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新国立競技場 白紙撤回 1550億円 屋根建設中止 破綻 多機能スタジアム 

2018年05月21日 16時11分51秒 | 新国立競技場

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(2)
総工費「1550億円」 白紙撤回ザハ・ハディド案 破綻した“多機能スタジアム”
疑問山積 新国立競技場見直し “混迷”はまだ続く





新国立競技場の総工費「1550億円」


 「2520億円」の見直し整備計画も、世論の激しい批判を浴びて、ついに白紙撤回に追い込まれた。 
 “迷走”と“混乱”を重ねた上で、ついにザハ・ハディド案は撤回され、新国立競技場の整備計画は振り出しに戻った。

 2015年8月28日、政府は関係閣僚会議を開き、総工費を「1550億円」とする新しい整備計画を決定した。
▽総工費の上限は、「2520億円」に、これまで別枠にしていた工事費の未公表分「131億円」を加えた「2651億円」と比べて、約「1100億」円余り削減して「1550億円」(本体1350億円、周辺整備200億円)とする。
▽未公表分「131億円」は、芝育成システム(16億円)、連絡デッキ(37億円)、インフラ施設移設(18億円)などや組織員会新規要望(50億円) 
▽設計・監理費用は40億円以下(「2520億円」の旧計画では98億円)で、「1550億円」には含めない。
▽基本理念は、「アスリート第一」、「世界最高のユニバーサルデザイン」、「周辺環境等との調和や日本らしさ」。
▽観客席は6万8000程度とする。
▽サッカーのワールドカップも開催できるように、陸上トラック部分に1万2千席を設置し、8万席への増設を可能にする。
▽屋根は観客席の上部のみで「幕」製とする。
▽「キールアーチ」は取りやめる。
▽観客席の冷暖房施設は設置しない。
 観客の熱中症対策として休憩所や救護室を増設する。
▽陸上競技で使用するサブトラックは競技場の近辺に仮設で設置する。
▽総面積は旧計画の22万4500平方メートルから約13%減の19万4500平方メートルに縮小する。
▽VIP席やVIP専用エリアの設置は“最小限”にする。
▽スポーツ博物館や屋外展望通路の設置は取りやめて、地下駐車場も縮小する。
▽競技場は原則として陸上競技、サッカー、ラグビーなどのスポーツ専用の施設とする。但し、イベントでの利用も可能にする。
▽災害時に住民らが避難できる防災機能を整備する。
▽工期は、2020年4月末とする。 2020年1月末を目標とした技術提案を求める。
▽設計・施工業者を公募する際に2020年1月末を目標とした技術提案を求め、審査にあたって、工期を目標内に達成する提案に評価点を与えて優遇し、工期を極力圧縮することに努める。
 ▽財源については、“先送り”をして、多様な財源の確保に努め、具体的な財源負担の在り方は、今後、政府が東京都などと協議を行い、早期に結論を出す。
▽9月初めをめどに、設計から施工を一貫して行う「デザインビルト」方式を採用して、入札方式は「公募型プロポーザル方式」とし、応募の資格要件を課した上で、事業者を「公募」で募集する。


「1000億円」の削減にこだわった安倍首相
 “迷走”を続けた新国立競技場の建設費問題で、世論の激しい批判を収めるには建設費の大幅な削減が必須だった。安倍政権が重視したのは、建設費の「1千億円」を超える削減幅だった。
 新国立競技場整備の責任者を下村博文文部科学相から、遠藤利明五輪担当相へと責任者を交代させ、新たに設けた再検討推進室に予算査定に慣れた財務省や大型公共事業にノウハウのある国土交通省の出身者を集めた。
 まず、最後までこだわっていた可動式屋根の設置は完全にあきらめて、「700億円超」という巨額の建設費が必要で批判を浴びていた長さ400メートル、重さ1万トンの2本の「キールアーチ」の建設を止めた。屋根は観客席上部の固定式屋根のみとなった。これで、屋根の経費は「950億円」から75%削減し「238億円」とし、「700億円超」を削減するなどで、総額「1600億円台」が視野に入った。
 観客席の上部の固定式の屋根は、安価な「幕」製にするとした。
 さらに、述べ床面積を、豪華で広大な広さで批判に強かったVIP専用席やVIPエリアを縮小したり、スポーツ博物館や図書館、屋外展望通路をとり止めたりして前の計画から13%削減した。
 最終段階で、遠藤氏が官邸を訪れた際、資料に記載されていた建設費は「1640億円」と伝えられていたとされている。この案では客席の下から冷風が吹き出す冷房設置の設置が含まれていた。冷房装置は真夏に開催するオリンピックの観客サービスとして、関係者が最後まで設置にこだわった設備である。これを外せば、さらに「100億円」の削減が見込めた。
 「暑さ対策なら『かち割り氷』だってある」。首相は夏の甲子園名物を挙げ、遠藤氏に冷房施設の断念を指示。「首相主導の政治決着」を演出し、1500億円台の「大台」を達成したとされている。
 安倍首相は「約1千億円の削減幅」をアピールして、国民の理解を取り戻す作戦であった。

 しかし、「1550億円」でも、これまでに海外で建設されたオリンピック・スタジアムの建設費に比べて破格に高額である。
 2000シドニー五輪では、収容人数11万人という五輪史上最大のオリンピック・スタジアムを建設したが、総工費は「483億円」(6億9000万豪ドル)、2008北京五輪では、ユニークなデザインで話題を呼んだ「鳥の巣」は、収容人数9万1000人で、「540億円」(4億2300万ドル)2012ロンドン五輪では、収容人数8万人のスタジアムで、「827億円」(4億8000万ポンド)で整備された。
 (当時の為替レートで換算 ロンドン五輪のみ2015年6月の為替レートで換算  出典 毎日新聞 2015年6月25日)
 国内で建設されたスタジアムの建設費に比べても飛びぬけて高額だ。国内で最大のスタジアム、日産スタジアム(横浜スタジアム)は、1997年に完成したが、収容人数は7万2327人で、総工費は「603億円」、資材費や労務費などの物価上昇率を加味しても、新国立競技場の「2.5倍」の建設費は余りにも異常である。現在の物価水準でも、新国立競技場は「1000億円」程度が妥当な水準と指摘する建設専門家も多い。
 はたして、本当に「1550億円」のスタジアムは必要なのだろうか。
 また、削減幅にこだわったことで、基礎工事や周辺工事などで、算定から抜け落ちた経費が浮上したり、労務費や資材費が値上がりするなどして、実際には「1550億円」が更に膨らむ懸念がどうしても残る。
 総工費は「1550億円」の上限は維持できるのだろうか、不安材料は依然として残り、国民の批判が収まるかどうか不透明である。

飛びぬけて高額の建設単価 新国立競技場「1550億円」
 安倍首相の決断で、「2520億円」から「約1100億円」削減して「1550億円」になったと聞くと、かなり建設費が削減されて適切になったと誤解する人が多いが、実はこれは大間違いである。
 大規模な建造物の建設費が適正であるかどうかを全体として把握する最良の手法は、「坪単価」で見るとというのが常識である。
 新国立競技場を他のスタジアムと「坪単価」で比較してみよう。
 新国立競技場は、最終案の「1550億円」(延べ床面積19万4500平方メートル)とザハ・ハディド案を踏襲してゼネコン2社が積算した「3088億円」(延べ床面積22万4500平方メートル)の「坪単価」を計算した。 「1550億円」では、265.5万円、「3088億円」では、なんと453・9万円となった。スタジアム建設の「坪単価」では、唖然とする高額だ。
 現在では国内最大規模の日産スタジアムの「坪単価」は155.7万円、サッカー専用スタジアムとては東アジアで最大規模のさんたまスタジアムは105.5万円、屋根を備えている京セラドーム大阪は122・8万円である。
 可動式屋根や「キール・アーチ」を取り止め、電動式可動席や観客席冷房装置も設置を止めても、「坪単価」は破格の265.5万円、あきれるほどの高額なスタジアムである。
 一体、どんなコスト管理をしたのだろうか?
 「1550億円」やはっぱり納得できない。



再検討に当たっての基本的考え方(案) 再検討のための関係閣僚会議(2015年8月14日)

 新国立競技場は、2020年東京オリンピック・パラリンピックのシンボルとして、開会式、閉会式、陸上競技、サッカーの競技会場となると共に、2019年に開催されるワールドカップサッカーの競技会場とすることで計画された。またFIFAワールドカップの誘致も視野に入れている。
 さらに、東京の新たな“文化の拠点”にしようと、イベントのコンサートも開催でできるようにする“多機能スタジアム”を目指し、東京五輪開催の“レガシー”(未来への遺産)として次世代に残す目論見だった。
 “多機能スタジアム”は、素晴らしい構想ではあるが、“多機能”を実現しようとすると建設計画への要求水準がとにかく膨れ上がるを忘れてはならない。

2015年8月2日、総額305億円にのぼる茨城県つくば市の総合運動公園計画の賛否を問う住民投票が行われた。開票結果は反対が63,482票(80.88%)、賛成が15,101票(19.2%)、反対派が圧倒、80%を占めた。市原健一市長は白紙撤回も検討する考えを表明した。
 総合運動公園計画は、つくば駅の北8キロの45・6ヘクタールに1万5千席の陸上競技場や体育館といった11スポーツ施設などを今年度から10年間かけて整備するという計画である。
 反対派は、「この事業を進めた場合、用地購入費、建設費、施設管理運営費などの支出によって、将来の財政を圧迫し、高齢者対策、子育て支援、生活環境整備、産業振興など、本来必要な事業が困難になる可能性があります」と訴えた。

 1964年東京オリンピックの時代とは明らかに激変している。住民の意識も一変しているだろう。2020年東京オリンピック・パラリンピックの準備には、その変化を敏感にくみ取る感性が求められている。
 “白紙撤回”され“仕切り直し”された新国立競技場の建設計画、果たして国民の支持は得られるだろうか? 2020東京大会関係者の“時代感覚”がまさに問われている。


(新国立競技場の完成予想図。環境に配慮して高さが当初案より5メートル低い70メートルになった 出典 日本スポーツ振興センター)

まだまだ残されている新国立競技場の問題点
▽ 観客席の“冷房システム”は必須!
 五輪の開催時期は真夏で“酷暑”が想定されるなかで、観客席の“冷房システム”の設置は取りやめられた。「1000億円超」の削減を実現するために、整備費「100億円」とされている“冷房システム”は、最終調整で落とされた。 
 しかし、“冷房システム”は経費節約の対象とする設備ではなく、優先順位の高い設備だろう。 真夏開催の競技大会の場合、選手や観客の熱中症対策が必須である。
 酷暑対策の“ホスピタリティ”は、“冷房システム”だ。
 「開会式」やサッカーなどは、夜間に開催するから不要というのは余りにも“ホスピタリティ”重視の姿勢を欠いていると言わざるを得ない。東京の真夏は、「熱帯夜」が続く。
 安倍首相は「冷却効果が少ないなら、別な形にしてもいい。『かち割り氷』もある」と発言したとされているが、「世界で最高のホスピタリティ」を目指すスタジアムという理念はどこへ行ったのか?
 新国立競技場は50年後、100年後を見据えた「レガシー」(未来への遺産)を目指したのでないか?

▽ 天然芝は維持管理システムが重要!
 天然芝の維持のために必要な“芝生育成補助システム”をどうするのか?
 天然芝の大敵、夏場の高温多湿から芝生を保護するためや、ピッチ上部の可動式“屋根”は設置しなくても観客席の屋根は設置するので日照時間は制約されるので、“芝生育成補助システム”は、必須である。荒れた芝生のピッチは、“スポーツの聖地”に相応しくない。
 「1550億円」の建設計画では、十分な“芝生育成補助システム”が含まれているのだろうか?

▽ “ホスピタリティ施設”の削減は充分か?
 建設経費増の原因となっている広大なエリアを占める「世界水準のホスピタリティ施設」を謳っているVIP専用席、プレアム席やラウンジはどうなっているか。各国のVIPが勢揃いするのは、五輪大会位なもので、通常の大会では、広大なVIP施設は不要だ。
 「世界水準のホスピタリティ施設」を謳うなら、観客席の“冷房システム”の方がはるかに重要だろう。

▽ 未解決 陸上競技場に必須のサブトラック
 世界選手権などの国際的大会や、日本選手権などが開催できる最上位クラスの『第一種』陸上競技場は、は補助競技場(サブトラック)に『全天候舗装』400メートル『第3種』公認競技場が必要』と定められている。しかも『第3種相当』の競技場には400メートルトラックが8レーンが必要だ。この補助競技場がなければ、『第一種』と認められず、主要大会を開催できない。
 旧国立競技場も、併設のサブトラックはなかったが、隣接の東京体育館の付属陸上競技場(1周200メートルが5レーン)と、代々木公園陸上競技場(1周400メートルが8レーン・第三種公認)を事実上のサブトラックとすることで、「第一種」として認定されていた。
 現在「第一種競技場」として認められている「味の素スタジアム」には「西競技場」が、「日産スタジアム」には「日産小机フィールド」が補助競技場として整備されている。補助競技場は、サブトラックとして使用されるだけでなく、単独で陸上競技としても利用されている。
 新国立競技場の整備計画では、当初は、神宮第二球場に常設するとの案があったが、スペースが足りないということでこの計画は立ち消えになり、神宮外苑の軟式野球場に設けることに決まった。しかし、この土地を所有する明治神宮が常設に反対したため仮設として整備し、大会後は取り壊すことで折り合った。
 五輪開催後の新国立競技場のサブトラックどうするのか未だに目途が立っていない。 新国立競技場で国際競技会や公式競技会の開催を目指すならサブトラックの整備は必須となる。
 またサブトラックの整備経費は、当初は「38億円程度」としていたが、当初の見積もりの甘さや旧計画が白紙撤回されたことや建設費の高騰が原因で、仮設で整備しても「100億円」に上るといわれている。恒久施設として整備すれば建設費は「100億円超」は必至である。さらに用地の確保の目途もまったくない。
 五輪開催後にサブトラックが設置できなないのなら、公式の国際競技大会や日本選手権の開催が不可能となり、9レーンの国際標準のトラックなど陸上競技場としての設備は“無用の長物”となる。
 そもそも、新国立競技場を「陸上競技の聖地」とするのは、現状では、不可能なのである。なんともお粗末な整備計画である。 

▽「五輪便乗」 日本青年館・日本スポーツ振興センター本部棟建設 16階建の高層ビルの無駄遣い
 2015年8月10日、参議院予算員会で、新国立競技場の建設問題が取り上げられ、民主党は“白紙撤回”されたにもかかわらず、現在も進められている関連工事の総額が約320億円あるとして、政府を追及した。この中で、問題視したのが、「JSC本部棟・日本青年館新営設計・工事・管理等」業務である。
 政府内で、密かに新国立競技場の建設計画の“白紙撤回”に向けて検討が進められている最中、6月30日に、この建設工事で「165億円」契約が、文科省とJSCで交わされた。「165億円」の内、「47億円」はJSCが負担するが、その財源は、税金とtotoでまかなうとしている。
 計画では、現在の日本青年館の南側にある西テニス場の敷地約6800㎡に、地上16階地下2階、延べ床面積約3万2000平方メートルのビル、「日本青年館・日本スポーツ振興センター本部棟」を新築し、JSC本部の事務機能や日本青年館の宿泊施設・ホールなどの機能を集約した施設を整備する。JSCは、この内、4フロア、6000平方メートル、これまでの1・4倍の面積を使用して、本部機能を移転する計画である。
 2015年6月14日、競争入札で、安藤ハザマが落札、落札額は152億5000万円(予定価格は164億9626万円)だった。
 「日本青年館・日本スポーツ振興センター本部棟」建設は、文科省の新国立競技場整備に関する「予算の上限」をJSCに示した時にすでに「174億円」(内JSC本部関連は28億円)を入れ込んでいる。 膨れ上がる新国立競技場の建設費を“抑制”するために「232億円」は別枠にしたのであろう。
 それにしても「152億5000万円」使って。「日本青年館・日本スポーツ振興センター本部棟」を建設する必要があるかどうか、しっかり検証したのだろうか。 神宮外苑に、新たに1240席の大ホール、客室数約220室のホテルを、税金を投入して建設する必要があるのだろうか? 
 日本青年館は、全国の青年団活動の拠点にするため、「1人1円」の建設資金募金活動を繰り広げ、 大正14年9月に総工費162万円をかけて地上4階地下1階建ての旧日本青年館が完成した。
昭和54年2月には、青年団募金5億円が集められ、政府、経済界、各界の支援を受けて総工費54億円をかけて地上9階地下3階建ての現在の日本青年館が完成した。そして約30年、首都圏には、ホテルやホールの施設は十分に整っている。“時代”は変わっているのである。「五輪便乗」と批判されても止む得ないのではない。新国立競技場の建設計画は白紙撤回して見直したが、「16階建ての高層ビル」は見直しをしなかった。


(新日本青年館・日本スポーツ振興センター本部棟完成予想図 出典 日本青年館ホームページ)


▽ 財源問題深刻 誰が負担する「1550億円」
 旧整備計画では、新国立競技場の建設財源を国、都、スポーツ振興くじtotoなどでまかなう方針だった。
 しかし、2015年5月、下村五輪相が舛添要一都知事に都側の負担分として「500億円」の拠出を要請したが、舛添氏は、「1550億円」の情報開示不足などを理由にが難色を示し、宙に浮いたままとなっている。政府は9月上旬、財源を検討する国と都によるワーキングチーム(WT)を発足。年内に結論を出す方向だが、具体的な議論は始まったばかりで、合意には難航が予想される。
 下村文科相は、新国立競技場のネーミングライツ(命名権)を売却して、約200億円の収入を上げるという目論見を明らかにしたが、ネーミングライツ(命名権)で得られる収入は、味の素スタジアム(調布)で約2億円(年)、日産スタジアム(横浜)で約1億5000万円(年)とされている。
 一体、「200億円」という数字はどこから出てきたのだろうか?

▽ 五輪開催後、新国立競技場を何に使用するのか?
 五輪開催後、新国立競技場は主としてどんな競技を開催する目論見なのか?
 ポイントは、陸上競技場として残すかである。五輪開催後も陸上競技場として機能させて成算があるとのだろうか? 横浜市の「日産スタジアム」、調布市の「味の素スタジアム」、また駒沢オリンピック総合運動場で陸上競技の開催は十分可能だろう。そもそも陸上競技では「6万8000人」のスタジアムは大きすぎて、観客が集められない。
 集客力のあるサッカーを中心にラグビーなどの球技場専用を目指すのがまだ現実的だろう。球技専用にするなら、観客サービスを充実させるために、陸上競技用の9レーンのトラックは取り払い、「ピッチサイド席」を設置するのが適当だろう。 サッカーやラグビーには、9レーンのトラックの空間が“邪魔”になる。さらにサッカーでも「6万8000人」を集客するのはかなりハードルが高い。
 最大の問題は、年間365日の内、スポーツ競技大会で利用されるのはわずか36日、イベント利用で最大12日程度の利用を想定し、残りの300日以上の利用計画が立たないことである。子供スポーツ教室や市民スポーツでの利用を促進するとしているが、「6万8000人」の観客席を備えた巨大スタジアムは子供スポーツ教室や市民スポーツにはまったく不用だろう。
 一体何にこの巨大なスタジアムを使うのだろうか。

▽ 新国立競技場は五輪大会終了後の利用計画を前提にして整備計画策定を
 「6万人」規模の巨大スタジアムの維持は、五輪開催後は絶望的だろう。観客席の縮小や競技場の設備の再整理など改築前提にして、整備計画を策定する方が現実的なのではないか。そのためには、五輪開催後、数十年に渡って、新国立競技場をどう維持していくのか、デッサンを描かなればならない。
 「1550億円」の建設計画で、新国立競技場の“五輪後”の姿は明確に視野に入れているのだろうか。





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“陸上競技”では巨大スタジアムは維持できない
 2020年東京オリンピック・パラリンピックでは開会式、閉会式、サッカーの決勝トーナメントを行うので8万人規模は必要となるだろう。またFIFAワールドカップのメイン会場にするためには“8万人規模”が必須となる。
 しかし、FIFAワールドカップの招致は、これからで何も決まっていない。
 五輪開催後の新国立競技場の利用をどうするかを考えなければならない。巨大な陸上競技場を建設しても、8万人規模の集客が期待できる競技会はないだろう。世界陸上のような大規模な国際大会でも8万人はおろか5万人の集客すら難しく、そもそも招致が実現するかどうかまったく分からない。毎年開催される日本陸上選手権のような国内大会では、わずか1.5万人程度(1日)というのが常識である。8万人のスタジアムは、完全にオーバースペックだ。陸上競技場としてはとても維持できないのは明らかである。
 また、首都圏には、横浜市に日産スタジアム(収容能力:7万2327人)や味の素スタジアム(収容能力:4万9970万人)がすでに整備されている。しかも、公式陸上競技大会には必須のサブトラックを2つのスタジアムとも併設している。新国立競技場ではサブトラックは東京五輪開催時には、仮設で対応し、その後は設置する予定はない。収容能力は8万人と陸上競技場としての規模は日本で最大だが、機能の面では“欠陥”陸上競技場なのである。
 東京五輪を契機に建設するのはいいが、そもそも大規模な陸上競技大会は開催回数が少なく、しかも最近は全日本陸上競技大会など国内の大規模な競技会は地方の陸上競技場で“持ち回り”で開催されている。日本各地にしっかりした陸上競技場が次々に整備されたことが背景にある。
 陸上競技だけでみれば、新国立競技場は“閑古鳥”が鳴くのは必至であろう。

ラグビーは観客動員が期待できない
 2019年開催のラグビー・ワールドカップは、日本が活躍すると観客動員数は期待できるだろう。8万人のスタジアムは満員近くなるかもしれない。
 しかし、新国立競技場の完成は、2019年ラグビー・ワールドカップ“終了後”の2020年4月末で、ラグビー・ワールドカップの開催はできない。なんともお粗末な新国立競技場の整備である。ラグビー・ワールドカップの開催は当分、期待できない。

 かつてラグビーは、日本では、人気のあるスポーツの一つで、旧国立競技場で観客動員数の上位にランクインしている。
 その人気を牽引したのは早稲田大学、慶応大学、明治大学などの大学ラグビーだ。旧国立競技場の観客数の記録には、1964年東京オリンピックや1958年アジア競技大会を除いて下記の試合が並ぶ。

*関東大学ラグビー対抗戦(早稲田大対明治大)(1982年)
入場者数:66,999人
*第22回日本ラグビーフットボール選手権大会決勝(釜石対同志社大)(1985年)
入場者数:64,636人
*関東大学ラグビー対抗戦(早稲田大対慶応大)(1984年)
入場者数:64,001人

 ラグビー・ブームに沸いていた時代には6万人を超える観客動員数を記録していた。しかしそれは過去の話で、2015年2月に行われた日本選手権決勝戦のヤマハ発動機とサントリーの試合の観客数はわずか約1万5千人、2015年1月に行われた全国大学選手権決勝戦の試合の帝京大学と筑波大学の試合では約1万2千人だった。競技場も旧国立競技場では収容能力が大きすぎて使用せず、全国大学選手権は秩父宮ラグビー場、全国大学選手権は味の素スタジアムで開催した。ラグビーの試合で6万人の観客動員数は“夢のまた夢”となってしまっている。通常のラグビーの国内大会の試合であれば、味の素スタジアム(収容能力:約5万人)や秩父宮ラクビー場や花園ラグビー場の規模で十分であろう。8万人のスタジアムはラグビーの開催でも全く不要である。

サッカーは「救世主」になるか
 陸上競技やラグビーに比べて、サッカーは観客動員数が大規模な国際大会だけでなく、常時、継続的に一定規模の観客数が期待できる。
 2020年東京オリンピック・パラリンピックのサッカー競技やFIFAワールドカップの決勝リーグ戦では8万人クラスの観客動員数は期待できるだろう。
 2012年6月、 さいたまスタジアム2002で行われたFIFAワールドカップ・アジア地区の最終予選、日本・オマーン戦では6万3551人を記録した。同じ6月に日産スタジアムで行われたキリンチャレンジカップ、日本・イラク戦でも約6万3千人だった。
 国内の試合では天皇杯全日本サッカー選手権大会の決勝戦が多くの観客を集めるが、2014年12月に行われたガンバ大阪・モンディオ山形戦では、約4万8千人だった。
 Jリーグの公式戦であれば、2013年に日産スタジアムで行われた横浜マリノス・新潟戦が史上最高の約6万3千人、2006年にさいたまスタジアム2002で行われた浦和レッズ・ガンバ大阪戦は約6万2千人だった。
6万人を超えたのはこれまでに5試合だけである。通常は、1試合当たり約2万人から3万人程度である。
 サッカーでも、現実的に期待できるのは年に何回か6万人規模、仮にJリーグの公式戦を誘致しても、通常は2万人から3万人と想定される。
 しかもサッカーのスタジアムは、首都圏にはすでに十分に完備している。
 横浜市の日産スタジアム(収容能力:7万2327人)、さいたま市のさいたまスタジアム2002(収容能力:6万3700人)、調布市の味の素スタジアム(収容能力:4万9970万人)、いずれも国際クラスの機能を備えた競技場である。
 新国立競技場にJリーグの試合を誘致して定期的に開催すると、安定的な収入源になるが、それでも“8万人”のスタジアムは大きすぎる。 またすでに存在する首都圏のスタジアムへの影響が大きく摩擦は必至だろう。“スポーツの聖地”を目指す新国立競技場が摩擦の原因となるのでは余りにもお粗末である。
 さいたまスタジアム2002は、陸上競技場の機能はなく、イベント・コンサートも開催しない“サッカー専用”スタジアムとして観客への「サービスの充実を図っている。収容能力も6万3700人と、“6万人”クラス観客動員数を念頭に置くとまさに適正規模である。
 サッカー・スタジアムとして考えた場合、“8万人”はいらないし、新たにスタジアムを建設する必要性は感じられない。
 首都圏にはすでに“国際級”のサッカー・スタジアムがすでに十分に完備している。


陸上競技とサッカー・ラグビー兼用スタジアムの欠点
 陸上競技とサッカー・ラグビー兼用スタジアムは、基本的に“欠点”が生じる。
 下記の陸上競技とサッカー・ラグビー兼用スタジアムを見れば一目瞭然、国際基準を満たす陸上競技場には外周に9レーンのトラックを設置しなければならない。さらにトラックの外側にメインスタンドやバックスタンドには走り幅跳びや三段跳びのフィールドなどが設けられるので、球技場のピッチから観客席までは、20メートルから30メートル離れる、またサイドスタンド側だと、トラックはカーブで外側に膨らむので、スタンドとピッチの距離はさらに遠のき、40メートルから50メートルも遠のく。観客席からサッカーやラグビーの選手の動きが遠くなり、観客は熱気と迫力が感じられなくなり、スポーツの醍醐味が薄らいでしまうのである。 サッカー観戦にとっては、陸上競技場の“無駄な空間”が邪魔になるのである。



(出典 味の素スタジアム[東京都調布市])

 さいたまスタジアム2002は、サッカーの専用競技場をキャッチフレーズにし、ピッチサイドにまで観客席の設置している。サッカーファンにとってはゲームの醍醐味が味わえるスタジアムとして好評だ。これに対し、味の素スタジアムでは、サッカー・スタジアムとして使用する時は、トラックに人工芝敷いて“人工芝フィールド”とし、陸上競技のトラックをなくし、サッカーのピッチサイドのようにしている。しかし陸上競技場として使用するには、トラックの上の人工芝をはがさしトラックに戻さなければならない、その作業に少なくとも3日間程度(その逆も同じ)の時間と、人件費がかかり、陸上競技で使用することは極めて稀という状況である。
 これに対し、日産スタジアムは、陸上競技場を前提に建設されたスタジアムで、すべての観客席から、陸上トラックの全周がよく見えるように設計されていて、陸上競技観戦に適したスタジアムである。逆にサッカー観戦に場合は、一部の席からゴールが見えないという欠点もあるという。サッカー専用スタジアムである埼玉スタジアム2002と比較すると、陸上用のトラックなどがそのままピッチとの間あり、幅25~40メートルの“無駄な空間”が広がり観客とって臨場感を味わうには劣っている。
 札幌ドームは、サッカー場と野球場の機能を備えたユニークな屋根付きのスタジアムである。ピッチの天然芝は、ホヴァリングサッカーステージ”と呼ばれる“可動式の巨大な棚”の上にあり、サッカー開催時はこの“棚”でピッチを覆い、野球の開催時では、天然芝は“棚”ごと、移動させドームの外に出す。そして、ピッチには人工芝を設置する。そっくり入れ替えるのである。またサッカーと野球とではグラウンドの形も違うので、観客席は可動式になっていて、それぞれの競技に合わせてスタンドの配置も変えてしまう。まさにハイテクスタジアムである。
 新国立競技場の基本計画では、こうした欠点を克服するために、サッカーやラグビーを開催する際には、陸上競技のトラックの上を覆って、ピッチサイドまでにせり出す電動可動式の観客席を1万5千席を設置する計画だった。陸上競技や開会式、閉会式の開催時には、この観客席をスタンドに下にしまい込む仕組みである。アイデアとしては悪くない。しかし、この計画は新国立競技場の総工費が「3000億円超」に膨れ上がることが明らかになり、工費圧縮を迫られ、可動式ではなく固定式の“仮設席”に変更となった。サッカーやラグビーの試合の開催時には、陸上競技のトラックの上にスタンドを組んで“仮設席”を1万5千席つくり、陸上競技の開催時には“仮設席”を撤去するというものである。苦肉の策である。東京五輪後は、“仮設席”は設置しないとしているので、新国立競技場の収容能力は、約5万5千人、横浜市の日産スタジアム(収容能力:7万2327人)、さいたま市のさいたまスタジアム2002(収容能力:6万3700人)に及ばない。



(出典 日産スタジアム[横浜市])


(出典 さいたまスタジアム[さいたま市])

