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東京オリンピック IBC MPC 東京ビックサイト 国際放送センター メディアセンター 混迷! 見本市中止問題

2021年05月28日 14時32分07秒 | 国際放送センター(IBC)
迷走 東京五輪大会のメディア施設
IBC/MPC




朝日新聞社説批判 「中止の決断を」に反論する 五輪は開催すべき


朝日新聞社説 2021年5月26日

朝日新聞は東京五輪の「オフイシャルパートナー」を返上せよ

「五輪開催」すべき 盲目的に「中止」唱えるメディアのお粗末 根拠なし パンデミック・リスク 
開催実現で「Withコロナの時代のニューノルマル」をレガシーに


東京オリンピック 渡航中止勧告 開催に影響なし 過剰反応 メディア批判

深層情報 Media Close-up Report 「呪われた」2020東京五輪 速報 「緊急事態宣言」下でも五輪開催 コーツIOC副会長 東京五輪開催、G7全首脳が「力強い支持」




『見本市 中止問題』の解決を訴える全面意見広告掲載
 「私たちは東京オリンピックによる『見本市 中止問題』の解決を要望します」
 展示会や見本市を開催する団体の日本展示協会が中心となって日本経済新聞(2018年9月26日付朝刊)に全面意見広告を掲載した。
 2020年東京五輪大会開催に伴い、東京ビックサイトは最大20カ月間に渡り、国際放送センター(IBC)とメインプレスセンター(MPC)に使用されるため、約232の展示会や見本市が中止になり、中小企業をはじめ、7万8千社の出展企業が影響を受け、約2兆円の売り上げが失われるとしている。
 日本展示協会などでは、「私たちは五輪の成功を願うと同時に、全見本市が例年と同規模で開催できるよう、東京都をはじめオリンピック員会、日本政府など、すべての関係者に強く要望します」と主張している。
 東京ビックサイトは、日本で最大の展示会や見本市会場で、毎年約300のイベントが開催され、その経済効果は年間2兆円にも上るとされている。
 開催される見本市は、「東京モーターショー」や「コミックマーケット」をはじめ、「工作機械見本市」、「日本ものづくり展」、「国際ロボット展」、「Japan IT Week」、「国際宝飾展」、「おもちゃショー」など様々な業種の展示会や見本市が開催されている。
 出展社は年間約13万社、来場者は年間1469万人に及ぶ。その内、海外からの出展社は約3万社、参加者は20万人といわれている。
 日本展示協会などでは、見本市や展示会は企業にとって、築地市場と同じ「市場」であり、その規模は、築地市場の何倍も大きく、国際的な取引が行われることで日本経済への貢献度ははるかに大きいとし、東京ビックサイトが使用できなくなるのであれば、築地市場の代替施設として豊洲市場を整備したように、東京ビックサイトと同規模の代替施設が用意されるべきだとしている。


2017年6月22日 東京都都庁前で行われた展示産業関係者のデモ 出典 日展協

2020年、コミケは開催可能に 東京都、「見本市中止問題」で緩和策
 2018年9月26日の日展協意見広告掲載の2日後、9 月28 日、東京都は利用制限について、更なる緩和内容を発表した。
 ① 「西展示棟」と「南展示棟」が、2020 年5 月1 日~5 日の5 日間、使用可能
 ② 「青海展示棟」(仮設展示場)が、2020 年7 月1 日~14 日(14 日間)と9 月10 日~30 日(21 日間)、使用可能。

 さらに翌日の9 月29 日、小池都知事は定例記者会見で、前日の東京都が発表した緩和策を記者団に説明した。
 小池都知事は、「東京ビッグサイトが2020 年五輪の際、メディアセンター(放送施設)になる。その間、東京ビッグサイトのかなりの部分が占有され、展示会等が開催できないことに対し、『何とかならないか』と要望をいただいてきた。特にコミケ(コミックマーケット)と言われるコミック関係のイベントは、いつも大変な賑わいとなっている。2020 年はコミケを開けないんじゃないかと心配する声が寄せられたが、西の展示棟を調整し、5 月1 日から5 日までコミケ関連で使えるようにすることで関係者と調整して開催中だ」とした。「青海展示棟(仮設展示場)」も、7 月1 日から14 日までの14 日間、それから9 月10 日から30 日までの21 日間、合計35 日間、利用可能にした。様々工夫をしながら展示会等のイベントにも会場を提供する」と述べた。
 小池都知事が公式の場で、「見本市中止問題」について言及したのは初めてのことで、一歩、前進と評価もできるかもしれない。
 しかし、「見本市中止問題」は、コミケ(コミックマーケット)の開催を解決させば終わりではない。 年間約300回も開催される見本市・展示会全体に影響がでることが問題なのである。
 今回の緩和策で、合わせて1カ月程度の展示場の使用が可能になったが、東京ビックサイトが最大約20カ月、使用中止に追い込まれる現状の計画の中では、焼石に水だろう。しかも、最も重要な2020東京大会開催中やその前後の期間は、閉鎖されてまったく利用できないのである。
 「見本市中止問題」の抜本的な解決策とはほど遠く、問題は今後も尾を引くのは確実だ。


「見本市中止問題」で緩和策を公表する小池都知事 2017年9月29日   出展 日本展示協会

「MICE」を五輪開催のレガシーに
 東京オリンピックは、単にスポーツ・イベントをするのではなく、日本を世界に発信する格好の機会と捉えるべきである。「3兆円」超の開催経費が投入される国をあげての巨大イベントなのである。世界から日本が注目される五輪開催期間は、日本が誇る最先端技術、高度な加工技術を始め、コミュケや映像、音楽などの日本文化、伝統工芸などを発信するチャンスである。見本市や展示会、関連イベントは極めて重要なツールである。

 世界の主要都市は、都市の競争力、そして国の競争力向上につなげる成長戦略として「MICE」を重視している。
  「MICE」とは、企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(インセンティブ旅行)(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字をとったもので、海外からのインバウンドで活性化しようとするものである。
 ロンドン、パリ、フランクフルト、ラスベガス、マイアミなどの欧米主要都市やシンガポール、香港、上海などのアジア主要都市はいずれもMICE戦略に力を入れている。とりわけ東京都にとっては都市の次の時代を見据えた成長戦略としてMICE戦略への取り組みは必須だ。
 これに対して、東京は大型の展示場やコンベンション施設が不足して、すでに飽和状態、海外諸国に比べて遅れをとっていると指摘されている。 
 五輪開催と有機的に結び付けて、首都圏に大型の展示ホール、国際会議場、国際ホテルなどを備えた統合型のコンベンション施設の整備に取り組むべきだろう。 東京都にとっては都市の次の時代を見据えた成長戦略としてMICE戦略への取り組みは必須だ。

 日本は、確実に少子高齢化社会に突入する。東京五輪の開催を、50年後100年後の日本を見据えた成長戦略を構築する上で、“絶好の機会”とする視点が欲しい。道路・鉄道建設や競技場整備などの“箱もの”主義の発想では、次世代の展望はまったく描けない。
 1964年の東京五輪大会の“レガシー(未来への遺産)”は、東海道新幹線、首都高速道路、地下鉄日比谷線、そしてカラーテレビだとされている。
 東海道新幹線は、いうまでもなく、日本列島の大動脈となり、日本の高度成長の牽引車となった。
 カラーテレビ”は、その後のHD、4K、8Kの開発で世界の主導権を握り、放送・エレクトロニクス産業の分野で、日本が世界のトップを疾走するきっかけとなった。
 2020年東京五輪大会の“レガシー(未来への遺産)”として、一体、何を残そうとしているのだろうか。





Japan exhibitors fear $12 billion hit from media center plan (Thu Jan 26, 2017 Reuters)
2020東京五輪大会 IBCとMPC 設営場所と閉会後の再活用策
平昌五輪のメディア拠点 国際放送センター(IBC)
ロンドン五輪 リオ五輪 北京五輪 オリンピックのメディア拠点 IBC/MPC
五輪のメディア施設(IBC/MPC)はこうして整備される ~ロンドン五輪・その機能・システムの概要~
周到に準備されたロンドン五輪レガシー戦略 東京五輪への教訓





東京ビックサイトに設置されるIBC/MPC
   東京オリンピックの世界の報道機関の拠点、国際放送センター(IBC International Broadcasting Center)とメインプレスセンター(MPC Main Press Center)は東京ビッグサイト(江東区有明地区 東京湾ベイエリア)に設置される。
 国際放送センター(IBC / International Broadcasting Center)は、世界各国。の放送機関等のオペレーションの拠点となる施設である。IBCの設営・運営は、五輪大会のホスト・ブロードキャスター(Host Broadcaster)であるOBS(Olympic Broadcasting Services )が行う。
IBCには、国際映像・音声信号のコントロール(Contribution)、分配(Distribution)、伝送(Transmission)、ストレージ(VTR Logging)など行うシステムが設置されるエリアや各放送機関等がサテライト・スタジオや放送機材、ワーキング・ブースなどを設置する放送機関エリアなどが整備される。
 メインプレスセンター(MPC / Main Press Center)は、新聞、通信社、雑誌等の取材、編集拠点である。共用プレス席、専用ワーキングスペース、フォト・ワーキングルーム、会見室・ブリーフィングルームなどが準備される。
IBCとMPCには、約2万人のジャーナリストやカメラマン、放送関係者などのメディア関係者が参加する。
 オリンピックの施設の中で、最も広大な施設は、開会式、閉会式が行われるオリンピック・スタジアムである。次に巨大な施設は、競技場ではなく、IBC/MPCと呼ばれるこのメディア関連施設だ。約10万平方メートルの広さの広大な建物が整備される。
オリンピックを支えるメディアの果たす役割は極めて大きい。国際オリンピック委員会(IOC)は、メディア戦略を重要な柱として位置付けている。とりわけ競技中継を世界各国で行う放送メディアは、オリンピックの存立基盤を握るとまで言われている。そのメディア戦略を担うのがIBC/MPCなのである。


国際放送センター・メインプレスセンター 出典 東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会


2012年ロンドン五輪IBC CDT(Contribution, Distribution and Transmission Centre) 出典 L.A. INSTALLATIONS


日本で最大の見本市会場 東京ビックサイト 五輪に備えて拡充
 東京ビックサイトは、江東区有明地区の東京湾ベイエリアにある国際展示場で、敷地面積24万平方メートル、延べ床面積23万平方メートル、「会議棟」、「西展示棟」、「東展示棟」、「南展示棟」からなる日本で最大の国際展示場である。
 展示会や見本市会場で、年間約304件(2016年)のイベントが開催され、1469万人(2016年)の参加者が訪れ、その経済効果は数兆円にも上るとされている。

 東京都では2020東京大会のIBC/MPCを設置するために、東京ビックサイトを拡張・整備し、西展示棟の南側には新たに、敷地面積約3平方メートルに、延床面積約6万8500平方メートル、展示場面積2万平方メートルの地上5階建ての「南展示棟」を、約228億円の整備費で建設し、2019年7月開業に開業した。広さ約2万平方メートルの展示ホール(5000平方メートル×4ホール)や会議施設、立体駐車場(約350台)、事務所などが設けられる。
 また東展示棟臨時駐車場に、総工費約100億円で、総床面積約2万平方メートル、展示面積約1万6000平方メートルの「東新展示棟」(仮設)を建設した。
 さらに、東京ビックサイトが国際放送センター(IBC)の整備で閉鎖される期間の緩和策として、りんかい線東京テレポート駅に隣接した広さ約2万3000平方メートルの「青海展示棟」(仮設)も建設し、2019年4月に開業させた。「青海展示棟」は大会開催後は取り壊される予定である。
 この拡充工事で、東京ビックサイトは、本館の「会議棟」、「西展示棟」、「東展示棟」、「東新展示棟」、「南展示棟」、青海地区の「青海展示棟」の6つの展示棟、合わせて約14万平方メートルの展示会場を運営するまさに日本を代表する見本市会場となった。
 しかし、そのほとんどが肝心の五輪開催直前や開催期間中には使用できないという深刻な問題を抱えていることには変わりない。


出典 東京ビックサイト
 
迷走 東京ビックサイトの整備計画 当初は競技会場でも利用
 2020東京五輪大会の立候補ファイルの当初計画では、東京ビックサイトは、競技会場としても利用することになっており、「東展示棟」の約半分の3ホール、合わせて約2万6000平方メートルは、レスリングやフェンシング、テコンドーの競技場として利用する予定だった。
 国際放送センター(IBC)は「東展示棟」の残りの3ホール(約2万6000平方メートル)と「西展示場」(4ホール 約2万9000平方メートル)、それに「東展示棟」脇に新設する「東新展示場」(約1万6000平方メートル)を利用して、施設整備をする計画だった。
 MPCは、新設する「南展示棟」に設置する予定で、高速・大容量の光ファイバーや高密度WiFiを整備して、1階、2階にはプレス・ワーキング・エリア、3階には約1000席の会見室などを、約3万㎡のスペースを使用して設ける。東京都は総工費約228億円を投入して、「南展示棟」を「西展示場」の駐車場スペースに建設する。
 また「西展示場」には、IBC/MPC共通施設として共用サービスエリアが設けられ、インフォメーションデスク、ツーリスト・サービス、ショッピング・アーケード、コンビニ、カフェ、銀行、郵便局等が設置され、メディアに対して24時間体制で幅広サービスを提供する計画だ。IBC/MPCの事務局スペースも「西展示場」に設けられる。

 しかしその後、IBCの設営・運営の責任を持つOBS(Olympic Broadcasting Service)から、当初計画のIBCのスペースでは手狭だとの指摘を受けたため、大会組織委は東京ビックサイトに整備予定のレスリングやフェンシング、テコンドーの競技場を幕張メッセ(千葉市)に移し、「東展示場」の6ホール、約5万2000平方メートルはすべてIBCで使用することに変更した。
 IBC設置計画の変更に伴い、「西展示場」に設置予定のIBCスペースが空き、新設の「南展示場」に設置される予定のMPCが、「西展示場」に設置されることになった。
 IBC/MPC共通施設の会見室は「会議棟」に移行させた。

 この結果、新設する「南展示棟」は大会開催時のメディア施設設置スペースから除外され、東京都は、「南展示場」の建設費、約228億円を五輪施設整備予算から削除し、五輪予算を圧縮したとした。しかし、建設されるには変わりがないので「見せかけ」の五輪予算圧縮である。
 東京都では、「南展示棟」を2019年6月に前倒して完成させ、IBC/MPC施設整備工事開始に伴って閉鎖されるまでの2020年3月までの9か月は、展示場スペースとして利用可能にすることで、展示関連企業に配慮をした。
 こうして約228億円かけて新設される「南展示場」は、2020年東京大会のメディア施設としては使用しないことが決まったが、一体、なんのために「南展示棟」建設したのかという疑問が生じる。東京都では、五輪終了後は「南展示場」は国際会議や展示場施設として使用するので、東京ビックサイトの展示場機能の拡充につながる必要な投資だとしている。しかし、最も肝要な東京大会開催期間中は、空いている「南展示場」はセキュリティ上の理由で閉鎖されるので、展示会などイベント開催はまったく利用できない。なんともちぐはぐな対応である。


東京ビックサイトに建設される「南展示棟(増築棟)」の完成予想図 出典 実施段階環境影響評価書案


東京ビックサイトに建設される「南展示棟(増築棟)」の配置図 出典 実施段階環境影響評価書案

 一方、東京ビックサイトでは、東展示棟脇の臨時駐車場に、総工費約100億円で、総床面積約2万平方メートル、展示面積約1万6000平方メートルの「東新展示棟」(仮設)の建設した。「東新展示棟」は、メディア用施設が設置され、五輪開催中は、IBC/MPCのスペースとして占有される。
 「東新展示棟」の建設は、五輪開催後に予定している老朽化に伴う東京ビックサイト全体の大規模修繕で、展示会場の利用が大幅に制限されることが見込まれることなどから、展示会開催への影響を最小限に抑えるという狙いも込められていた。
 「東新展示棟」は2017年10月に完成し、2019年4月までのIBC設置の準備工事が始まるまでの期間は展示場として稼働させる。五輪大会期間中は展示場としては使用できないが、五輪終了後は、東京ビックサイト全体の老朽化改修工事伴う措置として、10年間程度展示場として使用して、その後は取り壊す計画である。


東新展示棟」完成予想図 出典 東京ビックサイト

 東京都では、東京ビックサイトが五輪大会のIBC/MPC施設が整備されることに伴い、長期間に渡って見本市会場として利用できなくなることで、展示会関連企業が被る影響を緩和させるために、りんかい線東京テレポートに隣接する都有地に、展示場面積約2万3000平方メートルの「青海展示棟」を建設することを決めた。
 「青海展示棟」は、展示場面積約1万3000平方メートルのホールを2つ備え、各種の見本市、展示会が開催できる。東京ビックサイトからは、約1キロメートルほど離れているが、参加者の便をはかるために、東京ビックサイトから無料シャトルバスが運行される。
 2019年4月に開業し、2020年11月に取り壊される仮設展示場である。
 但し、肝心の五輪大会開催中は、大会組織委員会が、五輪のスポンサー企業などのイベントスペース、「パートナーショーケーシングエリア」として利用することになっているので、一般の展示会・見本市は開催できない。
 展示会関連団体は、2020年11月以降の存続を求めてる。


青海展示棟 筆者撮影

猛反発した展示会関係者 東京ビッグサイトの利用計画公表
 2015年10月22日、東京都と東京ビックサイトは,、展示会主催者などを対象に説明会を開催し、東京オリンピックのメディア施設(IBC/IMC)の設置に伴い、2019年4月から2020年11月までの1年8か月の期間、ほとんどすべての展示場が閉鎖され、展示会場や見本市として使用することは不可能になることを明らかにした。当初予定より更に長期期間、“閉鎖”される懸念が現実化した。
 また既設の「西展示棟」と新設する「拡張棟」は、2020年4月~10月の7か月間が使用不可能になるとし、さらに「西展示棟」は「南展示棟(拡張棟)」の工事に伴い、2017年4月~2018年3月の一年間、使用不可となることも明らかにした。
 これに対し、展示会の主催団体、「日本展示会協会」は、「2020年東京オリンピックのメディア施設に、東京ビックサイトが20か月間使用されため、ほぼ展示会が中止になると懸念されている。展示会は出展者、特に中小企業にとって不可欠な営業の場、倒産などの大きな社会問題となる前に解決策を提案する」として、メディア施設を東京ビックサイトの隣接地に新たに建設するという提案を含めた要望書を、11月17日に東京オリンピック・パラリンピック担当大臣に提出した。


東京都オリンピック・パラリンピック準備局
日本展示協会資料


日本展示協会資料

 2015年11月17日、舛添知事は記者会見で、レスリングやフェンシング、テコンドーの競技場が幕張メッセに移されたことで、IBC/MPCの配置計画を見直して、IBCの設置は東展示場のみとし、MPCは西展示場に設置し、新設する「南展示場(増築棟)」は、MPCでは使用しないという方針を明らかにした。展示場開催への影響を少しでもに抑える措置と思われる。
 しかし、まったく論外の対応である。最も肝心の2020年4月から10月までの五輪開催期間は、セキュリティ上の理由で、一般参加者が出入りができず、新設する「南展示場(増築棟)」は、展示会では使用できないのである。
 当初計画ではMPCとして使用するために約228億円もかけて建設したのに、MPCとして使用しないのであればなんともムダな整備計画だろう。 一体、五輪開催期間中は、床面積6万8500平方メートル、5階建ての「拡張棟」を何に利用するのだろうか、未だに明らかにされていない。
 仮に228億円を使って、東京ビックサイトの敷地外に展示場スペースを整備したら、五輪期間中の展示場問題は避けられたであろう。
 もっとも「拡張棟」は、五輪後は展示場や会議スペースで利用できるのでまったくムダになることはないが、なんともちぐはぐな計画だ。
 IBC/MPC設置を巡る“混迷”が始まった。


東京都 修正利用計画公表
 2015年11月20日、日本展示協会の要請を受けて、東京都は都議会で、東京ビッグサイトの修正利用計画を明らかにした。
▼ 2020東京オリンピック・パラリンピックの国際放送センター(IBC)を「東展示棟」(5万1380平方メートル)と、2018年夏に完成予定の東展示棟の東側に建設される「東新展示棟」(1万6000平方メートル)に設置し、2019年4月から2020年11月まで使用する。
▼「西展示棟」(2万9280平方メートル)と「会議棟」は、2020年4月から10月までメディアプレスセンター(MPC)として使用する。
▼ 2019年12月完成予定で、西展示棟の南側に「南展示棟(拡張棟)」(2万平方メートル)を新設する。完成後、展示場として使用する。しかし、東京大会開催時にはMPCとしては使用しないことになり、東京都は建設費の228億円を五輪関連予算から除外した。しかし、2020年4月から10月まではMPCのセキュリティエリア内に入るため一般の利用客向けの展示場としての利用は不可。大会終了後は展示場として利用される。
 この結果、展示場として利用可能なスペースは、2019年4~12月は「西展示棟」(2万9280平方メートル 従来の約30%)のみで、2020年1~3月は「西展示棟」と「南展示棟」(合計4万9280平方メートル 従来の約42%)であるとした。2020年4月~10月の五輪準備・開催期間中はすべてが利用できないとした。
 ちなみに東京ビックサイトの現状の展示場面積は、拡張工事前では東展示棟と西展示棟は合わせて8万660平方メートル、「東新展示棟」と「南展示棟」の整備後は11万6660平方メートルとだされている。


日本展示協会資料

「仮設展示場」を新たに整備 変更案提示
 2016年2月23日に、東京は東京都議会で、「仮設展示場」(青海展示棟)を整備するなど変更案を明らかにした。
▼ 「南展示棟(増築棟)」の竣工時期を、2019年12月末から6月に6カ月間前倒し、6月末とする。
▼ りんかい線東京テレポート駅付近の都有地に「仮設展示場」(青海展示棟)(約2万4000平方メートル)を建設し、2019年4月から2020年3月までの1年間、開設する。その後は取り壊す予定。
 この変更案で、利用可能な展示場スペースは、2019年4~6月が5万3280平方メートル(66%)、2019年7月~2020年3月が7万3280平方メートル(90%)に増加し、2019年から2年連続で東京ビッグサイトがほとんど利用できないという状況は大幅に改善された。

 「青海展示棟(仮設展示棟)」が2020年4月以降は取り壊される理由は、セキュリティ上の理由や大会関係者の資材置き場や要員の待機場所、駐車場などのスペースとして組織委員会が確保するからだと推測されている。仮設展示場の建設費用は全額都が負担し、予算は具体的にどのようなに設備するか決定した上で算出するとして明らかにしていない。




東京都資料

 最大の問題点は、海外から東京が最も注目を浴びて、訪日客が多い、五輪直前や開催期間中に利用可能な展示場スペースがまったくないという点である。「仮設展示場」は最も肝心な五輪開催前に取り壊す計画だのだ。唖然である。
 2兆円から3兆円という巨額の開催経費を使って開催する東京五輪大会は、単にスポーツ・イベントとしてとらえるのではなく世界に向かって日本の先端技術や伝統文化を発信するショールームにすることが肝要だろう。そのためのツールとして展示会やエキジビションは重要だろう。

仮設展示場の開設期間延長へ
 東京都は、りんかい線東京テレポート駅付近の都有地に建設する「仮設展示場」(青海展示棟)(2万3千平方メートル これまでの2万4千平方メートルを変更)の開設期間を、これまでの2019年4月から2020年3月までの1年間から8か月延長して、2020年11月までとすると発表した。
 これで開催直前や直後の展示場スペース、2万3千平方メートルがようやく確保できることになったが、東京ビックサイトの展示場スペースのわずか約20%に過ぎない。
 しかし、五輪開催期間は五輪関連イベントで使用され、一般の展示会は開催できなことには変わりない。


日本展示協会資料

小池都知事に展示場問題について陳情
 2017年1月20日、日本展示協会は、小池都知事に、東京ビックサイトにメディア施設が設置されると、このままでは、約3万8千社の出展企業、特に中小企業が出展できなくなり、約1兆2千億円の売り上げを失うとし、「全ての展示会が例年通り同じ規模で開催できるようにして欲しい」と、問題の解決を求める署名8万通を渡した。
 解決策の提言として、東京ビックサイトと同規模程度の仮設展示場(約8万平方メートル)を首都圏に建設するというプランを明らかにした。
 築地市場跡や羽田空港近辺、横浜みなとみらいや幕張メッセなどに用地を確保できれば、100億円以下で、2年以内の建設することは可能で、展示会業界など国内外の様々な企業が資金を拠出することも可能だとした。
 また新たな提案として豊洲市場に五輪終了後まで、メディア施設として利用するというアイデアも明らかにした。
 高濃度汚染物質が検出され、築地市場を豊洲市場に移転するのが果たして適切なのかという議論も出ている中で、まったく現実味のないとは言えなくなったのではなかろうか。これだけ環境面で激しくイメージ・ダウンした豊洲市場が、“築地”のようなブランドイメージを獲得できるのだろうか? 敷地面積、ロケーションなどは抜群の条件で、コンベンション・センターやアミューズメント・センターへの転用もあながち悪いアイデアではない。


