2009年に東京と九州で国宝阿修羅展が開催された際、九州国立博物館で事前に阿修羅像他の仏像がCTスキャナで撮影されて、その画像データの解析が行われ、阿修羅像の秘密が明らかにされるというCTスキャナの画像を載せた新聞報道を読んだ記憶があった。その報道記事では、阿修羅像の正面の合掌した手のズレのことと、もともと合掌していたのか、何か物をもっていたのかという論議点のことに触れていた記憶があった。
そこで、この本のタイトルを見た時、関心を惹かれて読んでみた。
奥書を見ると、今年(2018)の8月に朝日選書の一冊として第1刷が発行されていた。副題に「興福寺中金堂落慶記念」と記されている。
新聞報道では、先日中金堂の落慶法要の諸行事が実施され、10月20日から興福寺中金堂の一般拝観が開始された。CTスキャンによる計測で始まった画像データが研究者・仏師など様々な学際的視点で解析研究された成果が9年を経て、タイムリーに公開されたと言える。
内容の専門性の故に一般読者の一人として、掲載論文(というレベルの内容と思う)の文字面を追うだけになった箇所もある。しかし、阿修羅像の造立過程にアプローチできるこの本は仏像鑑賞を味わい楽しむ人には様々な視点で有益だと思う。
現代の撮像という科学技術の高度さを知ることができる一方で、阿修羅像が造立された天平時代の仏師の仏像制作技術・技量の高さがどういうものだったかを改めて認識させられた。
「あとがき」まで入れて195ページの本だが、CTスキャンの対象となった仏像の写真とともに、CTスキャン画像をかなりの枚数掲載し、その画像を使った本文解説はわかりやすい。仏像の造立プロセッスという視点から、画像を通じてビジュアルに仏像の内側を眺めることができて、おもしろい。
私の印象としての本書の特徴をまず列挙してみよう。
*X線CTスキャナによる画像解析は、仏像の健康診断という立場を鮮明にしたこと。
*CTスキャナ画像を多数使い解説した内容からその画像解析の有用性がわかりやすい。*X線CT調査で仏像の造立プロセスにどこまで肉迫できるかが具体的にわかること。
*阿修羅像模型(半身像)の制作が実際に実施された記録と発見が載っていること。
*阿修羅像の心木の復元制作から正面の手が合掌の形と立証されたこと。
*阿修羅像の心木の樹種特定を木材学と現代の科学技術で解析する研究が載っている。
本書の構成とその要点ならびに冒頭で省略した共著者の紹介を兼ねて、以下まとめたい。上記に挙げた特徴と一部重複するがご寛恕ください。(敬称略)
はじめに 興福寺貫首 多川俊映
文化財の点検に、従来の「目通し、風通し」に加えて、「機器通し」が重要で不可欠という立場を論じている。「天平乾漆群像を所蔵する立場にとって、内部劣化の進み具合はもっとも知りたい情報である」(p15)とし、非破壊調査であるX線CTスキャン調査を有効と判断する立場である。
この「はじめに」から、阿修羅像は、天平6年(734)造像され、永承元年(1046)の大火で被災。「彩色し直して」承暦2年(1076)供養の西金堂に再安置。貞永元年(1232)に当時の大仏師たちによる修復。そして、明治期に礼拝対象としての仏像という一歩踏み込んだ立場で阿修羅像修補がなされたという経緯を学んだ。明治27年(1894)に工藤利三郎が撮影した阿修羅像が掲載(p9)されている。
一章 X線CTスキャナによる阿修羅像の調査 奈良大学 今津摂生
CTによる調査が、仏像の健康診断、制作技術、制作時の秘密という3つのポイントで重要な役割を担うことをわかりやすく説明する。九博に設置された文化財用に特別に制作した大型CTの写真、CTの回転台上の阿修羅像の写真、調査の概念図などが掲載されていて、イメージを作りやすい。阿修羅像を概括したCTスキャナ画像がまず掲載され説明されている。
併せて、画像を中心に「阿修羅像井外の八部衆・十大弟子のCT調査の成果」が14ページに及んで載せてある。
二章 X線CT調査でわかったこと
1節 X線CTスキャナが見通した天平の超絶技巧 九州国立博物館 楠井隆志
「阿修羅の内部はどうなっていたか」と「阿修羅はどう造られたか」という視点で、CT画像を数多く利用して説明していく。前者では、興福寺乾漆像の基本構造が具体的に説明されている。頭体中軸材・両脇柱材・肩材・腰材・前後材・棚板・腕材・足材・補強材から構成されているという。CT画像を併せた説明は素人にもわかりやすい。また、構造材は樹種の使い分けがなされていたという。材の軽量化という目的があったそうだ。
