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新国立競技場 負の遺産 負のレガシー 迷走 混迷 ザハ・ハディド 2520億円    

2018年05月13日 21時03分37秒 | 新国立競技場

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか(1)
~“迷走”と“混迷”を重ねる新国立競技場 国際公約“ザハ・ハディド案”
縮小見直し「2520億円」~



▼ イベントも開催する多機能スタジアムに 総工費は1300億円程度
▼ 国際デザイン・コンクールの“お粗末”な審査
▼ 「アンビルドの女王」 ザハ・ハディド氏
▼ 文科省 新国立競技場建設費「1692億円」上限に
▼ 縮小建設案 景観配慮、5メートル低く 面積25%削減 総工費「1625億円」
▼ 「総工費3000億円超 工期50か月」ゼネコン2社の目論見
▼ 仮設席1万5000席と開閉式屋根は五輪後先送り 再縮減建設計画
▼ 総工費「2520億円」 経費増加「895億円」アーチ構造などが原因
▼ “五輪の聖地”を汚した解体工事入札の迷走
▼ 巨大施設の巨額維持管理費 “赤字”必死 
▼ 財源不足 「2520億円」の押し付け合い 誰が責任をとるのか?






新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(2) 白紙撤回ザハ・ハディド案 仕切り直し「1550億円」 破綻した“多機能スタジアム”
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(3) 新デザイン「木と緑のスタジアム」決定 大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏のチーム “赤字”への懸念 巨額の負担を次世代に残すのか? 
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(4) 検証新デザイン 維持管理費・長期修繕費 ライフサイクルコストはどうなる?
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(5) 新国立競技場“迷走” 文科省とJSCに責任 検証委
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(6) 陸上競技の“聖地”は無残にも消えた 新国立競技場はサッカーやラグビーの球技専用スタジアムに
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(7) 新国立競技場に暗雲 破綻寸前日本スポーツ振興センター(JSC)







新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(1)

新国立競技場のデザイン募集 国際コンペ実施
 「8万人を収容する観客席、開閉式の屋根、大規模な国際大会のほか、コンサートなども開ける多機能型の“新国立競技場”を建設する」、2012年7月20日、国立競技場を運営する独立行政法人日本スポーツ振興センター」(JSC)は、新国立競技場のデザインを募集する国際コンクールを実施した。
 新国立競技場のデザインコンクールのキャッチフレーズは、「『いちばん』をつくろう」である。
 「日本を変えたい、と思う。新しい日本をつくりたい、と思う。もう一度、上を向いて生きる国に。そのために、シンボルが必要だ。日本人みんなが誇りに思い、応援したくなるような。世界中の人が一度は行ってみたいと願うような。世界史に、その名を刻むような。世界一楽しい場所をつくろう。それが、まったく新しく生まれ変わる国立競技場だ。世界最高のパフォーマンス。世界最高のキャパシティ。世界最高のホスピタリティ。そのスタジアムは、日本にある。「いちばん」のスタジアムをゴールイメージにする。だから、創り方も新しくなくてはならない。私たちは、新しい国立競技場のデザイン・コンクールの実施を世界に向けて発表した。そのプロセスには、市民誰もが参加できるようにしたい。専門家と一緒に、ほんとに、みんなでつくりあげていく。『建物』ではなく『コミュニケーション』。そう。まるで、日本中を巻き込む『祝祭』のように。
 この国に世界の中心をつくろう。スポーツと文化の力で。そして、なにより、日本中のみんなの力で。世界で「いちばん」のものをつくろう。」
 国際デザイン・コンクールを実施するにあたって日本スポーツ振興センターが宣言したコメントである。

審査委員長は安藤忠雄氏(建築家 東京大学名誉教授)。
審査員は、鈴木博之(建築家 青山学院大学教授)、岸井隆幸(建築家 日本大学教授)、内藤 廣(建築家 前東京大学副学長)、安岡正人(建築家 東京大学名誉教授)、都倉俊一(作曲家 日本音楽著作権協会会長)、小倉純二(日本サッカー協会会長)、河野一郎(医学博士 日本スポーツ振興センター理事長)の7名に加えて、世界的に著名な建築家のノーマン・フォスター(イギリス)、リチャード・ロジャース(イギリス)の2名が務めた。



新国立競技場 国際デザイン・コンクールの“キーワード”は、“「いちばん」をつくろう”と“FOR ALL”


新国立競技場 国際デザイン・コンクールの“メッセージ”

(出典 新国立競技場 国際デザイン・コンクール ホームページ)



(取り壊された旧国立競技場(写真:日本スポーツ振興センター)

新国立競技場の建設が浮上したのはラグビーW杯開催
 国立競技場の建て替えの突破口を開いたのはラグビーW杯である。2009年に長年の悲願であった日本大会の招致に成功。2011年に「ラグビーW杯2019日本大会成功議員連盟」が建て替えを決議し、その後、国が調査費を計上して建て替え計画が動き出した。
 ラグビーW杯は2019年9月から11月に開催される。  
 関係者が新国立競技場の2019年春の完成にこだわるのも、ラグビーW杯に間に合わせるためだ。6月28日に退任するまで10年間、日本ラグビー協会長を務めた森五輪組織委会長の存在は極めて大きかった。
 そして、建設計画が急速に具体化したのは、勿論、2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致である。
 2020東京オリンピック・パラリンピック招致委員会では、招致を成功させる切り札の一つに新国立競技場の建設を位置付けた。開会式、閉会式、陸上競技を都心に整備される最新鋭のスタジアムを建設して大会を開催することで各国の支持を得ようとしていた。
 新国立競技場の建設は、国際公約になっていた
 1964東京五輪大会のオリンピック・スタジアムとなった国立霞ヶ丘競技場(旧国立競技場)は、老朽化が激しく、耐震強度にも問題があり、建て替えか改修工事が迫られていた。
 新しい国立競技場を建設して、東京の新たなランドマークにし、「陸上競技の聖地」として2020東京大会のレガシーにすると意気込んだ。
 一方で、2011年、日本スポーツ振興センター(JSC)は大規模改修を検討していたことが明らかになっている。市民グループが情報公開で入手した内部資料によると、JSCが設計会社に詳細な耐震補強調査を依頼し、7万人収容規模への改修工事を4年の工期、総工費770億円で行えるとの試算結果がまとめられていた。
 改修案が一掃されたのは、ラグビーW杯の開催と2020東京五輪大会の招致に間違いない。
 新築か改築か、十分に議論を行わずに、2012年新国立競技場建設に向けて国際コンクールが行われて建設計画が始動した。
 そして、国立霞ヶ丘競技場は、2015年3月、解体工事が開始され、9月にはあっという間に跡形もなく取り壊された。
 しかし、新国立競技場建設計画を巡る“迷走”と“混迷”を繰り返した結果、招致活動の象徴として使用したザハ・ハディド氏の斬新な流線形のデザインの白紙撤回に追い込まれた。さらに「2019年春の完成」が間に合わなくなり、「ラグビーW杯2019」の開催も断念した。
約1500億円を投じて新たに建設する意味の半分近く失われた。
 まったくお粗末な経緯に、唖然とするほかない。


