遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『玉村警部補の巡礼』 海堂 尊  宝島社

2021-11-14 18:16:42 | レビュー
 先日『コロナ黙示録』を読んだ時、巻末の広告ページで、玉村警部補シリーズの第2弾として、本書が刊行されていることを知った。本書の奥書を見ると、『「このミステリーがすごい!」大賞作家書き下ろしBOOK』(2015年2月~2018年3月)に4つの短編が断続的に掲載された。それにこの短編連作の最後として書き下ろしの短編を加えて、2018年4月に刊行されていた。冒頭は単行本のカバー写真。調べてみると、2020年11月に文庫化されている。

 ここでの「巡礼」は四国遍路八十八ヵ所をさす。最初の短編の冒頭は、弘法大師・空海の略歴が記述される所から始まる。やはり、そこから・・・・。どのようにお遍路をストーリーに取り込んでいくのかに関心が向く。
 玉村警部補が四国お遍路を自らの足で歩いて巡礼しようと発心した。そしてリフレッシュ休暇や連休などを利用して区切り遍路の実行を計画する。だが、玉村の発心をキャッチした加納警視正が登場する。そう、警察庁刑事局刑事企画課電子網監視室室長である。玉村の四国巡礼に便乗し、その序でに四国で発生している事件の解決を狙う。加納は公費出張という形でちゃっかりと八十八ヵ所巡礼もやろうと目論む。
 加納の「リフレッシュ休暇に阿波県警の視察を組み込んだことにすればいいだろう・・・・同行すれば警察庁から出張費と交通費が出る。つまりロハで遍路に来られるんだが」(p27)という甘言に玉村は嵌まってしまう。これで凸凹コンビのお遍路が始まることに。その結果、玉村の歩きお遍路計画はハチャメチャに崩れていく。一方で、各地において、二人は事件に巻き込まれたり、加納が当初の対象としている事件の捜査と解決を目指し、その成果を挙げることになる。
 お遍路を発心した玉村は、巡礼のための諸知識を学び、かなり周到な準備をしていた。そこで加納に信仰に絡んで基本的なことを教える立場なる。勿論加納はすばやく要点は理解してしまう。その上で、加納は観光資源としての八十八ヵ寺とお遍路の実態を含めた現代的視点から、寺々とお遍路について、毒舌を吐いていく。巡礼者の視線を気にしハラハラする玉村と言いたいことをズケズケという加納の会話がおもしろい。加納の毒舌は、現代のお遍路の実態に対するアイロニカルな批判的局面を含んでいるとも言える。信仰と観光、信仰と俗化、・・・・・・など。
 事件の捜査と解決はほぼ加納が独走する形になり、玉村は随分振り回されることになる。加納の鋭さと玉村の困惑が読ませどころとも言える。

 さて、巻末には、「四国霊場八十八ヵ所」の諸寺所在図と、4つのエリアに分けた一覧表が掲載されている。「発心の道場・阿波」(1番~23番)、「修行の道場・土佐」(24番~39番)、「菩薩の道場・伊予」(40番~65番)、「涅槃の道場・讃岐」(66番~88番)である。
 この短編連作集は、これに照応するかのようにストーリーが進展していく。各短編を簡略にご紹介していこう。

<阿波 発心のアリバイ>
 弘法大師・空海の略歴記述から始まるが、ここではストーリーの中にお遍路の基礎事項がちゃんと語られて行く。お遍路のことを知らない読者(私を含めて)には、副次的に学ぶガイドブックにもなる。加納は1番札所・霊山寺近くの売店で遍路グッズ一式を購入して、境内をざわつかせるほど似合った白装束姿に変身する。
 「セレブのゆったり遍路周遊弾丸ツアー十日間」というツアーの存在や、4番札所・大日寺の納経所のいたずら婆さんの話などが登場する。これらは後の伏線にもなっている。 初日、6番札所の宿坊で、玉村は加納が四国に同行して行う極秘捜査について尋ねる。これが後の展開の導入になる。先月、阿波港で腐敗した水死体が発見された。全国指名手配になり、20年以上足取り不明のテロリストと判明した。ここ1年の間に四国界隈で犯罪者が立て続けに水死体で発見されている事実がある。加納は、桜宮の指定暴力団・竜宮組壊滅事件の<人生ロンダリング>システムの再稼働を睨んでいると玉村に答える。
 阿波県警に表敬訪問した後、巡礼旅に戻るのだが、11番札所藤井寺を終えた時点で、窃盗事件の捜査に協力する羽目になる。4番札所大日寺で発生した100万円の賽銭泥棒事件である。この事件解決が読ませどころとなる。