難題、天然芝
 サッカーの公式試合は、天然芝のピッチで開催することが義務付けられている。
 そこで、大規模な国際試合は国内の試合の開催を目指すサッカー・スタジアムは、膨大な経費をかけて“天然芝”の維持管理を行っている。
 芝は暑さや湿度に弱くて、日本での生育環境は極めて悪く、綿密な維持管理が必要となる。
 サッカースタジアムの場合、1年間のピッチ使用日数は約50日~60日、約一週間に約1回の割合で使用する。芝生は、試合が行われる度に、痛んで部分的にはげたり、元気がなくなり病気になったりする。 試合などで傷んだ芝生を休ませ回復させるために、芝生を、一定期間、プレーに使わない「養生」と呼ぶ期間も設けなければならない。
 また年に2回、夏用の芝と冬用の芝に定期的に全面張り替えが必須である。 この経費が多額で4千万円から1億円近く必要とされている。新国立競技場の場合は、年間で1億5千万円と見込んでいる。
 新国立競技場の場合、スポート大会の開催を年間80日(通常大会44日、大規模大会36日)、イベントを年間12日の開催を想定している。そのそも“8万人”を動員できるスポーツ・イベントが年間92日もあるかという疑問もあるが、仮に92日のスポーツ・イベントを確保して新国立競技場で開催したら“天然芝”はぼろぼろになると懸念が大きい。全面張り替えの他に補修を含めると年数回、芝生の張替えをしないとと耐えきれないかもしれない。芝の張り替え作業の期間や“養生”の期間も見込むと稼働率はかなり低くなる。新国立競技場の場合は芝の張り替え作業に約10日間、芝生養生期間に約40日間、合わせて約50日間を見込んでいる。年間約100日間以上は“天然芝”のピッチは使用できないことになる。
 一方、ドーム型スタジアムの野球場ではこうした問題は起きない。野球場は“人工芝”なのである。
 “天然芝”のピッチが必要なサッカースタジアムの維持管理は大変な労力と経費が必須なのである。



(出典 さいたまスタジアム2002)
スポーツ競技大会では維持不可能
 結論からすると「8万人収容」のスタジアムをスポーツ競技大会では維持できないということである。
 2014年5月の基本計画では、東京五輪開催後はスポーツ競技大会として、通常規模の大会を年間44日、大規模な大会をサッカー20日、ラグビー5日、陸上11日、合計36日の開催を予定し、3億8800万円の収入を得ようとする目論見だ。果たして「8万人」の観客動員が期待できるスポーツ競技大会が「36日」もあるだろうか?
 スポーツ大会では“8万人”クラスの競技場を維持できないのは“常識”である。 関係者からは「五輪後は陸上機能を外し、収益が見込めるプロ野球やJリーグに貸し出すべきだ」という声や「スポーツ競技大会で8万人の競技場を満たすことなんてできない。なんとか頑張って小さめの赤字になればいいんが……」という声が聞こえる。
 スポーツ競技大会だけでは新国立競技場は維持できない、そこでコンサートなどのイベントの開催も行う“多機能スタジアム”にしたらどうかという発想が生まれてくる。


イベント開催に必須の屋根付きスタジアムは挫折
 旧国立競技場は“スポーツの聖地”と言われていた。
 新国立競技場では、更に発展させて“文化の聖地”を目指す、建設計画をまとめる中で関係者の間でのコンセンサスになっていた。一方で東京五輪後、新国立競技場の維持管理は、スポーツ競技大会だけでは賄いきれないので、コンサートや展示会などのイベントの誘致をして、新たな収益源としようとする目論見であった。スポーツ競技大会のスタジアム利用料は、現状では、1日50万円からせいぜい100万円程度、それがイベント利用となると1000万円以上が期待できる。まさに一石二鳥を狙ったのである。
 しかし、新国立競技場でコンサートや展示会、式典などの大型イベントを開催するためには、近隣地域の騒音問題から“屋根”の設置が必須となる。 しかも遮音性のある“屋根”でなければならない。またイベント会場にするには、雨天や降雪、雷などの天候に左右されないように“屋根”が必要である。天候でイベントが中止になれば主催者は大きな損失を背負うことになるからである。
 一方で、晴天の日は、青空の下で陸上競技やサッカー、ラグビーなどを開催しないと観客はスポーツの爽快感を楽しめない。開閉式の“屋根”がどうしても必要にある。
 新国立競技場が建設される神宮の森は、大都会東京の中心エリアに立地していて、とにかくロケーションは抜群である。そのエリアが新たな“文化の聖地”となれば、2020年東京オリンピック・パラリンピックの“レガシー”(未来への遺産)となると期待する声も多かった。
 大会組織委員会の森喜朗会長も「国立競技場を文化の聖地にしようという気持ちだった」と語っている。
 しかし、屋根付きの“多機能”スタジアムの“夢”は消え去った。


「屋根」付きスタジアム 天然芝維持管理は更に大変
 
 そもそも新国立競技場に屋根を建設すると、難題が生れることが分かっていた。“天然芝”の維持管理である。
 “屋根”を設置すると、日照が限られる上に、風通しも悪くなり芝生が“蒸れる”状態になる。「夏場は蒸し風呂のよう」とスタジアムの関係者は証言する。真夏に芝生に水を蒔いても風がないので、蒸発できずに、蒔いた水がお湯になり根をやられてしまうという。
 新国立競技場では、“天然芝”を守るために、さまざま装置を設置する計画だった。

* ハイブリッド換気
 十分な自然通風を得るため、屋根とスタンドの間に大きな開口(開閉機構付)を南北に配置。また芝生面では、大型送風機により3~5m/sの風速を常時安定してつくることができ、かつ新鮮外気の導入により芝生面の湿分を常時排気することができるよう、大型送風機(10台)を導入。
* 芝生張替え
 冬期に寒地型芝と夏期に暖地型芝の張替を導入し、年2回の定期張替えを計画する。1回の張り替え作業に約10日間、芝生養生期間に約40日間、合わせて50日間、年2回とすると約100日間がピッチは使用できない。新国立競技場では年間1億5000万円の芝生予算を経常している。
* 芝生育成補助システム
 「ポップアップ式散水設備」:ピッチ全体にバランスよくかつ小水量での散水が可能。
* 「地中温度制御システム(冷水/温水)」
 地中に埋設された配管に夏期は冷水を通水し地中を冷却、冬期は温水により昇温し、特に盛夏や厳冬期の地中温度環境を改善。
* 「土壌空気交換システム」
 地中温度制御システムと組み合わせた地中温度環境の改善のみならず、地中の酸素供給、湿分除去(排水性能向上)、嫌気性物質除去などの効果により、健全な芝生を育成。
* “屋根”の南面に巨大な透過性ガラスを設置して芝生への日照を確保
 新国立競技場はスタンド部分には固定式の屋根があり、開閉式のグラウンド部分の屋根を開けても、冬季は、日照時間が不足して、“天然芝”の生育環境が保てない。
 この欠点を克服するために、“屋根”部分の南面に約1万平方メートルの巨大な「透過性ガラス」を設置して日照時間を確保する建設計画を策定した。この「南面透過性ガラス」の工事費は2億5千万円、さらに真夏の日差しを遮る「日射遮蔽装置」や「防音装置」の設置費用15億円、あわせて17億5千万が必要としている。
 しかし「透過性ガラス」の維持管理はかなり大変で、清掃費は補修費で毎年19億円、修繕費で毎年6億4千万円かかるとしている。なんと毎年、25億4千万の経費を負担し続けるのである。
  “屋根”付きスタジアムで、“天然芝”を維持するには、これだけの対応が必要になるのである。当然、経費もかさむのは当然である。“多機能スタジアム”を目指す宿命である。



(新国立競技場基本計画 FOP[フィールドオブプレイ] 出典 日本スポーツ振興センター)

「屋根」付きスタジアムでつまずいた大分銀行ドーム
 
 “屋根”付きスタジアムの運営の難しさは、関係者の間ですでに問題になっている。
 開閉式屋根のある大分銀行ドームは、半地下構造となっていることもあって芝の生育が難しい環境にあった。「こけら落とし」となった2001年のJリーグ公式戦・トリニータ対京都パープルサンガ戦では、試合中に剥れた芝生がはねてしまい、芝生の管理が問題視された。その後も芝生の状態は改善されず、2009年にサッカー日本代表の試合が予定されていたが、直前に会場変更された。芝の状態が悪かったためであるとされている。
 また開閉式の屋根もトラブルに悩まされている。
大分の場合は2001年の開設以降、2010年までに屋根の故障が十二回も発生した。2013年11月には屋根が閉じなくなり、約5か月間開けっ放しになり、大分県では四億五千万円をかけて全面改修をした。担当者は「こんなにトラブルが続くとは想像できなかった」と話しているという。



(出典 大分銀行ドーム[大分市])

豊田スタジアム 「屋根」は開けっ放しに
 愛知県豊田市にある豊田スタジアムは、サッカーJリーグ・名古屋グランパスの本拠地、収容能力は4万5千人、サッカー専用スタジアムとしては埼玉スタジアム2002に次いて、日本国内で2番目の大きさを誇る。特徴的なデザインで、全国でも数少ない開閉式屋根のサッカー施設として注目されていた。
スタジアムの所有者は豊田市、運営管理は、株式会社豊田スタジアムが行っている。
 設計は故黒川紀章さんが行い、豊田市が350億円をかけて2001年に建設した。可動式屋根は天幕式(テント)で、雨天時に広げてピッチと客席を覆う。
 2007年11月、屋根の開閉部分に故障が見つかり、1年近くかけて、大修理が行われた。
 これ以降、可動部分に不具合が多く、年間5回前後しか開閉されず、一方で維持費、修理費がかさみスタジアムの経営に重荷になっていた。
豊田市が行った外部監査で、2011年度以降は年間8億円の赤字を計上し続けていることが判明し、「赤字を減らすよう総合的に検討すべきだ」と指摘されていた。
豊田市では、スタジアム施設を維持する修繕費を見積もった結果、15年度から5年間で総額28億円を要し、この内屋根だけで16億円かかることが判明した。また2032年度までに修繕費や施設維持費などに109億円が必要とされ、この内59億円が屋根にかかわる経費という。
 こうした中で、豊田市では、2015年から開閉式屋根を「開けっ放し」にする方針を決定した。
今後、高価な特注の部品交換がかさむためで、市は「費用対効果の観点から維持は困難」と判断した。芝の養生のため閉めたままでなく開けたままにすることにした。当面は撤去はせず、施設の片隅に寄せておくが、今後、屋根の撤去も検討するという。
 豊田スタジアムを本拠地とする名古屋グランパスエイトは、次のようなお知らせを掲載している。
 「豊田スタジアムの開閉式屋根については、豊田市の決定により稼動させないこととなりました。つきましては、2015シーズン以降の豊田スタジアムで行われるホームゲームは、天候に関わらず屋根を開放した状態で開催いたします。
これにより、ピッチに近いスタンド席は雨に濡れる可能性が高くなりますので、雨天などが予想される場合は、雨具をご持参くださいますようお願いいたします。また、雨具につきましては他のお客様の視界と安全確保の理由から傘のご使用はご遠慮いただき、合羽、ポンチョなどのご使用にご協力ください。お客様にはご不便をおかけしますが、ご理解とご協力の程よろしくお願い申し上げます。」

 開閉式の屋根が設置されているスタジアムは、この他に、ノエビアスタジアム神戸(収容能力 3万4千人)があるが、屋根の維持管理に伴う大きなトラブルは起きていないようである。
 スタジアムの開閉式屋根については、維持管理や修繕費を相当見込まないと運営は難しいのではないか? 多額の経費がかかる屋根の設置については、スタジアム収支を慎重に見極めるべきである。仮に新国立競技場の開閉式屋根の復活させる場合も、その規模は破格に巨大になることを念頭に置かなければならない。



(豊田スタジアム 出典 豊田市)

イベント開催は「救世主」になるのか?
 2014年5月、日本スポーツ振興センター(JSC)は、新国立競技場の建設計画を縮小して、総工費を「1625億円」に圧縮することを明らかにした。それに合わせて、五輪後の「収支見込み」を明らかにした。
 それによると、「興行イベント事業」として、「スポーツ」を年間80日開催して3億8800万円、「文化(コンサート)」を年間12日開催して6億円の収入を見込んでいる。
 しかし、「年間12日、6億円の収入」は新たな疑問を生んでいる。
 そもそも1日、5000万円という破格に高額な利用料が受け入れるらけるかどうかだろう。現在では1000万円から2000万円が相場でその二倍以上の“超高額”スタジアムだ。
 「8万人」の観客動員が期待できるコンサートなどのイベントは、「年間12日」もあるのか?という疑問も大きい。観客席に空席が目立つとコンサートの“熱気”が生まれない。コンサートを成功させるには、観客席は“満員状態”にする必要があるのである。
 コンサートなどのイベント会場として首都圏で有名なのは、「武道館」(収容能力:約1万4千人)と「横浜アリーナ」(収容能力:1万7千人)である。「武道館」は、1964年東京五輪の柔道競技会場だったが、1966年のビートルズ来日公演で一躍有名となった。以来、日本のミュージシャンにとって憧れのコンサート会場となり、「武道館コンサート」はステータス・シンボルになっている。
 「横浜アリーナ」はアイススケートリンクだが、立地の良さからコンサートやイベント会場として人気がある。
 また最近では、「五大ドームツアー」が人気ミュージシャンの新しいステータス・シンボルになっている。「武道館」に比べて収容人数は倍以上の4万人から5万人規模、観客動員数を誇る“人気度”のバロメーターとなっている。
 「五大ドーム」とは、「札幌ドーム」(5万5千人)、「東京ドーム」(5万5千人)、「ナゴヤドーム」(4万人)、「京セラドーム大阪」(3万7千人)、「福岡ドーム」(3万8千人)である。いずれも屋根付きのドーム型の野球場である。
 新国立競技場は、「8万人」の収容能力を武器にイベント会場争奪戦に参入しても果たしてどれだけ“勝算”があるのだろうか。「8万人」はとにかく巨大である。
 また新国立競技場は、コンサートの開催を目的に建設した施設ではないので、音響効果はコンサートホールに比べて良くない。良好な音質で音楽を観客に聴かせるのは無理である。舞台や照明・音響設備は別途、設営しなければならないので開催経費が膨らみ、観客動員数の確保に自信がないコンサートの開催は事実上不可能だろう。次に前述したが、イベント開催に必須の“遮音装置・屋根”はない。
 2015年7月7日、日本スポーツ振興センター(JSC)は「有識者会議」を開き、新国立競技場の改築費は、当初よりも「900億円」多い「2520億円」になることを承認した。スタンド工区が「1570億円」、屋根工区が「950億」としている。膨大な建設費に批判が集まるなか、屋根設置は見送り、5年後に向けて設置計画を進めるとした。(その後、安倍首相が“白紙撤回”した建設計画)。
 しかし、グランド上部の可動式“屋根”の工費は「168億円」かかるとした。 わずか「年間12日、6億円」の収入のために「168億円」追加投資するのである。しかも、単に先送りしただけで一体誰が負担するのか、まったく展望はない。あまりにも杜撰な計画であった。


イベント「年間12日」は“天然芝”をぼろぼろにする!
 スタジアムでコンサートを開催する時は、ピッチの“天然芝”の上に保護用パネルを敷きつめて、パイプいすを並べて、観客席を仮設する。準備も含めて、2日間は“天然芝”はパネルで覆われ日照はない。さらに夏の期間は、“天然芝”の表面温度が50度に達し、芝には過酷な環境となる。
 「収支の改善にはコンサート」と言われるが、“天然芝”への負担が大き過ぎ、開催回数は極力少なくするというのが関係者の常識である。
 2008年5月、味の素スタジアムでは、「X-JAPAN」のギタリストhideさんの追悼イベントが開かれた。味の素スタジアムをホームグランドとしている東京FCは、重要な試合の直前にイベントを開催されると、「芝生が荒れ試合にならない」と“激怒”したとされている。結局、スタジアム側は、5~6千万円かけて芝生を張り直したという。
 日産スタジアムでは年4日程度、味の素スタジアムは年3日、埼玉スタジアムは、“天然芝”を保護するためにコンサートは開催しない。
 仮に「年間12日」のコンサートを新国立競技場で開催したら、“天然芝”は悲惨な状態になり、サッカーの開催は不可能になるだろう。
 繰り返しにはなるが、野球場ではこうした問題は起こらない。“人工芝”だからである。
 陸上競技、サッカー、ラグビー、そしてコンサートを開催する「多機能スタジアム」、聞こえはいいが、実際は問題山積なのである。


破綻した“多機能スタジアム”
 新国立競技場はコンセプトを固める初期段階で、機能を詰め込み過ぎて失敗したのであろう。
“スポーツの聖地”、“文化の聖地”、“レガシー”(未来への遺産)、「理想」と「夢」が、2020年東京オリンピック・パラリンピックのシンボルとなる新国立競技場に集まった。
 その結果、五輪の招致の切り札になる「斬新なデザイン」、全天候型の“屋根”付きスタジアム、イベントも可能にする「開閉式遮音装置(屋根)」、ピッチサイドにせり出す「可動式観客席」、真夏での観戦を快適にする「座席空調」、豪華さを演出する「VIP席やVIP専用エリア」、天然芝の維持管理のための「芝育成システム」、地震対策の「免震装置」、博物館、レストラン、プレゼンルームなど、考えられる機能はほとんどすべて計画に盛り込んだ。
 そして、総工費が「3000億円」に膨れ上がり、計画の度重なる縮小に追い込まれ、ついに“白紙撤回”となった。
 最新鋭の“多機能”スタジアムは、とにかく経費が膨れ上がるのである。
 新国立競技場の建設計画は、“仕切り直し”になって、現在、急ピッチで新たな建設計画策定に向けて作業が進められている。
 筆者の提案のキーワードは「コンパクト」、“世界で一番”を目指すのはもう止めよう。総工費が膨れ上げる原因となっているキールアーチ構造は見直し、可動式屋根や遮音装置、VIPエリア、可動式観客席は中止する。イベント開催はあきらめる。デザインは旧国立競技場のようなシンプルな陸上競技場のデザインでよいのではないか。
 収容能力も「8万人」規模が五輪開催時に必要なら仮設席も含めて対応し、五輪後は、5万人クラスのスタジアムに縮小する。
 その代わり、“神宮の森”の再開発に投資をして、新国立競技場を中心に、明治神宮球場、軟式野球場、秩父宮ラグビー場、テニスコート、ジョギングコース、サイクリングコース、公園などを充実させ、市民が日常的に利用する新しい“スポーツの聖地”を考えたらどうか? 大都市東京にとってよほど意義深いと思うが…。
  “箱もの”至上主義の幻想から抜け出せない弊害だろう。高度成長、社会資本建設に奔走していた1964年の東京五輪の時代と2020年では明らかに時代は変わっている。



(旧国立競技場 出典 日本スポーツ振興センター[JSC])

キーワードは“五輪後”どうする? “負のレガシー”(負の遺産)にはするな!
 2020年東京大会のキャッチフレーズは「DiscoverTomorrow(未来をつかむ)」、そしてそのコンセプトは「コンパクト」、繰り返し強調しているキーワードである。過去からの資産を大切にしながら明日に向かって進んでいく都市の姿を世界に伝えていくとしている。
 2013年9月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたIOC総会での2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致演説は何だったのだろうか。
 2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催期間は、オリンピックで17日(サッカーの予選は除く)、パラリンピックで13日、わずか30日である。重要なのは、大会終了後、50年以上使い続ける社会資本にしなければならないことだ。
 一過性でなく、確実に後年度負担が生まれる社会資本の新規投資には、それなりの“覚悟”が必要である。キーワードは 「持続可能な開発」(Sustainable Development)。
新国立競技場は、“レガシー”(未来への遺産)にしなければならない。 毎年巨額の“赤字”を後世に負担させる“負のレガシー”(負の遺産)にしてはならない。







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国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)






2015年8月4日
Copyright (C) 2015 IMSSR




******************************************************
廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net  /  imssr@a09.itscom.net
URL http://blog.goo.ne.jp/imssr_media_2015
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新国立競技場 検証報告 迷走 下村博文 文部科学省 JSC 

2018年05月15日 09時45分07秒 | 新国立競技場

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(5)
“迷走”新国立競技場 責任は文科省とJSC 検証報告



技術提案書A案のイメージ図  新国立競技場整備事業大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成/JSC提供






“迷走”新国立競技場 検証委設置
 2015年7月24日、下村博文文部科学相は2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場の建設をめぐり、これまでの計画が迷走した経緯を検証するため、外部の有識者らによる第三者委員会を設置することを明らかにした。関係者の責任問題も取り上げるとしている
 第三者委は、法律家や建築関係者、アスリートら5~10人でつくる予定で、下村氏は「どこに問題があり、どういう責任が問われるのか、『お手盛り』でなく第三者の検証をお願いしたい」と述べた。
 競技場をめぐっては、民主党政権時代の12年に行った国際コンペで、イラク出身の建築家ザハ・ハディド氏のデザイン案が選ばれ、当時の総工費は「1300億円」だった。ところが、設計の過程で「3千億円超」まで膨らんだため、政府は計画を縮小し、2015年6月、総費「2520億円」とする計画を決定。それでも世論の激しい批判が収まらず、白紙撤回に追い込まれた。
第三者委では、デザイン案を選ぶ過程や、総工費が二転三転した理由などについて検証する。
 文科省の責任も当然、問われることになる。舛添要一東京都知事は20日付のブログで「文科省は無能力・無責任で、これが失敗の最大の原因」と批判。24日の記者会見でも「もう少し早くしないと、気の抜けたビールを飲むような形になる」などと検証を急ぐよう求めた。
同じ日に、東京五輪の開幕までちょうど5年を迎え、政府は五輪・パラリンピック推進本部の初会合を開催した。安倍首相は「開催までに新しい競技場を間違いなく完成させ、世界の人々に感動を与える場としたい」と語った。
振り出しに戻った競技場の整備計画は、内閣官房に設置した再検討推進室で策定することになった。文科省任せの失敗を反省し、官邸主導で進めるためで、9月上旬をめどに計画を策定。その後、デザインや施工業者を一括で入札して決め、来年1、2月には整備事業に着手。20年春に完成させたいとしている。

文科省とJSCの責任重大 検証委報告書
 2015年9月24日、白紙撤回された新国立競技場の旧整備計画の問題点について、文部科学省の検証委員会(委員長=柏木昇・東京大名誉教授)は報告書をまとめて公表した。
報告書では、「国家プロジェクトに求められる組織体制を整備できなかった」として、事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)の河野一郎理事長や、監督する文科省の下村博文文科相と事務方トップの事務次官に責任があったと言及した。
 また2013年9月の東京五輪・パラリンピック開催決定から4カ月間が、計画をゼロベースで見直すタイミングだったとも指摘した。
報告書を受け、下村文科相は、「責任の取り方は25日の閣議後記者会見で発表する。報告書が進退問題に言及しているとは承知していない」と述べ、責任の取り方は曖昧にした。一方、河野理事長は任期満了の今月末で退任する意向を正式表明した。
報告書は計画撤回に至った理由として、(1)関係団体トップらでつくるJSC有識者会議など集団的意思決定システムによる硬直性(2)複雑な事業を既存の縦割り組織で対応(3)消極的な情報発信−−の3点を挙げた。
 事業推進態勢についてはJSCを「当事者としての能力や権限が無いのに大変難しいプロジェクトを引き受けた」、文科省を「JSCへの管理監督が不十分だった」と批判した。その上で「関係者間の役割分担、責任体制が不明確。JSCの有識者会議に実質的な主導権を許した」と意思決定のゆがみを指摘した。
 旧計画は、12年7月の国際デザインコンクール募集開始時に工事費を1300億円と想定し、ザハ・ハディド氏の案を採用した。設計会社が大会開催決定前の13年7〜8月に工事費を3462億円と試算し、直後に工事費1358億円など七つのコンパクト化案が出された。これを踏まえ検証委は、開催決定から13年末が見直しのタイミングだったと判断した。

新国立競技場整備計画経緯検証委員会 検証報告書
平成27年9月24日 新国立競技場整備計画経緯検証委員会


検証報告書の概要 文部科学省の第三者委員会(委員長=柏木昇・東大名誉教授)

 《総論》
 【検証に当たっての前提】
 ・高い要求仕様に応えつつ、2019年のラグビーワールドカップ(W杯)に間に合わせるという窮屈な工期で最高水準の技術が求められるデザインを実現すること自体、難度が高いプロジェクトだった。加えて予想を超える物価や賃金の高騰を招く特殊な建設市況や、調整プロセスの追加などにより、一層複雑さを包含するものと化していた。
 ・様々な工事費の数値は、それぞれの計算基礎と算出主体と精度が異なるものであり、このような性質の異なる数字を横並びで比較することについては慎重でなければならない。
 【見直しに至った主な要因】
 ・意思決定がトップヘビー(上層部に偏りすぎ)で機動性がなかったことにより、意思決定の硬直性を招いた。集団的意思決定システムの弊害があった。
 ・大規模かつ複雑なプロジェクトだったにもかかわらず、既存の組織・既存のスタッフで対応してしまった。
 ・情報発信による透明性の向上や、国家的プロジェクトに対する国民理解の醸成が図られなかった。
 【見直しをすべきだったタイミング】
 ・13年8月に設計JV(共同企業体)から、ザハ・ハディド氏のデザインを基礎として関係団体の要望をすべて満たした場合、工事費が3千億円を超えそうだという報告がなされ、その際に工事費の削減案が関係者間で検討されている。
 ・同年9月に20年の東京五輪・パラリンピックの招致が決定した後、この削減案に基づき、一度ゼロベースでザハ・ハディド案を見直すチャンスがあったのではないかと考えられる。
 ・従ってプロジェクトを本当に動かす必要が生じた13年9月から年末にかけてが、ゼロベースで見直す一つのタイミングだったと考えられる。
 【責任の所在について】
 ・結果として、本プロジェクトの難度に求められる適切な組織体制を整備することができなかった独立行政法人・日本スポーツ振興センター(JSC)、ひいてはその組織の長たる理事長にあると言わざるを得ない。
 ・文部科学省についても同様に解するべきであり、組織の長たる文部科学大臣及び事務方の最上位の事務次官は、関係部局の責任を明確にし、本プロジェクトに対応できる組織体制を整備すべきだった。
 《各論》
 【コストに関する問題点】
 ・デザイン競技公募で示される工事費の意味合いが、関係者の間で共有出来ていなかった。
 ・デザイン審査の過程において、今後工事費が変動する可能性について、専門家から警鐘が鳴らされる仕組みとなっていなかった。
 ・算出主体の違いによる工事費の差異や工事費高騰の可能性について、国民に対し、正確かつ丁寧な説明がなされなかった。
 ・工事費について、物価上昇分などを加えた額がどの程度を超えた場合に仕様を変更するかといった検討がなされず、上限額が無いに等しい状況だった。
 ・国費以外の財源が複数あったこともあり、工事費の上限額を明確にする意識の低下を招いた。
 【プランニングに関する問題点】
 ・招致決定後、仕様、工期、工事費という並び立たせるのが困難な要素について、いずれを優先させるのか首尾一貫していなかった。
 ・関係者らの要望事項を幅広く採り入れたことで、すべてを備える仕様となっていたが、抜本的な見直しは行われず、規模や機能の縮小を検討するにとどまっていた。
 ・国家的プロジェクトを行う政府全体としての意思の統一がなされておらず、関係者がそれぞれの立場で検討し、調整した。その結果、もともと19年のラグビーW杯に間に合わせるという窮屈なスケジュールだったにもかかわらず、時間的なロスが発生してしまった。
 【設計・工事に係る調達方法に関する問題点】
 ・プロジェクトの初期段階で、相互関係などを勘案したプロジェクト全体の調達計画が立てられていなかった。対症療法的な調達方法だった。
 ・デザイン監修者と設計者との間における役割分担が不明確だった。
 ・発注者(JSC)が、発注者支援者の専門性を十分に活用出来ていなかった。
 ・技術協力者・施工予定者の参画が遅れ、工事費の削減と工期の短縮につながらなかった。
 ・工区分割を採用したことで、工区間の調整が必要となり、工期延伸の原因の一つとなった。
 【情報の発信に関する問題点】
 ・国家的プロジェクトとして、税金を負担する国民の理解を得るための、工事費の推移などに関する情報発信が十分ではなかった。
 ・新国立競技場の用途や魅力について、広く、国民に対して積極的に発信していたとは言えなかった。
 ・プロジェクト全体を通じて、一貫して最後まで状況が説明できる専門知識を持ったスポークスマンが配置されておらず、情報発信の体制が不十分だった。
 【プロジェクト推進体制に関する問題点】
 ・JSCの理事長は組織の長として、文科省に人的支援の要請を行った事実はあるが、結果として国家的プロジェクトに求められる組織体制を整備することができなかった。
 ・文科相及び文科事務次官は、国家的プロジェクトを念頭においた進捗(しんちょく)管理体制を構築せず、報告・相談が密に行われる仕組み作りや組織風土の醸成が十分ではなかった。
 ・国家的プロジェクトにふさわしい権限と責任を伴ったプロジェクト・マネジャー(現場責任者)が組織の中に明確に位置づけられておらず、また、プロジェクト・マネジャーに相当すると思われる役職者を通常の人事ローテーションで異動させていた。
 ・多くの関係者間や関係組織間の役割分担、責任体制が不明確だったため、意思を決定する過程の透明性が確保されていなかった。
 ・大規模かつ複雑なプロジェクトに精通した専門家を発掘・配置しておらず、また、デザイン選定からプロジェクト推進までを一貫してチェックする専門性をもった組織を構築していなかった。
 《終わりに》
 検証の過程で行った聞き取りの結果で判明したことは、本プロジェクトに関わった多くの人が真摯(しんし)に仕事に取り組んできたことである。
 しかし、その一方で、プロジェクトを遂行するシステム全体が脆弱(ぜいじゃく)で適切な形でなかったために、プロジェクトが紆余(うよ)曲折し、コストが当初の想定よりも大きくなったことにより、国民の支持を得られなくなり、白紙撤回の決定をされるに至ってしまった。
 20年東京五輪・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場は今後、厳しいスケジュールの下で整備が行われることになるが、国民の信頼を回復し、全ての国民から愛される競技場となることを期待する。

(出典 朝日新聞 2015年9月25日)

