遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『卑弥呼の墓・宮殿を捏造するな!』 安本美典  勉誠出版

2013-07-18 13:31:29 | レビュー
 ウィキペディアの「安本美典」には、”日本古代史の分野では、30数年来「邪馬台国=甘木・朝倉説」及び「大和への東遷説」を主張し続けている。「邪馬台国の会」主宰。『季刊邪馬台国』責任編集者。古代史研究は「数理文献学」(Mathematical Philology)の手法に基づくとする”と記されている。本書の奥書には、「現在、古代史研究に専念。・・・情報考古学会会員。専攻は、日本古代史、言語学、心理学」と記す。

 本書は2011年8月に出版された。本書の副題は「誤りと偽りの『邪馬台国=畿内説』」とあり、表紙にはさらに「推理・邪馬台国と日本神話の謎」のフレーズも記されている。 本書のタイトルと副題はまさに激越である。邪馬台国畿内説の学者全体をミソクソに論じているのではない。正当な研究として畿内説を唱える学者にはそれなりの敬意を払い、学問・研究論争として扱っているようだ。本書は一つの研究発表の内容と経緯に対する著者の反論であり、その研究と一部マスメディアの行動を弾劾する論拠を論じた本である。果てしなくつづく邪馬台国論争及び考古学会の体質に一石を投じている。
 「はじめに」から「おわりに」まで、353ページ、冒頭6ページの写真を使い、一般読者を視野に入れて、糾弾の書として出版しているのだ。

 それでは、何を弾劾の標的にしているのか。
 直接には2009年5月29日(金)の朝日新聞朝刊一面にスクープとして報道された「箸墓は卑弥呼の墓である」という記事。この記事は同社の渡辺延志(のぶゆき)記者が書かれたもののようだ。著者によると、渡辺延志氏は「邪馬台国=畿内説」信奉者であり、「かすったら畿内説」的報道姿勢及び考古学会を揺るがしたかつての旧石器捏造事件と同じ轍を歩んでいる動きについて、否と断じている。繰り返される大本営発表の類、お先棒担ぎはやめろ、新聞記者・マスメディアの一員として反社会的な行為を繰り返すなという糾弾だと理解した。マスメディアの付和雷同する面々をも同罪として論じている。一方で、マスメディアの中にも、学会の研究の現状までの経緯や動向をキッチリ押さえ、中立的報道をめざす記者や報道機関の存在も対比的に採りあげて糾弾書の中でのマスメディア批判へのバランス感覚を維持している。
 研究内容としての直接の弾劾標的は何か。それは千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館の研究グループ(以下、歴博研グループと略称する)が炭素14年代測定法を使って研究し結論とした「箸墓古墳=卑弥呼の墓説」が間違っているという指摘であり、学会発表前にマスメディアに内容をリークするような演出・PRというやり方への批判である。このマスコミ利用法が繰り返し行われている点、それに乗り助長する記者が存在する点を強烈に批判している。
 歴博研グループは「自説に不利な測定データを無視し、自説を、マスコミ宣伝することによって成立している」と著者は批判し、そのデータの利用と研究姿勢が学者の研究ではなくて捏造の類だと弾劾する。

 本書は、なぜそう批判できるのかを以下の形で展開する。

[はじめに] 考古学は、旧石器捏造事件から何も学ばなかったのか?
 22ページにわたるイントロである。「学問や科学にとって、大事なのは、正しいか、正しくないか、ということである。多数派か、そうでないかは、大事なことではない。」という立場で、物議をかもすことになるかもしれない本書を世に問うと末尾に記している。

[第1章] 卑弥呼の宮殿を、勝手に作るな
 纒向遺跡で大型建物が発掘調査から発見された事実に対し、「3世紀最大の建物跡」と結論づけるのは、観測事実に合っていない。『魏志倭人伝』や『日本書紀』などの歴史書の記述をベースにした論議になっていない点を批判する。歴史書と発掘調査結果の累積研究を基盤にすれば、おもに崇神、垂仁、景行天皇時代の4世紀の遺跡だろうと反論する。