<土佐 修行のハーフ・ムーン>
 お遍路とは程遠い衆議院予算委員会の質疑から始まる。宗教法人への非課税扱いに対し課税方針を打ち出す場面である。質疑者の民友党重鎮で政界の寝業師・北条政志議員は課税提案の撤回を弁じた。この北条政志が後に関係してくることになる。
 ゴールデンウィーク後半、玉村・加納の区切りお遍路の巡礼は、23番札所薬王寺から始まる。凸凹コンビの会話がおもしろい。二人が秘湯マニアである側面が話に加わってくる。
 善根宿「春日」に一泊する。ここでキャサリンと名乗る娘遍路者と同宿する。早朝にキャサリンは出立し、30分後に玉村と加納は出発する。水床トンネルを抜け、土佐に入った。出発2時間後くらいに、キャサリンが自動車で拉致されるところを目撃する。
 加納は的確な緊急配備指示を県警の本部長にする。この事件を介し「春日」の主人が元警察OBだったことを知る。玉村と加納の素性が分かると、主人は、10年前の「室戸事件」のことを語り出す。彼は地元の捜査官だったのだ。土佐の有力政治家・島崎代議士が特捜に強制捜査された直後、第二秘書が自殺し真相が闇に葬られた。だが、この元捜査官はコツコツと他殺の線を洗い出していたという。その時の第一秘書が北条政志だったのだ。第二秘書を発見したのは北条だった。彼のアリバイは崩せなかった。
 加納はこの「室戸別荘秘書不審死事件」の解明に取り組む。室戸岬の寺巡礼を終えた後、室戸署に当時の事情を聴取に赴く。一方、室戸署では室戸港での全国指名手配者の腐乱死体発見で大騒ぎになっていた。
 この短編のハイライトは勿論「室戸事件」の北条のアリバイが崩せるかどうかである。

<伊予 菩薩のヘレシー>
 伊予の遍路ころがし、45番札所岩屋寺から始まる。今回は東城大学医学部の放射線科医・島津が松山で開催される警察医会の総会でAi(死亡時画像診断)について講演することになり、警察現場からのコメントを加納が頼まれたのだ。それで、玉村の学会参加要請を出させることで、加納は巧みに玉村との伊予での遍路を抱き合わせた。県警に観光ハイヤーを手配してもらい、平地の札所はハイヤーでスピード巡礼、奥深い山合の札所はトライアスロンのトレーニングよろしく駆け足という形である。玉村の初志には大きく外れていくことになる。加納は玉村の歩き遍路至上主義を畜生道とまで攻撃する。加納の論法と玉村のぼやきが実におもしろい。
 60番札所・横峰寺を終えた後、二人は伊予県警本部長が予約をしてくれた帰途の通り道にある秘湯の宿「自堕落亭」に泊まることになる。二人が<秘湯ミシュラン>の評価リサーチャーとして、その宿の秘湯評価に蘊蓄を傾けるエピソードも挿入される。
 自堕落亭の近くに、通称「蚊帳寺」というお寺がある。その夜、その寺で蚊帳教の儀式が行われ、宿主の田中太郎はその儀式に参列するという。翌朝、儀式に参加していた宿主の田中が死亡しているのを蚊帳寺の善導和尚にが発見する。加納と玉村はこの事件解決に関わって行くことになる。
 遺体の精査が必要と加納は判断し、伊予大学の法医学教室への搬送を要請する。加納は2時間という制限で玉村に現場での聞き込みを担当させ、後に松山で合流させる。加納自身は精査に立ち合うために遺体と松山に向かう。そこには加納の深い読みがあった。解剖の有無の判断を経て、松山に来ている島津がAi診断をする形に発展する。この事件の捜査プロセスが読ませどころとなる。
 この短編のタイトルに「ヘレシー」という言葉が使われている。この短編には出て来ない。蚊帳寺の儀式について、著者は加納に「蚊に血を吸わせて成仏を願うなんてヘンテコな宗教」と言わせている。辞書で「heresy」という語を見つけた。「(宗教上の)異端」とう語意が載っている。多分、その意味のカタカナ語なのだろう。

