遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『村上春樹はノーベル賞をとれるのか?』  川村湊  光文社新書

2017-04-23 11:57:04 | レビュー
 タイトルの面白さに惹かれて読んでみた。
 本書は三部構成になっている。
 第Ⅰ章「ノーベル文学賞と日本人」、第Ⅱ章「ノーベル文学賞とは何か」、第Ⅲ章「村上春樹は”第三の男”になれるか?」である。過去に村上春樹の随筆をたまたま読んだだけで、その作品を読んだことがない。本書の著者が、村上春樹についての文章を多く書いてきたと言うのも、本書の「まえがき」を読み始めて知ったところである。そんな私がなぜ、このタイトルに関心を持ったのか? それは、たまたま随筆を読んだことから、少し村上春樹の作品を読んでみようかと思い始めたからである。
 著者が記すように、ここ数年ノーベル文学賞が発表される頃だけ、村上春樹ファンの受賞待望報道がニュースを賑わしていたので、このタイトルを受け狙いのものなのかどうか、ちょっと読んでみる気になった。

 この書を読んだ第一の印象は、自分の読書傾向がいかにノーベル文学ジャンルから程遠いかという認識である。様々な言語で書かれた世界の文学から、ノーベル文学賞に該当する作家を選ぶことのバリアーが多くて、やはり他分野のノーベル賞と同様に、文学賞も政治的視点が関与するのだなという印象である。

 著者は本書の眼目は第Ⅱ章「ノーベル文学賞とは何か」にあると「まえがき」に明記している。その著者が、「これは、外国語がほとんどできない私が、日本の翻訳文化のおかげをこうむり、これまで読んできた世界文学論であり、翻訳文学論であるともいえる」「現実的にいえば翻訳文学の文学賞にほかならない」と「まえがき」に明記している。
 つまり、著者自身が過去のノーベル文学賞の推移を第Ⅱ章で論じるとき、著者が読んできた翻訳文学を介して分析・批評し、論じているのである。ノーベル文学ジャンルにほとんど縁のない私には、世界の様々な作家名は勿論、著者の批評する作品群に対してすら情報の持ち合わせがないので、一種知らない外国語を読むようなものだった。とは言うものの、著者の論点はそれなりに理解できるし、参考になる。

 世界文学に通暁しない一般読者としては、やはり第Ⅰ章が一番おもしろいと思う。
 川端康成はノーベル文学賞を受賞したが故に、「浴室の洗面台付近でガス管を口にくわえて死亡した」という結果をもたらした。三島由紀夫はノーベル文学賞を受賞できる自負を持ち、受賞を期待してた故に、川端康成が受賞した後、1970年11月25日に「決起の自殺」「自決事件」に至ったとされている。このあたりの情報と背景が論じられているので、興味深さがある。なぜ、三島ではなく川端が選ばれたのか、についてノーベル賞選考に絡んだ証言情報を分析しながら論じているので、興味深さが増す。
 ノーベル文学賞を日本人として2人目に受賞したのは、川端から26年後、1994年である。
 日本の受賞者を論じるにあたり、著者は情報公開により、賀川豊彦、谷崎潤一郎、西脇順三郎、三島由紀夫が過去に日本人候補に挙がっていたいたことに触れている。また、大江健三郎が受賞した時には、大江が受賞可能性があった作家として、安部公房、井伏鱒二、大岡昇平を挙げて居るのに対し、著者は安部公房と遠藤周作がノミネートされていたのではないかと論じている。他にも作家名を幾人か挙げてノーベル文学賞周辺事情を明らかにしていく。知っている作家、作品を読んだことのある作家がでてきて、読みやすさがある

 第Ⅱ章は、「1.ノーベル文学賞の歴史」「2.ノーベル文学賞・傾向と対策」「3.受賞後の世界・非受賞者の世界」という構成で、過去の歴史と受賞者のプロフィールや作品内容を俎上に載せて、受賞者選考のプロセスを含めて論じていく。世界の作家名は大半が初めて目にする名前であり、著者の解説・批評する作品は、当方の無知故に黙って読み進めるしかない。カタカナ、漢字・かな混じりの外国語を読む感なきにしもあらず・・・・である。 一方、著者の分析的論述から、次のようなノーベル文学賞絡みのキーポイントがあることが理解できる。興味を抱かれれば、詳細は本書をご一読願いたい。

*ノーベルの遺言には、文学賞の受賞者についても語っているという。
  ⇒ 「理想主義的傾向をもつもっとも注目すべき文学作品を発表した者」(p91)
*ノーベルの遺言により、スェーデン・アカデミーが選考委員会となる。
 現在はほぼグローバルに推薦、答申、意見調査などが実施されている。
*ノーベル賞委員会の委員は18名、投票により多数決で受賞者を決定する。
*ノーベル文学賞は2015年時点で、114年の歴史があり、111人が受賞している。
  ⇒本書巻末に「ノーベル文学賞歴代受賞者年表」が載せてある。
*原則、複数の分割受賞は行わない。例外事例は存在するが。
*賞金はクローナでわたされる。邦貨で約1億円前後だそうである。
*2016年現在で非西欧語の文学者と推定できるのは9人だけ。あとはヨーロッパ系言語。
*賞は、各言語、各国(地域)の”持ち回り”で決められていることはほぼ確実
*必ずしも世界的な”大文豪”といわれる人が受賞しえいるわけではない。
*ポルノグラフィーはタブー。エンターテインメント作品は選考対象外。
*作品に極端な清治思想が含まれると嫌われる。
*同じ文学運動や系譜の領域からは代表者1名が受賞できるといのが暗黙のルールとか。
  ⇒作家の作品の質とは無関係に運不運とタイミングがある。まあこれはどこで同じ。
*政治的視点からノーベル賞受賞が扱われることもある。
*委員会の決定時点で生存している作家が選考対象となる。尚、過去に例外はある。
*過去の受賞分析からは、ノーベル賞が文学の前衛性を認めている先進性もある。

