最近は、ブログの話題に恵まれて、割と楽に記事を綴ることが出来ました。
でもいよいよ、その話題も尽き、題材が浮かばない。
日頃は、毎日が平凡そのものですから。
その平凡が全く嫌でない私。
一日、家で暮らしていても、退屈することはまずありません。
そんな私に、また最近、思いがけない電話がありました。
高校時代の同窓生からです。
東京に在住の人ですが、先日開かれたミニ同窓会には欠席でした。
いつも声が暗い。(笑)
何故でしょう。
いい人なんですけれどね。
彼女の話では、秋に、恩師のH先生のクラスの同窓会をする予定との事。
先生の回忌法要の供養とお墓参りを兼ねて、京都で行うそうです。
あなたは出席できますかとの打診の電話でした。
これは、随分前、鳥羽で開かれた同窓会の時の画像です。
目的は小学校の担任の先生のお墓参りでした。
H先生には一方ならぬお世話になったので、ぜひ参加したいところですが・・・。
十数年前、先生の訃報が入った翌々日には、愛媛に飛び、お葬式に参列させていただいた私です。
先生は愛媛大学に勤務された後、正岡子規の記念館の館長をなさっていました。
その頃、親友のH君に誘われ、先生に会いに、二人で連絡船に乗って、愛媛に出かけたこともあります。
それは急に持ち掛けられたことで、私は他の用事で、帰広したのですけれどね。
当時、私はまだ60代の後半。
とても元気だったなあ~、と今更ながら懐かしく思います。
最初の画像の様に、小学校の先生の墓参も兼ねた同窓会が、鳥羽で開かれた時も出かけました。
女性は三名だけ。
同窓会の後、伊勢志神宮まで足を延ばしたのは5名のみ。
女性は私一人。
そんな積極性が自分にあったなんて、嘘見たいです。
伊勢神宮の近くの和食処の前で
最近連絡があった秋の同窓会にも、参加したいのはやまやまなのだけれど・・・。
今の私の体調で、集団行動の旅行ができるでしょうか。
歩くのも遅くて、みんなに迷惑をかけてしまいそう。
つい先日開かれた同窓会の様に、数時間おしゃべりを愉しむのとはわけが違います。
ですから、前向きに考えますが、お返事は無事に夏を超えられてからにします、と応えました。
同窓生は、皆80代に一年足らずでなる人ばかり。
その中でも私は一番年上。
お誕生日が4月3日ですから。
細々とでもご縁が続き、会えば学生時代に一瞬で戻れてしまう不思議な仲間たち。
この貴重な時間をむげに断るのはもったいない気がするのですが、私の体調次第。
昨日(18日)は暑さ負けか、体がだるくて、身の置きどころがないほど辛かったです。
チョッと異常な体調でした。
退院してから、ずっと調子が悪い。
今日(19日)は退院後、二度目の病院での診察があります。
入院した時にお世話になった先生で、掛かりつけ医ではないのですけれど・・・。
微熱がしばらく続き体が本調子でなかったことを話すつもりです。
その微熱は、一週間前からもう出なくなりました。
同窓会に参加するにも、体が元手。
もう少し元気にならないと、参加はとても無理そうです。
今のままでは、今夏の猛暑が恐ろしい。
無事に乗り越えられるでしょうか。
同窓会ではありませんが、幼馴染で親友と言っていいN君と、英語の家庭教師としてお世話になった
K先生をお訪ねした時の想い出写真です。
お二人共、もう帰らぬ人となられ、私は寂しくなる一方です。
もう一人の親友H君も(上の画像の左端の人です)、一年前から病を患い今療養中です。
回復を祈るばかりです。
お返事は夏が過ぎてまで待ってもらう事にし、一応前向きに検討しますとだけ答えました。
コロナの事も気になりますものね。
私は、小、中、高の担任の先生にはとてもお世話になりました。
ですからその御恩は今も忘れる事がありません。
中高時代の英語の家庭教師の先生、数学の家庭教師の先生のことも同様です。
人のめぐり逢いには、とても恵まれた人生だった私。
その最もたるものが友でした。
友のお蔭で成長できた、と言っても過言ではありません。
でもこれからは、会うのさえ難しい年齢になっていくのでしょう。
でもその想い出の宝物は、何時も胸に温めて暮らしたいです。
つい最近あった同窓会が、コロナ禍になる数年前に前に開かれた時の画像。
皆今より若くて元気そう。
もし出かけても、これが最後かな。
マイペースの一人暮らしが全く嫌でない自分の性格を、この年齢になると有難く思います。
穏やかな平凡な日々、それで十分な私。
これからは、小さなささやかな喜びを積み重ねて、日々を愛おしんで暮らしていきたいです。
あと半年少々で、80歳になるのですもの。
なんだかんだと、体調には問題ありの私ですが、私は健康のようです。
このお話は次回で。