日本展示協会 記者会見 2017年1月26日


北京五輪、ロンドン五輪、リオデジャネイロ五輪のIBC/MPCは新設
 2018北京五輪では、オ リンピック・パークが建設され、その中に 有名なオリンピック・スタジアム“鳥の巣” や水泳競技場、体操競技場、そしてIBC/ MPCを設営するために巨大なコンベンショ ン・センターを新たに建設した。本館は、総 床面積約22万平方メートル、長さ約400 メートルの巨大な建物で、この中にIBC/ MPCが設置された。 
五輪開催後は、 展示ホール、国際会議場、国際ホテルを備えた最新鋭の統合エキジビション施設「国家会議中心」(China National Convention Center)に生まれ変わり、北京の新たな拠点になっている。
 2012ロンドン五輪のIBC/MPCは、ロンドン東部に建設されたオリンピック・ パーク内に新築された。IBCの建物は 総床面積6万平方メートル、ジャンボジェッ ト機5機が格納可能な広さだ。さらにMPCやケータリング・ブリッジ(プレス用レストラン[仮設])など、合計約10万平方メートルのメディア施設が整備された。
大会終了後、IBCとMPCは改装され、ロンドン の最先端のデジタル・メディア拠点として 生まれ変わった。BTスポーツ(衛星 放送局)のスタジオや大学、研究・研修施 設、イノベーション・インキュベーション企 業支援エリアなどが設けられている。
 2016リオデジャネイロ五輪のIBC/ MPCも、オリンピック・パーク内に新設された。IBCが約8万5000平方メートル、 MPCが約2万7000平方メートルの建物である。
五輪開催後は、民間企 業が管理・運営を請け負い、展示ホール、 イベント会場などの商業施設として利用する計画だ。  
こうした事例でも明らかなように、IBC/MPCは五 輪後の展開も視野に入れた上で新たに建設して、五輪のレガシー(遺産)にしているのである。


(2012年ロンドン五輪の“Media Complex” ロンドン・オリンピック・パーク 出典 London Olympic OCOG)


London Olympic IBC/MPC 出典 London Olympic OCOG


Here East 後方に見えるのがオリンピック・スタジアム   Here Eastホームページ



 五輪開催に伴って、世界から日本や東京が注目を浴びる。日本の先端技術や伝統文化を発信するショールームにすることが恰好の機会で、大きな“ビジネスチャンス”でもある。その重要なツールとして、展示会、関連イベントは極めて重要だ。
 日本が誇る最先端技術、IoT、AI、自動走行自動車、ロボット、それを支える第五世代移動通信5G、そして超高精細映像技術4K8KやAR/VRは、次世代の日本の命運が委ねられているといっても過言ではない。
 また、コミケ、アニメ、ゲーム、音楽などの新たな日本文化を発信する絶好のチャンスでもある。
 五輪開催経費は総額では「約3兆円」超の巨額の費用が使われるのである。東京五輪を単に「スポーツの祭典」と見なして欲しくない。

 世界の主要都市は、都市の競争力、ひいては国の競争力向上につなげる成長戦略として「MICE」を重視している。
「MICE」とは、企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(インセンティブ旅行)(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字をとったものである。
 しかし、東京は大型の展示場やコンベンション施設が不足して、すでに飽和状態、海外諸国に比べて遅れをとっていると指摘されている。五輪開催と有機的に結び付けて、首都圏に大型の展示ホール、国際会議場、国際ホテルなどを備えた統合型のコンベンション施設の整備に取り組むべきだろう。
 日本は、確実に少子高齢化社会に突入する。東京五輪の開催を、50年後100年後の日本を見据えた成長戦略を構築する上で、“絶好の機会”とする視点が欲しい。道路・鉄道建設や競技場整備などの“箱もの”主義の発想では、次世代の展望はまったく描けない。

 1964年の東京五輪大会の“レガシー(未来への遺産)”は、東海道新幹線、首都高速道路、地下鉄日比谷線、そしてカラーテレビだとされている。
 東海道新幹線は、いうまでもなく、日本列島の大動脈となり、日本の高度成長の牽引車となった。
 カラーテレビ”は、その後のHD、4K、8Kの開発で世界の主導権を握り、放送・エレクトロニクス産業の分野で、日本が世界のトップを疾走するきっかけとなった。
 2020年東京五輪大会の“レガシー(未来への遺産)”として、一体、何を残そうとしているのだろうか。








月刊ニューメディア 2016年1月号加筆
2018年12月1日 改訂

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******************************************************
廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
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新国立競技場 建設費 建設単価 坪単価 破格 高額

2021年05月28日 09時43分37秒 | 新国立競技場
破格に高額 新国立競技場「1550億円」


東京オリンピック 開会式 異例の開会式に 小山田~賢吾氏(楽曲担当)辞任、小林賢太郎氏(演出チーフ)解任


新国立競技場竣工
 迷走に迷走を重ねた新国立競技場が、全体工期36か月を経て、計画通りに11月30日に予定通り竣工した。
 新国立競技場の整備経費については、1590億円を上限として、賃金や物価変動が発生した場合のスライド、消費税10%の反映、設計変更に伴う修正などを行う契約で工事が開始されたが、最終的に21億円下回る1569億円となった。
 厳しいとされていた36カ月の工期は悠々達成し、工費も上限を下回ることで、日本の建築技術の高さが実証されてといっても良い。
 計画段階の唖然とした迷走ぶりに比べて、一転して見事な施工管理で完了した。
 問題は、五輪大会開催後の後利用の計画が未だに示されていないことである。
 計画では、今年中に後利用の計画を策定して大会後の改修工事の方向を決めて、指定管理者の選定を開始する予定だった。
 新国立競技場の後利用については、文科省が「大会後の運営管理に関する検討ワーキングチーム」を設立して、文部科学副大臣が座長となり、スポーツ庁、内閣官房、日本スポーツ振興センター(JSC)、東京都で議論を重ね、2017年11月に「基本的な考え方」を取りまとめ、政府の関係閣僚会議(議長・鈴木俊一五輪担当相)で了承された。
 これによると、陸上トラックなどを撤去して、観客席を増設して国内最大規模の8万人が収容可能な球技専用スタジアム改修してサッカーやラグビーの大規模な大会を誘致するとともに、コンサートやイベントも開催して収益性を確保する。観客席は6万8千席から国内最大規模の8万席に増設し、改修後の供用開始は2022年を目指すとした。
 しかし、陸上競技関係者などから、陸上トラックを残して、新国立競技場を「陸上競技の聖地」として存続するべきだという声が強く出され、陸上トラックは残して陸上と球技の兼用にする方向で調整も進んでいることが明らかになった。
 新国立競技場の後利用の方向性が再び混迷を始めている。
 こうした中で、11月19日、萩生田光一文部科学相は、新国立競技場の後利用について、民営化の計画策定時期を大会後の2020年秋以降に先送りし、その後に公募を行うと明らかにした。今年半ばごろに計画を固める予定はあっさり放棄した。
 先送りした理由については、大会の保安上の理由で現時点では詳細な図面を開示できず、運営権取得に関心を持つ民間事業者側から採算性などを判断できないとの声が上がったためだと説明した。
 また萩生田氏は、焦点となっている陸上トラックの存続可否については「民間の方の意見を聞いた上で最終方向は決めるが、基本的には球技専用スタジアムに改修する方向性で継続して検討を続けていきたいと思っている」と述べた。
 一方、橋本聖子五輪相は後利用について「トラックを残すべきだという意見もあるというのは承知している。新国立にふさわしい運営をしていただけるような検討をお願いしたい」と語った。(11月19日 共同通信)
 新国立競技場の改修後の供用開始、2022年は大幅に遅れることは必至である。その間も、新国立競技場は、年間24億円の維持管理費が必要となるとされている。当面、所有者の日本スポーツ振興センター(JSC)は赤字を背負うことになる。
 陸上トラックを存続して「陸上競技の聖地」として出発しても、陸上トラックを撤去くしてサッカーなどの球技専用のスタジアムになるにしても、6万人収容の巨大スタジアムを維持するのは至難の業である。フランチャイズチームがないスタジアムの経営はなりたたないというのが常識である。
 「木と緑のスタジアム」、新国立競技場は、五輪のレガシーどころか大会後は赤字を背負ってのスタートとなるのは避けられない。
 負の遺産になる懸念は拭えない。


提供 日本スポーツ振興センター(JSC) 2019年11月撮影


竣工した国立競技場 「杜のスタジアム」 提供 JSC


筆者撮影 2019年12月15日
日本の伝統建築の技法、「軒庇」を取り入れる。縦格子には全国47都道府県の木材を使用


筆者撮影 2019年12月15日


筆者撮影 2019年12月15日
国産木材を使用した巨大屋根 観客席を覆う


筆者撮影 2019年12月15日
南北の3層に設置された大型スクリーン 南/9.7m×32.3m 北9.7m×36.2m フルHD画質


筆者撮影 2019年12月15日
五色に塗り分けられた観客席 木漏れ日を表現 約6万席(五輪大会開催時)


筆者撮影 2019年12月15日
9レーンの最新鋭の「高速トラック」
 大会組織委員会はイタリアのモンド社とソールサプライヤー契約を結び、陸上競技トラックなどの陸上競技の備品の独占的供給を受ける契約を結んだ。モンド社は11大会連続で陸上競技トラックの公式サプライヤーとなった。トラックは二層の合成ゴム製で、表層はノンチップエンボス仕上げ、下層はハニカム構造のエアクッション層となっている。


提供 JSC
 芝生は鳥取県の天然の砂丘の砂地で生産された「北条砂丘芝」を採用。2019年7月、暖地型芝草(バミューダグラス系)の「ティフトン」を敷き詰めて、秋には冬芝の種をまいて冬期間の芝生の緑も保つ。

聖火台「夢の大橋」設置へ 新国立競技場内は開閉会式時のみ使用の仮設聖火台



 2015年8月、“迷走”を繰り返した新国立競技場の建設計画は、安倍首相の最終決断で、ザハ・ハディド案を白紙撤回して、総工費「2520億円」を約「1000億円」削減して、「1550億円」とすることでようやく終息した。
 当初案で試算された「3000億円超」と比べると約半分、「2520億円」からは「1000億円」削減したとし、新国立競技場の建設費の削減は大きな成果を上げたと関係者は胸をはる。この削減額を聞いて、「見直しで大きな成果を上げたのでは」と感じる人も多いと思うが、これは“大いなる誤解”だ。
 「1550億円」は、スタジアムの建設費として本当に妥当な水準なのろうか、疑念は深まるばかりだ。

海外の五輪スタジアム建設費比較 断トツに高額「1550億円」
 「1550億円」でも、これまでに海外で建設されたオリンピック・スタジアムの建設費に比べて群を抜いて高額の建設経費だ。
 2000シドニー五輪では、収容人数11万人という五輪史上最大のオリンピック・スタジアムを建設した。総工費は「483億円」(6億9000万豪ドル)で、蝶々が羽を広げたようなデザインで注目を浴びた。大会後は、収容人数8万3500席に減築され、陸上トラックを取り外して球技専用スタジアムとなった。オーストラリアで最も人気のあるスポーツ、ラグビーのナショナルラグビーリーグ(オーストラリアとニュージーランド)の本拠地となり、”ラグビーの聖地”に衣替えをした。
またラグビーリーグの2チームをはじめ、サッカー、フットボール、クリケットなど12のプロチームのホームスタジアムになっている。

 2008北京五輪では、中国が五輪開催で世界に威信を誇示するためにオリンピックスタジアム、「北京国家体育場」を建設した。全長36キロ・総重量4万5000トンの膨大な鋼鉄を組み込んだユニークなデザインを採用し、「鳥の巣」(Big Nest)と呼ばれて世界から注目された。収容人数9万1000人で、総工費は35億元(約518億円)。
 大会後は、収容人数8万に減築し、マラソン、サッカー、馬術などのスポーツ競技会や自動車ショーなどイベント、コンサートなどで利用されている。大会開催直後は年間8万人の観光客でにぎわったが、その後は来場者も消えて閑古鳥が鳴くようになった。年間維持費は約3億元(約30億円)とされ、収支は赤字と思われる。
 * 為替レート 元=14.81円(2008年平均)
 2018年は年間26件のイベントが開催された。ユニークなのは冬期間はスノーパークとなり、スノボー・ビックエアの競技会も開催されている。しかし、8万人収容のスタジアムは、どんなイベントを開催するにしても巨大過ぎて、敬遠されているという。
 ビックイベントでは、2015年世界陸上競技大会の会場となり、2022北京冬季五輪の開会式・閉会式も開催される予定である。


北京国家体育場 鳥の巣 出典 COCOG

 2012ロンドン五輪では、イギリスのロンドン東部、オリンピック・パークの一角に、収容人数8万人のスタジアムを、4億2900万ポンド(約733億円)で建設した。大会後は、観客席を約5万4000席に減築する一方で、「格納式」可動席や全座席を覆う屋根を増築するなど改修工事を行い、その改修費は3億2300万ポンド(約493億円)に上った。 陸上トラックは残し、夏季期間は陸上競技、サッカーシーズンはサッカー場として利用することで、英プレミアムリーグのウェストハム・ユナイテッドのホームスタジアムとなった。しかし改修費が余りにも巨額になったことで、世論から激しい批判を浴びた。
 スタジアムの整備費は、建設費の4億2900万ポンド(約733億円)に改修費は3億2300万ポンド(約493億円)を加えると、総額は7億5200万ポンドという巨額の経費に膨れ上がった。
 * 為替レート £=152.70円(2013年平均)
 こうした事態を受けて、ロンドン市長は、スタジアムの運営スキームの徹底調査を指示し、このままでは年間2000万ポンド(約29億5000万円)の赤字が予想され、投資額の回収は不可能になるとして計画の見直しを表明した。
 ロンドンスタジアムでは、2015年にはラグビーW杯が開催され、2017年には世界陸上大会を開催し、陸上競技場としても利用された。また2019年には米大リーグ、MLBのヤンキース対レッドソックス戦を開催し話題になった。


ロンドン五輪スタジアム 出典 LOCOG

 2016リオデジャネイロ五輪は、2度に渡ってサッカーW杯のブラジル大会の決勝戦が行われた“サッカーの聖地”、マラカナン・スタジアムを、13億レアル(約585億6000万円)かけて、収容人数約9万人のオリンピック・スタジアムに改修して、開会式、閉会式、サッカーと開催するオリンピック・スタジアムとして使用した。
 マラカナン・スタジアムの所有者はリオデジャネイロ州、州はスタジアムを管理する民間の会社を公募し、ブラジルの大手建設会社、オデブレヒト社が率いる「コンソルシオ・マラカナン 」が約1億8,000万レアル(約81億7000万円)で2013年5月より35年間の運営権を獲得した。
 リオデジャネイロ州は、リオ五輪開催を前提にして、2014FIFAワールドカップ開催に合わせて、約13億レアル(約585億6000万円)をかけて収容人数9万人のスタジアムに全面改修を行った。
 2016年3月からは、コンソルシオは、リオ五輪大会2016開催のためにコンソルシオは大会組織委員会へスタジアムを貸与した。しかし、大会終了後、大会組織委員会がコンソルシオにスタジアムを返還したところ、五輪大会のために改修された部分が元通りになっておらず、「契約違反」としてコンソルシオ側は受け取りを拒否した。組織委員会は約2億レアル(約72億円)の負債を抱えており、スタジアムの改修費用を捻出できなかったのが原因とされている。この結果、管理者不在の状況に陥り、ピッチの芝は枯れて茶色になり、不法侵入者によってスタンドの座席が約7,000席壊されたり、事務所の備品などが盗まれるなどの問題が起きて、スタジアムは荒廃した。また、コンソルシオも、過去3年足らずの間に多額の損失を計上しており、スタジアムの運営権を他の会社に譲渡するこになった。2017年5月、フランスのコングロマリット、ラガルデール(Lagardère)が約5億レアル(約175億8000万円)で運営権を取得して、緊急課題としてエネルギー関連の改修工事を1500万レアル(約5億2000万円)投入して行うとした。


Maracanã Stadium 出典 リオデジャネイロ五輪招致ファイル


筆者作成 出典 海外スタジアムの事例 JSC(2017年)等各種資料を参照

 国内で建設されたスタジアムの建設費に比べても飛びぬけて高額だ。国内で最大のスタジアム、日産スタジアム(横浜スタジアム)は、1997年に完成したが、収容人数は7万2327人で、総工費は「603億円」、資材費や労務費などの物価上昇率を加味しても、新国立競技場の「2.5倍」の建設費は余りにも異常である。現在の物価水準でも、新国立競技場は「1000億円」程度が妥当な水準と指摘する建設専門家も多い。
 はたして、本当に「1550億円」のスタジアムは必要なのだろうか。
 さらに、削減幅にこだわったことで、基礎工事や周辺工事などで、算定から“抜け落ちた”経費が浮上したり、労務費や資材費が値上がりするなどして、実際には「1550億円」が更に膨らむ懸念がどうしても残る。
 総工費は「1550億円」の上限は維持できるのだろうか、不安材料は依然として残り、国民の批判が収まるかどうか不透明である。

 とにかく、「1550億円」のオリンピック・スタジアムは破格の高額スタジアムなのは明らかである。“世界一コンパクトな大会”を掲げた2020東京五輪の精神は何処へいったのだろうか。



建設単価 飛びぬけて高額 新国立競技場
 安倍首相の決断で、「2520億円」から「約1100億円」削減して「1550億円」になったと聞くと、かなり建設費が削減されて適切になったと誤解する人が多いが、実はこれは“大間違い”である。
 大規模な建造物の建設費が適正であるかどうかを全体として把握する最良の手法は、「坪単価」で見るのが常識である。
 新国立競技場を他のスタジアムと「坪単価」で比較してみよう。
 新国立競技場は、最終案の「1550億円」(延べ床面積19万4500平方メートル)とザハ・ハディド案を踏襲してゼネコン2社が積算した「3088億円」(延べ床面積22万4500平方メートル)の「坪単価」(3.3平方メートル)を計算した。 「1550億円」では、265.5万円、「3088億円」では、なんと453・9万円となった。スタジアム建設の「坪単価」では、唖然とする高額だ。
 現在では国内最大規模の日産スタジアムの「坪単価」は155.7万円、サッカー専用スタジアムとては東アジアで最大規模のさいたまスタジアムは105.5万円、屋根を備えている京セラドーム大阪は122・8万円である。
 新国立競技場は、可動式屋根や「キール・アーチ」を取り止めて電動式可動席や観客席冷房装置も設置を止めても、「坪単価」は破格の265.5万円、あきれるほどの高額なスタジアムである。
 建設費の高騰の理由として、労務費や建設資材費の値上がりを挙げるが、国土交通省が公表している建設工事費の指標となる「建設工事デフレーター」によれば、2015年度(平成27年度)を100として、2019年度(平成31年度)は、109.6となっている。東日本大震災の復興需要が発生して建設工事費が値上がりする前の2000年度頃と比較しても、値上がりは約20%程度と見ることができる。なぜ倍近くに高騰したのか、建設工事費の値上がりでは説明がつかない。
 一体、どんなコスト管理を行ったのだろうか?
 「1550億円」やはっぱり納得できない。


迷走! ロンドン五輪スタジアム 改修費暴騰480億円! サッカー専用か?陸上競技場か?



新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(1) “迷走”と“混迷”を重ねる新国立競技場 “国際公約”ザハ・ハディド案 縮小見直し「2520億円」

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(2) 白紙撤回ザハ・ハディド案 仕切り直し「1550億円」 破綻した“多機能スタジアム”

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(3) 新デザイン「木と緑のスタジアム」決定 大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏のチーム “赤字”への懸念 巨額の負担を次世代に残すのか? 

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(4) 検証新デザイン 維持管理費・長期修繕費 ライフサイクルコストはどうなる?

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(5) 新国立競技場“迷走” 文科省とJSCに責任 検証委

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(6) 陸上競技の“聖地”は無残にも消えた 新国立競技場はサッカーやラグビーの球技専用スタジアムに

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(7) 新国立競技場に暗雲 破綻寸前日本スポーツ振興センター(JSC)

巨額の負担が次世代に 日本は耐えきれるか? ライフサイクルコスト

デザインビルド方式 設計施工一括発注方式は公正な入札制度か?

審査委員長の“肩書き”が泣いている 新国立競技場デザイン決めた安藤忠雄氏



深層情報 Media Close-up Report 「呪われた」2020東京五輪 速報 「緊急事態宣言」下でも五輪開催 コーツIOC副会長

国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)



2018年5月19日
Copyright (C) 2018 IMSSR


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廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
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International Media Service System Research Institute(IMSSR)
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東京オリンピック 1年延期 安倍首相 新型コロナウイルス感染拡大 東京五輪危機

2021年05月26日 15時08分34秒 | 新型コロナウイルス
検証 「1年延期」 東京五輪大会 新型コロナウイルス感染拡大


深層情報 Media Close-up Report 「呪われた」2020東京五輪 速報 「緊急事態宣言」下でも五輪開催明言 コーツIOC副会長

「五輪開催」すべき 盲目的に「中止」唱えるメディアのお粗末 根拠なし パンデミック・リスク 
開催実現で「Withコロナの時代のニューノルマル」をレガシーに


国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)




「概ね1年程度延期」で合意 安倍首相・バッハ会長
 2020年3月24日、安部首相は、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長とテレビ電話会議を行い、7月24日に開幕予定だった東京五輪を、「概ね1年程度延期」して「遅くとも2021年夏までに開催」することでバッハ会長と合意した。大会名については「Tokyo 2020」のままになるとした。電話協議後に行われるIOC緊急理事会での承認を得て正式延期決定となる。
 また、NBC Univesalは、秋のNFL(アメリカンフットボール National Football League)と重なないこと条件に、「1年延期」を受け入れたとしているという。(ワシントンンポスト紙 3月25日)
 一方、小池都知事は、開催に伴う費用負担は今後、国、組織委員会と協議していくと述べた。
 安部首相は、明日、トランプ大統領と電話で会談し、明後日にG7の電話会議を開催し、「1年延期」の了承を求めるとしている。
 この合意を受けて、大会組織委員会は、26日に福島Jビレッジをスタートする聖火リレーは中止する発表した。
 理事会後に、バッハ会長は電話による記者会見に臨み、 「オリンピック開催を延期し、延期したオリンピックを運営するという前例のない事態に直面している。まだ対応策の構想はできていないが、この極めて困難な問題に懸命に取り組んでいく」とし、東京でオリンピックを開催する意義について「東京オリンピックがウイルスに打ち勝った祝典になることを願う」と述べた。また、日本に到着した成果は「希望の象徴」としてそのまま残しておくとした。


五輪マークと東京ベイブリッジ  出典 IOC

聖火リレー出発中止 東京五輪の延期合意を受け
 3月24日、安倍首相とバッハ会長が「1年程度の延期」で合意したことを受けて、26日に福島・Jビレーッジをスタートする予定の聖火リレーの出発は中止した。わずか2日前の決定である。
 聖火は20日にギリシャから日本に届き、「復興の火」として東日本大震災の被災3県を巡回展示中。26日に福島県のJヴィレッジで出発式を行い、東日本大震災が起きた2011年、サッカー女子ワールドカップ(W杯)で優勝した日本代表「なでしこジャパン」のメンバーが第1走者を務める予定だった。
 組織委は、新型コロナウイルスの感染を防ぐため、トーチを持った走者による通常のリレーを断念し、聖火をランタンに入れて車両で運ぶ形での実施を検討したが、土壇場でこの方式も断念した。
 森組織委会長は、記者会見で「聖火リレーはスタートせず、今後の対応を検討する。大会の延期日程にあわせた新たな聖火リレーの日程を定めて、盛大なグランドスタートができるように準備する」と述べた。


