遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『見仏記』 いとうせいこう・みうらじゅん  中央公論社

2014-12-17 09:43:04 | レビュー
 単行本で読んだので、出版社名を出版時点のもので記した。1997年6月時点で角川文庫版が出版されている。私は既にこのブログで書いたように、『見仏記ガイドブック』(以下、ガイドブックと略す)を最初に読み、おもしろみを感じて最初の『見仏記』から読んでみようという気になった。
 本書の末尾を見ると、この『見仏記』は当初、『中央公論』1992年9月号~1993年9月号に連載され、1993年9月に初版が発行されたとある。だから、『ガイドブック』(2012年10月刊)を読んだとき、いとうせいこう、みうらじゅんの二人が20年来の「仏友」という言い方で記されていたのだ。延々と「仏友」の関係が続いてきたことになる。
 現時点で、角川文庫版としてこのシリーズが6巻出版されている。これがその第1冊目なのだ。ひょっとしたら、歴女に続く仏女ブームを生み出す中興的原動力になっているのだろうか。時系列で古寺巡礼分野の出版物を調べたことはないのだが・・・・・。

 『ガイドブック』を読んでいたので、冒頭に、みうらじゅんが小学生時代に作っていたという「仏像スクラップブック」が写真で6ページ分紹介されているので、「ああ、これが出発点だったのか」とのっけからおもしろさを感じてしまった。仏像の写真や拝観券の半券が貼り付けられ、しっかりした文字で細かく感想などが書き込まれている。こいつ、ただものではないぞ、と思わせる出来具合だ。未来の片鱗がはやくもこのスクラップブックに見えている感じである。この「仏像スクラップブック」を介して、二人が話し合う場ができたことから、みうらじゅんがこの『見仏記』の企画を思いついたという。
 ある意味で弥次喜多道中全国行脚見仏記というのがぴったりというところである。
 見仏が目的であるということから、この20年前に出版された本書は、私には時代感覚のずれを感じさせない。ほぼ同時代を生きてきているせいかもしれないが・・・・。仏像の歴史、時間軸からすれば20年など、時間差を問うことすらこっけいかもしれない。
 『ガイドブック』で予備知識を得ているせいか、「見仏」が信仰対象として仏像を見るのでもなく、美術鑑賞・時代考証の学問的視点から仏像を論じるのでもなく、その中間で第3の道を行くというスタイルに読み進めるうえでの抵抗感はなかった。この「見仏記」は、仏を見に出かける全プロセスを楽しむというスタイルなのだ。二人の掛け合い万才風のおしゃべりやそれぞれの行動スタイル、失敗談や周辺の状況へのコメントなど、様々なものがごっちゃになりながら、見仏対象の仏像にアプローチしていくというものである。 だから弥次さん、喜多さん的旅行記談が記されている。

 「いとうさんも寝てないんでしょ?」
 うなずくと、彼は疲れた顔で続けた。
 「もう地獄の旅って決まったようなもんだよね。徹夜明けでフラフラで」
 私は黙って後について歩き出した。だが、すぐにみうらさんは振り返った。
 内緒話をするように、耳元に口を寄せてくる。
 「だけどさ、いとうさん。仏像が待っているんだよ、仏像が」
 そう言って、うれしそうにみうらさんは笑った。なんだかアイドルのコンサートに
 行こうとしている少年みたいだ。  p10-11

こんなふうに二人の会話、道中の行動を記したシーンが本文にポンポンと出てくる。弥次喜多に負けることのないおもしろさがあって、かたぐるしくなく読みやすさは抜群である。仏像の生真面目な鑑賞ガイド記を期待する人にはアテがはずれるだろう。「仏像」に辿り着くまでのプロセスの道中記を楽しみながら、二人が心中で別々に想像していたことが、いざ対象「仏」に対面したとき、どうなるか・・・・を楽しんでみようと言う人には、持ってこいである。

 二人が見仏する全プロセスをいとうせいこうが己の全身を通して、つまり知(智)・情・意を総合して、文章で描写していく。一方、みうらじゅんが見仏シーンの総合的マンガを各章数枚に描き、いとうの本文の間に挿入されているという構成である。
 みうらのマンガには、見仏対象の仏像について、みうらの受け止めた「仏(像)」の特徴が描き込まれ、その仏(像)に吹き出しで語らせたり、寸評コメントを入れたり、仏像環境の建物や、その他、お寺のお土産グッズを書き込むなどして、現代感覚に翻訳したコメントを加えたりと、盛りだくさんな「絵・文」のマンガである。これがいとうの文と相補関係をなしている。本文では書ききれない感覚の側面がフォローされている。それは弥次さん喜多さんの助け合いである。
 本書の15ページ、最初の絵を見て頂ければ、百聞は一見に如かずである。
 場面は興福寺。雲に乗った仏像たち。興福寺の御堂の上に現れる。御堂の絵が書かれ、その下に矢印を書き、薬師如来像と四天王像の絵。その下に、興福寺・東大寺のお土産グッズの絵。
 空白部分には、みうらの感覚で翻案された見仏印象その他もろもろがコメント書きされている。このコメントが実に面白いし、言い得て妙。なるほどとうなずけるもの多しである。最初の絵からコメント書きの一旦をいくつかサンプリングしてみよう。
 *ボクの考える仏像たちはミュージシャンである。彼らは極楽浄土からやって来て・・・・みなスーパースターで老若男女の心をつかんで離さない。カッコイイ!
 *メイン・ボーカル薬師如来像  
 *警備にあたる四天王たち 四天王像からの吹き出しが「押すなよ!!」なのだ。
 *「般若心経」経本の絵を描き、「仏教界のビルボードで大ヒットソングブック」と付記してある
 *朱印帳の絵を描き、「ま、サイン帳だよね」の付記がつく