下村文部相 辞意
 下村博文文部科学相は25日、閣議後の会見で、新国立競技場問題の責任を取るため、24日夜に安倍晋三首相に辞意を伝えたことを明らかにした。首相からは10月上旬に予定する内閣改造まで続投を要請され、了承した。また下村文科相は、大臣俸給から議員歳費を除いた額の6カ月分など、計約90万円を返納すると発表した。
 新国立競技場の旧建設計画が白紙撤回に至った経緯を検証する文科省の第三者委員会が24日、「適切な組織体制を整備できなかった」として下村文科相の結果責任を明記した報告書を公表。これを受けて下村文科相は、首相に電話で「自ら責任を取りたい」と伝えた。首相からは「今までの経緯の中では辞任に値しないがそういうことなら受け止めたい。近々内閣改造をするので、それまでは続けて欲しい」と慰留されたという。
 下村文科相は、「非違行為があったわけではないが、国民全体のムーブメントの先頭にたって盛り上げる立場の中、それができなかったことについて政治的責任があると考えていた。(第三者委の)報告書が出てけじめをつけた」と述べた。
 山中伸一前事務次官も給与の10%を2カ月分、約24万円を自主返納する。今月末に退任する河野一郎日本スポーツ振興センター(JSC)理事長も、給与の10%を2カ月分返納する。政府は25日の閣議で、後任理事長に、サッカーJリーグ前チェアマンの大東和美氏を10月1日付で起用する人事を了承した。

責任の所在を曖昧にした下村氏の辞任
 下村博文文部科学相は25日、検証委員会から報告書を受け取った前夜に安倍晋三首相に辞意を伝えたが、結局、安倍首相は、内閣改造を目前に控えた時期の「辞任」は、政権のダメージになるとして、内閣改造での「交代」とした。
下村氏は給与の自主返納も発表し「けじめ」を強調したが、「検証委の報告書とは別の次元で私自身の判断として辞任を申し入れた」と述べた。25日の閣議後会見で、下村文科相は辞意が「自主判断」だと再三強調した。
  “迷走”を重ねた新国立競技場整備の責任の所在を曖昧したままの“辞任”表明になった。
 2012年12月に文科相で初入閣して以来、教育委員会制度改革や「道徳」の教科化など安倍首相がこだわる教育改革を実現させてきた下村氏だったが、今年に入って「失点」が相次いだ。2月に支援団体「博友会」を巡る資金問題が週刊誌報道で浮上し、国会で激しく追及された。6月には新国立競技場の総工費の高騰問題がわき上がり、窮地に追い込まれた。それでも首相は責任を問わなかった。政権運営のダメージを回避するためだ。改造で交代は「既定路線」としたのである。
 首相が旧整備計画の白紙撤回を表明したのは7月17日。最重要課題の安全保障関連法は前日に衆院を通過したばかりだった。下村氏を更迭すれば、野党に新たな攻撃材料を与える。関連法の参院審議は難航することが見込まれており、続投させざるを得なかった。
 白紙撤回後も自らは職にとどまりながら、担当局長を交代させた下村氏への風当たりは強くなるばかりだった。
既に内閣改造が9月下旬にも行われるとの見方が広がっており、下村氏の交代は説がささやかれていた。検証報告を9月末までにまとめるとしたのは、検証を行う十分な期間を考慮したのではなく、内閣改造に間に合わせて、下村氏の交代は「既定路線」として収拾させようとする政治的な配慮を優先させたと思われる。
 2020東京オリンピック・パラリンピックの準備を巡っては、まず新国立競技場の建設問題を巡って大きな“汚点”を残したには間違いない。






新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(1) “迷走”と“混迷”を重ねる新国立競技場 国際公約“ザハ・ハディド案” 縮小見直し「2520億円」
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(2) 白紙撤回ザハ・ハディド案 仕切り直し「1550億円」 破綻した“多機能スタジアム”
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(3) 新デザイン「木と緑のスタジアム」決定 大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏のチーム “赤字”への懸念 巨額の負担を次世代に残すのか? 
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(4) 検証新デザイン 維持管理費・長期修繕費 ライフサイクルコストはどうなる?
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(5) 陸上競技の“聖地”は無残にも消えた 新国立競技場はサッカーやラグビーの球技専用スタジアムに
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(7) 新国立競技場に暗雲 破綻寸前日本スポーツ振興センター(JSC)

巨額の負担が次世代に 日本は耐えきれるか? ライフサイクルコスト
デザインビルド方式 設計施工一括発注方式は公正な入札制度か?
審査委員長の“肩書き”が泣いている 新国立競技場デザイン決めた安藤忠雄氏


東京オリンピック 競技会場最新情報(上) 競技会場の全貌
東京オリンピック 競技会場最新情報(下)膨張する開催経費 どこへいった競技開催理念 “世界一コンパクト”
“もったいない” 五輪開催費用「3兆円」 小池都知事の“五輪行革に暗雲
北朝鮮五輪参加で2020東京オリンピックは“混迷”必至








国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)





2018年5月15日
Copyright (C) 2018 IMSSR





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廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net  /  imssr@a09.itscom.net
URL http://blog.goo.ne.jp/imssr_media_2015
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新国立競技場 負の遺産 負のレガシー 迷走 混迷 ザハ・ハディド 2520億円    

2018年05月13日 21時03分37秒 | 新国立競技場

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか(1)
~“迷走”と“混迷”を重ねる新国立競技場 国際公約“ザハ・ハディド案”
縮小見直し「2520億円」~



▼ イベントも開催する多機能スタジアムに 総工費は1300億円程度
▼ 国際デザイン・コンクールの“お粗末”な審査
▼ 「アンビルドの女王」 ザハ・ハディド氏
▼ 文科省 新国立競技場建設費「1692億円」上限に
▼ 縮小建設案 景観配慮、5メートル低く 面積25%削減 総工費「1625億円」
▼ 「総工費3000億円超 工期50か月」ゼネコン2社の目論見
▼ 仮設席1万5000席と開閉式屋根は五輪後先送り 再縮減建設計画
▼ 総工費「2520億円」 経費増加「895億円」アーチ構造などが原因
▼ “五輪の聖地”を汚した解体工事入札の迷走
▼ 巨大施設の巨額維持管理費 “赤字”必死 
▼ 財源不足 「2520億円」の押し付け合い 誰が責任をとるのか?






新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(2) 白紙撤回ザハ・ハディド案 仕切り直し「1550億円」 破綻した“多機能スタジアム”
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(3) 新デザイン「木と緑のスタジアム」決定 大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏のチーム “赤字”への懸念 巨額の負担を次世代に残すのか? 
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(4) 検証新デザイン 維持管理費・長期修繕費 ライフサイクルコストはどうなる?
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(5) 新国立競技場“迷走” 文科省とJSCに責任 検証委
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(6) 陸上競技の“聖地”は無残にも消えた 新国立競技場はサッカーやラグビーの球技専用スタジアムに
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(7) 新国立競技場に暗雲 破綻寸前日本スポーツ振興センター(JSC)







新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(1)

新国立競技場のデザイン募集 国際コンペ実施
 「8万人を収容する観客席、開閉式の屋根、大規模な国際大会のほか、コンサートなども開ける多機能型の“新国立競技場”を建設する」、2012年7月20日、国立競技場を運営する独立行政法人日本スポーツ振興センター」(JSC)は、新国立競技場のデザインを募集する国際コンクールを実施した。
 新国立競技場のデザインコンクールのキャッチフレーズは、「『いちばん』をつくろう」である。
 「日本を変えたい、と思う。新しい日本をつくりたい、と思う。もう一度、上を向いて生きる国に。そのために、シンボルが必要だ。日本人みんなが誇りに思い、応援したくなるような。世界中の人が一度は行ってみたいと願うような。世界史に、その名を刻むような。世界一楽しい場所をつくろう。それが、まったく新しく生まれ変わる国立競技場だ。世界最高のパフォーマンス。世界最高のキャパシティ。世界最高のホスピタリティ。そのスタジアムは、日本にある。「いちばん」のスタジアムをゴールイメージにする。だから、創り方も新しくなくてはならない。私たちは、新しい国立競技場のデザイン・コンクールの実施を世界に向けて発表した。そのプロセスには、市民誰もが参加できるようにしたい。専門家と一緒に、ほんとに、みんなでつくりあげていく。『建物』ではなく『コミュニケーション』。そう。まるで、日本中を巻き込む『祝祭』のように。
 この国に世界の中心をつくろう。スポーツと文化の力で。そして、なにより、日本中のみんなの力で。世界で「いちばん」のものをつくろう。」
 国際デザイン・コンクールを実施するにあたって日本スポーツ振興センターが宣言したコメントである。

審査委員長は安藤忠雄氏(建築家 東京大学名誉教授)。
審査員は、鈴木博之(建築家 青山学院大学教授)、岸井隆幸(建築家 日本大学教授)、内藤 廣(建築家 前東京大学副学長)、安岡正人(建築家 東京大学名誉教授)、都倉俊一(作曲家 日本音楽著作権協会会長)、小倉純二(日本サッカー協会会長)、河野一郎(医学博士 日本スポーツ振興センター理事長)の7名に加えて、世界的に著名な建築家のノーマン・フォスター(イギリス)、リチャード・ロジャース(イギリス)の2名が務めた。



新国立競技場 国際デザイン・コンクールの“キーワード”は、“「いちばん」をつくろう”と“FOR ALL”


新国立競技場 国際デザイン・コンクールの“メッセージ”

(出典 新国立競技場 国際デザイン・コンクール ホームページ)



(取り壊された旧国立競技場(写真:日本スポーツ振興センター)

新国立競技場の建設が浮上したのはラグビーW杯開催
 国立競技場の建て替えの突破口を開いたのはラグビーW杯である。2009年に長年の悲願であった日本大会の招致に成功。2011年に「ラグビーW杯2019日本大会成功議員連盟」が建て替えを決議し、その後、国が調査費を計上して建て替え計画が動き出した。
 ラグビーW杯は2019年9月から11月に開催される。  
 関係者が新国立競技場の2019年春の完成にこだわるのも、ラグビーW杯に間に合わせるためだ。6月28日に退任するまで10年間、日本ラグビー協会長を務めた森五輪組織委会長の存在は極めて大きかった。
 そして、建設計画が急速に具体化したのは、勿論、2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致である。
 2020東京オリンピック・パラリンピック招致委員会では、招致を成功させる切り札の一つに新国立競技場の建設を位置付けた。開会式、閉会式、陸上競技を都心に整備される最新鋭のスタジアムを建設して大会を開催することで各国の支持を得ようとしていた。
 新国立競技場の建設は、国際公約になっていた
 1964東京五輪大会のオリンピック・スタジアムとなった国立霞ヶ丘競技場(旧国立競技場)は、老朽化が激しく、耐震強度にも問題があり、建て替えか改修工事が迫られていた。
 新しい国立競技場を建設して、東京の新たなランドマークにし、「陸上競技の聖地」として2020東京大会のレガシーにすると意気込んだ。
 一方で、2011年、日本スポーツ振興センター(JSC)は大規模改修を検討していたことが明らかになっている。市民グループが情報公開で入手した内部資料によると、JSCが設計会社に詳細な耐震補強調査を依頼し、7万人収容規模への改修工事を4年の工期、総工費770億円で行えるとの試算結果がまとめられていた。
 改修案が一掃されたのは、ラグビーW杯の開催と2020東京五輪大会の招致に間違いない。
 新築か改築か、十分に議論を行わずに、2012年新国立競技場建設に向けて国際コンクールが行われて建設計画が始動した。
 そして、国立霞ヶ丘競技場は、2015年3月、解体工事が開始され、9月にはあっという間に跡形もなく取り壊された。
 しかし、新国立競技場建設計画を巡る“迷走”と“混迷”を繰り返した結果、招致活動の象徴として使用したザハ・ハディド氏の斬新な流線形のデザインの白紙撤回に追い込まれた。さらに「2019年春の完成」が間に合わなくなり、「ラグビーW杯2019」の開催も断念した。
約1500億円を投じて新たに建設する意味の半分近く失われた。
 まったくお粗末な経緯に、唖然とするほかない。


イベントも開催する多機能スタジアム 総工費は1300億円程度
 新国立競技場は、東京都新宿区霞ヶ丘町にある現在の国立競技場を解体した跡地に建設する。観客席の収容人数を今の約5万4000人から8万人規模へと大幅に増やし、延べ床面積は約29万平方メートル(地下駐車場を含む)、三層の観客席、高さ約75メートルの巨大なスタジアムである。
 敷地面積も拡張して、現在の約7万2000平方メートルから約11万3000平方メートルに増やし、隣接する日本青年館を取り壊すほか、現在ある公園も敷地に加えた。
 総工事費は解体費を除いて「1300億円」程度とした。
 新競技場にはラグビーやサッカー、陸上競技の大規模な国際大会が実施できる最高水準の機能を求める。例えば、現在8レーンある陸上用トラックを国際規格の9レーンに増やすことなどを想定する。2019年に開催されるラグビーのワールドカップ、またFIFAワールドカップの開催も視野に入れて観客席を8万人とした。
 さらに、コンサートや展覧会などのイベントの開催も可能にし、「芸術・文化の発信基地」を目指す。開閉式の屋根を設けて、大会やイベントが天候に影響されず開催できるようにする。芝生の育成に必要な太陽光や風、水、温度を調整できる機能も求めた。
 観客席は陸上競技を催す際に8万人を収容。ラグビーやサッカーでは選手と観客に一体感や臨場感が生まれるようにピッチに近い場所せり出す可動式の観客席も設置する。コンサート会場にも使える多機能型スタジアムとして、優れた音響環境も備え、屋根には遮音装置を備える。
 世界水準の「ホスピタリティー」も要求する。バリアフリーはもちろん、バルコニー席が付いた個室の観戦ボックスや要人向けのラウンジ、レストランなどを整備する。大会やイベントを開催していないときでも来場者が楽しめるように、商業や文化施設を備えた競技場を目指す。
 新競技場の施設だけでなく、JR千駄ヶ谷駅や東京メトロ外苑前駅といった周辺駅から歩行者が快適にアクセスする動線の確保や、周辺に再配置する公園や公開空地についての提案も求めるのが特徴である。
 まさに、“未来への遺産・レガシー”を追い求めた“夢”のようなコンセプトである。
 完成すれば、東京の新たな“ランドマーク”になると期待も集めた。

 しかし、問題は、その“実現性”をどこまでプロポーザルに求めたかである。事業費および工期についての考え方も提出することにしていたが、その内容はA4版1枚、または1000字以内と定められていたという。
 「1300億円」の巨大建設プロジェクトの国際コンペの募集要項としては、“破格”に簡略な扱いであったと思われる。
 “デザイン・コンクール”なので、提案者にはデザインの卓越性だけを求めて、“実現性”は厳格に求めず、審査する側が検証するという姿勢だったのだろうか。それならば審査する段階で“実現性”を精緻に検証しなければならない。


46作品が応募 最優秀作品はザハ・ハディド氏のデザイン
 国際デザイン・コンクールの募集は、2012年9月25日に締め切られ、世界中から46作品が集まった。
 1次審査では、日本人の8人の審査員がそれぞれ推薦した作品について審査し、11作品に絞り込んだ。
 2次審査では、ノーマン・フォスター、リチャード・ロジャースの両氏も審査に加わり、10名の審査委員で投票を行い、Zaha Hdid Architecs、COX Architecture、SANAA(Seijima and Nishizawa and Associates)+Nikken Sekkeiの上位3作品に絞った。そして、「未来を示すデザイン性」、「技術的なチャレンジ」、「スポーツイベントの際の臨場感」、「施設建設の実現性」などの観点から3作品について詳細に議論を行った。しかし、3作品は審査員の間で評価が分かれて、最後まで激しい議論が繰り広げられ、どれを最優秀案とするか決着が着かなかったという。最後は審査委員長の安藤氏が議論を引き取り、安藤氏はZaha Hdid Architecsの作品を最優秀案に選んだ。






(ザハ・ハディド アーキテクスの作品 出典 新国立競技場 国際デザインコンクール 最優勝賞)

「スポーツの躍動感を思わせるような流線形の斬新なデザイン」 
 Zaha Hdid Architecsの作品が評価されたポイントは、「スポーツの躍動感を思わせるような流線形の斬新なデザイン」である。極めてシンボリックな形態で、「背後には構造と内部の空間表現の見事な一致があり、都市空間とのつながりにおいても、シンプルで力強いアイデアが示されている」としている。また可動式の屋根も“実現可能”で、イベント等の開催時には、「祝祭性」に富んだ空間が演出可能で、「大胆な建築構造がそのままダイナミックなアリーナ空間の高揚感、臨場感、一体感は際立ったものがあった」としている。
 さらに「橋梁ともいうべき象徴的なアーチ状主架構の実現は、現代日本の建設技術の粋を尽くすべき挑戦となる」と評価している。
 これに対して、当初から、Zaha Hdid Architecsのデザインは、「景観」を壊すとして強い批判があった。ジャパン・タイムズは社説で「美しい神宮外苑の公園に、うっかり落とされた醜いプラダのバッグのようだ」とし、「ザハ・ハティドの呪い」とコメントしている。「歴史ある外苑の雰囲気に溶け込まない」、議論は未だに終息していない。
 審査講評では、Zaha Hdid Architecsの作品は、「実現性を含めた総合力」が評価されたとしているので、“実現性”も議論されたに違いない。“実現性”には、建築工法、工期、そして「1300億円」の総工費という条件がクリヤーできるかどうかも含まれていなければならない。審査の中で「1300億円」はどのように議論されたのだろうか?
 審査委員会では一部の委員からコストを懸念する声があったものの、複数の審査委員は、「技術調査」でコストの確認は別に行われていたと思い、審査委員会では、「1300億円」に設定されたコストの確認はチェックしなかったとしている。
 審査に加わった10名の内、都倉俊一氏と河野一郎氏を除く8名は、超一流の建築専門家である。応募作品を審査すれば、総工費がおおまかに1000億程度なのか、2000億なのか、3000億なのか位の“見当”は簡単につけることはできたと思うが、総工費を巡る議論は行わなかった。
「1300億円」ではとうていできないことが分かっていながら審査委員長の安藤忠雄氏を始め、審査委員のメンバーは、“夢”だけを求めて、あえて建設費には目をつぶったのであろうか?
 最後は、オリンピック招致のためのインパクトを最優先して、ザハ・ハティド氏のデザインを選んだとされている。
 審査委員長の安藤忠雄氏は、2015年7月7日に行われた最終的に建設計画を決定する「有識者会議」にも欠席して、この件では一切、口を閉ざしている。
 いずれにしても、コスト感覚が欠けた審査作業の杜撰な体質が問われることになる。
  

2020年東京オリンピック・パラリンピック招致に成功
 2013年9月7日、アルゼンチンの「ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会で、東京がライバル都市のマドリードとイスタンブールを破って、2020年オリンピック・パラリンピック大会の開催都市に選出された。
 1964年以来56年ぶりの開催で、2回目の開催はアジアで初めてとなる。大会運営能力の高さや財政力、治安の良さなどが評価され、3都市による戦いを制した。
 東京の立候補は、リオデジャネイロ(ブラジル)開催が決まった2016年大会に続き2回連続で、今回、雪辱を果たした。「低コストの大会運営」を掲げたマドリードは3回連続、「イスラム圏初の開催」を目指したイスタンブールは5回目の挑戦だったが、ともに敗れた。
 東京は、2016年大会の招致レースでは国内支持率の低迷やロビー活動の出遅れが響き惨敗した。東日本大震災後の2011年7月、当時の石原慎太郎都知事が2020年大会への再挑戦を表明し、9月に東京招致委を立ち上げ、招致活動を開始した。
 招致活動では、ザハ・ハディド氏の新国立競技場のデザインを東京大会のシンボルとしてパンフレットや資料に載せ、セールスポイントの一つに位置付けていた。ブエノスアイレスで開催されたIOC総会で、安倍晋三首相も招致演説の中で、新国立競技場の建設を“公約”した。
 ザハ・ハディド氏の新国立競技場の建設は、2020東京五輪招致のアピールポンイントの一つに使っていたのである。建設を中止するれば、国際的に日本の信用は失墜することになりかねない。新国立競技場の建設は国としての“面子”がかかっていた。





総工費試算「3000億円」 新国立競技場、計画縮小へ
 2013年10月23日、下村五輪相は、参院予算委員会で、新国立競技場をデザイン通り建設した場合の総工費の試算が「3000億円に達する」ことを明らかにし、初めて公式に、膨張する総工費問題を抱えていることを示唆した。下村氏は「あまりにも膨大な予算がかかりすぎるので、縮小する方向で検討する必要がある」と述べたが、流線形が特徴のデザインは維持し、開閉式の屋根や可動式の観客席を設置するコンセプトは踏襲するとし、ザハ・ハディド氏の案を基本的に進めるとした。
 経費節減策については、競技場と最寄り駅を結ぶ通路などの簡素化など「周辺整備経」を対象にするとした。
 「3000億円」発言の根拠は、日本スポーツ振興センター(JSC)が、内内に行った「フレームアップ設計」の結果にある。
 JSCはザハ・ハディド氏の案を採用後、国内の建築設計会社に業務を発注し、ザハ・ハディド案を“実現”する「基本設計」の準備作業(「フレームアップ設計」を始めていた。ザハ・ハディド案を“忠実に”実現し、各競技団体の要望を全て盛り込んで建設した場合、総工費の試算は「3535億円」、当初額の倍以上に膨れ上がるという試算結果が出ていた。 JSCでは試算結果「3535億円」を、2013年7月30日に文科省に報告し、その直後に「1358億円~3535億円」の7つの見直し案を文科省に報告していることが、その後明らかになっている。
 しかし、文科省は、「仮定の数字だが、3千億円はありえない額だ」として、「3535億円」の試算結果を真剣に受け止めず、規模や規格など建設計画の見直しを進めれば、総工費は縮減可能とし、ザハ・ハディド案で建設を進める方針を変えなかった。
 「3000億円」を半減させるには多少の見直しでは不可能で、抜本的に建設計画を再検討しなければならいことは自明の理だ。この時点で、文科省とJSCは、この時点で、決定的なミスを犯し、その後の新国立競技場の“迷走”の原因となった。
 建設関係者の間では、密かにザハ・ハディド案の“実現性”に一気に疑念が噴出した。

「アンビルドの女王」 ザハ・ハディド氏
 ザハ・ハディド氏はイギリス在住のイラク出身の建築家で、2004年、建築界のノーベル賞といわれているプリツカー賞を女性初、最年少で受賞した。
 建築家ザハ・ハディド氏の名前は、1983年に行なわれた香港の高級クラブの建築設計コンペで、彼女の設計案「ザ・ピーク」が1位を取ったことで、一躍、世界に知れるようになった。しかし、実際に、このデザインで建設されることはなかった。以後、その余りにも斬新なデザインで物議を醸しだしたり、“実現性”に問題があったり、建設費が膨大になり建設中止になったりするケースが相次いだ。「『アンビルド』(未建設)の女王」と揶揄されていたという。
 しかし、その後、ロンドンオリンピックで使われたアクアティクス・センターや香港工科大学のジョッキークラブ・イノヴェーション・タワー、ローマの21世紀美術館、ライプチヒのBMWセントラルビルディング、グラスゴーのリバーサイド博物館などが次々に実現され、今春オープンしたソウルの新名所「東大門デザインプラザ」の設計も手掛け、約40カ国でプロジェクトが進行中だという。世界各国から注目されている建築家の一人になった。
 ザハ・ハディド氏は、コンピューターを駆使した設計を得意とし、斬新な流れるような曲線で次世代のイメージを彷彿とさせるデザインが特徴的だ。またザハ・ハディド氏のデザインは最先端の建設技術を極限まで求めて、取り入れていることで知られている。今回の新国立競技場のデザインは、まさにザハ・ハディド氏流の“先端性”を十二分に発揮した作品と思える。
 筆者は、ザハ・ハディド氏のデザインを批判するつもりは一切ない。彼女は建築デザイン家として、“未来感覚の斬新さ”をあくまで追求してプロフェッショナルのデザインを創造する“芸術家”である。自由な発想で世界各国に“斬新”なデザイン作品を提示していくのは素晴らしいことだ。
 筆者がかつて勤務していたビルの隣に1964年の東京オリンピックの競泳会場となった国立代々木競技場第一体育館がある。この体育館の設計をしたのは丹下健三氏である。当時としては実に時代の先端を行く吊屋根形式のデザインであった。当時の建設技術では極めて難度が高く、実現が難しいのではないかと言われていた工法に挑戦した。当時その斬新なデザインにまったく批判がなかったわけではないだろう。しかし、その優美な曲線を持った外観は東京オリンピックのシンボルの一つとして今も評価され、代々木のランドマークとなっている。建築物の“先端性”とはこのように理解するのが適切なのではないか。“時代”の一歩先を行けば評価されるし、二歩先を行くと誰も理解してくれないが世の常である。ザハ・ハディド氏は、そのギリギリの境界を狙っている“挑戦的”な建築家だと思う。
 問題は、ザハ・ハディド氏のデザイン作品ではなくて、そのデザイン作品を審査する側にあるのではないか?


文科省 新国立競技場建設費「1692億円」上限に
 
 総工費「3535億円」の試算が出されているにもかかわらず、2014年1月、文科省は、「新国立競技場設計条件」(「フレームワーク設計」)を元にして、新国立競技場関連の予算を新競技場建設費「1388億円」、解体費「67億円」、周辺整備費(立体公園、ブリッジ等)「237億円」、合わせて「1692」億円を“上限”とする方針を決めて、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)に示した。
 これを受けて、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)は、総工費「1625億円」(消費税5%で試算)の建設費を文部省に提示し、合意した。
 この時点の基本設計案では、開閉式の屋根を設置し、観客席の一部は、サッカーやラグビーなどの試合では座席がピッチサイドまで自動でせり出す可動式が採用されている
 総工費に解体費や周辺整備を組み入れたことは評価できる。
 「1625億円」の負担は、JSCの運営するtotoの収入、国の一般会計、東京都が負担することとした。東京都には「500億円」程度の負担を要請したいとしている。仮に東京都が「500億円」負担すると残りの1125億円をtotoと国の一般会計で負担することになる計算である。
 しかし、実は、新国立競技場関連経費は、「1625億円」には参入されなかった日本青年館とJSC本部の移転・新築経費や新国立競技場設計監理費用、埋蔵文化財調査費など「279億円」別枠で計上されており、この他にも未計上の周辺整備費があることが明らかになっている。こうした関連経費を加えると総工費は「2000億円超」に膨れ上がるのは確実である。世論の批判をかわすために、膨れ上がる総工費を少なく見せる操作が早くも行われていた。こうして新国立競技場を巡る“迷走”は更に深刻さを増していく。

縮小設計案 景観配慮、5メートル低く 「1625億円」を維持


(新国立競技場の完成予想図。環境に配慮して高さが当初案より5メートル低い70メートルになった 出典 日本スポーツ振興センター)

 2014年5月28日、日本スポーツ振興センター(JSC)の将来構想有識者会議(委員長=佐藤禎一元文部事務次官)が開かれ、最大8万人収容の新競技場の基本設計案が承認された。周辺に配慮して高さは当初案より5メートル低い70メートルとし、立体型の通路を見直し延べ床面積を25%程度縮小するとした。19年9月開幕のラグビー・ワールドカップ日本大会に向けて2019年3月の完成を目指すとしている。
 基本設計案によると、敷地面積は当初計画通り約11万3千平方メートル、延べ床面積は当初計画の約29万平方メートルから25%削減し、約22万4500平方メートルとした。
 地上6階、地下2階、建物の高さは70メートル。スタジアムの外観は、ザハ・ハディド氏の流線形の案を元に、縮減案に合わせてデザインの見直しが行われ、総工費は「1625億円」とした。
 サッカーやラグビーなどの開催時は、観客席、1万5000席を電動可動式にして、9レーンの陸上トラック上を覆い、ピッチサイドまでせり出す方式を採用。芝生の状態を保つため、地中に温度を制御する装置を入れるなど、最新技術を駆使する。屋根は客席の上部は常設とし、グラウンド上部には可動式屋根を設置してする。「屋根」は、イベント開催時などに周辺に配慮するために、吸音性を重視した膜を使用して遮音性を高める。建築基準法上は「屋根」ではなく「遮音装置」だとしている。
 延べ床面積の削減で、、競技場周囲の取り巻く立体通路や、スポーツ博物館、レストランなどの商業施設、VIP席やボックスシートなどの関連施設も縮小され、900台収容だった駐車場は約660台に減らされた。
 建物の高さは70メートルにしたことについて、JSCの河野一郎理事長は会議後、「景観には配慮した」と述べている。
 またJSCでは「1625億円」とした総工費は、「2013年7月の単価、消費税5%」での試算であるとし、「消費税8%の増税分」や「資材費や労務費の高騰」でさらに総工費が膨らむ可能性を示唆した。
 「1625億円」は、競技場本体に約「1388億円」、公園や連絡通路などに約「237億円」と記されている。「1625億円」には「237億円」の周辺整備は含めていたが、「2520億円」には、周辺整備の「237億円」は除外された。
 また文科省が示した整備方針では含めていた解体費の「67億円」も除かれ別枠の予算措置とした。
 「2520億円」はすでに破綻していて、「237億円」と「67億円」を加えた「2824」億円とすべきだろう。
 関連経費は極力別枠にして、膨れ上がる総工費を“抑制”する“見せかけ”の操作である。
 また五輪大会開催後の収支見込みも示され、可動式の屋根を設置した場合には、現在の競技場では5億~7億円程度の年間の維持費は「46億円」に膨れるが、コンサートなどの多目的利用が進み「年間50億円を超す収入が見込める」とし、約「4億円」の黒字が達成可能とした。これに対して、屋根を設置しない場合には、収入「38億円」、支出「44億円」、「6億円」の赤字としている。
 この時点で、「3000億超」というゼネコン2社の試算があることを知りながら、文科省とJSCは建設計画を縮減すれば「1625億円」で建設できると判断したのである。余りにも杜撰な体質は一向に改まらない。
 文科省やJSCの関係者は、2020東京五輪大会の招致が成功したので、「国際公約」となっている新国立競技場の建設は、総工費が膨らんでも世界に自慢ができるスタジアムを建設できれば国民の理解は得られるのでないかいと、高を括っていたのではないかという疑いがある。
 しかし世論はそんなに甘くはなかったのである。