グランドスタートの式典のステージを取り壊す作業員 3月26日 福島・Jビレッジ 筆者撮影

「1年延期」を提案したのは安倍首相
 電話会談で、安倍首相は「1年程度延期」を軸に検討をいただきたい」と切り出したという。
 バッハ会長が「4週間をめど」に結論を出すと表明してから2日後、急転直下、「1年程度延期」が決まった。安倍首相は『聖火リレーが始まる26日より前の延期決着』にこだわった。
 3月11日、世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルスについて、「パンデミック」と認定した。開催中止をなんとか避けたいとする選択肢として浮上したのが「聖火リレーの始まる前」の「1年程度延期」で決着することだった。
 安倍首相は来秋に総裁任期を迎える。総理大臣の任期中に五輪開催を果たしその成果を掲げて、4選を狙うのが安倍氏の思惑だったとされる。そのためには、延期は1年程度に収める必要があった。また小池都知事は、この7月に改選を迎えるが、中止は何が何でも避けて、延期で収拾させたいという思惑があった。
 一方、森組織委会長は1年程度では感染拡大が収まらないと見て、2年程度の延期を視野に入れていたという。
 バッハIOC会長も窮地に立たされていた。「4週間をめど」の方針が、世界のアスリートには決断力の欠如の印象を与え、直後にカナダ五輪委員会が今夏の開催なら派遣拒否を発表した。IOCへの批判が高まれば、再選が有力視されていた来年のIOC会長選にも影を落とすことになる。
 しかし、バッハ氏が延期を切り出せば、数千億円規模とも見込まれる追加負担をIOCが背負うことになる懸念が生じる。それだけに、安倍首相の「1年程度延期」は、格好の提案だった。
 安倍首相の「直談判」を、バッハ氏が「100%、同意する」と応じるというシナリオは当然バッハ会長の頭の中にあったはずである。追加負担は組織委員会や東京都、さらには提案をした安倍首相、つまり日本政府が責任を持つという流れになる。
 バッハ会長の老練な駆け引きが見え隠れする一幕だった。
 一方、安倍首相や小池都知事は、「1年程度延期」でまとまり、「開催中止」の危機を回避できたことで胸をなでおろした。

五輪、来年7月23日開幕決定 IOCと組織委合意 パラは8月24日
 3月30日、国や東京都、大会組織委員会と国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)は、五輪は来年7月23日、パラは8月24日にそれぞれ開幕することで合意した。IOCは臨時理事会を開き、この日程を正式決定した。
 東京五輪は来年7月23日から8月8日(17日間)、パラリンピックは8月24日から9月5日(13日間)に開かれる。東京五輪は「7月第4週の金曜日から17日間」という当初の競技日程がそのまま維持されることになった。
 大会組織委の森喜朗会長や小池百合子知事、橋本聖子五輪相らとバッハIOC会長が電話会談を行い合意した。
 森会長は30日夜の記者会見で、選手選考に一定の期間がかかることや、夏休みの方が輸送やボランティア、チケット保有者にとって望ましいこと、新型コロナウイルスの状況も考慮したと説明した。日程は森会長から提案したという。
 バッハ会長は、開催時期については「夏に限定していない。(21年ならば)全ての選択肢が交渉のテーブルの上にある。幅広い視点で検討できる」と春開幕も選択肢にあるとしていた。
 一方、組織委内には、準備期間が確保できることなどから夏開催を望む声が多くこれまで通り夏の開催で決着した。


 アテネで採火された東京オリンピックの聖火が到着し、歓迎セレモニーで青空にブルーインパルスが五輪の輪を描いたが、強風で吹き飛ばされて難航 危機に瀕した五輪大会を象徴する一幕も(3月20日) 出典 IOC NEWS ROOM

コロナ禍 史上命題は「開催中止」回避

安部首相、「延期容認」 「中止は選択肢にない」
 安倍晋三首相は3月23日午前の参院予算委員会で、「完全な形での実施が困難な場合、延期の判断も行わざるを得ない」と述べた。一方、首相は「中止は選択肢にはない。この点はIOCも同様だと考えている」と述べ、IOCが中止を判断することはないとの認識を示した。首相の考えは22日夜、大会組織委員会の森喜朗会長を通じてIOCのバッハ会長に伝わっているという。
 安倍首相は「IOCの判断も私が申し上げた完全な形での実施という方針に沿うものであり、仮にそれが困難な場合、アスリートのみなさんのことを第一に考え、延期の判断も行わざるを得ない」と述べた。
 「開催延期」はこれでほぼ確定的になった。焦点は、いつに延期するかになった。

組織委 森会長 「開催延期」の検討合意
 3月23日午後、大会組織委員会の森会長は、会見を行い、「(通常開催に向けて)私どもは歩んで参りましたが、今日の状況を見ると、国際情勢は変化して、まだ予断を許さない。欧州や米国など異常な事態になっている地域もある。いろんな(延期や注意を求める)声があるのに『最初の通り、やるんだ』というほど我々は愚かではない」と延期の検討を認めた。
 そして昨晩に国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長とテレビ電話会議を行なって、開催中止はあり得ないことを確認した上で、大会組織委員会とIOCとの双方でメンバーを出してこれから何をなすべきか議論をして今後4週間以内でシナリオをまとめていくことで合意したことを明らかにした。
 森会長は、会議の内容を小池東京都知事や安倍首相、橋本五輪相、山下JOC会長に電話で連絡したという。
 26日に福島Jビレッジで始まる聖火リレーについて、バッハ会長は大会組織委員会に一任するとし、森会長は26日のスタートまで時間があるので関係者と対応を協議したいとした。
 また安倍首相は、聖火リレーの出発式の参列について、「政府が集会やビックイベントの自粛を要請しているのに、自分が率先して出席するのは如何か」と述べ、欠席することも示唆したのに対し、森会長は「総理の判判断にお任せする」と応じたという。

安倍首相「完全な形で実現」 G7一致
 3月16日、先進7カ国(G7)首脳は、緊急のテレビ会議を行い、世界中に感染が拡大する新型コロナウイルスへの対応を協議した。
 流行を抑え込むため、G7が連携して治療薬の開発を加速させる方針で一致。世界経済への影響を最小限に抑えるため、必要かつ十分な経済財政政策を実行していくことも確認した。
 安倍晋三首相は会議後、夏の東京五輪大会について「人類が新型コロナウイルスに打ち勝つ証しとして、完全な形で実現することについてG7の支持を得た」と述べ、「新型コロナウイルスは手ごわい相手だが、G7で一致結束し、戦っていけば必ず打ち勝つことができる。そういう認識で一致できた」と強調した。
 「完全な形で実現」とは、どのような意味なのか詳細は明らかにしていないが、「無観客試合」や「規模縮小」、「開催地の変更」などは行わないことだと思われる。
 しかし、「完全な形で実現」の時期はいつなのか言及していない。テレビ会議後に記者から開催時期を聞かれたの対して、「完全な形で実現」と繰り返すだけで、「いつ」については曖昧にした。 「開催延期」の可能性も視野に入れたコメントとして受け取ることも可能だ。

 これに先立って、3月14日、安倍晋三首相は首相官邸で開いた記者会見で、7月下旬に開幕する予定の東京五輪について、「我々としては、(新型コロナウイルスの)感染拡大を乗り越えてオリンピックを無事予定通り開催したい」と述べた。安倍首相は、3月26日に福島県で始まる国内の聖火リレーの出発式典に出席するとした。
 政府や大会関係者は、今年の夏に予定通り開催にこだわっているが、大会開催ができたにしても、新型コロナウイルスの感染を懸念して、有力アスリートの参加辞退が続出して、有名無実な空虚な大会になることは明らかである。それなら、「1年後」、「2年後」に延期するほうが理にかなうだろう。
 国際オリンピック委員会(IOC)や大会組織委員会は、「予定通り開催」を唱えるだけでなく、そろそろ新型コロナウイルスの感染が収束しない場合を前提にして「プランB(次善策)」の検討開始する必要に迫られていると考える。
 筆者も東京五輪大会が予定通り開催できること期待したいが、新型コロナウイルス感染拡大でそれを許さない状況に追い決まれている。最悪のシナリオを想定して 「プランB(次善策)」を準備するのが危機管理の鉄則だろう。「開催中止」、「開催延期」、「規模縮小」、「無観客試合」、あらゆる選択肢のシナリオの検討を進めることである。白紙のままで時間を浪費するのは避けるべきだ。拙速は混乱を深刻化させるだけである。


「開催延期 」に動き始めたIOC

IOC 「開催延期 」を検討 4週間以内で結論
 3月22日、COVID-19の感染拡大が世界各国に劇的に広がっていることを受けて、各国五輪委員会や国際競技団体から「開催延期」の声が相次いでいる中で、国際オリンピック委員会(IOC)の理事会(EB)は声明を発表し、2020東京五輪大会について「開催延期」を含むシナリオ計画(SCENARIO-PLANNING)の検討を開始し、次のステップを踏み込むとした
 このシナリオは、2020年7月24日に開催される大会の既存の運用計画の変更、および大会の開始日の変更に関するものだとし、東京2020組織委員会、日本政府、東京都と開催延期も含めて詳細な議論を開始して、今後4週間以内にこれらの議論を完了するとした。
 一方で、開催中止は、問題の解決に何も役立たず、誰のためにもならないことを強調し、開催中止は議題ではないとした。
 IOCの声明によると、開催を延期すれば、「大会開催に必要な多くの会場はもはや利用できない可能性がある。 またすでにホテルの予約が何百万室も予約されている状況は、処理が非常に難しい。さらに少なくとも33の五輪競技の国際スポーツカレンダーを調整する必要がある。 これらは、山積する課題のほんの一部である」として、「開催延期」に伴って解決しなければならない問題が膨大にあることを示唆した。
 IOCはこれまで、一貫して「予定通り開催」を主張してきたが、「開催延期」について公式にコメントしたのは初めてである。

 また3月21日、トランプ米大統領は、記者会見で、東京五輪に言及し、「明らかに延期という選択肢があり、来年まで延期されるかもしれない」と語った。「すべては日本次第だ」とも述べ、開催をめぐる判断は日本側にゆだねられているとの考えを強調した。
 当面問題になるのは3月26日に福島のJビレッジでスタートする聖火リレーだが、大会組織委員会では、現時点では予定通りに開始するという。
 しかし、「開催延期」が現実化した時には、聖火リレーを継続するのかどうか、対応を迫られることになるだろう。


3月22日 IOC NEWS

バッハIOC会長「さまざまなシナリオを検討」 開催延期の可能性について初めて言及
 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は、New York Times紙のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大で、ますます困難な状況に直面していることを認めたが、ウイルスの感染率は大会開催までに十分に落ち着くかもしれないという楽観的な姿勢を示し、現時点での開催判断は「時期尚早」との考えを改めて示した。
 その一方で、「もちろん、さまざまなシナリオを検討している」として開催延期などなどの通常開催以外の可能性に初めて言及し、「Bプラン(代替策)」の検討を始めていることを明らかにした。また「開催中止」は議題にないとして明確に否定した。
 世界中のビックスポーツイベントが相次いで中止や延期に追い込まれている現状について、バッハ会長は「危機の影響は受けている」と認めたが、「五輪大会開催は4ヶ月半後なので、他の多くのスポーツ大会やプロリーグとは異なる。 これらのスポーツイベントは4月または5月末まで延期して開催する。彼らは私たちよりもさらに楽観的だ。 IOCは『7月末』の話をしている」とした。
 また「安倍首相は、開催延期はG7で言及されていなかったと述べている。IOCとしては、今の時点で、開催延期にコメントするのは無責任で、タスクフォースからの勧告がないのにを憶測をしたり判断を行うのは時期尚早である」と述べた。
 IOCはタスクフォースにいつまでに勧告を出して欲しいと要請したかという問いに対しては、「時期は要請していない。タスクフォースのメンバー専門家が、 新型コロナウイルスの現状を科学的知見に基づいて分析して適切な時期に勧告をするだろう」と答え、将来の展開についての推測に基づいて、判断の時期を設定したり、今すぐ判断するることはいかなる形でも無責任だとした。
 さらに延期となった場合の財政的なダメージについては、「IOCはリスク管理ポリシーと保険制度を堅持しているので、困難な状況の中でも業務を継続してミッションを継続するが可能で、財政上の支障は皆無である。IOCは経済的利害によって判断をすることはない」として延期となった場合でも、財政上の損失には対応できる自信を示した。
 バッハ会長は、これまで「予定通り開催」だけを表明していたが、初めて、「Bプラン」の検討を始めていることを明らかにし、これまでの姿勢を転換した。焦点はいつ「Bプラン」を公表するかに絞られたようである。
 

 New York Times 2020年3月19日

 一方、米ワシントン・ポスト紙(電子版)は社説(3月20日)で、東京五輪大会は「中止するか延期しなければならない」と主張した。
 社説では「新型コロナウイルスが歴史的なパンデミック(historic pandemic)となっている中で、国際オリンピック委員会(IOC)や大会組織委員会が、あたかも大会は予定通り可能と振舞っているのは、まったく滑稽で無責任である」とし、「世界の約200か国からアスリートが集まり、数百万人の観客が参加する夏季五輪大会は、新型コロナウイルスのインキュベーターとなり、更なる致命的な感染拡大をもたらすだろう」と警告した。


 Washington Post 2020年3月20日

「開催延期」のカギを握るNBC
 NBC Universal(NBCの親会社)は、米国内の独占放送権を2021年から2032年までの夏季・冬季6大会(東京五輪を含む)一括で76億5000万ドル(約8360億円)で取得した。日本のジャパンコンソーシアム(NHKと民放5社で構成)は、2018年から2024までの4大会(東京五輪を含む)一括で1060億円を支払う。
 IOCの収入、57億ドル(約6270億円 2013-2016)の内、73%は放送権料で占めれている。五輪大会を支えているのは放送機関といっても過言ではない。
 放送機関の中でも、米国のNBC Universalは放映権料の約半分以上、突出した金額を負担している。この結果NBCは五輪大会の運営に大きな発言権を持つ。
 NBCは、五輪の放送で、高視聴率を達成して高額のスポンサー料を確保しなければ経営基盤を揺るがすことになり、死活問題だ。
 NBC Universalは、NFL(アメフ フト)やNHL(アイスホッケー)、英国プレミアリーグ(サッカー)、全仏オープンなどの人気スポーツの放映権を高額の放送権料を支払って取得している。五輪大会の開催時期はこうしたスポーツ・イベントと競合時期の夏以外に設定することは、NBCの経営戦略上ありえない。
 NBCはすでに12億5000万ドル(約1340億円)スポンサーを確保し、大口のスポンサー枠の90%は売れたとしている。夏季開催で「1年延期」、「2年延期」案もNBCの経営判断次第である。NBCは五輪開催ができない場合に備えて保険をかけているとしているが、どの程度、補償されるのか明らかでなく、かなりの損害は免れないと思われる。
 開催延期が実現するかどうか、そのカギは、IOCではなく米国のNBC Universalが握っている。

「開催中止」ができない理由 スポンサー料
 国際オリンピック委員会(IOC)の収入は、2018年 Annual Reportによれば、総額約57億ドル(約6270億円)で、その約73%は放送権料収入、次に多いのが約18%を占めるスポンサー収入で約10億ドル(約1100億円)に上る。IOCの収入基盤は、放送権収入とスポンサー収入なのである。
 IOCは財政基盤と安定化するために、スポンサー企業の中で最高位に位置付ける「Top」(top-tier sponsorship program) と呼ばれるスポンサーシップを設けている。1業種(カテゴリー)1社だけと契約し、世界各国で五輪マークを使用したプロモーション活動などを権利を与える。また「Top」となった企業は五輪開催に関連する機材や物品、サービスの提供について最優先の交渉権を持ち、独占的に納入できる特権が得られる。現在、14社が契約している。
 契約期間は4年(夏季大会2回、冬季大会2回)が原則で、契約金額は契約内容やカテゴリーなどで異なるが、ロンドン大会までは1企業当たり約100億円程度とされてきた。
 しかし、ここ数年、より長期の高額の契約が行われるようになり、トヨタ自動車は2015年から24年まで10年間で総額1000億円を大幅に上回る金額で契約したとされている。
 2017年にマクドナルドの撤退を受けて、米国の半導体企業、Intelが、2018年から2024年の6年間で約2億ドル(約200億円)で締結した。
 IOCは約50億ドルの収入の内、10%をIOCの運営費とし、残りの90%を各大会の組織委員会や各国オリンピック委員会(NOC)、国際競技連盟などに分配する。
 スポンサー収入に影響が出れば、IOCの収支が悪化し、五輪大会の開催や各国のスポーツ振興に絶大な影響が出ることになる。
 さらに各大会の組織委員会は、IOCの「Top」(top-tier program)とは別に、ローカルスポンサーを募り、スポンサー収入を確保する。
 ローカルスポンサーは、対象の大会に限り、開催国だけで、世界中で五輪マークを使ったプロモーション活動を展開できる。
 2020東京五輪大会の場合、2020東京五輪大会組織委員会はこうしたローカルスポンサー料収入が約3480億円にも上り、組織委員会の収入総額6300億円の55%を占める。これに対してチケット収入は900億円、約14%にすぎない。
 仮に東京大会開催が中止になれば、ローカルスポンサー料収入、約3480億円に大きな影響がでる可能性がある。大会組織委員会の収支は赤字転落が必至である。
 「開催中止」となると、国際オリンピック委員会(IOC)や大会組織委員会の収入で大きなウエイトを占めるスポンサー収入を失うことになり、五輪存続の危機に直面することなる。


東京・お台場の青海アーバン・スポーツセンターで開催されたスポーツクライミングの五輪テストイベント(3月6日) 新型コロナウイルスの影響で選手も参加せず、大会関係者とメディアだけで開かれた。 筆者撮影


開催延期 世界各国から続出

世界陸連会長「秋への延期可能」
 3月19日、英紙「The Guardian」は、世界陸連の会長で2012年のロンドンオリンピックで組織委員会の会長を務めたSebastian Coe(セバスチャン・コー)氏は、東京五輪大会について、9月や10月への延期も含めて「現時点では何でも可能である」と述べた。また、状況は刻刻と変化する可能性があり 「現時点で決定する必要はない」とし、国際オリンピック委員会(IOC)に歩調を合わせた。
 一方、BBC Radio 4に出演して、「もし必要があるのならば日程を変えなければならない」とすると語り開催延期を示唆したが、2021年に1年延期させる可能性についは、「表面上は簡単な提案のように見えるが、来年は世界陸連がある。スポーツカレンダーは複雑なマトリックスであり、ある年から次の年に移動するのは簡単ではない」と難色を示したが、開催中止については「時期尚早だ」と断言した。
 国際陸連は、IOCの中でも、最も発言力のあるメンバーで、Sebastian Coe会長が、9月や10月への延期の可能性に言及したことで、東京五輪開催の「プランB」に、「2年延期」、「1年延期」と並んで「9月や10月延期」のシナリオも有力な案として検討されていることが明らかになったと言える。


The Guardian 2020年3月19日

 一方、CNNは、3月21日、米国水泳連盟のティム・ヒンチー3世最高経営責任者(CEO)は、米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)に書簡を送り、新型コロナウイルスの感染拡大を踏まえ東京五輪を1年延期すべきだとの考えを示したと報じた。
 ヒンチー氏はUSOPCに対し、五輪の延期を提唱するよう要請。理由として「適正かつ責任ある行動とは、全員の健康と安全を最優先し、今回のパンデミック(世界的大流行)が競技の準備に及ぼす負荷を適切に認識することだ」と述べた。
 これに対し、USOPCのサラ・ハーシュランドCEOは声明で、大会を統括する国際オリンピック委員会(IOC)と連絡を取っていると説明。引き続きIOCに判断を委ねる方針を示した。国際水泳連盟やUSOPCはIOCで大きな発言力を持つ組織である。
 また、ノルウェー五輪委員会は、新型コロナウイルスの状況が世界規模で終息するまで東京オリンピックを延期するよう要請したと発表した。
 「開催延期」案が急速にIOCを包囲し始めた。

「東京五輪延期すべき」 スペイン五輪委会長
 3月17日、国際オリンピック委員会(IOC)の声明を受けて、スペイン・オリンピック委員会のブランコ会長は、感染拡大で自国選手が練習できず「不平等な状況が生じる」とし、東京五輪を延期すべきだとの見解を示した。(Reuters 3月17日)
 IOCは同日の臨時理事会と各国際競技連盟(IF)との合同会議で、予定通り開催する方針を再確認したが、ブランコ氏は「世界中で日々、心地よくないニュースが流れている。開幕まで残り四カ月で公平な条件の下、選手が五輪まで到達できない」と述べた。
 また、「(選手の)健康が最重要」と建前は崩さずに、7月末開催の既定路線を推進するバッハ会長にアスリートから反発の声が相次いでいる。
 アイスホッケー選手で6回も五輪に出場したカナダのヘイリー・ウィッケンハイザー選手は、新型コロナウイルスの大流行による脅威の増大に直面しながら、国際オリンピック委員会(IOC)が2020東京五輪大会を推進しているには、「鈍感で無責任」であると非難した
 また東京五輪で陸上女子棒高跳びの二連覇が懸かるギリシャのエカテリニ・ステファニディ選手は、「IOCは私たちの健康を脅かしたいのか」とツイッターに怒りをぶつけた。

トランプ米大統領「東京五輪は1年間延期」
 3月12日、トランプ大統領は、東京五輪について「無観客など想像できない。あくまで私の意見だが、1年間延期したほうがよいかもしれない。立派な施設を建設したので残念だが」と述べた。
 また延期したほうが良いと安倍総理大臣に伝えるのかという質問に対して、「それはしない。彼らは自分たちで判断するだろう。ただ、観客なしで開催するよりは延期するほうがよいと思う」と述べ、開催の延期もやむを得ないという認識を明らかにした。
 国際オリンピック委員会(IOC)の収入の73%を支える放送権料の内、半分以上を負担してるNBC Univerasalを抱える米国からの開催延期発言は重大な意味を持つ。
 翌13日、安倍首相はトランプ大統領と緊急に会談し、東京五輪開催へ一致して協力することで一致したとして、「1年間延期」発言の火消に乗り出した。会談は約50分間ににも及び、世界保健機構(WHO)の「パンデミック宣言」を受けて、新型コロナウイルスへの対応や世界経済の落ち込みも議題になり日米で足並みをそろえて対策を実施することを確認したという。
 一方、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は、ドイツの公共放送ARDに出演して、WHOが開催中止を助言したらどうすかという質問に答えて、「IOCはWHOの助言に従う」と述べ、WHOから開催中止を求められた場合には、その判断に従い開催中止とするとした。
 東京五輪大会の開催の中止や延期を判断する基準がIOCのトップによって初めて示された。東京大会が予定通り実施できるかどうかは、WHOが新型コロナウイルスの流行を疫学的にどう判断するかにかかってきた。
 IOCは3月3日と4日に開催した理事会の際は、東京五輪を予定通り開催するとした根拠として、WHOが新型コロナウイルスについてパンデミックを表明していないことを上げていたが、3月11日にWHOはパンデミックを宣言したことで、IOCの根拠が崩れた。
 またトランプ大統領は、国家非常事態を宣言し、感染拡大の防止に向けて500億ドル(約5兆4000億円)の連邦資金を投入すると表明した。
 ホワイトハウス(White House)で発表を行ったトランプ氏は、「連邦政府の力をすべて解放するため、国家非常事態を正式に宣言する」と表明。国内の全州に対し、緊急対策本部を設置するよう要請するとともに、政府は検査の増加に取り組んでいると述べた。
 トランプ氏はまた、コロナウイルス流行の経済的影響を軽減する措置として、戦略石油備蓄(SPR)のための原油を大量購入する意向を表明。さらに、連邦政府機関が貸し付ける学生ローンの利息を免除する措置も発表した。
 トランプ氏は前日に、感染が拡大しているヨーロッパの26か国からの入国を30日間停止しする措置を明らかにしている。
 米国内で感染拡大が急速に進行していることに危機感を抱き、これまでの姿勢を転換して本格的に新型コロナウイルス対策に乗り出した。