イベントも開催する多機能スタジアム 総工費は1300億円程度
 新国立競技場は、東京都新宿区霞ヶ丘町にある現在の国立競技場を解体した跡地に建設する。観客席の収容人数を今の約5万4000人から8万人規模へと大幅に増やし、延べ床面積は約29万平方メートル(地下駐車場を含む)、三層の観客席、高さ約75メートルの巨大なスタジアムである。
 敷地面積も拡張して、現在の約7万2000平方メートルから約11万3000平方メートルに増やし、隣接する日本青年館を取り壊すほか、現在ある公園も敷地に加えた。
 総工事費は解体費を除いて「1300億円」程度とした。
 新競技場にはラグビーやサッカー、陸上競技の大規模な国際大会が実施できる最高水準の機能を求める。例えば、現在8レーンある陸上用トラックを国際規格の9レーンに増やすことなどを想定する。2019年に開催されるラグビーのワールドカップ、またFIFAワールドカップの開催も視野に入れて観客席を8万人とした。
 さらに、コンサートや展覧会などのイベントの開催も可能にし、「芸術・文化の発信基地」を目指す。開閉式の屋根を設けて、大会やイベントが天候に影響されず開催できるようにする。芝生の育成に必要な太陽光や風、水、温度を調整できる機能も求めた。
 観客席は陸上競技を催す際に8万人を収容。ラグビーやサッカーでは選手と観客に一体感や臨場感が生まれるようにピッチに近い場所せり出す可動式の観客席も設置する。コンサート会場にも使える多機能型スタジアムとして、優れた音響環境も備え、屋根には遮音装置を備える。
 世界水準の「ホスピタリティー」も要求する。バリアフリーはもちろん、バルコニー席が付いた個室の観戦ボックスや要人向けのラウンジ、レストランなどを整備する。大会やイベントを開催していないときでも来場者が楽しめるように、商業や文化施設を備えた競技場を目指す。
 新競技場の施設だけでなく、JR千駄ヶ谷駅や東京メトロ外苑前駅といった周辺駅から歩行者が快適にアクセスする動線の確保や、周辺に再配置する公園や公開空地についての提案も求めるのが特徴である。
 まさに、“未来への遺産・レガシー”を追い求めた“夢”のようなコンセプトである。
 完成すれば、東京の新たな“ランドマーク”になると期待も集めた。

 しかし、問題は、その“実現性”をどこまでプロポーザルに求めたかである。事業費および工期についての考え方も提出することにしていたが、その内容はA4版1枚、または1000字以内と定められていたという。
 「1300億円」の巨大建設プロジェクトの国際コンペの募集要項としては、“破格”に簡略な扱いであったと思われる。
 “デザイン・コンクール”なので、提案者にはデザインの卓越性だけを求めて、“実現性”は厳格に求めず、審査する側が検証するという姿勢だったのだろうか。それならば審査する段階で“実現性”を精緻に検証しなければならない。


46作品が応募 最優秀作品はザハ・ハディド氏のデザイン
 国際デザイン・コンクールの募集は、2012年9月25日に締め切られ、世界中から46作品が集まった。
 1次審査では、日本人の8人の審査員がそれぞれ推薦した作品について審査し、11作品に絞り込んだ。
 2次審査では、ノーマン・フォスター、リチャード・ロジャースの両氏も審査に加わり、10名の審査委員で投票を行い、Zaha Hdid Architecs、COX Architecture、SANAA(Seijima and Nishizawa and Associates)+Nikken Sekkeiの上位3作品に絞った。そして、「未来を示すデザイン性」、「技術的なチャレンジ」、「スポーツイベントの際の臨場感」、「施設建設の実現性」などの観点から3作品について詳細に議論を行った。しかし、3作品は審査員の間で評価が分かれて、最後まで激しい議論が繰り広げられ、どれを最優秀案とするか決着が着かなかったという。最後は審査委員長の安藤氏が議論を引き取り、安藤氏はZaha Hdid Architecsの作品を最優秀案に選んだ。






(ザハ・ハディド アーキテクスの作品 出典 新国立競技場 国際デザインコンクール 最優勝賞)

「スポーツの躍動感を思わせるような流線形の斬新なデザイン」 
 Zaha Hdid Architecsの作品が評価されたポイントは、「スポーツの躍動感を思わせるような流線形の斬新なデザイン」である。極めてシンボリックな形態で、「背後には構造と内部の空間表現の見事な一致があり、都市空間とのつながりにおいても、シンプルで力強いアイデアが示されている」としている。また可動式の屋根も“実現可能”で、イベント等の開催時には、「祝祭性」に富んだ空間が演出可能で、「大胆な建築構造がそのままダイナミックなアリーナ空間の高揚感、臨場感、一体感は際立ったものがあった」としている。
 さらに「橋梁ともいうべき象徴的なアーチ状主架構の実現は、現代日本の建設技術の粋を尽くすべき挑戦となる」と評価している。
 これに対して、当初から、Zaha Hdid Architecsのデザインは、「景観」を壊すとして強い批判があった。ジャパン・タイムズは社説で「美しい神宮外苑の公園に、うっかり落とされた醜いプラダのバッグのようだ」とし、「ザハ・ハティドの呪い」とコメントしている。「歴史ある外苑の雰囲気に溶け込まない」、議論は未だに終息していない。
 審査講評では、Zaha Hdid Architecsの作品は、「実現性を含めた総合力」が評価されたとしているので、“実現性”も議論されたに違いない。“実現性”には、建築工法、工期、そして「1300億円」の総工費という条件がクリヤーできるかどうかも含まれていなければならない。審査の中で「1300億円」はどのように議論されたのだろうか?
 審査委員会では一部の委員からコストを懸念する声があったものの、複数の審査委員は、「技術調査」でコストの確認は別に行われていたと思い、審査委員会では、「1300億円」に設定されたコストの確認はチェックしなかったとしている。
 審査に加わった10名の内、都倉俊一氏と河野一郎氏を除く8名は、超一流の建築専門家である。応募作品を審査すれば、総工費がおおまかに1000億程度なのか、2000億なのか、3000億なのか位の“見当”は簡単につけることはできたと思うが、総工費を巡る議論は行わなかった。
「1300億円」ではとうていできないことが分かっていながら審査委員長の安藤忠雄氏を始め、審査委員のメンバーは、“夢”だけを求めて、あえて建設費には目をつぶったのであろうか?
 最後は、オリンピック招致のためのインパクトを最優先して、ザハ・ハティド氏のデザインを選んだとされている。
 審査委員長の安藤忠雄氏は、2015年7月7日に行われた最終的に建設計画を決定する「有識者会議」にも欠席して、この件では一切、口を閉ざしている。
 いずれにしても、コスト感覚が欠けた審査作業の杜撰な体質が問われることになる。
  

