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国宝 妻沼 聖天院

2013-11-24 08:18:25 | 日記

 

 先日児玉の「さざえ堂」を見学した後、妻沼の国宝「聖天院」へも足を伸ばした、埼玉県では唯一
建造物の国宝で、貴重な存在だ。

 妻沼の東照宮と言われるが、東照宮とは根本的に違う、東照宮は将軍家と言う絶大な権力と、
莫大な富を持ち、全国各大名からの寄付も有り、短時日に贅を尽くして建立された。
 妻沼の聖天院は、地方の一豪族が地域の住民の安寧と信仰のよりどころとして、広く浄財を集め、
25年の長きに亘って完成した、奥殿が完成の後、中殿建設の時は、資金も少し乏しくなり、奥殿と
比べると装飾が少し質素になる。

 壁面の彫刻は繊細で丁寧、一つひとつユーモアなストーリーが有り色彩も豊かで楽しい、
拝殿 中殿 奥殿と一体になっている、拝殿は護摩を焚く時など一般の人も昇殿出来る、
中殿はお寺のお坊さんは入れるが、奥殿はこの寺の住職以外は入れない。

 境内も広く、貴惣門 中門 仁王門と有り、比較的近い所に歴史と建築美を見る事が出来る、
必見の価値ありと思う。

 

 先ず貴惣門が迎えてくれる、此の門も前から見ると何の変哲もない、
普通お寺に有る総門だが、二層になって非常に重厚さ感じさせる。
 此の貴想門も脇へ回るとその特徴が、一目瞭然、破風が三つ二層になっている、
他に国内にもいくつかあるようだが、非常に珍しい建築様式。
 此の門の扁額にこう書いてある「皆與願満足」此のお寺にお参りに来る時は、
必ず何か悩み事を持って来なさい、帰る時は願いを叶え、満足を与えてお帰り
願うと言っている、
裏から見た貴想門
 中門  門柱の真ん中まで白くなっているのがはっきり見える、天明3年の大水害には、此の高さまで水が来て、この辺一帯が大変な被害を受けた。
 仁王門、尋ねた時は菊の花の真っ盛り、境内で菊花展が開催されていた。
 暮れなずむ秋の日、鐘楼に鈍い秋の落日が差し込んでいた。
 聖天院拝殿前、奥殿の華やかな彫刻は見られぬが、白木に見事な彫刻が
数多く施されている
 拝殿の権現作りの破風と屋根、金の飾りが夕陽に輝いていた
 東照宮には左甚五郎の「眠り猫」が有名だ
 聖天院の猫はぱっちり目を明き、左上の蝶蝶を狙っている、だがこの蝶蝶
蛾のようにも見えるし、蜂の様にも見える、左上の黒いのがお分かりですか
 
 縁側の下4隅には大きな龍頭が建物を支え、守っている
 以下壁面彫刻を数点掲載、其々童子が楽器を鳴らしたり、踊りを踊ったり
楽しげに遊んでいる
 最後に拝殿と中殿を紹介

寄居 川の博物館

2013-11-09 13:44:18 | 日記

 

 

  小生 戦後20年代後半から30年代前半まで、約10年間東武東上線沿線の大山駅近くに住んでいた、
その頃は未だ戦後の傷跡から少しづつ立直りつつあった時で、皆復興の為に一生懸命働いた、
その頃は然したる娯楽も無く、桜の時季になると、寄居の手前荒川土手の玉淀の桜見物に行った、
もっと近場に桜見物も出来たが、大山駅から玉淀迄1時間数十分の電車の旅も良かったのかもしれない、
その頃の電車は木造車で、車内は煙草はし放題、人に迷惑を掛けねば酒も飲めた、若気の至りで、
桜の時季になると数年玉淀へ行った。

 その後西武沿線所沢へ居を移し東上沿線から遠ざかり、玉淀 寄居へは50年近く行かなかった。
有る会で寄居の「川の博物館」を訪れる事になった、50数年ぶりに寄居へ行ったが、昔の記憶がないので
その変貌ぶりは分からない。

 此の寄居の川の博物館は、平成9年に完成して16年経つ、こうゆう博物館の有る事も全く知らなかった、
館内には地域の人が如何に水に関わり生きてきたこと展示している、中にも圧巻なのは、
材木を大量に水に流す「鉄砲水」の装置で、定刻にその実演をやる。
館外には荒川の源流「甲武信岳」から東京湾に注ぐまでの、横山大観の名作「清々流転」を思わせる
巨大パノラマが有る。

 秋の穏やかな日差しの中、荒川の水に親しみ、人がいかに水と関わって来たかを見つめ直すのに、

良い設備かもしれない。

 

 

 

直径23mの大水車
水車の向こうには荒川河川敷と川の流れが
近くで見ると大迫力の水車
鉄砲水の実演 シャターチャンスが悪く、鉄砲水が写らず
その大がかりな模型