遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『恋しぐれ』 葉室 麟   文藝春秋

2011-12-22 22:55:00 | レビュー
 著者は以下の句と蕪村の手紙他から、晩年の蕪村とその周辺の人々が抱いた恋と思いを7編の短編作品として紡ぎ出している。左側は蕪村の句、右側は門人他の句である。

1.「夜半亭有情」
筆濯ぐ応挙が鉢に氷哉          いろいろの人見る花の山路かな    
花散りて身の下闇や檜の木笠     糸によるものならにくし凧(いかのぼり)
鬼老いて河原の院の月に泣く
身にしむや亡き妻の櫛を閨に踏む 

2.「春しぐれ」
春雨やものがたりゆく蓑と傘  
むくつけき僕倶したる梅見かな
さみだれや大河を前に家二軒

3.「隠れ鬼」
泣に来て花に隠るる思ひかな     やはらかに人わけゆくや勝角力    
                       我にあまる罪や妻子を蚊の喰ふ
                       船毎に蕎麦呼ぶ月の出汐哉
4.「月渓の恋」
藪入りの寝るや一人の親の側  
月天心貧しき町を通りけり
花守は野守に劣るけふの月
枕する春の流れやみだれ髪

5.「雛灯り」
莟(つぼみ)より知る人はなし帰り花 
箱を出る顔わすれめや雛二対

6.「牡丹散る」
御手討ちの夫婦なりしを更衣  
ちりて後おもかげにたつぼたん哉
牡丹散りて打ちかさなりぬ二三片

7.「梅の影」
白梅にあくる夜ばかりとなりにけり(←臨終三句の三)  
花を踏みし草履も見えて朝寝哉   花に来る人とはみへしはつ桜
老いそめて恋も切なれ秋の暮    糸によるものならにくし凧
妹が垣根三味線草の花咲きぬ    切てやる心となれや凧
逃尻の光り気疎き螢かな       見ぐるしき畳の焦げや梅の影
                      明六ツと吼えて氷るや鐘の声
                      八重葎君が木履にかたつむり
 
 蕪村とその友人だった応挙を軸に、晩年の蕪村の生きた世界を様々な切り口から立体的に描き上げている。ネット検索結果のリストにある人物を含む様々な人々が、関わり合う人間模様、人生模様が語られてゆく。
 多分それらの恋や思いの一端は様々な史料に散見されるのだろう。ネット検索情報にもその一端がうかがえる。著者はそういうヒントを踏まえていることだろう。『恋しぐれ』というタイトルが暗示するように、これらの恋や思いは、しぐれ模様のわびしさ、哀しさに染まる物語である。著者は秘められた恋や思いに想像の翼を拡げ、7編の短編を織りなしている。一篇一篇、なかなか情のこもった作品だ。

 これらの句がそれぞれの短編の中でどのように織り込まれているかを楽しめる作品集だと思う。各短編の主人公及びごく簡単な内容紹介にとどめたい。上記の句から想像を拡げてみてほしい。

1.「夜半亭有情」
 蕪村は祇園の妓女・小糸と馴染みになり老いらくの恋の虜になる。それが門人たちに波紋をひろげていく。そのころ、蕪村の家の様子をうかがう男がいた。蕪村が声をかけると、薺の花を「きれいな花だ」とつぶやいて去って行った。この男を円山応挙も見かけたという。上田秋成は蕪村に恨みを抱く者かもと言う。
 この作品「身にしむや亡き妻の櫛を閨に踏む」で終わる。

2.「春しぐれ」
 蕪村の娘くのは仕出し料理屋柿屋の長男佐太郎の許に嫁ぐ。しかし離縁になって蕪村の家に戻っている。くのは父、弟子の月渓とともに地蔵院の夜半亭宗阿の墓参りをし、その帰り道で、蕪村から佐太郎が二年前に後妻をもらい去年男の子ができたと聞かされる。
 柿屋でのくのの思い出は辛いものだった。そして、くのの柿屋での経緯が回想風に語られる。
 この作品「さみだれや大河を前に家二軒」で終わる。

3.「隠れ鬼」
 阿波藩士今田文左衛門は大阪の蔵奉行を命じられ妻子を阿波に残して大阪の蔵屋敷に住む。勤めに慣れたころ、出入りの商人平野屋忠兵衛に誘われ、新町の遊郭で遊ぶ。そして一夜を共にした小萩への思いが深まっていく。
 藩追放の身となった文左衛門は、妻子を伴い兵庫の北風家に一旦身を寄せ、俳諧師の道へ。俳諧師大魯の生き様が語られる。遊郭への誘いには裏があった・・・・。
 この作品「泣に来て花に隠るる思ひかな」で終わる。