2020年東京オリンピック・パラリンピック招致に成功
 2013年9月7日、アルゼンチンの「ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会で、東京がライバル都市のマドリードとイスタンブールを破って、2020年オリンピック・パラリンピック大会の開催都市に選出された。
 1964年以来56年ぶりの開催で、2回目の開催はアジアで初めてとなる。大会運営能力の高さや財政力、治安の良さなどが評価され、3都市による戦いを制した。
 東京の立候補は、リオデジャネイロ(ブラジル)開催が決まった2016年大会に続き2回連続で、今回、雪辱を果たした。「低コストの大会運営」を掲げたマドリードは3回連続、「イスラム圏初の開催」を目指したイスタンブールは5回目の挑戦だったが、ともに敗れた。
 東京は、2016年大会の招致レースでは国内支持率の低迷やロビー活動の出遅れが響き惨敗した。東日本大震災後の2011年7月、当時の石原慎太郎都知事が2020年大会への再挑戦を表明し、9月に東京招致委を立ち上げ、招致活動を開始した。
 招致活動では、ザハ・ハディド氏の新国立競技場のデザインを東京大会のシンボルとしてパンフレットや資料に載せ、セールスポイントの一つに位置付けていた。ブエノスアイレスで開催されたIOC総会で、安倍晋三首相も招致演説の中で、新国立競技場の建設を“公約”した。
 ザハ・ハディド氏の新国立競技場の建設は、2020東京五輪招致のアピールポンイントの一つに使っていたのである。建設を中止するれば、国際的に日本の信用は失墜することになりかねない。新国立競技場の建設は国としての“面子”がかかっていた。





総工費試算「3000億円」 新国立競技場、計画縮小へ
 2013年10月23日、下村五輪相は、参院予算委員会で、新国立競技場をデザイン通り建設した場合の総工費の試算が「3000億円に達する」ことを明らかにし、初めて公式に、膨張する総工費問題を抱えていることを示唆した。下村氏は「あまりにも膨大な予算がかかりすぎるので、縮小する方向で検討する必要がある」と述べたが、流線形が特徴のデザインは維持し、開閉式の屋根や可動式の観客席を設置するコンセプトは踏襲するとし、ザハ・ハディド氏の案を基本的に進めるとした。
 経費節減策については、競技場と最寄り駅を結ぶ通路などの簡素化など「周辺整備経」を対象にするとした。
 「3000億円」発言の根拠は、日本スポーツ振興センター(JSC)が、内内に行った「フレームアップ設計」の結果にある。
 JSCはザハ・ハディド氏の案を採用後、国内の建築設計会社に業務を発注し、ザハ・ハディド案を“実現”する「基本設計」の準備作業(「フレームアップ設計」を始めていた。ザハ・ハディド案を“忠実に”実現し、各競技団体の要望を全て盛り込んで建設した場合、総工費の試算は「3535億円」、当初額の倍以上に膨れ上がるという試算結果が出ていた。 JSCでは試算結果「3535億円」を、2013年7月30日に文科省に報告し、その直後に「1358億円~3535億円」の7つの見直し案を文科省に報告していることが、その後明らかになっている。
 しかし、文科省は、「仮定の数字だが、3千億円はありえない額だ」として、「3535億円」の試算結果を真剣に受け止めず、規模や規格など建設計画の見直しを進めれば、総工費は縮減可能とし、ザハ・ハディド案で建設を進める方針を変えなかった。
 「3000億円」を半減させるには多少の見直しでは不可能で、抜本的に建設計画を再検討しなければならいことは自明の理だ。この時点で、文科省とJSCは、この時点で、決定的なミスを犯し、その後の新国立競技場の“迷走”の原因となった。
 建設関係者の間では、密かにザハ・ハディド案の“実現性”に一気に疑念が噴出した。

「アンビルドの女王」 ザハ・ハディド氏
 ザハ・ハディド氏はイギリス在住のイラク出身の建築家で、2004年、建築界のノーベル賞といわれているプリツカー賞を女性初、最年少で受賞した。
 建築家ザハ・ハディド氏の名前は、1983年に行なわれた香港の高級クラブの建築設計コンペで、彼女の設計案「ザ・ピーク」が1位を取ったことで、一躍、世界に知れるようになった。しかし、実際に、このデザインで建設されることはなかった。以後、その余りにも斬新なデザインで物議を醸しだしたり、“実現性”に問題があったり、建設費が膨大になり建設中止になったりするケースが相次いだ。「『アンビルド』(未建設)の女王」と揶揄されていたという。
 しかし、その後、ロンドンオリンピックで使われたアクアティクス・センターや香港工科大学のジョッキークラブ・イノヴェーション・タワー、ローマの21世紀美術館、ライプチヒのBMWセントラルビルディング、グラスゴーのリバーサイド博物館などが次々に実現され、今春オープンしたソウルの新名所「東大門デザインプラザ」の設計も手掛け、約40カ国でプロジェクトが進行中だという。世界各国から注目されている建築家の一人になった。
 ザハ・ハディド氏は、コンピューターを駆使した設計を得意とし、斬新な流れるような曲線で次世代のイメージを彷彿とさせるデザインが特徴的だ。またザハ・ハディド氏のデザインは最先端の建設技術を極限まで求めて、取り入れていることで知られている。今回の新国立競技場のデザインは、まさにザハ・ハディド氏流の“先端性”を十二分に発揮した作品と思える。
 筆者は、ザハ・ハディド氏のデザインを批判するつもりは一切ない。彼女は建築デザイン家として、“未来感覚の斬新さ”をあくまで追求してプロフェッショナルのデザインを創造する“芸術家”である。自由な発想で世界各国に“斬新”なデザイン作品を提示していくのは素晴らしいことだ。
 筆者がかつて勤務していたビルの隣に1964年の東京オリンピックの競泳会場となった国立代々木競技場第一体育館がある。この体育館の設計をしたのは丹下健三氏である。当時としては実に時代の先端を行く吊屋根形式のデザインであった。当時の建設技術では極めて難度が高く、実現が難しいのではないかと言われていた工法に挑戦した。当時その斬新なデザインにまったく批判がなかったわけではないだろう。しかし、その優美な曲線を持った外観は東京オリンピックのシンボルの一つとして今も評価され、代々木のランドマークとなっている。建築物の“先端性”とはこのように理解するのが適切なのではないか。“時代”の一歩先を行けば評価されるし、二歩先を行くと誰も理解してくれないが世の常である。ザハ・ハディド氏は、そのギリギリの境界を狙っている“挑戦的”な建築家だと思う。
 問題は、ザハ・ハディド氏のデザイン作品ではなくて、そのデザイン作品を審査する側にあるのではないか?