「五輪開催1、2年延期」 大会組織委員会理事
 大会組織委員会理事の高橋治之氏は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で今夏の五輪開催が難しくなれば、最も現実的な選択肢は開催を1、2年延期することだとの見解を示した。3月11日のWall Street Journal(日本語版)が伝えた。
 同紙によれば、高橋氏はウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)とのインタビューに応じ、理事会ではまだ五輪に対するウイルスの影響は議論していないとしながらも、スケジュール変更が他のスポーツイベントにどのような影響があるかを3月下旬の次回理事会までに検討する見込みだとした。
 電通元専務の高橋氏は、五輪中止、あるいは観客無しでの開催による経済的損失はあまりに大きいと述べた。一方、1年未満の延期については、米国の野球やアメフト、欧州のサッカーなど、主要プロスポーツの日程と重なる可能性が高いとの見方を示した。
 高橋氏は「中止はできない。延期ということだと思う」と指摘。中止すれば「IOC自身が(経営的に)おかしくなる」とし、米放送権料だけでも「大変な金額」だと語った。来年のスポーツイベントの予定はおおむね固まっているため、延期の場合は2年後のほうが調整しやすいとの考えも示した。
(出典 Wall Street Journal日本語版)
 さらにJNNのインタビューに答えて、「アスリートのことを考えると“5月判断”では遅いのではないか。IOCよりも先手を打つ必要がある」と述べ、3月末に開かれる大会組織委員会の理事会では、夏に大会ができなかった場合の開催延期が議題に上がるという見通しを示した。
 一方、3月11日、世界保健機構(WHO)のテドロス事務局長は、「パンデミックの脅威が、いままさに現実となった」とついに「パンデミック宣言」を行った。
 
 新型コロナウイルスの感染拡大は、世界各国に広がり、その勢いはとどまることを知らない。
 NYタイムズ(3月5日)の報道によれば、新型コロナウイルスの感染者は、世界92ヵ国、10万5700人に達し、死者は3300に及んだとしている。最大の感染者が発生したのは、中国で約8万人、続いて韓国が7000人、イランとイタリアが約5800人、日本が1100人となっている。
 米国内でも感染拡大が始まり、感染者数は約200人、死者は14人が発生したとしている。
 新型コロナウイルスは、春になって気温が上昇すれば収束するという楽観的な見通しが支配していたが、最近の発生状況を見ると、夏の南半球諸国や熱帯地域でも感染者が増えていることから、数カ月で収束するという見通しは根拠がないというのが常識になっている。
 WHOの危機管理統括官も、「インフルエンザのように夏になれば消えるというのは誤った見方だ」と述べている。また、政府の専門家会議メンバーの舘田一博日本感染症学会理事長も「インフルエンザのように暖かくなると消えるウイルスではないため、戦いは数カ月から半年、年を越えて続くかもしれない」と述べ、長期化する恐れがあるとの認識を示した。
 東京五輪大会は、感染拡大が収束しない中で、7月末に開催を迎えることが明らかになった。
 開催中止や延期、規模縮小、無観客試合などの開催方式の見直しなどのシナリオが現実化している。安全、安心な大会運営を確保して予定通り開催できるかどうか、五輪大会は最大の危機を迎えた。

「2年後」なら延期開催の可能性 「1年後」は不可能か
 2020東京五輪大会を延期するとすれば、半年程度では、新型コロナウイルスが収束していない可能性が高く、「1年後」は他のビックイベントとバッティングして調整は難しく、「2年後」が現実的に可能性が大きい。
 「1年後」の2021年には福岡市のマリメッセ福岡で世界水泳選手権(7月16日~8月1日)、米国オレゴン州ユージーンのヘイワールド・フィールドでは世界陸上選手権(8月6日~8月15日)が開催される。また今年開催予定のサッカー欧州選手権(6月11日~7月11日)も加わる。
 いずれも国際ビック・スポーツイベントで、チケット収入や放映権収入で主催する組織の大きな収入源にもなっている。すでに開催準備も進んでいて中止や変更は主催者が承諾しないだろう。夏に五輪大会を開催するのは不可能に近い。
 一方、夏は避けて、春や秋、冬の期間に開催したらという案もあるが、これも極めてハードルが高い。
 米国では「4大スポーツ」、MLB(プロ野球 National League Baseball)、NFL(アメリカンフットボール National Football League)、NBA(バスケットボール National Basket League)、NHL(アイスホッケー National Hockey League)が開催され、全米が熱狂してテレビに釘付けになる。また欧州で人気があるサッカーリーグでは、各国リーグのレギラーシーズンは8月から9月頃から翌年の6月までである。
 こうした人気スポーツと競合する時期に五輪大会を開催することは、視聴率低下を懸念するテレビ放送局の賛同が得られない。五輪だけでなく、「4大スポーツ」などのビックスポーツイベントにも高額の放映権料を支払っているテレビ放送局は、高視聴率を達成して、スポンサー料を確保するしなければならい。開催時期のバッティングはお互いに避けるというのが暗黙の鉄則なのである。
 こうした事情を踏まえると「1年後」の可能性は極めて少ない。
 「2年後」の2022年開催の問題点は、北京冬季五輪大会(2月4日~2月20日)とFIFAワールドカップ・カタール大会(11月21日~12月18日)が開催されることである。しかし、夏の7月、8月ならかろうじて開催は可能とする見方が多い。
 そもそも五輪大会は、1992年のアルベール冬季五輪大会(フランス)とバルセロナ夏季大会(スペイン)までは、同じ年に同時開催をしていた。
 ところが、東京五輪開催を延期するにはIOCとの契約上のハードルもある。
 国際オリンピック委員会(IOC)と東京都が結んでいる開催都市契約では、第11章に「契約の解除」の規定があり、「2020年中に開催されない場合、IOCは契約を解除して本大会を中止する権利を有する」と定められ、開催都市は補償や損害賠償の請求はできないとしている。延期に関する記述はないが、規定を読むと、2020年中なら延期は可能だと解釈できる。
 東京五輪を「1年後」、「2年後」に延期するには、この規定を改訂することが必要で、IOC理事会の判断が必要となる。
 また大会組織委員会にとっても、仕切り直しで「1年後」開催では準備期間が余りにも短い。会場の手配、機材のキャンセルと再発注、要員の確保、開催規模が大きいだけに調整しなければならない案件は山積している。

 しかし最大の問題は、2年延期に伴う開催経費の負担増である。既存の施設の賃貸料、仮設施設の維持費、大会組織委員会が抱えている要員、調達した機材・車両など経費増、それに調達した車両や機材、ホテルなどのキャンセル料が発生すると思われ、その総額は3000億円にも上ると伝えられている。大会組織委員会の270億円の予備費(V4予算)は使い果たし赤字転落の懸念が浮上する。
 東京五輪大会に整備した競技場の維持・管理費も膨らむ。迷走している国立競技場の後利用計画はさらに混迷を深め赤字が増えるだろう。東京都が整備した海の森水上競技場やオリンピックアクアティクスセンター、有明アリーナなどはすでに指定管理者を選定して「大会後」の運営管理は民営化して収支改善を行うとしていたが、この目論見も挫折して赤字が膨らむ可能性がある。各競技場は2年後の開催に備えなければならないので施設を後利用モードに切り替えることもできない。
 東京臨海部・晴海に建設した選手村は、大会後、大規模マンションに改装される。戸数約5600戸、販売価格は5000万円から1億円、2023年3月末に入居を開始する予定だが、五輪大会が延期さればこの計画は大幅に変更しなければならない。多額の損害額が発生する懸念が大きい。
 さらにチケットの払い戻しや再販売、ボランティアの再募集、膨大な作業が待ち構えている。
 アスリートの立場で考えると、「2年後」は、「開催延期」の大会でなく、完全に別の五輪大会になるだろう。
 「2年後」に開催を延期するにしても大きな重荷を背負うことになるのは明らかだ。


新型コロナウイルス感染拡大 五輪への影響深刻化

新型肺炎「パンデミックの可能性」、WHOが各国に警戒を要請
 2020年2月27日、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長(Dr. Tedros Adhanom Ghebreyesus)は、新型コロナウイルス(Novel Coronavirus:2019-nCoV)の世界的な感染拡大について「パンデミック(Pandemic:世界的流行)の可能性がある」とし、自国には感染しないという考えは「致命的な誤り」と各国に一段の警戒を促した。
 そして「いかなる国も、自国での感染はないとの思い込みは文字通り致命的な誤りだ」と警告し、主要7カ国(G7)のメンバーであるイタリアでの流行は実に驚きで、他の多くの先進国でもこうしたサプライズを想定すべきだと述べた。
 イタリアに加え、集団的な感染が発生しているイランや韓国については、なお局地的な流行で、持続的な地域感染にはなっていないとし、感染封じ込めに向けた「決定的な時期」にあるとし、「恐怖におびえる時ではない。感染を防ぎ、命を救うために行動する時だ」とも強調した。

 引き続き、2020年3月2日には、テドロス事務局長は感染拡大について、韓国、イタリア、イラン、日本の情勢を最も懸念していると述べた。
 テドロス事務局長は、過去24時間の感染件数の増加は中国国外が国内の約9倍だったと指摘。呼吸器官を侵す病原菌が市中感染するという「これまでに経験したことのない事態」に直面していると指摘。同時に「正しく対応すれば封じ込めは可能」とし、「全ての国の最優先事項とすべき」と強調した。

東京大会開催の可否を判断するにはWHO 新型コロナウイルスの大流行の可能性を考えないのは無責任
 国際オリンピック委員会(IOC)委員のディック・パウンド氏は、2月27日、TBSのインタビューに答えて、東京大会の可能性について、「まだ分からない。理にかなった判断をするには十分な情報がない」とし、判断をするにあたって重要なのは、「公衆衛生の専門家の判断を最も重要視すべきで、日本の大会関係者やIOCが判断するものではない」とした。
 また「東京大会は数カ月から1年後に延期する選択肢は残されているが、その時期でも危険するぎると見なされた場合は、延期の選択しもなくなり、中止以外の選択肢しかない」と中止の可能性を強く示唆した。
 さらに、「私のことをたった一人のメンバーにすぎないと軽視するのは正しいとは思わない。新型コロナウイルスが大流行になる可能性を考えないことは無責任だろう」と警告した。
 AP通信のインタビューでは「これは新しい戦争であり、我々はそれに直面しなければならない。大会が開催される7月末の時点で、世界各国の人々が東京に行くことは安全と確信できる状況まで新型肺炎の流行をコントロールできるのだろうか」とパウンド氏は懸念を示した。
 一方、バッハIOC会長は、東京大会を予定通り開催できるように全力を尽くすという意向を表明した。「仮説や憶測の火に油を注ぐことはしない」として大会成功に向けて全力を上げて準備を進めることを強調した。
 「予定通り開催できるように全力を尽くす」ということは、7月末の開催に向けて、新型コロナウイルス対策に「全力を上げて取り組む」という意味だと受け止めなければならない。大会組織委員会や都、国は、パウンド氏発言を否定して大会開催の懸念を払拭することだけに力を入れて、対策を何も進めないのは無責任と批判されても止む得ない。

新型肺炎の感染拡大で五輪予選の変更相次ぐ
 新型コロナウイルスの感染拡大は、半年後に迫った2020東京五輪大会にも大きな影響が出始めている。
 中国で開催を予定した五輪予選や五輪出場資格獲得につながる国際大会の中止や開催地の変更などが相次いでいる。
 2月3日から14日まで、中国・武漢で開催を予定していたボクシングの東京五輪アジア・オセアニア予選は、3月にヨルダンで行うことに急遽、変更された。2月3日から2月9日まで武漢で開催を予定していたサッカー女子の東京五輪最終予選B組は、南京に開催地を変更したが、その後、感染拡大が止まらず、中国サッカー協会は開催権を返上、オーストラリア・シドニーで開催することになった
。また2月6日から9日に中国・仏山で予定していたバスケットボール女子の東京五輪最終予選はセルビアに会場変更され、2月12日と13日、杭州で開催予定のアジア室内選手権(陸上競技)は中止、3月6日から8日、北京で開催予定の世界室内選手権(飛び込み)も中止となった。
 さらに2月中にカザフスタンで開催予定の水球アジア選手権(五輪アジア予選を兼ねる)も中止が決まった。新型コロナウイルスの感染拡大を懸念するカザフスタン政府の方針で、代替地はまだ未定である。
 大会開催まで、残り半年に迫った中で、日本国内を始め、世界各地で五輪予選やテストイベントの開催が目白押しの中で、大混乱が始まっている。
 感染拡大を受けて、アスリートや競技団体の不安感も増している。

 また東京大会に向けて行われる予定の各国五輪代表チームの事前強化合宿キャンプが相次いで、中止や延期となった。
 愛知・岡崎市のアーチェリー・モンゴル代表、福岡・北九州での卓球・体操・コロンビア代表、埼玉・加須市での柔道・コロンビア代表、神奈川・平塚氏の陸上・リトアニア代表、岡山・美作市の7人制ラグビー・アメリカ代表は合宿を中止、静岡・伊豆の国での柔道・モンゴル代表は延期となった。
 一方、静岡でキャンプを行っていたテコンドー・中国代表は、2月5日に帰国予定だったが、約1カ月以上も足止めにされて、今も帰国の目途が立っていない。
 現在47都道府県の自治体が378件、計100以上の国・地域を受け入れることが決まっているが、「ホストタウン」に名乗りをあげた自治体は、新型肺炎の感染拡大で深刻な悩みを背負った。


新型コロナウイルス(2019-nCoV)の電子顕微鏡写真  提供 国立感染症研究所

 一方、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は、3月5日、記者会見に応じ、「今日のIOC理事会で改めて2020東京五輪大会の成功への決意を強いものした」として、東京大会の開催に強い自信を示し、開催中止や延期説の払拭に努めた。しかし、各国のIOC委員から新型コロナウイルスの懸念の声が続出し、2日間の理事会の主要な議題になったことも明らかにした。世界中の新型コロナウイルスの専門家が今後どこまで感染が拡大するか予測が難しいと懸念を表明している中で、バッハ会長は強気に姿勢に納得した人は少ない。
 記者団から「新型コロナウイルスがどこまで感染拡大するのか不透明な中でIOCはどのような対応をとっているのか」という質問が飛んだ。
 これに対して、バッハ会長は「今日の理事会で中止又は延期という言葉は出てこなかった。勿論、IOCは大会開催に責任を負わなければならない立場にあるので、問題点があれば五輪する。しかし、将来的な展開の憶測はしないようしている。IOCは2020東京五輪大会開催に全力を尽くす。将来のことはわからないと私は何度も言っている」と応じた。
 さらに、大会組織委員会の森会長も、記者から「もし新型コロナウイルスの感染が拡大した場合、いつまでに大会開催を判断するのか」と聞かれ、「神様はないんでそんな事は分かりません」と答えた。
 国際オリンピック委員会(IOC)や大会組織委員会は大会開催にあたって、あらゆるリスク管理を行わなければならいのは当然の責務だろう。台風や豪雨、地震、猛暑、サイバー攻撃、テロなど、さまざまなリスクを想定して事前準備や対策を行わなければならない。感染症対策も同様である。新型コロナウイルスのリスクは「憶測はしない」とか「神さまでないので分からない」とするのは、余りにも無責任で、唖然として開いた口がふさがらない。
 「2020東京五輪大会開催に全力を尽くす」というなら、一刻も早く、大会運営者として、新型コロナウイルス対策で何ができるのか一刻も早く検討を進めるべきだ。最悪のシナリオとして、開催規模の縮小や無観客試合の可能性も視野に入れる必要がある。それがリスク管理である。
 とにかく、7月末の時点で、新型コロナウイルスの感染拡大が世界中でどうなっているかが、開催の是非のポイントである。まさに世界各国で、「対ウイルス戦争」始まっているのである。感染拡大阻止に成功するのかどうかまだ予断を許さない。新型コロナウイルスは未知のウイルスだのである。
 国際オリンピック委員会(IOC)や大会組織委員会の「決意」と「自信」だけでは、何も意味がない。


アスリート向けの専用サイト、“Athelete 365”で、アスリートに向けて署名りのレターを公開 新型コロナウイルス関連の情報をアスリートに直接提供することを表明

「予定通りの開催」にこだわる国際オリンピック委員会(IOC)

東京大会 予定通り開催 IOC理事会
 3月17日、国際オリンピック委員会(IOC)は、電話会議形式による臨時理事会を開き、東京五輪を予定通り開催する方針を再確認した。引き続き行われた各国際競技団体(IF)との協議でも7月24日の開幕に向けて準備を進める方向性で一致した。
 IOCは「東京五輪に向けて変わらず全力を尽くす。大会開催まで4カ月もあり、現時点で劇的(dramatic)な意思決定を下す必要はない」との声明を出した。
 また、現時点で、2020東京五輪大会の出場選手約1万1000人の内、43%が決まっていないことを明らかして、今後、代表選手選考会の開催ができない場合は、世界ランキングや過去の実績をもとに代表を選出する方針を各国際競技連盟に明らかにした。
 2月24日、政府の専門回会議は「この1~2週間が(感染の)急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」との見方を示し、これを受けて政府は大勢の人が集まるイベント開催自粛や規模縮小などを要請していたが、3月19日に自粛要請の効果などを判断して公表するとした。自粛要請を継続するかどうかが焦点となった。

IOC、新型肺炎対応で緊急声明 不安払拭 大会開催は6月に最終決定
 新型コロナウイルスの感染拡大で東京五輪の開催を危ぶむ声が広がる中、2020年3月3日、国際オリンピック委員会(IOC)は緊急声明を発表して、「全ての選手に東京五輪に向けた準備を続けるよう促す。IOC理事会は五輪の成功のために全面的に協力する」として、予定通り大会を実施する方針を改めて強調した。
 声明では、2月中旬にIOCと大会組織委員会や東京都、日本政府、世界保健機関(WHO)とで合同作業部会(タスクフォース)を立ち上げて連携して対応にあたっているとし、アスリートに対しては「すべてのアスリートが自信を持って全力で競技会への準備をすることをお願いしたい」とした。
 また、バッハIOC会長は、「6月には多くの最終決定をするために準備をしなければならない」と述べ、6月に東京で開催されるIOC総会で、大会の成功に向けて議論を尽くす考えを示した。
 この結果、パウンド氏発言の「5月下旬に判断」が裏付けられ、新型肺炎への対応を巡って、2020東京五輪大会は5月下旬から6月にかけて最大の山場を迎えることになった。
 一方、3月3日の参院予算委員会で、橋本聖子五輪相が東京五輪の開催都市契約に20年中に開催されない場合、IOCが大会を中止できると明記されていることに触れ「2020年中であれば延期できると解釈できる」と述べた。
 これについて、海外主要メディアは、「五輪の年内延期の可能性」と一斉に報じた。
 英BBCやロイター通信は「日本の五輪大臣 東京2020大会は年内に延期される可能性があると述べた」と報じ、AP通信は「日本の五輪大臣 2020年内ならいつでも大会を開催できる」と伝えた。
 2020東京五輪大会が予定通り、7月末に開催されるかどうか懸念が国際的に広まっていることがこの報道で明らかになった。


出典 Reuters 2020年3月3日

東京五輪大会 開催中止の可能性 判断は「5月下旬」
 2020年2月25日、国際的に新型コロナウイルス感染拡大で開催を危ぶむ声が出始めている東京五輪大会について、国際オリンピック委員会(IOC)委員のディック・パウンド氏は、AP通信とのインタビューに応じ、開催是非の判断の期限は引き延ばせて5月下旬との見方を示した。
 カナダの弁護士でもあるパウンド氏は、今年77歳、1978年から国際オリンピック委員会(IOC)で委員を務め、トーマス・バッハ会長より13年も長く、最古参でIOC委員の「重鎮」とされている。
 世界反ドーピング機関(WADA)の元委員長で、ロシア陸上界の組織的なドーピング問題を調査したWADA第三者委員会の責任者を務めたこともあるIOC委員の「重鎮」である。
 パウンド氏は、「開催の是非の判断の期限は引き延ばせても3か月間」とし、判断の期限は「5月下旬」と警告した。そして、「5月までに事態が収束しなければ中止を検討することになるだろう」と述べた。
 また準備期間の短さや開催規模の大きさ、関係する国の多さから、他都市での代替開催や分散開催は難しいと指摘した。
 東京開催を数カ月延期する「10月開催」案については、米プロフットボールNFLや米プロバスケットボールNBAのシーズンと重なるため、巨額の放送権料を支払う北米のテレビ局の了解が得られないとして否定的な見解を述べ、事態が収束しなければ「中止を検討することになるだろう」とした。
 1940年の開催都市に夏季大会は東京、冬季大会は札幌が選ばれていたが、日中戦争が拡大した影響で返上に追い込まれ、代替地を検討したIOCも最終的に開催を断念した。
 これに対して、橋本五輪相は「『IOCとしての公式の見解ではない』とIOCから組織委員会側に報告があったことを明らかにした。また「ディック・パウンド氏は『予定通り東京大会の開催に向けて、IOCが準備を進めていることを説明しているものである』という回答があったとした。
 一方、小池百合子都知事は、「委員の1人が個人的な見解を述べたと聞いている。東京大会の担当者からは『しっかりやれ』とのメールが来た」と述べた。
 またパウンド氏はIOCの中でどれだけ影響力のあるメンバーなのか疑問視する批判も出され、IOCは「5月下旬」判断の衝撃を打ち消すことに躍起である。
 
 しかし、パウンド氏発言で、東京五輪開催に疑念が出され、その判断について「5月末」という期限が浮上したことで、五輪大会は混迷を深めることは必至である。
 日本国内を始め各国での感染拡大は、まだ始まったばかり、今後、どれだけ感染が拡大するかはまったく未知数である。パウンド氏発言があろうがなかろうが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響が深刻化する中で、五輪大会がどうなるか懸念を持つのは当然の成り行きだろう。
 大会組織委員会や東京都、国は、大会開催に向けて新型コロナウイルス感染防止対策に全力を挙げて取り組まなければならない。 『しっかりやれ』ということは、新型コロナウイルス感染防止対策を『しっかりやれ』としてしっかり受け止める必要がある。「5月下旬」判断の衝撃を打ち消すだけではなく、対策が後手後手に回らないように、先手を打って取り組むことが肝要である。
 感染症の専門家の間では、新型コロナウイルスの流行が「5月末」までに完全に収束するのは不可能とする見方が主流である。 感染が続いている中での五輪大会開催は必至である。
 五輪大会を予定通り開催するのか、大会組織委員会や東京都は最終的になんらかの結論を出す必要に迫られている。「5月末」が判断を明らかにする期限とするのは極めて合理的だ。
 よほどの事態が発生していない限り、開催中止の判断の現実味はないと見られるが、開催方式の再検討や感染防止対策は必須となるだろう。パブリックビューイングや関連イベントの中止、アスリートの外出禁止、「無観客試合」の可能性も生まれる。
 訪日するアスリートや大会関係者、観光客の検疫体制の強化や、各競技場や選手村での新たな感染防止対策なども必須となる。 各競技場などにはサーモグラフィーの設置やPCR検査機の導入、医療スタッフの配置、感染防止グッズの配布などを早急に進める必要が生まれた。
 また、新型コロナウイルスの感染を懸念するアスリートの出場辞退や、状況によっては選手団の派遣を中止する国や地域が出てくる懸念は消えない。たとえ日本国内で、新型コロナウイルス感染拡大が収まっても、海外各国で感染拡大が猛威をふるっていたら、大会開催そのものが危ぶまれる可能性がある。
 「安全、安心な大会」の確保について、日本の国民を始め、世界各国に対して説得力を持った対応策を説明できるかどうか、大会組織委員会と東京都、国は重い課題を背負った。


出典 AP NEWS IOC senior member: 3 months to decide fate of Tokyo Olympics  2020年2月25日

「東京五輪は安全な形で行われる」 コーツIOC調整委員長


コーツ調整委員長と森大会組織委会長 IOCプロジェクトレビュー記者会見 2020年2月14日 筆者撮影

 2020年2月13日と14日の2日間、国際オリンピック委員会(IOC)と大会組織委員会が大会開催の準備の進捗状況を確認する会議、IOCプロジェクトレビューが開催された。
 会議を終えて、コーツ調整委員長と森大会組織委会長は、14日夕方、記者会見に臨んだ。
 記者会見は新型コロナウイルスに関連した内容一色に終始した。
 コーツ調整委員長は「(新型コロナウイルスの対応は)日本の政府が責任を持って対応しており、日本の公衆衛生当局を信頼している。IOCは、世界保健機関(WHO)と話し合いを続けているが、WHOからも東京五輪の延期や中止の必要はないと言われている。大会は選手や観客にとって安全な形で行われるだろう」と述べ、東京オリンピックは予定どおり開催する考えを強調した。
 コーツ調整委員長は、4年前のリオデジャネイロオリンピックの前にジカ熱が問題になったことに触れ、「WHOは夏にジカ熱が広まる可能性は非常に低いと指摘したが、ゴルフの選手などが大会への参加を取りやめたこともあった。当時、情報を十分に伝えきれなかったようだ」とも述べ、こうした事態において組織委員会や政府による情報発信の必要性を指摘した。
 また中国選手や競技関係者の大半は、現在、国外を拠点にトレーニングをしたり、予選や大会に出場したりしているので、「中国外から直接(日本に)テストイベントや大会本番に参加するなら問題ない」と語った。
 さらにこうした中で来月からは聖火リレーや各競技のテストイベントが行われることについて、大会組織委員会の武藤事務総長は「IOCや国際競技団体と情報共有を密にしていくことを確認した。具体的にどう対応するかは協議を続けていく」と述べた。