当事者能力を欠いていた文科省とJSC
 JSCで新国立競技場の整備を担うのは「新国立競技場設置本部」、2013年2月に発足した。本部長以下27人の職員のうち12人は文科省からの出向組が占める。本部長をはじめ、設計と工事を担当する施設部の部長と、施設企画課と施設整備推進課の課長は文科省の文教施設企画部から出向していた(2014年4月現在)。
 文教施設企画部は、国立大の施設整備などを担当しているセクションで、派遣されたのは技術系職員中心である。
 「新国立競技場設置本部」の担当者は、新国立競技場のような巨大スタジアムの発注・施工管理を担った経験は皆無で、建設計画を巡って設計会社やゼネコンと複雑な調整をする能力は期待できないという懸念があった。 
 また、斬新なデザインの新国立競技場の建設は、技術的に困難な工事が想定され、JSCは実施設計から建設企業を参加させるプロポーザル方式を採用した。技術力のある大手ゼネコンの大成建設と竹中工務店の協力を得ることで入札不調などの不測の事態を避け、確実に工事を進めたいとした。
 しかし、この方式が裏目に出て、巨大スタジアムの建設の実績があり、担当者の豊富にいるゼンコン側のパワーに、文科相もJSCの当事者能力ははるかに劣り、コントロールができななかったと思われる。
 とりわけ建設費の算定では、ゼンコン側の「言うまま」だっと思われる。文科省とJSCが主導して積算した「1625億円」の総工費に対し、昨秋ごろからゼネコン側はJSCに「この額では設計通りにはできない。工期も間に合わない」主張し、「3000億円超、工期50か月」を示した。
 文科省とJSCは、この積算を真剣に検討せず、事実上握り潰し、総工費「1625億円」で突き進んだが、結局、撤回に追い込まれる。
 「3000億円超、工期50か月」がJSCトップの河野一郎理事長の耳に届いたのは2014年3月、下村文科相が把握したのはさらに後だったとされ、混乱に拍車をかけた。
 新国立競技場のような巨大プロジェクトをマネージメントするには、担当者は高度の能力が必要となる。新国立競技場は、これまでだれも経験していない斬新なデザインの巨大スタジアム、難工事が想定されていた。 
 現状の文科省やJSCの体制で、新国立競技場建設をマネージメントするのは不可能で、てこ入れするなど、組織の見直しが必須であろう。

新国立競技場 施工者は大成と竹中
 2014年10月31日、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)は、工事施工予定者に大成建設と竹中工務店を選定した。
 大成建設は延べ面積約21万平方メートルの競技場など本体部、竹中は開閉式で遮音装置を設けた屋根を担当することになった。
 JSCは2014年8月に新国立競技場建設工事を2工区に分けて公募型プロポーザル方式(技術提携を結んだ特定の業者と契約を結ぶ方式)で技術提案を求めた。スタンド工区は大手ゼネコン3社、屋根工区は大手2社から提案書が出され、学識経験者ら7人からなる技術審査委員会によって審査された。
審査委は選定理由について、両社が工事で連携する姿勢を示している点などを評価した。
 ザハ・ハディド氏の斬新なデザインの構築物を建設するには、極めて高度な技術力が必要なため、JSCは実施設計から業者を参加させるプロポーザル方式を採用した。技術力のある大手ゼネコンの提携することで入札不調などの不測の事態を避け、確実に工事を進めることを目指したとしている。
 しかし難点は、一般競争入札と違って価格での競争がなく、「随契方式」の相対の交渉となり、総工費は高めになることだ。
 今後、大成建設と竹中工務店は具体的な仕様を決める「実施設計」を日本設計グループとともに策定し、焦点の総工費を決めて正式契約した上で、2015年10月に着工する。以後、新国立競技場の建設を巡る主導権はゼネコン2社が握ることなる。残念ながら、JSCや文科省にゼネコン2社をコントロールする能力があるとは到底思えない。




“迷走”国立競技場の解体工事 “五輪の聖地”に汚点
 2020年東京五輪・パラリンピックの主会場として建て替えが予定されている国立競技場(東京都新宿区)の解体工事では、極めて異例の事態が立て続いて起きた。発注元の日本職員が参加業者の入札関連書類を提出期限前に一方的に順次開封し、その上で予定価格を操作したのでは-との官製談合疑惑も浮上、国会でも追及された。入札は3回も行われようやく決着したが、2014年9月に開始予定の解体工事は、大幅に遅れ2015年2月にようやくスタンドの取り壊し工事に着工した。2015年5月には、スタンドなど構造物の解体工事は終了、近代日本において数々の歴史の舞台数々の舞台ともなった国立競技場は跡形もなく消えた。しかし、解体工事にからむ一連の騒動は、“五輪の聖地”の最後の1ページに汚点を残した。

1回目の入札は「不調」
 2015年5月、第1回目の一般競争入札が行われ、準大手建設会社が中心に応札したが、業者側の提示額が落札の上限である予定価格をいずれも上回り、南工区、北工区ともに「不調」となり落札業者は決まらなかった。
解体工事は工区を南北の二つに分け、予定工事発注規模をそれぞれ「20億2000万円以上」としている。工期は来年9月30日まで。
 入札は、価格とともに業者の技術力などを点数化して評価する「施工体制確認型総合評価落札方式」で実施され、5月29日に開札した。南工区、北工区合わせてゼネコンを中心に4業者が参加したが、南工区、北工区ともにいずれも予定価格を上回り、随意契約も検討したが交渉がまとまらなかったとして、「不調」となった。JSCの担当者は「価格が折り合わなかった」とし。人件費の高騰などが背景にあったと伝えられている。

2回目の入札は「関東建設興業」が「38億7180万円」で落札
 国立競技場(東京都新宿区)の解体工事(北工区、南工区)の再入札で、日本スポーツ振興センター(JSC)は27日、いずれも解体業の「関東建設興業」(埼玉県行田市)が落札したと発表した。落札金額は計「38億7180万円」。
再入札では、予定価格を約1.2倍に引き上げ、技術力や施工体制を評価対象から外して参加資格を解体専門業者にも拡大し、北工区、南工区で延べ13社が参加した。
 再入札では、北工区、南工区ともに最低価格を下回る金額を提示した延べ3社については、工事の安全性などを確認する「特別重点調査」の対象とし、調査の結果、「書類に不備があった」として両社とも失格とした。そして、北工区、南工区ともに次に低い価格を提示した関東建設興業を落札業者に決めた。落札業者は、最も低い価格を提示した業者ではなく、“繰上”選定だったのである。
 これに対して、南北両工区とも最低落札価格を入れながら失格した解体業のフジムラは、入札手続きに不公正があったと疑義を唱え内閣府の政府調達苦情検討委員会に訴えた。

入札やり直し 苦情検討委、公正性に疑義
 2015年9月30日、内閣府の政府調達苦情検討委員会は、国立競技場(東京都新宿区)の解体工事で、「官制談合の疑いがあり、入札の公正性などが損なわれていた」として、日本スポーツ振興センター(JSC)に入札をやり直すよう求めた。
日本スポーツ振興センター(JSC)は同日、工事を落札した業者との契約を破棄し、改めて入札を実施すると発表した。
  検討委の報告書などによると、JSCは本来、入札期限(7月16日午後5時)以降に開封すべき工事費内訳書を期限前に開封。また、落札の上限価格に当たる予定価格も開封作業と並行して決めていたとしている。検討委は、「工事費内訳書の開封と並行して予定価格が決められた」とするフジムラの申し立てについもJSCを厳しく批判すると共に、「調達過程の公正性や公平性、入札書の秘密性を損なった」と指摘し、政府調達のルールを定めた世界貿易機関(WTO)の協定違反と認定した。
入札期間中に、発注者である文部科学省所管の独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)に談合情報が寄せられ、JSCの職員が入札期間中にもかかわらず入札書類を開封、各業者の入札価格を確認するという前代未聞の“ミス”が発覚したのである。
 JSCは「手続きが不適切という認識がなかった。関係者にご迷惑をかけ、深くおわび申し上げる」とのコメントを出した。
 2015年10月7日の参院予算委員会国会では、この問題が取り上げられ、民主党蓮舫氏が「手続きが不公正で、官製談合の疑いがある」として疑惑を追及した。
これに対し、参考人として出席したJSC河野一郎理事長は「第三者を入れた部会の調査で、談合なしと決定している」と、疑惑の払拭に努めた。

3回目の入札で解体工事の施工者決まる
 2020年東京五輪のメーン会場となる東京都新宿区の国立競技場の整備に向けて、既存競技場を解体する施工者(南工区、北工区)がようやく決まった。
 12月19日、日本スポーツ振興センター(JSC)は、競技場の北工区の解体工事の施工者を決める一般競争入札で、最低価格を下回る額を提示しフジムラに対し、工事の安全性などを確認する「特別重点調査」に入っていたが、“問題なし”として、施工者をフジムラに決めた。落札額は「15億4900万円」(予定価格「20億2220万1000円」)。
 南工区の施工者は、15日にすでに関東建設興業が施工者に決まっていて、19日から解体工事に入っている。
落札額は「13億9400万円」(予定価格「17億3956万6000円」)。
 南工区、北工区とも応札価格が最低価格を下回り、発注者のJSCでは工事の安全性などを確認する「特別重点調査」に入ったが、今回は“問題なし”とし、両者を落札者として決めた。

 こうして今年3月から始まった競技場の解体工事の入札は、異例の3回のやり直しを経て、ようやく施工者が決まった。 
 新国立競技場は、2020年東京オリンピック・パラリンピックのシンボル、次世代に残す“レガシー(未来への遺産)”にすべき施設整備に早くも大きな汚点を残した。今は取り壊されてしまった旧国立競技場は、国民の大半から“五輪の聖地”としても守られていた。新国立競技場は一体どうなるのだろうか?。





“迷走” 大会終了の収支目論見
「収入38億円」、「支出35億円」、「黒字3億円」

 2014年8月19日、日本スポーツ振興センター(JSC)は、五輪終了後の収支計画を発表し、スポーツ大会やコンサートなどによる収入を「38億4千万円」、維持管理費などの支出を「35億1千万円」とし、年間「3億3千万円」の黒字を確保できる見込みという試算を公表した。
 注目された年間維持費について、可動式屋根や電動可動式観客席、天然芝に配慮した大型送風機や透過性ガラス屋根、観客席の冷房装置など、最新鋭のスタジアムを目指した結果、当初は「46億円」に膨れ上がるとしたが、その後、批判を浴びて経費を圧縮し、今回は「35億1千万円」に削減した。
 それでも旧国立競技場の収入・支出はいずれも年7億円程度で、新国立競技場の事業規模は5倍超に膨らむことになる。JSCは「多角的な事業展開で自立した運営を目指したい」とした。
 さらに毎年の支出とは別に、完成から50年後までに大規模改修費として「656億円」が必要とした。毎年の経費に換算すると「13億円」を上回る巨額な経費だ。今回の収支試算では大規模改修費は除外されJSCは「大規模改修時は国に補助金を要請したい」とした。
 実は「大規模改修費」を毎年の維持管理費に含めると「3億3千万円」の黒字は吹き飛び、新国立競技場は毎年約「10億円」の赤字が必至となる計算なのである。まさに“見せかけ”の“黒字”だった。
 オフイスビルやマンションなどは、5年ないし10年ごとに保守・改修工事を行わないと建築物は維持できないのは常識である。高層ビルや新国立競技場のようは巨大な建築物では、その経費は巨額に上るのは自明の理で、大規模な構造物の収支試算を行う際は、大規模改修費も組み込むのは常識である。大会開催後に、新国立競技場の維持管理に一体どの位の経費がかかるのか、誰が負担するのか、さらに疑念が増すことになった。
 この日明らかにされた収入計画では、新国立競技場は、スポーツ大会を年間80日開催、その内通常の競技会が44日、大規模なスポーツ大会が36日開催し、合わせて3億8千円の収入、コンサートなどのイベントは年間12日開催して3億円の収入、合計9億8千万円のスポーツ・イベント収入を想定した。
 旧国立競技場コンサートの開催実績は年2日程度だったが、「屋根がある大規模会場は珍しくニーズは高い」(JSC)として大幅に増やす強気の想定をした。イベント開催に必要な屋根の建設は、新国立競技場の大会開催後の収入の確保にとって必須となった。
 そのほか、年間最高700万円のVIP室や会員専用シートの契約料で12億5千万円(プレミアム会員事業)、競技場を企業の広告に利用できる権利の使用料などとして10億9千万円(ビジネスパートナーシップ事業)、コンベンションの開催で1億8千万円(コンベンション事業)を見込んだ。
 さらに次世代パブリックビューイング、フィットネス、物販・飲食事業などで収入を拡大するとしている。
 支出では電気設備や機械の修繕費として6億3千万円、年間2回の張り替えを含む芝の管理費として3億3千万円などを計上した。
 この事業計画の最大の問題は、年間、大規模なスポーツ大会が36日、コンサートが12日しかないことだ。残りの300日以上は、何に利用するのだろうか。「8万人」の巨大なスタジアムは、“気軽に”一般市民が利用するような施設ではない。

 “迷走”を繰り返している収支試算には“唖然”とするほかない。
 2014年5月に「1625億円」の建設計画を決めた際には、可動式屋根を設置した場合は、「収入50億円」、「支出46億円」、「黒字4億円」としたが、その目論見の試算が余りにも甘すぎるという批判を浴び、翌日、「収入45億円」、「支出41億円」、「黒字4億円」に変更するという大失態を演じた。
 そして今回更に圧縮され、「収入38億4千万円」、「支出35億1千万円」、「黒字3億3千万円」に事業規模を縮減した。
 見通しの“甘さ”に厳しい批判を浴びて修正を繰り返し、ここでも“杜撰さ”が問われる結果となった
 それにしても、毎回示される収支は、10%近い黒字になる“不自然さ”はつきまとう。試算は単につじつま合わせで、果たしてこの見通し通り運営できるのだろうか、信頼感はまったくない。


ゼネコン2社の見積もりは「3088億円」、「工期50か月」
 新国立競技場のスタンド工区は大成建設、屋根工区は竹中工務店がすでに担当することが決まっているが、2015年1月から2月にかけて、2社は施工会社として積算をやり直し、建設資材の値上がりや労務費の上昇などの物価上昇分や消費税8%の増分を加えて総工費「3088億円」、スタンド工区「1840億円」、屋根校区「1248億円」とする見積もりをJSCに提出した。また工期も「50か月程度」とし、2019年3月末の完成予定も8か月程度延びるとした。(検証委員会報告書)
 「3088億円」、「工期50か月」の前提は、延べ有価面積約22万平方メートル、ザハ・ハディド案の修正デザインで、当初案通り可動式屋根(遮音装置)やキール・アーチ、ピッチサイドの電動可動席1万5000席を設置する建設計画であった。
 このままの建設計画ではラグビー・ワールドカップに間に合わない恐れも浮上し、関係者に衝撃が走った。
 一方、JSCが委託した設計JVは総工費「2112億円」という試算を出していて、施工会社の見積もり額と約1000億円も開きがでて、二者の見積もりの乖離を調整するのは不可能であると、JSCは文科省に報告した。
 この報告を受け、文科省は、フィールド上の開閉式屋根の設置を五輪後に先送りすることなどで総工費を圧縮して、工期も短縮を図るなどを検討するように指示をした。


下村文科相、東京都に「500億円」の負担を求める
 
 新国立競技場の整備費、「1625億円」の財源問題も深刻だ。
 2015年5月18日、下村博文文科相は、舛添都知事に、新国立競技場の整備費約「500億円」(「580億円」とも伝えられている)の負担を求めた。
 さらに下村氏は、さらに建設計画の見直しを検討しているとし「屋根をつけると工期に間に合わない。建設費も1600億円では済まない」と初めて公の場で明かした。屋根の開閉部分の設置を五輪後に先送りし、観客席8万席のうち電動可動式の1万5000席を仮設にして費用と工期を圧縮すると説明した。
 しかし舛添都知事は、まず負担ありきの姿勢に反発。そもそも建設費総額が一体いくらになるのかも示さず、都の負担額を求めるのは納得できず、税金を払う都民に説明できないとして根拠の説明を求めた。事実上の門前払いだったとされている。
 新国立競技場の整備費には、本体工事費とは別に周辺整備費も必要となる。
 2014年1月、文科省は、新国立競技場関連の予算を日本スポーツ振興センター(JSC)に示したが、「周辺整備費237億円」という経費を明らかにしている。「237億円」には、明治公園の整備、周辺の人工地盤の建設、周辺道路の整備などが含まれている。
 東京都に負担を求めた「500億円(580億円)」の内訳について、「周辺整備費」に加えて、競技場の客席を覆う天井や空調設備やバリアフリー設備などの本体工事に含まれる経費も入れて積み上げた額といわれている。
 東京都が負担するのは、最大でも「周辺整備費237億円」とするのが妥当だろう。


1万5000席は仮設に、開閉式屋根は五輪後先送り 再縮小設計案 
 「総工費3000億円超 工期50か月」のゼネコン2社の目論見を受けて、文科省や日本スポーツ振興センター(JSC)は、最大8万人収容の観客席のうち、サッカーやラグビー開催時に陸上トラックにせり出す電動可動式の1万5000席の観客席を手動着脱式の仮設席に変更するとともに、焦点のグランド上部の開閉式屋根の設置は五輪後に先送りにして費用を圧縮し、さらに安価な資材を使用してなどして整備費を「2500億円程度」に縮減することで検討していることを明らかにした。
 「2500億円程度」は、すでに文科省とJSCが定めた「1625億円」(上限)から、約「900」億円も膨れ上がった額である。
 新国立競技場の総工費は、まさにとどまることを知らない“青天井”になっていた。
 焦点の流線形の屋根を支える2本のアーチは、一部の専門家からは技術的に難しく、建設費が膨らんで工期が延びる原因だとして見直しを求める声が出ていたが、大会後の建設を目指すとして、現行通り建設することを決めた。
 一方、固定式の観客席上部の屋根は当初予定通り設置するとし、基本設計を進めるとした。
 しかし、遮音効果があり、雨もしのぐグランド上部の開閉式屋根は、五輪開催後、コンサートやイベント利用などを増やす「多機能スタジアム」にするために計画され、新国立競技場整備計画の“目玉”である。
 五輪後の収入の目論見にも暗雲が立ち込め始めた。
 相次ぐ混乱の原因は、「流線形の斬新なデザイン」だとされている。ザハ・ハディド氏のデザインは、競技場の屋根を支える「キールアーチ」と呼ばれる2本の巨大アーチが特徴的な構造物である。この「キールアーチ」は長さ約370メートル、直径7メートルにも及ぶ巨大なアーチで、施工が極めて難しく、高価な高品質の鉄が2~3万トン近く必要になるという。建設費は2本で1000億円程度に上るといわれている。「キールアーチ」の建設費だけで、新しいスタジアムが一つ建設できるだろう。「奇抜なデザインを選んだツケが今になって回ってきた」と批判する声も出てきている。
 さらに問題なのは、これまで新国立競技場の総工費には「237億円」の周辺整備を含めて算出していたが、今回の「2500億円程度」では、「237億円」の周辺整備費がどうなっているのか明らかにされていない。総経費を圧縮するために操作した懸念が生まれる。
 再三にわたって“迷走”を繰り返す新国立競技場の建設問題については、その責任体制のお粗末さが問われてもしかるべきであろう。
 文科省やJSCはこうした巨大プロジェクトのマネージメント能力に欠けているというだろうか? 先が思いやられる。

総工費「2520億円」 屋根を支えるアーチ構造などが原因で経費膨張
 2015年7月7日、新国立競技場建設の事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)は「有識者会議」を開き、最大8万人収容の新競技場の基本設計案が承認された。
 基本設計案によると、周辺に配慮して高さは当初案より5メートル低い70メートルとし立体型の通路を見直し延べ床面積を25%程度縮小、当初案の約29万平方メートルから、21万1000平方メートルに縮減するとして前回の案を堅持した。
 敷地面積は当初計画通り約11万3000平方メートル、外観は、ザハ・ハディド氏の流線形の案を元にデザインされ、地上6階地下2階。総工費は「2520億円」とした。
 「2520億円」の整備費は2014年5月に定めた基本設計案の「1625億円」より約「900億円」増えた
 建設費が「3000億円超」に膨張する可能性が明らかになり、世論の集中砲火を浴びる中で、「3000億円」を約「500億円」下回る縮減建設計画案が示されたのである。
 大成建設が担当するスタンド工区が「1570億円」、鹿島建設が担当する屋根工区が「950億円」となった。
 JSCは一両日中にも大手ゼネコンと契約を結び、今年10月に着工、19年5月の完成を予定し、19年9月開幕のラグビーW杯の開催に間に合わせる方針は堅持した。
 見直しを決めた有識者会議には、安西祐一郎氏(日本学術振興会理事長)と安藤忠雄氏(建築家)が欠席した。新国立競技場のデザインを選定した国際デザイン・コンクールの審査員長を務めた安藤忠雄氏は、この日は大阪で所用があったとして会議には参加せず、余りにも“無責任”という激しい批判が浴びせられた。

 縮減建設計画では、新国立競技場の斬新なデザインの象徴となる「キール・アーチ」は設置するが、開閉式の屋根の設置は大会開催後に先送りにしたり、電動可動式の観客席を着脱式の仮設席にしたり、芝生育成補助システムの設置を取り止めたりして、約「260億円」を削減し、スタンド本体の総工費を「1365億円」と見積もった。
 一方で、経費増の最大の要因は「キール・アーチ」設置ための資材費や特殊な技術が必要な工費の負担増「765億円」である。
 「765億円」の内訳は、「キール・アーチ」と呼ばれる屋根の鉄骨やスタンドの鉄骨、内装費、そして大量の建設残土の処理など経費増としている。しかし、「765億円」のこれ以上の詳細な内訳の説明はなかった。
 また、建設資材や人件費の高騰分で約25%増、「350億円」、消費増税分が「40億円」、合わせて約「1155億円」の経費が増えたとし、「260億円」の削減を差引すると、「895億円」の経費増になるとした。
 JSCは「2520億円」は「目標工事費」としており、物価動向などで増える可能性があるとしている。
 大会後に設置予定の仮設の観客席1万5千席はこの日の有識者会議の要望を受けて再び大会に合わせて常設化を検討することになった。観客席1万5千席の設置経費は「2520億円」には含まれてはなく、更に経費が必要となる。
 大会後に設置予定の開閉式屋根や1万5千席の仮設観客席は、現時点の試算で約「188億円」(屋根の設置費168億円、仮設観客席20億円)の経費が必要といている。
 屋根を設置した場合の年間の収支見込みも明らかにした。
 2014年夏の試算では、収入「38億4000万円」、支出「35億1000万円」、「黒字3億3000万円」としていたが、これを屋根を設置しない場合は、「38億円」、支出「44億円」、赤字「6億円」とし、屋根を設置した場合は、収入が「40億8100万円」、支出が「40億4300万円」で、かろうじて「3800万円」の黒字に転換すると試算を改めた。
 「3800億円」の黒字では、可動式屋根の建設費「168億円」を償却するには、40年以上必要となる計算で、大会後に可動式の屋根を建設するという計画はほとんど現実味がない。一体誰が「168億円」を負担するのだろうか。
 さらに問題なのは、建設後50年間に必要な大規模改修費は約「1046億円」と見積もったことである。
 毎年の経費として計算すると、年間、約「20億円」の巨額な経費だ。これを収支に組み入れると微々たる黒字は吹き飛んで、実は毎年巨額の赤字が出るのは必至だ。
 有識者会議のメンバーとして出席した東京都の舛添要一知事はこの計画を了承したが、焦点の都の費用負担については明言しなかった。


(国立競技場将来計画有識者会議 新国立競技場設計概要 段階的整備について 2015年7月7日)

 猪瀬前東京都知事は、日本テレビのうえいくアッププラス(2015年7月25日)に出演して、「2520」億円の内訳について、屋根工区の工費の詳細を明らかにしている。

▼ スタンド工区
直接工事 1247.7億円
          土工事               86.1億円
          鉄筋工事              42.3億円
          鉄骨工事             208.7億円
          木工事               22.1億円
          金属工事             104.7億円
          電気設備             135.3億円
          空調工事             100.3億円
          直接仮設・仕上げ工事・設備工事等 548.6億円
共通費   205.7億円
工事価格 1453.4億円
消費税   116.3億円
工事費  1569.7億円  (スタンド工区合計額)

▼ 屋根工区
直接工事  727.9億円
          土工事               44.3億円
          鉄骨工事             427.8億円
          防水工事               5.7億円
          電気設備              30.3億円
          直接仮設・仕上げ工事・設備費   219.8億円
共通費   152.0億円
工事価格  879.9億円
消費税    70.4億円
工事費   950.3億円  (屋根工区合計額)







■ 誰が負担するのか 財源不足は「1000億円」超は必至
 「2520億円」の巨額の経費は、一体、誰が負担するのだろうか? 最大の問題である。
 すでに決まっているのは、国が「392億円」、スポーツ振興基金の取り崩し「125億円」、スポーツくじ“toto”(売り上げの5%:2013年と2014年分)で「109億円」、合わせて「626億円」だ。
 これに期待されているのが、東京都「500億円」、命名権の売却や民間からの寄付「200億円」、toto(売上の10%に引き上げ:5年間[想定])「660億円」、最大「1360億円」程度である。
 すべてこの目論見通り進んでもまだ「534億円」が不足している。
 さらに、バリアフリー整備などの欠かせない周辺整備費「237億円」が経費に含まれているかどうかが曖昧になっている。仮に「237億円」を加えると「771億円」の財源が足らない。 大会後に設置する着脱式の1万5千席の設置費や“可動式の屋根”設置(約188億円)を加えると現状でも、必要財源は「1000億円」は軽く超えると思われる。
 「1000億円」を誰が負担するのだろうか? 結局、国民や都民の税金が投入されるのだろうか?

■ 国際公約 新国立競技場の建設
 建築家ザハ・ハディド氏の「流線型」のデザインは五輪招致のシンボルとして国際オリンピック委員会(IOC)に提出した立候補ファイルなどにも掲載されている。
 計画を変更しなかった理由とされるもう一つが、国際オリンピック委員会(IOC)との「約束」だ。五輪招致時に新国立競技場のデザインを大きなセールスポイントと訴えてきたという経緯がある。東京五輪の開催が決まった2013年9月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたIOC総会で、安倍晋三首相も新国立競技場の建設を公約した。公約が守れなければ日本の面目は丸つぶれである。2020東京五輪大会は準備段階で、世界から失笑を買う失態を演じた。

 2020年東京大会のキャッチフレーズは「DiscoverTomorrow(未来をつかむ)」である。
 新国立競技場の建設にtotoの財源を充当する方針が進められているが、totoは、地域スポーツ活動や地域のスポーツ施設整備の助成や将来の選手の育成など、スポーツの普及・振興に寄与するという重要なミッションがある。仮にtotoを財源にして新国立競技場の建設費に拠出するとしたらtotoの創設精神に反するのではないか?
 オリンピックの精神にも反するだろう。IOCの“レガシー”では、開催都市は、大会開催をきっかけに国民のスポーツの振興をどうやって推進していくのかを重要な課題として取り組まなければならない。東京大会の“レガシー”は、どこへいったのだろうか?
 東京大会コンセプトは「世界一コンパクト」、繰り返し強調しているキーワードである。過去からの資産を大切にしながら明日に向かって進んでいく都市の姿を世界に伝えていくとしていた。
 2013年9月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたIOC総会での2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致演説は何だったのだろうか。
 “新国立競技場”のキャッチフレーズ、「『いちばん』をつくろう」はあえなく挫折し、陸上競技の“聖地”にするというスローガンも風前の灯だ。
 新国立競技場が“負のレガシー”になる懸念が更に増している。







東京オリンピック 競技会場最新情報(上) 競技会場の全貌
“もったいない”五輪開催費用「3兆円」 青天井体質に歯止めがかからない! どこへ行った「世界一コンパクトな大会」











国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)




2015年7月7日
Copyright (C) 2015 IMSSR






*******************************************************
廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net / imssr@a09.itscom.net
*******************************************************
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新国立競技場 新デザイン 維持管理費 長期修繕費 ライフサイクルコスト 隈研吾 大成建設

2018年05月12日 09時35分55秒 | 新国立競技場
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(4)
新デザイン「木と緑のスタジアム」
維持管理費・長期修繕費 ライフサイクルコストはどうなる





「8点差」の僅差で勝った大成建設・梓設計・隈研吾氏チーム
  12月22日、政府の関係閣僚会議(議長・遠藤五輪相)は、新国立競技場の整備で2チームから提案されていた設計・施工案のうち、「木と緑のスタジアム」をコンセプトにしたA案で建設することを決めた。
 安倍総理大臣は、「新整備計画で決定した基本理念、工期やコスト等の要求を満たす、すばらしい案であると考えている。新国立競技場を、世界最高のバリアフリーや日本らしさを取り入れた、世界の人々に感動を与えるメインスタジアム、そして、次世代に誇れるレガシー=遺産にする。そのため、引き続き全力で取り組んでいただきたい」と述べた。
 その後に会見した遠藤利明五輪担当相は、これまで非公表だったA案の提案者は、大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏で構成するチームだと明らかにした。したがってB案は竹中工務店・清水建設・大林組の共同企業体と日本設計・建築家の伊東豊雄氏のチーム。
 日本スポーツ振興センター(JSC)が関係閣僚会議に報告した審査委員会(委員長=村上周三東京大名誉教授)の審査結果は、A案が610点、B案が602点だった。A案は工期短縮の項目で177点(B案は150点)と高い評価を得たのが決め手となった。注目されるのは、デザインや日本らしさ、構造、建築の項目ではB案が上回っていることである。B案に参加した建築家の伊東豊雄氏は採点結果の妥当性について疑問を投げかけている。
また、白紙撤回された旧計画を担当した女性建築家のザハ・ハディド氏は、事務所を通して声明を発表し、「新デザインはわれわれが2年かけて提案したスタジアムのレイアウトや座席の構造と驚くほど似ている」とし、「デザインの知的財産権は、自分たちが持っている」と主張した。さらに「悲しいことに日本の責任者は世界にこのプロジェクトのドアを閉ざした。この信じ難い扱いは、予算やデザインが理由ではなかった」とし、建設計画見直しへの対応を批判した。 
 採用されたA案は、木材と鉄骨を組み合わせた屋根で「伝統的な和を創出する」としているのが特徴。地上5階、地下2階建てで、スタンドはすり鉢状の3層として観客の見やすさに配慮。高さは49・2メートルと、旧計画(実施設計段階)の70メートルに比べて低く抑え、周辺地域への圧迫感を低減させた。
 総床面積19万4010平方メートル、収容人数は6万人(五輪開催時)。総工費は約1489億9900万円、工期は36か月で、完成は19年11月末である。
 一方採用されなかったB案の総工費は、「純木製の列柱に浮かぶ白磁のスタジアム」を掲げ、地3階、地下2階建てで、スタンドは2層、高さは約54.3メートル、総床面積18万5673平方メートル、収容人数は6万8000人。総工費は約1496億8800万円、工期は34か月で、完成は19年11月末である。



求める技術提案書及び審査基準について 日本スポーツ振興センター(JSC)


審査結果 日本スポーツ振興センター(JSC)






技術提案書A案のイメージ図  新国立競技場整備事業大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成/JSC提供






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新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(3) 新デザイン「木と緑のスタジアム」決定 大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏のチーム “赤字”への懸念 巨額の負担を次世代に残すのか? 