文科省 新国立競技場建設費「1692億円」上限に
 
 総工費「3535億円」の試算が出されているにもかかわらず、2014年1月、文科省は、「新国立競技場設計条件」(「フレームワーク設計」)を元にして、新国立競技場関連の予算を新競技場建設費「1388億円」、解体費「67億円」、周辺整備費(立体公園、ブリッジ等)「237億円」、合わせて「1692」億円を“上限”とする方針を決めて、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)に示した。
 これを受けて、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)は、総工費「1625億円」(消費税5%で試算)の建設費を文部省に提示し、合意した。
 この時点の基本設計案では、開閉式の屋根を設置し、観客席の一部は、サッカーやラグビーなどの試合では座席がピッチサイドまで自動でせり出す可動式が採用されている
 総工費に解体費や周辺整備を組み入れたことは評価できる。
 「1625億円」の負担は、JSCの運営するtotoの収入、国の一般会計、東京都が負担することとした。東京都には「500億円」程度の負担を要請したいとしている。仮に東京都が「500億円」負担すると残りの1125億円をtotoと国の一般会計で負担することになる計算である。
 しかし、実は、新国立競技場関連経費は、「1625億円」には参入されなかった日本青年館とJSC本部の移転・新築経費や新国立競技場設計監理費用、埋蔵文化財調査費など「279億円」別枠で計上されており、この他にも未計上の周辺整備費があることが明らかになっている。こうした関連経費を加えると総工費は「2000億円超」に膨れ上がるのは確実である。世論の批判をかわすために、膨れ上がる総工費を少なく見せる操作が早くも行われていた。こうして新国立競技場を巡る“迷走”は更に深刻さを増していく。

縮小設計案 景観配慮、5メートル低く 「1625億円」を維持


(新国立競技場の完成予想図。環境に配慮して高さが当初案より5メートル低い70メートルになった 出典 日本スポーツ振興センター)

 2014年5月28日、日本スポーツ振興センター(JSC)の将来構想有識者会議(委員長=佐藤禎一元文部事務次官)が開かれ、最大8万人収容の新競技場の基本設計案が承認された。周辺に配慮して高さは当初案より5メートル低い70メートルとし、立体型の通路を見直し延べ床面積を25%程度縮小するとした。19年9月開幕のラグビー・ワールドカップ日本大会に向けて2019年3月の完成を目指すとしている。
 基本設計案によると、敷地面積は当初計画通り約11万3千平方メートル、延べ床面積は当初計画の約29万平方メートルから25%削減し、約22万4500平方メートルとした。
 地上6階、地下2階、建物の高さは70メートル。スタジアムの外観は、ザハ・ハディド氏の流線形の案を元に、縮減案に合わせてデザインの見直しが行われ、総工費は「1625億円」とした。
 サッカーやラグビーなどの開催時は、観客席、1万5000席を電動可動式にして、9レーンの陸上トラック上を覆い、ピッチサイドまでせり出す方式を採用。芝生の状態を保つため、地中に温度を制御する装置を入れるなど、最新技術を駆使する。屋根は客席の上部は常設とし、グラウンド上部には可動式屋根を設置してする。「屋根」は、イベント開催時などに周辺に配慮するために、吸音性を重視した膜を使用して遮音性を高める。建築基準法上は「屋根」ではなく「遮音装置」だとしている。
 延べ床面積の削減で、、競技場周囲の取り巻く立体通路や、スポーツ博物館、レストランなどの商業施設、VIP席やボックスシートなどの関連施設も縮小され、900台収容だった駐車場は約660台に減らされた。
 建物の高さは70メートルにしたことについて、JSCの河野一郎理事長は会議後、「景観には配慮した」と述べている。
 またJSCでは「1625億円」とした総工費は、「2013年7月の単価、消費税5%」での試算であるとし、「消費税8%の増税分」や「資材費や労務費の高騰」でさらに総工費が膨らむ可能性を示唆した。
 「1625億円」は、競技場本体に約「1388億円」、公園や連絡通路などに約「237億円」と記されている。「1625億円」には「237億円」の周辺整備は含めていたが、「2520億円」には、周辺整備の「237億円」は除外された。
 また文科省が示した整備方針では含めていた解体費の「67億円」も除かれ別枠の予算措置とした。
 「2520億円」はすでに破綻していて、「237億円」と「67億円」を加えた「2824」億円とすべきだろう。
 関連経費は極力別枠にして、膨れ上がる総工費を“抑制”する“見せかけ”の操作である。
 また五輪大会開催後の収支見込みも示され、可動式の屋根を設置した場合には、現在の競技場では5億~7億円程度の年間の維持費は「46億円」に膨れるが、コンサートなどの多目的利用が進み「年間50億円を超す収入が見込める」とし、約「4億円」の黒字が達成可能とした。これに対して、屋根を設置しない場合には、収入「38億円」、支出「44億円」、「6億円」の赤字としている。
 この時点で、「3000億超」というゼネコン2社の試算があることを知りながら、文科省とJSCは建設計画を縮減すれば「1625億円」で建設できると判断したのである。余りにも杜撰な体質は一向に改まらない。
 文科省やJSCの関係者は、2020東京五輪大会の招致が成功したので、「国際公約」となっている新国立競技場の建設は、総工費が膨らんでも世界に自慢ができるスタジアムを建設できれば国民の理解は得られるのでないかいと、高を括っていたのではないかという疑いがある。
 しかし世論はそんなに甘くはなかったのである。

当事者能力を欠いていた文科省とJSC
 JSCで新国立競技場の整備を担うのは「新国立競技場設置本部」、2013年2月に発足した。本部長以下27人の職員のうち12人は文科省からの出向組が占める。本部長をはじめ、設計と工事を担当する施設部の部長と、施設企画課と施設整備推進課の課長は文科省の文教施設企画部から出向していた(2014年4月現在)。
 文教施設企画部は、国立大の施設整備などを担当しているセクションで、派遣されたのは技術系職員中心である。
 「新国立競技場設置本部」の担当者は、新国立競技場のような巨大スタジアムの発注・施工管理を担った経験は皆無で、建設計画を巡って設計会社やゼネコンと複雑な調整をする能力は期待できないという懸念があった。 
 また、斬新なデザインの新国立競技場の建設は、技術的に困難な工事が想定され、JSCは実施設計から建設企業を参加させるプロポーザル方式を採用した。技術力のある大手ゼネコンの大成建設と竹中工務店の協力を得ることで入札不調などの不測の事態を避け、確実に工事を進めたいとした。
 しかし、この方式が裏目に出て、巨大スタジアムの建設の実績があり、担当者の豊富にいるゼンコン側のパワーに、文科相もJSCの当事者能力ははるかに劣り、コントロールができななかったと思われる。
 とりわけ建設費の算定では、ゼンコン側の「言うまま」だっと思われる。文科省とJSCが主導して積算した「1625億円」の総工費に対し、昨秋ごろからゼネコン側はJSCに「この額では設計通りにはできない。工期も間に合わない」主張し、「3000億円超、工期50か月」を示した。
 文科省とJSCは、この積算を真剣に検討せず、事実上握り潰し、総工費「1625億円」で突き進んだが、結局、撤回に追い込まれる。
 「3000億円超、工期50か月」がJSCトップの河野一郎理事長の耳に届いたのは2014年3月、下村文科相が把握したのはさらに後だったとされ、混乱に拍車をかけた。
 新国立競技場のような巨大プロジェクトをマネージメントするには、担当者は高度の能力が必要となる。新国立競技場は、これまでだれも経験していない斬新なデザインの巨大スタジアム、難工事が想定されていた。 
 現状の文科省やJSCの体制で、新国立競技場建設をマネージメントするのは不可能で、てこ入れするなど、組織の見直しが必須であろう。