後者は、CT画像から見えてきた「天平仏工の超絶技巧」を制作工程を追い説明する。その工程は、1 原型塑像を造る、2 麻布を貼り重ねる、3 塑土を除去する、4 裏打ち布を貼る、5 構造材を組み入れる、6 腕材を固定する、7 窓を閉じる、8 木屎漆で成形する、というステップを経るそうだ。「木屎漆を盛り付けた層が固まると、表面に下地層を付けて滑らかに研ぎならし、その下地肌の表面に白土を塗り、白土下地に彩色を施す」(p83)ということで興福寺乾漆像の完成となる。
2節 本格化する文化財のCT調査 奈良大学 今津節生
九州国立博物館でなぜCT調査を平成17年(2005)の開館直後から推進したのかを説明している。著者は当時の九博での推進者だった。それは、「科学の目で博物館に入ってくる文化財の安全を守る」(p89)ことに第一目的があったという。つまり、「文化財も壊れてから修理するのではなく、過去の修理や傷跡や弱くなった部分を詳しく調べて今後の予防に役立てる健康診断ができないか」(p89)という考えである。CTの威力とその成果が認識され、「あとがき」によれば、CT装置は現在、東京・京都・奈良の各博物館にも導入されたという。
文化財の3Dデータの蓄積は、「文化財データバンク」の創設という構想を著者は展開している。
三章 阿修羅像に隠された三つの顔 懺悔と帰依の造形
愛知県立芸術大学名誉教授 山崎隆之
著者はまず、乾漆技法そのものについて、事例を踏まえながら、かなり具体的に説明する。仏像を鑑賞する人には、基礎的な情報として役立ち、有益である。その上で、実際に本プロジェクトの研究の一環として、阿修羅像模型(半身像)の実際の制作を担当した経緯と制作プロセスを説明する。プロセス段階毎の工程写真が掲載されていて、イメージしやすい。そして、CT画像データの解析と模型制作の過程からの発見事項について次の点を詳しく説明していいく。
*像の制作当初に造られた塑造原型の顔が完成像の顔と微妙に違うこと。
*阿修羅像の完成像の3つの顔それぞれの表情が違うこと。この異例さの持つ意味。
*三面一体化を成功させているキーポイントが「耳」にあること。
*阿修羅像の造形思想は、「釈迦の教えにより懺悔し、改心することで救われる、という一連の信仰への道筋」にあるとし、阿修羅がその耳を介して金鼓の音を聴く役割を担うと説く。
*阿修羅像の顔には光明皇后の長子で夭折した基王のイメージを重ねているとみる。
一般読者には読みやすく、実物を鑑賞する上でも、すぐにイメージを重ねていけ、役立つ。
四章 阿修羅は合掌していた 仏師・仏像修理者 矢野健一郎
CT画像データの解析・研究において、興福寺から本プロジェクトに打診が行われて、著者は仏像修理者、仏師という立場で参加したという。そして、阿修羅像の全身の心木を等身大で復元するという課題に携わった。その復元プロセスの経緯と発見が説明されている。この章も、一般読者には読みやすい。この章を読み、驚いたのは、3Dプリンターの威力である。CT画像と3Dプリンターとの連携が威力を発揮したことが詳しく語られている。前章と併せて三次元解析の世界の面白さと興味深さが味わえる。
著者は、今回の研究で仏師の立場から「脱活乾漆の技法、制作の過程がきちんと正確に提示できるようになったと思う」(p147)と述べる。仏師として、天平時代の職人の心理を推測し、「原型作りに使った心木を再利用した」(p147)という仮設を提示する。
この心木復元プロセスの結論として、「復元した左右の腕心木を胸の心木に打ち付けてみると、掌は体の正面でピタリと合掌する形になった」(p143)という。この発見は感動的ですらある。
五章 人工知能を使って心木の樹種特定を迫る 京都大学 杉山淳司・小林加代子
木材学という総合科学の立場から阿修羅像の心木に使われた樹種を特定しようとする研究の経緯と成果が説明されている。その前提として、アナログ的な光学顕微鏡を使った観察と樹種の特徴から概観する。そして、標準的な木材のCT画像データを準備し、人工知能を使って、阿修羅像の心木のCT画像データとの対比分析から、樹種の特定に迫る。そのプロセスが説明されていく。
