老いて楽しく

余生を楽しむ

明治神宮

2015-03-23 15:57:41 | 日記

 もう随分昔の譬え話である、「煙と馬鹿程高い所を好む」と言われた、確かに煙は微細粒子で天高く何所までも登り、何れは胡散霧消してしまう、人間が高い所を好むのに何故「馬鹿」と言う言葉出たのか理解に苦しむ、人間を冒涜した言葉と思っている。

 古来より人間は高い所を好む、昔の武将が戦争を行えば、小高き丘に本陣を敷き、戦況を俯瞰して作戦を練った、高い所から見てこそ戦況が掴めるのである、後年には各大名も山に石垣と天守閣を築き、大所高所から領内を眺め、安寧と庶民の暮らしの安全を図ってきた、矢張り高い所から物事を眺める事に依って,良い判断が得られるのだろう。

 近年に於いては建築技術も格段に向上、超高層ビル、超高層建築物が続々と建築され、各建築物に展望台が設置され、数百メートル高空から街並みを眺望する事が普通になった、東京タワー サンシャイン60の展望台、スカイツリーの展望台、行列をして高い所への登る、

 近年に於いては宇宙から地球を眺める時代になった、冒頭の言葉を発した人の感性を疑う。

 先日 ウォーキングの会で、東京都庁45階の展望台へ行く機会が有った、1階から45階まで45秒で上昇する、1階1秒の早さで有る、発進時も停止時も何も感じない程スムーズそして超高速運転、日本のエレベーター技術も世界最先端を行く。
 
 新宿駅を出て大ガードを括り、昔の淀橋浄水所跡地の超高層ビル群を左手に見て通過、少し行った右手に「成子天神社」がある、つい最近塗装を終えたと見えて、鳥居 社殿の朱色が鮮やか、ビルの谷間にひっそりと鮮やかな朱色を際立たせている、古き由緒ある天満宮で有る。
 
皆お賽銭を上げ健康と長寿を祈る
 
天神境内に50貫以上の力石が奉納されていた、昔の人はこれを軽々担ぎあげていた、怪力の人が多かった。
 

東京都庁45階202メートルから眺望、高所から眺望を楽しむのは、冬の乾燥した時期に限る、3月では、湿度が高く靄っていた。

 
都庁45階の展望台には各種土産店が並び、土産店を眺めたり、都内の眺望を楽しんだり思い思いに過ごす。
 
明治神宮へ都庁の方から入る口は西門?と言うのか、瘤つき欅古木が迎えてくれる。
 
明治神宮拝殿前の門、青銅の屋根が重厚さを醸し出す。
 
  四方に門を構える、拝殿前広場、
 
大正九年創建時に植樹された楠、夫婦楠として、参拝者の信仰厚く、明治記念館結婚式場と共に人気がある。
 
上記御神木の根本
 
元日初詣で参拝者で埋め尽くされる参道、普段の日でも参拝者が引きも切らず。
 
昨年11月に紅葉真っ盛りの秩父御嶽山にある、東郷神社を参拝したが、今回も代々木参宮橋近くの東郷神社を参拝した、明治の大提督は各所に足跡を残している、結婚式場としても人気あり。
小じんまりした東郷神社庭園

ひな祭り

2015-03-03 05:59:12 | 日記
 
 
 

小生の家から電車で飯能は極く身近、だが天覧山や能仁寺、飯能河原を訪れるのは数年か数十年に一度、時折秩父へ行く時の通過点に過ぎなかった、依って池袋や都心へ出るより遠い感じがしていた、疎遠による遠距離感かも知れない。

  10年前から飯能雛飾り展が開かれていたが全く関心がなかった、だが今年は何故か心引かれ行ってみようと思った、どうせ行くなら好天が良い。

 春に3日の好天なしと言われる、春の天気は目まぐるしく変わる、週間予報を見ると3月2日が好天その日以外は曇 雨などで良い日はない、よしこの日に決めた。

 遠いと感じていた飯能、快速急行に乗ると僅か15分で着いてしまう、えっ飯能ってこんな近かったんだと再認識する。

 駅前の道を直進して道の両脇をキョロキョロするが、雛飾りは全くない、日にちを間違えたか道を間違えたか不安になるが、てくてく歩いて交差点へ出た、直進は余り賑やかでなさそう、左折して歩くうちにウインドウに雛飾りが有るのを見つけて、アア遣っているんだと安心した。

 或る店のウインドーに雛飾り有り、店内にも飾りが有る、勝手に写真を写していいのか躊躇われ、恐る恐る店に入り声を掛けた、御当主が出てきて外から写すとガラスで反射するから店内でゆっくり撮りなさいと言って呉れた、その後雛飾りマップを持って来てくれて、何所の店は江戸時代の雛飾りが有る、商工会議所や「絹甚」の蔵造りなどは雛段を纏めて展示しているから行きなさいと案内してくれ、残念ながら飯能は月曜日に休みが多くて良い物が見られない、何処から来たのかと聞かれ、所沢と答えたら近いから次回8日の日曜日にまた来なさい、最終日で楽しいイベントが有りますよと言った呉れた、御主人と10分以上話しこんでしまった、旅に出て見ず知らずの人に親切にされる事は本当に嬉しい、楽しい会話が出来る最高に楽しい事である、外は季節風が強く寒かったが、心はホノボノ温かく、北風を感じなかった。

 商工会議所の人にも親切に案内され、飯能唯一残された「店蔵」には多くの雛段が展示され、案内のおばちゃん達が蔵に付き説明もあり、お雛様の説明、吊るし雛を作るお母さんが子供に対する愛情をj込め一つひとつ丁寧に作っていくなどの話を聞かせて貰った。

 

 「絹甚」の店蔵、1階の屋根の両端に有る「防火壁」「梲(うだつ)」自家にこれを作れるのは相当なお金持ちでなければ作れない、これを作れない人を「梲が上がらない」と言った。


 此の店蔵の中に沢山の雛段が飾られている。

 
強い風の中吊るし雛が揺れていた
 
立派なお宮作りの中に内裏さまが
 

昭和30年代 戦後間もなくの雛段、戦争で疲弊した日本でこんな立派な雛段が作られた

 
 
昭和初期の豪華な雛段 ガラス越しで反射してしまった
 
 

パッチワーク風の子供の雛まつり衣装、子供の幸せを祈り、おめでたい布を縫い合わせ代々の子供に着せた衣装

 
明治30年代のお雛様 瓜実顔が特徴
 
昭和初期の雛段
 
平成になると顔立ちも大分変ってくる
 
吊るし雛 
 
豪華なお宮風雛飾り