新国立競技場 施工者は大成と竹中
 2014年10月31日、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)は、工事施工予定者に大成建設と竹中工務店を選定した。
 大成建設は延べ面積約21万平方メートルの競技場など本体部、竹中は開閉式で遮音装置を設けた屋根を担当することになった。
 JSCは2014年8月に新国立競技場建設工事を2工区に分けて公募型プロポーザル方式(技術提携を結んだ特定の業者と契約を結ぶ方式)で技術提案を求めた。スタンド工区は大手ゼネコン3社、屋根工区は大手2社から提案書が出され、学識経験者ら7人からなる技術審査委員会によって審査された。
審査委は選定理由について、両社が工事で連携する姿勢を示している点などを評価した。
 ザハ・ハディド氏の斬新なデザインの構築物を建設するには、極めて高度な技術力が必要なため、JSCは実施設計から業者を参加させるプロポーザル方式を採用した。技術力のある大手ゼネコンの提携することで入札不調などの不測の事態を避け、確実に工事を進めることを目指したとしている。
 しかし難点は、一般競争入札と違って価格での競争がなく、「随契方式」の相対の交渉となり、総工費は高めになることだ。
 今後、大成建設と竹中工務店は具体的な仕様を決める「実施設計」を日本設計グループとともに策定し、焦点の総工費を決めて正式契約した上で、2015年10月に着工する。以後、新国立競技場の建設を巡る主導権はゼネコン2社が握ることなる。残念ながら、JSCや文科省にゼネコン2社をコントロールする能力があるとは到底思えない。




“迷走”国立競技場の解体工事 “五輪の聖地”に汚点
 2020年東京五輪・パラリンピックの主会場として建て替えが予定されている国立競技場(東京都新宿区)の解体工事では、極めて異例の事態が立て続いて起きた。発注元の日本職員が参加業者の入札関連書類を提出期限前に一方的に順次開封し、その上で予定価格を操作したのでは-との官製談合疑惑も浮上、国会でも追及された。入札は3回も行われようやく決着したが、2014年9月に開始予定の解体工事は、大幅に遅れ2015年2月にようやくスタンドの取り壊し工事に着工した。2015年5月には、スタンドなど構造物の解体工事は終了、近代日本において数々の歴史の舞台数々の舞台ともなった国立競技場は跡形もなく消えた。しかし、解体工事にからむ一連の騒動は、“五輪の聖地”の最後の1ページに汚点を残した。

1回目の入札は「不調」
 2015年5月、第1回目の一般競争入札が行われ、準大手建設会社が中心に応札したが、業者側の提示額が落札の上限である予定価格をいずれも上回り、南工区、北工区ともに「不調」となり落札業者は決まらなかった。
解体工事は工区を南北の二つに分け、予定工事発注規模をそれぞれ「20億2000万円以上」としている。工期は来年9月30日まで。
 入札は、価格とともに業者の技術力などを点数化して評価する「施工体制確認型総合評価落札方式」で実施され、5月29日に開札した。南工区、北工区合わせてゼネコンを中心に4業者が参加したが、南工区、北工区ともにいずれも予定価格を上回り、随意契約も検討したが交渉がまとまらなかったとして、「不調」となった。JSCの担当者は「価格が折り合わなかった」とし。人件費の高騰などが背景にあったと伝えられている。

2回目の入札は「関東建設興業」が「38億7180万円」で落札
 国立競技場(東京都新宿区)の解体工事(北工区、南工区)の再入札で、日本スポーツ振興センター(JSC)は27日、いずれも解体業の「関東建設興業」(埼玉県行田市)が落札したと発表した。落札金額は計「38億7180万円」。
再入札では、予定価格を約1.2倍に引き上げ、技術力や施工体制を評価対象から外して参加資格を解体専門業者にも拡大し、北工区、南工区で延べ13社が参加した。
 再入札では、北工区、南工区ともに最低価格を下回る金額を提示した延べ3社については、工事の安全性などを確認する「特別重点調査」の対象とし、調査の結果、「書類に不備があった」として両社とも失格とした。そして、北工区、南工区ともに次に低い価格を提示した関東建設興業を落札業者に決めた。落札業者は、最も低い価格を提示した業者ではなく、“繰上”選定だったのである。
 これに対して、南北両工区とも最低落札価格を入れながら失格した解体業のフジムラは、入札手続きに不公正があったと疑義を唱え内閣府の政府調達苦情検討委員会に訴えた。

入札やり直し 苦情検討委、公正性に疑義
 2015年9月30日、内閣府の政府調達苦情検討委員会は、国立競技場(東京都新宿区)の解体工事で、「官制談合の疑いがあり、入札の公正性などが損なわれていた」として、日本スポーツ振興センター(JSC)に入札をやり直すよう求めた。
日本スポーツ振興センター(JSC)は同日、工事を落札した業者との契約を破棄し、改めて入札を実施すると発表した。
  検討委の報告書などによると、JSCは本来、入札期限(7月16日午後5時)以降に開封すべき工事費内訳書を期限前に開封。また、落札の上限価格に当たる予定価格も開封作業と並行して決めていたとしている。検討委は、「工事費内訳書の開封と並行して予定価格が決められた」とするフジムラの申し立てについもJSCを厳しく批判すると共に、「調達過程の公正性や公平性、入札書の秘密性を損なった」と指摘し、政府調達のルールを定めた世界貿易機関(WTO)の協定違反と認定した。
入札期間中に、発注者である文部科学省所管の独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)に談合情報が寄せられ、JSCの職員が入札期間中にもかかわらず入札書類を開封、各業者の入札価格を確認するという前代未聞の“ミス”が発覚したのである。
 JSCは「手続きが不適切という認識がなかった。関係者にご迷惑をかけ、深くおわび申し上げる」とのコメントを出した。
 2015年10月7日の参院予算委員会国会では、この問題が取り上げられ、民主党蓮舫氏が「手続きが不公正で、官製談合の疑いがある」として疑惑を追及した。
これに対し、参考人として出席したJSC河野一郎理事長は「第三者を入れた部会の調査で、談合なしと決定している」と、疑惑の払拭に努めた。

