桶谷寧の曜変天目（前回からの続き）

で、結局何が言いたいのかというと、要するに
「ひょっとして桶谷さんの曜変天目は国宝のものよりも出来がいいのでは？」
ということなんです。
いささか贔屓の度が過ぎているのではと言われそうですが、
私は桶谷さんの曜変天目にどうしても惹かれてしまうのだから仕方ありません。

ただし、条件がひとつあります。
それは前回に書いた、「曜変」の定義の仕方について、
桶谷氏の説明の方に準拠するということです。つまり、
「釉を通過し黒い素地に反射した光が、こまかな炭素の反射をともない、釉の内部より重厚に黒く発色させます」
にもとづいて「曜変」を定義するという考え方に即して見ると、
桶谷さんの曜変天目の方が国宝のものより美しく感じられてしまうということです。
これは私一人だけがそう感じているということでもないのです。
私と同じような感じ方をする人は、他にもおられることは確かです。

言いたいことはもうひとつあります。
それは、現代に作られたものでも古典を超えているものがあるということです。
そんなに多くは無いにしても、まったく無いわけではありません。
国宝だからといって、どれもこれも現代のものよりいいということはないのです。

だから現代に創作されているものにもっと注意深く意識を向けて欲しいのです。
国宝のご開帳と聞くと美術館を取り囲む長い列に並んで何時間も待つ熱意を有しながら、
自分と同時代の人間が創ったものには関心を持とうとしないのは、
私にはなんだか自分というものを軽んじているように感じられるんですね。
国宝として今日に伝承されているもの以上にいいものは、
だれの身の周りにもきっとあるはず。そういったことに目を向けて行く意識を持って欲しい、
というのが私の言いたいことです。以上。

曜変天目の定義についての疑問

かたち21のＨＰ



「曜変天目」とはどういうやきものであるかについて、
曜変天目を再現した桶谷寧さんは次のように書いています。

「天目の釉は鉄の金属結晶発色による黒色というより、こまかな炭素単体もしくは炭素化合物による発色の影響が大きく、曜変虹彩などはそれに伴うものです。
　天目の釉自体は、光が透過し反射する透明な黒釉です。釉を通過し黒い素地に反射した光が、こまかな炭素の反射をともない、釉の内部より重厚に黒く発色させます。これは、釉中の気泡による反射と素地の色をのぞけば、南宋青磁とまったく同じ原理であり、青磁も炭素が奥行きのある発色を生む重要なポイントとなっています。」
　　　　　　　　〈『曜変天目／桶谷寧』（2007年11月　株式会社黒田陶苑発行）より〉

「曜」という漢字のメインをなす意味は「ひかりかがやく」ということだと漢和辞典に書かれています。
曜変天目釉の「ひかりかがやく」メカニズムは
「釉を通過し黒い素地に反射した光が、こまかな炭素の反射をともない、釉の内部より重厚に黒く発色させます」
と桶谷さんは説明しています。
そしてこのメカニズムが私が前回に書いた「土が玉(gem)に変わる」ということであろうかと私は思っています。

ところで、『国宝の美』第７巻の巻頭の文章中に「曜変の定義とは」という小見出しがあって、
「定義」に触れた箇所では次のように書かれています。

「現在の曜変の定義は、室町時代、先に見た『君臺観左右帳記』のそれに近く、中国福建省にあった建窯で焼かれた建盞の中で、漆黒の釉の表面に斑紋が点在し、その周囲に虹彩といわれる青を基調とした独特の色合いの現れたものとしている。これは曜変の定義としては最も厳しいものと言える。」（p.7）

この定義の仕方は古美術学的あるいは意匠学的なものです。
桶谷さんの方は「物質の化学的な作用に即しての説明」です。
桶谷さんの説明には化学という学問の専門用語を使って説明できる可能性を感じますが、
『国宝の美』の方は使われている言葉には学問的な精密さが感じられません。
（「漆黒の釉の表面に斑紋が点在し、その周囲に虹彩といわれる青を基調とした独特の色合いの現れたものとしている」という書き方は、いわゆる印象描写的な記述にすぎません。）

両者の違いは、「曜変」という現象に対する解釈の仕方がまったくちがっているところからくるものかもしれません。
しかし、では、「曜変天目」の美しさとは一体何なんでしょうか？
それは意匠としての美しさなのでしょうか、それとも私が言う「土が玉に変化する」ような
天然自然の神秘なはからいの美しさでしょうか？
曜変天目を美しいと思う人は、そのあたりのところをとくと見極めていただきたいと思います。