 しかし、2月18日、世界保健機関(WHO)で緊急事態対応を統括するライアン氏は、新型コロナウイルスの感染拡大を巡り、東京五輪が中止の危機にあるかどうかを判断するのは時期尚早との考えを示した。AP通信が報じた。大会に影響するような助言を検討するには「まだ遠すぎる」と述べた。 国際オリンピック委員会(IOC)とは連絡を取っているとした上でライアン氏は「われわれが(開催可否の)決断を下すのではない。リスク評価を手伝う」と述べた。(共同通信 2月19日)
 WHOのお墨付きで2020東京五輪大会は安全な形で予定通り行うというコーツ発言は、早くもWHOから東京五輪可否判断は尚早として否定されてしまった。
 新型コロナウイルスの感染拡大で、大会開催が予定通りできるかどうかまだ予断を許さないのである。

「WHOとIOC協議 東京五輪の新型肺炎対策
 2019年1月29日、国際オリンピック委員会(IOC)は、東京五輪での新型コロナウイルスによる肺炎対策をめぐり、世界保健機関(WHO)と連絡を取って協議している。DPA通信が29日、報じた。
 IOCはDPA通信の問い合わせに対し「安全に大会を開催するための感染症対策だ。東京五輪の計画の重要な要素となる」と回答した。 (時事通信 1月29日) この報道が混乱を巻き起こすことになる。


「五輪中止」 フェイク情報拡散


深層情報 Media Close-up Report 「呪われた」2020東京五輪

国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)



2020年3月12日
Copyright (C) 2020 IMSSR


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廣谷 徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute(IMSSR)
President
E-mail
thiroya@r03.itscom.net
imssr@a09.itscom.net
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東京オリンピック 渡航中止勧告 開催に影響なし 過剰反応 メディア批判

2021年05月26日 12時39分29秒 | 東京オリンピック


東京オリンピック 渡航中止勧告 開催に影響なし 過剰反応 メディア批判

深層情報 Media Close-up Report 「呪われた」2020東京五輪 速報 「緊急事態宣言」下でも五輪開催 コーツIOC副会長

国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)

「五輪開催」すべき 盲目的に「中止」唱えるメディアのお粗末 
根拠なし パンデミック・リスク 
開催実現で「Withコロナの時代のニューノルマル」をレガシーに


朝日新聞社説批判 「中止の決断を」に反論する 五輪は開催すべき


米国務省、日本への渡航中止を勧告 変異株の拡大を指摘
 5月24日、米国務省は、日本国内での新型コロナウイルス流行の悪化を理由に、日本への渡航警戒水準を最高レベルの「レベル4」に引き上げ、米国民に対し日本への渡航中止を勧告する渡航情報を出した。
 米疾病対策センター(CDC)も同日、渡航情報を更新し、日本の新型コロナ感染状況を4段階のうち、最高レベルの「極めて高い」という「レベル4」に引き上げた。
 米国務省は渡航中止勧告について「日本の現在の状況では、ワクチン接種を終えた人でも変異株に感染し、感染を広める可能性がある」と指摘し、「2次的な要素」として民間航空便の運航状況や、米国民に対する入国制限、3日以内に結果が出る検査の不足を挙げた。
 渡航中止勧告は、開幕まで2カ月を切った東京五輪開催への新たな懸念材料となった。しかし、東京五輪・パラリンピックについては、米国務省は言及しなかった。

米政府報道官、東京五輪への支持を改めて表明 
 5月25日、米ホワイトハウスのサキ報道官は25日、東京五輪・パラリンピック開催への支持を改めて表明した。
 サキ報道官は記者団に対し「われわれの見解に変更はない」とし、「政府は開催を計画するにあたり、公衆衛生を中心的な優先事項に据えていると強調している」と述べた。
 国務省報道官もこの日、バイデン政権は「五輪・パラリンピックに向けトレーニングを重ねてきた米国の選手が、『オリンピック精神』の下で参加すること」を支持すると表明。「五輪・パラリンピックのために日本に渡航するのはかなり限られた人達になる」とし、選手やその他の関係者の安全を守るために詳細な規則が策定されていると述べた。

 一方、米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)は24日、米国の選手団は東京五輪・パラリンピックに参加しても過度の危険にはさらされないとの見解を示した。
  同委は声明で、「われわれはUSOPCと東京五輪・パラリンピック組織委員会が定めた選手とスタッフのための現行の感染リスク削減慣行と、渡航前や入国時、大会開催中の検査により米国チームの選手がこの夏に安全に参加できると確信している」と説明した。

米「渡航中止宣言」のリスクを強調するメディアの過剰反応はお粗末 冷静に受け止める姿勢が重要
 国務省が発表したレベル4への引き上げは、対象とされる国・地域への渡航には命に危険が及ぶリスクが大きくなるほか米政府としても十分な支援ができない恐れがあると国民に警告するもので、フランスやドイツ、ロシア、マレーシア、メキシコを含む100を上回る国・地域についても同じ渡航中止勧告が出ている。
 日本だけが極めて危険な国というわけではないのである。
 メディアはこうした事実を伝えず、「渡航中止勧告」だけを強調して、五輪開催のリスクを煽り立てる。
 そもそも米国の新型コロナウイルスの感染状況を冷静に見て欲しい。昨日の全国の感染者は3314万3747人、一日で2万5977人、死者は59万0533人、1日で640人もある。米国のワクチン接種率は50%を超え、感染者数は、ピークには1日20万人を超えたが、現在はその10分の1に減少し、「安全宣言」が出されて、ホテル、レストラン劇場の営業再開を宣言、ワクチンを受けた人はマスクなしの外出も許可されるようになった。
 しかし、新規感染者数は1日で2万5977人、日本は4000人(5月25日)、5倍の感染者を出している。
 人口100万人当たりの新規感染者数(1週間平均)は、米国が524.9人に対し、日本は267.2人で約半分、ドイツが616.7人、イタリアは530.8人に比べても日本は圧倒的に少ない。
 「変異株に感染し、感染を広める可能性がある」という米国務省に指摘は、「変異株に感染」リスクは、米国内でも日本と同様に急激に高まっているにもかかわらず、ワクチン接種率が進み新規感染者が減少したとして「安全宣言」を出している。しかし日本に対しては、「変異株」の感染リスク増を理由にワクチン接種者でも「渡航中止勧告」をするのは、矛盾であろう。
 「ワクチン接種率の遅れ」や、「2次的な要素」として民間航空便の運航状況や3日以内に結果が出る検査の不足についての指摘は同感である。
 しかし、日本が米国に対して入国制限を行っていることを、米国が「渡航中止宣言」を行った理由にするのは、納得できないだろう。
 米国は、感染が収まってきたが、未だに世界有数の「感染大国」であることには変わりはない。
 今回の「渡航中止勧告」は冷静に受け止めるべきである。



深層情報 Media Close-up Report 「呪われた」2020東京五輪 速報 「緊急事態宣言」下でも五輪開催 コーツIOC副会長

国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)



2021年5月26日
Copyright (C) 2021 IMSSR


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廣谷 徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
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International Media Service System Research Institute(IMSSR)
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新型コロナウイルス 治療薬 ワクチン ファイザー モデルナ アストラゼネカ 副反応 接種体制 最新情報

2021年05月22日 11時51分58秒 | 新型コロナウイルス
新型コロナウイルス
治療薬・ワクチン
開発最前線



新型コロナウイルス SARS-CoV-2 出典 NIAID

深堀情報 Media Close-up Report  「呪われた東京五輪」 速報 「緊急事態宣言」下でも五輪開催 コーツIOC副会長



アストラゼネカ製ワクチン EU「安全で有効」宣言、独仏伊など接種再開
 3月18日、欧州連合(EU)の医薬品規制当局である欧州医薬品庁(EMA)は、英アストラゼネカ製の新型コロナウイルスワクチンについて、接種後に血栓ができるなどの報告事例に関する調査を行った結果、引き続き利点がリスクを上回るという「明確な」結論に至ったと表明した。
 これを受けて、ドイツ、フランス、イタリアなどが同ワクチンの接種再開を決定した。
 英アストラゼネカとオックスフォード大学が共同開発した新型コロナウイルスワクチンの接種後に血栓ができた症例への懸念から、欧州ではスペイン、ドイツ、フランス、イタリア、ポルトガル、スウェーデンなどワクチンの接種中断をした国は13か国に上った。
 これに対してオーストラリア政府の最高医療責任者(CMO)、ポール・ケリー博士は、今のところアストラゼネカ製のワクチンが血栓の原因になることを示す証拠はないと強調。欧州で使用を停止する国が増えてきたことは認識しているとしたうえで、EMAは使用継続を勧めていると指摘した。
 EMAは接種済みの人々に血栓のできる確率が一般人口より高いわけではないとの見解を示したが、今後何らかの対応が必要かどうかについて、18日に緊急会合を開開き検討するとしていた。

ワクチン接種スケジュールに遅れ顕在化 高齢者の接種は4月12日開始
 2月26日、河野太郎行革担当相は、医療従事者470万分と高齢者3600万人のワクチン(2回接種)を、EUの承認が得られることが前提として、6月中末までに確保して、全国に発送を完了すると明らかにした。一般住民への接種開始は7月以降となり、五輪開催には間に合わない。
 接種スケジュールの遅れている要因は、EUの輸出規制の影響に加えて、医療従事者が当初見込みの370万人から100万人程度増えたためである。
 また高齢者向けの接種開始は、4月12日に開始し、当初は5万人を対象に行い、その後4月中には50万人、合計55万人を対象に接種を実施すると明言したが、高齢者3600万人のわずか2%にも満たない。
 Pfizer/BioNTech製のワクチン(2月14日、緊急使用認可)は接種が開始されたのは2月17日。初日は8病院で125人に接種。引き続き医療従者者、高齢者、高齢者施設従事者、基礎疾患を有する人、一般市民に接種が順次、始まる。基礎疾患を有する人は自己申告とし、医師の診断書は不要。
 2月12日にベルギーからの第一便で到着したワクチンは64350瓶(バイヤル)で約32万回(約16万人)分、第二便で22万6000回分、3月1日には52万回分が到着した。
 
▽ 2月17日 最初に優先接種を開始するグループ 国立病院等(100病院)の医療従事者4万人を最優先に対象。当初は1~2万人を想定したが希望者が多く4万人を想定。3週間の間隔を空けて2回接種。
 来週中には約100カ所で開始。内2万人には、接種後7週間健康状態を記録してもらいワクチンの安全性の分析に。超低温冷凍庫配備を完了
 ファイザー社のワクチンは、1バイヤル(Vial)には、余分量を含めて1.8ccの原液(一人分0.3cc)が入っているが、日本に普及している注射器では、シリンダー隙間に原液が残り、5回分しか接種できない。4万人に対しては、6回分が接種可能な注射器を使用する。
▽ 3月中旬 その他の医療従事者(約370万人→470万人に増加) 接種は都道府県担当 冷凍庫配備(1800台)
▽ 3月下旬 65歳以上の高齢者(約3600万人)を対象に接種クーポン券の郵送開始
▽ 4月12日 65歳以上の高齢者対象に接種開始 接種は市町村担当 冷凍庫配備(1800台) 6月末までに全国へのワクチン配送を終了
 ファイザー社のワクチンは3週間の間隔を空けて2回の接種が必要だが、厚生労働省は接種を開始して9週間以内にすべての高齢者が1回目の接種を受けられる体制を整備。
▽ 4月23日 その他の人を対象に、接種クーポン券の準備、郵送開始 順次接種開始 接種券を郵送
  基礎疾患のある人(約820万人)、高齢者施設などの従事者(約200万人)、60~65歳の市民など合計約5000万人
▽ 一般市民 16歳以上を対象にして5月末には開始したいとしているが、ワクチンの供給量次第で、7月にずれこむ可能性が大きくなっている。

  厚生労働省は、「接種の努力義務」の対象から妊娠をしている女性を外すことを決めた。また接種に関する相談などに応じるため、15日、無料のコールセンターを開設した。

 ファイザー社のワクチンは、マイナス75度前後で冷凍保存が可能な「超低温冷凍庫」で輸送・保管する必要があり、厚労省では、1万台(1台で3000人分が保管可能)の「超低温冷凍庫」を、各自治体ごとに1台、さらに人口2万人ごとに1台割り当てる。6月までに順次、自治体に配備する方針である。
 また、ファイザー社のワクチンは、解凍後の保存期限が5日以内、希釈後は6時間以内で接種を行う必要があり、接種作業を担う自治体にとっては、医師や看護師などの人手の確保や、施設をどう確保するかが大きな課題となっている。
 また、接種クーポン券の準備や配布、会場での本人確認など、5000万人にも及ぶ優先接種作業の負担は、コロナ対策に追われている各自治体の大きな重荷になると思われる。
 すでに接種が始まっているアメリカやフランスなどの一部の地域では、ワクチンがあっても人手や会場を確保できず、計画通り接種が進まないという問題が発生している。
 JNNの世林調査によると、1月9/10日の調査では、ワクチンを「接種したい」という回答が48%だったの対し、「接種したくない」が41%に上ったが、2月6/7日の調査では、「したい」とする回答が60%、「したくない」が30%に減少した。
 集団免疫獲得には、接種率が7~8割以上必要されているが、接種は「無償」だがあくまで任意の「努力義務」、接種率をどう確保するかが「史上最大」のワクチン作戦の成否のカギを握る。

難題 マイナス70度以下の超低温管理
 米Pfizer社と独BioNTech社が共同開発したワクチン、BNT162b2は、mRNAを使用したワクチンである。mRNAは、極めて壊れやすく、温度変化に弱く劣化する性質がある。BNT162b2は特に温度変化に弱く、マイナス70度以下の超低温での温度管理が必須となる。先進国でもマイナス70度以下の超低温保管設備を保有している医療施設は少なく(インフルエンザワクチンは、マイナス10度以下で冷凍保存)、発展途上国では、輸送・保存体制の確保する上で超低温保管設備の整備が最大の課題となる。
 ファイザー社の示しているワクチン取り扱いの指針によると、
▽マイナス75度±15度cの超低温冷凍凍結(ディープフリーザー)で約半年保管が可能。 1箱には、1.8ccのワクチンが入ったバイヤル(注射用薬剤用の小瓶)が195本、計1170回分(6回分で換算)が詰め込まれている。
▽ワクチンは1箱単位で解凍して2~8度の冷蔵保存で5日以内に使用
▽1バイヤル(Vial)には、余分量を含めて1.8ccのワクチンが入っていて、生理的食塩水で希釈して一人当たり0.3ccを接種、カタログ上は1バイアルで5人分、1箱で975人分としている。希釈後は6時間以内に使用しなければならない。FDAは余分量1回分を使用することも可能とした。
 このワクチンは2回の接種が必要なため、輸送・供給体制の確立が難題だ。
 ファイザー社のワクチンは、同社最大規模の米ミシガン州カラマズー(Kalamazoo)工場や欧州の製造拠点、ベルギーのプールス(Puurs)工場などからから出荷される。
 輸送用の保冷コンテナ1個につき、ワクチンが入ったバイヤル975本がドライアイスとともに収納され、推奨温度、マイナス70度以下で冷凍凍結を保つ。1本のバイヤルのワクチンは5回分で、コンテナ1個当たり計4875回分となる。
 ファイザーによると、カラマズー工場では、毎日トラック6台分のワクチンが、米フェデックス(FedEx)、同ユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)、独DHLなどの航空貨物企業に出荷され、米国内は1~2日以内、世界各地には3日以内、最長でも10日間以内に配送される。世界各地へは1日平均20機の貨物機が輸送を担う見通しだという。
 各地に輸送されたワクチンは超低温の冷凍庫で最長6カ月間保存可能である。
 これに対して、米Mderna社のmRNAワクチン、AZD1222は、
▽保管はマイナ20度以下の冷凍凍結保存
▽解凍後は2~8度の冷蔵保存で7日以内に使用
▽生理的食塩水で希釈後は、12時間以内に使用
 Pfizer/BioNTechのワクチンよりは、基準が緩やかである。
 一方、Oxford大学と英Asturazenka社が共同開発したワクチン、ChAdOx1 nCov-19(製品名AZD1273)は、Pfizer/BioNTechやMdernaのmRNAワクチンとは異なり、アデノウイルスを使用したウイルス・ベクター・ワクチンなので、輸送・保存は通常の冷蔵保管で可能である。発展途上国などでは、ChAdOx1 nCov-19は利点が多いとされている。

「2021年前半までに国民全員のワクチン確保」は挫折寸前 五輪開催に間に合わない
 1月22日、政府は、新型コロナワクチンについて、全国民分を6月末までに確保するとしてきた従来の方針を事実上撤回した。海外製ワクチンの受け入れが想定よりも遅れているため。総合調整担当の河野太郎氏が「まだ供給スケジュールは決まっていない」と明らかにした。政府内で供給時期をめぐる混乱が露呈した。
 2月16日に明らかにした、接種計画でも基礎疾患のある人や高齢者施設従事者や一般市民への接種開始は、ワクチンの供給量次第に左右されるとした。
 また、厚生労働省は、近く接種が始まる米製薬大手ファイザー製の新型コロナウイルスワクチンについて、1瓶からの接種回数を6回から5回に変更する方針を明らかにした。用意した注射器では充填したワクチンの一部が使い切れずに残ってしまうためで、「余剰分」を1回分として使用できないためで、接種計画が大きな誤算が生じている。
 ファイザー製のワクチンの日本への供給量は、「1億4400万回分」でなくて、「1億2000万回分」程度に減少する可能性が出てきた。
 ワクチンは2月12日午前、ベルギーからの航空便で国内に到着、3月中に約266万回分を確保できるとしているが、その後の見通しはまったくたっていない。
 早くも「2021年前半までに国民全員のワクチン確保」の公約は挫折寸前である。



米ファイザーと契約を正式締結 「年内」に「1億4400万回分」
 1月20日、田村厚生労働大臣は米ファイザー社と、年内に1億4400万回分(7200人分)の供給を受ける契約を正式に結んだと発表した。
 昨年7月にファイザー社と基本合意した際は、「2021年6月末までに1億2000万回分」の供給を受けるとの内容だったが、最終合意では、時期は「6月末」から「年内」に変更され、供給量については2400万回分上積みされ「1億4400万回分」に修正された。「上積み」といっても、1バイヤル当たり5回分としていたものを6回分(余剰分も組み入れ)に換算し直しただけで、供給量は変わらないとされている。
 昨年12月18日、ファイザー社は、このワクチンについて、審査を大幅に簡略化する「特例承認」の適用を求める申請を行い、2月15日には承認される見通しである。
 菅政権は、「年内」への変更で、「2021年前半までに、すべての国民に提供できるワクチンの確保」を目指すとしていたが、ワクチン調達計画の当初想定から大幅な狂いが生じるのは不可避となった。
 政府は、米ファイザー社から1億4400万回(基本合意では1億2000万回)、英アストラゼネカ社から1億2000万回、米モデルナ社から5000万回分、合計3億1400万回分のワクチンを確保しているが、この内、米モデルナ社の国内でのワクチンの治験は当初予定よりずれ込み、1月27日にようやく開始、最速でも承認は5月頃なるとされている。英アストラゼネカ社のワクチンは、2020年9月に英国で行われた治験で副反応が確認され、一時、治験が中断された影響で、国内での治験が遅れ、2月5日ようやく申請を行った。同社のワクチンは、3月までに3000万回が供給するとしているが、製造の遅れも発生していて、成り行きは不透明だ。そこでこれを補うために、政府は1月20日に締結した米ファイザー社との契約では、調達量を2400万回分増やしたという。
 政府はワクチンは「ギリギリ確保できる」として接種計画に遅れはないとするが、「2021年前半までに国民全員のワクチン確保」という目論見には暗雲が立ち込めている。

米FDA、J&Jワクチン承認 アストラゼネカ、日本で申請
 2月27日、米食品医薬品局(FDA)は、米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)製ワクチンの緊急使用許可を承認した。既に承認されている米ファイザー社、米モデルナ社のワクチンはいずれも2回の接種が必要だが、J&J製は1回で済む上、保管もしやすく、普及が進むと期待されている。今年前半に米国で1億回分を供給する見通し。3月11日には、EUも承認した。
 一方、2月5日、英アストラゼネカ社は、厚生労働省に承認を求める申請を行った。国内での承認申請はファイザーに続いて2例目。
 今回添付したのは海外の臨床試験(治験)のデータで、国内で実施した臨床試験(治験)のデータは3月中に提出する予定で、承認は5月以降になるとされている。アストラゼネカ社のワクチンは、2度から8度で少なくとも6か月間保管可能で、医療機関での保管や接種会場までの輸送も冷蔵庫が使用できる。

ワクチン有効性「92%」 国民の45%が接種 世界最先端イスラエル
 1月28日、イスラエルのメディア「タイムズ・オブ・イスラエル」は、保健維持機構(HMO)マカビ(Maccabi)関係者の話として、国内で接種が進む米ファイザー製の新型コロナウイルスワクチンについて「92%の有効性を示した」と報じた。
 2度目のワクチン接種を受けた16万3000人のうち、10日以内にウイルスに感染したのは31人にとどまったとした。
 また60歳以上の感染率や重症化率が低下している兆候が確認されている。こうした低下は接種事業が早く始まった地域で顕著に見られるという。
 イスラエルの保健省は、100万人近くの医療記録を調査、そのうち74万3845人が60歳以上で、2回目のワクチンを接種してから最短でも7日間は記録を取っている。
 それによると、60代以上で2回のワクチン接種を終えた約75万人のうち、感染して陽性となったのはわずか0.07%に当たる531人だった。この中で入院措置が必要となった患者は、軽症から重症まで合わせて38人にとどまった。死亡した人は3人、しかしワクチンで免疫ができる前に新型ウイルスに感染した可能性があるという。
 保健省のデータからは、1回目のワクチンを接種してから14日後から、感染や重症化の割合が減り始めることがうかがえる。
 ワクチン接種前の調査では、感染者は7000人以上、軽・重症患者は700人近く記録されていた。死者は307人に上っていた。
 全国的に行っているロックダウンの効果の可能性も考えるが、今回の報告でワクチンも感染抑制に効果をあげていることが分かった。
 またワクチン接種に伴う副反応は、イスラエル保健省によると0.3%以下で、通常「軽度」で「すぐに過ぎ去る」とした。
 副反応は、ワクチン接種を終えた人の中で、重い体調不良を医師に訴えた人で、1回目の接種を終えた276万8200人の内、6575人で0.24%、2回目の接種を終えた137万7827人の内、3592人で0.26%だったという。
 イスラエルでは、人口約900万人のうち、約44%の約400万人が1回目、約260万人が2回目の接種を済ませている。3月末までには、16歳以上の国民全員に接種を完了するとしている。世界各国の中で群を抜いてワクチン接種が進んでいる国だ。
 接種に必要なワクチンの確保は、ネタニヤフ首相が、米ファイザー社のCEOに直接、交渉をして成し遂げたという。購入価格はEUの倍の1回分当たり約3000円、さらに接種者の医療データを提供することに同意した。しかし、政権の実行力は如実に示された。
 イスラエルの感染者数は、累計で730293人(2月16日)、2808人増(前日比)、死者は20人増(前日比)と約60%に減少している。これからの数カ月間はイスラエルの感染状況に目が離せない。

ノヴァヴァックス、89%の予防効果 J&J有効性66% 認可申請へ
 1月28日、米製薬大手ノヴァヴァックス(Novavax)社は28日、開発中のワクチン候補、NVX-CoV2373について、イギリスで実施した大規模な臨床試験(治験)で89.3%の予防効果があることが示されたと発表した。変異株にも高い有効性があるとされている。BBCによると、イギリスで見つかった新型ウイルス変異株への有効性を示したのは、NVX-CoV2373が初めてたという。
 ボリス・ジョンソン英首相はこの治験結果を「良い知らせ」だと歓迎、同国の医薬品・医療製品規制庁(MHRA)がNVX-CoV2373について評価を始めると述べた。
 イギリスは同社のワクチンを6000万回分確保している。イングランド北東部ストックトン・オン・ティーズで製造される予定。(BBC 1月29日)