新国立競技場“仕切り直し” 2グループの提案書の概要は?
 2015年12月14日、日本スポーツ振興センター(JSC)は、設計・施工の一括公募に応じた2つのグループから提出された技術提案書を公開した。いずれも総工費は1500億円弱で、工期は2019年11月30日完成の提案となった。
 斬新なザハ・ハディド案に比べて、2案とも、明治神宮外苑の周囲の環境に配慮したデザインで、名付けたタイトルはまったく同じ「杜(もり)のスタジアム」だった。
 A案のコンセプトは「木と緑のスタジアム」、スタジアムを取り囲む階層式のテラスにふんだんに緑を取り入れ、屋根にも多くの木材を用いている。観客席を同じ形のフレームを連続して組み合わせてシンプルな構造にするなどして、コスト削減と工期短縮を図った。総工費は約1489億円。
 B案は「21世紀の新しい伝統」がテーマで、白磁の器のようなスタンド2層スタンドで、長さ19メートルのカラマツ材の柱72本で支えるデザイン。設計や地盤改良工法の工夫などでコストの抑制を図るほか、掘削する土の量を削減することなどで工期を短縮させるとしている。総工費は約1496億円。
 JSCの審査委員会は、2つのグループから提出された技術提案書をあらかじめ定められた採点方式で審査したうえで、評価点が優れていた12月22日A案を選定した。



技術提案書A案のイメージ図 新国立競技場整備事業 大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成/JSC提供

技術提案書A案のイメージ図 新国立競技場整備事業 伊東・日本・竹中・清水・大林共同企業体作成/JSC提供

ザハ・ハディド案 日本スポーツ振興センター(JSC) 国際デザイン・コンクール

疑問! 新計画「1550億円」で示されなかった新国立競技場の収支とライフサイクルコスト 責任を回避か?
 2015年7月7日に公表された「1550億円」の仕切り直しの建設計画では、建設費の上限は明らかにしたが、毎年の収支見込みやライフサイクルコスト(維持管理費や長期修繕費)を明らかにしなかった。
  “白紙撤回”された旧計画「2520億円」の建設計画を公表したときには、五輪開催後の毎年の収入は「40億8100万円」、支出は「40億4300万円」、「3800万円」の黒字という収支の見込みや完成後50年間の長期修繕費、「「1046億円」の見通しを公表した。
 仕切り直しの新建設計画では、建設経費削減のためにイベント開催、コンベンション機能などの五輪後の収益事業を支える機能はすべて取りやめている。その結果、収支の目論見も変わり「多角的な事業展開で自立した運営」という当初の目標は、破産しているはずである。収入源に見合った維持管理経費の削減が必須だろう。
 今回の建設計画の見直しでは、国は新国立競技場の運営権を民間企業に売却し民間企業の活力をフルに活用するとしている。
 しかし、民間企業といえども、大会後の収支を合わせるのは至難の業だろう。
 日本スポーツ振興センター(JSC)では、「民間委託」した上で収支構造をしっかり管理させるとしているが、五輪開催後の収支の見通しについては一切コメントしていない。
 新国立競技場の今後は、運営を担う「民間企業」に丸投げされてしまった。


巨額の負担が次世代に 日本は耐えきれるか? ライフサイクルコスト
デザインビルド方式 設計施工一括発注方式は公正な入札制度か?



 新国立競技場は、建設後50年、100年先の次世代に、レガシー(未来への遺産)として残すスタジアムだろう。そのためには5年ないし10年ごとに保守・改修工事や大規模改修工事を定期的に行わないと施設は維持できないのは常識である。 巨大な構造物を建設する時には、建設費のイニシャルコストに合わせて、完成後の維持管理費や長期修繕費も含めて建設計画を検討しなければならない。
 「2520億円」の建設計画では、50年間の長期修繕費は「約1052億円」、毎年約21億円の巨額の経費が必要だとしている。そして、JSCではこの「約1052億円」は、毎年の収支の目論見とは別枠にして、初めから公的資金を財源としてあてにしていることを明らかにした。
 今回、建設費「1550億円」の上限だけを示して、五輪終了後の収支やライフサイクルコストの見通しを国として明らかにしないのは無責任といわれてもいたしかたないだろう。そのツケは国が負うことになるのは明らかだ。
 12月14日、公表された2案とも、明治神宮外苑の周囲の環境に配慮したデザインで、木材をふんだんに使った構造は、どこか法隆寺や縄文遺跡を彷彿とさせて「ぬくもり」感があふれ、国民から好感を得られるのではという印象だ。しかし、維持管理費は長期修繕費がどうなるかはしっかり検証しなければならないだろう。

公募の審査評価点に登場した「維持管理費抑制」
  今回の公募では、建設計画を評価するにあたって、「コスト・工期」を最重要視したが、その項目の中に、竣工後の「維持管理費抑制」という項目を入れ、設計上の工夫を求めた。巨大な構築物は、竣工後の膨大な維持管理費や長期修繕費の後年度負担が発生する。建設計画立案時から「維持管理費抑制」を念頭に置くのは必須である。
 「維持管理費抑制」に与えられた評価点は、10点(全体140点)だが、公募にあたって、「維持管理費抑制」という視点が設けられたことは大いに評価したい。
 選定されたA案は44点(審査員7人合計)、選定されなかったB案は50点(審査員7人合計)で、「維持管理費抑制」の評価では、選定されなかったB案がA案を6点も上回っている。
 A案の欠点は、「維持管理費抑制」の設計上の工夫は、かなり詳細に記述されているが、具体的に毎年の維持管理や長期修繕費がいったいどのくらい必要なのか明らかにされていないことだ。
 これに対し、B案は、“白紙撤回”された旧計画「2520億円」の建設計画で示された長期修繕費の試算「1046億円」を基づいて、「設計上の工夫を行わない場合の新建設計画」、そして「設計上の工夫を加えた場合の新建設計画」の3つのケースで、それぞれ維持管理費(長期修繕費も含める)がいくらになるか、試算を明らかにしている。そして、設計上の工夫での維持管理費の縮減効果が具体的にはっきりわかるようになっている。
 こうしたことで、「維持管理費抑制」の項目では、選定されなかったB案が、選定されたA案を6点も上回ったと思われる。
 A案とB案の建設計画案で、「維持管理費抑制」にどのように設計上の工夫を具体的に行われたか、その詳細に見てみよう。





100年続くスタジアムの実現 A案
 A案では、「100年続くスタジアムの実現」を掲げ、「高耐性・長寿命」、「メインテナンスのしやすさ」、「未利用エネルギーの活用」、「利用エリアの限定」の4つのカテゴリーで、38項目にも及ぶ詳細な設計上の工夫を取り入れ、維持管理費を抑制し、「100年」を視野に入れた建設計画を作成した。
 竣工後のメインテナンスを視野に入れて、耐久性のある部材を選んだり、メインテナンスがし易い構造や設備を導入したりして、維持管理費の縮減に努めている。
 また太陽光や風などの自然エネルギーを活用したり、下水管の排熱を利用したり、芝生育成システムや樹木の植栽にも配慮がなされ、“省エネ”スタジアムを目指している。
五輪開催後のイベント開催も視野に入れて、イベント規模に応じた「部分使用」が可能なシステムにしている。2~3万に規模のイベントも開催し易くなるだろう。
 竣工後の50年間の長期修繕計画も策定され、ライフサイクル・マネージメントへの取り組みは評価できるだろう。
 しかし、新国立競技場の維持管理費が一体どの位になるのか、いくつかの項目では、縮減率は記載されているが、具体的な経費額の試算が記載されていない。維持管理費の試算額を明らかにしたB案と比べると、“具体性”で一歩、差が付いた。A案、B案の6点差は、維持管理費の“具体性”の優劣だと思う。
 筆者は、「建設費」や「工期」、「デザイン」と並んで、「維持管理費」や「長期修繕費」のライフサイクルコストや「収支」が極めて重要と考える。膨大な後年度負担を次世代に残すのは避けなければならない。新国立競技場の建設計画はまだ決着してない。新国立競技場が負のレガシー(負の遺産)になる懸念はまだ拭い去れない。

 *ライフサイクルコストの低減率の算定は、実現性を踏まえ、運用50年間で試算

■ 耐久性の高い工法の採用とメインテナンスのし易さに配慮した設計で長寿命化
 ▼ 屋根鉄骨部への「亜鉛めっき」仕上げの採用
 塗装作業に作業量と経費かかる屋根鉄骨部分を「亜鉛めっき」仕上げとして塗り替えに伴うメインテナンス経費を削減する。修繕費は約11%削減される。
 ▼ 屋根木材部に高耐久性木材を採用
 屋根トラスに使用する木材は、雨がかからない場所に設置し、寿命の長期化を図る。また、使用する木材の耐用年数を改善する「加圧注入処理」を施す。
 ▼ 移動式メインテナンス・ゴンドラの設置
 4台の移動式ゴンドラで、すべての屋根架橋での作業が容易にできるようにしてメインテナンスを効率化する。修繕費が約38%削減する。
 ▼ 「風の大庇」へのアルミルーバーを採用
 ▼ 屋根仕上げ材へのステンレス塗装鋼板の採用
 ▼ 移動式メインテナンス・ゴンドラの設置
 ▼ 屋根南面のトップライトに網入り合わせガラスを採用
 ▼ 日射や風雨にさらされる外周部の柱は耐水性に優れているSRC製を採用
 ▼ 観客席の斜め梁には止水性と耐久性を持続できるSRC製を採用
 ▼ 地下外周擁護壁を設置してスタンド躯体が地下水を影響を遮断
 ▼ 軒庇木部へ「加圧注入処理」済の高耐久木材の採用

■ 樹木の種類の選定や植栽の配置を工夫 植栽の保全維持管理費を抑制
 ▼ 「空の森」 維持管理の容易な常緑樹で外苑の気候に適合し病虫害にも強い樹木を選定
 ▼ 「空の森」 植栽配置の工夫で維持管理の抑制
 ▼ 防風・転倒対策により安全性の確保
 ▼ 軒庇上部植栽のユニット化
 ▼ 外溝樹木の大地への植栽による健全な生育の確保
 ▼ 「大地の杜」散水用の井戸設置

■ 自然エネルギーを有効に利用した芝育成システム
 ▼ 維持管理が容易な夏芝の導入
 オリンピック・パラリンピックが競技大会が開催される夏季の過酷なコンディションに耐えるために、強健な夏芝種を採用する。一般に半屋外スタジアムで採用されている冬芝種を育成する場合と比較して、農薬散布量や散水量等を低減する。芝生維持管理費を約25%削減する。
 ▼ トップライトの採用で補光設備の運転時間を低減
 芝生(ピッチ)に自然光が多く取り込めるように屋根の南側には日射量を確保するためにトップライトを設置し、日照時間の最も少ない冬至でも水平面全天日射量の平均で約40%~45%の日射量を確保する。
 年間平均で、芝生(ピッチ)の水平面全天日射量70%を確保するために、補光設備を設置して日射量を補う。トップライトの設置で、補光設備の運転時間が低減され、設置台数も約13台の削減が可能となる。
 消費電力量は約42%削減される。


新国立競技場整備事業大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成/JSC提供

▼ 季節風の積極的な利用
 夏季は卓越風をスタジアム内部に積極的利用し、芝生(ピッチ)の通風を確保し、芝生の維持管理を図る。通風の確保のために設置する大型送風機設備を部分的に停止しても、芝生(ピッチ)の良好な通風が保たれる。
 電力量が約10%削減される。


新国立競技場整備事業大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成/JSC提供

 ▼ 天然芝の育成
 芝生(ピッチ)は夏芝を選定し、生産圃場で24か月以上育成管理を行い、良好な芝張りを実施する。
 東京オリンピック・パラリンピック開会式を開催すると、芝生が荒れ、その後に開催されるサッカー競技などに影響が出るため芝生の全面張り替えが必要となる可能性がある。日本スポーツ振興センター(JSC)と協議して、万全の芝生(ピッチ)コンディションを確保できるような協力体制を整える。
 ▼ 土壌の水分量を均一にする基盤構造と均等散水設備の整備
 地下水がピッチまで到達しないように遮断壁を設置し、芝生の健全性を確保する。フィールドの排水が集中豪雨の場合でもスムーズに処理できるように雨水流出抑制槽を必要量より大きく設計し、フィールドやピッチが冠水しないように配慮する。
 散水設備は、ポップアップ式散水施設を採用し、芝生面に均一に散水できるようにして、散水量の低減を図る。
 芝の育成管理に欠かせなない地中温度制御システムは、12系統に分けて個別に地中温度を制御可能にした。特にイベント開催後に、弱った芝の根張りを促し芝生を回復させたり、高温多湿の夏季に芝生の養生を行ったりする。


■ イベントの規模に応じた部分使用が可能な計画で維持管理費を削減


新国立競技場整備事業大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成/JSC提供

 ▼ 約90%のイベントを1層スタンド(座席数2.3万席)のみで運営可能とすることで維持管理費を削減
 ▼ 1層スタンドは4分割できる計画として、さらに維持管理を削減


新国立競技場整備事業大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成/JSC提供

 ▼ 客席ゾーン、階層ごとに設備系統の分離し、省エネルギー、省メインテナンスを実現
 ▼ 「空の杜」には屋外階段を設置し、外部から直接アクセスが可能にして、市民が自由に利用できるスペースとする


新国立競技場整備事業大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成/JSC提供

■ 設備システムの適切化で光熱費や管理コストを削減し、更新性に配慮
 ▼ 未利用エネルギーである下水熱を芝育成熱源に利用
 新国立競技場の敷地内を通過する下水本管から採熱して、芝育成のための地中温度制御システムの熱源として利用する。一般的な空調の熱源システムに比べて、年間を通して高効率な運用が可能でランニングコストを低減する。
 光熱水費が約30%削減される。
 ▼ 個別空調と中央熱源空調のベストバランス化
 光熱水費が約5%削減される。
 ▼ 待機電力と変圧器負荷損失を削減
 光熱水費が約4%削減される。
 ▼ 待機電力と変圧器負荷損失を削減
 ▼ 機械式駐車設備費用の無いへ平面駐車の駐車場計画
 ▼ シースルー薄膜太陽電池の採用で、自然エネルギーの利用
 ▼ 主要設備機器の最適運転制御による光熱費の削減
 ▼ 管理の縦動線を各エリアごとに集約配置して維持管理機能を南側に集約
 ▼ 設備機器は、機器や部品の迅速な供給やメインテナンス、機器更新が容易な国産メーカーの汎用品を採用
 ▼ 仕上げ材等への汎用品・標準品に採用
 ▼ メインテナンス・機器の更新に配慮した設備スペース
 ▼ 非常用エレベーターで5階まで昇降可能にし、屋根に設置された設備や機器のメインテナンスや機器更新を省力化

■ 竣工後も適切なタイミングで運用を支援し様々なニーズに迅速に対応


新国立競技場整備事業大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成/JSC提供

機能美を体現したシンプルなスタジアム 「50年間で600億円」維持管理費削減 B案

■ 縮減効果の算出
 B案の建設計画で、竣工後50年間の維持管理費がどうなるかを「旧計画」、設計上の工夫を加えない場合の「A」、設計上の工夫を加えた「B」の3つの試算を比較して、B案の維持管理費の縮減効果がいかに優れているかを具体的な縮減額を掲げて明らかにしている。

・「旧計画」  
 “白紙撤回”された総工費「2520億円」の建設計画(2015年7月7日)での長期修繕費の試算「1046億円」(50年間)に加えて、毎年の 修繕費(設備・建築)や管理運営費(警備・清掃・環境衛生・駐車場・芝・設備)、水道光熱費を加える。
 「2798億円」(50年間)    「56億円」(毎年)       

・「A」
 B案の建設計画で公的な算出基準(一般財団法人建築保全センターの基準)に基づいて算出した維持管理費
 長期修繕費の試算「1046億円」(50年間)に加えて、毎年の 修繕費(設備・建築)や管理運営費(警備・清掃・環境衛生・駐車場・芝・設備)、水道光熱費を加える。
 設計上の工夫による維持管理費削減は含まれていない
 「2157億円」(50年) 43億1000万円(毎年)

・「B」
 B案の建設計画で設計上の工夫を加えて削減した維持管理費
 長期修繕費の試算「1046億円」(50年間)に加えて、毎年の 修繕費(設備・建築)や管理運営費(警備・清掃・環境衛生・駐車場・芝・設備)、水道光熱費を加える。
 「1553億円」(50年間) 「B」に比べて「604億円」の削減
 「31億1000万円」(毎年)「B」に比べて約28%削減  

* 3つの試算とも、人件費や租税公課、備品や消耗品等その他経費は含まれていない。


新国立競技場整備事業 伊東・日本・竹中・清水・大林共同企業体作成/JSC提供

50年間の維持管理費の試算 B案
 B案で新国立競技場を建設した場合、50年間に維持管理費がどの位になるのかを試算している。「旧計画」や設計上の工夫を行わない場合の「A」の経費額も記載され、B案の維持管理費縮減効果分かり易く説明している。
 これによると、50年間の維持管理費は、総額で1553億円と試算し、「A」と比較して、604億円、28%の縮減が可能になるとしている。
 この内、修繕・更新費では、縮減効果が546億円、管理運営費が25億円、管理運営費が25億円としている。
 しかし、試算を行う上で、10年毎程度に必要な大規模修繕費は、「旧計画」(「2520億円」の建設計画)を策定した際に試算した額、「1048億円」(完成後50年間)をそのまま使用し、毎年の維持管理費にはその50分の1の経費を入れ込みこんで試算している。木材を大量に使用した新デザインのスタジアムの大規模修繕費は新たに試算する必要があるのではないか? 疑問と懸念は依然として残された。






新国立競技場整備事業 伊東・日本・竹中・清水・大林共同企業体作成/JSC提供

 ▼ 民間のデータ、ノーハウを利用
・BIMデータの活用
・適切な維持管理のために竣工前、竣工後の取り組み
  非効率な機器の使用や過剰な清掃等は、維持管理費や人件費の増大につながるため、実績と経験に基づいた民間のノーハウを活用してメインテナンスの基準を作成する。


新国立競技場整備事業 伊東・日本・竹中・清水・大林共同企業体作成/JSC提供

*BIM(Building Information Modeling)
BIMとは、Building Information Modeling(ビルディング インフォメーション モデリング)の略称で、コンピューター上に作成した3次元の建物のデジタルモデルに、建築情報や構造情報、設備情報などの属性データも加えた建築物の統合データベースを作成し、このデータを活用して、建築の設計、施工から、竣工後の維持管理まで、あらゆる工程で建築物を管理する。
BIMのソフトウエアで建築物の3次元モデルを作成し、設計から施工、維持管理に至るまで建築物のライフサイクル全体でBIMモデリングに蓄積された情報を活用することで、建築ビジネスの業務を効率化し、イノベーションを起こす画期的なワークフローとされている。

シンプルな仕組みで維持管理費のしやすいスタジアムへ ~維持管理費を抑制させるための具体的方策~

■ 管理運営費縮減に向けた具体的取組
▼ 清掃費の縮減
▼ 外溝・植栽維持管理費の縮減
▼ 警備費の縮減
使用状況によってシャッター区域等で出入り口制限が可能なような平面計画とする。駐車場はイベント用と施設用に区分けされ、4つのエリアが独立して使用可能とする。VIPラウンジは転用して利用可能にする計画とし、外部からの専用アクセスルートを設ける。


新国立競技場整備事業 伊東・日本・竹中・清水・大林共同企業体作成/JSC提供

■ 水道光熱費縮減に向けた具体的取り組み
▼ 電気料金の縮減
災害対策用で設置されている保安用発電機を利用し、イベント開催時のウルトラピークを約34%カットすることで、基本料金を抑えて年間2400万円を縮減する。太陽光発電設備、40kWhを設置し、年間約230,000kWh発電することで、約300万円の電力料金を節約する。地中熱、下水熱を利用する超高効率熱源システムを導入して、空調用の電気料金を年間約260万円縮減する。大型映像スクリーンをLED1in1を採用して、平均消費電力量を約70%カットして、年間700万円の電気料金を削減する。
▼ 上水料金の縮減
 雨水や井戸水を、芝生散水、植栽灌水、水景色やトイレ洗浄水に利用して、年間1600万円の水道料金を縮減する。






新国立競技場整備事業 伊東・日本・竹中・清水・大林共同企業体作成/JSC提供

 B案では、維持管理費縮減について、設計上にどんな工夫を行ったかと共に、各項目別に縮減額の試算を明示して、新国立競技場竣工後の維持管理費が一体どのようになるかを明らかにしている点で大いに評価したい。
 巨大な建設物を整備する場合、完成後のライフサイクルコストを念頭に置いて建設計画を立てるのが常識になっている。新国立競技場は、50年、100年先までを視野に入れたレガシー(未来への遺産)を目指しているはずである。五輪開催後の維持管理をどうするのか、10年ごとに必要になる大規模修繕費はどうするのか、展望をもたなければならない。
 今回のB案のプロポーザルで、課題は残るにしても、ようやく今後の50年間の維持管理費の方向性が見えてきたようである。

新国立競技場の経費のシミュレーション~人件費や公租公課等を加えるとどうなる?~
 新国立競技場の維持管理には、管理運営費や修繕費、光熱費等の維持管理費の他に、人件費や租税公課、備品や消耗品など経費などが必要となる。
 新国立競技場の収支を見る場合には、人件費や租税公課等の経費も加えた広義の維持管理費で見る必要がある。
 白紙撤回された「2520億円」の建設計画を決めた際には、管理運営費や修繕費、光熱費等の維持管理費と共に、人件費や租税公課等の経費を明らかにしている。その額は年間5.38億円、50年間で269億円である。
 この年間5.38億円、50年間で269億円をB案の維持管理費の試算に加えてみよう。(A案には維持管理費の試算が明らかにされていない) 但し、今回の建設計画の規模は、白紙撤回された「旧計画」より約10%~15%程度、縮小されているので人件費や租税公課等の経費額も縮減されているかもしれないがこのシミュレーションでは同額を想定する。
 また大規模修繕費も、「旧計画」で明らかにされた約「1046億円」(50年間)と同額を想定する。

 ◆ 新計画(B案)関する試算(設計上の工夫を行わない場合)
維持管理費     48.52億円(年)       2,426億円 (50年)
(人件費・租税公課等を含む 大規模修繕費を含む)
 ◆ 新計画(B案)に関する試算(設計上の工夫を行った場合)
維持管理費     36.44億円(年)       1822億円 (50年)
(人件費・租税公課等を含む 大規模修繕費を含む)





 新国立競技場の毎年の経費(人件費・租税公課等を含む 大規模修繕費を含む)は、毎年36億4400万円~48億5200万円が必要となる。また竣工後50年間では、1822億円~2426億円が必要となるという試算結果が出た。
 旧国立競技場では年間約7億円程度、その約6倍の膨大な経費額である。
 この経費額を収入で賄わないと、毎年赤字が生まれる。
 当然、新国立競技場の五輪後の収入予測と収支予測が必須であろう。
 しかし、肝心の収入予測は未だに明らかにされていない。


新国立競技場(旧計画)の完成予想図。環境に配慮して高さが当初案より5メートル低い70メートルになった 日本スポーツ振興センター

明らかにされていない長期修繕費
 新国立競技場は、建設後50年、100年先の次世代に、レガシー(未来への遺産)として残す施設だろう。そのためには5年ないし10年ごとに保守・改修工事や大規模改修工事を行わないと維持できないのは常識である。
 巨大な構造物を建設する時には、建設費のイニシャルコストに合わせて、完成後の維持管理費や長期修繕費も含めて建設計画を検討しなければならない。
 新国立競技場の長期修繕費は、旧計画「2520億円」を決定した際に、今後50年間で「1046億円」という試算を公表した。年間に換算すると約21億円という巨額な額である。日本スポーツ振興センター(JSC)では、長期修繕費は大会後の収支計画には計上せず、別枠として国の負担を前提にしている。巨額な長期修繕費を組み入れると、毎年の収支が赤字に転落してしてしまうからである。
 旧計画で、五輪開催後の新国立競技場の支出は、約「40億円」に約「21億円」を加えて、約「61億円」とするのが妥当だろう。「黒字3800万円」は粉飾で、「赤字約20億円」なのである。
 今回の「1550億円」の仕切り直し整備計画では、収支目論見や長期修繕費の試算は公表されていない。
 また今回決定されたA案の「木と緑のスタジアム」では、維持管理費の抑制方針は示したが、毎年の維持管理費や長期修繕費はまったく明らかにされていない。B案では長期修繕費は「1046億円」をそのまま引用し、毎年の維持管理費、50年間の維持管理費の総額を明示している。
 長期修繕費の試算がなされなければ、五輪開催後の維持管理の計画が立てられないだろう。

新国立競技場の維持管理費 年間「24億円」 50年間で「1200億円」
 日本スポーツ振興センター(JSC)は5日、2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場の完成後の維持管理費が、1年あたり24億円になると明らかにした。建設工事を請け負う大成建設などの共同企業体が試算した。屋根や外壁、エレベーターなどの点検や修繕費や警備・清掃・定期点検・植栽管理などの保全費、電気・ガス・上下水道などの光熱費などの毎年の維持管理費と今後50年間で行わななければならない大規模な修繕費を加えて、50年間で総計「1200億円」とし、毎年の維持管理を算出した。
 大会後の利用方法によっても変わる可能性があるとしている。
 しかし、維持管理費の試算には、人件費や公租公課は入れていないので、これを加えると毎年の維持管理費は「30~40億円」程度となる。 
 「木と緑のスタジアム」を掲げ、木と緑をふんだんに使用したスタジアムの維持管理費は膨れ上げることが想定される。
 果たして「30~40億円」程度で収められるのか、懸念は残る。

ライフサイクル・マネージメント
 一般財団法人建築保全センターは「建物のロングライフ化」のために、定期的に保全工事を的確に行う必要性を強調している。時間の経過と共に、建物の様々な性能・機能が劣化し、その維持のために保守工事や大規模修理が必要となるほか、時代と共に変わる要求水準を満たすために大規模更新工事が求められている。 


一般財団法人 建築保全センター 建築等のライフサイクル・マネージメント

 また建築保全センターでは、標準的な建物の「ライフサイクルコスト」のシミュレーションも公表している。
 「鉄筋コンクリート造 地下1階地上5階建」のビルで、耐用年数を「60年」と想定した。
 「企画設計コスト」を0.6億円、「建設コスト」を14.2億円、合わせて14.8億円を初期費用とし、「点検・保守等のコスト」、「修繕・改善コスト」、「光熱水等のコスト」、「他運用管理コスト」、「廃棄処分コスト」を試算した。
 その結果、「ライフサイクルコスト」は、初期費用も含めて86.9億円になるとした。初期費用の5.87倍に上る経費である。

 

一般財団法人 建築保全センター 建築等のライフサイクル・マネージメント
 
 このモデルを新国立競技場にあてはめてみると、初期費用を「1550億円」とすれば、建設後60年間に「9098億円」となる。約1兆円の巨額な経費を負担しなければならないのである。

鹿島建設の“ライフサイクルコスト”試算
 また鹿島建設では、建築物は竣工後から解体廃棄されるまでの期間に建設費のおよそ3~4倍の経費が必要で、竣工時に長期修繕計画を作成し、計画的に修繕更新を行うが重要としている。 試算をしてみると、「1550億円」の施設を建設すると「4650億円」から「6200億円」の後年度負担が今後50年間に発生することになる。
 競技場など“箱もの”は、建設費だけ調達すればよいというわけにはいかない。巨額の後年度負担が次世代に着実に残ることになる。



運営管理とLCC 鹿島建設




新国立競技場の整備は一体いくらかかるのか? 曖昧にされている周辺整備費や関連経費
 2015年7月、旧計画から「1000削減」達成をキャッチフレーズにした「1550億」の仕切り直し建設計画を公表したときに、「2520億円」の建設計画は実は未公表の経費が「131億円」あり、実は「2651億円」だったと、突然明らかにした。「131億円」の内訳は芝生の育成施設(16億円)、最寄り駅との間を結ぶ連絡通路(37億円)など計81億円。さらに大会組織委員会の新規要望である電源の複線化などに費やす50億円などとしている。「2520億円」は、新国立競技場の整備費を低く見せる粉飾だったことを認めたのである。唖然というほかない。 「1550億円」にも粉飾のからくりはないのだろうか、疑念は拭えない。

 実は、すでに国は新国立競技場は「1550億円」では不足することを明らかにしている。
 「1550億円」には、設計・管理費「40億円以下」や旧国立競技場の解体工事費「55億円」は別枠として、入っていない。
 さらに“五輪便乗”と批判が出ている日本スポーツ振興センター(JSC)本部、日本青年館の移転経費、「174億円」も入っていない。
 また、都道などの上空デッキ整備費「37億円」、東京体育館デッキ接続改修費「16億円」、上下水道工事費「27億円」、埋蔵文化財調査「14億円」なども別枠になっている。
 “迷走”を繰り返したツケで、回収不能になった費用「62億円」も付け加わる。
 当初計画でのコンセプト、新国立競技場を中心とする周辺公園の緑との連携を目指した神宮外苑地区の整備計画、再開発はこれで十分なのだろうか。巨大なスタジアムだけを建設すれば済む問題ではない。神宮外苑地区を50年、東京のランドマークにする整備も必要だろう。まだ、必要は周辺整備費が隠されているのではないかという疑念が残る。
 これだけかというと、決してそうは言えないのが問題だ。
 新国立競技場で陸上競技の開催するために必須なサブトラックの整備問題に決着がついていない。神宮外苑に仮設でサブトラックを整備する計画だが、整備経費は当初想定の38億円の2・6倍にあたる約100億円になることが明らかになった。当初の見積もりの甘さや旧計画が白紙撤回されたこと、建設費の高騰が原因という。
 「建設工事と分離して別途導入される設備・機器等経費」や「都有地に係る費用」も「未定」として整備費の加えていない。
 一体、本当のところ、新国立競技場の整備費の総額はいくらになっているのだろうか? この疑問が解消されない限り、そもそも総工費「1550億円」としたのが妥当なのか、疑念が残るだろう。
 新国立競技場の整備は、余りに杜撰な“建設計画”と“予算管理”で未だに行われている。



