老いて楽しく

余生を楽しむ

男の食彩 6

2014-07-31 11:13:20 | 日記
馬刺しを食らう
 
  昭和50年代後半 近くのスーパーで、牛 豚 鶏肉売り場と別の所で「馬刺し」を売っていた、小生好きで時々買っては酒の肴にしていたが、ある日忽然と姿を消した、店員に聞いたところ、馬肉は専門店でしか扱えなくなり姿を消した、それ以来馬刺しの事は忘却の彼方に押しやられていたが、最近何かの広告で馬刺しの事が載っていた、昔の味覚が思い出され無性に食べたくなった、ネット上で検索したところ、我が家の近くの駅前に有る「やるき茶屋」で提供している。
 嬉しくなり早速1人で食べに行く、赤味で柔らかく脂身がないので淡白、一気に昔が蘇えり、ビール酒が進んでしまう。
 
 東大和市に住む同級生を誘ったところ、イイネーと早速乗って来た、東大和市にも「やるき茶屋」が有るが夕方5時の開店、最近は年齢を考え、夜の宴会は避けているので、昼間から開店している店を探す、近くの小手指店と所沢店は11時半開店、西所沢店は5時の開店だ。

 同級生が我が家の近くの小手指まで遠征してくれた、馬刺し2人前づつ、野菜サラダ 他のおつまみを取り、気心知れた同級生大いに語り、昼間からしたたか飲む、あと仕上げに近くの「餃子の王将」でラーメンを食べる、同級生はペロッと食べたが、小生ほとんど手が付かない、同級生の健啖ぶりにはなるほどと納得した、1週間ボランテアやグランドゴルフ 日本語講座講師 御嶽山ボランテアで月2回登山して精力的に動いて居いる、あの食欲がスタミナの源かと敬服する。

 有るサークル活動の同年輩の人に「馬刺し」の事を話す、是非皆で行こうと言う、サークルの御長老に話したら、あんた話をまとめろと言う、取り敢えず女性を交えず、同年輩の男性4人で「馬刺しを食べる会」になった、女を交えずほぼ 同年輩の男同士、男だけの忌憚のない話も良いものだと声が多かった、女性を交えれば亦違った雰囲気も醸し出せるだろう、それはそれで亦良いものである。
 女性は「レバ刺し」とか「馬刺し」等生肉は敬遠するだろう、こんな料理の時は、男性オンリーが良いかも知れない。

 最近急に馬刺しを食べたくなったのがきっかけで、此の20日ばかりで「馬刺し」を食べる機会が多く、それぞれに交友を深められたのは良かった。
やる気茶屋 小手指店 駅から1分
適当に乾杯
わかさぎのおつまみ
 
 
 
 
 
 
 
 

男の食彩5(失敗作)

2014-07-11 13:10:17 | 日記
カツ丼

 我が家から自転車で5~6分程の所にカツのチエーン店「かつ屋」が、平成14年6月に開店した、他のカツ店が」千円から千数百円するところ、500円台から800円台、衣はサクサク肉も柔らかく、高い店と比べて何ら遜色はない、新聞折り込みの100円引き券を持っていくと、さらに安く食べられる。

 少し先に魚類専門の「角上」が有り、買い物の後、時々寄って「海老フライ2本付き  ロースカツ定食」を食べた、総ての定食に味噌汁 漬物食べ放題付き、以前は定食を難なく食べ切っていたが、近年小食になり海老フライとかつ2切れ、御飯3分の1ほど食べると腹一杯、残りを店からパックを貰い残ったカツと御飯を詰めて帰るのは、相当な抵抗が有るし、いじましい小生には出来ない。

 最近家内も体力の衰えか、店に行かず家から電話して持ち帰りを注文、電話して家を出て店へ着き代金支払いしている内に出来上がる、前籠に載せて帰ると、折角の盛付が崩れている、盛付が崩れていると見た目からも味は半減する、左手にぶら下げ片手運転で帰る、結構暖かいのを家で、気楽に気侭に味わえる、やはりカツと御飯は残ってしまう、翌日お昼にかつ丼にして食べようと保存しておく。

 翌日お昼にかつ丼を造る、刻んだ玉ねぎを片手なべに敷き、「ニンベンの汁の素」色々出汁の素が出ているが、ニンベンの出汁の素は価額も高いが一番旨い、出汁の素を差し ,出し汁で薄め、甘めの人は砂糖を加え、各人好みの味に整える、カツを入れ卵半分を回し掛け蓋をして少し煮込み、後残りの卵を掛けて少し火を通し、フワトロかつ丼が出来る筈だった、だが現実は甘くない、汁は煮詰まり片手鍋から御飯の上に掛けられない、餃子掬いのへらで掬って御飯に載せる、汁が煮詰まり少し辛くなっていた。