何をしようとしているのかはわかるが、その分析プロセスのバックグラウンド説明は、専門的であり、門外漢の私には馴染みにくかった。一方で、こういうアプローチでの研究があるという事は実に興味深い。
コラムとあとがき 朝日新聞編集委員 小滝ちひろ
コラムは「『古文化財』健康診断の広がり」と題し、東京国立博物館にX線CTのシステムが導入され、利用されている状況がまとめられている。そして、X線CTによる古文化財の「診断」の今後展望が末尾で述べられている。
コラムは2017年時点での話題であるが、「あとがき」は2009年の「国宝 阿修羅展」の時点に遡ったエピソードとして記されている。こちらには、その時点で著者が阿修羅像のCT調査をどう眺めていたかが率直に記されていておもしろい。もう一つ、興味深く読んだのは、阿修羅像の運送についての裏話(運送方法開発話)が記されていることである。この「あとがき」、けっこう楽しめる。
仏像好きの人には視点を変えたアプローチとして、必読の一冊としてお薦めする。
ご一読ありがとうございます。
本書の関連で、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
法相宗大本山 興福寺 ホームページ
阿修羅像
乾漆八部衆立像
古写真ギャラリー 最後のページに明治27年時点の修復前の阿修羅像写真掲載
興福寺整備計画
X線CTスキャナによる科学的調査法~九州国立博物館~:文部科学省 :YouTube
阿修羅像をCTスキャンで健康診断! 内部の秘密が明らかに… :「AERAdot」
阿修羅像をCTスキャン! 内部の秘密が明らかに… :「AERAdot」
阿修羅の謎が明らかに!? CTとAIが判別した、研究者も驚く木材とは? :「AERAdot」
X線CT調査が変える歴史研究の最前線 文化財の新発見相次ぐ アジアも注目 2016/11/2
:「日経BizGate」
X線CT調査による古墳時代甲冑のデジタルアーカイブおよび型式学的新研究:「KAKEN」
仏像のX線CT調査で金属製『五臓』を発見 楠井隆志氏
四天王寺の国宝、X線CT調査で新事実 :「Lmaga.jp」
3Dプリンター :ウィキペディア
ここだけは、押さえておきたい! 3Dプリンターの基礎知識 :「Canon」
3Dプリンターの造形方式の違い :「RICOH]
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
そこで、この本のタイトルを見た時、関心を惹かれて読んでみた。
奥書を見ると、今年(2018)の8月に朝日選書の一冊として第1刷が発行されていた。副題に「興福寺中金堂落慶記念」と記されている。
新聞報道では、先日中金堂の落慶法要の諸行事が実施され、10月20日から興福寺中金堂の一般拝観が開始された。CTスキャンによる計測で始まった画像データが研究者・仏師など様々な学際的視点で解析研究された成果が9年を経て、タイムリーに公開されたと言える。
内容の専門性の故に一般読者の一人として、掲載論文(というレベルの内容と思う)の文字面を追うだけになった箇所もある。しかし、阿修羅像の造立過程にアプローチできるこの本は仏像鑑賞を味わい楽しむ人には様々な視点で有益だと思う。
現代の撮像という科学技術の高度さを知ることができる一方で、阿修羅像が造立された天平時代の仏師の仏像制作技術・技量の高さがどういうものだったかを改めて認識させられた。
「あとがき」まで入れて195ページの本だが、CTスキャンの対象となった仏像の写真とともに、CTスキャン画像をかなりの枚数掲載し、その画像を使った本文解説はわかりやすい。仏像の造立プロセッスという視点から、画像を通じてビジュアルに仏像の内側を眺めることができて、おもしろい。
私の印象としての本書の特徴をまず列挙してみよう。
*X線CTスキャナによる画像解析は、仏像の健康診断という立場を鮮明にしたこと。
*CTスキャナ画像を多数使い解説した内容からその画像解析の有用性がわかりやすい。*X線CT調査で仏像の造立プロセスにどこまで肉迫できるかが具体的にわかること。
*阿修羅像模型(半身像)の制作が実際に実施された記録と発見が載っていること。
*阿修羅像の心木の復元制作から正面の手が合掌の形と立証されたこと。
*阿修羅像の心木の樹種特定を木材学と現代の科学技術で解析する研究が載っている。
