ。」
というわけです。

離ればなれになった子供を自分の目をしゃぶらせて育てるというのは
民話で表現されたすさまじい「女わざ」というほかありません。
その民話を語ることによって、女性が置かれていた厳しい現実を
生き抜いていこうとするのも、もうひとつの「女わざ」にほかなりません。

わざは技であり、芸であり、態であると森田さんは言います。
民話の中の女たちの生き方に学ぶと同時に、
民話を語ることで現実の自分を民話の女たちになぞらえるという「態(わざ)」もあるわけです。
「わざ」を介して、昔と今がクロスするというか…。

会誌『女わざ』は、伝承された「わざ」を今に語るという「わざ」が集積されたものとも言えるでしょう。
そういう視点で森田さんは東北の「女わざ」を語り継いできているのです。
今回の朗読会も、ただ素朴で幻想的な民話を愉しむというだけでなく、
現代の生き方としての「態(わざ)」に思いを致す機会になるにちがいありません。


朗読会では岩手の黄精飴と、一関の珈琲店「佐惣」のオリジナルブレンドを用意いたします。
黄精飴は漢方薬黄精を砂糖、飴、餅粉に混ぜて作り上げた求肥状のお菓子で、
岩手・盛岡の伝統の菓子として有名です。
「かすかな野草の香りと柔らかなその舌ざわり」が持ち味ということで、
未体験の私は、とても楽しみとしております。

一関の珈琲店「佐惣」のオーナーは「女わざの会」の中心的会員の一人です。
「佐惣」のコーヒーについては私もいただいたことがありますが、
味わいの深さは折り紙つきと言えるものです。
定員数まであと数人ですので、参加の申し込みはお早めにどうぞ。


朗読会の開催についての詳細は展覧会「女の手仕事五人5様」のサイト内でご案内しています。お申し込みもこちらからどうぞ。

「女わざの会」HP
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都市の中の「女の手仕事」――米山みどりさんの染織

2009年05月16日 | モノ・こと・ことば

「かたち21」のHP



織物とか染色の仕事をしているというと、
自然の豊かな田舎のほうでやってるというイメージを持たれる方が多いようですが、
都市に住んでいる染織関係の作り手も結構おられるのです。
一人でやっていくぶんには、さほど広い仕事場も必要ではありません。



米山みどりさんは東京に生まれて東京に育ち、染織家として身を立てた後も
ずうっと東京で仕事をしてきています。
最初はOLであったのが、ホームスパンを習い始めたのをきっかけに染織家に転身。
裂織の手法で洋服やバッグなど身につけるものを中心に制作して、
東京で暮らしてきたのです。



米山みどり作のベスト 絹 3シーズン使えます。
デザインも色も洗練されています。



現在は主として「染布織」と自ら名付けた手法で制作しています。
着物の胴裏に使われる素生地を自分で藍などに染めて、
裂織用に引き裂いたものが素材です。
モノトーンでしっかりと織り込まれた静かな秩序感が感じられ、
地道に堅実に生きる人の身を包むのにふさわしいような印象を受けます。



米山さんも一人の創作家として活動を続けてきていますが、
他方で、「暮らし」の地べたにしっかりと両足を踏まえた制作を見せています。
東京という都市の中での「創作と暮らし」ということを
地道に展開してこられているわけですね。




男性でも使えるバッグ




都市の中の「女の手仕事」というひとつのサンプルを、
米山さんは示されていると思います。




「女たちの手仕事5人五様」展 6月5日~9日  町田市・可喜庵にて
詳細はこちら




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「誘い」のある器――服部牧子さんの練上の鉢」

2009年05月09日 | モノ・こと・ことば


「かたち21」のHP



いけばな作家の中川幸夫さんはアヴァンギャルドな表現をする人ですが、
花器に花を活けることもあります。
現代の陶芸家が作ったものや、中国の古代の陶器に活けたりもしています。
そしていつも言ってたことは、「器には誘いがないと駄目だ」ということでした。


中川さんがいう「誘いのある器」とはどういうものかについて随分長いこと考えてましたが、
最近は私なりに理解できるようになってきています。
「口は大きく開いて天に向かっていなければ駄目」とか
壷の中を覗いて「これは深いねえ」とか、中川さんは言ってましたが、
なんとなく意味が分かってきています。






写真の中鉢は服部牧子さんという陶芸家の作になるものです。
最近我が家に仲間入りして、ずうっと眺めていると、
特にヘンテツのない作なんですが、どこか誘いかけてくるものがあるんですね。
で、つい思わず、台所にあったプリンスメロンを切って入れてみたりしました。


この鉢の場合の「誘い」という在り様がどこから来てるか、
正直なところまだよくつかめていません。
しかしひとつ思い当ることとして、服部さんは中国の古代の陶器や造形物が大好きで、
今年の春先にも中国まで美術館めぐりに出かけていたりしてるんですね。
このあたりに、中川さんとの接点が感じられたりしています。


服部さんは「かたち21」で企画している6月の展覧会「女の手仕事5人五様」に出品をお願いしています。
器作りは久しぶりということですが、先日、焼きあがった作品の一部を送ってきました。
ところがその後、自分で納得できないのでもう一度作り直すと言ってきました。
この人の中で何か変化が起きているようなことが感じられるのですが、
「中国古代の造形」ということがどこかではたらいているのかもしれません。



「女の手仕事5人五様」の詳細はこちら




中川幸夫さんのいけばな作品 
花器は中国B.C.2500年ごろの紅陶器
花材はカトレア
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初がつおに山椒のつくだ煮

2009年05月02日 | 食の愉しみ


「かたち21」のHP



目には青葉 山ホトトギス 初がつお
「庭には山椒の香りかな」と勝手に続けて、鰹と山椒の取り合わせを愉しみました。




かつおの真ん中あたりの黒っぽいのが山椒
ガラスの器は林孝子作



青々と繁った山椒の葉っぱを摘んできて、佃煮ふうに煮ます。
『女わざ』第7号(1989年発行)に掲載されている「山椒を食べる」から
「葉のつくだ煮」の項を紹介しますと、





1.ほどよく成長した葉を摘み、水洗いしてから指先で一枚一枚はがす。
2.フライパン(か厚手のナベ)で炒る。弱火で。
3.こげそうになったら水を加える。
4.葉がクルクルと丸まってくる頃に醤油で味をつけ更に炒る。(ユックリ、目をはなさず)


とあります。(同じ頁に「木の芽味噌」の作り方も書かれています。)
葉っぱを1枚1枚はがすのに結構時間がかかるのが、
醤油で煮るとほんの僅かな量に変貌するので、とても貴重なものに思えてきます。
鰹は刺身にして酒と醤油に浸けておきます(つまりヅケですね)。


かつおのヅケに山椒の佃煮をほんの少量のせて、口の中に運ぶと……。
で、これに淡麗辛口の吟醸酒が絡んできて、
さわやかな初夏の夕べを堪能させていただきました。


冒頭の写真のガラスの器は林孝子さん(前回の記事参照)の作になるものです。
上の方に写ってるのはカブと新たまねぎを
マヨネーズとヨーグルトで和えたサラダです。


「女の手仕事5人五様」展(6月5日ー9日 町田市・可喜庵にて)
(林孝子さんのガラスの作品も出品されます。)
詳細はこちらから




ついでですが、キンピラごぼうにも山椒をのせてみました。
これもなかなかイケてたことは、言うまでもないでしょう。



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