[第2章] 桜井茶臼山古墳の築造年代と出土鏡
 この章で著者は、様々な研究成果を引用して、桜井茶臼山古墳の築造は、4世紀なのだということを論証していく。著者はまず、同古墳から出土した81面の鏡の多くが三角縁神獣鏡(26)を最多にして各種神獣鏡の類であることについて着目している。中国における考古学研究では、「神獣鏡」は中国南方系(呉系、揚子江流域系)だという。銅鏡知識に乏しい私には新鮮な説明でもあった。日本は、「中国の東晋王朝が317年に健康(南京)に都をおくまで、神獣鏡が流行している地域に都をおく国家と正式な外交関係をもっていないこと」(p72)を著者は指摘し、『魏志倭人伝』の描く世界とは無関係と述べている(p72)。卑弥呼は「銅鏡百枚」をあくまで魏の皇帝から賜っているのだからと。真摯な畿内説学者がこの神獣鏡問題をどう論じているのか、私の関心が広がって行く。
 著者は崇神天皇陵古墳の築造年代、桜井茶臼山古墳の築造年代について論を展開していく。その上で、銅鏡が語る事実を著者流に推理・展開していく。
 銅鏡に知識の乏しい一般読者(私も含めて)にとっては、古墳から発掘されてきた銅鏡史について、中国と日本を併せて概括的に理解する情報源にもなり、一読の価値がある。

[第3章] 卑弥呼の墓を、勝手に作るな
 炭素14年代測定法を使った歴博研グループの結論が虚情報であることをこの章で徹底的に究明している。それがこの「炭素14年代測定法」という科学的手法は有益な方法なのだが、歴博研グループの手法の用い方が問題であり、その用い方が事実を曲げて結論を捏造しているのだと徹底的に糾弾している。分析に用いた試料の取り扱い方、分析評価に誤りがあるとする。意図的恣意的に虚情報を生み出していると断じている。
 著者は「炭素14年代測定法」の基本原理から解説し、技術の進歩向上があるものの、炭素14の存在量が歴史的に変動があるため、もとあった炭素14の量が正確にわからないので、ズレを修正し較正という手続きをしなければならないことの重要性を緻密に説明する。そして、「日本産樹木による較正曲線を示したことは、歴博研究グループの大きな功績である」と認めつつ、「日本産樹木による較正曲線を用いても、国際較正曲線を用いても、箸墓古墳の築造年代を4世紀にもって行くことは、容易に可能である。・・・箸墓古墳の築造年代は、西暦360年ごろの可能性が大きくなるのである」(p218)と論じ、歴博研グループの結論を覆す論理展開を推し進める。様々な観点から切り込み、歴博研グループの仮説の間違いを論断していく。

 この測定法による詳細なデータの提示内容については、一般読者として十分に理解できたとは言えないが、そのロジック展開や主旨については、大凡理解できる。この科学的分析手法の扱い方については、何となくイメージが湧いてくる。
 その論理展開の方法から学べるところは多い。炭素14年代測定法という技術の同じ土俵で、論理的に反駁するということは、こういうことかという思いを強くした。著者の論理展開に対する、再反論を歴博研グループから提起があると良いのだが・・・・それがあってこそ、学術的論戦と言える。
 短時間の学会発表・質疑応答では何も解決しない。やはり論理展開を論文にした応酬があってこそ、その是非を客観的に広く評価できると思う次第だ。邪馬台国所在地についての九州派ばかりでなく、畿内派からもこの歴博研グループのこの手法の持ち方について否定的な意見が、学会発表の場その他で提起されているという経緯も本書で説明されている。
 2011年8月にこの本が出ているということは、その後に再反論が論文レベルで発表されているのだろうか。その後の考古学会はどんな動きとなっているのか。素人目からも、興味深いところである。

 ジャーナリスト河貴一氏による『週刊文春』2009年10月22日号の記事「箸墓古墳 奈良 『卑弥呼の墓』にダマされるな」が本書に引用されている。その記事末尾によると、歴博研グループのこの研究に文科省から4億2000万円の補助金が出ているという。本著者の論駁並びに九州派・畿内派双方から既に出されている疑問に対して、歴博研グループ側からの誠実な回答を欲しいものだ。
 本書のp45に引用された表3と、後ほど検索していて見出した歴博研グループの「平成20年度研究報告会」を併せて考えると、4億2000万円という補助金は様々な観点とテーマでの総合研究全体に対する補助金であることだ。つまり、直接的に上記研究に関する補助金はその中に含まれている構成部分だということで割り引いて考える必要はありそうだ。捏造と論じられている研究発表だけの補助金と短絡的に考えると、逆の誤りを犯しそうに思う。紙面の都合で割愛されたのだろうが、その点は注意すべきだと解釈している。