3回目の入札で解体工事の施工者決まる
 2020年東京五輪のメーン会場となる東京都新宿区の国立競技場の整備に向けて、既存競技場を解体する施工者(南工区、北工区)がようやく決まった。
 12月19日、日本スポーツ振興センター(JSC)は、競技場の北工区の解体工事の施工者を決める一般競争入札で、最低価格を下回る額を提示しフジムラに対し、工事の安全性などを確認する「特別重点調査」に入っていたが、“問題なし”として、施工者をフジムラに決めた。落札額は「15億4900万円」(予定価格「20億2220万1000円」)。
 南工区の施工者は、15日にすでに関東建設興業が施工者に決まっていて、19日から解体工事に入っている。
落札額は「13億9400万円」(予定価格「17億3956万6000円」)。
 南工区、北工区とも応札価格が最低価格を下回り、発注者のJSCでは工事の安全性などを確認する「特別重点調査」に入ったが、今回は“問題なし”とし、両者を落札者として決めた。

 こうして今年3月から始まった競技場の解体工事の入札は、異例の3回のやり直しを経て、ようやく施工者が決まった。 
 新国立競技場は、2020年東京オリンピック・パラリンピックのシンボル、次世代に残す“レガシー(未来への遺産)”にすべき施設整備に早くも大きな汚点を残した。今は取り壊されてしまった旧国立競技場は、国民の大半から“五輪の聖地”としても守られていた。新国立競技場は一体どうなるのだろうか?。





“迷走” 大会終了の収支目論見
「収入38億円」、「支出35億円」、「黒字3億円」

 2014年8月19日、日本スポーツ振興センター(JSC)は、五輪終了後の収支計画を発表し、スポーツ大会やコンサートなどによる収入を「38億4千万円」、維持管理費などの支出を「35億1千万円」とし、年間「3億3千万円」の黒字を確保できる見込みという試算を公表した。
 注目された年間維持費について、可動式屋根や電動可動式観客席、天然芝に配慮した大型送風機や透過性ガラス屋根、観客席の冷房装置など、最新鋭のスタジアムを目指した結果、当初は「46億円」に膨れ上がるとしたが、その後、批判を浴びて経費を圧縮し、今回は「35億1千万円」に削減した。
 それでも旧国立競技場の収入・支出はいずれも年7億円程度で、新国立競技場の事業規模は5倍超に膨らむことになる。JSCは「多角的な事業展開で自立した運営を目指したい」とした。
 さらに毎年の支出とは別に、完成から50年後までに大規模改修費として「656億円」が必要とした。毎年の経費に換算すると「13億円」を上回る巨額な経費だ。今回の収支試算では大規模改修費は除外されJSCは「大規模改修時は国に補助金を要請したい」とした。
 実は「大規模改修費」を毎年の維持管理費に含めると「3億3千万円」の黒字は吹き飛び、新国立競技場は毎年約「10億円」の赤字が必至となる計算なのである。まさに“見せかけ”の“黒字”だった。
 オフイスビルやマンションなどは、5年ないし10年ごとに保守・改修工事を行わないと建築物は維持できないのは常識である。高層ビルや新国立競技場のようは巨大な建築物では、その経費は巨額に上るのは自明の理で、大規模な構造物の収支試算を行う際は、大規模改修費も組み込むのは常識である。大会開催後に、新国立競技場の維持管理に一体どの位の経費がかかるのか、誰が負担するのか、さらに疑念が増すことになった。
 この日明らかにされた収入計画では、新国立競技場は、スポーツ大会を年間80日開催、その内通常の競技会が44日、大規模なスポーツ大会が36日開催し、合わせて3億8千円の収入、コンサートなどのイベントは年間12日開催して3億円の収入、合計9億8千万円のスポーツ・イベント収入を想定した。
 旧国立競技場コンサートの開催実績は年2日程度だったが、「屋根がある大規模会場は珍しくニーズは高い」(JSC)として大幅に増やす強気の想定をした。イベント開催に必要な屋根の建設は、新国立競技場の大会開催後の収入の確保にとって必須となった。
 そのほか、年間最高700万円のVIP室や会員専用シートの契約料で12億5千万円(プレミアム会員事業)、競技場を企業の広告に利用できる権利の使用料などとして10億9千万円(ビジネスパートナーシップ事業)、コンベンションの開催で1億8千万円(コンベンション事業)を見込んだ。
 さらに次世代パブリックビューイング、フィットネス、物販・飲食事業などで収入を拡大するとしている。
 支出では電気設備や機械の修繕費として6億3千万円、年間2回の張り替えを含む芝の管理費として3億3千万円などを計上した。
 この事業計画の最大の問題は、年間、大規模なスポーツ大会が36日、コンサートが12日しかないことだ。残りの300日以上は、何に利用するのだろうか。「8万人」の巨大なスタジアムは、“気軽に”一般市民が利用するような施設ではない。

 “迷走”を繰り返している収支試算には“唖然”とするほかない。
 2014年5月に「1625億円」の建設計画を決めた際には、可動式屋根を設置した場合は、「収入50億円」、「支出46億円」、「黒字4億円」としたが、その目論見の試算が余りにも甘すぎるという批判を浴び、翌日、「収入45億円」、「支出41億円」、「黒字4億円」に変更するという大失態を演じた。
 そして今回更に圧縮され、「収入38億4千万円」、「支出35億1千万円」、「黒字3億3千万円」に事業規模を縮減した。
 見通しの“甘さ”に厳しい批判を浴びて修正を繰り返し、ここでも“杜撰さ”が問われる結果となった
 それにしても、毎回示される収支は、10%近い黒字になる“不自然さ”はつきまとう。試算は単につじつま合わせで、果たしてこの見通し通り運営できるのだろうか、信頼感はまったくない。


ゼネコン2社の見積もりは「3088億円」、「工期50か月」
 新国立競技場のスタンド工区は大成建設、屋根工区は竹中工務店がすでに担当することが決まっているが、2015年1月から2月にかけて、2社は施工会社として積算をやり直し、建設資材の値上がりや労務費の上昇などの物価上昇分や消費税8%の増分を加えて総工費「3088億円」、スタンド工区「1840億円」、屋根校区「1248億円」とする見積もりをJSCに提出した。また工期も「50か月程度」とし、2019年3月末の完成予定も8か月程度延びるとした。(検証委員会報告書)
 「3088億円」、「工期50か月」の前提は、延べ有価面積約22万平方メートル、ザハ・ハディド案の修正デザインで、当初案通り可動式屋根(遮音装置)やキール・アーチ、ピッチサイドの電動可動席1万5000席を設置する建設計画であった。
 このままの建設計画ではラグビー・ワールドカップに間に合わない恐れも浮上し、関係者に衝撃が走った。
 一方、JSCが委託した設計JVは総工費「2112億円」という試算を出していて、施工会社の見積もり額と約1000億円も開きがでて、二者の見積もりの乖離を調整するのは不可能であると、JSCは文科省に報告した。
 この報告を受け、文科省は、フィールド上の開閉式屋根の設置を五輪後に先送りすることなどで総工費を圧縮して、工期も短縮を図るなどを検討するように指示をした。