 一方 1月29日、米医薬品・日用品大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J:Johnson & Johnson)社は、開発中の新型コロナウイルスワクチンについて、中程度から重度の症状を防止しする「有効性」が66%だったと発表した。来週にも米食品医薬品局(FDA)に緊急使用を申請するほか、その他の国や欧州連合(EU)でも近く申請する。
 J&Jは、世界8カ国で大規模最終臨床試験(治験)を実施、約4万4000人が参加した。参加者の44%は米国、41%は中南米、15%が南アだった。
 「有効性」は地域でばらつきがあり、米国で72%、中南米で66%、南アフリカでは57%で、平均で66%となった。変異種の感染拡大により、有効性に違いが生じた可能性がある。
 J&Jの掲げる「有効性」とは、新型コロナウイルスに対する感染防止の「有効性」ではなく、感染して発症しても「中程度から重度の症状」に陥るのを防止する「有効性」で、ファイザー/ビオンテック社やモデルナ社、アストラゼネカ社の掲げる感染しても発症しないという「有効性」とは異なる。
 ただ感染症と公衆衛生の専門家は、J&Jのワクチンは感染拡大を抑制し死亡率を低下させる効果は十分にあるとの見方を示している。
 J&Jのストフェルス氏はロイターに対し、南アで6000人を対象に実施した関連の治験では、89%の確率で重症化が防げたという。この治験で扱った感染件数のうち、95%が南ア変異種によるものだったとしている。
 J&J製ワクチンは、たとえ感染しても中程度から重度に症状を悪化させないことを主な目標としているが、こうした結果から「多くのコロナ患者の重症化と死亡を防げる」と述べた。
 J&Jは2021年に10億回分の供給を目指し、米国、欧州、南アフリカ、インドで生産すると表明。緊急使用が承認され次第、直ちに出荷する用意を整えているとした。ただストフェルス氏は具体的な量について明らかにしなかった。
 2回の接種が必要なファイザー製やモデルナ製とは異なり、J&Jのワクチンは1回の接種で済み、冷凍保存の必要がないため、輸送や冷凍保存が問題となる一部地域にとっては有力なワクチンとなる。(Reuters)

アストラゼネカのワクチン、9000万回分以上を日本国内生産
 1月28日、加藤勝信官房長官は記者会見で、アストラゼネカ社のワクチンの供給について、「厚生労働省における生産設備の強化のための補助金を活用しながら国内生産の準備をしていると承知している」と述べ、「昨日、厚労省に国内で9000万回以上の生産を目指すとの報告があった」と明らかにし、「ワクチンを国内で生産できる態勢を整えることは極めて重要だ」との認識を示した。
 日本政府は、アストラゼネカ社と1億2000万回分の供給を受けることで契約している。このうち3000万回分は3月までに輸入される予定で、残りの9000.万回分を日本国内での製造を目指し、ワクチン原液の生産はJCRファーマ、充填・包装・流通は第一三共、明治ホールディングスグループのKMバイオロジクスとMeiji Seikaファルマが受託している。
 このワクチンはアストラゼネカ社とオックスフォード大が共同開発したもので、イギリスやEU、米国ではすでに緊急使用許可を得ている。日本では2020年9月、18歳以上の約250人に接種する第1相/2相臨床試験が開始され、現在は治験結果を解析中で、2月中にも厚労省に承認申請を行う方針だ。
 一方、米製薬企業ファイザーは2020年12月、すでに厚労省に承認申請を行っている。

新型コロナウイルス ワクチンの種類 遺伝子ワクチン ウイルス・ベクター・ワクチン プロテイン・ベース・ワクチン 不活性化ワクチン

新型コロナウイルス 治療薬の種類 アビガン レムデシベル デキサメタゾン イベルメクチン モノクローナル抗体

Pfizer/BioNTechワクチン 製造・供給の遅れ深刻 EU・英で摩擦激化
 1月16日、米ファイザー(Pfizer)社と独ビオンテック(BioNTech)社は、欧州諸国とカナダ向けの供給を、向こう3~4週間にわたり出荷ペースを一時的に削減すると発表した。ベルギーにある主要工場での製造能力向上に向けた改修工事がその理由としている。EUの関係者は、一部EU諸国へのファイザー製ワクチン供給が今週、半分程度に減少したと明らかにしていた。1月25日には、当初の供給計画に戻り、2月下旬から3月にかけての出荷は「大幅に増える」としているが、同社に対する製造能力に対する疑念が噴出している。世界各国が進めるワクチン接種計画にとって大きな影響がでる可能性が出てきた。
 一方、1月22日、英Astrazeneca社は、欧州連合(EU)に対して第1・四半期に予定していたワクチン供給量を60%削減し、3100万回分にすると通知した。生産面で問題が生じていることが理由としている。
 Astrazenecaは、2月15日に供給開始をして、第1・四半期中におよそ8000万回分のワクチンを供給する予定だった。同社では「当初の供給量は予定より少なくなる。欧州におけるわれわれのサプライチェーン内の生産現場で、歩留まり率が下がっているためだ」と述べた。ベルギーの提携先企業の工場でワクチン生産に問題が発生したため供給量をカットしたと説明した。Astrazenecaは、欧州連合(EU)に対して合計4億回分(2億人分)のワクチンを供給することで合意している。
 しかし、1月4日から接種が開始されている英国に対する1億回分(5000万人分)の供給削減は行わない。
 Pfizer/BioNTechの供給削減と合わせて、EUのワクチン接種計画がさらなる打撃に見舞われた形だ。
 これに対し、1月24日、ミシェルEU大統領は、仏ラジオで製造元に契約順守を求め、「法的措置も辞さない」構えを示した。
 またイタリアの新型コロナ問題に対応する特別長官は、同国へのワクチン供給が29%削減されたとして、ファイザーを提訴することを検討していると明らかにし、 ドイツのシュパーン保健相は、ファイザーのワクチン供給削減に不満を表明し、同国のワクチン接種計画が変更を余儀なくされる見通しになったとした。
 EUは、昨年12月21日、Pfizer/BioNTechのワクチンを承認し、域内各国で接種が始まり、1月6日には、Moderna、1月29日にAstrazenecaのワクチンも承認し、各国で接種キャンペーンが展開されている。EUは「夏までに成人人口の7割」を目標に掲げ、各社と計23億回分のワクチン購入に合意している。このうち、Pfizer/BioNTechは6億回分、Modernaは1億5千万回分、Astrazenecaは4億回分を占める。ワクチンはEUが一括購入し、加盟国に配分する。

 1月29日、EUは強硬手段に乗り出した、欧州委員会(EUの執行機関)は、英国のEU離脱後の関係を定義する協定の緊急条項を利用して、新型コロナウイルスのワクチンの域外への輸出を許可制にする新たな規制措置を導入したと発表したのである。期間は今年3月末までとした。
 ワクチン製造や製造業者が予定する輸出先に関する正確な情報を把握するため狙いを厳密に絞った対策と指摘して、期限付きの措置であり、対象のワクチンは事前に調達契約が結ばれた製品だけに限られるとした。
 しかし、同日深夜、EUは、英国やアイルランドなどからEU離脱協定に違反するとして、猛反発を浴びたて、同日深夜に撤回に追い込まれた。
 EUは域内からのワクチン輸出の監視体制は実施して、ワクチンが域外に出て第三国に流れるようなら「使用できるあらゆる手段を講じる」とけん制をしている。
 1月31日、EUは英アストラゼネカ社が第1・四半期の新型コロナウイルスワクチン供給量を900万回分増やし、4000万回分にする見通しだと明らかにした。
 同社は欧州での生産能力も今後拡張するという。

 菅政権は、6月末までにPfizerやModerna、Astrazenecaの3社から、合計3億1400万回分(1億5000万人分)のワクチンを確保し、2月下旬に医療従事者に対しての優先接種を開始し、3月下旬には高齢者に対しての優先接種を始めるとしているが、ワクチン確保に懸念が生じ、スケジュール通りに実施できるのかどうか懸念が生じている。

新型コロナワクチン、変異種にも有効
 1月28日、米ファイザー社と独ビオンテック社は、両社が共同開発した新型コロナウイルスワクチンが英国と南アフリカの同ウイルス変異株に対しても有効だと発表した。
 両社はこの発表で、従来株と変異株の比較試験で「わずかな相違」がみられたが、これによって「ワクチンの有効性が大幅に下がる可能性は低い」としている。
 1月25日、米モデルナ社は、英国と南アフリカの変異株に対しても有効であることが実験で示されたと発表した。
 ただ南アフリカの変異株B.1.351に対して生成された中和活性の高い抗体は、従来株に比べ6分の1に減少。モデルナは今後、ワクチンのブースター(追加接種)を1回追加し投与回数を全3回とする方法の臨床試験(治験)を行うとし、南アフリカの変異株に対するブースターについてはすでに前期臨床研究を開始したことを明らかにした。
 1月21日のCNNニュースは、二つのワクチンについて、変異種に対しても予防効果があることを裏付けたとする研究結果が発表されたと伝えた。
 米ロックフェラー大学の研究チームは臨床試験の一環として、モデルナまたはファイザーのワクチンを2回接種した20人の血漿に対し、英国と南アフリカで確認された変異種2種の効果をテストした。その結果、ワクチンによって強力な抗体反応が生成され、数カ月から数年にわたって新しい抗体をつくり続ける細胞も生成されていることも判明。変異したウイルスは一部の抗体を免れることができていたが、被検者の身体はそのウイルスに対して違う種類の抗体を送り込んでいたことが判明した。
 研究チームは「たとえ効力が減退したとしても、全体的な反応は圧倒的で、問題にはならないはずだ」と説明している。
 一方、ファイザーが製造・販売するワクチン開発にかかわった独ビオンテックのウール・シャヒン最高経営責任者(CEO)のチームは、英国の変異種に対するワクチンの効果をテストした結果、「中和活動に生物学的に有意な差はなかった」と報告した。それでも念のため、ワクチンの改良に着手することが賢明だろうと述べている。

新型コロナウイルスは変異する 米英の研究者が確認 ワクチンが無力化する懸念




世界の主なワクチンの開発状況

出典 ニューヨークタイムズ 3月16日

 New York Times(1月14日)によると、現在、開発中の新型コロナウイルスのワクチンは、世界各国で約180以上、その内、ヒトを対象にした臨床試験を開始したワクチン候補は113に上り、第1相臨床試験が44、第2相臨床試験が32、第3相の最終段階の臨床試験が22、認可(限定使用を含む)されたものが13となっている。
 認可されたのはPhizer/BioNTech(米独)、Moderna(米)、Oxford/Astrazeneca(英)、Sinofarm(中国)、Cansino(中国)、Sinovac(中国)、Sinovac(武漢生物制品研究所)の7種類、限定使用認可されたのは、、Gamaleya(ロシア)、Vector Institute(ロシア)、Bharat Biotech(インド)、J&J(米)など6種類である。
 世界初の認可となったワクチンは、Cansino BiologicsのAd5-nCoVで、2020年6月、中国人民軍限定の利用認可を得た。中国では、その後、Sinovac、Sinofarm、武漢生物制品研究所製の4つのワクチンが認可されている。ロシアはGamaleya Research Instituteが開発しているSputnik-Ⅴを、2020年8月、第2/3相臨床試験の結果を待たず認可し、さらにシベリアのノボシビルスク州にある国立ウイルス学・生物工学研究センターが開発したワクチン候補も認可した。
 一方、University of Queensland(オーストラリア)やMerck(米)のワクチン候補など4つは開発中止となった。



新型コロナウイルス ワクチンの種類 遺伝子ワクチン ウイルス・ベクター・ワクチン プロテイン・ベース・ワクチン 不活性化ワクチン

イギリスでオックスフォード・アストラゼネカのワクチン接種開始
 1月4日、イギリスで、オックスフォード大学と製薬大手アストラゼネカが共同開発したワクチンの接種が、オックスフォードとロンドン、サセックス、ランカシャー、ウォリックシャーの6つの病院で始まった。
 マット・ハンコック保健相はこれについて、イギリスのコロナウイルスとの戦いの「転換点」になると話した。この日だけで53万回分のワクチンが用意された。
 ワクチンは2回接種する必要があるが、イギリスでは最近の急激な感染者数増加を受けて、国民保健サービス(NHS)はワクチンの2度目の接種時期を21日後から12週間後に先延ばにした。
 2度目の接種時期を遅らせる策はイギリスの保健当局高官も支持しており、1回目のワクチンを打った人数を増やすことが「より好ましい」としている。
 イギリスでは昨年12月に米ファイザーと独ビオンテックのワクチンの接種が始まり、これまでに100万人以上が1回目の接種を終えている。
 オックスフォードとアストラゼネカのワクチンは一般的な冷蔵庫での保管が可能で、ファイザー製に比べて流通と保管が簡単なことが特徴で、価格も安価だという。
 イギリス政府はこのワクチンを人口全体に十分に行き渡る1億回分を確保している。すでに接種施設がイギリス各地に約730カ所整備されており、今週後半には計1000カ所を超える見込みだという。
 一方、イギリスのボリス・ジョンソン首相は同日、国内で新型コロナウイルスの変異株が拡大する中、イングランドで5日から2月中旬まで新たなロックダウンを実施すると発表した。住民は特定の理由を除き、外出ができなくなる。今後数週間は「これまでで最も困難な状況」になるだろうと警告、イギリスが新型ウイルスとの「闘いの最終段階」に突入していると述べた。
 1月6日、欧州医薬品庁(EMA)は、米モデルナ社のワクチンを承認した。昨年12月27日に承認されて接種が開始されている米ファイザー社と独ビオンテック社のワクチンに次いで2例目となる。
 日本政府このワクチンについて、1億2千万回分(6千万人分)の供給を受ける契約を結んでいる。

ファイザー製ワクチン接種の医療従事者にアレルギー反応
 12月19日、米CDC(疾病対策センター)は、米ファイザー社などが開発したワクチンを接種した人のうち6人が、接種後に激しいアレルギー反応である「アナフィラキシー」の症状を示したことを明らかにした。その内1人は過去に狂犬病のワクチンを受けた際にアレルギー反応が出たという。米国ではこの1週間で55万6208人がファイザー社のワクチンの接種を終えている。
 米FDAは、ワクチンに含まれる「ポリエチレングリコール」が関係している可能性もあるとして調査する考えを示した。mRANという物質は極めて壊れやすいために、「脂質ナノ粒子」というベクター(遺伝子の運び屋)で覆って保護するが、その膜が「ポリエチレングリコール」で生成されている。
 最初に米国で同ワクチンに対するアレルギー反応が報告されたのは12月15日、米アラスカ州の衛生当局は、州都ジュノーの病院で米ファイザー社と独ビオンテック社が開発した新型コロナウイルスワクチン接種を受けた女性医療従事者にアレルギー反応が出たことを明らかにした。
 担当医によると、この女性は接種から10分以内に体のほてりを感じ、その後息切れや心拍数増加などの症状が表れた。米衛生当局は、アレルギー反応が起きた場合でも治療できる態勢は整っていると強調した。
 アラスカ州の最高医療責任者アン・ジンク氏は、「英イングランドでファイザーとビオンテックの新型コロナウイルスワクチン接種を受けた人たちにアナフィラキシー(全身のアレルギー反応)が報告されたことを受け、我々もこのような副作用が起こり得ることは想定していた」と述べ、州内で承認されたワクチン接種施設は全て、アレルギー反応に対応するための医薬品を常備する必要があると語った。
 担当医のリンディ・ジョーンズ医師によると、アレルギー反応が出た女性医療従事者は、15日に接種を受けた直後は経過観察区域にとどまっており、抗アレルギー薬のベナドリルを服用したが、息切れの症状を訴えたため集中治療室(ICU)に移された。 女性には息切れや心拍数増加の症状があり、顔から胴体にかけて発疹が出ていた。「アナフィラキシー反応が懸念されたので、エピネフリン筋肉注射の標準治療を行ったところ、すぐに反応した」とジョーンズ医師は話し、抗ヒスタミン剤も投与し、それでもまだ心拍数が高く呼吸が速いといったアレルギー反応の兆候があったため、もう1回エピネフリン注射を行ってステロイドを投与したという。
 女性はそれまでワクチンに対してアレルギー反応が出たことはなかった。ジョーンズ医師はICUに1晩入院した後はほぼ回復したと説明している。(CNN 12月16日)
 
米FDA、ファイザーのワクチン緊急使用承認 接種開始  
 12月14日、 米国で、米ファイザーが独ビオンテックと共同開発した新型コロナウイルスワクチンの接種がニューヨーク州で始まった。
 一番手はロングアイランド・ジューイッシュ・メディカル・センターの集中治療室(ICU)で働く看護師だった。 
 米国ではこの日、新型コロナ感染症による死者が累計で30万人を超えた。ワクチン接種の開始で、米国のコロナ対策の転換点となる可能性に期待が集まっている。
 米国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長はMSNBCに対し、米国では一般国民へのワクチン接種が「3月末から4月初旬まで」、もしくは「2021年第2・四半期末、春の終わりまで」に始まる可能性があるとし、「秋にかけて一定の安心感を得らえるようになるだろう」と述べた。

 12月11日、FDAは、米ファイザーと独ビオンテックが共同開発した新型コロナウイルスワクチンの緊急使用を許可した。緊急使用許可(EUA)が下りたことを受け、米国の保健当局、地方自治体、病院、物流業者は、ただちに接種に向けて動き出している。
 12月13日、ファイザー社のミシガン州の工場からアメリカ各地の145カ所の医療機関に向けて次々に発送が始まった。16日までに約300万回分が636カ所に運ばれる予定だ。
 最大都市のニューヨーク市は、14日にワクチン配布などの統括センターを開設する計画を発表。デブラシオ市長は会見で「これは物流だけの問題でなく、いかに公平を期し市民の信頼を確保するかという点で前例がない」と語った。 FDA諮問委員会は今週、米モデルナのワクチンの緊急使用許可を認めるかどうかも検討する。
 さらに12月18日、米食品医薬品局(FDA)は、米バイオ医薬品企業モデルナが開発した新型コロナウイルスワクチン、mRNA-1273の緊急使用を許可した。米国でコロナワクチンの緊急使用が認められるのは2例目となる。
 数日中に18歳以上の成人への接種が始まる見通し。年内に約2000万回分を米政府に納入する。
 一方、世界保健機関(WHO)は12月31日、米ファイザー/独ビオンテックのワクチンの緊急使用を承認した。

英国、コロナワクチン接種開始 接種の2人に強いアレルギー反応、英が注意喚起 
 12月8日、新型コロナウイルス危機が発生してからほぼ1年、米ファイザー社と独ビオンテック社が開発したワクチンの大規模な接種が英国で始まった。ハンコック保健相はこの日をワクチン(Vaccine)の頭文字から「Vデー」と呼び、戦勝記念日になぞらえた。世界で150万人以上の死者を出したウイルスとの闘いの転換点になるのか、英国がその最初のテストケースとなる。
 ワクチンはベルギーで製造され陸路と空路で英国に運ばれた。
 英国民保健サービス(NHS)の発表によれば、80歳を超える高齢者と介護施設の職員、医療従事者が最初に接種を受ける。当初は約50の病院が取り組みに参加し、最終的には最大1000カ所のワクチン接種センターが開設されるとしている。
 国営医療制度「国民保健サービス(NHS)」のスティーブン・パウィス教授は「英国におけるコロナ禍の終わりの始まり」と宣言。その上で「史上最大の予防接種運動」を進めていくと強調した。
 人類と新型コロナウイルスとの闘いは、新たなステージを迎える。
 一方、12月8日、ワクチン接種に伴って重篤なアレルギー反応が2例、報告されたことが明らかになった。
 これを受けて、英医薬品当局は、深刻なアレルギー反応がある人はワクチンを接種しないように警告した。
 英国民保健サービス(NHS)の医療ディレクター、スティーブン パウイス氏は、ワクチン接種でアナフィラキシー反応が報告されたとした上で「過去に深刻なアレルギー反応があった人はワクチン接種を受けないよう、英国医薬品庁(MHRA)から予防的忠告があった」と述べた。アレルギー反応を起こした2人は無事に回復しているという。
 MHRAは、アレルギー反応に関する追加情報を求めると表明、2社は調査に協力するとした。(Reuters 12月10日)

 アメリカのジョー・バイデン次期大統領は8日、新型コロナウイルス対策として、来年1月20日の就任から100日間でワクチン1億回分の提供を目指すと表明した。

ワクチン接種を無料化 改正予防接種法が成立 接種で健康被害 政府が補償へ 
 新型コロナウイルスワクチンの接種無料化を柱とする改正予防接種法が12月2日の参院本会議で全会一致で可決、成立した。費用は国が全額負担し、実施主体は市町村となる。国は、接種によって健康被害が生じた場合の損害賠償を肩代わりする契約を製薬会社側と結べるようになる。
 改正法により、国民には原則として接種の「努力義務」が生じるが、あくまで「任意」とし、ワクチンの有効性や安全性が十分に確認することが条件としている。接種費用は全額を国費でまかない、新型コロナ対策として計上した予備費を活用する方向である。
 今年の8月、政府は新型コロナウイルス対策本部で、来年前半までに、すべての国民に提供できる数の確保を目指し、安全性や有効性が認められるものは国内産、国外産を問わず、供給のための契約を順次、進める方針を示した。9月にはワクチン確保に6714億円の予備費支出を閣議決定している。

 また、早期にワクチンを供給する環境を整えるため、政府は副作用や副反応で健康被害が起きた場合、民事訴訟などによる製薬会社の損失を国が補償する方針も固めた。
 各国でワクチンの獲得競争が激化している中で、製薬会社側が日本へ供給しやすくするための法整備に乗り出す方向だ。接種で健康被害が出た場合、責任を負う可能性のある製薬会社に代わり、政府が補償する仕組みを作る。次の国会で関連法案を提出する見通しという。
 政府はこれまでに、米製薬大手ファイザーや英アストラゼネカから供給を受けることで基本合意し、来年前半からの接種を目指している。
 8月21日、政府は、ワクチンが実用化された場合の接種の在り方に関する提言をまとめ、重症化リスクがある高齢者や基礎疾患を持つ人、新型コロナの診療に当たる医療従事者に優先的に接種する方針で合意した。救急隊員や保健所職員を含めることも「議論が必要」とした一方で、高齢者施設で働く人や妊婦については「検討課題」とした。
 これを受けて、政府はワクチンの接種順位を含めた方針を策定する。
 新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は「一般的に呼吸器ウイルスに対するワクチンは効果が非常に限定的だ」と述べて過剰な期待をしないよう求め、副反応など安全性の監視を強化するよう促した。

AstraZeneca社 ほとんどの国で製造物責任免責


英アストラゼネカのワクチン、有効性平均70%、最大90%にも 深刻な副作用なし 米FDA 12月10日認可へ
 11月23日、英製薬大手アストラゼネカ社は、英オックスフォード大学と共同開発している新型コロナウイルスワクチンの臨床試験(治験)の中間結果を発表し、深刻な副作用を起こさず感染を予防できる有効率が最大で約90%だと明らかにした。
 米FDAのワクチン委員会は12月10日に認可の是非を決める予定で、早ければ翌11日から新型コロナウイルスのワクチンが提供される見通しだ。米政府のワクチン開発計画の科学主任、モンセフ・スラウイ博士が、22日、CNNに出演して明らかにしたもので、認可から「24時間以内にワクチンを接種拠点へ運ぶ」計画だと述べた。
 同社は年内に最大2億回分のワクチンを製造すると表明。競合の米ファイザーは年内に5000万回分の製造を目指すとしており、アストラゼネカの目標はその4倍に相当する。来年3月末までには世界で7億回分のワクチン供給を目指す。
 この中間結果は、英国とブラジルで実施している後期治験データに基づいたもので、初回は半分の量を投与し、少なくとも1カ月の間隔を置いて、2度目は全量投与した場合の有効率が90%だったという。
 有効率は、すなくとも1カ月の間隔を置いて計画通りに全量を2回投与した場合は62%。2種類の投与方式を合わせた分析では平均70%だった。いずれの結果も統計的に有意だとしている。初回は半分の量にする投与方式が有効率が高かったが、その理由は明らかでない。
 アストラゼネカのワクチン開発関係者は、1回目に半分の量を投与したのは偶然の「セレンディピティー(偶然の幸運)」だったと指摘。4月末ごろに英国内の治験参加者に投与した際、疲労感や頭痛、腕の痛みなどの副作用が予想よりも軽度だったことに気付き、調べたところ投与量が計画の半分だったことが分かったが、そのまま治験を継続し、予定された間隔をおいた後に全量を投与したという。
 ワクチンの安全性について深刻な事象は確認されなかったとしている。
 アストラゼネカは今後、各国の医薬品当局に治験データを提出する準備に入る。また世界保健機関(WHO)の緊急使用医薬品指定も目指す。これと並行して中間データの完全な分析を、査読を行う医学誌に送る。
 アストラゼネカのワクチンは、従来型のウイルスベクターワクチンで、ヒトに対して病原性のない、または弱毒性のウイルスベクター(運び手)に抗原たんぱく質の遺伝子を組み込んだ組み換えウイルスを投与するもの。これに対し、ファイザーやモデルナのワクチンにはメッセンジャーRNA(mRNA)という新技術が用いられている。
 ワクチン1本分の価格はわずか4ドル程度と、ファイザーやモデルナのワクチンと比べて格安。さらに2─8度での管理2─8度で30日間保存でき、保存や輸送が容易だという。これに対してファイザーのワクチンはマイナス70度以下の超低温で保存する必要がある。
 英国のハンコック保健相は「ワクチンの配布プログラムの大部分が1月、2月、3月に行われる予定で、イースター(復活祭)以降、状況が正常に戻り始めるよう願っている」と述べた。
 インペリアル・カレッジ・ロンドンのダニー・アルトマン教授(免疫学)は、「後期治験の断片的なデータを比較すると、アストラゼネカ、ファイザー、モデルナのワクチン効果に大した差はなく、1年後には3つのワクチンを全て使用し、約90%の予防効果が得られるようになるのではないか」と話した。



