遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ことばと遊び、言葉を学ぶ』 柳瀬尚紀  河出書房新社

2018-10-23 16:25:55 | レビュー
 J・ジョイス作の『ユリシーズ』や『フィネガンズ・ウェイク』というとてつもない作品が翻訳されていることは知っていたが、その翻訳者が柳瀬尚紀氏であることを、知らなかった。この本のタイトルに付けられた副題「日本語・英語・中学校特別授業」という副題に関心をいだき、読んでみた。本書は、今年(2018)の4月に初版が発行されている。だが、著者は2016年7月に逝去されている。そのこともまた知らなかった。合掌。

 さて、これは、<<ロアルド・ダール コレクション>>(評論社)の柳瀬翻訳が取り持つ縁となって、実現した2箇所での授業から始まった著者の授業という形の講演をもとにしてまとめられたものである。
 「まえがき」には、島根県美郷町邑智(おうち)小学校6年1組の16名-これが6年生全員-を対象とした最初の授業体験だと記す。このときの授業をもとに、『日本語ほど面白いものはない』(新潮社)が刊行されているそうだ。本書には、「第4章 出雲ふたたび」で、この時の6年生が中学生になっていた時点で「邑智中学校特別授業」として講演する機会が生まれたという。その内容が収録されている。
 もう1箇所が「第1章 近江の子らよ」として収録されている。滋賀県長浜市西中学校で1年生から3年生の全校生を対象とした講演の記録である。それに、久留米大学附設中学校特別授業として行われた講演が「第3章 筑紫のひかり」と題して収録されている。これら3校での授業を踏まえた上で、架空の補講という形で、「第5章 まされる宝」が加えられている。
 5章だての構成であるのに第2章を飛ばした。これはナンセンス詩が取りもったことで、西中学校のPTA課外授業を京都競馬場で行ったときのことに触れている章である。授業としては番外。課外授業としての京都競馬場へのツアーが実現した際の過程で往復したリメリック・メールのことが題材になっている。「リメリックとは、イギリスのナンセンス詩人エドワード・リアの愛用した詩形」(p69)だそうである。著者は、日本語リメリックのやりとりをしたプロセスを紹介している。「メールには必ずリメリック(AABBAと韻を踏む5行滑稽詩)が入っていて、こちらはそれを添削しながら返信するというやり取り」が行われたという。そのプロセスを含めると、なかなか楽しい課外授業だっただろうなと想像する。この第2章を読み、久留米大附設中学校特別授業が、長浜市内での図書ボランティア活動の仲間の繋がりとリメリック・メールが縁となって実現したことがわかる。<<ロアルド・ダール コレクション>>(評論社)の柳瀬翻訳が波紋を広げて、どんどん繋がっていったという奇縁がベースになっていることがわかっておもしろい。

 この講演をベースとし、その時の口調をできるだけ変えないで修正や加筆を加えたという。本書の本文は「言葉を学ぶ」というタイトルにあるとおり、日本語と英語の言葉をあたかも言葉が言葉を誘発し、連鎖していくような形で、縦横に言葉の海を進んで行くという趣の講演である。言葉の面白さに引きよせられていく内容となっている。言葉の連鎖が、そうなっていくのか、先が読めない面白さがある。西中の場合は、まず「長浜」という言葉から始めて行く。『日本国語大辞典』に記された「長浜」の説明文を取り上げて、そこから始めていく。そして、再来年に長浜が市制70年となることを題材に、ワザと「市になって再来年でナナジュウネン」という話し方をし、「七」をシチとナナと読み分けることへの注意と意識を喚起する。「時代とともに日本語の音が変わってくるのは仕方ないのですが、ただ、間違いがぐんぐん広まってしまうのはどうかなとは思います」と、所見を述べて、言葉への感性を意識させてもいる。西中の生徒達に、長浜に関わるところから講演を始めるのは、一挙に距離感を縮めたことだろう。
 これは、附設中の場合は、著者はやはり、久留米に関連した「Kurume」という英単語から始めている。これはOED(Oxford English Dictionary」に収録されている花の名に使われたKurume の語の紹介である。著者はこの中学の生徒達の学力も踏まえて、長文の英文から始めていく。それもOEDが編纂された目的やその編集方針などまで言及しながら、言葉がどのように扱われてきたかにも触れているのである。著者は生徒達と同じ年頃のころに、dictionary という英単語を「字引く書なり」と覚えたという、エピソードなどを交え、そして、この学校の名前にある「附設」はどこに由来する言葉か、なぜ「付属中学校」としなかったのかと注意を喚起して、その由来を探っていく。多分その時の生徒達は、「附設」という言葉をあたりまえのこととして意識していなかったのではないかと想像すると、おもしろい。著者の疑問の投げかけに、ハッと言葉そのものを意識化したのではないかと思う。
 著者は言葉の成り立ちと言葉の変化について例を挙げながら解説を進めて行き、そこで日本語と英語の言葉がしりとりゲームのように繋がったり、ある日本語が英語ではどう言うのか、などとの関連で波紋を広げていく。この話の中で興味深いのは、辞書をどのように活用できるか、著者自身の経験談を交えながら、具体的事例で話を展開していく。この辞書の利用の仕方には、学べるところが多い。著者は、辞書の「語源」に親しむことを勧めている。
 著者の仕事場には様々な辞書・辞典類が集められていると想像してしまう。というのは様々な辞書名と具体的な言葉の事例が講演の中で飛び出してくるからである。

 もう一つ、著者はこれら諸授業の中で、言葉の遊びにもいろいろと具体例を交えながら言及していく。この側面もまた言葉に関心を抱かせる働きかけになって行く。上記した「リメリック」というのもその一つである。「アナグラム」「回文」「折り句」などにも触れている。
 柳瀬尚紀(やなせなおき)のアナグラムは、「大魚(おきな)や、為(な)せ」という。
 著者がこれまでにたった一つ作った回文は「飼いならした豚知らないか」だという。
 そして、英語の有名な回文 "Madam, I'm Adam." を、
 「はい、アダムだ。マダムだ、愛は。」と回文翻訳したことが唯一の自慢だという。
自分を題材にして、実例を示してくれるのも、楽しい所である。

 言葉の好きな人には、実に楽しみながら、おもしろくて引き込まれていく講演記録である。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
柳瀬尚紀  著者プロフィール :「新潮社」
柳瀬尚紀  :ウィキペディア
柳瀬尚紀  :「コトバンク」
「ひょい穴」からジーニアス英和大辞典に入ってみれば  柳瀬尚紀
ジェイムス・ジョイス :ウィキペディア
James Joyce author (1882-1941)  :「BIOGRAPHY」
天才翻訳家が遺した、『ユリシーズ航海記』(柳瀬尚紀)刊行記念 いしいしんじによるエッセイ公開 :「Web河出」
柳瀬尚紀のおすすめランキング  :「読書メーター」
柳瀬尚紀 絵本ランキング :「EhonNavi」
回文とは :「JapanKnoeledge」
回文   :ウィキペディア
アナグラム :「コトバンク」
日本折り句協会  ホームページ
折り句 前編  日本のことば遊び:「JapanKnowledge」
   折り句 後編 
折り句  :「コトバンク」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)



最新の画像もっと見る

コメントを投稿