遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『万能鑑定士Q』 松岡圭祐  角川書店

2014-07-18 09:39:58 | レビュー
 「万能鑑定士Q ~モナ・リザの瞳~」が映画化されている。そのポスターや宣伝をよく目にする。それで初めて、「万能鑑定士Q」というシリーズが出版されていることを知った。松岡圭祐という作家の本を私は読んだことが無い。
 そこで、「万能鑑定士」という言葉が気になり、目に止まった『万能鑑定士Q』の単行本を手にとってみて、読み終えた。

 目次を見ると、万能鑑定士Qの事件簿ⅠとⅡが収録されている。この本が当シリーズの始まりだったのだ。知らぬこととは言え、シリーズものの読み始めとしてはまあ幸先が良い。アマゾンを見ると、文庫本で事件簿ⅩⅡまで上梓されているようだ。
 それはさておき、事件簿Ⅰ・Ⅱを読んだ印象は、「おもしろかった!」である。鑑定プロセスにおける蘊蓄話が実に多彩で、ある意味一種その内容に幻惑されそれに引き込まれる側面すらあって、興味深い。この種の情報の盛り込みに興味関心を抱きがちな私には、新たな読書対象が広がったところである。徒然にこのシリーズを順不同になっても、読み継いでみようかと、思い始めたところだ。

 さて事件簿ⅠとⅡは一応独立したストーリーとして完結で有りながら、事件簿ⅠがⅡに連接していく。「万能鑑定士Q」という店の看板をどのようにして凜田莉子が立ち上げたのか。鑑定を依頼された案件から、事件を解決するための謎解きに関わっていく始まりがこの第1作で理解できる。

 現実社会に○○鑑定士という職種資格が結構ある。その代表的なものが「不動産鑑定士」だろう。不動産の価値評価という領域での国家資格として難関でもあるようだ。
 本シリーズの「万能鑑定士」という資格は現実にはない。作者の創造物である。「万能鑑定士」で区切ってはだめなのだ。あくまで「万能鑑定士Q」という屋号なのだ。何でも鑑定屋という位置づけであり、「鑑定士」という資格看板とは無縁の万の鑑定承りますという設定。これって、作品をどんな方向にも、どうとでも展開できるフリーハンドの設定になっている。作家としては楽しめる条件設定だと思う。主人公である凜田莉子の潜在能力と知識量、経験を増やしてやれば、どうとでもストーリー展開していけるのだから。勿論、それは読者にとっても、次はどんな事件の謎ときと鑑定説明が出てくるか・・・・期待できることになる。事件簿Ⅰで取り上げられた「力士シール」から最近の「モナリザ」にまで展開されてきているのだから。
 
 事件簿Ⅰ・Ⅱで凜田莉子が確実に独り立ちしていくことになる。それは与えられた屋号のQの意味が、「クイーン」から「キュー」へと莉子の意識的選択によって変更されるステップでもあるのだ。Qの意味づけが変更される経緯は、本書をお読み願いたい。

 「事件簿Ⅰ」は、万能鑑定士Qの経営者・凜田莉子が持ち込まれたガードレールにびっしり貼られたシール、通称「力士シール」の鑑定を依頼されることをきっかけにして始まる。この作品は、「力士シール」の鑑定という依頼事項とその調査という「現在」を軸としながら、凜田莉子の過去の履歴を語り、なぜ「万能鑑定士Q」の店を構えるに至ったかという「過去」を語る。一方で、莉子が関わった事件の結果が、どんな波及影響を社会にもたらしたかという「近未来」を先取りで被せていく。それが交錯する形で構成されているので、当初少し戸惑ったが、リズムに乗るとそれまた、おもしろい構成展開になっている。
 
 2mほどのガードレール1本にびっしり貼られた「力士シール」の鑑定を「万能鑑定・・・」という言葉に惹かれて店に持ち込んだのが「週刊角川」の編集部所属の記者、小笠原悠斗である。万能鑑定士Qの凜田莉子は現在23歳。「力士シール」の鑑定を引き受ける。
 莉子は、科学鑑定の分野については、早稲田大学理工学部物理学科准教授の氷室拓真に二次依頼に出すことにしている。この力士シールについても、その手順を踏む。
 多分このシリーズでは、凜田莉子を中軸に、小笠原悠斗と氷室拓真が主な登場人物として名を連ねていくシリーズになっているのかな・・・と推測する。
 莉子の素性は5年前の「過去」から始まっていく。このプロセス自体がけっこう面白いが、それはさておき、要約的にまとめてみよう。