 最大の問題は、「建設工事と分離して別途導入される設備・機器等経費」が「未定」とし、一切、整備費に計上していないことだろう。 
 最新のスタジアムは、4K8高繊細映像システムやVR/ARサービス、5G第五世代移動通信やWi-Fi、光ファイバーなどの通信システム、館内案内などのデジタルサイネージ、ICT設備を備えた“スマート・スタジアム”を目指すのが必須となっている。
 勿論、本体工事費「1490億円」には、その経費は含まれていない。数百億の経費がさらに必要となるだろう。
 最新鋭のスタジアムは、“スマート・スタジアム”を目指すのが常識、“箱もの”だけを整備すれば済むとという発想は余りにもお粗末だ。
 日本は、2020年に「世界最高水準」のICT社会の実現を目指している中で、その象徴である新国立競技場こそ「世界最高水準」のICTスタジアムにしなければならい。
 “スマート・スタジアム”にできなければ、新国立競技場は前世紀の遺物、“無用の長物”となるだろう。世界から失笑を買うのは必至だ。
 新国立競技場を2020東京大会の“レガシー”(未来への遺産)にするのではなかったのか。

明らかにされなかった収支計画
 2015年7月7日の「1550億円」の仕切り直しの建設計画では、毎年の収支見込みはどうなっているのか、明らかにされていない。この建設計画を評価するにあたっては、今後50年間に渡る長期修繕費を組み入れた維持管理費の収支計画が必須である。
 当初計画では、スポーツ競技大会の開催だけでは賄いきれない施設維持費を、コンサートなどのイベント開催や文化事業の収入で補う戦略で、開閉式屋根を備えた「多機能スタジアム」を目指した。しかしその屋根が建設費膨張の原因ともなり計画は破綻した。
 「見直し建設計画」では、イベント開催、コンベンション機能などの五輪後の収益事業を支える設備や機能はすべて取りやめた。その結果、「年間12日の開催」を目論んだイベント開催収入などの関連収入はほとんど見込めない。「多角的な事業展開で自立した運営」という当初の目標は挫折した。
 今回、大会後の収入見込みは明らかにしていないが、旧計画策定に際に、収入「40億8100万円、支出「40億4300万円」、黒字「3800万円」という目論見を公表している。
 しかし「40億8100万円」の収入目論見は、机上の空論となってしまった。。
 さらに、2017年11月、新国立競技場は大会開催後は9レーンの国際規格のトラックは撤去し、陸上競技場として存続することをあきらめ、サッカー、ラグビーなどの球技専用のスタジアムとすることが決まった。「陸上競技の聖地」は消え去った。
 ところが、サッカーW杯などのビックイベントの国際試合は何も決まっていないし、安定収入の頼みとなるJリーグの開催も実現は不透明、イベント開催も屋根がないスタジアムでは天候に左右されるので敬遠され、近隣住民への騒音問題もあり開催は制約を受ける。またイベント開催で、大勢の観客がスタジアムに入るとスタジアムとして最も肝心な芝へのダメージが多きいのもネックとなる。
 こうした状況の中で、新国立競技場で毎年、約「30億円程度」とされている維持管理費をまかなう収入を確保しなければならない。
 国は、新国立競技場の運営管理は、日本スポーツ振興センター(JSC)の能力を超えるとして、「民間に委託」を行い、民間企業の活力をフルに活用するとしてるが、大会後の収支を合わせるのは容易ではない。
 運営主体の日本スポーツ振興センター(JSC)では、委託先の企業に収支構造をしっかり管理させるとしているが、五輪開催後の新国立競技場の収支の見通しについては一切コメントしていない。
 新国立競技場の今後は、運営を担う「民間企業」に丸投げされたまま、不透明になった。




建設される競技場は新国立競技場だけではない!
 2020年東京オリンピック・パラリンピック関連の競技場の建設は、新国立競技場だけではない。東京都は有明アリーナ(バレーボール)、大井ホッケー競技場(ホッケー)、海の森水上競技場(ボート、カヌー)、夢の島公園(アーチェリー)、オリンピック アクアティックセンター(水泳・飛び込み・シンクロナイズドスイミング、水球)、武蔵野の森 総合スポーツ施設(近代5種、バドミントン)の7施設の新設と有明テニスの森の改装費で、総額約1828億円をかけて整備するとしている。これらの施設についても、五輪開催後、膨大な維持管理や長期修繕費を負担し続けなければならない。
 2017年4月19日、東京都は「新規恒久施設の施設運営計画」を公表し、6つの新規建設競技場の大会の利用計画や収支を明らかにした。
 それによると、黒字が予想されるのは、有明アリナーだけで、コンサートなどのイベント利用が見込まれるため年間来場者140万人、収入12億4500万円、支出8億8900万円、黒字3億6000万円としている。その他はすべて赤字で、オリンピック アクアティクスセンターは年間来場者100万人、収入3億5000万円、支出9億8800万円、赤字6億3800万円、海の森水上競技場は年間来場者35万人、収入1億1300万円、支出2億7100万円、赤字1億5800万円、カヌー・スラローム会場は年間来場者10万人、収入1億6400万円、支出3億4900万円、赤字1億8600万円、大井ホッケー場は、年間来場者20万人で、収入5400万人、支出1億4500万円、赤字9200万円、アーチェリー会場は年間来場者3万3000人、収入330万円、支出1500万円、赤字1170万円としている。
 6つの新規建設競技場だけで、年間約7億円の赤字がでる試算である。
 これに5年、10年ごとの長期修繕費も加わえると、赤字幅はさらに膨れ上がるのは必至である。
 今後50年以上、東京都民の重荷になってのしかかる。

誰が負担する大規模スポーツ施設
 日本スポーツ振興センター(JSC)では、「独立行政法人は一般的には独立採算を前提としないため、法人の業務の実施に必要な資金として、国から運営費交付金や施設整備費補助金等が措置されている」として、新国立競技場の管理運営費について赤字になった場合は、国が責任を持つことになるとしている。 長期修繕費についても国の資金をあてにしている姿勢に変わりはない。
 日本スポーツ振興センター(JSC)では、新国立競技場の維持管理・運営事業については、民間活用の導入を図り、民間ノウハウを最大限に発揮させることで、事業収入の拡大、維持管理・運営の効率化による事業支出の削減を行うとしている。 しかし、「黒字」の実現性は未知数である。
 果たして新国立競技場を今回の企画案のどちらかで建設したら、果たしてその施設の維持管理に一体どの位かかるのか、収入はどの程度確保可能なのか、収支はどうなるのか、巨額の長期修繕費は誰が負担するのか、さらに不透明さを増している。
 日本は確実に少子高齢化社会を迎える。五輪開催後50年、100年を視野に入れると、こうした大規模なスポーツ施設は、果たして次世代に必要な社会資本なのだろうか? 次世代に必要なのは、少子高齢化社会に向けた社会資本だろう。大規模なスポーツ施設は必要最小限に留める発想が必要だ。社会資本の整備は後年度負担が生まれることを忘れてはならない。
 やはり新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になる懸念は拭い去れない。







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新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(2) 破綻した“多機能スタジアム” “疑問”が残る新国立競技場見直し “混迷”はまだ続く 総工費「1550億円」
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(3) 「維持管理費と収支」 新国立競技場“赤字”への懸念 巨額の負担を次世代に残してもいいのか? 新デザイン A案に決定 大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏のチーム
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(5) 陸上競技の“聖地”は無残にも消えた 新国立競技場はサッカーやラグビーの球技専用スタジアムに
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(6) 陸上競技の“聖地”は無残にも消えた 新国立競技場はサッカーやラグビーの球技専用スタジアムに
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(7) 新国立競技場に暗雲 破綻寸前日本スポーツ振興センター(JSC)






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国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)






2016年1月4日
Copyright (C) 2015 IMSSR

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廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net  /  imssr@a09.itscom.net
URL http://blog.goo.ne.jp/imssr_media_2015
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新国立競技場 建設計画見直し 新デザイン 多機能スタジアム 1550億円 疑念

2018年05月10日 19時10分30秒 | 新国立競技場
総工費「1500億円」への疑念
“疑問”が残る新国立競技場建設計画 “混迷”はまだ続く!





新国立競技場の新建設計画 A案で決定 大成建設・梓設計・隈研吾氏グループ

 12月22日、政府の関係閣僚会議(議長・遠藤五輪相)は、新国立競技場の整備で2チームから提案されていた設計・施工案のうち、「木と緑のスタジアム」をコンセプトにしたA案で建設することを決めた。
 安倍総理大臣は、「新整備計画で決定した基本理念、工期やコスト等の要求を満たす、すばらしい案であると考えている。新国立競技場を、世界最高のバリアフリーや日本らしさを取り入れた、世界の人々に感動を与えるメインスタジアム、そして、次世代に誇れるレガシー=遺産にする。そのため、引き続き全力で取り組んでいただきたい」と述べた。
 その後に会見した遠藤利明五輪担当相は、これまで非公表だったA案の業者は、大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏で構成するチームだと明らかにした。
 日本スポーツ振興センター(JSC)が関係閣僚会議に報告した審査委員会(委員長=村上周三東京大名誉教授)審査結果は、A案が610点、B案が602点だった。A案は工期短縮の項目で177点(B案は150点)と高い評価を得たのが決め手となった。注目されるのは、デザインや日本らしさ、構造、建築の項目ではB案が上回っていることである。B案に参加した建築家の伊東豊雄氏は採点結果の妥当性について疑問を投げかけている。B案に参加した建築家の伊東豊雄氏は採点結果の妥当性について疑問を投げかけている。
 また、白紙撤回された旧計画を担当した女性建築家のザハ・ハディド氏は、事務所を通して声明を発表し、「新デザインはわれわれが2年かけて提案したスタジアムのレイアウトや座席の構造と驚くほど似ている」とし、「デザインの知的財産権は、自分たちが持っている」と主張した。さらに「悲しいことに日本の責任者は世界にこのプロジェクトのドアを閉ざした。この信じ難い扱いは、予算やデザインが理由ではなかった」とし、建設計画見直しへの対応を批判した。 
 採用されたA案は、木材と鉄骨を組み合わせた屋根で「伝統的な和を創出する」としているのが特徴。地上5階、地下2階建てで、スタンドはすり鉢状の3層として観客の見やすさに配慮。高さは49・2メートルと、旧計画(実施設計段階)の70メートルに比べて低く抑え、周辺地域への圧迫感を低減させた。
 総床面積は19万4010平方メートル、収容人数は6万人(五輪開催時)。総工費は約1489億9900万円、工期は36か月で、完成は19年11月末とした。
 一方採用されなかったB案の総工費は、「純木製の列柱に浮かぶ白磁のスタジアム」を掲げ、地3階、地下2階建てで、スタンドは2層、高さは約54.3メートル、総床面積18万5673平方メートル、収容人数は6万8000人。総工費は約1496億8800万円、工期は34か月で、完成は19年11月末である。
 B案は竹中工務店・清水建設・大林組の共同企業体と日本設計・建築家の伊東豊雄氏のチームが提案した。
 焦点の総工費は、A案、B案とも1500億円弱でほぼ揃った。



審査結果 日本スポーツ振興センター(JSC)


(A案の完成予想図 日本スポーツ振興センター[JSC])


(B案の完成予想図 日本スポーツ振興センター[JSC])




新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(1) “迷走”と“混迷”を重ねる新国立競技場 “国際公約”ザハ・ハディド案 縮小見直し「2520億円」
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(2) 白紙撤回ザハ・ハディド案 仕切り直し「1550億円」 破綻した“多機能スタジアム”
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(3) 新デザイン「木と緑のスタジアム」決定 大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏のチーム “赤字”への懸念 巨額の負担を次世代に残すのか? 
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(4) 検証新デザイン 維持管理費・長期修繕費 ライフサイクルコストはどうなる?
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(5) 新国立競技場“迷走” 文科省とJSCに責任 検証委
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(6) 陸上競技の“聖地”は無残にも消えた 新国立競技場はサッカーやラグビーの球技専用スタジアムに
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(7) 新国立競技場に暗雲 破綻寸前日本スポーツ振興センター(JSC)



「1550億円」への疑念 
 今回の新国立競技場の新建設計画の公募の条件として記載されていたのか、総工費の上限「1550億円」であった。
 一体「1550億円」はどのように算出されたのだろうか。
 実は基本になっている総工費の積算根拠は2015年1月の「3088億円」が“おおもと”になっているのである。「3088億円」は、公募で選定された大成建設(スタンド工区)と竹中工務店(屋根工区)が実質的に積算したものである。
 「1550億円」も「2520億」も、「3088億円」積算根拠をほとんで何も見直さず、床面積の縮小や屋根、キールアーチ、可動席、冷房装置、関連工事を取り止めたり、設置資材や労務費の値上がり分を加えるるなどしただけで、総工費の積算の基本は大成建設と竹中工務店が主導して行われた経費試算を根拠にしているのである。
 つまり、総工費の積算根拠は、大成建設と竹中工務店が積算した総工費、「3088億円」と基本的に変わっていないと考えられるだろう。


「3088億円 工期50か月」はゼネコン2社の見積もり
 2014年10月、新国立競技場の建設は、スタンド工区は大成建設、屋根工区は竹中工務店が担当することが「公募型プロポーザル方式」による選定で決まった。施工予定者に決まった2社は設計会社JVが行う「実施設計」に加わり、建設費の積算を施工予定者としての立場で行っていた。
 しかし、「実施設計」や総工費の積算は、2社のゼネコンが主導して行われたと思われる。設計会社JVは、ザハ・ハディド案のきわめて斬新な流線形の巨大スタジアムを手掛けた経験がなく、ゼネンコン2社の力を借りざるを得なかった。「実施設計」や総工費の積算を監督する立場にある文科省やJSCは、さらに巨大スタジアムの建設を管理する専門家がいなく、ほとんど、ゼネンコン2社の“いいなり”だったのでないか。
 新国立競技場の工事費の積算で決め手となる「キール・アーチ」(竜骨)は、設計会社JVも文科省、JSCも施工予定者の竹中工務店に“まるなげ”だったと考えられる。誰も建設したことがない巨額の「「キール・アーチ」の工事費は、照査できる人がいなかった。
 2015年夏に、ゼネンコン2社は、問題の「キール・アーチ」や可動式の屋根を設置するザハ・ハディド案に基づいて、建設資材の値上がりや労務費の上昇や消費税率の引き上げを加味して、総工費「3088億円」とする見積もりをJSCに提出した。
 「屋根工区」で「1248億円」、「スタンド工区」で「1840億円」としている。試算条件は2015年1月単価、消費税8%である。巨大アーチや開閉式屋根など特殊構造のため、資材調達や技術者の確保で総工費が膨らむとの内容だったとされている。
 文科省とJSCが主導して積算し、当時の公表されていた「1625億円」の約2倍近い見積もり額である。また工期も「50か月程度」と、2019年3月の完成予定も8か月程度延びるとして、ラグビーW杯に間に合わない可能性がり、関係者に衝撃が走った。
 新国立競技場の総工費「3088億円」が明らかになると、余りにも膨れ上がった建設費に世論の激しい批判が集中して、文科省と日本スポーツ振興センター(JSC)は計画の見直し追い込まれていく。


(ザハ・ハディド案 国際デザインコンクール 日本スポーツ振興センター[JSC])


総工費「2520億円」 屋根を支えるアーチ構造などが原因で経費膨張
 世論の激しい批判を受けて、文科省とJSCは、「3088億円」の建設経過の縮減に乗り出し、2015年7月7日、新国立競技場建設の事業主体であるJSCは「有識者会議」を開き、総工費を「2520億円」に縮減し、最大8万人収容の“見直し”基本設計案を決定した。
 基本設計案によると、周辺に配慮して高さは当初案より5メートル低い70メートルとし、延べ床面積は立体型の通路を見直し、当初案の約29万平方メートルから25%程度縮小して21万1000平方メートルとした。
 外観は、ザハ・ハディド氏の流線形のデザイン案を踏襲し、地上6階地下2階。。
 今回示された整備費「2520億円」は、前回の基本設計案の「1625億円」より約「900億円」増え、大成建設が担当するスタンド工区は「1570億円」、鹿島建設が担当する屋根工区は「950億円」とした。
「3088億円超」が、世論の集中砲火を浴びる中で、「3000億円」を約「500億円」下回る縮減建設計画案に調整されたである。
 JSCは、この“見直し”基本設計案案で、一両日中にも大手ゼネコンと契約を結び、2015年10月に着工、2019年5月の完成を予定し、2019年9月開幕のラグビーW杯の開催に間に合わせる方針を堅持しようとした。
 見直しを決めた有識者会議には、安西祐一郎氏(日本学術振興会理事長)と安藤忠雄氏(建築家)が欠席した。新国立競技場のデザインを選定した国際デザイン・コンクールの審査員長を務めた安藤忠雄氏は、この日は大阪で所用があったとして会議には参加せず、余りにも“無責任”という激しい批判が浴びせられた。
 縮減建設計画では、新国立競技場の斬新なデザインの象徴となる「キール・アーチ」は設置するが、開閉式の屋根の設置は大会開催後に先送りにしたり、可動式の観客席を着脱式の仮設席に変更したりして、「2520億円」の総工費から外した。 
 この結果、約「260億円」を削減し、スタンド本体の総工費を「1365億円」と見積もった。
 一方で、「キール・アーチ」設置ための資材費や特殊な技術が必要な工費の負担増で「765億円」増えたとしたが、詳細な内訳の説明はない。
 さらに、建設資材や人件費の高騰分が「350億円」(約25%増)、消費増税分が「40億円」、工費増加分は合わせて約「1155億円」となるとした。その結果、「260億円」の削減分を差引すると、総工費は「895億円」膨れ上がるとした。
 JSCは「2520億円」は「目標工事費」としており、物価動向などでさらに増える可能性があるとしている。
 大会後に設置予定の仮設の観客席1万5千席はこの日の有識者会議の要望を受けて再び大会に合わせて常設化を検討することになった。観客席1万5千席の設置経費は「2520億円」には含まれていない。
 大会後に予定する施設整備費は、開閉式屋根や仮設の観客席1万5千席の経費は、現時点の試算で約「188億円」とした。
 有識者として会議に出席した東京都の舛添要一知事はこの計画を了承したが、焦点の都の費用負担については明言しなかった。


(国立競技場将来計画有識者会議 新国立競技場設計概要 段階的整備について 2015年7月7日)

 猪瀬前東京都知事は、日本テレビの「うえいくアッププラス」(2015年7月25日)に出演して、「2520」億円の内訳について、屋根工区の工費の詳細を明らかにしている。

▼ スタンド工区
直接工事 1247.7億円
          土工事               86.1億円
          鉄筋工事              42.3億円
          鉄骨工事             208.7億円
          木工事               22.1億円
          金属工事             104.7億円
          電気設備             135.3億円
          空調工事             100.3億円
          直接仮設・仕上げ工事・設備工事等 548.6億円
共通費   205.7億円
工事価格 1453.4億円
消費税   116.3億円
工事費  1569.7億円  (スタンド工区合計額)

▼ 屋根工区
直接工事  727.9億円
          土工事               44.3億円
          鉄骨工事             427.8億円
          防水工事               5.7億円
          電気設備              30.3億円
          直接仮設・仕上げ工事・設備費   219.8億円
共通費   152.0億円
工事価格  879.9億円
消費税    70.4億円
工事費   950.3億円  (屋根工区合計額)

「2520億円」の積算は、ゼネコン2社の試算「3088億円」を根拠にした
 総工費「2520億円」の内訳から、ゼネコン2社の試算「3088億円」を検証してみよう。
 本体工事費は、2015年5月に文科省とJSCが公表した「1365億円」に、可動式屋根と電動式観客席、芝生養生システムで「260億円」、約25%の床面積削減分の約「300億円」、それに物価上昇分の約25%、「350億円」、消費税増加、「40億円」を加えて、「2300億円程度」と推定する。
 そして可動式屋根を設置するためのキール・アーチの設置費などで「765億円」を加えると、「3065億円」となり、ゼネコン2社の試算「3088億円」とほぼ一致する。
 つまり、「1625億円」の積算も、「2520億円」の積算も、ゼネコン2社の試算「3088億円」の積算を根拠にしているのである。
 新国立競技場は「1550億円」でも高すぎるのはないかという批判がある。果たして、「1550億円」が適切な水準なの検証はされていない。

 「1625億円」を「2520億円」に見直した際は、延べ床面積を約25%削減し、高さを5メートル低くして70メートルにするなどダウンサイズして、屋根の設置、電動可動席や芝生育成補助システムの取り止めで「260億円」を削減する一方で、「キール・アーチ」の設置の増分など「765億円」、物価上昇約25%分の「350億円」、消費税増分「40億円」など加えて計算しただけなのである。
 「2520億円」を「1550億円」の削減した際は、延べ床面積を更に約13%削減したり、「キール・アーチ」(約700億円)の設置や観客席の冷房装置の設置(100億円)を取り止めたりして、約「1100億円」を削減した。
 ここでも、建設積算の基本はゼネコン2社の試算「3088億円」が生き続けているのある。


 
新国立競技場の総工費「1550億円」 決定


(出典 新国立競技場整備計画再検討のための関係閣僚会議 2015年7月17日)

 政府は関係閣僚会議を開き、総工費を「1550億円」とする新しい整備計画を決定した。
 再検討後の建設計画がポイントは次の通りである。
▽総工費の上限は、「2520億円」に未公表分を加えた「2651億円」と比べて、約「1100億」円余り削減して「1550億円」とする。
▽基本理念は、「アスリート第一」、「世界最高のユニバーサルデザイン」、「周辺環境等との調和や日本らしさ」。
▽観客席は6万8000程度とする。
▽サッカーのワールドカップも開催できるように、陸上トラック部分に1万2千席を設置し、8万席への増設を可能にする。
▽屋根は観客席の上部のみで「幕」製とする。
▽「キールアーチ」は取りやめる。
▽観客席の冷暖房施設は設置しない。
 観客の熱中症対策として休憩所や救護室を増設する。
▽陸上競技で使用するサブトラックは競技場の近辺に仮設で設置する。
▽総面積は旧計画の22万2000平方メートルから約13%減の19万4500平方メートルに縮小する。
▽VIP席やVIP専用エリアの設置は“最小限”にする。
▽スポーツ博物館や屋外展望通路の設置は取りやめて、地下駐車場も縮小する。
▽競技場は原則として陸上競技、サッカー、ラグビーなどのスポーツ専用の施設とする。但し、イベントでの利用も可能にする
▽災害時に住民らが避難できる防災機能を整備する。
▽工期は、2020年4月末とする
▽設計・施工業者を公募する際に2020年1月末を目標とした技術提案を求め、審査にあたって、工期を目標内に達成する提案に評価点を与えて優遇し、工期を極力圧縮することに努める。
 ▽財源については、“先送り”をして、多様な財源の確保に努め、具体的な財源負担の在り方は、今後、政府が東京都などと協議を行い、早期に結論を出す。
▽9月初めをめどに、設計から施工を一貫して行う「デザインビルト」方式を採用して、入札方式は「公募型プロポーザル方式」とし、応募の資格要件を課した上で、事業者を「公募」で募集する。

 政府は「約1千億円の削減幅」をアピールして、国民の理解を得たいとしているが、「約1千億円」を強調したいがために、旧建設計画の「2520億円」は見せかけの“粉飾”経費で、計上すべき経費だが別枠にしていた「131億円」を組み入れて、実は「2651億円」だったと認めるという醜態を演じた。自ら杜撰さな予算管理をなりふり構わず認めたのには唖然である。
 それでも、「1000億円超」とされているロンドン五輪や北京五輪のオリンピックスタジアムの建設費に比較しても、「1550億円」はまだ破格に高額で国民の批判が収まるかどうか不透明である。
 また、削減幅「約1千億円にこだわったことで、周辺工事や関連経費などで、整備費に入れないで“隠した”経費があったり、労務費や資材費が値上がりするなどして、実際には「1550億円」が更に膨らむ懸念がどうしても残る。また焦点の「2015年1月」完成を目指した場合は、総工費は「1550億円」の上限は維持できるのだろうか? 不安材料は依然として残る。

飛びぬけて高額の建設単価 新国立競技場「1550億円」
 安倍首相の決断で、「2520億円」から「約1100億円」削減して「1550億円」になったと聞くと、かなり建設費が削減されて適切になったと誤解する人が多いが、実はこれは“大間違い”である。
 大規模な建造物の建設費が適正であるかどうかを全体として把握する最良の手法は、「坪単価」で見るとというのが常識である。
 新国立競技場を他のスタジアムと「坪単価」で比較してみよう。
 新国立競技場は、最終案の「1550億円」(延べ床面積19万4500平方メートル)とザハ・ハディド案を踏襲してゼネコン2社が積算した「3088億円」(延べ床面積22万4500平方メートル)の「坪単価」を計算した。 「1550億円」では、265.5万円、「3088億円」では、なんと453・9万円となった。スタジアム建設の「坪単価」では、唖然とする高額だ。
 現在では国内最大規模の日産スタジアムの「坪単価」は155.7万円、サッカー専用スタジアムとては東アジアで最大規模のさんたまスタジアムは105.5万円、屋根を備えている京セラドーム大阪は122・8万円である。
 可動式屋根や「キール・アーチ」を取り止め、電動式可動席や観客席冷房装置も設置を止めても、「坪単価」は破格の265.5万円、あきれるほどの高額なスタジアムである。
 一体、どんなコスト管理をしたのだろうか?
 「1550億円」やはっぱり納得できない。



五輪終了後の収支計画はどうなっているのか?
 「2520億円」の建設計画を決めた際に、日本スポーツ振興センター(JSC)では、可動式屋根設置後という“条件付き”で、年間で、収入40億8100万円、支出40億4300万円、3800万円の黒字という収支見込みを公表している。世論の批判をかわすための“帳尻合わせ”だという批判も多い。
 旧国立競技場の維持費は約7億円、この建設計画では約6倍近くの40億円超に膨れ上がる。
 実は、「3800万円の黒字」はすでに破たんしているのが明らかになっている。
 日本スポーツ振興センター(JSC)では、完成後50年間に必要な大規模修繕費が約1046億円に上るという試算を公表した。年間約21億円の巨額な経費である。大規模修繕費は、建築物を維持管理するために必須の経費、なんとこの経費を別枠にしているのである。杜撰な収支計画には唖然とさせられる。
 「1550億円」の仕切り直しの建設計画では、収支見込みはどうなっているのか、まだ不明である。可動式屋根の設置は取りやめたことで当初の目的であったイベント開催も可能な“多機能スタジアム”は挫折した。五輪後の収入の目論見は白紙撤回されているはずだ。一方、施設全体を縮小したので経費は多少、削減されているだろう。ともあれ新しい建設計画を評価するためには、五輪後の収支見通しが必須だ。
 それとも新国立競技場の運営は「民間に委託」としているので、政府としては、収支のメドは関知しないというだろうか? しかし、仮に五輪後の新国立競技場の収支が赤字を余儀なくされたら、そのツケは、国民に回されるのだろう。




新国立競技場 整備完成時(開閉式遮音装置等設置後)収支見込み 日本スポーツ振興センター(JSC) 2015年7月7日

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)第一号か?
 2020年東京大会のキャッチフレーズは「Discover Tomorrow(未来をつかむ)」である。
 そしてそのコンセプトは「コンパクト」、繰り返し強調しているキーワードである。過去からの資産を大切にしながら明日に向かって進んでいく都市の姿を世界に伝えていくとしている。
 2013年9月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたIOC総会での2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致演説は何だったのだろうか。
 “新国立競技場”のキャッチフレーズ、「『いちばん』をつくろう」は新建設計画で実現できるのか?
 新国立競技場が“負のレガシー(負の遺産)”になる懸念は未だに拭い去れない。


再検討に当たっての基本的考え方(案) 再検討のための関係閣僚会議
(2015年8月14日)




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国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)




2015年12月23日
Copyright (C) 2015 IMSSR




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廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net  /  imssr@a09.itscom.net
URL http://blog.goo.ne.jp/imssr_media_2015
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新国立競技場 赤字 維持管理費 長期修繕費 負の遺産 木と緑のスタジアム 大成建設 隈研吾

2018年05月10日 18時06分26秒 | 新国立競技場

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(3)
新国立競技場新デザイン 「木と緑のスタジアム」A案に決定
大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏のチーム
“赤字”の懸念 巨額の負担を次世代に残してもいいのか?