 揚げたてのカツでなく、半日も過ぎころももしなっとしているカツでは旨い物が出来る訳はない、 でも自分で作った物だから、それなりに受け入れ、結構旨かったと思う、これも自分で作った物だから容認できる。

 譬えとしては違和感があるかもしれないが。
こんな狂歌がある「舅の屁 嫁の五臓六腑を かけめぐり」とある、歳を経て老化した舅の内臓で発生したガスは、相当悪性で臭かろう、血の繋がりのない舅の屁を鼻先で放たれ、それを吸い込んだ嫁の五臓六腑を一瞬にして駆け巡っただろう、嫁さん相当ムカッとしてその場を立ち去るだろう、だが嫁さんも自室で屁をひった、自分の屁はいい匂いと言わないまでも、その場を立ち去らず容認するだろう、自分の事は許せる。

 店で作った料理が失敗だったら、怒って食わずに帰るか作り直させるだろう、だが自分で作ったのは食べるだろう、舅の屁と自分の屁と食品を、同列に譬えるのは感性を疑われるかもしれない。

 人は失敗も失言も一杯ある、それを咎めずおおらかな気持ちで受け入れれば、世の中争いは収まり、広い心で人に接すれば自分も心安らかに過ごせる。

 
 玉葱のスライス 紅しょうが 紫蘇の葉 卵と材料は揃う、小生何かやるには道具が必要と、直ぐにその道具を買ってきてしまう、買って来た以上活用しなければいけない、親子丼 カキフライ丼 卵丼 丼になりそうな具材はいろいろやってみた。 だがいかにせんカツの衣がふやけてしまっている。
 
玉葱に火が通りカツを入たら、カツが汁気を吸い急に汁が減ってしまう、卵半分をまわしかけ、蓋をして少し煮る、2度目の卵を掛けフワトロカツどんを夢見ていたが、汁が少なく、見た目も悪いかつどんができそう、夢は砕かれた、現実は甘くない。
 
汁が少なく完全に失敗作、片手なべから直接ご飯の上に掛けられず、餃子掬いのへらで掬ってご飯にかける、ご飯の上に紫蘇の葉を敷いたのは、香りがあって良かったと思う
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そば食べ歩記 2

2014-07-01 12:02:32 | 日記
各地の蕎麦 2
 
 埼玉 秩父   秩父では良い蕎麦が収穫できるようで、市内には蕎麦店が多く存在し、有名店も多い。

 以前ウオーキングの会に参加、秩父路を歩いた後、リーダーが「クルミ蕎麦店」へ案内してくれた、店名は忘れたが蕎麦汁にクルミを練り込んで有り、腰の有る蕎麦にクルミの風味が何ともいえず、食欲をそそる、想い出に残る蕎麦店だ。

 西武秩父駅に隣接して秩父仲見世に蕎麦店が有る、秩父へ訪れるとここでよくそばを食べる、小生好きだ。 
長野 信州そば   信州そばと言えば全国ブランドだ、信州でも「戸隠そば」はとみに有名。

 「信州信濃で自慢の物は、月と 仏と おらが蕎麦」と言われる、信州の月は空が澄んで月が綺麗だ、先祖や仏を大事にするのも有名、それにも増して蕎麦が旨い、北海道 秩父 信州は寒冷地、寒い所は良い蕎麦が収穫できるのか。

 仙台へ赴任中、長野で結婚式を挙げる社員から招待状を受けた、東京で女性社長と落ち合い長野に向かった、目的の駅へ降り立ち、社長が式場へ入る前に軽く食事をと言う、まさか女性社長を駅蕎麦に誘う訳にも行かず、式場までの途中何か食事をと言ったところ、そこの駅蕎麦にしようと言う、社長がそう言うなら得てしたり、何とその駅蕎麦屋、店内で蕎麦を打ち、打ち立て茹でたての蕎麦を提供してくれた、社長と二人流石信州と感嘆、40数年前の事その駅名も結婚式場の名も忘れた。