 凜田莉子。沖縄の波照間島の生まれ育ちで、石垣島の八重山高校を卒業して、東京で就職するために上京する。高校時代は落ちこぼれだった。学業成績は最悪。だが教師の喜屋武は莉子の感性のすばらしさに気づいていた。莉子は、いつか波照間島の役に立つような仕事をしたいという漠然とした希望を持って上京する。莉子の上京を島の人々は期待を込めて送り出す。東京での就職活動はままならない。そのエピソードも面白いが、最後はリサイクルショップのチープグッズの社長に見込まれて、というか助けられて、そこで働くことになる。社長の瀬戸内陸は莉子の素質を見いだし、その素質を伸ばす方法を教える。ここで勤める期間に、莉子はその素質を開化させ、膨大な知識のデータベースを己の能に蓄積していくのである。そして、瀬戸内社長が登録していた「万能鑑定士Q」の看板を掲げた店を開く後押しをされるに至る。
 一方の近未来は、莉子が事件に関わった結果、莉子の知らないところで日本にハイパーインフレの経済状況を引き起こされることになるというもの。

 さて、事件簿Ⅰは、「力士シール」がなぜ公共のガードレールに張り巡らされ、それを誰が何の目的で行っているのかという解明調査が本来の出発点である。だが、莉子が小笠原と都内に貼られた力士シールの現地調査を始めた中で、莉子がふとしたことから、事件発生の徴候を感じ取り、知り合った警察官のいる警察署に出向き、その事を通報する。
 それはバナナを材料とした料理教室の開催という案内とその実演を隠れ蓑として画策し、ある事件を引き起こそうと狙っているのではないか、という莉子の推理に始まる。この顛末の経緯が興味深い。おもしろい発想が取り入れられている。
 事件簿Ⅰは、この脇道に入った起こるかもしれない事件の通報とその事件の現行犯逮捕で一端、終わりになる。

 だが、その脇道事件にはさらに隠された背景があった。それがハイパー・インフレを引き起こしている原因だというもの。バナナ料理教室の偽装事件は、実は1万円札の精巧な贋作製造事件を追求しているプロセスに関わりがあり、犯人逮捕への追跡の一環だったというのである。贋作事件が犯人側からの情報通告で世間にオープンとなるや、日本経済はハイパーインフレが急速に進行する。
 莉子は思わぬ事から1万円札贋作事件に首を突っ込まざるを得なくなる。
 そして、この1万円札贋作事件が、一端波照間島に戻る莉子にとって、解決の糸口を見つけ、またそれが鑑定を頼まれた「力士シール」事件とも連環していく事件だったことが、徐々に明らかになっていく。実に巧妙に仕掛けの張り巡らされたプロットである。

 事件簿ⅠとⅡは連環していく。そして、それは凜田莉子が現在の能力開花の貴重なステージとなったチープグッズからの巣立ちでもあり、「Q(クイーン)から「Q(キュー)」への脱皮でもあるのだ。

 事件簿Ⅰの構成への当初の戸惑いから自由になると、事件簿ⅠからⅡへの連なり、事件の連環と意外な結末への道程は、一気に読まされてしまうおもしろさを持っている。
 さあ、このシリーズも読書対象に加えよう。


 ご一読ありがとうございます。


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少し本書の蘊蓄話関連で関心を抱いた項目をネット検索してみた。
一覧にしておきたい。

古物商 :ウィキペディア
古物商許可申請 :「警視庁」
古物商許可をとるまでの5つのステップ :「リサイクル通信 Online」
知らんと損する?リサイクル業で起業するために必要な5つのコト :「リサイクルジャパン」

古物営業法FAQ :「警視庁」

不動産鑑定士  :ウィキペディア
古民家鑑定士とは ← 古民家鑑定士試験情報:「財団法人職業技能振興会」
宝石鑑定士の資格
美術鑑定士とは :「13歳のハローワーク公式サイト」
骨董品の鑑定士になるには :「オレペディア」
初生雛鑑別師  ← ニワトリのヒナの雌雄鑑別 :ウィキペディア
初生ひな鑑別師とは? :「nanapi」
筆跡診断士 → 筆跡診断とは :「日本筆跡診断士協会」

お札の特長  :「国立印刷局」
お札の製造工程  :「国立印刷局」

偽札 :ウィキペディア
徳光&木佐の知りたいニッポン!~ニセモノにダマされない 通貨の偽造防止技術を知っておこう!  :「政府インターネットテレビ」
お札の偽造防止技術    :「国立印刷局」
新500円貨の偽造について  :「財務省」
偽札や偽造500円にご用心!!  ポスター :「財務省」

紙幣類似証券取締法 (明治三十九年五月八日法律第五十一号)
すき入紙製造取締法 (昭和二十二年十二月四日法律第百四十九号)
すき入紙製造許可手続  :「財務省」


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