「伝統的な和を創出」 収容人数は6万人、総工費約1489億9900万円、完成は19年11月末
 2015年12月22日、政府の関係閣僚会議(議長・遠藤五輪相)は、新国立競技場の整備で2チームから提案されていた設計・施工案のうち、「木と緑のスタジアム」をコンセプトにしたA案で建設することを決めた。
 安倍総理大臣は、「新整備計画で決定した基本理念、工期やコスト等の要求を満たす、すばらしい案であると考えている。新国立競技場を、世界最高のバリアフリーや日本らしさを取り入れた、世界の人々に感動を与えるメインスタジアム、そして、次世代に誇れるレガシー=遺産にする。そのため、引き続き全力で取り組んでいただきたい」と述べた。
 その後に会見した遠藤利明五輪担当相は、これまで非公表だったA案の提案者は、大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏で構成するチームだと明らかにした。したがってB案は竹中工務店・清水建設・大林組の共同企業体と日本設計・建築家の伊東豊雄氏のチーム。
 日本スポーツ振興センター(JSC)が関係閣僚会議に報告した審査委員会(委員長=村上周三東京大名誉教授)の審査結果は、A案が610点、B案が602点だった。A案は工期短縮の項目で177点(B案は150点)と高い評価を得たのが決め手となった。注目されるのは、デザインや日本らしさ、構造、建築の項目ではB案が上回っていることである。B案に参加した建築家の伊東豊雄氏は採点結果の妥当性について疑問を投げかけている。
 また、白紙撤回された旧計画を担当した女性建築家のザハ・ハディド氏は、事務所を通して声明を発表し、「新デザインはわれわれが2年かけて提案したスタジアムのレイアウトや座席の構造と驚くほど似ている」とし、「デザインの知的財産権は、自分たちが持っている」と主張した。さらに「悲しいことに日本の責任者は世界にこのプロジェクトのドアを閉ざした。この信じ難い扱いは、予算やデザインが理由ではなかった」とし、建設計画見直しへの対応を批判した。 
 採用されたA案は、木材と鉄骨を組み合わせた屋根で「伝統的な和を創出する」としているのが特徴。地上5階、地下2階建てで、スタンドはすり鉢状の3層として観客の見やすさに配慮。高さは49・2メートルと、旧計画(実施設計段階)の70メートルに比べて低く抑えた。総床面積19万4010平方メートル、収容人数は6万人(五輪開催時)。総工費は約1489億9900万円、工期は36か月で、完成は19年11月末である。
 一方採用されなかったB案の総工費は、「純木製の列柱に浮かぶ白磁のスタジアム」を掲げ、地3階、地下2階建てで、スタンドは2層、高さは約54.3メートル、総床面積18万5673平方メートル、収容人数は6万8000人。総工費は約1496億8800万円、工期は34か月で、完成は19年11月末である。





技術提案書A案のイメージ図  新国立競技場整備事業大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成/日本スポーツ振興センター(JSC)提供



新国立競技場整備事業 伊東・日本・竹中・清水・大林共同企業体作成 JSC提供日本スポーツ振興センター(JSC)提供


(ザハ・ハディド案 日本スポーツ振興センター(JSC) 国際デザイン・コンクール)




新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(4) 検証新デザイン 維持管理費・長期修繕費 ライフサイクルコストはどうなる?
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新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(2) 白紙撤回ザハ・ハディド案 仕切り直し「1550億円」 破綻した“多機能スタジアム”



疑問! 新国立競技場の収支とライフサイクルコスト
 今回、実施された新デザインの公募の基本方針は、2015年7月7日に公表された「1550億円」の“仕切り直しの建設計画”で定められた。“仕切り直しの建設計画”では、毎年の収支見込みはどうなっているのか、明らかにされていない。建設経費削減のためにイベント開催、コンベンション機能などの五輪後の収益事業を支える機能はすべて取りやめた。その結果、収支の目論見も変わり、「多角的な事業展開で自立した運営」という当初の目標は、“風前の灯”だ。収支が赤字になったら誰が責任を持つのか?
 また、長期修繕費(ライフサイクルコスト)がどの位必要なのかも公表されない。新国立競技場は、建設後50年、100年先の次世代に、レガシー(未来への遺産)として残すスタジアムだろう。そのためには5年ないし10年ごとに保守・改修工事や大規模改修工事を定期的に行わないと施設は維持できないのは常識である。誰が長期修繕費を負担するのか?
 今回、提案された2案とも、明治神宮外苑の周囲の環境に配慮したデザインで、木材をふんだんに使った構造は、どこか法隆寺や縄文遺跡を彷彿とさせて「ぬくもり」感があふれ、国民から好感を得られるのではという印象だ。
 しかし、採択されたA案(大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏のチーム)には、維持管理費の縮減に対するコンセプトは提示されているが、一体、完成後50年に長期修繕費も含めて後年度の経費負担はどうなるのかが示されてない。ちなみに採択されなかったB案(竹中工務店・清水建設・大林組の共同企業体と日本設計・建築家の伊東豊雄氏のチーム)では、具体的な経費が提示されていて、竣工後50年間の維持管理費は長期修繕費や毎年の運営費(人件費なども含む)も合わせて約1822億円、毎年約36億4000万円としている。
 A案の建設計画を評価するにあたっては、五輪後50年間、さらに100年間の収支や維持管理費や長期修繕費の見通しもしっかり視野に入れて再検証するのが必須であろう。新国立競技場の次世代の負担がどうなるか、忘れてはならない。



(新国立競技場の完成予想図。環境に配慮して高さが当初案より5メートル低い70メートルになった 出典 日本スポーツ振興センター)

“迷走”を繰り返した新国立競技場の収支計画
 2015年7月7日、日本スポーツ振興センター(JSC)は「有識者会議」で、新国立競技場の改築費は、当初よりも「900億円」多い「2520億円」になることが決まった。スタンド工区が1570億円、屋根工区が950億としている。膨大な建設費に批判が集まるなか、5年後に向けた計画が進められることになった。
 会議にはメンバー12人が出席したが、デザイン案を決めた国際デザイン・コンクールの審査委員長を務めた建築家の安藤忠雄氏は欠席した。
 JSCは、新国立競技場について斬新なデザインの象徴となる「キール・アーチ」は残すが、開閉式の屋根の設置を先送りにし、可動式の観客席を着脱式にするとしている。 この結果、約「260億円」を削減し、スタンド本体の総工費を「1365億円」と見積もったとしている。一方で、「キール・アーチ」のための資材費や特殊な技術が必要な工費の負担増で「765億円」、建設資材や人件費の高騰分が350億円(約25%増)、消費増税分が40億円、合わせて約「1155億円」の経費が増えたとしたとしている。差引で約「900億円」増額としたのである。2014年5月の試算から増加したのは約「「1155億円」、何と1000億円を超えていたのである。
 また、開閉式の屋根を大会後に設置したあとの収支計画も明らかにし、黒字額は前回は「3億3千万円」としたが、今回は約10分の1の年間「3800万円」に大幅に縮小された。また屋根の設置時期については明らかにしなかった。
 このほか、完成後50年間で、修復・改修費が前回の試算より400億円増えて、1046億円に膨れ上がったことを明らかにした。
 計画は全会一致で承認され、新国立競技場の工事は、10月に着工し、2019年5月の完成を目指す。
 これだけ批判を浴びている新国立競技場の建設計画が、12人の「有識者」によって前回一致で承認されたのは“唖然”という他ない。「有識者」とは一体何だろうか? 数名は異論を示してもしかるべきだと思うが如何? 更にこのデザインを選定した国際デザイン・コンクールの審査員長、安藤忠雄氏は今日の会議を欠席している。ザハ・ハディド氏のデザインを選定に自信があるなら、胸を張って出席して主張して欲しかった。それが“一流”の建築家だと筆者は思うが……。


「収入40億8千万円」、「支出40億4千万円」、「黒字3800万円」への疑問
 2015年7月、建設計画の決定にあわせて新国立競技場の年間の収支見込みも公表され、開閉式屋根を設置した場合という条件付きで、収入が40億8100万円、支出が40億4300万円、3800万円の黒字が確保できるとした。また建設後50年間に必要な大規模改修費(ライフサイクルコスト)については、約1046億円に上るという試算を明らかにした。年間に換算すると約21億円という巨額の経費が必要となるのである。大規模改修費は収支見込みに含まれていない。
 今の国立競技場の収入・支出はいずれも年7億円程度で、事業規模は6倍近くに膨れ上がる巨大施設となるのである。

 新国立競技場の収入見込みを見ると、大規模なスポーツ大会(サッカー20日、ラグビー5日、陸上11日)が年36日、そのほかのイベントで年44日、合計年80日の開催で、3億9400万、コンサートなどのイベントが12日(6億円)開催される想定で、6億円の収入を計上。旧国立競技場でのコンサートの開催実績はこれまで年2日程度だったが、「屋根がある大規模会場は珍しくニーズは高い」(JSC)としている。
プレミア会員事業では、年間540万円や360万円のVIPボックスや、年間6万円から15万円の会員専用シートなど収入で12億3300万円、ビジネスパートナーシップ事業では、企業の広告料収入を、ゴールドが年間1億5千万円で3社、シルバーが7200万円で5社、パートナーが4800万円で10社、合わせて11億6100万円を見込んでいる。
その他、ホールやバンケットルームなどを利用したコンベンション事業で2億5700万円、フィットネス事業で1億9800万円、物販・飲食で1億9100万円、次世代パブリックビューイング事業で8900万円を見込んでいる。
 ビジネス競技場を企業の広告に利用できる権利の使用料などで10億9千万円(ビジネスパートナーシップ事業)、コンベンションの開催で1億8千万円(コンベンション事業)を見込む。
 さらに次世代パブリックビューイング、フィットネス、物販・飲食事業などで収入を見込んでいる。

 一方、支出では人件費が1億9900万円、管理運営委託費が18億6300万円、その内保守管理業務は9億2800万円、警備業務は5億1100万円、清掃業務は3億7300万円、屋根及び開閉式遮音装置維持管理業務は1100万円、可動席維持管理業務は300万円である。
焦点の修繕費は10億8600万円、試算時(2014年8月)の建設資材価格や労務費単価を前提に算出している。
 その他、水道光熱費や租税公課などが支出に加わる。


大会終了後の新国立競技場の収支は大幅赤字“必死”
 焦点の年間の収支見込みについては、昨年夏の試算では「収入38億4000万円」、「支出35億1000万円」、「3億3000万円」の黒字としていた。今回の収支目論見では、開閉式屋根を設置した場合という条件付きで、「収入40億8100万円」、「支出が40億4300万円」、「3800万円」の黒字と試算した。支出が増えたのは完成後にかかる修繕費が6割増の年10億円となったためだとしている。それに合わせて収入見込みを約2億円増やし、無理やり、黒字にしたという印象があるが、とにかく“不明瞭”である。 わずか「3800万円」の黒字という試算は、「赤字」としたら厳しいを浴びるので、なにやら帳尻合わせの感が拭い去れない。

1日で撤回した新国立競技場の収支見通し
▼ 収入「50億円」、支出「46億円」で「4億円黒字」
 2013年11月28日、日本スポーツ振興センター(JSC)は、初めて新国立競技場の収支見込みを公表した。収入が約「50」億円、これに対して支出は約「46億円」とし、約「4億円」の“黒字”としている。膨れ上がった建設費への批判を和らげようとしたのがその狙いだった。
 収入の内訳は、企業の展示会やイベントで14億円、年間シート契約で12億円、コンサートで12億円、その他12億円としている。開催される競技やイベントの種類は、サッカー20日、陸上競技11日、ラグビー5日、コンサート12日を中心に、年間48~57日の開催日数を見込んでいる。
 支出については、旧国立競技場の維持費約7億円と比較して、約6.5倍に膨れ上がる。
 スポーツやコンサートなどのイベントで、8万人を動員できるイベントは、年間、一体何回位あるのか、高額な会場利用費を負担できるイベントはどの位あるのか大いに疑問である。
 さらに6.5倍近くに膨れ上がった維持費に唖然とさせられる。
 維持管理費が高くなる理由は、可動式屋根の維持費やサッカーやラグビーではグランドにせり出す1万5千席の可動席の施設メンテナンス費用が主なものだ。さらに1回・数千万円や1億円ともいわれるピッチの芝の張り替えを年2回する費用も必要となる。
 余りにも“甘い”目論見での「4億円黒字」想定であった


翌日変更 収入「45億円」、支出「41億円」
 翌日の2013年11月29日、日本スポーツ振興センター(JSC)は、新国立競技場の収入を約「45億円」、年間維持費を約「41億円」、との見通しを自民党の無駄撲滅プロジェクトチーム(PT、座長・河野太郎衆院議員)のヒアリングで示した。
 収入と支出を、それぞれ5億円削減し、「4億円」の“黒字”は“維持”するとしている。
収支予想の“甘い”見通しに批判が殺到し、収入、支出を圧縮して“つじつま合わせ”をしたという疑念も生まれる。
また赤字が出ても税金を投入せず、自助努力で運営させることを確認した。
 さらにJSCの示す総事業費に、JSCが移転して延べ床面積を現在の約2倍となるJSCビル建設費用が含まれていないとして、PTは文部科学省に事業全体の費用と上限を示すよう指示した。
 これを受けて、文科省では、平成26年度の補正予算でJSCの施設整備費として、すでに約200億円を計上した。この予算の趣旨は「オリンピック競技大会における過去最多を越えるメダル獲得数」を狙う選手育成強化費と説明されている。しかし、約200億円の内訳は、現国立競技場解体費用が70億円、残りの約130億円はJSCの本部移転費用等だといわれている。JSCの本部を移転することが「メダル獲得数増」にどうつながるのか。もし本当にそうなるとしたら、文科省とJSCは説明できるのだろうか?


そして再び縮小 収入「38億円」、「支出35億円」、「黒字3億円」
 2014年8月19日、日本スポーツ振興センター(JSC)は、五輪終了後の収支計画を発表し、スポーツ大会やコンサートなどによる収入を「38億4000万円、維持管理費などの支出を「35億1000万円で、年間「3億3000万円」の黒字を確保できる見込みという試算を公表した。
 今の国立競技場の収入・支出はいずれも年7億円程度で、事業規模は5倍超に膨らむことになる。
JSCは「多角的な事業展開で自立した運営を目指したい」としている。
一方で、毎年の支出とは別に、完成から50年後までに大規模改修費として「656億円」が必要として、JSCは、早くも 「改修時は国に補助金を要請したい」とした。
 オフイスビルやマンションなどは、5年ないし10年ごとに保守・改修工事を行わないと建築物は維持できないのは常識である。高層ビルや巨大な建築物では、その経費は高額になることは容易に想像できる。
 新国立競技場の維持管理費に一体どの位かかるのか、誰が負担するのか、さらに不透明になった。
 計画では新国立競技場で年間に大規模なスポーツ大会(サッカー20日、ラグビー5日、陸上11日)が36日(3億8000万円)、コンサートが12日(6億円)開催される想定で、9億8000万円のイベント収入を計上。コンサートの開催実績はこれまで年2日程度だったが、「屋根がある大規模会場は珍しくニーズは高い」(JSC)としている。
 そのほか、年間最高700万円のVIP室や会員専用シートの契約料で12億5千万円(プレミアム会員事業)、競技場を企業の広告に利用できる権利の使用料などで10億9000万円(ビジネスパートナーシップ事業)、コンベンションの開催で1億8000万円(コンベンション事業)を見込んだ。
 さらに次世代パブリックビューイング、フィットネス、物販・飲食事業などを行う。
支出では電気設備や機械の修繕費として6億3000万円、年間2回の張り替えを含む芝の管理費として3億3000万円などを計上した。
 新国立競技場の収入と支出は更に圧縮され、「収入45億円、支出41億円」は、それぞれ7億円と6億円、減額された。
 世論の厳しい批判を浴びて見通しを修正したと思われる。再び見通しの“甘さ”が問われる結果となった
 それにしても、毎回示される収支は、10%近い黒字になる“不自然さ”はつきまとう。果たしてこの見通し通り運営できるのだろうか、疑問は晴れない。
 早くも、可動式屋根の建設は、大会終了後に“先延ばし”することが明らかにされている。上記の“屋根付き”を前提にしている収支目論見はすでに破たんしている。
 遮音効果があり、雨もしのぐグランド上部の開閉式屋根は、五輪開催後、コンサートなイベントの利用を増やすために計画されている。 日本スポーツ振興センター(JSC)では、“屋根なし”の場合、収入で10億8000万円の減、収支差で8億6千万円の減としている


屋根完成まで赤字 すでに“赤字”宣言
 2015年6月30日、下村博文文部科学相は、閣議後の記者会見で、設置を先送りした開閉式屋根がない期間、運営収支が赤字になる見通しを示した。また、「JSC(事業主体の日本スポーツ振興センター)が直接、管理運営をするのは能力を超えたことと思う」とも述べ、五輪・パラリンピック後は民間に委託し、収支改善を目指す方針を明らかにした。
 2015年7月、総工費「2520億円」の建設計画を公表した際に、屋根を設置しない場合は、「38億円」、支出「44億円」、赤字「6億円」とし、屋根を設置した場合は、収入が「40億8100万円」、支出が「40億4300万円」で、かろうじて「3800万円」の黒字になるとした。
 屋根のない新国立競技場は、赤字「6億円」と試算していたのある。
 屋根がない期間は騒音問題の配慮などからコンサートは想定通り開けないし、屋根の工事期間は競技場が使えなくなるため赤字になるとした。
 屋根を設置するれば、黒字が期待できるとしたが、屋根の設置時期や設置費用についても五輪後の経済状況にもよるとして明らかにしなかったが、下村文科相は「屋根は作れば絶対に黒字になるという計算はできる」と自信を示した。
 民間委託については有識者による検討会議を設置し、大会終了後すぐ実施できるよう議論を先行させとした。また下村文科相は「国民の税金の負担にもならないように考えるようにしたい」としている。
 新国立競技場の維持費は、「35億円」では到底収まらず、修復・改修費なども含めると年間「70億円」とする指摘する専門家もいる。年間維持費は毎年の収支にものしかかり、「3800万円」の黒字は吹き飛んで新国立競技場の収支は“赤字”になるのは必至で、次世代に“赤字”負担が重しとなって受け継がれる。
 新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になる懸念は一向に収まらない。


長期修繕費(ライフサイクルコスト)1046億円はどうする?
 2015年7月7日、日本スポーツ振興センター(JSC)は新国立競技場の建設費を「2520億円」になることが決めた際に、長期修繕費が完成後50年間で、400億円増えて、1046億円に膨れ上がったことを明らかにした。
 年間で換算すると約21億円という巨額な経費である。
新国立競技場は、建設後50年、100年先の次世代に、レガシー(未来への遺産)として残す施設だろう。そのためには5年ないし10年ごとに保守・改修工事や大規模改修工事を行わないと維持できないのは常識である。
日本スポーツ振興センター(JSC)では、「独立行政法人は一般的には独立採算を前提としないため、法人の業務の実施に必要な資金として、国から運営費交付金や施設整備費補助金等が措置されている」として、新国立競技場の管理運営費について赤字になった場合は、国が責任を持つとしている。長期修繕費についても国の資金をあてにしている。
日本スポーツ振興センター(JSC)では、新国立競技場の維持管理・運営事業については、民間活用の導入を図り、民間ノウハウを最大限に発揮させることで、事業収入の拡大、維持管理・運営の効率化による事業支出の削減を行うとしている。しかし、「黒字」の実現性は未知数である。
 果たして新国立競技場を今回の企画案のどちらかで建設したら、果たしてその施設の維持管理に一体どの位かかるのか、収入はどの程度確保可能なのか、収支はどうなるのか、巨額の長期修繕費は誰が負担するのか、さらに不透明さを増している。
 やはり新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になる懸念は拭い去れない。


巨額の後年度負担が次世代に”
 建設後50年間に必要な大規模改修費を前回より「400億円」増やして、約「1046」億円と見積もった。高層ビルや公共施設など大規模な構築物は、修復・改修を常に積み重ねていかないと快適な環境は保てないのは常識だろう。通常はこうした経費も収支計画に組み込むのも常識だ。
 官公庁の施設マネジメントを行う一般財団法人建築保全センターは、大規模な建築物などの五十年間の長期修繕費について、「すべき修繕、望ましい修繕、事後保全」は建設費の百五十四パーセント、「すべき修繕、望ましい修繕」同九十六パーセント、「すべき修繕」同五十一パーセントとしている。
 「事後保全」とは、建造物や設備にトラブルが発生したら、その都度、修理、修復、設備更新を行う修繕作業である。
 新国立競技場の場合、可動式屋根や可動式観客席、芝生養生システムや空調設備などの最新鋭設備、他の官公庁の施設に比べて、保守修繕費がかさむのは明らかであろう。
 「すべき修繕、望ましい修繕」のケースでは、建設費とほぼ同額の「2419億円」、「すべき修繕、望ましい修繕」のケースでは、「3880億円」が、今後50年の長期修繕費として見込まれているのである。
 また鹿島建設では、建築物は竣工後から解体廃棄されるまでの期間に建設費のおよそ3~4倍の経費が必要で、竣工時に長期修繕計画を作成し、計画的に修繕更新を行うが重要としている。 この試算では、「2520億円」の施設を建設すると「7560億円」から「1兆80億円」の後年度負担が、今後50年間に発生することになる。
 JSCでは、約「1046億円」でさえ、早くも、ギブアップして、国に財源確保を要請している。
 競技場など“箱もの”は、建設費だけ調達すればよいというわけにはいかない。巨額の後年度負担を次世代に着実に残すことになる。


新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)第一号か?
 2020年東京大会のキャッチフレーズは「DiscoverTomorrow(未来をつかむ)」である。
 新国立競技場の建設にtotoの財源を充当する方針が進められているが、totoは、地域スポーツ活動や地域のスポーツ施設整備の助成や将来の選手の育成など、スポーツの普及・振興に寄与するという重要なミッションがある。Totoは“スポーツ振興くじ”なのである。仮にtotoを財源に1000億円を新国立競技場の建設に拠出するとしたらtotoの創設精神に反するのではないか?
 オリンピックの精神にも反するだろう。IOCの“レガシー”では、開催地は、大会開催をきっかけに国民のスポーツの振興をどうやって推進していくのかが重要な課題として問われている。東京大会の“レガシー”は、どこへいったのだろうか?
 東京大会コンセプトは「コンパクト」、繰り返し強調しているキーワードである。過去からの資産を大切にしながら明日に向かって進んでいく都市の姿を世界に伝えていくとしている。
 2013年9月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたIOC総会での2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致演説は何だったのだろうか。
 “新国立競技場”のキャッチフレーズ、「『いちばん』をつくろう」は実現できるのか?
  新国立競技場が“負のレガシー”になる懸念が更に増している。
 次回の「新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(4)」では、新デザインの維持管理費、長期修繕費、ライフサイクルコスト、収支見込を整備計画から詳細に検証する。



新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(4) 新国立競技場 新デザイン案決定 維持管理費・長期修繕費 ライフサイクルコストはどうなる?
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(5) 新国立競技場“迷走” 文科省とJSCに責任 検証委
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(6) 陸上競技の“聖地”は無残にも消えた 新国立競技場はサッカーやラグビーの球技専用スタジアムに
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(7) 新国立競技場に暗雲 破綻寸前日本スポーツ振興センター(JSC)
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(1) “迷走”と“混迷”を重ねる新国立競技場 破綻の懸念 総工費「2520」億円
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(2) 破綻した“多機能スタジアム” “疑問”が残る新国立競技場見直し “混迷”はまだ続く 総工費「1550億円」




東京オリンピック 競技会場最新情報(上) 膨張する開催経費 どこへいった競技開催理念 “世界一コンパクト”
東京オリンピック 競技会場最新情報(下) 競技会場の全貌
「準備は1年遅れ」「誠実に答えない」 警告を受けた大会組織委
マラソン水泳・トライアスロン 水質汚染深刻 お台場海浜公園
江の島セーリング会場 シラス漁に影響 ヨットの移設や津波対策に懸念
北朝鮮五輪参加で2020東京オリンピックは“混迷”必至
“もったいない” 五輪開催費用「3兆円」 小池都知事の“五輪行革に暗雲
四者協議 世界に“恥”をかいた東京五輪“ガバナンス”の欠如 開催経費1兆8000億円で合意
主導権争い激化 2020年東京五輪大会 小池都知事 森組織委会長 バッハIOC会長
“迷走”海の森水上競技場 負の遺産シンボル
“陸の孤島” 東京五輪施設 “頓挫”する交通インフラ整備 臨海副都心
東京オリンピック レガシー(未来への遺産) 次世代に何を残すのか
相次いだ撤退 迷走!2024年夏季五輪開催都市









国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)




2016年1月4日
Copyright (C) 2016 IMSSR



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廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net  /  imssr@a09.itscom.net
URL http://blog.goo.ne.jp/imssr_media_2015
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国際放送センター(IBC) 設営・運営業務実績 IMSSR

2018年05月03日 10時04分22秒 | 国際放送センター(IBC)
国際放送センター(IBC)  設営・運営業務実績    

■ 東京サミット    USプレスセンター/NHK IBC 設営・運営  (ホテル・オークラ東京)
             1995年5月~1995年11月
■ 大阪APEC     JAPAN POOL代表
             1986年4月~1986年5月
■ 北海道洞爺湖サミット京都外相会合
             IBC設営・運営統括 (京都国際会館)
              1995年5月~1995年11月
■ 北海道洞爺湖サミット首脳会合         
              IBC設営・運営統括(洞爺湖ルスツ・リゾート/ウインザーホテル)
             2008年4月~2009年3月
■ COP10名古屋
              IBC設営・運営統括   (名古屋国際会議場)
              2010年5月~2011年3月
■ 横浜APEC
              IBC設営・運営統括    (横浜パシフィコ)
               2010年5月~2011年3月
■ IMF世銀東京総会仙台防災会合       (ウエスチンホテル仙台)
              IBC設営・運営統括
              2012年5月~2012年10月
■ IMF世銀東京総会 
              IBC設営・運営統括   (東京国際フォーラム)
              2012年5月~2012年10月
■ IPCC気候変動会議           (横浜パシフィコ)
              ライブ・インタビュールーム SNG伝送 設営・運営
              2014年4月
■ 日米首脳会談・USプレスセンター      (ホテル・オークラ東京)
              映像素材光ファイーバー伝送 設営・運営
              2014年4月
■ 国連防災会議 UN プレスルーム           (仙台国際センター)
              UNプレスデスク業務
              2015年3月
■ 伊勢志摩サミット             (三重県立サンアリーナ)
              IBC設営業務(MCR設営・運営)
              2016年5月
■ 北九州エネルギー大臣会合         (北九州市)
              プレスセンター業務
              2016年5月

(2018年4月現在)



北海道洞爺湖サミット IMC 洞爺湖町ルスツ・リゾート 2008年7月


北海道洞爺湖サミット IBC/MCR(マスターコントロールルーム)洞爺湖町ルスツ・リゾート 2008年7月


COP10名古屋 名古屋国際会議場 2010年10月


COP10名古屋 IBC/ブッキングオフイス 名古屋国際会議場 2010年10月


APEC横浜 パシフィコ横浜 2010年11月


APEC横浜 プレス席 パシフィコ横浜 2010年11月


APEC横浜 記者リポート・ポジション パシフィコ横浜 2010年11月


IMF世銀総会 東京国際フォーラム 2012年10月


IMF世銀総会 IBC/MCR(マスターコントロールルーム)東京国際フォーラム 2012年10月


伊勢志摩サミット 2016年5月


伊勢志摩サミット 国際メディアセンター 2016年5月


伊勢志摩サミット 国際メディアセンター 2016年5月


伊勢志摩サミット 国際メディアセンターMCR 2016年5月



国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)





2018年5月1日
Copyright (C) 2018 IMSSR




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廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net / imssr@a09.itscom.net
URL http://blog.goo.ne.jp / imssr_media_2015
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大川小津波訴訟 検証 大川小学校の悲劇 東日本大震災

2018年05月01日 21時16分45秒 | 大川小学校
大川小学校の悲劇 検証・大川小学校事故報告
検証はまだ終わっていない
“先生の言うことを聞いていたのに!!”





