遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『脱税秘録』 大津 學  光文社

2011-12-01 15:14:20 | レビュー
 本書の副題は、「カリスマ税務調査官、36年間の『現場摘発白書』」である。
 この副題でズバリ本書の内容を大凡イメージできるだろう。現場での税務調査一筋の人生を過ごした著者が、脱税事例とその手口、どうのように調査を貫徹し、徴税したか説明してくれている。

 金に対する人間の欲望がここまでなのか・・・・まさに金は煩悩の代表!!!
 そこまでやるか!
 金銭欲は職業を問わないようだ。一流レストラン、中華料理店、蕎麦屋、ラブホテル、建設会社、運送会社、不動産会社、家具製造業、自動車解体部品販売業、陶器店、高級料亭、パチンコ店、洋品店、ステーキハウス、整骨院、飲食店、ゲイクラブ、芸者、置屋、寿司店、ラーメン屋、居酒屋、鶏肉屋、ビジネスホテル、産婦人科、精神科医、屋形船の船頭、歯科医、弁護士など、脱税はいずこでも行われているということが、よくわかる。そして、不動産譲渡や遺産相続での脱税行為。あらゆる所で・・・・・。
 脱税動機の多様性と脱税手口のあの手この手。読んでいて実におもしろい。

 著者は税務職員として36年間、その大部分を税務調査に費やしてきた人物。国税局、14の税務署で所得税、法人税、資産税と査察調査に従事したという。その調査人生の摘発記録と見聞の一端をまとめられたのが本書だ。脱税の動機と脱税手口、それを如何に調査し見破って摘発し、追徴課税に持ち込んだかの事例を紹介している。
 金庫と金庫破りの関係と同じで、本書が刊行された時点で、もうこれら手口はふるいものになり、さらに脱税の新手があみ出され、一方で、如何に脱税行為を調査摘発するか、税務調査官はその解明方法を工夫していることだろう。
 一方で、あいかわらず同じ手口での試みがなされていることでもあろう。
 
 本書はこんな構成だ。
第1章 ビックリ仰天の脱税珍事   7事例
第2章 その脱税手口が命取り!   14事例
第3章 調査官vs.脱税者「大攻防戦」  13事例
第4章 脱税か、節税か-税法の抜け穴 12事例
そして、
第5章は、調査官群像の悲喜こもごもについて、先輩、同僚、後輩を懐かしみ語っている。

 テレビ報道でニュースになるのは、査察部隊が行動するもの。
この査察調査は著者によると、全国で年間200件以上実施され、2日に1回以上のペースで査察が実施されているとか。そしてその7割以上が検察庁に刑事告発されるという。
 査察調査は、情報担当者が内偵で得た犯罪嫌疑事実を検討会で審議し、情報部門で選定した事件を、査察実施部門に引き渡し、実施担当者が調査に入るという流れで進めるようだ。100人、200人という大部隊で査察行動をとるのもざらだとか。こんな大掛かりなものがニュースネタとして我々の目に触れるのだ。
 一方、上記のような多種多様の多くの脱税事例は、税務署の調査官が、準備調査から調査終了まで原則一人で行うものだという。まさに孤独な闘いだ。
 
 数多くの調査事例で、著者は如何に調査を進めたかを開陳している。
 調査の進め方はケースバイケースで実に多様。しかし、実地調査対象(以下、ターゲットと呼ぼう)に対する事前準備としての外観調査(ターゲットへの客や関係者の出入りを外から観察するなど)、内観調査(実際に客となって現場に入り、観察する)をキッチリやり、無予告調査を原則にする。つまりターゲットを訪問しての現地調査である。それは証拠隠滅を防ぐ最良の方法だという。
 調査には査察のような強制調査権限はない。つまり、一般の税務調査は任意調査が原則なのだ。しかし、法人税法や所得税法が定める「質問検査権」が付与されているとのこと。この権利行使でターゲットの取引先への反面調査や銀行調査でターゲットの預貯金データを調査することなどができるようだ。

 脱税行為を続けるためには、記録の整合性を維持するために、なにがしか裏側で事実記録を残していないと継続できない。ターゲットが隠しているその記録をいかに見つけ出すか、そこに調査官の経験と技と勘が総合的に発揮されるようだ。本書を読むと、脱税者の隠しかたが様々で、苦労工夫が見られて、おもしろい。あっと思う類のものもある。

 書類だけの調査の件数には言及されていないが、1人の調査官が年間で実地調査できるのは20件前後という。全国にある税務署の数は524ヵ所だというから、全国で見れば、全事業者数や巨額の遺産相続をする人々の数からみれば、やはり摘発総数は、氷山の一角にすぎないのだろう。
 
 ターゲットから「蛇蝎のごとき調査官」と言われることは税務調査官にとっては勲章みたいなもの。多分、筆者はその勲章を手にした一人だったにちがいない。
  一方で、著者は数点、現行の税法の持つ矛盾点・問題点も指摘している。

 本書は事例を読むことから学び、楽しむべきもの。読み手によっては己を諫める書だ。
 著者の36年間の見聞の総括を第5章の「その8」に「1.脱税の動機または原因 2.不正の形態 3.不正発見の困難性 4.調査の極意」として行っている。ここだけ読んでもエッセンスは把握できる。ただし、ここだけ読んでも面白みはないけれど・・・・。

 著者は言う。「脱税という経済事犯では意外と多くの証拠が残されている」

 脱税をしようと思っている人が本書を読み、速やかに諦める契機になれば、著者は本望だろう。
 退職後著者は税理士を開業したという。カスタマーの事業主とどのように対応し、関係を築かれているのか、とても興味深い。

 最後に気になること。税務調査官が内観調査として、飲食業のお店で食事をしながら情報収集するときの食事代は、調査費用という公費・必要経費なのでしょうね。たった1回の現場内観調査ですまないこともあろうし・・・・内観調査中に、アルコール飲料を注文することも調査業務の一環として、できるのかな? 公務員としての勤務時間はどうなっているのだろう・・・・こういう側面は、勿論本書に記載はない。

ご一読、ありがとうございます。

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 幾つかネット検索してみた。

税務調査 :ウィキペデイア

国税庁の機構

「税金の役割と税務署の仕事」平成23年11月 国税庁広報広聴官
パワーポイントのスライド。28,29ページに査察調査の統計資料が出ています。


適正・公平な税務行政の推進|2009年度版(HTML)|国税庁レポート
こちらにも「(4)査察」として、統計データが載っています。

平成20年度査察(マルサ)の概要


税の学習コーナー
国税庁のホームページにはこんなサイトもありますね。


元調査官が暴露する「脱税調査」のウラ事情

それでも脱税しますか  :「西野ゆるすのホ-ムペ-ジ」から

税務調査の新聞記事情報 :「西野ゆるすのホ-ムペ-ジ」から

誰でも考える脱税の手口は見抜かれている :個人ブログから


国税専門官の年収と仕事

【職業】国税専門官の仕事の本音  :honne.bizから


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