「サッカー文化フォーラム」夢追い人のブログ

1993年のJリーグ誕生で芽生えた日本の「サッカー文化」。映像・活字等で記録されている歴史を100年先まで繋ぎ伝えます。

月刊「文學界」今年3月号を入手しました。

2012年05月19日 20時43分22秒 | インポート

5月9日、「また1週間以上、記録が滞ってしまいました。」というタイトルでしたが、その日の「サンケイスポーツ」に掲載されたコラムを取り上げました。

作家・星野智幸さんが「考える脚」というタイトルで連載しておられるコラムです。たまたま目にした、その日のコラムで星野さんは、月刊「文學界」の3月号で「一瞬、目を疑うような連載評論が始まっている」のを見つけたというのです。

その連載評論は、文芸評論家の陣野俊史さんによる「文学へのロングパス」、いかにもサッカーファンなら目を留めそうなテーマですよね。

その3月号は連載の初回だったそうで、タイトルは「リバウドと寓話」、星野さんは「これは文学好きが読むよりも、サッカー好きがまず読んだほうが、ピンと来るのではないかとさえ思った」そうです。

星野さんは、その「リバウドと寓話」の文について、一部を紹介しながら「言葉の演出が加わってスーパーゴールは『伝説』に変わる」のだと書いておられました。

また文學界3月号における陣野さんの描写について「リバウドは奇跡のオーバーヘッドキックを決めるのだが、この描写がもう鳥肌もの。長いのでここでは引用しないが、サッカーの空気がみごとに捉えられている」と絶賛したのです。

そこで、我がプログは、その役割として、文學界3月号なるものを入手して「サッカーの空気がみごとに捉えられている」部分を、皆さんと一緒に楽しみましょうということにしたわけです。

手元に文學界3月号があります。陣野さんも、相当のサッカー好きだということが、十数行読んだだけでわかります。

例えばこうです。リバウドのフルネームを紹介したあと「ブラジル人の名前はいつも長い。」と。

また、「バルサとレアルの試合を長い歴史と伝統から『クラシコ』と呼ぶことがどうやら世界的に決まってしまっているようなのだが」と説明したあと、「(ただし、当時リーガ・エスパニョーラの放映権を持っていたNHKは、一言も「クラシコ」という専門用語を使っていない。WOWOWがリーガの放送権を買い取って、大々的に「クラシコ」の名前が日本に定着するのは数年後のことである)」と、わざわざ、かっこ書きで付け加えています。単にクラシコのことを説明するだけでなく、サッカーファンなら誰しもが感じているNHKさんの妙な偏狭さを、チクリと皮肉くるところまで踏みこむのです。

さて、サンケイスポーツで星野智幸さんが絶賛した、鳥肌ものの、リバウドは奇跡のオーバーヘッドキックの描写を皆さんと一緒に楽しみましょう。陣野さんにお許しも何もいただいていないが、まぁ、いいでしょう。(と勝手に決めて)

“試合は白熱する。2対2の同点のまま、時計はもう後半43分を指していた。終了直前。そのとき、事件は起こった(ちなみに、バルサの2得点はすべてリバウトによるもの)。”

ここで一旦引用を中断するが、何と陣野さんは「事件は起こった」と表現しているのだ。このあと決まるリバウドの3点目は、単なる得点シーンではなく、そのゴールの見事さを含めて事件に値すると表現したかったのだ。引用を続ける。

“オランダ代表のフランク・デ・ブール(当方・注 バルセロナのDF)がバレンシアのゴール前で、ふわりとしたパスをあげる。ゴールに背を向けて棒のように突っ立っていた、ペナルティエリア内のリバウドは、緩やかな曲線を描いて飛んできたボールを左胸で弾く。”

ここでまた引用を中断します。「棒のように突っ立っていた」という表現も面白いです。これは別にサボっていた様子を表現したのではなく、いかにもリバウドのプレースタイルです。引用を続けます。

“左胸というよりも、心臓と首の真ん中あたりか。強靭な大胸筋(たぶん)によって軌道を変えたボールは、真上に浮かび上がる。真下からの風によってふいに吹き上げられたかのようなボールはちょっと考えられないぐらいの滞空時間を刻む。一秒、二秒・・・・・・・。観ている者の主観的な時間はいい加減だ。二秒も三秒もボールが浮かんでいるはずがない。しかし、この瞬間、ボールはゆっくり動いている感覚がたしかにあったのだ。ボールを見上げるリバウド。彼はどうするつもりなのか。敵ゴール前にいる自分の頭上にまっすぐ浮かび上がり、いままさに重力に従って落下しようとするボールを・・・・・・。”

ここでまた中断です。サンケイスポーツ連載の星野智幸さんがジビれた、鳥肌ものの描写というのが、この辺ではないでしょうか? それこそ、映像で見てしまったらアッという間のシーンだと思いますが、面白いものですねぇ。ライターの手にかかると、ワンシーンが見事にスローモーションのように描かれます。

