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グレッグ・イーガンの日本編集版短編集。
すごいすごい!
これまでの短編集にくらべてもかなり面白いよ。
キモとなる数学や物理学の話は例によって非常にチンプンなんだけどね~
そのわからないということにすっかり慣れちゃったのかも??
イーガンの面白さっていうのは、テクノロジーや理論の進展を突き詰めて考えていくと、これまで「これが人間」と思っていた枠組みがどんどん崩れていくんだよっていうところかな。
で、それだけじゃなくて、イーガンはその崩れた先までずんずん進んでいくんだよね。現実ってそもそも幻想?という現実崩壊ワールドを存分に楽しめるだけでなく、その先にある、ええっこんな世界観が待っているの?的パラダイムシフトまでをど~んと提示してしまうのよね。
ホントにSFってここまで来たか~としみじみ感じさせてくれるイーガンであります。
***
【ちょっとネタバレかもしれません!!】
○行動原理
要約しちゃうと、無意識と意識のとおりをよくしてすっきりするために、その間の障壁となっている信念にパッチをあててしまおうという話。
ナノマシンによるインプラントっていうアイディアもさることながら、これ読んで、イーガンさんってすごく実直な人なんではないかと思いました。人間には揺るがしがたい行動原理が備わっているという、芯のある考え方はとても真面目な感じ。
この実直さがイーガンのすっきりした読後感の源泉なのだな~
「ハル9000が×××」ってとこ笑えた。
○真心
これもインプラントネタの別バージョン。
これな~
自分だったらロックするかなぁ?誠実な愛に生きるのもいいけど恋多き人生も悪くないだろうなあ。でもまちがいなくロックしたほうが面倒の少ない人生を送れるよ(笑)
そうやって自分の決断や意志をコントロールできるようになるっていうのは、便利なようでいて、自分の可能な未来を限定するということでもあるよな。実際にそれを行おうというときの逡巡がみっちり描かれていて面白かった。
○ルミナス
これ!面白いな~数学の定理ってそもそも宇宙の原理として真なのか、それとも人間が発見して初めて真となるのか?みたいなくらくらするような感覚は自分も味わったことはあるけど、それをネタにしてこんなオチをつけてくれちゃうんだからな~
コンピュータ資源がネットを介した分散環境でしか成立しなくなって、単体で大きな計算能力を持つマシンがなくなっているっていうのもリアルです。
○決断者
これはちょっと印象薄いな。たぶん、自分の意志とか決断とかというものをどうやって認識する・・というか身につけるか・・ということを、アイパッチという小道具を使ってモデリングしているんだろう。わたし、昔心理学を専攻していたことがあって、あのころしっかり勉強していたらこの話、もうちょっとよくわかったんじゃないかな~残念。
○ふたりの距離
これもなかなか面白い。他人は世界をどう見ているんだろうか?もしかしたら自分が感じているのとはぜんぜん違っているのかも??って、誰もが一度は考えるんじゃないかな??
これの面白いのは、どうやったら他人の精神活動を体験できるかっていうことをすごく一所懸命考えてあるところ。それも理系で。この即物的熱心さで認識論みたいな世界に突っ込んでくるところはもはや笑うしかないかもしれない。
オチもすごい。わかりあえたと思った瞬間にそれは他者の喪失だったというですね・・・
○オラクル
というわけで、焦眉の中編。多元世界ものなんだけど、イーガンの場合は地に足がついてるおかげで、はるかかなたまでジャンプしてみせてくれるって感じだ。そのぶん理屈がさっぱりわからないんだけどね(汗)
なにしろ多元宇宙と量子論と無数に分岐する世界と意志と決定とがどうして人工知能の問題に結びつくのかなあ??根本的にわからないんだけど、まあ結びつくんだなと思って読むとあまり問題ない(笑)
つぎの「ひとりっ子」とつながっていて、そのつながりを考えるのもなかなか刺激的。分岐しない存在となるAIを作り出す理論の出発点にヘレンは現れるわけで、自分のような決定論的に誠実な単一の存在を、多くの分岐でも作り出せるように働きかけにきたわけで、自分の生成を促しに過去へ(違う分岐の過去へ)現れた、このメビウスの輪的な目眩感がいいなあ。
で、どうやら実在の人物の評伝をベースにしているらしい。こりゃ驚きだ!
それからしっかりファインマンなんかの名前も出していてさりげなく敬意を表しているのもいいな。
○ひとりっ子
この「ひとりっ子」というSFぽくないタイトルが実はすごい含意があるということが途中からわかってくるとがぜん面白くなる。中編ながらある面のイーガンの集大成になってるかも。量子力学ベースの多世界論とか、AIってどういうこと?とか量子コンピュータとかのSFネタも満載だし、意志と決断と行動とは?みたいな認識論もあれば、特殊ポリマーでウラン弾の残した放射性物質を取り除くっていう化学的アイディアもあるし、イラクをめぐる大国のありようへの辛らつな批判なんかもあれば、親子の愛情とはそもそも?みたいな人間ぽいテーマも織り込まれてる。しっかり活劇シーンまであるし。すごく面白いよ!
しかしな~別バージョンの自分がいて、どんな人生を送っているのか、誤った決断をしたり、悲惨な運命をたどる自分もいるんだろうな、なんて事を真剣に思い悩んでる主人公ってなかなかすごいよな、すごい強迫観念^^;
あとヘレナ・ボナム・カーターがちらっとでてきたよ(笑)
***
解説でも触れられているけれど、スタニスラフ・レムの思い描いていたSFを今体現しているのがまさにイーガンなんだろうな。レムはイーガンを読んだだろうか?レムの感想を聞いてみたかったな。
今年中にもうひとつ短編集が出るということらしいし、長編も執筆終わったらしいし、まだまだ期待です。
というわけで、大オススメ
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こちらこそTB&コメントありがとうございます~
で、なるほど~神経細胞のインプラントができるわけですから、脳の主要器官をクァスプに置き換えてしまえばいい?
ナノマシンで改変してやるか、あるいは他の短編で、「宝石」を赤ん坊のうちから形成していってある年齢になったらそっちにシフトするっていうネタがありましたから、「宝石」をクァスプにすればいいわけですよね。
できそうできそう。
でもそれで解決できるのは、「他の分岐での運命を悼む」という強迫観念だけ?(笑)
そしたらAIなんて作らなくても自ら分岐しない人間になれると思うんですけど。機械にはOKでも人間だとまた違うのでしょうか。ある程度人格が出来上がってしまってからでは遅いなら赤ん坊のうちからつけるとか・・・・。
などとイーガンの発想をブチこわすおバカなことを考えてしまいました。