戦前 戦中 戦後を生き抜いてきた小生、昭和10年代支那(今の中国)事変は拡大して、 支那大陸に広大な戦域を広げていた、米英との開戦の危機をはらみ、戦時体制で物資は極端に不足していた、衣料品 米などは配給券が支給され、その点数がなくなると買えなくなる、国の標語で「贅沢は敵だ」と言われ、物資不足の耐乏生活を強いられた。
衣料品は切れた所は縫い合わせ、穴の開いた所は継ぎを当て着ていた、当時は誰もがそうだから恥ずかしくなかった、家庭用品なども壊れれば修理して使い、完全に使えなくなる迄使った、物は修理して大切に使うものと教え込まれ、少年時代の教えは年をとっても脳に焼き付いている。
戦前から戦後少しの間「鋳掛屋(いかけや)」という商売があった、鍋 釜 薬缶等台所用品の穴の開いた部分を穴埋めして、大きく傷んだところは別な金属を当て修理する商売で、路上の一角で店開きすると、近隣の主婦が痛んだ鍋や釜を持って来て修理した、小生子供の頃は日常茶飯事に見られた風景だった、今の人に「鋳掛屋」などと言っても何の事か分からないだろう。
戦後高度成長期を経て物資が豊富に出回り、衣料品 家庭用品 電化製品は故障しても、修理ではなく買い替えが定着した、戦時中「贅沢は敵だ」と国の標語に対し、素の字を足して「贅沢は素敵だ」という言葉が生まれた。
この物資が豊富で何でもある時代、修理して使おうなんてことが古い頭なのかもしれない、修理より買い替えた方がずっと得という体験を屡々する。 以前 H25年9月にブラウン製電気剃刀を¥9,480で買った、風呂場で髭を剃ることが多く、電気剃刀はさほど多用しないが、先日使っていた時痛みを感じ、見たら上刃が破れていた、たった4年しか使わないのに。 近くの家電量販店へ、替え刃を取り寄せて貰うよう頼みに行った、価額は4千円を超すという、同じブラウンのほとんど同型の新品が、¥5、162で陳列されている、上刃が破れることは下刃も摩耗している、ならば千円ほど足せば新品が買える、迷わず新品を買った。
5年前1万円近い物が、性能がが向上していて半値に近い、そうゆう事で使い捨て時代になったと実感する。
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