本書の構成とその要点ならびに冒頭で省略した共著者の紹介を兼ねて、以下まとめたい。上記に挙げた特徴と一部重複するがご寛恕ください。(敬称略)
はじめに 興福寺貫首 多川俊映
文化財の点検に、従来の「目通し、風通し」に加えて、「機器通し」が重要で不可欠という立場を論じている。「天平乾漆群像を所蔵する立場にとって、内部劣化の進み具合はもっとも知りたい情報である」(p15)とし、非破壊調査であるX線CTスキャン調査を有効と判断する立場である。
この「はじめに」から、阿修羅像は、天平6年(734)造像され、永承元年(1046)の大火で被災。「彩色し直して」承暦2年(1076)供養の西金堂に再安置。貞永元年(1232)に当時の大仏師たちによる修復。そして、明治期に礼拝対象としての仏像という一歩踏み込んだ立場で阿修羅像修補がなされたという経緯を学んだ。明治27年(1894)に工藤利三郎が撮影した阿修羅像が掲載(p9)されている。
一章 X線CTスキャナによる阿修羅像の調査 奈良大学 今津摂生
CTによる調査が、仏像の健康診断、制作技術、制作時の秘密という3つのポイントで重要な役割を担うことをわかりやすく説明する。九博に設置された文化財用に特別に制作した大型CTの写真、CTの回転台上の阿修羅像の写真、調査の概念図などが掲載されていて、イメージを作りやすい。阿修羅像を概括したCTスキャナ画像がまず掲載され説明されている。
併せて、画像を中心に「阿修羅像井外の八部衆・十大弟子のCT調査の成果」が14ページに及んで載せてある。
二章 X線CT調査でわかったこと
1節 X線CTスキャナが見通した天平の超絶技巧 九州国立博物館 楠井隆志
「阿修羅の内部はどうなっていたか」と「阿修羅はどう造られたか」という視点で、CT画像を数多く利用して説明していく。前者では、興福寺乾漆像の基本構造が具体的に説明されている。頭体中軸材・両脇柱材・肩材・腰材・前後材・棚板・腕材・足材・補強材から構成されているという。CT画像を併せた説明は素人にもわかりやすい。また、構造材は樹種の使い分けがなされていたという。材の軽量化という目的があったそうだ。
後者は、CT画像から見えてきた「天平仏工の超絶技巧」を制作工程を追い説明する。その工程は、1 原型塑像を造る、2 麻布を貼り重ねる、3 塑土を除去する、4 裏打ち布を貼る、5 構造材を組み入れる、6 腕材を固定する、7 窓を閉じる、8 木屎漆で成形する、というステップを経るそうだ。「木屎漆を盛り付けた層が固まると、表面に下地層を付けて滑らかに研ぎならし、その下地肌の表面に白土を塗り、白土下地に彩色を施す」(p83)ということで興福寺乾漆像の完成となる。
2節 本格化する文化財のCT調査 奈良大学 今津節生
九州国立博物館でなぜCT調査を平成17年(2005)の開館直後から推進したのかを説明している。著者は当時の九博での推進者だった。それは、「科学の目で博物館に入ってくる文化財の安全を守る」(p89)ことに第一目的があったという。つまり、「文化財も壊れてから修理するのではなく、過去の修理や傷跡や弱くなった部分を詳しく調べて今後の予防に役立てる健康診断ができないか」(p89)という考えである。CTの威力とその成果が認識され、「あとがき」によれば、CT装置は現在、東京・京都・奈良の各博物館にも導入されたという。
文化財の3Dデータの蓄積は、「文化財データバンク」の創設という構想を著者は展開している。
三章 阿修羅像に隠された三つの顔 懺悔と帰依の造形
愛知県立芸術大学名誉教授 山崎隆之
著者はまず、乾漆技法そのものについて、事例を踏まえながら、かなり具体的に説明する。仏像を鑑賞する人には、基礎的な情報として役立ち、有益である。その上で、実際に本プロジェクトの研究の一環として、阿修羅像模型(半身像)の実際の制作を担当した経緯と制作プロセスを説明する。プロセス段階毎の工程写真が掲載されていて、イメージしやすい。そして、CT画像データの解析と模型制作の過程からの発見事項について次の点を詳しく説明していいく。
*像の制作当初に造られた塑造原型の顔が完成像の顔と微妙に違うこと。
*阿修羅像の完成像の3つの顔それぞれの表情が違うこと。この異例さの持つ意味。
*三面一体化を成功させているキーポイントが「耳」にあること。
*阿修羅像の造形思想は、「釈迦の教えにより懺悔し、改心することで救われる、という一連の信仰への道筋」にあるとし、阿修羅がその耳を介して金鼓の音を聴く役割を担うと説く。