 学問の自由は賛成である。学問振興に税金が使われることも認めたい。しかし、その補助金を使って、事実を折り曲げた捏造をしているなら許せない。総合テーマの補助金の一部で真摯な研究を重ねている研究者への冒涜にもなるだろう。
 邪馬台国論争、今後どうなるのか・・・・・注視したい。

 最後に、著者が警鐘を発している記述箇所を引用しておこう。
*考古学は、いま、じつに不精密、はっきりいえば、いいかげんな論理によって得た結論をマスコミにくりかえし発表することによって、邪馬台国論争に決着をつけようとしている。考古学は、いまや、まったく信用のできない学問となりつつある。「事実」にもとづくのではなく、勝手な「解釈」にもとづいて発表をくりかえすようになっている。 p61
*マスメディアは、社会的影響力が大きいので、研究者たちのマスメディア批判は、腰が引けていることが多い。保身を考えれば、マスコミの批判をうけたらどうしようと考えてしまうのであろう。  p306
*学に忠なるもの、立つべし。暴力追放のキャンペーンは、言論の世界においても必要である。事実と真実とを伝えるべきである。記者が、記者魂を失っても、研究者は、研究者魂を失ってはならない。  p315


ご一読ありがとうございます。

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本書に引用されているソースも含め、関連事項を少しネット検索してみた。情報集約の覚書として一覧にしておきたい。

箸墓古墳、卑弥呼の生前に築造開始か 歴博が研究発表 :「朝日新聞」
 2009年5月31日20時36分 掲載
年代変わる?古墳時代 精度高まる土器の測定 :「朝日新聞」
 2008年6月7日14時42分 掲載 (渡辺延志)

箸墓古墳 :ウィキペディア
桜井茶臼山古墳 :ウィキペディア
纒向遺跡 :ウィキペディア
纒向遺跡ってどんな遺跡? :「桜井市纒向学研究センター」
ホケノ山古墳 :ウィキペディア

国立歴史民俗博物館 ホームページ
学術創成研究「弥生農耕の起源と東アジア
-炭素年代測定による 高精度編年体系の構築-」
平成20年度研究報告会

炭素14年代測定法 ← 放射性炭素年代測定 :ウィキペディア
放射性炭素(炭素14)で年代を測る 吉田邦夫氏
炭素14年代(測定)法  鷲崎弘朋氏(歴史研究家)
 このページ「邪馬台国と宇佐神宮比売(ヒメ)大神」の補注13に詳細説明を記載されている。補注12は木材の年輪年代法に関しての詳述である。

Re: 日本考古学協会総会に出席して :「邪馬台国についての掲示板(改訂版)」
 鷲崎弘朋氏の投稿記事。シリーズで総会内容の状況を伝えたもの。
「箸墓は卑弥呼の墓」説に難題 2009/08 :「misssinglink's blog」
歴博の炭素年代の嘘が明らかになった 2008/06 :「misssinglink's blog」
年代繰上げは? 2008/04 :「misssinglink's blog」

邪馬台国大研究 ホームページ
 邪馬台国大和説 
 邪馬台国九州説 
 三角縁神獣鏡の謎 :「邪馬台国大研究」
 科学する邪馬台国  木の科学・木の年齢測定 
 
箸墓古墳は卑弥呼の墓か 2009/6/2  :「山口増海のブログ」
放射性炭素年代測定(1)2009/6/3~4 :「山口増海のブログ」
同(2)  

直近にはこんな記事も・・・・
奈良・纒向遺跡:バジル花粉 古代の香り、新たな謎 薬か祭祀用か :「毎日新聞」
 毎日新聞 2013年05月31日 大阪朝刊  別の観点での話題が出現!
奈良・纒向遺跡:最古のバジル花粉 邪馬台国候補、3世紀中ごろ 魏と交流、示す


日本考古学協会 ホームページ
  「前・中期旧石器問題調査研究特別委員会最終報告」 2004.5.22

旧石器捏造事件 :ウィキペディア


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