<讃岐 涅槃のアクアリウム>
 この短編はこれまでのストーリーの構成スタイルとは異なっている。最初ちょっと戸惑う。なぜなら、犯罪者側の拠点作りという側面からストーリーが始まるからである。
 桜宮市から逃げ出した栗田は姉妹都市である讃岐市に落ちのびてきた。彼は<ホーネット・ジャパン>から発注を受けた仕事をしている。栗田が足繁く水族館別館に通っているうちに、閉鎖された深海魚コーナーのある別館地階が組織によって賃貸され、栗田の仕事場になり、必要な設備が揃えられていく。
 沢村真魚は、屋島水族館の売店のアルバイトの売り子。いつしか、足繁く通う栗田と真魚の交流が始まる。一方、真魚は遍路ツアーのミニバスが水族館の地下駐車場に駐車するようになったことと、夜の9時過ぎに弾丸ツアーのミニバスが駐車場に駐まっているのを見たと受付の内田から雑談で聞いていた。
 加納と玉村は讃岐市にやってきた。讃岐の伝統祭礼、ひょうげ祭りでテロ爆破行為の可能性があるということから、その阻止をミッションとしていた。阿波港で上がった水死体が25年前の企業爆破事件の主犯・宮野浩史だったと判断された。だが、加納は<人生ロンダリング>システムで新しい人生を得た宮野は讃岐出身なので、故郷に錦を飾るための爆破を狙っていると読んでいた。讃岐県警の警備と連携しテロの可能性阻止をめざす。
 今回は二人にとって、半日限りのハイヤーお遍路で81番札所から85番札所の4寺をめざすが84番札所屋島寺止まりとなる。二人は屋島水族館別館と売店にも立ち寄る。
 栗田と真魚がデートしてこのひょうげ祭の見物をすることから、ストーリーが動き出していく。
 これを纏めながら、スキャン読みをしていると、何気ないところに伏線が張られていたことに気づく。読み返してみるのもおもしろい。
 もう一つおもしろいのは、加納が空海坊主、詐欺師とまで呼ぶ論法である。玉村が必死で反論説明を加えていく。

<高屋 結願は果てしなく>
 四国のお遍路は高野山をお参りして初めて真に結願するというのが加納の自説だった。4月のまだ雪深い中、加納と玉村は奥の院への山道を歩くことになる。それも加納独特の論法、加納主導のやり方での参拝である。結局、金剛峯寺の納経所に立ち寄れずに終わる羽目に・・・・。なぜかは、おたのしみに。
 加納に振り回される玉村警部補の姿が実におもしろい。
 玉村が歩き遍路原理主義、歩き遍路至上主義を完徹できるときが来るのだろうか。

 おもしろおかしい凸凹コンビの事件捜査付き巡礼旅のプロセスから、四国霊場八十八ヵ所について、聖俗ごった煮の形ながら、それでも引き継がれているお遍路を身近に感じる機会となるストーリーである。
 ご一読ありがとうございます。
 
本書に関連して、関心事項を少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。
四国遍路八十八ヶ所  四国八十八ヶ所霊場会 ホームページ
 お遍路の心得
 各霊場の紹介
四国八十八ヶ所霊場  :「阿波ナビ」
阿波おどり  公式webサイト
阿波踊り2016 総集編 Awaodori Festival in Tokushima, Japan  YouTube
徳島・阿波おどり「平成最後の総踊り」   YouTube
よさこい祭り 公式webサイト
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空海  :ウィキペディア
空海の出世人生に、現代を生きるヒントがあった! :「Discover Japan」
はじめての空海と密教

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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=== 海堂 尊 作品 読後印象記一覧 ===  2021.11.5 現在 17册 


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