遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『燕雀の夢』  天野純希  角川書店

2017-04-09 17:17:56 | レビュー
 戦国時代に生きた武将あるいは武将になりたかった人々を活写した伝記風短編小説集と言えようか。本書には6つの短編小説が収録されている。本書末尾を見ると、5編は「小説 野性時代」に、1編は「本の旅人」に、2015年1月号~2016年4月号の発行期間中に発表されたものである。
 本書のタイトルは、2016年4月号の発表作に由来する。第6編として最後に収録されているのが、「燕雀の夢 - 木下弥右衛門」という作品である。この中で、木下弥右衛門が「燕雀いずくんぞ、鴻鵠の志を知らんや」と呟く場面が出てくる。
 この短編小説自体がそうだが、この短編集は、己の内には「鴻鵠の志」を抱き、行動をしながら、結局は「燕雀」の身として、一介の武将あるいはそれを目指すだけで人生を終える事になった群像の生き様を、著者は描きあげていく。


 鴻鵠の大望を果たせず燕雀の身で終わらざるを得なかった群像、戦国時代の脇役としていわば礎となった人々を短編小説ではあるが、主人公として取り上げる、光を投げかけるところに、著者の視点がある。戦国時代の颯爽たる英雄群像を描くのでなく、それらの英雄群像が結果的に創出されてくる素地を築いた人々を取り上げたというところが、目のつけどころとしておもしろい。
 
 各短編作品には、タイトルと人物名が対になっている。そこで、戦国時代のその次の世代との関連を示し、作品リストを提示してみる。収録されている作品順に記す。

 下克の鬼-長尾為景 → 上杉謙信の父 ⇒ 上杉謙信が越後を制覇
 虎は死すとも-武田信虎 → 武田信玄の父 ⇒ 武田信玄が甲斐・信濃を制覇
 決別の川-伊達輝宗 → 伊達正宗の父 ⇒ 伊達正宗が奥羽を制覇
 楽土の曙光-松平広忠 → 徳川家康の父 ⇒ 徳川家康が日本を制覇、幕府樹立
 黎明の覇王-織田信秀 → 織田信長の父 ⇒ 織田信長が天下統一に挑む
 燕雀の夢-木下弥右衛門 → 豊臣秀吉の父 ⇒ 豊臣秀吉が天下統一

 木下弥右衛門の事例を除くと、それぞれの武将は己の有する領土があり、そこを基盤に周辺領域を勝ち取り領土拡大を目指し、天下に名を成す大望を抱いてはいた。だが、武将の領土基盤その時代の環境が彼らの大望を推し進めさせる段階に至っていなかった。ひと言でまとめるとそうなるだろうか。
 個別にみていくと、ここの置かれた環境により障害要因は異なる。著者はなぜ、各武将たちが燕雀の部類に留まったのかを描き出している。

 個々の短編作品について、多少の印象をまとめておきたい。

<下剋の鬼-長尾為景.

 古臭い権威を振りかざす越後守護、上杉房能の命令を受けて為景の父は越中での戦に出陣して戦死する。守護代の父は為景を国に残し、政を学べという。大局を見る目を養わねばならぬと。父の死後、守護代を継いだ為景と守護との確執という時代の障壁を描く。そこに嫡男・晴景が越後を御せる器ではないという事情が絡む。
 「虎千代に伝えよ。兄を倒せ。そして、京に長尾の旗を」が為景から後の謙信への遺言として描く。

<虎は死すとも-武田信虎>

 織田信長が京で足利義輝に謁見を受ける場に信虎が臨席する場面から始まる。信虎が晴信(のちの信玄)に甲斐国を追い出されるまでの経緯一つのテーマであり、追い出された信虎の生き様が描かれて行く。領国経営が信虎流ではうまく行かなくなった状況が背景にある。信玄は金銭的に追い出した父・信虎を支援していたことがよくわかる。

<決別の川ー伊達輝宗>

 嫡男として後の正宗の誕生。梵天丸と名づけたことや、5歳の折に梵天丸が疱瘡に罹り、後生き延びるが隻眼になることなどの経緯を書き込みながら、当時の出羽国の力関係や縁戚関係の幾層もの柵の中で、国を統一しようとする姿を描く。正宗が父の古い生き方を半面教師とするに至る状況が描かれて行く。生きてきた時代の違いがテーマになっている。