 これって、ふざけている訳では全くない。視点を変えると、そうとも言えるなあ・・・、というところ。頭にガツン!というおもしろさ。
 如来部の仏像が当然中心にくるから、これがメインであり、天部の仏像である四天王は護法神、仏教守護神的性格を担う役割だから警備にあたる形である。巡拝したお寺の朱印を集めて行けば、それは訪れたお寺のサイン、拝仏の証だから、機能はサイン帳と何ら変わらない。仏に対する信仰とミュージシャン、アーティストへの熱愛という対象の違いだけ。
 見仏し、お仕着せでなく、自分として仏と対面し、対話するという二人の姿勢の発露とみれば、そのユニークな「見仏記」は、抹香臭い仏像観を一掃させる現代的刺激になる。
 こんな調子で、二人の全国行脚が始まった訳だ。
 この単行本には次のお寺の仏像見仏がまとめられている。二人の仏友の観点から、見仏の当たり外れも含めて、読んで面白く、たのしい語り口、マンガが満載だ。
 奈良: 興福寺、東大寺、法隆寺、中宮寺、法輪寺、法起寺、松尾寺
     新薬師寺、五劫院、東大寺戒壇院、浄瑠璃寺、室生寺、当麻寺、聖林寺
     薬師寺、唐招提寺、西大寺
 京都: 六波羅蜜寺、三十三間堂、東寺、神護寺、清涼寺、広隆寺
     大報恩寺、泉湧寺・平等院鳳凰堂
 東北: 慈恩寺、立石寺、立花毘沙門堂、万蔵寺、成島毘沙門堂
     毛越寺、中尊寺、黒石寺
 九州: 東長寺、太宰府、観世音寺、天満宮、大興善寺、龍岩寺、真木大堂
     富貴寺、神宮寺
 京都・奈良を主体にしてみると、有名どころのお寺がかなり網羅されている。東北・九州には、京都人としては初めて知ったお寺がけっこうあるというところ。一度訪れてみたいな・・・という思い。

 本書には「阿弥陀如来の基礎知識」をマンガで導入し、「仏教基礎用語」として、基本中の基本である、「如来・菩薩・明王・天」を簡潔な文で説明している。一方、脚注として、基礎的用語や人名などを、時にはマンガ入りで説明してあるのも、わかりやすくて良い。


*日本人は本来の色が落ちたものをのみ好んで、しかもそこに仏の本質を感じている。日本独自と人々がいう仏教の感覚は、時が洗った跡に根ざしているのかもしれない。だとすれば、それは時教だ。  p230
*表情や様子は大切なもので、その形は人間の感情を支配する。気持ちがなごむから微笑むのではなく、微笑むから気持ちがなごむこともある。まるで奇妙な鏡のように、その如意輪は私に微笑みの形を教えているのだ、と思った。確かに、顔を見ると途端にこちらの頬がゆるむ。なるほどなあ、とひとりごとが出た。これが仏像の力だったんだ。 p265
 

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本書に取り上げられた見仏の対象寺院・仏像などで、私にとって初情報の類いのものを検索してみた。入手できた事項の中から、有益な情報を一覧にしておきたい。当然ながら関西圏でないところが主になっている。

【奈良】五劫院:五劫思惟阿弥陀坐像  :「Back From The Temple」
慈恩寺(寒河江市)  :ウィキペディア
慈恩寺(寒河江市) ホームページ
宝珠山立石寺  ホームページ
名勝史跡 霊場山寺立石寺
立花毘沙門堂  :「きたかみ魅力辞典」
  木像毘沙門天立像(国指定重要文化財)
  木像二天立像(国指定重要文化財)
万蔵寺(北上市) :「旅 東北」
雪の禅林街その4「万蔵寺」ーつがるみち94  :「のんびりとじっくりと!」
成島毘沙門堂 兜跋毘沙門天立像  :「いわて東和 JR東日本ホテルズ」
毛越寺 ホームページ
毛越寺  :「平泉観光協会」
関山中尊寺  ホームページ
中尊寺  :「平泉観光協会」
妙見山黒石寺  ホームページ
日本三大奇祭の一つ「黒石寺蘇民祭」   :YouTube
東長寺    :「よかなびweb」
観世音寺  :「古寺巡訪」
観世音寺  :「inoue's website」
太宰府天満宮 ホームページ
大興善寺  ホームページ
大興善寺  :「よkとこBY」
懸造「絶対王者」 投入堂に迫れるか。 龍岩寺奥院 いよいよ登場!
     :「Kazz zzaK(+あい。)」
龍岩寺の造不動明王坐像等  1989年2月号 広報おおいた 
      :「おおいたデジタルアーカイブ」
龍岩寺(大分県)  :「inoue's website」
真木大堂   :「豊後高田市観光協会」
富貴寺    :「豊後高田市観光協会」
宗教法人 神宮寺 ホームページ


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『見仏記ガイドブック』   角川書店