 読み落としている要点があるかもしれないが、著者の論点の大凡は含まれると思う。
 「最近、シンガーソング・ライターのボブ・ディランにノーベル文学賞を、という動きがあるそうだが、ポップ・カルチャーとしての歌詞に賞が与えられることはまずないと考えられる」(p154)と著者は予想を書き込んでいる。予測としては外れたことが証明された。しかし、噂をキャッチしているのはさすがである。ノーベル文学賞の選考方針変更の兆しがあると見るべきなのか? はたまた政治的視点も考慮された動きなのか・・・・。

 第Ⅲ章は、本書のタイトルとの関係での直接に関連する背景情報を整理し、著者の見解がまとめられていく。
 第Ⅰ章で『ノルウェイの森』に記された主人公<僕>の友人であり直子恋人だった<キズキ>の自殺の方法が論じられたが、この第Ⅲ章の冒頭では、「キズキの自殺の原因」という謎の解答を著者が試みている。私は未読なので、内容については触れない。著者はこの小説の内容とその表現を材料にして、村上春樹がノーベル文学賞にどういうスタンスで居るのかを推測している点が興味深い処である。
 著者は、世界で村上文学ファンが多く存在する事実を述べながら、彼の作品・文学世界が「世界文学」としての評価になるのかどうかを論じていく。
 そして、村上春樹の文学世界に、「人類社会に普遍的な『世界文学』が、日本語によってなされていることの証明」ができるものを内包しているかどうかが決め手になるのではと論じていく。
 私にとっては、いまのところ、さあ・・・どうなんでしょう? と門外漢に留まる次第。
村上春樹ファンは、この著者の提起した観点にどう回答されるのだろうか。
回答するためには、この第Ⅲ章で問題提起した著者の論点をお読みいただく必要があるだろうけれど。

 著者は第Ⅱ章で、日本人作家がノーベル文学賞を受賞するとするなら、それは2020年と予測する。その理由は第Ⅱ章に述べられている。
 そして、この第Ⅲ章では、アレクシェーヴィッチの『チェルノブイリの祈り』がノーベル文学賞を受賞したことを念頭において、現在の日本における村上春樹の文学世界への課題を提起して、第Ⅲ章を締めくくっている。

 ノーベル文学賞とは何かを知り、考えるのに参考になる。

 ご一読ありがとうございます。

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補遺
本書からの関心で検索した事項を一覧にしておいたい。
ノーベル文学賞  :ウィキペディア
ノーベル文学賞受賞作家  リスト :「芦屋市立図書館」
All Nobel Prizes in Literature :「Nobelprize.org」

美しい日本の私―その序説  :ウィキペディア
川端康成、2年前もあと一歩 ノーベル文学賞の66年選考 :「産経ニュース」
       2017.1.4
川端康成、受賞の2年前も「あと一歩」 ノーベル文学賞  :「日本経済新聞」
       2017.1.3
川端康成とノーベル文学賞  大木ひさよ氏  pdッファイル
 -スェーデン・アカデミー所蔵の選考資料をめぐって-
作家・川端康成 ガス自殺の真相  :「NAVERまとめ」
日本人初のノーベル文学賞・川端康成のふるさと綴った自筆原稿初公開 肉親への思いや死生観も  2017.2.16  :「zakzak by 夕刊フジ」
大江健三郎  :ウィキペディア
「大江健三郎(1935~)」(1994年文学賞):「エピソードで知るノーベル文学賞の世界」
[閲覧注意]三島由紀夫 割腹自殺の全容 :「NAVERまとめ」
三島由紀夫  :ウィキペディア
三島事件   :ウィキペディア
三島由紀夫割腹余話 :「四国の山なみ」
中上健次  :ウィキペディア

村上春樹  :ウィキペディア
村上春樹年表   :「村上春樹研究所」
村上春樹 名言集 :「「村上春樹研究所」
村上春樹に関するトピックス :「朝日新聞DIGITAL」
村上春樹のノーベル賞落選が「既定の事実」だったホントの理由 
             黒古一夫氏 (文芸評論家)    :「iRONNA」
村上春樹はなぜノーベル賞を取れない? 大手紙が指摘していた「いくつもの理由」
   :「JCASTニュース」
 
Banquet Speech by Bob Dylan (8 minutes) :「Nobelprize.org」
全文掲載 ボブ・ディランのノーベル文学賞の受賞スピーチ :「RollingStone」
ボブ・ディランがノーベル文学賞をとった「当然の理由」  川崎大助氏 作家 

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