下村文科相、東京都に「500億円」の負担を求める
 
 新国立競技場の整備費、「1625億円」の財源問題も深刻だ。
 2015年5月18日、下村博文文科相は、舛添都知事に、新国立競技場の整備費約「500億円」(「580億円」とも伝えられている)の負担を求めた。
 さらに下村氏は、さらに建設計画の見直しを検討しているとし「屋根をつけると工期に間に合わない。建設費も1600億円では済まない」と初めて公の場で明かした。屋根の開閉部分の設置を五輪後に先送りし、観客席8万席のうち電動可動式の1万5000席を仮設にして費用と工期を圧縮すると説明した。
 しかし舛添都知事は、まず負担ありきの姿勢に反発。そもそも建設費総額が一体いくらになるのかも示さず、都の負担額を求めるのは納得できず、税金を払う都民に説明できないとして根拠の説明を求めた。事実上の門前払いだったとされている。
 新国立競技場の整備費には、本体工事費とは別に周辺整備費も必要となる。
 2014年1月、文科省は、新国立競技場関連の予算を日本スポーツ振興センター(JSC)に示したが、「周辺整備費237億円」という経費を明らかにしている。「237億円」には、明治公園の整備、周辺の人工地盤の建設、周辺道路の整備などが含まれている。
 東京都に負担を求めた「500億円(580億円)」の内訳について、「周辺整備費」に加えて、競技場の客席を覆う天井や空調設備やバリアフリー設備などの本体工事に含まれる経費も入れて積み上げた額といわれている。
 東京都が負担するのは、最大でも「周辺整備費237億円」とするのが妥当だろう。


1万5000席は仮設に、開閉式屋根は五輪後先送り 再縮小設計案 
 「総工費3000億円超 工期50か月」のゼネコン2社の目論見を受けて、文科省や日本スポーツ振興センター(JSC)は、最大8万人収容の観客席のうち、サッカーやラグビー開催時に陸上トラックにせり出す電動可動式の1万5000席の観客席を手動着脱式の仮設席に変更するとともに、焦点のグランド上部の開閉式屋根の設置は五輪後に先送りにして費用を圧縮し、さらに安価な資材を使用してなどして整備費を「2500億円程度」に縮減することで検討していることを明らかにした。
 「2500億円程度」は、すでに文科省とJSCが定めた「1625億円」(上限)から、約「900」億円も膨れ上がった額である。
 新国立競技場の総工費は、まさにとどまることを知らない“青天井”になっていた。
 焦点の流線形の屋根を支える2本のアーチは、一部の専門家からは技術的に難しく、建設費が膨らんで工期が延びる原因だとして見直しを求める声が出ていたが、大会後の建設を目指すとして、現行通り建設することを決めた。
 一方、固定式の観客席上部の屋根は当初予定通り設置するとし、基本設計を進めるとした。
 しかし、遮音効果があり、雨もしのぐグランド上部の開閉式屋根は、五輪開催後、コンサートやイベント利用などを増やす「多機能スタジアム」にするために計画され、新国立競技場整備計画の“目玉”である。
 五輪後の収入の目論見にも暗雲が立ち込め始めた。
 相次ぐ混乱の原因は、「流線形の斬新なデザイン」だとされている。ザハ・ハディド氏のデザインは、競技場の屋根を支える「キールアーチ」と呼ばれる2本の巨大アーチが特徴的な構造物である。この「キールアーチ」は長さ約370メートル、直径7メートルにも及ぶ巨大なアーチで、施工が極めて難しく、高価な高品質の鉄が2~3万トン近く必要になるという。建設費は2本で1000億円程度に上るといわれている。「キールアーチ」の建設費だけで、新しいスタジアムが一つ建設できるだろう。「奇抜なデザインを選んだツケが今になって回ってきた」と批判する声も出てきている。
 さらに問題なのは、これまで新国立競技場の総工費には「237億円」の周辺整備を含めて算出していたが、今回の「2500億円程度」では、「237億円」の周辺整備費がどうなっているのか明らかにされていない。総経費を圧縮するために操作した懸念が生まれる。
 再三にわたって“迷走”を繰り返す新国立競技場の建設問題については、その責任体制のお粗末さが問われてもしかるべきであろう。
 文科省やJSCはこうした巨大プロジェクトのマネージメント能力に欠けているというだろうか? 先が思いやられる。

総工費「2520億円」 屋根を支えるアーチ構造などが原因で経費膨張
 2015年7月7日、新国立競技場建設の事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)は「有識者会議」を開き、最大8万人収容の新競技場の基本設計案が承認された。
 基本設計案によると、周辺に配慮して高さは当初案より5メートル低い70メートルとし立体型の通路を見直し延べ床面積を25%程度縮小、当初案の約29万平方メートルから、21万1000平方メートルに縮減するとして前回の案を堅持した。
 敷地面積は当初計画通り約11万3000平方メートル、外観は、ザハ・ハディド氏の流線形の案を元にデザインされ、地上6階地下2階。総工費は「2520億円」とした。
 「2520億円」の整備費は2014年5月に定めた基本設計案の「1625億円」より約「900億円」増えた
 建設費が「3000億円超」に膨張する可能性が明らかになり、世論の集中砲火を浴びる中で、「3000億円」を約「500億円」下回る縮減建設計画案が示されたのである。
 大成建設が担当するスタンド工区が「1570億円」、鹿島建設が担当する屋根工区が「950億円」となった。
 JSCは一両日中にも大手ゼネコンと契約を結び、今年10月に着工、19年5月の完成を予定し、19年9月開幕のラグビーW杯の開催に間に合わせる方針は堅持した。
 見直しを決めた有識者会議には、安西祐一郎氏(日本学術振興会理事長)と安藤忠雄氏(建築家)が欠席した。新国立競技場のデザインを選定した国際デザイン・コンクールの審査員長を務めた安藤忠雄氏は、この日は大阪で所用があったとして会議には参加せず、余りにも“無責任”という激しい批判が浴びせられた。