よく、テレビのスポーツドギュメンタリーでも、こういう感じの映像とナレーションを使った濃密な描写を見せてもらえますが、文字だけでも、その様子がくっきりと描けるのですね。引用を続けます。

“右足を少し振り上げて反動をつける。リバウドは身体全体を後方に倒す。右足よりも大きく振り上げた左足(利き足!)がボールを正確に捉える。オーバーヘッド・シュート。左足のアウトサイドで捉えられたボールはスライス気味に敵=バレンシアゴールの左隅へ。名手カニサレス(GK)の指先を掠める。リバウドは、右脇腹をしたにしてピッチに落下するが、視線はボールの届いた先を正確に見据えていた。ゴールネットが激しく揺れる。3対2。バルセロナは最終節を勝利で飾る。”

ゴールシーンの描写はここで終わっています。そして陣野さんは続けます。

“リバウドがどれほど優れたゴールゲッターだったかを語りたいわけではない。(中略)だが、リバウドのこのシュートがフットボールの歴史に刻印されるほどのインパクトを与えたとすれば、おそらくリバウドのチームメイト、ルイス・エンリケの次の言葉によって補完されたからではないか。ルイス・エンリケはこの試合の後、こう語っている。

「あれは、キャプテン翼でしか表現できないプレーだよ。」”

引用はここまでにします。むろん陣野さんの評論はこのあとも続きます。「リバウドと寓話」と題されたテーマの本題はむしろ、このあとにあるようですが、それは文学を追求する方たちの領域で、私には理解不能の世界です。しかし、サンケイスポーツで星野さんが「言葉の演出が加わってスーパーゴールは『伝説』に変わる」と書いておられた部分は、ここまで紹介した部分だと思います。

リバウドのスーパーゴールは、まさに「事件」と呼んでもいいほど、緻密に描写したくなるゴールで、ルイス・エンリケのコメントが絡んで歴史に名を刻むシーンとなりました。

この件を書いていて、永井雄一郎選手の70mドリブルゴールのことを思い出しました。二つ前のブログに「5月15日、Jリーグ20年目の日、日テレNEWS-ZEROは特集を組んでくれました」という標題のものがあります。

このブログでは、日テレNEWS-ZEROが、カズ選手と北澤豪さんの対談のほか、歴代の名選手に「あなたの最も印象に残るゴールは?」とたずねるコーナーがありましたが、浦和レッズの若きFW・原口元気選手は「レッズの先輩、永井雄一郎選手の70mドリブルゴール」をあげました。私は即座にはそのゴールを思い出せなかったのです。

それこそ、星野さんや陣野さんが言う、『言葉の演出が加わってスーパーゴールが「伝説」に変わる』の法則に従えば、永井雄一郎選手のゴールに、誰かが素晴らしいコメントをしてくれるとか、翌日の新聞などメディアが素晴らしい見出しをつけるとかがなかったため、歴史に刻まれるゴールという評価を得られなかったのかも知れません。

そう考えてみると、言葉の演出は確かに大きいかも知れません。見出しとかだけではなく、ルイス・エンリケのコメントのようなことも含めて、あるシーン、ある出来事が何らかの言葉に縁取りされると、人々の心に永遠に残るのかも知れません。

永井雄一郎選手のところでも書きましたが、1986年W杯におけるマラドーナの5人抜きドリブルゴール。 実は、我々日本人は、NHKアナウンサー・山本浩さんが実況した「マラドーナ、マラドーナ、マラドーナ・・・・・。」という、あの次第に声色が高くなっていく名調子とともに記憶していると言えます。まさに言葉に縁どられたシーンそのものです。

もう一つ例をあげれば、1985年のトヨタカップ。プラティニ率いるユベントスがアルヘンチノス・ジュニアーズを破った試合。プラティニの幻のゴールと言われるスーパーボレー、私は国立競技場で生で観ていたのですが、むしろ、そのあと繰り返し放送された、日テレの枡方アナウンサーの「プラティニゴール!、スーパーゴール!、ビューティフルゴール!」のフレーズがついた映像によって記憶に残っているのかも知れません。あのフレーズがつかなければ、少なくとも私にとって、プラティニのスーパープレーは今まで記憶に残らなかったのかも知れません。

恐るべし言葉の持つ威力。といったところです。特にサッカーも含めてスポーツシーンというのは瞬時、瞬時の連続です。一つのシーンや出来事にかかわっていられる時間は短い。せいぜい、それを伝えるメディアの記事が打電されるまでの間が限界です。それまでの間に、誰かによって魅力的な言葉に縁どられなければならない宿命を持っています。

こうして見ると、サッカーの世界がまた一つ、奥深い要素を伴なっていることを思い知らされます。

コメント
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