大川小津波訴訟 石巻市議会が控訴承認の議案を可決

 2016年10月30日、東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校の児童の遺族が訴えた裁判で、石巻市は、14億円余りの賠償を支払うよう命じた判決を不服として控訴の承認を求める議案を30日の臨時議会に提案し、採決の結果、可決された。宮城県も同調する方針で、石巻市と宮城県は控訴期限の来月9日までに控訴するとしている。
 本会議は原告の遺族が見守るなか午後から開かれ、亀山市長は議員から控訴の理由を問われると、「教職員が小学校に大規模な津波が来ることを予見することは不可能であったと認識している。また、およそ7分間で、崩壊の危険がある裏山に全員が無事避難できたとは考えられない」と述べた。
 一方、控訴に反対する議員からは、「遺族をこれ以上苦しめることなく控訴を取り下げるべきだ」とか、「子どもたちは市長の控訴の判断に悲しんでいる。判決を真摯に受け入れるべきだ」といった意見が出された。
 このあと採決が行われ、議案は賛成16、反対10の賛成多数で可決された。
 本会議のあと、石巻市の亀山市長は「非常に苦渋の選択をしていただいた。重い判断だったと受け止めている。私たちもこの問題について責任を感じている部分もある。上級審で原因を検証して今後の教訓にしていきたい」と述べた。
 一方、原告団長で小学6年の長男を亡くした今野浩行さんは「予想だにしない結果で、ことばも出ない。東日本大震災のいちばんの被災地である石巻市から、『学校ではこどもの命を守らなくてもいい』と、行政のトップと教育委員会のトップが主張して、それを議会が承認した。子どもの命を見捨てると議会で決定されたことについて、非常に危機感を持っている。怒りしかありません」と話した。

(NHKニュース 2016年10月30日)

大川小学校津波訴訟 宮城県・石巻市に14億円余の賠償命令
「予見できた」仙台地裁判決

 東日本大震災の津波で児童74人と教職員10人が死亡・行方不明になった宮城県の石巻市立大川小学校をめぐり、児童23人の遺族が市と県に計23億円の損害賠償を求めた訴訟で、仙台地裁は2016年10月26日、総額約14億3千万円の支払いを市と県に命じる判決を言い渡した。高宮健二裁判長は「教員は津波の襲来を予見でき、不適切な場所に児童を避難させた過失がある」と認めた
 判決によると、2011年3月11日午後2時46分に地震が発生。児童と教職員らは50分近く校庭にとどまった後、北上川にかかる橋のたもとの「三角地帯」と呼ばれる小高い場所(標高7メートル)に歩いて避難を始めた。直後の午後3時37分ごろ、津波に襲われた。
 判決は、教員がラジオで「6~10メートルの高さの津波が来る」という情報を得ていたうえ、学校前を午後3時半ごろまでに通った市の広報車が「津波が北上川河口の松林を越えた」などと津波の接近を知らせ、高台への避難を呼びかけていた点を重視。「遅くとも、津波が到達する7分前の午後3時半ごろまでには、大規模な津波が襲来して児童に危険が迫っていると予見できた」と判断した。
 教員らが児童を引率して向かおうとした三角地帯について、津波が到達した場合に他に逃げ場がないことから、「避難場所としては不適当だった」と述べた。
 一方で、校庭のすぐそばの裏山は津波から逃れるのに十分な高さがある上、児童が過去にシイタケ栽培の学習で登ったことがあり、遺族側の実験では、津波から逃れられる高さまで歩いて2分、小走りで1分程度しかかからないと指摘。「広報車の呼びかけを聞いた時点で避難しても時間的余裕はあった。津波による被害を回避できた可能性が高い」と結論づけた。
 市と県側は、「学校は河口から約4キロ離れていて過去に津波被害に遭っておらず、津波浸水想定区域にも入っていなかったと主張。裏山には崩落などの危険があり、三角地帯への避難は合理的だ」と訴えていた。

 ■判決のポイント
・遅くとも津波襲来の7分前までには、教員らはラジオや広報車の呼びかけで津波を予見できた
・教員らが児童たちを避難場所としては不適当な場所に移動させた行為には、注意義務を怠った過失が認められる
・学校の裏山に避難していれば、津波被害を回避できた可能性が高かった。

(朝日新聞 10月27日)

仙台地裁判決の要旨

 津波で犠牲になった宮城県石巻市立大川小の児童の遺族が県と市に賠償を求めた訴訟の10月26日の仙台地裁判決の要旨は次の通り。
 【事実経過】
 大川小の教員らは地震直後、児童を校庭へ避難誘導し、保護者らが迎えに来た児童以外の下校を見合わせた。学校は海岸から約4キロ離れ、県の浸水予測では津波は及ばないとされていた。集まってきた地域住民の対応をしながら、ラジオ放送で情報を収集。午後3時半ごろまでに、従来と格段に規模の異なる大きな津波が三陸沿岸に到来し、大津波警報の対象範囲が拡大されたことを認識した。
 石巻市の広報車は、遅くとも午後3時半ごろまでに津波が北上川河口付近の松林を越えたことを告げて高台への避難を拡声機で呼び掛け、学校前の県道を通過。教員らはこれを聞いていた。
 教員らはこの直後ごろ、大川小から西に約150メートル離れた河口堤防近くの県道と国道の交差点付近に向け、校庭にいた70人余りの児童とともに移動を決め、同35分ごろまでに出発した。大川小には同37分ごろ津波が到来。教職員と児童は歩いている間に津波にのまれ、裏山に逃れた教員1人と児童4人が生き残った以外、全員が死亡した。
 【注意義務】
 広報車による避難呼び掛けを聞く前は、学校に津波が到来し、児童に具体的な危険が及ぶ事態を教員らが予見可能だったということは困難だ。この段階では県内に津波が襲来するという情報しか得ていない。裏山も土砂災害の危険はあった。
 だが、広報車の呼び掛けを聞いた段階では、程なく津波が襲来すると予見、認識できた。地震は経験したことがない規模で、ラジオで伝えられた予想津波高は6~10メートル。大川小の標高は1~1.5メートルしかなく、教員らは遅くともこの時点で、可能な限り津波を回避できる場所に児童を避難させる注意義務を負った。
 【結果回避義務】
 移動先として目指した交差点付近は標高7メートル余りしかなく、津波到達時にさらに避難する場所がない。現実に大津波到来が予期される中、避難場所として不適当だった。
 一方、裏山は津波から逃れる十分な高さの標高10メートル付近に達するまで、校庭から百数十メートル移動する必要があったが、原告らの実験では、移動は徒歩で2分程度、小走りで1分程度だった。斜面の傾斜が20度を上回る場所はあるが、児童はシイタケ栽培の学習などで登っていた。避難場所とする支障は認められない。
 被災が回避できる可能性が高い裏山ではなく、交差点付近に移動しようとした結果、児童らが死亡した。教員らには結果回避義務違反の過失がある。

津波を予見できたか、あす判決 84人犠牲・大川小訴訟
 東日本大震災の津波で74人の児童と10人の教職員が死亡・行方不明になった宮城県の石巻市立大川小学校をめぐる訴訟の判決が10月26日、仙台地裁で言い渡される。児童23人の遺族が、市と県に総額23億円の損害賠償を請求。学校の管理下で起きた惨事の責任が問われている。
 5年前の3月11日。「帰りの会」の最中などに大きな揺れがあってから50分近くたった後、児童らは北上川にかかる橋のたもとの「三角地帯」と呼ばれるわずかな高台に向かい、校庭から歩いて移動を開始。その直後に津波に襲われた。
主な争点は「津波が大川小まで到達することを予想できたか」と「津波から逃げる義務に違反したか」だ。
 遺族側は、大津波警報を伝える学校敷地内の防災無線や、迎えに来た保護者が「津波が来るから山へ」と教員に話していたことなどから、学校側の過失を主張。市と県は、大川小が津波の浸水想定区域には入っておらず、津波の際の避難所として指定されていたことなどを根拠に「予想できなかった」と反論する。
 仮に津波の到達を予想できたとして、逃げられる状況だったのか。大川小のすぐ裏には山があった。遺族側は、この裏山には児童がシイタケ栽培などで登っていたことから、「避難できた」と主張。スクールバスや教職員の車で分乗して逃げることもできたと訴える。市や県は、傾斜が急で崩れる可能性がある裏山は危険で、「避難先に選べなかった」と反論している。
 津波で被災した宮城、岩手両県の犠牲者の遺族らが自治体や企業に賠償を求めた訴訟は、少なくとも15件ある。このうち、請求額が最も多いのが大川小の訴訟だ。
(朝日新聞 2016年10月25日)


大川小学校





 それは悪夢のような一瞬の出来事だった。

 宮城県石巻市大川地区。悠々と流れる北上川、田園と周辺の山並み、豊かな自然に育まれたた穏やかな光景が広がる。女川町から、海岸線沿いに南三陸町抜ける国道398号線が通る交通の要所でもある。北上川を架かる新北上大橋はこの河口付近で唯一の橋である。
 日本海の河口までは、約4キロメートルだ。
 この地区の中心になっていたのが、石巻市立大川小学校。円形のモダンなデザインの2階建の校舎で、在校生108人。地域の人々に愛着を持たれ、見守られてきた学校だったという。
 小学校のある場所は、北上川の右岸の堤防のすぐ脇の低くなっている平地で、大川地区釜谷の集落の真ん中にある。学校からは、堤防に遮られて北上川は見えないし、海岸線も見えない。

 あの日、この小学校に、北上川を遡上してきた大津波が襲った。10メートルを超える巨大津波、地震発生の約50分後だった。

 学校の校庭に集合していた子供たちは、近くの「三角地帯」と呼ばれる小高い場所に避難を始めていた。その最中、子供たちの列を巨大津波が襲った。子供たちは瞬時に津波にのまれ、そして74人の児童が犠牲になった。あまりにも悲惨なできごとだった。
 東日本大震災で、これだけの大きな犠牲が学校でおきたのは大川小学校だけである

 大川小学校には、震災から四年を過ぎた今も、犠牲になった子供たちに手を合わせようと訪れる人が後を絶たない。県外から震災の教訓を学びに訪れるグループや視察に来る防災関係者が、大型バスでやってくる。
こうした人たちに対する案内役は、津波で子供を失った親が努めることが度たびあるという。
 遺族たちが伝え続けたているのは「命の大切さ」である。
 「今 生きているこの日々は、震災で亡くなった2万人の人たちが生きていたであろう、生きたくてしかたがなかった、生きたかった日々を私たちは生きている」(NHKスペシャル 『悲劇をくり返さないために ~大川小学校・遺族たちの3年8か月~』)と語っていた。

 「なぜ多くの子供たちが犠牲になったのか。なぜ50分の時間がありながら逃げられなかったのか。なぜ大川小学校だけなのか。」
 その原因の解明が、必ずしもすべて済んでいるとは言えない。まだ多くの点が分かっていない。
 二度と同じ悲劇を繰り返さないために、原因解明をさらに進めて、大川小学校の悲劇を教訓として語り継ぐべきである。それが、犠牲になった子供たちの命に報いることになるのではないか。

★ 動画 石巻市立大川小学校の近くに押し寄せた津波(Youtube)

■ 校庭に避難した子供たち
2011年3月11日14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の地震が発生した。大川小学校ででも、激しい揺れに襲われ、教室にいた児童や教職員は大駆け足で校庭へ避難した。余震で建物の倒壊の危険もあった。校庭で教師の点呼を受けて、児童は整列して待機したが、中には、はだしでのままの子供や、頻繁に遅い余震の恐怖で泣いていたり、気分が悪くなって吐いていた子供もいたという。学校に子供たちを迎えにきた保護者に、子供たちを引渡し、27名が学校を離れた。ほかの児童は、校庭に並び、寒さと恐怖に襲われながら、指示を待った。
地震発生後、3分後には、気象庁は「大津波警報 予想津波高6メートル」を出した。その3分後、防災無線で「大津波警報」が流される。この時点で、学校側も「大津波警報」が出されたことを知ったと思われる。大川小学校には、防災行政無線の子局が設置されており、聞こえたという証言もある(大川小学校事故検証報告書 2014年2月)

 一方、学校には、周辺の釜谷の住民も駆けつけていた。中には、学校の体育館に避難をしてきた釜谷の住民もいた。石巻市の「防災ガイド・ハザードマップ」では、大川小を地区の住民の避難所として「利用可」としている。学校側は体育館が地震で被害を受け、避難所としては危険で使用できないと説明し避難者は受け入れなかったという。

15時14分には、「予想津波高10m」に変更された。当初は。テレビだけで放送、その後ラジオでも放送された。但し、防災行政無線では伝えたかどうか分からない。
また、河北消防署の消防車や石巻市役所河北総支所の公用車が「大津波警報」を伝えながら大川地区を通行している。
 こうした「大津波警報」を、学校側がどこまで把握していたか定かではない。


■「裏山」になぜ逃げなかったか
 教師たちは、何度も校舎内へ再び入って、寒さに震える子供の上着や靴などを持ち出し、子供に配ったり、お手洗いに連れて行ったり子供たちの世話に奔走していた。
この日は、大川小学校の校長は休暇で休んでおり、教頭が緊急対応の指揮をとっていた。
学校に駆け付けた住民や、助かった児童など複数の証言で、「校庭では危ないから、裏山に逃げよう」とう声が子供たちからも上がったという。「俺たちいつも裏山に上っている。ここにいたら死ぬ」と訴えていたという。実際、裏山に上ろうとして、教師に連れ戻された子供もいたという。これに対し、教師側は、「裏山に逃げよう」という声や、その一方で「学校にいた方が安全だ」という意見も出ていたという。教頭は、「この山に子供たちを上がらせても大丈夫でしょうか?」「崩れる山ですか?」と、住民に問いかけていたという。住民たちは、「ここまで津波が来るはずがないよ」「大丈夫だから」と答えていた様子だったという。学校側と住民との間で裏山への避難を巡って口論になったという証言もあるという。
 こうした混乱状況の中で、緊急対応の責任者の教頭は、何も答えず、新たな指示を出さなかったと思われる。
裏山には登る道がなく、登るは危ないと考えたかもしれない。しかし、事故後の調査委によれば、「体育館の裏手の山には登ったことがある」とか、「登っている様子を見たことがあるので登れると思っていた」と答える子供たちがかなりいたのである。
また震災の前の年には、3年生の社会科授業で、教師と子供たきが裏山に上っていたり、授業の一環として裏山でシイタケ栽培をしていたこともあったという。子供たちが「山に逃げよう」と言ったのも、極めて信用性が高いと思われる。
 一方で、激しい揺れで、裏山の木が倒れていたという証言もある。
 しかし、事故調査員会が実施した「現地調査において確認された多数の倒木は、震災以前から倒れていると考えられるものも含めて、強風等を原因として発生したものとみなされる」(大川小学校事故検証報告書 2014年2月)としている。地震による地割れ、土砂崩れの形跡も見当たらないため、地震による倒木はなかったと思われる。
 要は、津波襲来の危機感をどれくらい認識していたかだろう。
 裏山に「大勢の子供たちを登らせて、怪我をさせたらどうするのだ」とか「ドロだらけになって服が汚れたらどうするのか」、「津波がこなかったら誰が責任をとるのだ」という思いが教頭や教師の頭をよぎり、判断を迷ったのは容易に想像できる。子供たちの安全を守ることは重要だが、緊急時は違う。日ごろの「事なかれ主義」が「とっさの」判断を躊躇させたと言えるのではないか。「命」に係わる問題なのだ。
 その一方で、スクールバスは、なんと学校に待機していたのである。

■ ただ一人生き残った教師の手紙
 現場でどのような議論が交わされたか、学校側は何をしようとしたのか、住民は何を主張したのか、関係者のほとんどが犠牲になっているため、今となっては、完全に明らかにするのは難しい。
 その時校庭にいて、一部始終を知っているのは、奇跡的に生き残った教師1名と児童4名だけである。
 生き残った教師は、子供たちの保護者と大川小学校校長あてに書いた手紙(2012年6月3日付)が新聞に掲載されている。
この教師は、裏山にとっさに避難して奇跡的に命を取り留めたが、現在は休職中だという。
 手紙の中で、「何を言っても、子供の命を守るという教師として最低のことが出来なかった罪が許されるはずはありませんが、本当に申し訳ございませんでした。今はただただ亡くなられた子供達や先生方のご冥福をお祈りする毎日です。本当に申し訳ございません」と犠牲になった遺族や関係者に謝罪した。
 また、校庭で避難を巡ってどんなやりとりがあったのかその一部が明らかになった。
 「サイレンが鳴って、津波が来ると言う声がどこからか聞こえて来ました。私は校庭に戻って、教頭に『津波が来ますよ。どうしますか。危なくても山へ逃げますか』と聞きました。でも、何も答えが帰って来ませんでした。それで、せめて、一番高い校舎2階に安全に入れるか見て来るということで、私が1人で2階を見て来ました。戻ってくると、すでに子供たちは移動を始めていました。近くにいた方に「どこへ行くんですか」と聞くと「間垣の堤防の上が安全だからそこへ行くことになった」ということでした。どのような経緯でそこへいくことになったかは分かりません」
そして、最後に、「最後に山に行きましょうと強く言っていればと思うと、悔やまれて胸が張り裂けそうです」と綴っている。

■ 津波に襲われた74名の子供たちと11名の学校関係者
 15時32分、ラジオで「大津波警報 予想津波高10m」が伝えられた。多分、学校関係者はこの情報を聞いて、校庭から約200メートルほど離れた新北上大橋のたもとにある「三角地帯」と呼ばれる小高い丘に避難を決断した。小高いとはいっても、大川小学校の屋上程度の高さしかなかった。
北上川では、巨大な濁流がすでに猛烈な勢いで遡上して様子が住民に目撃されている。
 先導の教師を先頭に児童74名が列を組んで、釜谷地区の集落の中を進んでいった。
 出発して間もなく、「ゴーッ」というすさまじい轟音とともに、北上川の堤防を越えて巨大な津波が子供たちを襲い、濁流が渦巻いた。
 濁流は、大川小学校の屋上を超え、「三角地帯」もゆうに越えていた。
 列の後ろにいた児童4人と教師1人は、裏山に駆け上って、奇跡的に助かった。
 児童70名、学校関係者1名が犠牲となる悲劇だった。

 6年生の息子を失った母親は、「ちゃんとそれを知りたいだけなんですね。そうするとたぶん亡くなった息子に対してもちゃんと報告して供養になるじゃないかと思って。誰が悪いとかそういうわけじゃなくてどういう過程でそういうふうになったか、その理由なんですね。だから決して人を責めたりするのは息子も喜ばないと思うんで」とインタビューに答えていた。(NHKスペシャル 『悲劇をくり返さないために ~大川小学校・遺族たちの3年8か月~』)
 多くの遺族が、なぜわが子が犠牲になったのか、納得のいく説明を得られないままでいるのだ。


■ 「まさか、津波に襲われる………」 欠如した津波への危機感
 釜谷地区には、地震発生時、住民や働いていた人、来訪者など232人がいた。このうち197人が死亡した。死亡率78%にも及び、大きな犠牲をだした。
 大津波に襲われるとは、思ってもいなかったのであろう。
 地元にある釜谷交流会館に避難した人や大川小学校に避難しようとした人がいたという。住民が地元に留まっている様子は、大川小学校の教頭や教職員も知っていたと思われる。「地元の人も避難しないのだから、ここにいれば安全」、そんな根拠がまったくない思い込みが学校側の関係者に生まれていたもの無視できないのではないか。
 事故調査員会では、2013年8月から10月にかけて、大川地区・北上地区住民を対象に津波についての意識についてアンケート調査を実施した。
 その結果、「あまり心配していなかった」と「まったく心配していなかった」が70%以上を占めた。
また、震災の前年の2010年2月28日に南米チリで発生した地震に伴う「大津波警報が発令された際に、避難場所へ避難したかどうかについて尋ねた。大川地区では「自宅にいた家族は誰も避難しなかった」が70%前後に及んだ。
 この地区の住民の意識の中に、津波の脅威を認識している人はほとんどいなかったと考えられる。
 また教職員に対する調査でもほとんどが、「あまり心配していなかった」と「まったく心配していなかった」だった。
(以上 大川小学校事故検証報告書 2014年2月)
 こうした意識調査からは、学校側、住民、ともに津波に対する警戒感がほとんどなかったと思いわれる。「ここがまさか、津波に襲われるとは……」、正直な本音であろう。
 大川小学校の事故原因の最大のポイントは、こうした津波に対する危機感の欠如、「まさか……」という意識だったと考える。そして「空白の50分」が作り出され、避難が決定的に遅れて、悲劇が生まれたと思う。

■ 学校にいた全員が助かった門脇小学校
 大川小学校の悲劇と対比されるのは門脇小学校である。
 門脇小学校は、同じ石巻市の旧北上側の河口付近の海岸線沿いにある児童数約300人の学校である。
 この門脇地区は、東日本大震災発生の約15分後津波の第一波が押し寄せ、その約30分後には高さ6.9メートルの大津波に襲われた。
門脇小学校は、地震直後の津波警報発令の一報を知ると、すでに下校していた児童を除き、約240人を誘導し、学校の裏の高台の日和山公園にいち早く避難させた。かねてから訓練していた通りの避難行動である。児童が避難するに際しては、児童を引き取りに来た保護者も同行させた。
海岸線が近いため津波到達時間は早い。一刻の躊躇も許されなかった。高台に全員避難すると、間もなく「ゴーッ」という轟音と共に、濁流が街を覆い、電柱をなぎ倒し、住宅を押し流していたと関係者は証言する。
 地震発生時、校内にいた児童は全員が助かったのである。
地震発生2日後の13日、児童は別の場所に避難していた親や家族と再会し、抱き合って無事を喜んだという。
しかし、避難前に保護者に引き渡した児童9人の安否は確認できなかった。
また、学校に避難して来る住民のために校舎に残った教職員も、住民約40人と校舎裏側から間一髪で脱出した。
  門脇小学校の校舎は、濁流で流されてきた自動車がぶつかる音が鳴り響き、漏れたガソリンに引火したとみられる火災が起き全焼した。
 門脇小学校では、海岸線からわずか800メートルという場所にあるため、日頃から津波への備えを行い、避難訓練もしっかり実施していたのである。

■ 問われる津波への備えの甘さ 行政の責任

 石巻市の地域防災計画では、宮城県の「第三次地震被害想定調査」に示された宮城県沖(連動)を想定地震とし、この想定に基づいた津波浸水予測図を用いてハザードマップが作成され、地区の住民に配布されていた。大川小学校は、津波の予想浸水域からまったく外れており、むしろ津波災害時の避難所に指定されていた。
 このことが、津波災害に関して、逆に「安心情報」となってしまった懸念が生まれる。ハザードマップは一定の想定のもとに作成されたもので、想定した地震の規模を上回る地震が発生した場合にはまったく意味がないことをしっかり理解しなければならない。「まさか……」という思い込みが生まれ、避難行動などに遅れが生じる。「想定を超える自然災害」はいつでも起きる可能性があるのだ。
 また大川小学校の立地・校舎設計に際しては、洪水や津波は想定されていなかった。
 大川小学校では、事故の約1年前のチリ地震による津波警報(大津波)発表時に避難所が開設され、事故2日前の地震の際には児童・教職員が校庭へ避難した。教職員間で地震・津波の際の対応が話題となっていた。

■ 大川小学校の校長と石巻市教育委員会の対応が問題
 大川小学校が津波に襲われた日に休暇で不在だった校長が大川小学校の現地に初めて入ったのは3月17日、震災発生から2か月後だった。余りにも遅い。
 地震当日は、校長は、釜谷地区に入ろうと試みてはいる。しかし、北上川堤防に向かう道路は大渋滞で、通行不能と判断してあきらめる。釜谷地区の対岸にある石巻市河北総合支所総合センター・ビックバンに向かい、教育委員会に連絡をとろうとした。しかし、電話は通じなかった。ビックバンで一夜を明かし、情報収集を行った。その後も、ビックバンや河北総合支所、警察署、遺体安置所を回り、情報収集をしたという。事故調査員会報告書によれば「ビッグバンには、子どもの安否が不明の中で待ち続ける保護者が多数いたが、校長は、生存児童には話しかけるものの、これら保護者にはほとんど声を掛けることもなかったという証言がある」と記されている。教育委員会への電話は、相変わらず通じなかったという。初めて事故について報告があったのは、3月15日、2か月以上経ってからである。生存者の数だけ記された簡単な報告だった。3月16日、初めて校長が石巻市教育委員会を訪れ、翌日、初めて大川小学校を訪れる。
(大川小学校事故検証報告書 2014年2月)

 犠牲者や行方不明者の把握、救助活動の支援に全力を挙げるのは校長として当然の責務である。勿論、石巻市教育員会にいち早く報告するのは必須だろう。余りにもお粗末である。
 教育委員会の報告が適切にされていたなら、教育委員会の認識も違うものになり、事故に対する対応策が違ったものなったかもしれないという期待は残る。

 震災当時、教育委員会の体制も問題があったと思われる。教育長が病気休暇中で、教員出身ではない事務局長が教育長代理を務めていた。「各学校の状況の把握、迅速な意思決定、学校現場への指示などに一定の否定的な影響を及ぼした可能性がある」と事故調査員会の報告書では指摘している。また「震災の約1週間後には大川小学校の被害状況が特に大きいことが明らかになってきたのであるから、石巻市教育委員会はその被害状況に対応した対策本部を立ち上げ、対策を打ち出すべきであったと考えられる。そして石巻市教育委員会がそのような対策をとっていれば、遺族・保護者との関係ももっと変わったものになっていた可能性がある」とも指摘している。



■ 立ち上がった遺族 石巻市教育員会の第一回説明会
 犠牲になった子供たちの遺族は、「なぜ逃げられなかったのか」疑念がどう。しても残る。
「あの日、何があったのか知りたい」、学校側に説明会の開催を求めた。

 2011年4月、石巻市教育員会は、初めて「保護者説明会」を開催し、教育委員会からは事務局長と学校教育課長等が出席した。
 説明会の狙いは、今の時点で把握している情報を説明することと保護者の要望を聞くということだったという。直前になって、急遽、ただ一人生き残った教師も出席することになった。教師は、当日の状況について自ら説明したが、「『裏山』で木が倒れているのを見た」とか「『裏山』に逃げた際に、波を被り、靴もなくなった」、「一緒にいた児童は水を飲んで全身ずぶぬれだった」と証言したが、他の証言という食い違う内容なので、遺族たちから証言の信ぴょう性について疑惑を招いた。また「説明会終了後は、言葉を発することもできないほど憔悴していたという。

■ 助かった児童への聴き取り
 2011年5月、助かった児童に聴き取り調査が行われた。また大川小学校の用務員、山へ避難した支所職員、地区住の中学生へも聞き取り調査が行われた。
 児童の聴き取りに当たっては、子供たちへの心の負担には配慮したとしているが、聴き取り後、体調を崩した児童が複数いる。
聴き取りに際して、聴き取り担当者は手書きでメモをしていたが、報告書作成が終わると、手書きメモは廃棄したという。また、聴き取りの際に録音は行われていなかった。「その結果後に聴き取り記録の正確性や質問項目について疑問が呈されただけでなく、意図的な廃棄やねつ造まで疑われることになった」(事故検証委員会報告書)
 かなり杜撰な聞き取り調査だったことが伺える。大川小学校の悲劇の真相を解明しようとする熱意がまったく感じられない。70人の尊い犠牲を無駄にしない、事故の検証をする最も重要な狙いなのではなかろうか。

■ 立ち上がった遺族 石巻市教育員会の第二回説明会
 2011年6月4日、第2回の保護者説明会が、石巻市長も出席して行われ
た。石巻市教育委員会は、この説明会で多くの児童が犠牲になったことを謝罪した。しかし、最大の疑問である「なぜ校庭に50分間も留まり続けていたのか」についての明確な説明はなかったという。
 またこの説明会では、市長による「自然災害における宿命」、発言が問題になった。遺族からの「失敗と認めろ」、「人災だと言え」との追及に対しての一連の答えの中で発せられた一言である。
 また、終了時、保護者からの「今後説明会はあるんですか。これで説明会は終わりですか。」との問いに対し、主催者側が「説明会は予定しておりません。これで終わりです。」と発言した。
 説明会終了後、石巻市教育員会の責任者は、記者団に囲まれて「説明会は終わりですか。3回名はない?」と聞かれ、きっぱりと「終わりです。ありません。」と答えた。また「参加者はそれで納得しているのか?」という問いには、「その後、なにもなかったので……」と話した。(NHKスペシャル「悲劇をくり返さないために ~大川小学校・遺族たちの3年8か月~」)

■ 聞き取り調査メモ廃棄問題

 8月21日、聴き取り調査のメモを廃棄したことが報道された。第2回説明会で、口頭で、「山への避難を訴えた男子児童がいた」という説明があったにもかかわらず、その根拠となる記録がなくなってしまったという事態が発生した。遺族の間に都合の悪い事実を隠蔽しているのではないかとの不信感が生まれた。

■ 遺族たちの自主調査
 教育委員会の説明に納得できない遺族は、定期的に集まるようになった。
 「50分も時間があったと言っているが、50分間、一体何をやっていてのか」という疑問は解き明かされないままだった。
 「空白の50分間」を自分たちで調べ始めた
 調査していくと、津波を恐れて「裏山に逃げよう」と発言した児童や教員が複数いることが分かった。動けなかった理由がきっとある それが分からないと教訓にならない、遺族たちの思いである。

■ 説明会の再開
 その後、遺族たちの求めに応じて説明会を再開、しかし、核心の「避難がなぜ遅れたのか」「裏山になぜ逃げなかったのか」についての説明はない。
 2012年8月 6回目の説明会での教育員会の対応に、遺族たちは大きな不信感を抱く。
 問題となったのは、助かった児童や保護者から話を聞いてまとめた報告書。
 「裏山に避難したがっていた子」がいたという助かった5年生の証言が記載されていなかった。
 教育員会は、「記憶は変わるものだとは私は思っている」とし、当時、児童からの聞き取ったメモを処分したのでその事実は確認できないとした。
 結局、裏山に避難しなかった理由はうやむやになった。

■ 大川小学校事故検証委員会発足
 2013年8月、平野文部科学大臣(当時)が大川小学校を訪れて慰霊し、捜索現場などを視察すると共に、遺族とも直接対話をした。その後、文部
科学省としても事故検証をサポートしていくことを表明し、児童遺族と文部科学省・宮城県教育委員会・石巻市教育委員会の4者で円卓会議が開催された。
 2014年2月、国が関与して、第三者の専門家による「大川小学校事故検証委員会」が作られた。大川小学校の事故原因究明は新たな段階を迎えた。
 委員長は、室崎益輝氏。ひょうご震災記念21 世紀研究機構の副理事長で神戸大学名誉教授である。
 第三者機関として、原因究明を進め、再発防止への提言をまとめることになった。

■ 大川小学校事故検証報告書
 2015年2月、大川小学校事故検証委員会は最終報告書を発表し、遺族に説明した。
 報告書では、避難開始の意思決定が遅かったことと、津波を免れた裏山ではなく、危険な河川堤防近くを避難先に選んだことを「最大の直接的な要因」と結論づけた。また、学校の防災対策の問題点や、同校が避難所に指定されているのに行政からの災害情報の伝達が不十分だったことも指摘した。
 最終報告書案には、唯一助かった教諭から聞き取った結果も盛り込んだが、遺族らは、避難決定がなぜ遅れたかが明らかになっていないと批判。調査資料の公開などを求めている。
 そのうえで、防災関連の教育を教職課程の必修とすることなど24の提言を示した。
報告書をまとめた室崎委員長は、検証委が震災から2年近くたった昨年2月に発足したことなどを踏まえ、「調査に一定程度の限界があったことは否めない」ともしている。室崎委員長は記者会見で「再発防止のあり方を提示するのが目的。市教委などの対応を見届けたい」と理解を求めた。
(朝日新聞 2014年2月23日)

 しかし、遺族は納得しなかった。
 これでは、「死の恐怖でずっと50分待っていた子供たちが浮かばれない」   
 室崎氏は、原因を明らかにするには限界があったとしている
 検証を進めても十分な証言を得られなかったとし、その背景には率直に証言することには難しい構造があるとした。
 「いくら責任追及につながらないといってもそこで発言することが、たとえば市の教育員会だとか、学校の先生を責めることにつながるのではないか思われた時にその部分については明確に発言すること控えることがあるのではないか。それは日本の社会全体がこういう時に“犯人を捜さないといけない”、誰か悪者にしなないといけない、そういう風潮がある中で自分たちが悪者にされるのではないかという危機感があるとなるべく自分たちを守ろうとする」
と語った。(NHKスペシャル「悲劇をくり返さないために ~大川小学校・遺族たちの3年8か月~」)
 こうした重大な事故検証を行う際に、証言者の責任を問わない「免責」の制度を日本でも導入し、積極的な証言を促すことも必要だと提言している。

■ 学校側の責任を裁判で追及へ
 震災3年目の2014年3月、遺族の内23人は、学校側を裁判で訴えることを選択した。
県と市に総額23億円の賠償を求める訴訟を仙台地裁に提訴。地震から津波の到達まで約50分あったのに適切に避難させなかったと主張し、「明らかな人災」として災害時の学校管理下での犠牲の原因を問いかける
 訴状によると、2011年3月11日の地震発生後、教職員らは児童たちを裏山などの高台に避難させず、防災行政無線で大津波警報が流れる校庭に待機させた。近くの川に異変がないか確認するなどの情報収集もしておらず、注意義務を果たせば児童は助かったと指摘。国家賠償法などに基づき、設置管理者の市と教職員の給与を負担する県に、児童1人当たり1億円の賠償を求めている。
(朝日新聞 3月11日)
 訴訟には、奇跡的に生き残った「あの日何が起きたか」を証言している5年生男子の父親も加わった。
石巻市は、裁判の答弁書で「予見できなかったのもやむを得なかった」としている。
訴訟になったことで、当事者である学校側との遺族との対話は途絶えた。
 「今後、訴訟に影響があるので、コメントは差し控える」、学校側の姿勢は変わった。

 東日本大震災からあっという間に5年。遺族は未だにわが子の最後に迫ることができない。
 “先生の言うことを聞いていたのに!!” 犠牲になった子供たちの遺族の方々が掲げた横断幕である。
 震災の検証はまだ終わっていない。





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国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)


2016年10月31日
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廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net  /  imssr@a09.itscom.net
URL http://blog.goo.ne.jp/imssr_media_2015
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