オックスフォード大/アストラゼネカ ワクチン 抗体とT細胞の「二重防御」の可能性 飛躍的進歩か

英AstraZeneca 米で治験再開 「説明のできない」有害事象発生 最終段階の治験一時中断

厚労省 英AstraZenecaと1億2000万回分のワクチン供給で合意 武田薬品 5000万回接種分を国内供給

英AstraZeneca 日本での治験8月にも開始 「特例承認」目指す

英AstraZeneca 4億本のワクチンを欧州に提供

オックスフォード大学 臨床試験を開始 5000人にボランティアが対象

米ファイザー、緊急使用許可申請 治験でワクチン95%有効 クリスマス前の配布も
 11月20日、米ファイザー社は、独ビオンテック社と共同開発している新型コロナウイルスワクチン、「BNT162b2」の緊急使用許可(EUA:Emergency Use Authorization)を米食品医薬品局(FDA)に申請した。コロナワクチンの緊急使用許可申請は米国内で初めて。 
 これに先立って、11月18日、同社は「BNT162b2」の臨床試験(治験)で95%の予防効果が確認され、重篤な副作用も見られなかったとする最終結果を発表し、2カ月分の安全データもそろっているとして数日以内にFDAに緊急使用許可(EUA)を申請すると表明。 FDAの諮問委員会が12月中にも治験データを検討する見込みとした。米欧で12月中にも緊急使用許可が承認される可能性が大きくなった。
 これに対して、アザー厚生長官は「2つの安全で効果のあるワクチン(Moderna/Pfizer)をFDAが数週間で認可して配布するだろう」と述べ、FDAによって緊急承認されるという見通しを示した。承認後、24時間以内にワクチンを供給する準備が整えられ、早ければ年末までに約2000万人分が供給されるだろうとした。
 ファイザーが公表したデータによると、臨床試験には4万3000人を超える治験者が参加し、「BNT162b2」を接種するグループとプラセボ(偽薬)に分けて、約3週間の間を空けて2回接種した。
 この内、170人が新型ウイルス感染症(COVID-19)に感染。感染者のうちワクチンの接種を受けていたのは8人にとどまり、残りの162人はプラセボ(偽薬)の接種を受けていた。このことから、有効率が95%だったと確認されたとした。
 また、感染して重症となった被験者10人のうち、プラセボではなくワクチンの接種を受けていたのは1人のみだった。リスクが高いとされる65歳以上の年齢層でも有効率は94%を超え、ファイザーはワクチンの効果は人種や年齢を問わず一様だったとしている。副作用については、おおむね軽度ですぐに解消したと報告。ワクチン接種を受けた被験者の2%超が疲労感を訴えたとした。
 ファイザーとビオンテックは世界各国に薬事当局にデータを提出するとともに、査読(ピアレビュー)を受けた論文を科学誌に提出するとしている。
 ビオンテックのウグル・サヒン最高経営責任者(CEO)はロイターに対し、FDAから12月前半、もしくは同月後半の早い時期に緊急使用許可の承認を得られる可能性があり、欧州連合(EU)の条件付き使用許可も12月後半に得られるだろうとして、「全てがうまく行けば、クリスマス前の配布開始が可能になる」と述べた。(出典 Reuters 11月18日)
 両社が開発している「BNT162b2」はメッセンジャーRNA(mRNA)技術に基づくもの。遺伝子を人工的に合成するため、短期間で大量のワクチンを製造できる利点がある。一方で、同社のワクチンはマイナス70度以下の超低温で保存する必要があるが、通常の冷蔵庫でも最大5日間は保存可能という。
 年内に2500万人分に当たる5000万回分のワクチンを製造し、2021年には最大で13億回分を製造する予定だと改めて表明した。
 また、日本でも、第1相/2相臨床試験が行われており、日本政府と1億2000万回分を供給することで合意している。実用化すれば国内で接種される主力ワクチンの一つになる。さらに欧州連合(EU)、英国、カナダとも供給契約を結んでいる。
 11月9日、ファイザーは中間発表で「有効率が90%を超えた」としたが、これを受けて、週明け11月9日のニューヨーク株式市場ダウ平均株価は急反発して、ことし2月につけた取り引き時間中の最高値を更新し、3万ドルに迫った。
 終値は、先週末に比べて834ドル57セント高い、2万9157ドル97セント。アメリカの大統領選挙で民主党のバイデン前副大統領が勝利を宣言したことに加え、新型コロナウイルスのワクチン開発の期待から、幅広い銘柄に買い注文が集まった。
 これを受けて、日経平均株価は2万5000円を上回りバブル後の最高値を更新した。
 まさに株式市場は「ワクチン相場」になっている。

Pfizer/BioNTechのワクチン、BNT162b2 米政府が1億回分を確保 2回接種で1人分39ドル

米モデルナ 緊急使用許可申請 有効率94.1% 
 11月30日、米モデルナ社は、新たな分析で重大な安全性の問題は浮上せず、コロナに対する高い予防効果が示されたとして、緊急使用許可申請(EUA)を申請した。 
 申請に伴って公表された一次解析では、約3万人と対象にワクチン候補あるいはプラセボ(偽薬:生理的食塩水)を接種するという後期臨床試験(治験)を実施、この内196人が新型コロナウイルスに感染した。196人の内、11人がワクチン候補を投与したグループ、185人が偽薬を投与したグループで、有効性は94.1%と、16日に公表された暫定結果(94.5%)とほぼ同水準だった。重症化が確認された30人はいずれもプラセボを接種した被験者で、重症化の予防には100%の有効性が示唆されたとした。
 このワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンで、遺伝子を人工的に合成して製造するため、短期間で大量のワクチンを製造できる利点がある。
 同社のホーグ社長は「『ワープ・スピード作戦』を通じて数時間以内に出荷する用意があり、すぐに供給を開始できる」として、2021年には需要に応じて国内外の製造拠点に分けて5億~10億回分のワクチンを製造する方針を示した。
 新型ウイルスのワクチンを巡っては輸送方法が懸念されているが、モデルナのワクチンは通常の冷蔵庫の庫内の温度である2~8度で30日間の保存が可能。マイナス20度では最大6カ月の保存が可能になる。一方、ファイザー社のワクチンはマイナス70度の超低温での保存が必要となる。
 「ワープ・スピード作戦」のワクチン担当責任者、マシュ―・ヘップバーン氏は、モデルナのワクチンについて、通常の冷蔵保存が可能なことから、遠隔地域などへ容易に配布できると指摘。「長期試験が完了すればさらなる安定化も期待でき、慎重ながら楽観的に考えている」と述べた。  
 また米国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長は「ワクチンはトンネルの先にある光だ」とした。
 米政府は8月、1本15ドルで1億本のワクチンを購入する契約をモデルナと締結。政府は開発資金として10億ドルをモデルナにすでに提供しており、政府が支払う1本分のワクチン価格は総額で25ドルとなる。(出典 Reuters 11月16日)
 米ファイザー社も認可申請を終えていて、12月中にも米国では2種類のワクチンの緊急使用が始まり、年内に最大6000万回分、来年には10億回分を超えるワクチンが米国内で供給される可能性が濃厚となった。
 週明け16日のニューヨーク株式市場ダウ平均株価は、新型コロナウイルスのワクチン開発への期待から3万ドルの大台に迫る水準まで値上がりし、ことし2月につけた終値としての最高値を9か月ぶりに更新した。17日の日経平均は、29年5カ月ぶりに2万6000円台を回復した。

Mederna RNA-1273 最先端の遺伝子技術を駆使して開発するmRNAワクチン

モデルナModerna  BioNTech /Pfizer 最終段階の第三相臨床試験開始 「年内の実用化可能」
Moderna ワクチン価格32-37ドル


モデルナのコロナワクチンで患者全員が抗体を獲得-初期臨床試験 27日ごろから後期大規模治験へ


ABC NEWS 7月27日

米モデルナ、臨床試験延期の報道 株価一時7%安

Mederna RNA-1273 最先端の遺伝子技術を駆使して開発するmRNAワクチン


出典 BBC NEWS

米、規制当局の承認後すぐに配布開始 コロナワクチン計画

「ワープ・スピード作戦」 トランプ政権の賭け ワクチン開発でコロナ禍克服

BARDA( 米生物医学先端研究開発局)  NIH(米国立衛生研究所) NIAID(米国立アレルギー・感染症研究所) CDC(米疾病予防管理センター)


COVID-19の構造








作成 IMSSR


新型コロナウイルス SARS-CoV-2 出典 NIAID-RML




2021年2月20日
Copyright (C) 2021 IMSSR



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廣谷 徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute(IMSSR)
President
E-mail
thiroya@r03.itscom.net
imssr@a09.itscom.net
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肖像権 パブリシティ権 プライバシー権

2021年05月22日 11時42分57秒 | 肖像権
Ⅰ 私たちの「顔」は誰のもの? ~肖像権(Portrait rights)~

深層情報 Media Close-up Report 「呪われた」2020東京五輪 速報 「緊急事態宣言」下でも五輪開催明言 コーツIOC副会長

国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)




 映像素材(Image source)を扱うアーカイブやライブラリーの担当者なら「肖像権」という言葉を一度は聞いたことがあるであろう。世界各国でも「肖像権」という権利は、幅広く浸透してきた。
しかし、権利を明確に規定する法律がある国はまだ少ないといわれている。
こうした状況の中でも、フランスでは大統領夫妻の写真を無断で航空会社が広告に使用し、慰謝料支払いを命令されたり、アメリカでは、女優マリリン・モンローの肖像権は消滅しており、遺産管理団体へ使用料を支払う必要はないという判決が下されたり、日本では、繁華街を歩く女性をウエッブに掲載し、肖像権侵害で損害賠償支払い命令を受けたりして、世界各地で「肖像権」をめぐるトラブルが続発している。
勿論、映像には「著作権」があり、映像使用するには著作権処理が必要である。「肖像権」は「著作権」とは別の権利で、映像の中に写り込んでいる肖像に対する権利なのだ。
 「肖像権」の解釈の仕方は、世界各国で少しずつ異なる。本稿では、日本における「肖像権」の情報を中心にまとめた


Ⅱ 肖像権の二つの構成要素 「プライバシー権」(Privacy rights)と「パブリシティ権」(Publicity rights)

 日本では、「肖像権」を規定する明確な法律は存在しない。
 しかし、「肖像権」を巡っての訴訟がたびたび起こされ、判例の積み重ねの中から「肖像権」という権利の内容が少しずつ明らかになっている。

 「肖像権」には、「肖像プライバシー権」と「肖像パブリシティ権」の二つ構成要素があるとしている。
 「肖像プライバシー権」とは、『その承諾なしに、みだりにその容貌、姿態を撮影されない自由』(撮影拒否権)という権利だ。また、撮影された自分の肖像を無断で使用や公表をさせないという権利(公表拒否権)も存在する。
「肖像プライバシー権」は「人格権」とも呼ばれ、あらゆる人が保有する基本的な権利である。
これに対して、「肖像パブリシティ権」とは、肖像の経済的な利益を専有する一種の「財産権」である。著名な俳優、芸能人、スポーツ選手などの肖像や氏名は、CMなど商品の宣伝で利用され、パブリシティ(顧客吸引力)と呼ばれる経済的価値が存在する。米国で確立していった概念で、ニューヨーク、カリフォルニアなどアメリカの一部の州は、パブリシティ権に関する法律があるという。日本では「肖像パブリシティ権」規定する法律は存在しないが、関連する訴訟の判決の積み重ねの中で、少しずつ認め始められた権利だ。



*「肖像権」、「肖像プライバシー権」、「肖像パブリシティ権」の関係は図1を参照

Ⅲ-1 通行人や群衆の肖像はどうなる?~市民の肖像プライバシー権~

 ロンドンやパリ、東京の繁華街の町並みを撮影すると、画面には必ず市民が映り込んでいるだろう。こうした映像に映っている市民は自分の肖像権を主張できるだろうか? アーカイブやライブラリーは、このフッテージを自由に売ることは可能なのだろうか?

 日本の場合では、「条件付き」でYESだ。

 その映像を見た時に、映っている人が誰だが「容易に」特定できない程度の小さなサイズの場合は肖像権侵害にならない。繁華街のワイドショットやロングショットに群衆として映りこんでもまず問題はない。

 映っている人が誰かが特定できるサイズで人が映りこんでも、「受忍限度」の範囲なら問題はないとされている。
 日本では、「受忍限度」として下記のような例が挙げられる。
1 撮影した映像の中に「偶発的」に、特定の個人が写りこんだ場合
   繁華街で記者がリポートしている背景に写りこんだ通行人
2 不特定多数の人混みや群衆を撮影している中に特定の個人が写りこんだ場合
   商店街の人ごみ 駅の通勤者の群れ 横断歩道を渡る市民
   空港の混雑
3 季節の風物を写した「風景」映像に人が写りこんだ場合

 しかし、雪道で転倒したり風で服装が乱れたりするシーンや、海水浴場、プールで水着着用の人の映像や、過度にその人に焦点をあてて、顔がはっきりとわかるように撮影した場合などは、「受忍限度」を超え、プライバシー侵害と判断される場合もある。
 また写される人が撮影を明らかに拒否した場合や、「隠し撮り」など不適切な取材方法で撮影した場合も同様だ。
 また、利用目的の公益性が問われる場合もある。

 東京・銀座で歩いていたところを無断で写真撮影され、ウエッブに掲載された東京都内の女性が、肖像権を侵害されたとして損害賠償を求めた訴訟で、裁判所は「無断撮影や顔がわかる形での掲載は違法だ」と認め、慰謝料の支払いをウエッブ運営者に命じた。
 有名ブランドのTシャツを着ていたこの女性を無断で撮影し、ファッションの紹介サイトに女性の顔がわかる写真が掲載した。その後、別の掲示板サイトに女性を中傷する書き込みがされ、女性は精神的苦痛を受けたという。
 判決は「写っているのが原告だと特定されない形で掲載してもファッションを紹介するという目的は達成できる」と指摘し、「表現行為として正当だった」という被告側主張を退けた。

 このウエッブ運営者は、「悪意」を持ってこの女性を撮影し、ウエッブに掲載したわけではないか、掲載後の予期しなかった中傷行為の発生で、結果として「肖像権侵害」という責任を取らされたと言える。

 特定の個人に焦点を合わせて撮影し、その個人が識別可能な映像には十分配慮が必要で、トラブルを避けるためには、本人の承諾を取るのが基本だと思われる。



 * 図2 横断歩道を渡る通勤者のNHKの取材映像。ほとんどが「後ろ向き」の姿を撮影する。

Ⅲ-2 アメリカ イギリス ドイツ ~市民の肖像プライバシー権~

 アメリカでは、憲法修正第1条 (The Constitution #1 of USA)で掲げている「言論もしくは出版の自由」(The freedom of speech, or of the press)が、著作権や肖像権のトラブルでもかならず議論される基本権利だ。「表現の自由」(Freedom of expression)は尊重するという考え方が最初にある。
 こうした中で、「群衆の中の顔」や「偶発的使用」という概念があることが知られている。
米国・カリフォルニア州の民法(Civil Codes)は、ニュース、公共的事件、スポーツ放送、解説等で氏名、声、署名、写真を使用することは、同意を要しないと規定している。
スポーツイベントの群衆、街頭や公共的な建物での群衆、劇場や演劇の顧客などを例示としてあげ、「写真が撮影された時点で、そこに居合わせた結果として写真の中に表現され、個人としてはより分けられていないこと」(「群衆の中の顔」)と規定している。
「偶発的使用」は、ニューヨーク地裁判決が知られている。ニューヨークの夜景を実写した映画のタイトルの中に娼婦二人が客引きしているシーンがあり、その中の一人がニューヨーク州法のプライバシー権に違反するとして訴えたものだ。裁判所は「偶発的な使用に過ぎない」として、この訴えを退けている。
 ただ、トラブルを避けるために、映画やドラマのロケーションの場合は、市民の写り込みを徹底して避けるのが通常の手法だという。偶然に市民が写り込んだ場合は、その場で、スタッフが駆け回り、一人一人許諾を求めているという。

 一方、イギリスでは、肖像権と著作権が同じ法律で規定されており、①偶発性、②非本質性、③従属性、④単なる背景性などの要素を検証して、4つの要素のうちどれか一つでも該当すれば、「実質的でない利用行為(付随的利用)」として、肖像権や著作権侵害とならないと明示している。「表現の自由」を幅広く認めている。

 ドイツでは、「美術および写真的著作物に関する法律」の中で、肖像権の条文がある。
「肖像は肖像本人の承諾を得なければ、これを頒布し、又は公衆に提示することができない。肖像本人の死後においては、10年を経過するまでは、その親族の許諾を要する。」としている。
しかし、「肖像権の制限」の条文あり、以下の4つの条件にあてはまる場合は、承諾なしで頒布したり、公開することができるとしている。
①現代史の領域に属する肖像
②人物が風景又はその他の場所に単に附随しているにすぎない画像
③描かれた人物が参加した集会、パレード及び同様の催しの画像
④注文によらずに作成された肖像。但し、頒布又は展示がより高い芸術の利益に資する場合に限る。
 またドイツにおいては「パブリシティ権」に相当する権利は存在しない。

Ⅲ-3 政治家や著名人の肖像プライバシー権

 著名人の場合、肖像権(プライバシー権)は大幅に限定されている。
 皇室、大統領、首相、閣僚、政治家、官僚、大企業の幹部、団体の代表者等いわゆる「公人」も同様だ。
 但し、撮影の場所が自宅や病院など「私的領域」で行われた場合や、撮影の手段が著しく不当な場合はプライバシー権侵害に該当する場合もあるとしている。しかし、ほとんど場合は、問題にならないと思われる。

 こうした考え方は、アメリカで発展したものである。
 アメリカでは、著名人のプライバシーは、「公的存在の法理」(著名人の法理)として定着している。「自己の業績、名声、生活方法などによって公的存在(著名人)となった者や、公衆がその行為や性格に興味を持つであろう職業を選択することによって公的存在となった者は,プライバシーの権利の一部を失う」という法理だ。
 肖像権(プライバシー権)もこの法理の対象だ。
 アメリカでは、政治家のほか、公務員、発明家、俳優、音楽家、スポーツ選手などにこの法理が適用されるとしている。


Ⅳ 著名人(セレブリティ)の「顔」は財産?~肖像パブリシティ権~
 これに対して、著名人については、肖像パブリシティ権が重要なポイントになる。
 映画俳優、歌手、スポーツ選手などの著名人(セレブリティ)に対しては、肖像や氏名の経済的価値を利用する権利、パブリシティ権が多くの先進国で認められている。著名人はこれを根拠に対価を請求することができる制度だ。
 日本では、有名人(セレブリティ)は、自分の肖像や氏名を商業的目的で使用されるとパブリシティ権が主張できる。
 CMなどの広告・宣伝、肖像や氏名を商品化(カレンダー、ブロマイド、写真集など)、肖像や氏名を利用した商品(スナック菓子、飲料、スポーツ用品)、肖像や氏名をジャッケトに使用したDVDやCD、専ら特定の著名人の肖像や氏名だけを掲載した出版物などだ。
氏名や肖像が商品やサービスの販売促進目的で使用し、顧客求心力を利用する場合が該当すると考えられている。
こうした中で、俳優やタレントなどが所属している芸能プロダクションの団体、日本音楽事業者協会は、「Stop! 肖像権侵害」というスローガンを掲げ、俳優やタレントの小さな顔写真70枚余りを並べて「この顔は私たちの財産」というコメントを付けて肖像権啓蒙キャンペーン始めている。パブリシティ権を主張する風潮は最近さらに高まっている。



 * 図3 「Stop! 肖像権侵害」キャンペーン
 音楽事業者協会(Japna Association of Music Enterprises)のウエッブより


 但し、パブリシティ権を主張できない場合も多い。
 テレビや新聞、雑誌、DVD、ウエッブなどで、報道目的で、著名人の氏名や肖像が無断で使用されたとしても、パブリシティ権侵害にはならない。
 通常のテレビ番組(ニュース・情報番組、トーク番組)では、ほとんどの場合が「パブリシティ価値」を専ら利用していることにはならないので、問題になることはない。
 要は、肖像や氏名を商業目的で利用したかどうかが問題なのある。
 もちろん、著名人が俳優や歌手が、ドラマや舞台、ステージで実演している肖像は、パブリシティ権が認められない場合でも、実演家として権利はあるので、別途、権利処理が必要なのは言うまでもない。
 記者会見、イベントへの出席・挨拶、サイン会、空港での出発・到着時の肖像についてのパブリシティ権である。

 よく問題になるのは、猫や犬のペット、競走馬など動物のパブリシティ権である。これについては、そもそもパブリシティ権は「人」」与えられる権利なので、どんなに著名な動物でもパブリシティ権はないという判決が下され、決着した。同様に、建築物、乗り物、花も同様である。「物」には、パブリシティ権は存在しないのである。

 日本ではパブリシティ権に関する法制度は一切なく、その権利の内容は必ずしも整理されていない。個々の判例の積み重ねの中で、これから体系化していく段階にある。


Ⅴ 結び

 テレビ、映画、DVD、ウエッブ、そして新聞、雑誌。映像は、現代の情報文化を支える重要な担い手であることは間違いない。
 民主主義社会において「表現の自由」(freedom of expression)や「報道の自由」は根幹をなすものだ。
 映像文化の健全な発展は守らねばならいと考える。
 その一方で、撮影される側の権利意識の高まりにも配慮しなければならい。
 「撮影し公表する側の表現の自由」と「撮影される側の肖像権」、世界各国での基準はそれぞれ微妙に違うと思われる。映像を扱うアーカイブやライブライーはトラブルを避けるために、お互いに情報を交換しながら交流を深め、国際的な映像文化の発展に寄与していくべきだと考える。



参考文献
(1)  「著作権研究(連載2) 肖像権・撮る側の問題点」 著作権委員会
  (監修 北条行夫)
(2)  「著作権、情報モラルQ&A 」~街頭風景のなかでの肖像権の問題について~(社)コンピュータソフトウェア著作権協会
(3)  「ドイツにおける肖像の営利利用」 新潟大学  渡邉 修
(4)  「テレビ番組制作の法律相談」   梅田康宏 中川達也 角川学芸出版
(5)  「名誉・プライバシー保護関係訴訟法」竹田稔 堀部政男編 青林書院



ARCHIVE ZONES
The official journal of Focal International
Summer 2009 No 70


国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)


2015年4月14日
Copyright (C) 2015 IMSSR

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廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net / imssr@a09.itscom.net
URL http://blog.goo.ne.jp/imssr_media_2015
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ロンドン五輪スタジアム 改修費 サッカースタジアム ウェストハム 迷走 ロンドンオリンピックスタジアム