 信州上田市に義弟が住む、その義弟を訪ね上田で遊んだ、上田は真田 幸村のお膝元、上田城は勿論、街中六連銭の旗差し物で埋まって、真田 幸村一色。
 義弟が旨い蕎麦屋へ案内すると言う、その店は構えも立派で「草笛」と言う屋号、長野県内には支店が幾つも有るようだ、蕎麦好きの小生大盛りを頼むと云ったところ、義弟がとても食べ切れないからよせと云う、
でも頼んでみた、普通盛りは桶に摺りきり平に盛られ、中盛りは少し山になるくらい、大盛りはてんこ盛りになっている、山の部分を食べ終わって腹一杯、桶の中まだ5センチは蕎麦が残っている、これにはギャフンだった。

 蕎麦も汁も大変旨かった。
 
新潟  へぎ蕎麦  新潟には「へぎそば」と言うのが有る、魚沼 小千谷地方で、板敷きに四方を片木(へんぎ)が訛ってへぎになったと言われるが、諸説あり)、で囲んだ四角い薄い箱に簾を敷き、一口大に綺麗に纏めて盛りつけてくれる、蕎麦の盛り付け形態としては珍しい。
 小生の味覚では、味としては可もなく不可も無しと言うところ、何人かで行って、へぎに4~5人前盛られた蕎麦を、ワイワイ言って食べるのは楽しい。
 
 兵庫県 豊岡市 城崎は以前  日本列島1周15日間船の旅をした、兵庫県豊岡市の「城崎温泉」は川の両岸に木造温泉宿が並び、昔の温泉街の原型を留めた様な落ち着いた佇まい、浴衣に駒下駄がぴったりの温泉街、何度でも行きたくなるようなしつとりした雰囲気。

 ここの蕎麦は黒っぽく出雲そばに似ている感じだ、出石の皿そばは有名だが、此の城崎も出石に近いせいもあって、皿そばを提供された、黒っぽいが風味も腰も有り、美味かった。
 
 
 城崎温泉に近い出石は小さいながら城下町で、出石城蹟も有り、町は碁盤目状に整理され、立派な門構えの家老屋敷が保存され、敵の急襲を受けた時、咄嗟に身を隠す隠し扉などが有る。
 水が良いせいか造り酒屋も多く、蕎麦屋の数も多い、この狭い街で蕎麦屋が多くて成り立つのかと思ったが、観光客が多いせいか。

 此の出石は、日本3大お家騒動「伊達騒動」「加賀騒動」「仙石騒動」の一つ仙石騒動の舞台となった。

 出石の蕎麦は皿そばと言って、小さい皿に5枚蕎麦が小分けされて供される、これで足りるかと思うが、5皿食べ終わると満腹になる、城崎も出石も近い事も有って、ほぼ同じ様な糧が出る。
 
京都 ニシンそば  京都はたいがいの蕎麦屋でにしん蕎麦を提供してくれる、かけ蕎麦に身欠きニシンを甘辛く煮付けて載せてくれる、店に依ってかまぼこ、その他添え物が有る、小生 料理で甘みのある物は不得手、京都のニシン蕎麦は2度と食べたいとは思はない。

 此のニシン蕎麦は、北海道でニシンが大量に獲れた時に漁師料理として多く食べられたが、その後ニシンの不漁で廃れてしまい、今僅かに江差地方でニシン蕎麦店が存続している様だ。

 京都は新鮮な魚類が入手困難で、此のニシンが豊漁の時、身欠きニシンを北前船が運び、身欠きニシンの栄養豊富さに京都の人がニシン蕎麦を売り出し、今は京都がニシン蕎麦の本家の様だ。
 
島根県 出雲そば  出雲そばと言うと黒くて風味の強い蕎麦を連想する、出石の皿そばとは違うが、小さい桶幾つかに小分けされ、其々具材が違って、色々な味を楽しめる、出雲地方へ行く機会が有れば、亦食べたいそばだ。 
 

鹿児島 天ぷら蕎麦  鹿児島で天プラそばを食べた、鹿児島と言えば薩摩揚げ、当地では薩摩揚げが天ぷらなのだ、当然天ぷらそばを頼むと薩摩揚げが乗ってくる、でも最近は通常天ぷらと言われる天ぷらも乗ってくる、薩摩揚げ蕎麦も悪くない、関東の江の島あたりでも、天ぷら蕎麦と称して薩摩揚げが乗ってくる。

 四国も何回か行ったが、四国は矢張り讃岐うどんや、鰹のたたき、皿鉢(さわち)料理に押されて蕎麦を食べた記憶がない。