*阿修羅像の顔には光明皇后の長子で夭折した基王のイメージを重ねているとみる。
一般読者には読みやすく、実物を鑑賞する上でも、すぐにイメージを重ねていけ、役立つ。
四章 阿修羅は合掌していた 仏師・仏像修理者 矢野健一郎
CT画像データの解析・研究において、興福寺から本プロジェクトに打診が行われて、著者は仏像修理者、仏師という立場で参加したという。そして、阿修羅像の全身の心木を等身大で復元するという課題に携わった。その復元プロセスの経緯と発見が説明されている。この章も、一般読者には読みやすい。この章を読み、驚いたのは、3Dプリンターの威力である。CT画像と3Dプリンターとの連携が威力を発揮したことが詳しく語られている。前章と併せて三次元解析の世界の面白さと興味深さが味わえる。
著者は、今回の研究で仏師の立場から「脱活乾漆の技法、制作の過程がきちんと正確に提示できるようになったと思う」(p147)と述べる。仏師として、天平時代の職人の心理を推測し、「原型作りに使った心木を再利用した」(p147)という仮設を提示する。
この心木復元プロセスの結論として、「復元した左右の腕心木を胸の心木に打ち付けてみると、掌は体の正面でピタリと合掌する形になった」(p143)という。この発見は感動的ですらある。
五章 人工知能を使って心木の樹種特定を迫る 京都大学 杉山淳司・小林加代子
木材学という総合科学の立場から阿修羅像の心木に使われた樹種を特定しようとする研究の経緯と成果が説明されている。その前提として、アナログ的な光学顕微鏡を使った観察と樹種の特徴から概観する。そして、標準的な木材のCT画像データを準備し、人工知能を使って、阿修羅像の心木のCT画像データとの対比分析から、樹種の特定に迫る。そのプロセスが説明されていく。
何をしようとしているのかはわかるが、その分析プロセスのバックグラウンド説明は、専門的であり、門外漢の私には馴染みにくかった。一方で、こういうアプローチでの研究があるという事は実に興味深い。
コラムとあとがき 朝日新聞編集委員 小滝ちひろ
コラムは「『古文化財』健康診断の広がり」と題し、東京国立博物館にX線CTのシステムが導入され、利用されている状況がまとめられている。そして、X線CTによる古文化財の「診断」の今後展望が末尾で述べられている。
コラムは2017年時点での話題であるが、「あとがき」は2009年の「国宝 阿修羅展」の時点に遡ったエピソードとして記されている。こちらには、その時点で著者が阿修羅像のCT調査をどう眺めていたかが率直に記されていておもしろい。もう一つ、興味深く読んだのは、阿修羅像の運送についての裏話(運送方法開発話)が記されていることである。この「あとがき」、けっこう楽しめる。
仏像好きの人には視点を変えたアプローチとして、必読の一冊としてお薦めする。
ご一読ありがとうございます。
本書の関連で、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
法相宗大本山 興福寺 ホームページ
阿修羅像
乾漆八部衆立像
古写真ギャラリー 最後のページに明治27年時点の修復前の阿修羅像写真掲載
興福寺整備計画
X線CTスキャナによる科学的調査法~九州国立博物館~:文部科学省 :YouTube
阿修羅像をCTスキャンで健康診断! 内部の秘密が明らかに… :「AERAdot」
阿修羅像をCTスキャン! 内部の秘密が明らかに… :「AERAdot」
阿修羅の謎が明らかに!? CTとAIが判別した、研究者も驚く木材とは? :「AERAdot」
X線CT調査が変える歴史研究の最前線 文化財の新発見相次ぐ アジアも注目 2016/11/2
:「日経BizGate」
X線CT調査による古墳時代甲冑のデジタルアーカイブおよび型式学的新研究:「KAKEN」
仏像のX線CT調査で金属製『五臓』を発見 楠井隆志氏
四天王寺の国宝、X線CT調査で新事実 :「Lmaga.jp」
3Dプリンター :ウィキペディア
ここだけは、押さえておきたい! 3Dプリンターの基礎知識 :「Canon」
3Dプリンターの造形方式の違い :「RICOH]
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)