 縮減建設計画では、新国立競技場の斬新なデザインの象徴となる「キール・アーチ」は設置するが、開閉式の屋根の設置は大会開催後に先送りにしたり、電動可動式の観客席を着脱式の仮設席にしたり、芝生育成補助システムの設置を取り止めたりして、約「260億円」を削減し、スタンド本体の総工費を「1365億円」と見積もった。
 一方で、経費増の最大の要因は「キール・アーチ」設置ための資材費や特殊な技術が必要な工費の負担増「765億円」である。
 「765億円」の内訳は、「キール・アーチ」と呼ばれる屋根の鉄骨やスタンドの鉄骨、内装費、そして大量の建設残土の処理など経費増としている。しかし、「765億円」のこれ以上の詳細な内訳の説明はなかった。
 また、建設資材や人件費の高騰分で約25%増、「350億円」、消費増税分が「40億円」、合わせて約「1155億円」の経費が増えたとし、「260億円」の削減を差引すると、「895億円」の経費増になるとした。
 JSCは「2520億円」は「目標工事費」としており、物価動向などで増える可能性があるとしている。
 大会後に設置予定の仮設の観客席1万5千席はこの日の有識者会議の要望を受けて再び大会に合わせて常設化を検討することになった。観客席1万5千席の設置経費は「2520億円」には含まれてはなく、更に経費が必要となる。
 大会後に設置予定の開閉式屋根や1万5千席の仮設観客席は、現時点の試算で約「188億円」(屋根の設置費168億円、仮設観客席20億円)の経費が必要といている。
 屋根を設置した場合の年間の収支見込みも明らかにした。
 2014年夏の試算では、収入「38億4000万円」、支出「35億1000万円」、「黒字3億3000万円」としていたが、これを屋根を設置しない場合は、「38億円」、支出「44億円」、赤字「6億円」とし、屋根を設置した場合は、収入が「40億8100万円」、支出が「40億4300万円」で、かろうじて「3800万円」の黒字に転換すると試算を改めた。
 「3800億円」の黒字では、可動式屋根の建設費「168億円」を償却するには、40年以上必要となる計算で、大会後に可動式の屋根を建設するという計画はほとんど現実味がない。一体誰が「168億円」を負担するのだろうか。
 さらに問題なのは、建設後50年間に必要な大規模改修費は約「1046億円」と見積もったことである。
 毎年の経費として計算すると、年間、約「20億円」の巨額な経費だ。これを収支に組み入れると微々たる黒字は吹き飛んで、実は毎年巨額の赤字が出るのは必至だ。
 有識者会議のメンバーとして出席した東京都の舛添要一知事はこの計画を了承したが、焦点の都の費用負担については明言しなかった。


(国立競技場将来計画有識者会議 新国立競技場設計概要 段階的整備について 2015年7月7日)

 猪瀬前東京都知事は、日本テレビのうえいくアッププラス(2015年7月25日)に出演して、「2520」億円の内訳について、屋根工区の工費の詳細を明らかにしている。

▼ スタンド工区
直接工事 1247.7億円
          土工事               86.1億円
          鉄筋工事              42.3億円
          鉄骨工事             208.7億円
          木工事               22.1億円
          金属工事             104.7億円
          電気設備             135.3億円
          空調工事             100.3億円
          直接仮設・仕上げ工事・設備工事等 548.6億円
共通費   205.7億円
工事価格 1453.4億円
消費税   116.3億円
工事費  1569.7億円  (スタンド工区合計額)

▼ 屋根工区
直接工事  727.9億円
          土工事               44.3億円
          鉄骨工事             427.8億円
          防水工事               5.7億円
          電気設備              30.3億円
          直接仮設・仕上げ工事・設備費   219.8億円
共通費   152.0億円
工事価格  879.9億円
消費税    70.4億円
工事費   950.3億円  (屋根工区合計額)







■ 誰が負担するのか 財源不足は「1000億円」超は必至
 「2520億円」の巨額の経費は、一体、誰が負担するのだろうか? 最大の問題である。
 すでに決まっているのは、国が「392億円」、スポーツ振興基金の取り崩し「125億円」、スポーツくじ“toto”(売り上げの5%:2013年と2014年分)で「109億円」、合わせて「626億円」だ。
 これに期待されているのが、東京都「500億円」、命名権の売却や民間からの寄付「200億円」、toto(売上の10%に引き上げ:5年間[想定])「660億円」、最大「1360億円」程度である。
 すべてこの目論見通り進んでもまだ「534億円」が不足している。
 さらに、バリアフリー整備などの欠かせない周辺整備費「237億円」が経費に含まれているかどうかが曖昧になっている。仮に「237億円」を加えると「771億円」の財源が足らない。 大会後に設置する着脱式の1万5千席の設置費や“可動式の屋根”設置(約188億円)を加えると現状でも、必要財源は「1000億円」は軽く超えると思われる。
 「1000億円」を誰が負担するのだろうか? 結局、国民や都民の税金が投入されるのだろうか?

■ 国際公約 新国立競技場の建設
 建築家ザハ・ハディド氏の「流線型」のデザインは五輪招致のシンボルとして国際オリンピック委員会(IOC)に提出した立候補ファイルなどにも掲載されている。
 計画を変更しなかった理由とされるもう一つが、国際オリンピック委員会(IOC)との「約束」だ。五輪招致時に新国立競技場のデザインを大きなセールスポイントと訴えてきたという経緯がある。東京五輪の開催が決まった2013年9月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたIOC総会で、安倍晋三首相も新国立競技場の建設を公約した。公約が守れなければ日本の面目は丸つぶれである。2020東京五輪大会は準備段階で、世界から失笑を買う失態を演じた。

 2020年東京大会のキャッチフレーズは「DiscoverTomorrow(未来をつかむ)」である。
 新国立競技場の建設にtotoの財源を充当する方針が進められているが、totoは、地域スポーツ活動や地域のスポーツ施設整備の助成や将来の選手の育成など、スポーツの普及・振興に寄与するという重要なミッションがある。仮にtotoを財源にして新国立競技場の建設費に拠出するとしたらtotoの創設精神に反するのではないか?
 オリンピックの精神にも反するだろう。IOCの“レガシー”では、開催都市は、大会開催をきっかけに国民のスポーツの振興をどうやって推進していくのかを重要な課題として取り組まなければならない。東京大会の“レガシー”は、どこへいったのだろうか?
 東京大会コンセプトは「世界一コンパクト」、繰り返し強調しているキーワードである。過去からの資産を大切にしながら明日に向かって進んでいく都市の姿を世界に伝えていくとしていた。
 2013年9月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたIOC総会での2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致演説は何だったのだろうか。
 “新国立競技場”のキャッチフレーズ、「『いちばん』をつくろう」はあえなく挫折し、陸上競技の“聖地”にするというスローガンも風前の灯だ。
 新国立競技場が“負のレガシー”になる懸念が更に増している。







東京オリンピック 競技会場最新情報(上) 競技会場の全貌
“もったいない”五輪開催費用「3兆円」 青天井体質に歯止めがかからない! どこへ行った「世界一コンパクトな大会」











国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)




2015年7月7日
Copyright (C) 2015 IMSSR






*******************************************************
廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net / imssr@a09.itscom.net
*******************************************************

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