2021年05月11日 09時52分19秒 | 東京オリンピック
苦難の再出発 ロンドン オリンピック スタジアム



出典 LOCOG



 2006年10月、ロンドン・オリンピック組織委員会は、McAlpine(建設会社)、POPULOUS、Buro Happold(建設コンサルタント)のコンソーシアムによるオリンピック・スタジアム設計案を採用した。スタジアムは屋根が建物をまるごと覆う独特の外観で、「筋肉が人体を支持するのと同じ構造で、スタジアム自体が人体を表現する」と、デザイン案を評価した。
 設計者のPOPULOUSは、アメリカ・ミズーリ州・カンザスシティに本社を持つ、スポーツ施設及びコンベンションセンターなどの設計を専門とする設計事務所、建設コンサルタント。スポーツ施設やコンベンションセンターの設計から大規模イベントの企画までを専門とする建築設計事務所である。
 オリンピック・スタジアムは、ロンドン東部にあるオリンピックパークの敷地の一画にあった廃止されたドッグレース場の跡地に建設された。
 着工は2007年、2011年の竣工まで4年間を要した。 オープンは2012年5月。
 スタジアムは、広さ310メートル×260メートル、高さ67.7メートルの建物で、観客席は8万席、1層の恒久エリアの観客席が2万5000席、2層の仮設エリアの観客席が5万5000席である。当初は、2層の5万5000席はすべて大会後に撤去し、2万5000席にする計画だった。
 固定式の屋根で観客席を覆っているが、全体の観客席のうち1層前方の約40%が屋根に覆われていない構造だった。

 施工者は、ロンドン五輪の競技場や交通機関などのインフラ建設・整備を担当するODA(Olympic Delivery Authority)である。
 建設費は、ロンドン五輪招致時は、2億8000万ポンド(約413億3000万円)だったが、基本計画(2007年11月)作成時には約4億9600万ポンド(732億2000万円)と倍近くに膨れ上がり、見直し予算(2008年3月)では5億2500万ポンド(約773億5000万円)に達した。その後、経費削減が行われ修正予算では、約4億9600万ポンド((732億2000万円)に戻り、最終的(2012年9月)には4億2900万ポンド(約633億3000万円)となった。
 9レーンの陸上トラックはイタリアの会社Mondoによって設計され、最新のMondotrack FTXを使用された。


出典 Olympic Stadium 2012 ARC 5824 Advanced Studio2 Case Study

 スタジアム照明は、532個、2KWのLED照明器具が設置された。
 またスタンドにはTait Technologiesが開発した映像システムがあり、スタンドを巨大なビデオスクリーンとして機能させることができた。各座席の間にLED照明装置が組み込まれ、これを制御して様々な映像を表示する。このシステムは、主にオリンピックとパラリンピックの開会式や閉会式で使用することを目的とした
 2012年の夏季オリンピックの主競技場として、開閉会式と陸上競技が行われた。
 五輪大会終了後は、最終的には、観客席を54,000人に減築して、夏季期間は陸上競技やコンサートなどのイベントで使用、冬季期間はサッカー専用スタジアムとして使用する計画で決定された。撤去される仮設エリアの上部観客席は観戦しにくいとして評判が悪く、1層地上部の観客席とピッチとの間の距離が長く、サッカースタジアム向きではないとされていた。
 改修工事は、約2万5000席の観客席の撤去や、サッカー試合の観戦環境を改善するために陸上トラックの上を覆う「収納式」可動席(約2万1000席)の設置、観客席の全てを覆う屋根の設置(五輪大会開催時は約40%の観客席が屋根なし)をLLDC側の責任で実施する。


出典 Olympic Stadium 2012 ARC 5824 Advanced Studio2 Case Study

 改修工事費は、当初は1億5400万ポンド(約227億3000万円)と見積もられていたが、可動席の設置や屋根の設置費用が増え、最終的には3億2300万ポンド(約476億8000万円)に膨れ上がった。3億2300万ポンド(約475億8000万円)とは、新たに巨大スタジアム1個分を建設する費用に匹敵する破格の巨額経費である。
 改修工事費が3億2300万ポンドに上ったことで、当初、建設費の4億2900万ポンド(約633億3000万円)を加えるとオリンピックスタジアムの整備費の合計は7億5200万ポンド(約1100億1000万円)に膨れ上がった。
 * 為替レート  £=147.62円  2016年の平均レート

 2016年に改修工事は終了し、可動席を含めると約6万人収容となったスタジアムは再オープンした。
 2017年8月4日から8月13日には「世界陸上競技選手権大会」が開催され、2015年9月18日から10月31日まで開催された「ラグビーワールドカップ2015 イングランド大会」ではプール戦(予選)や三位決定戦の5試合が行われた。
 2019年6月29、30日の2日間、米大リーグ、MLBは、リーグ史上初めてロンドンで公式戦を開催し話題を集めた。歴史的な試合だったこともあり、MLBはリーグ屈指の好カードのヤンキース対レッドソックス戦を用意し、ロンドンスタジアムには2試合で約12万人(MLB発表11万8718人)の観客でスタンドは埋まった。
 MLBではすでに来年もロンドン開催を決定しており、カブス対カージナルス戦を2020年6月13、14日に行う予定になっている。


出典 Olympic Stadium 2012 ARC 5824 Advanced Studio2 Case Study

迷走 大会後の利用計画
 五輪スタジアムを大会後どうするのか、大会開催前から議論されていたが、政府の五輪大臣や関係者は、陸上トラックは維持すると決定した。
 2008年にロンドン市長に就任したボリス・ジョンソン(Boris Johnson)氏は、大会後は五輪スタジアムの観客席を、2層の5万5000席をすべて撤去し、2万5000席に大幅に削減してコミュティ施設とする計画を放棄し、プレミアリーグのサッカークラブを誘致して、大規模なスタジアムを維持するためにするという方針を示した。
 そもそも2006年の五輪スタジアムの当初計画時には、政府オリンピック委員会と五輪施設の整備を行うオリンピックデリバリー局は、大会開催後は、2万5000人収容の「90パーセント(減築)スタジアム」」にする計画で合意していた。
 ボリス・ジョンソン前市長はこの合意をあっさり覆したのである。

 こうした動きの中で、ロンドンを本拠地とする英プレミアリーグ加盟のクラブチーム、ウエストハム・ユナイテッド(FCWest Ham United Football Club)は、いち早く手を挙げた。ウエストハムはロンドン南部のアップトン・パーク(Upton Park)を本拠地にしていたが、施設が老朽化している上に、観客収容数も約3万5000人とコンパクなスタジアムで、ウエストハムは新たな展開を探っていた。
 ウェストハムは、ロンドン市長の方針に沿った陸上競技、コンサートやその他のスポーツをスタジアムで開催する「多目的スタジアム」を提案した。ホームスタジアムにする条件として、全座席を屋根で覆う屋根の設置費やサッカー観戦環境を改善する可動席の設置はなどスタジアムの改修を所有者であるLLDC(London Legacy Development Corporation)とニューハム評議会((Newham Council)の責任で実施することをなどを提示した。改修費用は所有者の負担である。
 これに対し、ウエストハムと同じロンドンを本拠地とするスパーズ(Spurs Tottenham Hotspur)はウエストハムの計画に異議を唱え、五輪スタジアム壊し、サッカースタジアムとして新たに再建し、陸上競技場はロンドン南部郊外にあるサッカースタジアム、クリスタルパレスを改修して整備するという再開発計画を提案して、ウエストハムと激しく争った。
 但し総経費はなんと約5億ポンド(約763億円)。
 もっともスパーズの計画は、「ロンドン五輪陸上競技の遺産の裏切りだ」という批判が五輪関係者から巻き起こっていた。
 サッカー専用スタジアムか陸上競技も開催する「多目的スタジアム」か、両陣営の間で非難と中傷合戦が繰り広げられた。

ウェストハムとスパーズ、サッカーチーム同士の争い
 2011年2月、ウェストハムは、五輪開催後にオリンピック・スタジアムを本拠地として使用する権利を勝ち取った。
オリンピック・スタジアムを巡っては、同じロンドンを本拠地とするスパーズも使用を申請していたが、LLDCが協議した結果、陸上トラックを残して多目的使用を可能とする総額9500万ポンド(約145億円)のウェストハムの再利用計画が、トラック撤去でサッカー専用競技場とする5億ポンド(約763億円)のトットナム案を退け、満場一致で推薦を受けた。
LLDCの関係者は、スポーツや文化、エンターテインメントなど、地域社会のニーズを考慮した上での決定であるとコメントした。一方、かつてウェストハムでプレーし、現在はトットナムで指揮を執るハリー・レドナップ監督は、陸上トラックを残すことで観客とピッチの距離が遠くなり、サッカーの観戦には不向きだと指摘した。
 2012年、スタジアムの所有者であるLLDC(London Legacy Development Corporation)は、コンペを実施してテナント組織を公募した。
公募にはウェストハムの他に、レイトンオリエント(Leyton Orient Football Club)、フォーミュラワン、UCFBフットボールビジネス(University Campus of Football Business)の合わせて4者が応募した。

ウェストハムの本拠地へ
 2013年3月23日、ロンドンのボリス・ジョンソン市長とニューハム評議会のロビン・ウェールズ市長は、最終的にウエストハムを長期アンカー・テナントとして選定し、ウエストハムとテナント契約を仮締結した。紆余曲折を経て難航したコンペはようやく決着した。
陸上トラックを残し、夏季期間は陸上競技やコンサート、その他のイベントをスタジアムで開催し、サッカーシーズンは、ウエストハムがサッカースタジアムとして使用する「多目的スタジアム」にするスキームで合意がなされた。ウエストハムはこれを条件に99年間の占有使用権(テナント料)を、年間250万ポンド(約38億2000万円)を支払うことでホームスタジアムとして使用する権利を手にした。ウエストハムは年間25日程度、サッカーのホームゲームで使用するとしている。
 仮締結が行われた際に見積もられた改修経費は、スタジアムとしては全座席を覆う最大級の片流れ式の屋根や陸上競技場のスタジアムを「サッカーモード」に改修するために整備する「格納式」可動座席、21,000席の設置などで、総額1億5400万ポンド(約235億1000万円)、すべてLLDC側が負担する。
 スタジアムを所有するLLDC(Boris Johnson議長)とニューハム評議会は、スタジアムの改修工事や運営を担うために、「E20スタジアムパートナーシップ」を設立した。
 * 為替レート  £=152.70円  2013年の平均レート

 ウェストハムが支払う年間250万ポンドのテナント料は、インデックス連動変動で、2016年/ 17年に支払ったテナント料は210万ポンド(約30億3000万円)で、2017年4月1日の増税後には230万ポンド(約33億2000万円)に増えた。
 これに対し、ウェストハムのライバルのアーセナル(Arsenal Football Club)は、エミレーツスタジアム(Emirates Stadium 収容人数 6万260人)のテナント料を、300万ポンド(約44億2000万円)を支払い、新しいプレミアリーグチャンピオン、チェルシー(Chelsea Football Club)は、スタンフォードブリッジ(Stamford Bridge 収容人数 4万1631人)に200万ポンド(約29億5000万円)を支払っている。
 * 為替レート  当時の年平均レート

 またウェストハムは、年間25試合を超えてホームゲームを開催した場合は、1試合につき10万ポンド(約1500万円)を支払い、リーグでToP Halfに入った場合や優勝した場合、さらに欧州カップに出場した場合などは追加金を支払う。ケータリングの収入は、50万ポンド(7300万円)までの利益はLDCCが収納し、50万ポンド超の利益は、70%/30%で案分するとしている。

 ウェストハムは、陸上競技の開催、可動式座席の運用コスト、長期維持費については、解決しなければならない問題が残されているとしている。特に「このスタジアムの問題は、陸上競技の座席移動のコスト、それが、この収益のすべての命題の根底にある」と述べている。

 一方、改修経費が膨張することが明らかになり、激しい批判を浴びる。
 LLDCが担当する改修工事費は、当初は1億5400万ポンド(約227億3000万円)と見積もられていたが、2014年9月、屋根の構造が複雑化して1億9300万ポンド(約284億9000万円)に膨れ上がりことが明らかになり、2015年には、「格納式」可動席の設置費用などが膨らみ、2億7200万ポンド(約401億5000万円)に引き上げられた。
 これまでの屋根は全座席の約60%しか覆っていなかったが、全座席を覆う屋根を新たに設置することがLLDC側に求められていた。新たな屋根は巨大で、世界でも最大規模の片流れ式の屋根となり、工事には北海の石油掘削装置で使用するために開発された先端技術を使用し、改修経費膨張の一因となった。



ウェストハムのホームスタジアムになったロンドンスタジアム 出典 e-Architect

改修経費 3億2300億円(約476億8000万円)に膨張 ロンド市長、スキームの見直しを表明 
 2016年5月、労働党のサディク・カーン(Sadiq Khan)氏はロンドン市長に選出された。前任者の保守党のボリス・ジョンソン氏の後任である。カーン氏はロンドン五輪スタジアムの改修費用が膨張したのは、「すべて前市政による混乱が責任」と批判した。
 2016年11月、カーン市長は、「前市長は2015年、スタジアムを改修費用が2億7200万ポンド(約401億5000万円)と発表したが、 実際には、5100万ポンド(約75億3000万円)以上の多い、3億2300万ポンド(約476億8000万円)であることが明らかになった」と述べて、スタジアム改修費用に関わるあらゆる問題について詳細な調査を指示した。
 3億2300万ポンド(約476億8000万円)に増えた主な原因を、サッカーの観戦体験を改善するために設置する可動座席の費用が 1億2300万ポンド(181億6000万円)増えたことだと明らかにした。また大画面デジタルスクリーンやスタジアムの外壁を覆う「ラップ」の整備費用などが増加したこともその原因としてあげている。

 大会終了後の改修費用が3億2300万ポンド(約476億8000万円)に膨らんだことで、建設費用の4億2900万ポンド(633億3000万円)を加えると五輪スタジアムの総額は7億5200万ポンド(約1110億1000万円)という巨額の経費に達することが明らかになった。

 改修費用膨張の主因となった「格納式」可動座席は、設置後も座席を移動するごとに多額の経費がかかることが明らかになって、問題化している。
 カーン市長が発表したデータによると可動座席の出し入れに必要な推定年間運用コストは、当初は30万ポンド(約4400万円)から800万ポンド(約11億8000円)に膨れ上がるとした。可動席の出し入れの作業は、24時間の突貫作業で行っても15日間が必要とされた。夏季シーズンの一ヶ月間、陸上競技などのイベント開催のために座席を移動する経費である。
 2017年夏にはスタジアムの座席の移動作業にかかった運用経費が1180万ポンド(約17億4000万円)だったことが明らかになっている。ワンシーズンでこれだけの経費をかけてもそれを上回る収入が陸上競技などの開催で確保できれば問題はないが、果たして達成できるのか問題視された。

 3億2300万ポンド(約476億8000万円)に膨れ上がった改修経費の原資は、LLDCが拠出する1億4880万ポンド(約219億7000万円)を中核に、ニューハム評議会が4000万ポンド(約59億円)(E20スタジアムパートナーシップへの35%の出資を振替)を融資、五輪開催予算の93億ポンドから4000万ポンド(約59億円)、さらに政府が2500万ポンド(約39億9000万円)を拠出した。また英国陸上競技は100万ポンド(約14億8000万円)を投資し、ロンドンマラソン慈善信託は350万ポンド(約51億7000万円)を提供すること賄うことが決まった。
 ウエストハムは、世論から巨額に膨れ上がった改修費の負担もすべきだと激しい批判を浴び、冬季期間のスタジアムのアンカーテナントとしての契約料、年間250万ポンド(約36億9000万円)を支払うことに加えて、改修費用としてさらに総額1500万ポンド(約22億1000万円)を寄付することで合意した。
 * 為替レート  £=147.62円  2016年の平均レート


ウェストハムのホームスタジアムになったロンドンスタジアム 出典 e-Architect

スタジアムの運営経費も問題化
スタジアムの運営経費はスタジアムを所有するロンドンレガシー開発公社(LLDC)とニューハム評議会が負担をするになっている。
 LLDCは、運営はコンセッション方式を採用し、フランスのインフラ運営会社、ヴィンチ(Vinci)に25年契約で委託することとした。 ヴィンチへ委託することで、五輪スタジアムの運営コストはさらに膨れ上がったとして批判が巻き起こっている。
 またウェストハムは、ホスピタリティ施設やケータリングから収入を得ることが認められた。
 こうした取引に対して、ウェストハムが納税者の費用で「今世紀の取引」を手に入れたとして批判を浴びた。

 また夏季期間(6月~7月末)の運営については、英国陸上競技連盟(UK Athletics)に対して、30年間のコンセッションを委託した。

  一方、同じロンドンが本拠地のトッテナム・ホットスパーがこの決定にも猛反発して、ウェストハムの計画は国家が支援した不公正なスキームだとして欧州員会に提訴した。このため一時、契約は白紙に戻され、改修工事の開始は延期された。
 2013年7月、この紛争は解決し、ウェストハムは、2016-2017シーズン(2016年)より五輪スタジアムを本拠地として使用することを改めて正式に発表した。
地元のニューハムでは、ウエストハムがアップトン・パークから本拠地を移動することで、ウエストハムのファンがニューハムに集結し、住環境が悪化する懸念が浮かび上がっている。
 LLDCは、中核となるテナントであるプレミアリーグのウェストハムユナイテッドと運営経費を巡って激しい対立を続け、その訴訟費用に400万ポンド(約61億円)を費やしたという。
 2018年12月12日、ウェストハムユナイテッドとLLDCは、ようやく訴訟を終了させることで合意した。

 LLDCの完全子会社であるロンドンスタジアムの所有者、E20は、2018年3月31日までの1年間で2270万ポンド(約33億5000万円 2018年の為替レート)の損失を計上した。
 2017年12月、ロンドン市長のカーン氏は、スタジアムの財政状況を立て直すために、コントロールを強化して膨れ上がっている運用経費を削減するプロジェクトを入札で立ち上げるとした。

ロンドン市長 独立調査員会の報告を公表 関係者と再交渉へ

 2017年12月1日、ロンドン市長は、独立調査員会の報告を公表した。

■ 骨子

•元市長はスタジアムの改修計画を適切な分析をせずに決定し、納税者にとって「高価で厄介な」取引につながった。
 スタジアムの改修費は3億2300万ポンドに膨れ上がり、「非現実的な」見積りだった1億9300万ポンド(約284億9000万円)より1億3000万(約191億9000万円)ポンドも膨れ上がることが明らかになっている。
 当時、改修費の審査は決して適切に精査されなかったと結論付けた。
 また元ロンドン市長は、ウエストハム・ユナイテッドと英国陸上競技連盟との拘束力のある契約を結び、現市長の選択肢を厳しく制限した。
・ロンドン市とウェストハムが契約した時に「間違った」と誤った値をとった見積もりが行われ1億3000万ポンド(約191億9000万円)以上の改修経費が更に必要となる。
 2015年にラグビーワールドカップ大会を開催するが決定され、改修費用は更に膨らんだ。改修工事の追加や遅延、混乱、そしてコスト増が経費膨張の要因となった。またプレミアリーグが開始に先立って2016年7月に再オープンしなけれならないというタイトな工期もコスト増につながっている。
スタジアムは2017年から2018年の間に2400万ポンド(約34億8000万円 2017年 £=144.46円)赤字が出ると予測
 レビューによると、今後に何らかの措置が取られなければ、スタジアムは毎年約2000万ポンド(約28億9000万円 2017年 £=144.46円)の赤字を計上すると予測し、投資額の回収は不可能である。

•ロンドン市長は、損失を最小限に抑えるための再交渉を、ニューハム評議会(Newham Council)と共に開始する。

 この報告書を受けて、カーンロンドン市長は、ニューハム評議会のロビン・ウェールス市長と協議し、スタジアムを単一の組織が完全な管理下に置くことで財務上の課題に対処することがより円滑に対応可能になるとし、ニューハム評議会はE20スタジアムパートナーシップの提携から撤退し、LLDCが五輪スタジアムの運営を単独で担うことで合意した。
 この合意で、ロンドン市は、LLDCを通じて、五輪スタジアムをフルコントロールして、安定した財政基盤へ移行するための措置を講じていくと表明した。 
 またカーン氏はウェストハムや英国陸上競技連盟、その他のスタジアムパートナーと協力して、納税者の利益のためにこれまでの取り決めの欠陥に対処するとした。
 カーン氏は、「提出されたレビューの内容には驚いた。前市長の痕跡がいたるところにある、意志決定プロセスの破綻を明らかにしている。彼が改修費用や格納式可動席も対する不適切な見積もりを適切に調べなかったという事実は、私たちが現在直面している悲惨な財政状況に直に反映されている」と述べた。
 E20スタジアムパートナーシップに4000万ポンドを融資したニューハム自治区は、ロンドン市が設置した独立調査委員会の報告書を、ニューハム評議会に共同で報告するとしている。

ウェストハムは6万席のチケットを発売へ
 2018年11月、E20スタジアムパートナーシップとウェストハムは共同声明を発表し、両社で争っていたロンドンスタジアムの収容能力に関する訴訟で、5万7000席を限度としたこれまでの制限を6万6000席とすることで和解したと発表した。両者は「両当事者は互いの利益のために、最大6万6000人収容の可能性に達するスタジアムへの第一歩を踏み出したことを喜んでおり、それがロンドンで最大となり、プレミアリーグで全体でも2番目の規模なることを期待する」と声明を発表した。
 ウェストハムは6万席のチケットを発売し、近い将来6万6000席に拡張するとしている。
 この和解で、ウェストハムはこれまでより多くのチケット収入を得ることが可能になった。
 またウェストハムは、観戦環境を改善するために、ゴールポストの後ろの観客席をピッチに近づける計画を進めている。これによりスタンドの最下段は約4メートルほどゴールポストに近づき、より臨場感があふれる観戦が可能になる。 伝統的なサッカースタジアムの雰囲気を提供することが可能になったとしている。
 ウェストハムの副会長、ブラディ(Karren Brady)氏は、ウェストハムのサポーターについて、現在、5万2000人のシーズンチケット保有者、1万人の16歳未満の定期チケット保有者を抱え、さらに3万6000人のシーズンチケット希望者のウエイティングがあり、それが5万5000人にまで増える可能性があるとしている。
 そして2016年の収入は、1億4400ポンド(約212億6000万円)を達成、経営的には楽観的な見通しを明らかにしている。
 これに対して、E20は、テナント料、年間250万ポンドを確保した後、ウエストハムが6万6000人に拡張した場合には、ショップ営業やオフィススペースで追加料金を支払うことを明らかにした。E20の経営難の状況の改善の見通しは、以前として明るくない。

メジャーリーグベースボール開催
 2019年6月29、30日の2日間、米大リーグ、MLBは、リーグ史上初めてロンドンで公式戦を開催し話題を集めた。歴史的な試合だったこともあり、MLBはリーグ屈指の好カードのヤンキース対レッドソックス戦を用意し、ロンドンスタジアムには2試合で約12万人(MLB発表11万8718人)の観客でスタンドは埋まり、成功裡に終わった。
 しかし、ロンドン市民からは、メジャーリーグの開催はロンドンスタジアムに似合わないという批判も巻き起こっている。
 MLBではすでに来年もロンドン開催を決定しており、カブス対カージナルス戦を2020年6月13、14日に行う予定になっている。


London Stadium transformed into MLB ballpark
Youtube

 ロンドンスタジアムは、新たな収入源を求めて、活発に動いている。
 しかし、ネーミングライツの売却は、スタジアムの大きな安定した収入源でだが、順調に進んでいない。E20は年間400万ポンド(約57億4000万円)のネーミングライツ料の獲得を目論んでいるが、未だに契約が成立していない。インドのコングロマリット、アヒンドラ社との交渉に期待をかけたが、結局、不調に終わった。
 ロンドンスタジアムは、巨額の改修費用、3億2300万ポンド(約476億8000万円)を投入して、サッカー・陸上併用スタジアムに改修し、英プレミアムリーグのウェストハムのホームグランドになったが、毎年約2000万ポンド(約28億9000万円)の赤字が予想されるなど、スタジアム経営は難航している。
 巨大スタジアムの維持は、陸上競技、サッカー、その他のスポーツ、そしてコンサートなどのイベントを開催する「多目的スタジアム」を目指しても、現実は極めて厳しいことが改めて明らかになった。



今年11月に完成する新国立競技場 2019年7月 筆者撮影


深層情報 Media Close-up Report 「呪われた」2020東京五輪

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(6) 陸上競技の“聖地”は無残にも消えた 新国立競技場はサッカーやラグビーの球技専用スタジアムに


破格に高額 新国立競技場「1550億円」


国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)






2019年7月15日
Copyright (C) 2018 IMSSR




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廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net  /  imssr@a09.itscom.net
URL http://blog.goo.ne.jp/imssr_media_2015
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