4.「月渓の恋」
 蕪村の使いで宝鏡寺(人形寺)を訪れた月渓は庭掃除をしていた娘に気づく。尼僧に訊くと京で宮大工をする父親を訪ねて出てきたが居場所がわからず困窮して行き倒れ、この寺に居るという。この娘(おはる)の父親探しに月渓が関わっていく。おはるは応挙の弟子になりたいと望むが、その矢先に人生模様が変わってしまう。二年が過ぎて、おはるに巡り遭った月渓は、晴れておはると夫婦になるのだが・・・・おはるに数奇な運命が。そして月渓が呉春と名を変えた由来がここに。
 この作品「枕する春の流れやみだれ髪」の句で終わる。

5.「雛灯り」
 蕪村の家に新しくおもとという名の女中が来た。おもとにまつわる哀しい物語。この女中に、季節に遅れてふと咲いた花、帰り花を蕪村は思い浮かべる。
 蕪村の家に建部綾足という『西山物語』で評判をとった人物が訪ねて来るようになる。綾足を見たおもとの様子がおかしい。雛祭りの日、『西山物語』が意外な話に繋がっていく。
 この作品「箱を出る顔わすれめや雛二対」で終わる。

6.「牡丹散る」
 応挙の許に、高弟長沢廬雪の仲立ちで、牢人浦部新五郎が弟子入りする。新五郎は妻七重とともに応挙の屋敷に通うようになる。この二人、不義で追放の身になったという。七重は亡くなった応挙の妻・雪に似ている人だった。応挙が抱く恋ごころ。
 ある日、新五郎の叔父が七重と別れて藩に帰参するように説得に京まで出向いてくる。 この作品「牡丹散て打ちかさなりぬ二三片」で終わる。

7.「梅の影」
 お梅は大阪、北新地の芸妓だが、蕪村の高弟大魯の手ほどきをうけた蕪村門下の一人でもある。蕪村の訃報を聞きお梅はうろたえる。お梅は弔問するが、門人の応対はひややか。月渓だけがお梅を助けてくれる。
 そして蕪村に心引かれるお梅、小糸に老いらくの恋を抱く蕪村、小糸に悋気して作った句の経緯などが回想されていく。
 三年後、さらに二年後、お梅は知らされていなかった事実を知る。
 この作品だけ、末尾は次の一行で終わる。
 「月渓が<白梅図屏風>を仕上げた時、蕪村が没してから十年の歳月が流れていた」。

 各作品には意外な展開という局面が盛り込まれていてそれぞれおもしろい。読ませ所がある。当然のことながら、各句がストーリーの流れに自然に織り込まれていて、そういう解釈が・・・・という楽しみもある。
 また、蕪村の句、応挙の絵、呉春の絵を身近に感じられるようになる作品でもある。
 
 一つの事象は、見方を変えるといろいろな読み取り方があり、そこに様々な思いが重なっているということも、著者が描きたかったことではないだろうか。


ご一読、ありがとうございます。

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この作品に関連する語句をネット検索してみた。

与謝蕪村 :ウィキペディア

円山応挙 :ウィキペディア

上田秋成 :ウィキペディア

松村月渓 ← 呉春 :ウィキペディア

樋口道立 :コトバンク 「朝日日本歴史人物事典」

高井几董 :ウィキペディア

吉分大魯 :兵庫の楽学歴史大学

長沢芦雪 :ウィキペディア

三井高利 :ウィキペディア

北風家  :ウィキペディア

夜半亭宗阿 「夜半亭宗阿の生涯と俳諧

炭太祇 :コトバンク 「朝日日本歴史人物事典」

建部綾足 :ウィキペディア

蕪村の絵画作品一覧

円山応挙 幽霊画 :「折紙をつづりつづりて てふてふと」(野辺てふ氏)

円山応挙と眼鏡絵 :国学院大学法学部横山実ゼミ

呉春筆「白梅図屏風」-円山四条派の絵画-:「いつでもLOUPE」(楢 水明子氏記)

茨城での3俳聖 :「遠富士の詩人俳人」(遠藤富士雄氏)


北野天満宮 :公式サイト

地蔵院(通称:椿寺)  :「わたしの青秀庵」(ヒデさんのHP)

金福寺  :ウィキペディア

金福寺  :「ブラブラ歩く感覚の京都観光案内サイト京都Love」

茶懐石料理作法 :「作法心得」(林實氏)


ナズナ :岡山理科大学 植物生態研究室(波田研)HP

ナズナ :画像検索

五色八重散椿 ←京都のツバキ:「ぼちぼちいこか」(小宮山繁氏)

ある「から檜葉」伝 :「蕪村の時代」



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