<楽土の曙光-松平広忠>

 松平広忠と於大の婚儀の場面から始まる。広忠の父・清康は稀代の名君と言われたが、清康が尾張守山城攻めの陣中で家臣の凶刃に斃れる。「守山崩れ」と呼ばれる事態の発生だ。松平の親族内での勢力争いという環境で、広忠がどういう立場だったかが描き込まれていく。広忠が当主になった後も、今川義元との間で主従の関係維持し無ければ存続できない状況と、隣国の織田信秀との領土争いに一進一退を続ける実態が描かれる。於大を離縁しなければならないという苦渋の選択をしていく状況が生まれていく。そこには、竹千代を如何に生かすかという広忠の観点があると描く。著者は、広忠が信じた家臣にこれからという時機に殺害されるという生き様を描いて行く。そこには長年にわたり伏線として貼られていた今川の軍師大原雪斎の策略があったと描いて行く。広忠もまた、燕雀のままで終わる武将にならざるを得なかったといえる。
 凡庸ではないが、謀略を尽くしても覇をなそうとする武将ではなかった人物という印象を受ける。

<黎明の覇王-織田信秀>

 松平広忠との領土争いをしていた織田信秀を、信秀の立場から描くという転換になる。信秀の立場にたてば、松平広忠を前線とする今川義元の連合勢、他方に”美濃の蝮”と称される斎藤道三の勢力が居る。天文16年(1547)38歳の信秀から書き始める。信秀の立場では、松平家から西三河の要衝安祥城を奪ったことが版図拡大の限度であり、道三の美濃をどう攻めるかが課題なのだ。しかし、負け戦となる実態にある。その状況の中で、嫡男の信長はまわりからうつけと見られているが、信秀は信長の力量を見抜く。
 尾張では名目上の主家は織田大和守家であり、同格の一族の所領という状況にある実態が信秀の柵になっている状況を描く。そして、家中では、みかけはうつけの信長よりも、弟の信行に家中の人望が寄せられ、母の久子も信長を憎み、信行を信秀の後継にしたいという欲望を持つ実態を描いてゆく。「すべてを叩き潰せばよいではないか。尾張をしかと固めておかねば、いつかは足をすくわれる」と断定的に意見を言う信長に対して、それが出来ない立場の信秀がいる。ここにも生きる時代の違いがテーマの一つになっていると言えるかもしれない。著者は、信秀の臨終の場面で、信秀が信長に「久子を、信行を・・・・討て」と遺言する場面を描く。家族内での確執がもう一つのテーマになっている。

<燕雀の夢-木下弥右衛門>

 豊臣秀吉を題材とする小説は数多ある。その数多の小説の中においても、秀吉の父親の生き様を描き込む作品はたぶん、ないのでは・・・・と想像する。サル、藤吉郎、秀吉に焦点をあてて描けば、父親を登場させる必要がほとんど無いからである。
 この短編は、秀吉にとって、父・弥右衛門の存在意義は何だったか、をテーマとしたように感じる。もう一つは、戦働きの好機を一度だけ得て、侍となったものの、二度と好機に恵まれなかった男の姿を描くというテーマがあるように受け止めた。
 この短編の興味深いところは、尾張中村郷の中々村の木下弥右衛門が、最初の戦働きが認められ、織田信秀の部下となる。しかし、戦働きの好機が無い。松平広忠軍の崩れが見えたとき、広忠の首級を狙い追い駈けるが、隻眼の武士、岩松八弥に右膝あたりを斬られる羽目になる。とどめを刺される前に、広忠の見逃してやれというひと言で、命広いをする。著者は面白い設定を組み込んでいる。広忠は岩松八弥に最後は殺害されるのだから。
 侍としては役立たずになり、家ではお荷物となった弥右衛門は、秀吉の半面教師になる。長浜城を築城し、家族を迎え入れる時の秀吉の言と弥右衛門の反応が興味深いエンディングになっている。

 それぞれの境遇からみて、相対的に燕雀の立場にとどまらざるを得ない生き様をした人々が鴻鵠として名をなす人物達を創出する礎となっているというところが、興味深い。その燕雀の群像がなければ、後継としての英雄が世に出て来なかったかもしれないのだから。

 史実がどこまでで、どこにフィクションが加えられた作品かは知らないが、礎の存在を忘れてはならないという視点では、面白く読める。かつ「生きる時代」のちがいという要因を考える材料となり、興味がわく。

 ご一読ありがとうございます。


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